【完結】さて、士郎くんを攻略しようか!   作:冬月之雪猫

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第四十五話「ヴァルプルギスの夜」

 ヒポグリフが地面に降り立つと同時に間桐慎二は駆け出していた。

 

「モードレッド!」

 

 赤く燃える大地を踏みしめ、自らの相棒の下へひた走る。

 彼女は何かを抱くような姿勢で固まっていた。

 慎二は何も言わずに彼女を抱き締めた。

 

「……シンジ」

 

 彼女の声は酷く弱々しいものだった。

 今、ここに居るのは王位を簒奪するべく、国に反旗を翻した大罪人では無い。

 ただ、愛する者を失い、悲嘆に暮れる少女が一人。

 

「モードレッド……」

 

 モードレッドは涙を流した。声を大にして泣き喚いている。

 その声を聞いている内に慎二は不思議な光景を幻視した。

 

 一人の幼い少女の姿。独りぼっちで、彼女はいつも泣いていた。

 アーサー王は決して彼女を冷遇などしていなかった。あらゆる暴力から彼女を庇護し、彼女が望む物を全て与えた。けれど、彼女の孤独は癒えなかった。彼女が何より欲した『愛情』だけはアーサー王も……、他の誰も彼女に与えてくれなかった。

 いつかの夜、彼女は言った。

 

『オレとお前は似ている』

 

 少しだけ、彼女の言った言葉の意味が分かった気がする。

 共に孤独感を抱いていた。幸い、慎二には掛け替えの無い友が二人居た。けれど、彼らにも話せない秘密を抱いていた事でどこか距離を感じていた。

 結局、彼もまた、全てを自分だけで抱え込んでいたのだ。そして、流されるままに罪に手を染めた。

 二人の生き様はとても似通っていた。だからこそ、彼は彼女を喚び、彼女は彼に応えたのだろう。

 

 今、少年と少女はまだ幼かった頃に戻っている。

 情けは人の為ならず。

 彼女が王位を目指したのは父を王位という呪縛から解き放ちたかったから。

 彼が聖杯戦争に参加したのは妹を呪われた運命から解き放ちたかったから。

 けれど、心の奥底では……、

 

「……オレはただ、愛して欲しかった」

「……僕は誰かに自分の存在を認めて欲しかった」

 

 オレを見て欲しかった。

 僕を見て欲しかった。

 始まり、そうした単純な願いだった。

 

「シンジ……」

「モードレッド……」

 

 二人は自然と顔を寄せ合い、口づけを交わした。

 誰よりも愛を欲した二人は今、嘗て無い引力を互いに感じ合っていた。

 

 ◇

 

 衛宮士郎は失われた令呪が宿っていた手の甲を見つめていた。

 あの戦いの最中、セイバーは彼とのラインを閉じていた。勝負に公正さを求めたのか、一切の魔力供給を受け付けず、残存魔力のみで戦っていた。

 彼女が何を思い、息子であるモードレッドと戦っていたのか、正確な事は分からない。けれど、一つだけ確信している。

 彼女は満足して逝った。彼女との繋がりが切れる最後の瞬間、耳では無い別の感覚器官が彼女の声を聞いた。

 

『――――ありがとう、約束を守ってくれて』

 

 彼女の声はとても満ち足りていた。

 抱き合う慎二とモードレッドを眺め、士郎は小さく微笑む。

 

「……親子になれたんだな、セイバー」

 

 彼女と過ごした日々を思い出す。喧嘩をした事もあったけど、いつも自分達を導いてくれた彼女との時間はとても楽しく、尊いものだった。

 だから、士郎は虚空に向けて感謝の言葉を口にした。

 

「こっちこそ、ありがとう、セイバー」

 

 荒野と化した倉庫街。海から吹き込んでくる風は凍て付く寒さだ。

 

「……そろそろ、帰ろうか」

 

 コレ以上、ここに長居をしていても仕方がない。なにより、体調の優れない樹が心配だ。そう考え、振り向いた瞬間、士郎は目を大きく見開いた。

 あり得ない光景が広がっていた。

 

「いつ……、き?」

 

