さっちん喰種   作:にんにく大明神

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時間が飛びます。


気付けば袋小路

 

「――――第72期生代表、真戸暁」

 

 壇上での主席のスピーチが終わり、CCGアカデミー第72期生卒業式は終わった。

 会場に整列した百名以上の72期生は、皆これから捜査官や局員補佐となって喰種対策局に貢献することになる。死と隣り合わせの職場に赴く者達であるというのに、その面持ちに悲観的なものは見られず、むしろ使命感や希望といった生に満ち溢れいた。

 しかし例外的に、主席に及ばなかったことに悔しさを滲ませる者、なんでこんなことになってしまったんだと頭を抱える者がいた。

 前者の名は滝澤政道。喰種の脅威から人々を守る捜査官の存在に強い憧れを持ち、誰よりも真摯にカリキュラムに取り組んだ青年である。アカデミーでは終ぞ真戸暁に及ぶことは無かったが、その優秀さは周囲から見ても確かなものだ。

 後者の名は弓塚さつき。その日の宿を手に入れる気分でなんとなくアカデミーに入学してしまったものの、本来アカデミーで時間をかけて鍛えるべき身体能力を既に身につけていたため、一年足らずしか在学しないまま前線に送られることになった異端者である。有馬貴将を越える反射神経の高さを記録として打ち出した、ウェイトリフティングの世界記録級の重りを片腕で持ち上げた、などとうさんくさく尾ひれが付きすぎた逸話を幾つも持ち、話題性だけで見るならば確実に第72期生の中で一番有名な人間だ。

 

 

 

 

 式は滞りなく終了した。

 和修常吉総議長が引き締めた氷のような緊張感も、講堂の外で卒業生で記念撮影をする頃にはすっかり氷解していた。残暑の中時折吹き抜ける涼やかな風に、誰も彼もが自然と笑顔を浮かべて互いの門出を祝いあう。

 しかし、その中で一人だけ青ざめた顔をした者がいた。言うまでも無く弓塚さつきであり、彼女は卒業生の輪から外れ施設の陰に幽鬼のように佇んでいた。

 

「そういえば私って高校の卒業式出られなかったんだよね……」

 

 その言葉には深い感慨が込められていた。

 人の世を捨てた自分が、特殊な状況下とはいえこういった行事に参加できることに感動を覚えたのだ。もしも自分が死徒になどなっていないかったら遠野志貴や乾有彦と共にこんなふうに卒業できたのかもしれない、さつきはそんな幸せな想像に口元をゆるませる。

 しかし、傍から見ればとてもさつきがそんな想像をしているようには見えなかった。蒼い顔に冷や汗を滲ませ、細い足は力なく震え、今にも倒れこみそうである。

 それもそのはず、彼女は本来このような日の当たる場所には出てこれない筈なのだ。

 真祖などの例外を除けば、死徒にとって日光は天敵とも言うべき忌むべき相手。また昼という時間帯も本来ならば眠っている時間である。

 琥珀の日焼け止めのおかげで日光で焼かれる心配は無いのだが、それでもさつきにとってはおいそれと居ていい状況ではない。

 そんなさつきに、声をかける者がいた。

 

「相変わらず気怠そうだなさつき」

 

「気怠いんじゃなくて、本当に怠いんだよアキラちゃん……」

 

 薄いブロンドの髪をアップで纏めた、周囲にどこか怜悧な印象を与える美人だった。アキラと呼ばれたその女性は、アカデミーを首席で卒業した真戸暁その人である。

 

「いいのか? 向こうで写真撮影をしているみたいだが……」

 

「私はちょっとしかここに居なかったし、みんなともあんまり仲良くなれなかったからいいや。……そういうアキラちゃんこそいいの?」

 

「呼ばれなかったし構わないだろう。あの中に好き好んで私と写真に写りたいなんて輩はいないだろうよ」

 

「……そんなことないと思うけど」

 

 アカデミー最終学年に飛び級で中途入学してきたさつき、周囲とどこか距離を置いていたアキラ。あぶれもの通しだったためか、それとも単にウマが合っただけなのかは定かでないが、二人は一年間で親交を深めていた。

 

「久しぶりだね弓塚君」

 

「あ、アキラちゃんのお父さんも……、お久しぶりです」

 

