さっちん喰種   作:にんにく大明神

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勢いと思いつきだけで始まります。

無双とかそういう要素は無いのであしからず。


彼女は学ばない

 

 弓塚さつき。17歳。平均的な身長に体格、まだ幼さの残る若干整った顔、ツーサイドアップにした茶髪。

 どこにでもいるような女子高生といったいでたちだが、世界広しと言えどおよそ彼女ほど大変な思いをした女子高生はいないであろう。

 彼女はある日、平穏な日常から一息に世界の裏側に叩き落された。その後大変な苦労をすることになった決定的な出来事、そこに彼女の過失はほとんどない。あえて理由を挙げるとすれば彼女が少し才能豊か過ぎたという点。

 そう、その本人さえ気が付いていなかった才能が無ければ、彼女は空腹に耐える生活や路上生活をすることも無く、速やかに命を落としていたのだから(・・・・・・・・・・・・)

 

 彼女は一人の少年への淡い恋心から、通り魔が出るとされる夜の街を歩くという愚を犯した。しかし、それも彼女の歳を考えればそう責められることではないだろう。少女というのはえてして夢見がちなモノであり、足元を見失いながら危険な火遊びに手を出してしまうのだ。たいていはそこで痛い目に遭って現実を見ることになったり、運良く何も起こらずその内その行動に飽きたり、運が悪いと命を落としたりするのだ。

 しかし例外的に、運の悪さや間の悪さといったものを超越してしまった者、弓塚さつきの場合はどうなるのかといえば、

 

 彼女は吸血鬼になった。

 

 血を吸う鬼と書いて吸血鬼。

 夜の闇に身をひるがえし、処女の血を吸う。体を蝙蝠へと転じ日光と十字架に滅ぼされる。さまざまな伝承として現代に伝わるその人ならざる者は、確かに世界に存在した。表の世界で生きているほとんどの人間は一生気が付かないまま一生を終えてしまう。しかし、魔術師などの裏側の人間にとって、その存在はそう珍しいものでは無かった。犬や猿と同じく、一つの生物種であるのだ。

 そして、彼らは多くの伝承にある通り、血を吸った人間を同族にするという力を持っていた。

 ここまでくれば弓塚さつきが吸血鬼に血を吸われ、自らも吸血鬼になってしまったということが分かるだろう。

 問題は、この吸血鬼に血を吸われたものが吸血鬼になるという現象は、非常に稀に、しかも通常長い時間をかけて起きるというところなのだ。

 具体的には、『血を吸った相手が血を送り込み、その遺体が埋葬された後に、脳髄が溶けて魂が肉体から解放される。ここまでに数年をかけ、これでようやく食屍鬼(グール)と呼ばれる動く死体(リビングデッド)になる。グールは欠けた肉体を取り戻すために周囲の死体を喰らい、その過程で、さらに数年をかけて失った脳の変わりに幽体での脳を形成、知能を取り戻す。通常、ここでようやく吸血鬼と呼ばれる段階に至る』

 たいていはその間に聖職者に滅ぼされてしまったりするのだが、彼女弓塚さつきの肉体的なポテンシャルは非常に優れていたため、彼女はこの行程をで済ませて吸血鬼となった。

 

 血を欲する体を必死に誤魔化し、住所不定無職である事実から目を逸らしながらも、彼女は懸命に生きようとしている。

 自分と同じように吸血鬼になりかけている魔術師、吸血鬼に返り討ちに遭った音楽家と共に、今日も路上で笑顔を作る。

 

 

 

 

 その日は、特に何か特別な日だったという訳では無かった。

 繰り返すなんでもない日常の一点。吸血鬼となった弓塚さつきが送る平穏な日々の内の一日であった。

 強いて言うなら、その日のさつきはいつもより少し寝覚めが良かった。だがその程度のことはそんなに珍しいものでは無いし、やはり彼女の数奇な人生には日常的にとんでもないことが起こるのかもしれない。

 

 事の発端は、彼女の友人シオン・エルトナム・アトラシアの呟いた一言だった。

 

「さつき、海に行きましょう」

 

 彼女は吸血鬼であったが、この『海に行く』という言葉が意味するのは一般人が言う『海水浴に行く』と同じ意味であった。つまりは照り付ける太陽の下、水着で水と戯れるということである。

 力のある吸血鬼ならいざ知らず、彼女達は日の光に激痛を感じる極めて普通の吸血鬼だ。当然日中そんなことをすれば命に関わるのだが、シオンの言葉に冗談の色は無かった。

 

「それって、また琥珀さんに例の日焼け止めもらうってことだよね……?」

 

 さつきは頬を引きつらせながら聞き返した。

 実は以前もこのやり取りはあったのだ。そして、その時は日光は克服する方法が手に入った。狂気の科学者琥珀に頼るという形で。さつきが口にした『例の日焼け止め』とはこの琥珀が作った、吸血鬼でも日の下に出れるという代物のことである。

