【完結】さて、士郎くんを攻略しようか!   作:冬月之雪猫

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第九話「召喚」

 逃げられない。逃げた所で死神はどこまでも追い掛けて来るだろう。

 イリヤスフィールが僕達の命を付け狙う限り、どこにも逃げられない。抵抗も無意味だ。相手はギリシャ神話に登場する最強の英雄を引き連れている。僕の炎も士郎の剣もどちらも等しく無意味だ。

 聖杯戦争に参加する以外、僕達が生き延びる手段など初めから存在しなかったのだ。その事を認めるまでにかなりの時間を要した。ただでさえ、開幕まで時間が無いというのに……。

 

「話がある」

 

 僕達が弓道場の掃除をしていると、慎二くんが声を掛けてきた。

 なんだろうと顔を見合わせる僕達。まあ、僕は大方の推測が出来ているんだけど、一応、分からない振りをしておく。

 ちなみに、士郎は弓道部を今も続けている。確か、Fateでは怪我を切っ掛けに引退した筈だけど、今に至るまで、士郎が弓道部で怪我を負った事は一度も無い。

 弓道部全体を俯瞰すると、綾子が部長となり、桜ちゃんが入部して来て、士郎と僕が在籍している以外はFateと同じ流れを汲んでいる。もっとも、慎二くんは後輩イビリをせずに良き先輩として後輩の指導を行っているあたり、差異もそれなりにあるみたいだけどね。

 

「話って?」

 

 士郎が雑巾を絞りながら聞く。

 

「ここだと話しにくい。後で、屋上に来てくれ」

 

 思いつめた表情を浮かべる慎二くんに士郎は心配そうな表情を浮かべる。

 部活動が終わった後、早く帰宅するようにと促す大河さんに逆らい、僕達は慎二くんの指示に従い、校舎の屋上に向かった。

 慎二くんはフェンスに背中を預け、ジッと俯いていた。

 

「やあ、来たね」

 

 慎二くんは指をパチンと鳴らした。すると、空気が一気に重くなった。

 

「これは!?」

「ただの結界だよ」

 

 慎二くんは事も無げに言いながら、士郎に二枚の紙切れを押し付けた。

 

「これが最後だ。もう、時間が無い。これで冬木を出るんだ」

 

 それは旅行のチケットだった。それも、かなり長期間の日程が設定されている。

 当然、士郎はわけがわからない状態。

 

「し、慎二。前にも断っただろ? 幾ら何でも、こんな値の張る物を理由も無く――――」

「理由ならあるさ」

 

 慎二くんは意を決したように言った。

 

「もうすぐ、この街は戦場になる」

「……は?」

 

 これが吉と出るか凶と出るか、僕にも……、恐らく、慎二くんにも分かっていない。

 士郎の性格を考慮すれば、彼がどんな選択をするかは火を見るより明らかだ。

 だけど、搦手が尽く失敗してしまった今、直球勝負に出る他無いと判断した慎二くんの気持ちも良く分かる。

 

「聖杯戦争と呼ばれる魔術師同士の戦いだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、慎二。いきなり何を――――」

「いいから聞けよ。僕が嘘を吐いてるように見えるか?」

「い、いや……」

 

 士郎は黙りこくる。慎二くんの真剣さが伝わったのだろう。それほど、彼の顔は鬼気迫っている。

 

「……魔術師同士が命を奪い合う戦いだ。お前らは未熟者もいい所だけど、それでも魔術師だ。巻き込まれる可能性が高い」

「い、命を奪い合うって、そんな事――――」

「勘違いするなよ? これはあくまで魔術師同士の争いだ。だから、一般人には危険なんて及ばない。それに、普通の魔術師はこの戦いの事をきちんと知っている。だから、参加する以上は覚悟を決めているんだ。だから、お前が正義感を振りかざしても全く無意味だ」

 

 全部が全部ってわけじゃないけど、嘘を絡めた説明。だけど、士郎にその話の真偽なんて判断出来ない筈だ。

 

「正直、この話をしたら、お前は残ると言い出すに決まってる。だから、話したくなかった」

「お、俺は――――」

「お前だけじゃない。飯塚も危険に晒されるぞ。黙って、僕の言う通りにしろ。学校の事やなんかは全部僕が何とかしておく」

「で、でも、慎二はその……えっと、聖杯せ――――」

「聖杯戦争。ああ、僕は参加するよ。元々、この戦いを始めた御三家の一つ、間桐の代表としてね」

「戦いを始めた……?」

「そうだよ。この戦いは言うなれば大規模な魔術儀式だ。魔術師が魔術の研究に命を掛けるのは当然だろう?」

「で、でも――――」

「衛宮。お前が残ると言い出したら、飯塚も残るぞ」

 

 慎二くんの瞳が僕に向けられた。士郎もゆっくりと僕を見る。

 

「……うん。士郎が残るなら僕も残る」

「それは――――」

「衛宮。後生だから、飯塚を連れて冬木を離れてくれ。大丈夫だ。藤村や美綴達みたいな一般人には何の害も及ばない。ただ、魔術師達が魔術の儀式で血を流すだけなんだ」

 

 お見事という他ない。このままいけば、きっと慎二くんの思惑通りになるだろう。士郎もここまで言われたら頷くしかない。僕にも危険が及ぶと聞けば、彼に選択肢など無いのだから……。