 その場にもう一人姿を現す。

 白い外套に色素の抜けきった白髪、死神を思わせる肉の落ちた頬。真戸暁の父、真戸呉緒であった。

 CCGのクインケ狂とも言われる彼だったが、今日ばかりは一人の父親として卒業式に参列していたようである。片手にはしっかりと白いアタッシュケース(クインケ)を握りしめてはいるのだが。

 

「来ていたのか、父よ。忙しいだろうから来なくても良かったのに」

 

「ああ、暇だったのでね」

 

 親子らしからぬどこか距離を置いたような口のきき方をする二人。さつきもその光景を初めて見たときは二人の不仲を疑ったのだが、次第にそれが一つの信頼関係の下に成り立っていると気が付いた。

 傍目からすると恐ろしい容姿をしている呉緒に、最初は苦手意識を持っていたさつきだが、今となっては仕事熱心な娘思いの父親という印象となっている。

 

「二十四区は危険だが、有馬君が指揮を執るようだし心配していない。むしろ絶技を間近で見る良いチャンスだと思いなさい」

 

「しっかり学んでくるさ」

 

 二人の言葉を聞きとがめたさつきが不思議そうな声をあげる。

 

「あれ、アキラちゃん二十四区捜索隊配属だったっけ?」

 

「志願したんだよ。腕試しという訳では無いが、実戦経験を積む良い機会だと思ってな」

 

「へぇ……」

 

 アキラのあくなき向上心に、さつきは頭が下がるばかりであった。

 二十四区とは、東京二十三区下にある巨大な地下空間の総称である。そこには喰種が数多く潜んでいるとされ、新人の育成という形で特別な捜索隊が編成される。捜査官の死亡率は他区とくらべても極めて高いため、志願制度はあってないようなもので、捜索隊の隊員はたいてい辞令によって配属されるのだ。

 彼女はそこに自ら進んで入ったという。

 在学時代からその積極的な姿勢を見習おうと思う場面は多々あったのだが、実行するにはどうにも意志の力が足りず、結果としてさつきが自分の凡庸さを思い知らされるというのがいつもの流れであった。

 

「そういえばもうパートナーについては聞いたかな、弓塚君?」

 

 呉緒がさつきにその三白眼をジロリと向ける。

 

「いえ、まだ。支部に行ってから正式に言い渡されるそうです」

 

「そうか、それは残念。……でも安心するといい」

 

「はい?」

 

「戦っている姿は一度しか見たことが無いが、彼は地味だがなかなか良いクインケ捌きをする。安心して背中を預けるといい」

 

 クク、と含んだような笑いを見せながら呉緒はそう言った。

 名前が伏せられていたとはいえ、さつきは彼の言葉で自分のパートナーに大体あたりを付けてしまった。地味であるというのも一つの個性なんだな、などと思いつつ。

 

 そして、数日後。彼女は自身の予想が的中していることを確認した。

 

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時、というのは一つの定型表現であるが、この東京の丑三つ時は草木が眠っていようとも活発に活動する異形が潜んでいる。

 喰種である。

 その喰種蠢く東京の夜をひた走るひとつの影があった。小柄なその人物は塀や屋根の上を舞うように駆け抜け、その身のこなしは一目見ただけでは猫か何かと見間違うほどであった。

 やがてそれは郊外の廃教会の前で足を止めた。挙動不審に周囲に人影が無いか確認すると、音を立てないように扉を押しあけて教会の中に入って行った。

 

 教会の中では、数本のろうそくがゆらめいていた。そのどこか怪しい雰囲気にビクビクしながら、入って行った人物――さつきは教会の中を見渡す。

 その時、唐突に拍手が鳴り響いた。

 

「やぁやぁ、その様子なら無事卒業できたみたいだね! Félicitations!」

 

「成績は結構ギリギリでしたけどね……。お久しぶりです、月山さん」

 

 柱の影から現れた男に、さつきは礼儀正しく挨拶をして見せた。

 下げられた頭を見て、男――月山習は眉をひそめた。

 

「君はいつまで経っても余所余所しいね……」

 

「でも、月山さんには本当にお世話になっていますし」

 

 申し訳なさそうにするさつきを正面に見据えながら月山は教会の中央を歩いてくる。その様はさながらファッションモデルのようで、見ようによっては気取った痛いナルシストとも表現できる。

 

「だからいつも言っているだろう? 君はそんなことは気にしなくても良いんだ。この世にただ一人の夜の王(ノスフェラトゥ)

 

「は、恥ずかしいから変な名前で呼ばないでください!!」

 

