【完結】さて、士郎くんを攻略しようか!   作:冬月之雪猫

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最終話「ありがとう」

 干したばかりの布団はいい香りがする。俺は樹と一緒に取り込んだばかりの布団にダイブした。

 

「おいおい、二人共。折角の日曜日なのに、寝てたらもったいないじゃないか!」

 

 うとうとし始めた俺達に切嗣は慌てたように言う。今日はこの後、三人で出掛ける予定なのだ。

 渋々起き上がる俺達に切嗣は心底ホッとした表情を浮かべる。それがあまりにもおかしくて、俺達はつい吹き出してしまった。

 まったく、俺達よりもよっぽど子供っぽい性格をしている。

 

「今日は水族館に行こう! 新都に新しくオープンしたらしいんだ!」

「イッエーイ! 僕、マンタ見たい!」

「樹は渋いなー」

 

 大はしゃぎの樹に心底嬉しそうな表情を浮かべる切嗣。

 俺までつられて嬉しくなってくる。

 

「折角のお出かけだし、おめかししていかないといけないね。じゃーん! 二人に新しい洋服を買っておいたんだ!」

「わーい! ありがとう、おっちゃん!」

「おっちゃんは止めて欲しいなー……。僕的には『パパ』っていう方が……」

 

 おっちゃんと呼びたい樹。

 パパと呼んで欲しい切嗣。

 結局、紆余曲折の後におじさん呼びで落ち着き、俺達は新都に向かった。

 

「……パパが良かったなー」

「だ、だって、恥ずかしいし……」

 

 未だにイジケている大きな子供。

 

「ったく、自重しろよな、爺さん」

「……士郎が虐める」

 

 小さくなってため息を零す切嗣に俺達はヤレヤレと肩を竦めた。

 

「あー! 冬木大橋! いつ見ても、でっかいねー!」

 

 樹は窓の外を食い入るように見つめている。

 俺は何だか見慣れちゃって、あんまり感動しないけど、樹は毎回大興奮だ。

 

「士郎! 楽しみだね、水族館!」

「うん! 俺、早くクラゲが見たいな」

「……一番渋いの士郎だよね、やっぱり」

 

 なんでさ……。

 水族館に到着すると休日という事もあり人がごった返していた。

 

「二人共、逸れないように手を繋ごう」

「はーい!」

「おう!」

 

 切嗣の手を掴んで、俺は樹と目を合わせた。

 

「いっくぞー、ダッシュ!」

「え? ちょっと、待って!?」 

 

 ひーこら言う切嗣を連れて、俺達は券売機の下へ走った。

 

「見て見て! 今日はペンギンのショーがあるみたいだよ!」

「ゼェゼェ……、ほ、本当だ! 見に行こう! 今すぐに! 早く、座りたい!」

 

 ほんの短距離走っただけで疲れ過ぎだろ。

 まったく、運動が足りてないな。

 

「あー、あっちで変なの売ってるよ!」

「待って……、お願い! ちょっと、息が整うまで、待って!」

 

 俺達は何だかどんどん楽しくなって、切嗣をめいいっぱい連れ回した。

 ペンギンの形のソーダアイスを舐めながら、マンタの裏側に絶叫したり、ペンギンショーで笑ったり、のんびり小さな魚の群れと一緒に泳いでいる鮫に和んだり、俺達は楽しい時間を過ごした。

 

「士郎……」

 

 楽しくて……、楽しくて……、幸せ過ぎて……、俺はそれが許せなくて……、いつの間にか血が出る程強く左腕を握り締めていた。

 樹は悲しそうに俺の手に触れ、ハンカチで傷口を塞いでくれた。

 切嗣は黙って俺の右手を握り締め、樹は左手を握り締めた。

 俺は泣きそうになりながら、二人に挟まれ、一緒に歩いた。

 

「帰りは歩いて帰ろう」

 

 途中、切嗣の提案で歌を歌いながら、三人は帰路を歩き続けた。

 夕焼けが沈んでいく光景を橋の上で見て、三人で歓声を上げた。

 

「……樹?」

 

 その美しさに感動したのか、樹は涙を流していた。

 

「綺麗だね……」

「ああ」

「また、三人で行こうね、水族館」

「……そうだね。何度だって、行こう。楽しい思い出をいっぱい作ろう」

 

 幸福過ぎた……。

 こんな毎日がずっと続いていくのだと誤解してしまう程、楽し過ぎた――――……。

 

 ◇

 

 思い出が罅割れていく。

 

「……これで、いいんだろ、樹」

 

 体の震えが止まらない。後悔の波が止め処なく襲って来る。

 

