【完結】さて、士郎くんを攻略しようか!   作:冬月之雪猫

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エピローグ・とある英雄の回顧録

 ――――あれから、何十回目かの春が来た。最近、体の節々が痛くて、ロクに外も出歩けなくなった。

 

「先生! 弥彦君を見ませんでしたか!?」

 

 ドタドタと慌ただしく一人の青年が台所に飛び込んで来た。

 未だ、辿りつけぬ味噌汁の極地へ探求を重ねている最中だというのに……。

 

「いや、見てないな。また、悪戯でもしたのか?」

「それが……、茜ちゃんのスカートを捲って、そのまま逃走したようで……」

「なるほど、茜が暴れているんだな」

 

 藤村の爺さんに建て直して貰ったばかりの時はあまりの寂しさに涙を流したものだが、あれから数十年が経ち、ここも随分と賑やかになった。

 二十年ほど前まで、私は親友と共に世界中を駆け回っていた。だが、ある紛争地帯で大怪我を負ってしまい、以来、地元に戻って孤児院を経営している。

 幸い、懐事情は親友のおかげで余裕があり、数人のスタッフを雇う事も出来て、それなりに安定している。

 

「どれ、私が行こう」

「すみません、先生」

 

 しょぼくれている彼とも長い付き合いだ。

 ある魔術師の屋敷から保護した少年だ。どうやら、長い期間、魔術の実験の為に幽閉されていたらしく、最初の頃は言葉を話す事もままならなかった。

 だけど、今では立派に孤児院のスタッフとして働いている。

 子供達の笑顔とスタッフ達の賑やかな声が何とも愛おしい……。

 

「先生……?」

 

 おや、どうした事だろう。

 気が付くと、私は倒れたまま、動けなくなってしまった。

 意識が少しずつ遠退いていく……。

 

「た、大変だ!! い、医者に電話しなきゃ!! 慎二さんにも――――」

 

 意識が朦朧とする中、私はどこか懐かしい風景に身を置いていた。

 今とは間取りが若干異なる。ここは――――、嘗ての衛宮邸だ。

 

『――――士郎』

 

 懐かしい声が聞こえた。

 そんな筈は無いと思いながら、私は声の方に振り返った。

 そこには彼女が居た。

 私が愛した女性。

 私が殺した女性。

 

「……樹?」

『うわぁ、士郎ってば、すっかりお爺ちゃんだね!』

 

 樹は私の隣に腰掛けると、ニコニコと笑みを浮かべた。

 

「……あれから六十年だ。爺にもなるさ」

 

 これは夢だ。

 樹はあの日、この世から消えてなくなった。

 不意にキッチンを見て、彼女が料理を手に微笑みかけてくれる姿を何度も幻視したけど、それが現実になる事は無かった。当たり前だ……。

 

「いろいろあったんだ……」

 

 夢だと分かっていても、嬉しかった。

 また、彼女の声を聞く事が出来て、涙が出る程嬉しかった。

 

「いろいろ……あったんだよ」

『聞かせて、士郎。君がどんな人生を歩んだのか……、知りたいな』

 

 肩を寄せてくる樹に年甲斐も無く照れてしまった。

 

「い、いいぞ。えっと……、どこから話そうかな……」

 

 私は必死に過去の記憶を遡った。最近、物覚えがとんと悪くなり、昔の事が思い出せなくなる事がしょっちゅうなのだ。 

 私はなんとか思い出した断片的な記憶をポツリポツリと語り始めた。

 

 最初は……そう、あの運命の夜の話から始めよう。

 樹の消滅後、大聖杯はモードレッドがクラレントで破壊した。

 遠坂達がモードレッドとアストルフォを維持する方法を提案してくれたけど、二人に留まる意思は無かった。

 勿論、モードレッドは慎二との別れを惜しんでいたし、アストルフォも私を気に掛けてくれたけど、最期は静かに光の粒子となって消えた。

 あの頃、私は少し自棄になっていた。イリヤが一緒に住むようになり、慎二や遠坂達が時折、私の様子を見に来てくれたけど、誰に対しても空返事ばかりだった。

 転機が訪れたのはイリヤの命日だった。

 元々、ホムンクルスは短命であり、加えてイリヤは聖杯戦争の為に無理な改造を施されていた為に一年後、息を引き取った。

 

『……ごめんね、シロウ。また、独りぼっちにしちゃって……』

 

