【完結】さて、士郎くんを攻略しようか!   作:冬月之雪猫

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第四十九話「ラスト・ワークス」

 舞い散る紙片が樹を包み込む。樹とセイバーは微動だにせず、受け入れている。

 大丈夫だ。ライダーは必ず救い出せると言った。俺はその言葉を信じる。

 

「……どうして?」

 

 ライダーの泣きそうな声が響いた。

 

「アストルフォ。その宝具では私には届きません」

「な、何でだよ!? どうして、真名を解放しているのに!!」

 

 どうしたんだ?

 早く、樹を助けてくれよ。

 いい加減、そろそろ藤ねえに会いに行かなきゃいけないし、学校もかなりの期間、サボってしまっている。

 

「なあ、樹!! 早く、こんな場所から離れよう!! 一緒に帰ろう!!」

「……衛宮士郎。その言葉は間違いです。帰るというなら、既に帰っています。この場所こそ、私の居るべき世界です」

「違う!! そうじゃないだろ!! 俺達の家は――――、あの衛宮邸だけだ!!」

 

 樹は困ったようにため息を零した。

 

「私はもう、貴方の知っている『飯塚樹』ではありません。その名前の本来の持ち主は十年前の大火災で既に死亡しています」

「……え?」

 

 十年前の火災で死亡している……?

 

「ど、どういう事だよ……」

「そのままの意味です。私は彼の魂から記憶を拝借していただけ……、あくまでも、この身は『この世全ての悪―― アンリ・マユ ――』という名の悪神なのです」

「そ、そんな訳無いだろ!! 聖杯戦争が始まったのは、つい数週間前の事じゃないか!! 俺達はそれよりずっと前から――――」

「そう、十年前……、第四次聖杯戦争が終結した日から一緒に過ごしていましたね」

 

 体が震える。

 

「私は自らの存在意義を定義する為に『正義の味方』を監視していました。『絶対悪』という概念の具現として、何をすればいいのか、それを対極に位置する『正義の味方』から学ぼうと思ったのです」

「い、言ってる意味が分からないぞ!!」

「……衛宮士郎。貴方は『悪』という存在をどう定義しますか?」

「え?」

 

 悪の定義。そんなもの――――、

 

「ひ、人を殺める存在……」

「でも、銀行強盗や殺人鬼を射殺する警察官を悪と断じる事が出来ますか?」

「それは……」

「難しい問題ですよね。善悪などという二極化を行うには、世界は混沌とし過ぎています。だから、私は貴方の存在に感謝しています」

「ど、どういう……」

「貴方はいずれ、人類種が抱く『正義の味方』の概念の体現者となるヒト。即ち、絶対的な正義」

 

 樹はうっとりとした表情を浮かべて俺を見つめる。

 恋する乙女のような顔で恐ろしい事を口にする。

 

「貴方のおかげで、『絶対正義の敵対者』という定義付けを行う事が出来ました。貴方を倒す事、それこそが私の存在意義」

 

 やめてくれよ……。

 どうして、俺とお前が敵対しなければならないんだよ。

 

「……樹」

「私はアンリ・マユです」

「――――なら、俺を殺せば、お前は満足するのか?」

「……その時は別の正義の味方を探します。そして、何度も殺します。『正義の味方の敵対者』として、あまねく『正義の味方』を殺し尽くす。それが私の存在意義」

 

 脳髄に響く声が徐々に音量を上げていく。

 

「俺と一緒に居たいって……、そう言ってたじゃないか!! お前が望むなら、俺はいつまでだって一緒に居てやる!! どこにも行かない!! だから――――」

「……貴方が正義の味方としての生き方を止めると言うのなら、私は別の正義の味方を探しに行くだけです」

「本当に……、もう、お前の中に樹は居ないっていうのか!? 俺と一緒に過ごした十年間は――――、全部嘘だったのか!? 全部……、芝居だったっていうのかよ!?」

「芝居ではありません。私自身、この時が来るまで自覚出来ないようになっていました」

「だったら――――」

 

 その時だった。

 黒炎が大きく震えた。

 

「衛宮士郎――――、私は既に『この世全ての悪』として覚醒しています。貴方との記憶は今も私の中に存在していますが、既に定義が確立しています」

 

 同時に樹の瞳が紅く染まっていく。

 

「死にたくなければ、私を殺しなさい。他の多くの同胞を救いたければ、私を殺しなさい」

「樹……だって、お前はそこに居るんだろ!!」

「私は飯塚樹ではありません。ただ、その人の記憶を借りて、その人の人格を真似ていただけ……」

 

 黒い炎が樹を中心に渦巻いていく。

 

