【完結】さて、士郎くんを攻略しようか!   作:冬月之雪猫

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第四十四話「Camlann」

 ぶつかり合う鋼と鋼。赤と青の光が倉庫街を縦横無尽に駆け巡っている。

 互いに全てを出し尽くす気でいる。

 ここは途次にして、終着点。

 この後など存在しない。必要が無い。全ての問いの答えがココにある。

 

「アーサー!」

「モードレッド!」

 

 全力の魔力放出が生み出す波動は嵐の如く、コンクリートで舗装された大地を捲り、十トンクラスのコンテナが宙空を舞い踊る。

 カムランの丘で終わった筈の物語。王(おや)と反逆者(こ)は凄惨な戦いの果てに相打ちとなり、血染めの丘で倒れ伏した。

 今、時空を超え、奇跡を求める為の奇跡によって、物語の続きが紡がれている。

 

「負けるな……、勝て、モードレッド!」

 

 赤き剣士の主はライダーのヒポグリフによって招かれた天空の観覧席にて声高に叫び続ける。

 この数週間に及んだ激戦。絶望渦巻く聖杯戦争を共に戦い抜いた相棒。肌を重ね、分不相応な許されぬ想いを抱いた。

 

「頑張れ、セイバー!」

 

 青き剣士の主は頼るばかりだった相棒とのたった一つの約束を守る為、自らの理想が囁く言霊から目を逸らし、彼女の勇姿を見守り続ける。

 本当なら止めたい。止めなければいけない。親と子が殺し合うなどという異常な戦いをコレ以上続けさせてはいけない。

 だが、それは単なる己のエゴに過ぎない。この戦いを止めるという事は彼女達の今までの足跡を踏み躙る事と同義だ。

 彼女は言った。

 

『その時が来ても、私達の戦いを止めないで欲しい。もし、私達に親子の絆が生まれるとしたら、それは剣を交えたその先にしかあり得ないのですから……』

 

 この戦いの果てに、漸く彼女達の時間は動き出す。

 王は親となり、反逆者は子となる。

 それを止めるという事は、彼女達を永遠に王と反逆者という啀み合う関係のままで終わらせるという事。

 そのような事、許される筈が無い。

 

「勝て! モードレッド!」

「負けるな、セイバー!」

 

 激突する二つの星。月がその姿をほぼ闇に隠し、故に星が満天に広がる空の下、彼女達は互いの意思を剣に委ねる。

 片や、清廉なる星の光を束ねる。

 片や、禍々しき赤雷を纏う。

 青と赤。天と地。光と闇。聖騎士と魔剣士。王と反逆者。両者の立ち位置は全くの対極だった。

 けれど、見るがいい、その瞳に宿るもの、その背に広がるものを――――、

 

「約束された勝利の剣―― エクスカリバー ――ッ!」

「麗しき父への叛逆―― クラレント・ブラッドアーサー ――ッ!」

 

 二つの極光は大地を裂き、天上を穿つ。

 もはや、港の倉庫街は単なる荒れ地と化した。あらゆる生命の存在を許さぬ死地で、二騎は尚も立ち続けている。

 互いの健闘など称えない。これはカムランの続章――――ならば、

 

 王は王位を守る為、

 反逆者は王位を奪う為、

 

 眼前の敵を叩き潰さねばならない。

 

「倒れろ、モードレッド!」

「死ね、アーサー!」

 

 両者が狙うは常に必殺。

 一秒先の己の死を更なる刹那の敵の死に塗り替える。

 死闘は続き、やがて、共に限界を迎える。

 

「オレは――――、勝つ!」

「来い、モードレッド!」

 

 自らの存在を掛けた一撃。

 星光と赤雷が再び衝突する。

 

「ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「ッハァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 光が止む間も待たずに両者は大地を蹴り、決着をつけるべく、最後の一撃を振り上げた。

 そして――――、

 

 ◆◇◆◇◆

 

『オレとお前は似ている』

 

 いつかの夜、己のマスターである少年に言った言葉だ。

 もっとも、オレには生前、アイツのように信用出来る仲間も、信頼出来る友も居なかった。居たのはオレの立場を利用しようと企むゴミばかり……。

 シンジが思うより、オレはずっと内向的な性格だ。誰の事も信じられず、いつも俯いて、鬱屈した事ばかりを考えていた。

 積み重なっていく鬱憤や苛立ちを馬上槍試合などで晴らそうとしても、一時しのぎにしかならなかった。

 

『いずれ王を倒し、その身が王となるのです』

 

 いつしか、母上の言葉がオレの中で呪いのように膨れ上がっていた。

 オレは誰よりも優れている。何故なら、オレは王の息子であり、いずれは王となるべき存在なのだから! そう、己を鼓舞する事で泣きそうになる己を慰める事も少なくなかった。

 そんなオレにとって、唯一心を許す事が出来た相手はアグラヴェインだけだった。

 今のオレの性格や口調は彼を見習った部分が大きい。彼はオレと同じく他の円卓の騎士……、中でもガウェインに対して大きなコンプレックスを抱いていて、その事に強い共感を覚えた。