 結果的にはその時は様々な不都合が重なって本懐はほとんど遂げられなかったのだが、今シオンが口にしたのはその時の思惑の焼き直しということなのだろう。

 しかしさつきはあまり乗り気ではない様子を見せた。

 

「私は、……別にいいや。またろくなことが起きそうにないし……」

 

 軽い自嘲と共に吐き出された言葉には、わずかな哀愁が漂っていた。

 夏の蒸し暑い夜。さつきとて眩しい太陽は恋しかったし、ひんやりとした海水につかる想像は大変魅力的に思えた。しかしその計画が上手くいかないであろうことが予想できてしまうのだ。それはさつきがこの生活から学んだことであり、すなわち自分が良い思いをする出来事には必ず良からぬことが起こるということである。

 

「そう言うと思いました。しかし、その決断は些か早すぎると思いますよさつき」

 

 シオンは良い顔をしないさつきに、自信に満ちた目を向けて返答した。

 

「どういうことシオン?」

 

「実は――」

 

 合理主義者である彼女にしては珍しい程もったいをつけてから、シオンは得意げに言い放った。

 

「志貴に約束を取り付けました!」

 

「……!」

 

 思わず目を輝かせるさつき。

 志貴、というのは遠野志貴のことである。それは、さつきがこんな境遇に陥っても未だに変わらぬ恋心を持ち続ける相手であり、吸血鬼となったさつきにも以前のように察してくれる人間。そんなわけで、さつきとしては今のシオンの言葉は到底聞き流せるものでは無かった。

 しかし、一時目を輝かせたさつきだったが、再び表情は暗いものに変わった。

 志貴は、ともすれば自分以上に厄介な境遇にいる。加えて、さつきと同じように彼に思いを寄せる者は多い。

 志貴本人が約束したからといってそう上手くとは限らないのだ。

 

 ネガティブな姿勢を崩さないさつきに対して、それでもシオンは食い下がる。

 

「悲観する必要はありませんよさつき。秋葉にも許可を取ってあります」 

 

「本当!? ……でもそれだけじゃ」

 

「その日シエルは教会に定期報告に行きます」

 

「……でも」

 

「琥珀も当日は別件でついて行けないと」

 

「……」

 

 気難しい義妹、恐ろしい代行者、興味本位で事態をかき回す使用人。そんなさつきの不安要素を次々と排していくシオンに、さつきも次第にポジティブな考えを持ち始める。

 自分も久しぶりに報われる時が来たのかもしれない。今まで路地裏生活を頑張ってきた自分も、日の目を浴びる日が来たのだ。

 

「日焼け止めについてですが、琥珀は対価としてさつきに実験協力を要請しています」

 

「え……」

 

 明るくなりかけたさつきの表情に陰が差すが、シオンは強気な姿勢を崩さない。

 

「さつき、そこで足踏みをしているようではいつまでも状況は進展しませんよ。今こそやる時です」

 

「……そう、だよね。うん、私頑張るよ! 遠野君との砂浜デートのために!!」

 

 勝手に脳内で砂浜デートにまで昇華させてしまっているあたり、彼女の頭が依然女子高生然としたフワフワしたものであることがしっかりと窺えるのだが、とにかく彼女はシオンの提案に賛同した。

 こんな訳でさつきは先に控える大事に目を奪われ、琥珀の実験に付き合うというある意味最大の問題をあっさり受け入れてしまったのだ。

 そしてそれが、今回の一連の失敗に繋がることになった原因でもあった。

 

 

 

 

 使われなくなった下水を歩くこと数十分。さつきは遠野の屋敷の地下にある琥珀の研究室に辿り着いた。

 怪しげな照明の元ぼんやり浮かび上がる納屋。以前訪れたときと同じように怪しげな植物のツタがのさばり、妙に甘ったるい蒸気が漏れだしている。

 さつきがノックをして中にいるであろう人物に呼びかけると、すぐさま割烹着姿の琥珀が部屋の中へ迎え入れた。黒いフードを目深にかぶり、片手はしっかり箒の柄を握りしめている。

 

「いやー、待ってました待ってました」

 

 琥珀はさつきの手を握ってブンブンと縦に振る。

 さつきはされるがままになりつつも、自分が協力をしなければならないという実験について尋ねてみた。

 琥珀はさつきの手を握るのを止めると、いかにも気楽そうにそれに答えて見せた。

 

「なーに、難しいことじゃありませんよ。ちょろーっと宇宙の果てを見てきてもらうだけですから! ……あっ、これ例の日焼け止め、副作用も無くなったしいっぱい出来ちゃったんで全部あげます」

 