 それが彼女の最期の言葉だった。

 一年間、ずっと一緒に居た筈なのに、私は彼女に何もしてやらず、挙句の果てに謝らせてしまった。

 その後、私は衛宮邸から出て行く事を決めた。とりあえず、世界を見て回ろうと思った。

 いわゆる、自分探しの旅って奴だ。

 

『僕も付き合ってやるよ』

 

 旅立ちの日、何故か旅行かばんを担いだ慎二が家の前に居た。

 

『どうせ、海外に行くなら拠点が必要でしょ?』

 

 そして、何故か遠坂が空港に居た。

 全力で逃げ出そうとする私と慎二。だけど、赤い悪魔から逃げる事は出来なかった。

 

 ロンドンで遠坂の手伝いをしながら、時間を見つけて私は慎二と一緒に世界中を見て回った。

 その途中、中東の小さな村で悲劇が起こった。

 その村をテロリストが襲撃したのだ。

 テロ行為を行う為の資金を得るために彼らは村人を殺し、財産を奪った。

 苦痛と嘆きが蔓延するその村で私は必死に救護活動を行った。

 

『お願い……、アイツ等を殺して……』

 

 手酷い扱いを受けたらしい少女が涙を浮かべて懇願して来た。

 思えば、その時初めて、私は人間の悪意というものを目の当たりにした。

 あの聖杯戦争の間でさえ感じた事の無い空恐ろしいモノを前に私はたじろぎながら、復讐を望む少女を必死に諭した。

 

 そういう事がやがて日常茶飯事になった。

 

『――――こうなると思った』

 

 慎二は呆れたように微笑みながら、私の愚行に付き合い続けてくれた。

 私にはよく分からない株とかいうので儲けた金で活動を援助してくれた。

 何度も紛争地帯に赴いては救援活動を行い続けた。

 その度に何度も死にそうな目に合い、何度も人間の憎悪に触れた。

 

「……嘆き悲しむ人々を見て、何度も『暴力』を振るおうとした。だけど、その度に君の顔が浮かんだ」

 

 悪人だから、殺しても良い。そんな考えが過る度に樹の顔が浮かび、自分の馬鹿さ加減を呪った。

 誰かの命を奪う選択肢を選びそうになる度、彼女の存在が静止を呼び掛けた。

 魔術を使う事があっても、それは誰かを守る為だけに使った。誰かを攻撃しようとすると、やっぱり樹の顔が浮かんだ。

 

「それで救えなかった命も数え切れないくらいあった……。でも、そのおかげで救えた命もあった。気がつけば……、知らない人に『君はなんて立派な人間なんだ』なんて、言われるようになった」

 

 吐き気がする。

 

「……何が立派なものか。私は……、ただの臆病者だ。ただの馬鹿野郎だ……。君をこの手に掛けておきながら……、まだ、あの頃の理想を引き摺っている……」

『本当だね。士郎は馬鹿だ』

「……ああ、本当に……救えない」

『君が救った人達は君に感謝している筈だよ。だから、見知らぬ人が君を『立派な人』だと言った。ねえ、君の耳は機能してる? ちゃんと、周りの声を聞いてごらんよ!』

「周りの声……?」

 

 気が付くと、あの村で出会った少女が居た。

 

『ありがとう……、お兄ちゃん』

 

 ある紛争地帯で出会った老人が居た。

 

『ありがとう、坊や』

 

 テロリストに捕らえられた青年が居た。

 

『恩に着るよ』

 

 魔術師の実験体にされていた少年が居た。

 

『ありがとう、先生!』

 

 樹は優しく微笑み、私の頭を撫でた。

 

『皆、君に感謝している。別に感謝して欲しかったわけじゃないと思うけど、感謝してくれている彼らの思いを踏み躙ったら駄目だよ?』

「でも……、私は……」

『士郎。あの時も言った筈だよ。僕は君に感謝している。君と出会った事、君と過ごした日々、あの結末だって、感謝の気持ちでいっぱいさ』

「でも、オレは!」

『士郎……。僕の『ありがとう』って、そんなに無価値だった?』

「え……?」

 

 悲しそうに樹は周りを視る。

 周りに立つオレが助けた人達も一様に悲しそうな表情を浮かべている。

 

『みんなの『ありがとう』も無価値だった?』

「ち、違う……。そういう事じゃなくて……」

『みんな、君に感謝してる。僕も君に感謝してる。ねえ……、もう、自分を責めるのは止めようよ』

「オレは……、だって、オレは……」

『君は僕だけの正義の味方じゃなくなったんだ。みんなの正義の味方になったんだよ。最初はおじさんからの受け売りだったかもしれないけど、今は君自身の……正真正銘の正義の味方になったんだ』