「ある少女が未来を識りたいと願い、それを『聖杯―― ワタシ ――』は叶えた。ある少年が生きたいと願い、それを『聖杯―― ワタシ ――』は叶えた。ある男性が愛しい息子の未来を憂い、ある女性が愛しい息子の傍に居てあげたいと願い、『聖杯―― ワタシ ――』は叶えた」

 

 黒炎はまるで翼のような形になり、樹の体が浮いていく。

 

「私は未来を全て知っていました。ただし、『私自身』の情報は隠蔽されていたので、『私』が存在しない時間軸の未来ばかりでしたけど……。飯塚樹は生前、ゲームが好きだったみたいで、この世界の『未来』をゲームの内容という形で頭に刷り込まれていました。だけど、私は貴方を聖杯戦争から遠ざけたり、自身が逃げ出そうとしても必ず失敗しました。それは『私』の本体がそれを許さなかったから……」

 

 波紋が彼女の背後に広がっていく。

 そこから顔を出す無限の宝具――――。

 

「……衛宮士郎。私の中には多くの人々の想念が渦巻いている。この世界は『彼ら』があの日視た共通景色……。あの黒炎こそ、『彼ら』が通った『大聖杯―― アンリ・マユ ――』へ続く門。あそこから、『本体―― アンリ・マユ ――』は私の中に入り込んできています」

 

 樹は言った。

 

「正義の味方なら、選ぶべき選択肢は分かりますね?」

 

 黒炎の柱が徐々に大きくなっていく。それに呼応するように樹の魔力が膨張し、背後の波紋が大きく広がっていく。

 

「……ライダー。本当に樹を救う事は出来ないのか?」

 

 ライダーは答えない。涙を流し、蹲っている。

 樹を殺す。本当にそれしかないのか……?

 なら、アイツの家族として……、正義の味方として……、俺は――――ッ!!

 

『迷った時は川辺を思い出せ』

 

 突然、その言葉が脳裏を過った。

 

「……川辺?」

 

 あの時は何の事だか、さっぱり分からなかった。

 だけど、今はその意味がハッキリと分かる。

 

『……えへへ、転んじゃった』

 

 アレは中学の頃だった。俺は慎二と一緒に新都に出かけていた。その帰り道、傷だらけになっている樹の姿を見つけた。

 何があったのか聞いても、転んじゃったの一点張り……。

 その頃、アイツはクラスメイトから酷い虐めを受けていた。

 それを必死に隠していた。

 いつも平気そうな顔で学校に行き、平気そうな顔で帰って来た。

 だけど、川辺で蹲っていた時……、樹は間違いなく泣いていた――――。

 

「ライダー……、この固有結界は崩せるか?」

「出来るけど……、まさか!!」

 

 ライダーは憎悪と憤怒が入り混じった視線を向けてくる。

 

「……他に道は無い」

 

 俺の言葉にライダーは涙をポロポロと流した。

 

「嘘だよ……、こんなの……。なんで? どうして、イツキとシロウがこんな……、酷いよ。あんまりだよ……」

 

 ライダーは泣きながら、知恵の書を地面に置いた。紙片が舞い散る。

 同時に俺はいつまで経っても襲ってこない宝具の群れを見上げながら、祝詞を呟く。

 方法は既に知っている。魔力も遠坂から預かった宝石で事足りる。

 

“体は剣で出来ている”

 

 樹は争いが嫌いなんだ。

 

“血潮は鉄で、心は硝子”

 

 だから、俺に教えたくなかったんだ。

 俺が知ったら、必ずイジメっ子を痛めつけるとわかっていたから……。

 

“幾たびの戦場を越えて不敗”

 

 だから、あの時も――――、

 俺がイジメっ子と大喧嘩していた時、アイツはエアガンと竹刀を振り回して必死に争いを止めようとしていた。

 あの時、結局誰も怪我をしなかった。ただ、竹刀を無抵抗な相手を前に振り回した事で藤ねえの逆鱗に触れてしまったけど、アレはただ暴れていただけじゃなくて、脅威を見せつける事でイジメっ子を退散させようとしただけだった。

 

“ただ一度の敗走もなく、”

 

 思わず笑ってしまいそうになる。

 

“ただ一度の勝利もなし”

 

 何が、この世全ての悪だ……。

 何が、正義の味方だ……。

 

“担い手はここに独り、剣の丘で鉄を鍛つ”

 

 アイツは誰よりも知っていた。

 

“ならば、我が生涯に 意味は不要ず”

 

 アイツは誰よりも体現していた。

 

“この体は、無限の剣で出来ていた”

 

 俺の理想は目の前にあった。

 

「……それでいい。さあ、始めましょう」

 

 これが最後の選択肢だ。

 無限に広がる剣の荒野から俺は――――……。

 

 

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次回、最終回です(∩´∀`)∩今まで、お付き合いありがとうございました!!


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