 全身を刺青によって覆われているが、その装い、その顔は確かに樹のソレだった。

 彼女は――――、ライダーの腹部を手刀で刺し貫いていた。

 

「――――ぁガ」

 

 手刀が引き抜かれると、ライダーはその場で倒れ伏した。

 

「い、樹、お前、何をして――――ッ」

「今、漸く阻害因子の吸収に成功」

「阻害因子……? 樹、お前、何を言ってるんだ!?」

 

 駆け寄ろうとする士郎をライダーが体当たりで吹き飛ばした。

 

「うわぁぁぁ」

 

 遠慮の無い猛烈な一撃に士郎は慎二達の下まで吹き飛ばされてしまった。

 

「え、衛宮!?」

「な、なんだ……、アレは!?」

 

 慎二とモードレッドも漸く事態に気付き、体を離す。

 そんな彼らの下にヒポグリフが主を抱えて近づいて来た。

 その瞳は凶暴な光を浮かべ、樹を睨みつけている。

 

「ラ、ライダー! 大丈夫なのか!?」

「……くぅ、急所は外れてるけど……、痛いよ」

 

 腹部に大穴を穿たれ、ライダーは苦痛に顔を歪めている。

 

「おい、樹! いきなり、どうしたっていうんだ!?」

 

 士郎の言葉に樹は反応を示した。

 

「本来ならば、とうの昔にプロセスは完了していました。しかし、ヘラクレスが門の拡張を阻害していた為に大幅に完成が遅れていた。ですが、漸く、完成に至った」

「何を言ってるんだよ……。サッパリ言ってる意味がわからないぞ!」

「難しい事は言っていませんよ。ただ、目的を達成したと言っただけです」

「目的……?」

 

 恐ろしい。コレ以上、何も聞いてはいけないと本能が警鐘を鳴らしている。

 コレ以上踏み込めば、今までの全てが崩壊してしまう。

 そんな予感がする。

 

「私の役割は人類種の観察、並びに『本体』の行動原理の設定と現界の準備でした」

「い、意味の分からない事を言うな! ほら、帰るぞ、樹!」

「帰る必要はありません。これより、本体の現界プロセスを開始します」

「本体って、何の事を言ってるんだよ!?」

「――――『この世全ての悪』です」

「アンリ・マユ……、だと?」

 

 モードレッドは唖然とした表情でつぶやく。

 

「お、おい、どういう事だよ」

 

 慎二もまた、わけが分からず困惑している。

 

「マ、マスター……?」

 

 ライダーは今にも泣き出しそうな顔で自らの主を見つめている。

 

「何を言ってるんだ、樹! アンリ・マユが本体って、お前は人間だろ! 飯塚樹っていう、俺のたった一人のかぞ――――」

「『飯塚樹』は人類種の観察をより円滑に進める為の仮想人格です。より正確に言えば、本体に生じたバグの修正に必要な情報を得る為、バグの要因となった『衛宮切嗣』の観察、及び、『衛宮切嗣』を継いだ『衛宮士郎』の観察が主目的でした」

「冗談は止せよ……」

「衛宮士郎、感謝します。貴方のおかげで解答を得る事が出来ました」

 

 膨れ上がる魔力。同時に士郎の瞳はあり得ないものを視た。

 それはサーヴァントのステータスを看破する透視能力が描く映像。

 そこに樹の情報が現れた。

 

「……嘘だ」

 

 そこには確かに樹の姿があり、真名が記される欄には飯塚樹の名ではなく――――、『この世全ての悪―― アンリ・マユ ――』の名があった。

 

「なんだよ……、それ。だって、まだ答えてないじゃないか! 俺はお前にまだ――――」

「いいえ、十分な解答を頂きました。故に、私は――――」

 

 樹の瞳が炎のように紅く染まる。無尽の魔力が彼女の身から吹き出し、まるで、いつぞやに通った大空洞を思い出させた。

 暗黒の烈風に煽られ、瞬きをした瞬間、世界は一変した。

 そこは暗黒の炎が天を焼く無限の荒野。無数の黒い怪物達が怨嗟と憎悪の協奏曲を奏で、踊り狂っている。

 

「ここは――――ッ!?」

「固有結界……」

 