「正義の味方に……、オレが……」

 

 樹は微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。

 

「ど、どこに行くんだ!?」

『……士郎。もう、大丈夫だよね?』

「樹……?」

 

 樹が去って行く。

 

「待って……。待ってくれ……ッ!」

 

 いつの間にか、辺りは真っ暗になっていた。

 足元が抜けている。足をどんなにバタつかせても、前に進めない。

 

「待ってくれ、樹!! 待って……、待ってくれよ」

 

 オレは君に言いたいことがあるんだ。

 ずっと、ずっと言いたかったんだ。

 

「――――樹、ありが……」

 

 言い切る前に私の意識は完全に暗闇に呑み込まれてしまった。

 

 そして、気が付くと私はベッドの上で横になっていた。

 何本もチューブが体に突き刺さっている。

 

「起きたか、衛宮」

 

 ベッドの脇には白髪の老人が座っている。

 声を出そうにも、呼吸器が邪魔で喋れない。

 

「懐かしい夢でも見たか? 涙なんぞ流して、みっともない」

 

 人を小馬鹿にしたような態度は相変わらずだ。

 

「もう、お爺ちゃんってば、そういう事言わないの!」

 

 随分と可愛い声が聞こえた。

 

「衛宮のお爺ちゃん! 早く、良くなってね! あの鬼婆が元気なくしちゃって困ってるの!」

 

 今代の遠坂の後継者は実に神経が座っている。

 あの遠坂凛を鬼婆などと呼べる人間はこの世で彼女ただ一人だろう。

 彼女はちょくちょく我が孤児院に逃げ込んで来ては大騒動を巻き起こす。

 

「……衛宮。樹に会えたのか?」

 

 しばらくして、二人っきりになると、慎二はおだやかな声で問い掛けて来た。

 私が小さく頷くと、慎二は「そうかぁ」としみじみとした声で呟いた。

 

「どうせ、怒られたんだろ」

 

 どうして、わかったんだろう。

 不思議そうな顔をする私に慎二は笑った。

 

「分かるさ。儂だって、彼女の親友だったんだぞ? 今のお前さんを見て、彼女が何も言わん筈が無い」

 

 そうか……、慎二にもそう見えていたんだな……。

 

「……衛宮。思った以上にお互い長生きしちまったな。孤児院の方は儂に任せておけ。お前はもう……、休んでいいぞ」

 

 休んでいい……か、そうだな。

 とても気分が穏やかだ。ちょうど、眠くなってきた所だし、お言葉に甘えよう。

 

「……おや、す……み」

「ああ、おやすみ」

 

 意識がゆっくりと沈んでいく。

 もう、二度と上がってこれないくらい深い……、深い……、水底へ……――――。

 

 ああ、彼女に感謝の言葉を伝えたかった……。ただ、それだけが心残りだ。

 

 ◆◇◆◇◆

 

 ――――そして、運命は再び巡りあう。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ!! 天秤の守り手よ――――!」

 

 赤い服を来た少女の前に男は姿を現す。

 

「まず、初めに確認するが――――、君が私のマスターか?」





あとがき

これにて、全話完結となります。
長い間、お付き合い頂き誠にありがとうございました(∩´∀`)∩

さてさて、今作品の最後にして、最大の伏線の話をここで……、

第三十三話「ボーイ・ミーツ・ガール Ⅱ」における無銘の

「……樹。ありがとう」

という台詞が後に無銘が凛に言った「君のおかげでオレの願いは叶った」につながります。

あれは味噌汁の秘訣を教えてくれて……、ではなく、ずっと言ったかった「ありがとう」を言ったというわけです・w・っ

プラス・若干夢のない話になりますが、
最後の樹は第二十七話「ワークス」で樹が士郎に施した『再生の炎――リバース・ファイア――』の残り火的な感じです。

樹の魔術は『ヴァルプルギスの夜』の部分的展開であり、
本体である『この世全ての悪』の悪性の炎と『飯塚樹』を形成する善性の炎を吐き出すというものでした。
傷口の蘇生は樹の一部を吐き出しているので、樹の肉体を蘇生出来たというものです。
なので、実は第二十七話における『再生の炎』は士郎の内部に樹の一部を埋め込んだだけで、治療的な意味では何の意味もありませんでしたヽ(°▽、°)ノ

作中では明かせなかった事なので、ここで失礼致します。

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