 耳元で囁かれた言葉に背筋を震わせるさつき。

 月山はその様子を見て心底愉快そうに笑い声をあげる。

 

「まあ実際月山家の力を持ってすれば血液パックの調達なんて些末事だしね」

 

 そう言うと月山は、参列者の席の一角から大手の洋菓子メーカーのロゴが入った紙袋を取り出した。しかし当然中身はお菓子などでは無い。

 袋の口から除く場違いな赤色。そう、月山習はこうして定期的に弓塚さつきに血液を提供しているのだ。

 彼らが知り合ったのはほんの偶然であり、一度は刃を交えたことすらある。加えてこの世界で唯一さつきの正体を知っている。そんな月山が何故自分を支援してくれるのか、さつきには到底想像がつかなかったが、実際彼の行為が非常にありがたいものであることには違いなかった。

 人から血を吸うのは嫌だという吸血鬼らしからぬ信条を持つさつきにとって、今では月山の存在は無くてはならないものとなっている。

 

「それと、あの、月山さん」

 

「何かな?」

 

「私、結局捜査官になっちゃいました……」

 

 目を伏せるさつき。

 この告白は、さつきにとって勇気のいるモノだった。なぜなら月山習は喰種であり、捜査官とはすなわち喰種達にとっての天敵白鳩(ハト)のことだからだ。

 誰が好き好んで自分の命を脅かす集団にいる者を助けようと思うだろうか。

 アカデミーに置いてもらっていることは伝えていたが、これまでさつきは局員補佐になるからと弁解してきた。しかし、アカデミーの教官たちのせいで気付けば半ば強制的に捜査官にされてしまっていた。

 さつきは今日この日、支援を打ち切られることを覚悟してきたのだ。

 

「別に全然かまわないけど」

 

 それを、月山は興味がなさそうに返答した。

 

「え?」

 

「僕は同胞がどれだけ狩られようがどうでもいい。大事なのは僕であり、僕の食事だ。顔も見たことが無いような他人がどこでのたれ死のうが関係ないさ!」

 

 手を大仰に広げてそう歌うように叫ぶ月山。

 それを見てさつきは脳内で月山に変人のレッテルを貼り付ける。事あるごとにこの男は変人であるということを思い知らされるさつきである。

 

「ああ、でも――」そう前置きをして月山がさつきを見る。

 

「もし僕の担当になったら見逃してはくれまいか?」

 

「あ、あの……」

 

「Just a lie! 冗談さ、そんな困ったような顔をしなくていい。良い再戦の機会だ」

 

 目を細める月山にさつきは鳥肌をたてる。

 以前戦った時は互いの手の内が分からなかったため、ジョーカーを隠し持っていたさつきに軍配が上がったが、二度目となると分からなかった。見たところ月山は戦い慣れているようだし、さつきとしても出来れば戦闘は避けたかった。

 

「……そうならないように気を付けます」

 

「僕も祈ろう!」

 

 教会の十字架に投げキッスを飛ばしながらそんなことを言う月山。

 さつきはそれをげんなりした様子で見つめた。この人はどう見ても自分に酔っている。

 

 月山から血液パック入りの紙袋を受け取ると、さつきはお礼を言いながら教会を後にした。

 捜査官になる自分が喰種と関係を持っていること、アキラ含め周囲の同僚に嘘をついていることに後ろめたさはあるが、こればっかりはどうしようもないのだ。

 喰種対策法では、喰種と知りつつ通報しなかった者にもキツイ罰が科せられる。自分が綱渡りをするような危険な立ち位置にいることを、さつきは自覚していた。

 

 さつきが出て行ったあと、教会に残された月山は、しばらく彼女が通った扉を見つめていた。

 そして唐突に、

 

 

「また会おう。僕の――――délicatesse(珍味)

 

 

 口角を吊り上げてそう呟いた。

 その瞳は獲物を見る肉食動物のそれだった。 




本当はアカデミー編が始まるはずでしたが、本格的にグダりそう&喰種ってついてるのに喰種あんま出てこないので割愛することにしました。
あとこの作品アカデミーの卒業式が四月じゃないんです九月なんです。もちろん原作の設定ではありません……。見逃してください。

アカデミー時代についてはおいおい本編で語られる時が来るような……。

あとアカデミーは詳しい説明とか設定とか見たことないので、そのあたりのところは結構適当です。

飛び級したさつきの在学期間は一年。
今回でで原作スタート一年前です。

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