「――――うん。ありがとう、士郎」

 

 耳元で彼女が囁く。体を貫かれていると言うのに、彼女は心底幸せそうに微笑んだ。

 俺は樹の体にクラレントを突き刺した。

 抵抗らしい抵抗など無かった。降り注ぐ宝具は全て刀剣の類ばかりで、俺の無限の剣製はその尽くをコピーして、撃ち落とした。

 初めは包丁や日本刀ばかりのみすぼらしい荒野だったのに、今は無数の宝具によって煌めいている。

 

「……僕からのプレゼント、気に入ってもらえた?」

「こんなモノ、どうしろって言うんだよ……」

「君がこれから進む道には必要だと思ってね」

 

 これから進む道……?

 

「正義の味方になるんでしょ?」

「……なれるわけ……、無いだろ!! お前を殺して、それでどの面下げて、正義の味方なんて……」

 

 これは樹が望んだ事だ。争いが嫌いな樹は『この世全ての悪』として、世に災いを招く事を恐れ、俺に自分を殺させようと誘導した。

 その事に俺はアーチャーからの手紙の内容で気づいた。

 気付いてしまった……。

 

「マスター……」

 

 ライダーは震えた声で呟く。

 

「ライダー。いっぱい、迷惑かけちゃって、ごめんね」

「……謝らないでよ。ボク……、君を救えなかった」

「救って貰ったよ。君のおかげで僕は僕として死ねる」

 

 その言葉にライダーは大粒の涙を零した。

 

「いつ、き……、俺も……、一緒に……」

「駄目だよ、士郎。君はまだまだ生きなきゃいけない」

 

 樹の体から光が溢れ始める。セイバーが消えた時のように……。

 

「それに、僕は別に死ぬ訳じゃない。ただ、在るべき場所に還るだけだよ。だから、どっちにしても、君を連れて行く事は出来ないんだ」

 

 嫌だ……。

 

「士郎……、最期に言わせてね。十年間、一緒にいてくれて、ありがとう。『わたし』の今までの時間の中でこの十年は最高に輝いていたよ。とても幸福だったよ」

「……きだ」

「士郎……?」

 

 涙が溢れてくる。

 俺は徐々に透け始めている樹の体を抱き締めた。

 

「――――好きだ、樹」

 

 離れたくない。

 もっと、一緒に居たい。

 

「好きなんだ、樹の事が……。離れたくない……」

「……だ、駄目」

 

 樹の声が震えた。

 

「駄目だよ……、今、そんな事言っちゃ……」

 

 彼女の瞳からも涙が溢れ出した。

 

「……あは……はは……、馬鹿だよね、僕。こうなるって、分かってた癖に……」

 

 樹は言った。

 

「人の感情が分かるようにしたら……、人と同じ感情を持ってしまう可能性だってあるって、分かってた筈なのに……」

 

 震えている。

 

「……士郎。僕も好きだよ。ずっと……、好きだよ」

 

 俺達は初めて、キスをした。

 涙ですごくしょっぱい……。

 

「……ありがとう、士郎」

「お礼なんて言うなよ……。俺はお前を……ッ」

 

 もう、その姿は朧気にしか見えない。

 彼女との思い出が次々に浮かんでくる。

 

「もっと……、一緒に居たかったね」

「……ああ」

「士郎、僕は君と出会えて幸福だった。『この世全ての悪』を君は救ってくれたんだ。自分の存在を『悪』と呪わずに逝ける……。君がこの先、どう生きてるのか、僕はそれを見届ける事は出来ない。だけど、忘れないで――――」

 

 もはや、ただの光の粒子となった樹が呟く。

 

「君は僕にとって、間違いなく『正義の味方』だったよ。『わたし』は君にとても感謝している。ありがとう……、士郎」

 

 それで本当に彼女の姿は消えてしまった。

 立っていられなくなった。

 あまりの喪失感に頭がおかしくなりそうだった。

 

「ぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 声が枯れるまで叫び続けた。

 涙が枯れるまで泣き続けた。

 俺のたった一人の家族が……、

 俺が愛したヒトが……、

 死んだ。消えてしまった。もう、二度と手の届かない場所にいってしまった。

 

『ありがとう』

 

 彼女が最期に言い残した言葉が頭の中で反響し続けている。

 もう、彼女の料理は食べられない。

 もう、彼女の声は聞けない。

 もう、彼女と過ごす日々は永遠に戻って来ない――――……。

 

******

次回、『エピローグ・とある英雄の回顧録』

みなさま、次回で本当に最期となります。ここまで長い間お付き合い頂き、ありがとうございました。


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