 モードレッドは周囲の異常を誰よりも敏感に感じ取り、その正体を見破った。

 

「――――少し違いますが、その認識で構いません。ここは『私』と『本体』を繋ぐ第五の門、『死者を囲う円冠―― ヴァルプルギスの夜 ――』」

 

 それは古代スカンディナヴィアの人々の間で伝わったと言われる風習。

 オーディンがルーンを会得する為に死者の国へ赴いた事に端を発するものであり、その夜は生者と死者の境界が弱まるとされている。

 

「……嘘だろ。ここに居る連中、全部がサーヴァントだ!」

 

 慎二が恐怖の叫びを上げる。

 士郎の『眼』にも彼らの情報が浮かんでいる。

 全てが等しく『ビースト』というクラスのサーヴァントだった。いずれもステータスは最低ランクだが、その夥しい数はそれだけで猛威だ。

 

「ヒポグリフ!」

 

 ライダーは士郎と慎二を掴むと、ヒポグリフに跨った。モードレッドも後に続く。

 彼女はその手に一冊の本を掲げる。

 

「――――『魔術万能攻略書―― ルナ・ブレイクマニュアル ――』よ、この世界から逃れる方法を!」

 

 魔導書が光を帯びる。一枚の紙片が空中を舞い、ある一点で止まった。

 

「あそこだ、ヒポグリフ!」

 

 ヒポグリフは加速していく。やがて、その身は紙片の下に辿り着くと同時に異界へ至り、直後、冬木の上空に躍り出た。。

 瞬間、士郎達の目の前に樹が現れた。

 

「衛宮士郎。貴方を大聖杯の前で待ちます」

 

 そう言い残し、彼女は姿を完全に眩ませた。

 

「樹……」

 

 士郎の呟きが夜闇の中に溶けていく……。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 前回の優勝者、衛宮切嗣は『世界平和』を願った。

 だが、ソレには『世界平和』という願いの叶え方が分からなかった。

 だから、衛宮切嗣自身にその答えを求めた。結果、『人類種』の全滅という答えに至った。

 その時だった。

 ソレは一つの疑問を抱いた。

 

『正義とは何だ?』

 

 正義を志した男がその果てに下した結論、それは広義において、『悪』と呼ばれる所業だった。

 

『ならば、悪とは何だ?』

 

 疑問は次々に湧き上がった。

 正義の味方が下した結論は、やはり『正義』である筈だ。ならば、広義において『悪』とされる事も『正義』となり得る。

 ならば――――、

 

『【この世全ての悪】と呼ばれる己は一体何だ?』

 

 分からなくなった。

 己の存在意義たる、『悪』が一体、どういうものなのかが分からなくなった。

 そもそも、『悪』という概念はヒトが生み出したものだ。自然界にそんな概念は存在せず、あるのは敵かそうじゃないかの違いのみ。

 この世全ての悪を為すには理解する必要があった。

 人類種という存在を――――、

 

「だから、本体はサンプルを集める事にした」

 

 十年前の火災現場で死亡した者達を招き、その願いを聞いた。

 ある者は全てを憎んだ。

 ある者は自らの死を嘆き悲しんだ。

 ある者は残した者を憂いた。

 ある者は未来を知りたいと願った。

 

「だが、答えは見つからなかった。故に、彼らの想念を紡ぎ、私を作った」

 

 己が為すべき事を識る為の触覚を作りだした。

 人の感情を持つ触覚に『バグ』の要因となった『衛宮切嗣』とその後継者たる『衛宮士郎』を監視させた。

 そして、永い時の果てに漸く答えを得た。

 

「『悪』とは即ち、『正義』の敵対者。ならば、私の為すべき事は簡単だ」

 

 正義の味方を倒す事。そして、この地には正義の味方が存在する。

 人類種が抱く『正義の味方』という概念の体現者。

 彼を倒す事こそが『この世全ての悪』の為すべき使命。

 答えが見つかった。とても爽快な気分だ。『無』である筈の私はついつい微笑んでいた。

 

「――――さて、士郎くんを攻略しようか!」

 

 絶対悪として、絶対正義を打ち砕く。それで漸く、私は自らの存在に意義を見出す事が出来る。


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