「あ、どうも……え、宇宙?」

 

 琥珀から大きな紙袋を受け取りつつさつきは思わず聞き返す。

 

「はい! この次元転移装置で、こう、ぐわーっとやれば宇宙の果てに行けるはずですから」

 

 大仰な身振りで次元転移装置を指差す琥珀。そこにはいかにも(・・・・)といった風体の機械が鎮座していた。

 さつきの背丈の二倍はあろうかという高さのガラス張りの容器。容器の中は緑色の溶液で満たされており、炭酸飲料のように泡立っていた。

 

「あー、安心して下さい。志貴さんは無事帰ってきたし命の危険は無いと思います。……ただ、今イチ感想がフワフワしていて要領を得なかったので」

 

「あー、だから私が行って詳細に報告しろと……」

 

「そのとーり!! それではさっさか行きましょう!」

 

 そう言うと琥珀は機械の横のパネルをいじり始めた。

 何をすればいいか分からずさつきがその様子を眺めていると、しばらくして容器の中から液体が無くなり容器の前面が開いた。

 

「ささ、その中に入ってくださいまし」

 

「……え? この服のままですか?」

 

「いえ、宇宙の果てで裸でうろつくなら構いませんが………弓塚さんはそう言うご趣味が――」

 

「あ、ありません!」

 

 琥珀とそんなやり取りをしつつ、さつきは容器の中に足を踏み入れた。

 底には何やら塗り固められたような跡があったが、それを除けば容器内部はおおよそ外から見た通りであった。

 

「あ、この日焼け止めも持っていってください。宇宙の果ては今昼かもしれませんから! ……ちなみに使い方ですが、一度全身に塗れば一週間は保ちます。お風呂オッケーの優れモノ、コハク印の超優良薬品です」

 

「あ、はいどうも」

 

 容器の中にいるさつきに先程の紙袋を渡すと、琥珀は容器のふたを閉めた。

 この時さつきは宇宙の話はなかばいい加減に聞き流していた。宇宙の果てに朝昼があるとか、いかにもいい加減な話をまともに受け取る神経は持ち合わせていなかったのだ。

 しかし彼女は同時に大事な言葉を聞き流していた。

 琥珀は日焼け止めが一週間単位で効力があると言った。そして、それを紙袋にたくさん渡されたことにどんな意味があるか考えようともしなかった。

 さまざまなことを見落としながら、ただこの実験が早く終わればいいななどと考えていた。

 

「それじゃあ始めますねー」

 

 さつきの耳に容器越しにくぐもった琥珀の声が届く。

 そして彼女はにわかに驚いた。頭上から紫色の液体があふれ出してきたのだ。

 

「ちょ、琥珀さーん。濡れちゃいます」

 

「大丈夫ですよー、うふふ」

 

 容器にたまった液体はだんだんとかさを増していき、ついにはさつきの膝の高さに達しようかというところまで溜まって行く。

 しかし頭上から降り注ぐ液体の勢いは止む気配が無い。

 

「こ、琥珀さーん。これ止まらないんですけどー!?」

 

「あ、大丈夫ですよー」

 

「これ、もしかして一番上まで溜まっちゃったりするんじゃないですかー!?」

 

「…………」

 

「………え?」

 

 水かさはどんどん増していく。

 腰、肩、顎、と次第にさつきの身体は液体の海に沈んでいく。

 

「ま、大丈夫ですよ」

 

「全然大丈夫じゃないです! 私人間辞めちゃいましたけど流石に空気が無いと死んじゃいます―!!」

 

「大丈夫でーす」

 

 何を言っても大丈夫としか言わない琥珀にいい加減危機感を覚えるさつき。この琥珀という少女はいつだって小さな企みで大きな惨事を作り出してきたのだ。

 そして同時に、自分は窒息で死ぬことがあるのかだろうかと疑問にも思った。

 

「ちょ、琥珀さん! やばい、やばいです!」

 

「大丈夫ですよー」

 

 いよいよ水かさはさつきの身長を越した。

 彼女は必死に足をばたつかせて残った空気の層を求めたが、じきに容器は完全に液体で満たされた。

 

「もがもが! もがもがー!」

 

「あはー、何を言っているか分かりませんねー。でも大丈夫ですよ、もうどうしようもありませんから」

 

 遠のく意識の中さつきが最後に見たのは、そう言って笑う琥珀の少女のような笑顔だった。

 

 

「いやーわくわくしますねー。喰種(グール)ってどんな生き物なんでしょう? はぁ、一匹くらい捕まえてきてくれないでしょうか」

 




琥珀さん周りに深い設定はありません。
今後出てくる可能性も大分低いです。むしろ月姫勢はさっちんくらいです。

設定はガバガバで行きます。
暖かく見守ってくれるとありがたい。


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