 ここから逃げ出しても、死神は追って来る。死神の鎌に対抗するには此方も武器を用意する他無い。だけど、士郎がここを出る事と武器を用意する事は矛盾しない。

 

「……俺は」

「頼むよ、衛宮。僕らは親友だろ?」

「慎二……」

「親友としての一生のお願いだ。ほんの数週間だ。聖杯戦争が起きている間だけ、ここを離れてくれ」

「慎二……」

 

 士郎は慎二くんから視線を逸し、僕を見る。僕は黙って頷いた。

 

「……分かった。でも、慎二――――」

「っは、僕が誰かに殺されるとでも思ってるのかい?」

「俺は……」

「安心しなよ。僕は誰にも殺されないし、誰も殺さない。誓ってやる。だから、安心して旅行に行って来い。折角なんだ、思いっきり楽しんでこいよ」

「あ、ああ……」

 

 翌日、僕達は冬木を出る準備に追われた。なんせ三週間だ。着替えだけでもとんでもない量になっている。他にも必要な物を購入し、トランクケースに詰めていたら丸々一日がかりになってしまった。

 士郎が時折上の空になる事も時間が掛かった原因の一つ。恐らく、慎二くんの事を考えているんだろう。だけど、僕には他にもやるべき事がある。

 その日の深夜、僕は一人でこっそり土蔵の中へ侵入した。やるべき事は一つだけだ。

 

「……ヘラクレスを倒す事なんて、きっと出来ない。だけど、マスターなら……」

 

 胸が苦しくなる。

 

『どんな出会い方をしても、嫌わないであげてくれ』

 

 そう、おじさんに言われたのに、僕はおじさんの娘を殺そうとしている。人を殺すなんて、考えただけでもゾッとするし、罪深い事なのに、ターゲットはよりにもよっておじさんの娘だ。

 でも、士郎を護る為には他に方法なんて無い。そして、その為にはどうしてもサーヴァントが必要だ。僕がイリヤスフィールを殺すまでの間、ヘラクレスの相手をしてもらう為に……。

 

「令呪は無いけど……、でも、ZEROの雨龍龍之介は召喚中に令呪が現れたみたいだし……」

 

 令呪がどんなシステムでマスターに割り振られるのかは分からない。けど、僕にはサーヴァントが必要なんだ。

 

「閉じよ……、閉じよ……、閉じよ……」

 

 呪文は覚えてる。ゆっくりと間違えないように気をつけながら詠唱を進めていく。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に――――」

 

 英霊の聖遺物なんて一般人には用意出来ない。さすがに完全に縁による召喚だと、どんな英霊が召喚されるかも分からないから、苦し紛れに図書館で借りたシャルルマーニュ伝説の本を真ん中に置いてるけど、意味があるかは分からない。出来ればローランを召喚したい。彼の剣であるデュランダルはFateにも登場してたし、彼ならヘラクレスと刃を交えても一方的な展開にはならない筈だ。

 

「誓いを此処に――――」

 

 果たして、望み通りに事が進むか否か……。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ――――」

 

 手の甲に痛みが走る。まるで焼き印を押されたかのような激しい痛みに視界が真っ白になる。それでも、呪文はなんとか言い切る事が出来た。

 

「天秤の守り手よ!」

 

 突風が吹き荒れる。踏ん張っていなければ、今にも吹き飛ばされてしまいそうだ。

 

「せ、成功した?」

 

 この時点で既にバーサーカーとキャスターは召喚されている筈。

 開戦まで一週間ちょっと。残る席は五つ。もしかしたら、もっと少なくなっているかもしれない。だけど少なくとも、召喚出来たよいう事はまだ総てのクラスが埋まっているわけではないという事だ。

 ゆっくりと瞼を開く。雷鳴の如き輝きの中に威風堂々とサーヴァントは立っていた。

 

「やあ、君がボクのマスター?」

 

 現れたのは実にフランクな話口調の女の子だった。

 

「は、はい! ぼ、僕、飯塚樹です!」

「イイヅカイツキ?」

「飯塚は苗字で、樹が名前です」

「なるほどなるほどー」

「えっとあの……」

 

 この人がローランなのだろうか? 一応、アーサー王が女の子だったみたいな前例があるから、可能性はゼロじゃない筈。腰にはキッチリ剣を差してるし……。

 

「あの……、貴女はセイバーで間違いありませんか?」

「ん? 違うよー。ボクのクラスはライダーさ!」

 

 ライダー。果たして、ローランにライダークラスの適正なんてあったのかな? そう言えば、伝説の中だと一時期ヒッポグリフに乗っていた事があったっけ。

 

「えっと、なら、宝具はヒッポグリフですか?」

「ピンポーン!」

「じゃ、じゃあ、貴女はやっぱり――――」

 

 大成功だ。見た目はびっくりするくらい可愛いけど、ヒッポグリフに乗る剣を携えた英雄なんて、彼で間違いない筈だ。

 

「ローラ――――」

「そう! 我が名はシャルルマーニュが十二勇士アストルフォ……って、あれ?」

「え?」

 

 僕とライダーは顔を見合わせた。

 

「ローラン?」

 

 僕が問うと、ライダーはノーと首を振った。

 

「僕の名前はアストルフォだよ」

「アストルフォ……?」

 

 アストルフォって……、誰ですか?


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