 彼の傍に居ると、彼の毒舌に勇気付けられた。いつしか、オレは彼を己の心の代弁者と考えるようになっていた。

 

 ある日の事、母上が殺害された。殺したのは誰あろう、異父兄弟の一人、ガヘリスだった。母上はガヘリスの父を殺害したペリノア王の息子と同衾していたのだ。母上譲りの激情家だったガヘリスにはそれが堪らなく許せなかった。

 オレはガウェインやアグラヴェインと共に事の元凶たるラモラックを追跡した。

 

『すまなかった。許してくれ……。守ろうとしたのだ』

 

 ラモラックは母上をガヘリスの手から守れなかった事を嘆き、悔やんでいた。

 正直な話、オレにとって、ガウェイン達の父であるロット王はどうでもいい他人に過ぎなかった。だからこそ、あの母上の心を射止めたラモラックに密かに称賛の想いすら抱いていた。

 けれど、ガウェイン達の怒りは収まらず、結局、オレ達は奴を嬲り殺しにした。

 それが初めての殺人だった。

 最初は恐怖のあまり、一晩中涙を流し、胃の中身を床にぶち撒けた。

 けれど、ある日を境に乗り越え、それから、オレの中で変わった。

 人を殺す事に対しての躊躇が無くなったのだ。聖杯探求に乗じて、オレは徐々に燃え上がる野望の障害となるであろう騎士達を次々に葬った。

 殺した騎士達の中にはディナダンの名もあった。オレが最も忌み嫌い……、同時に恐れた男だ。

 奴は常に円卓の中心に居た。円卓に不和の根が張られれば、誰よりも早く気付き、独特なユーモアで笑いに変える道化師。騎士達を『友情』という絆で結束させた男。

 奴はオレに刃を向けられても平然と笑っていた。

 

『貴公の心に蔓延る闇を解き放つ事が出来なかった。それだけが心残りだ。どうか、君が歩む道の果てに救いがある事を祈っているよ』

 

 巫山戯た男だ。今から殺されるって時に、殺人者を気遣うなど、頭がおかしい。

 オレは恐怖に駆られながら、何度も何度も奴の体を斬りつけた。

 

『……ああ、君にはバラなどより、白百合が似合うというのに』

 

 今際の際にそう呟き、奴は息絶えた。

 ディナダンの死は円卓にとって、あまりにも致命的だった。

 ラモラックの死によって、既に不和の根は張り巡らされていた。それを瀬戸際で食い止めていたディナダン亡き後、騎士達の間に亀裂が走った。

 その時だった。アグラヴェインはランスロットとグィネヴィアの不貞の話を持ち掛けて来た。

 

『王に対する不忠、決して許せるものではない! 共に奴の不貞を暴こう、モードレッド!』

 

 オレはその時既に、自分がどうして王位にこだわっているのかが分からなくなっていた。ただ、それ以外の事を何も考える事が出来なかった。

 ランスロットとグィネヴィアの不倫現場に乗り込んだ時、オレは屈折した正義感を振り翳すアグラヴェインをランスロットにぶつけた。アグラヴェインはランスロットに殺されたが、その後の展開は思い通りの流れを辿った。

 ランスロットがグィネヴィアを連れてフランスへ逃れ、その後を父上とガウェインが追った。その間にオレは諸外国と密約を交わし、王位簒奪の為に動いた。

 そして、最後の刻を迎えた。

 

「オレはただ……」

 

 時折、夢を見る。

 大岩の上に突き刺さった一振りの剣。その前には老魔術師が座っていて、一人の少女が剣を引き抜こうとしているのを見守っていた。

 

『それを手にする前に、キチンと考えたほうがいい』

 

 恐らく、ソレはオレの中に眠る父上の記憶だったのだろう。

 ホムンクルスはその基となった存在と深い部分で繋がっている。

 

『それを手にしたが最後、君がヒトでは無くなるのだよ?』

 

 魔術師の問い掛けに少女はやんわりと笑みを浮かべた。

 魔術師は少女に全てを見せた。その剣を手にすれば、待っているのは最悪の結末だと、ご丁寧にも、少女がその死に至るまでの全てを余すこと無く見せた。あまりにも寂しく、虚しい死に様を見せつけた。

 恐ろしくない筈が無い。にも関わらず、少女は首を振る。

 

『――――いいえ』

 

 柔らかくも、強い言葉で少女は言った。

 

『多くの人が笑っていました。それはきっと、間違いではないと思います』

 

 オレと父上はその在り方があまりにも違っていた。

 それを認める事が怖かった。

 だから、必死に王位を求めた。

 父上の在り方に近づきたいと……。

 

 違う。

 

 それだけじゃなかった。オレは――――オレは……、父上の為に何かをしたかった。

 あの悲しくなる程に細く小さな背中を支えたかった。

 オレはいつも独りぼっちだった。

 だけど、父上もいつも独りぼっちだったんだ。

 同じ独りぼっちなら、片方が全てを背負ってしまえばいい。

 誰も愛さず、全てを傷つけようとするオレなんかでも、民を愛し、守ろうとした父上を王位という呪縛から解放する事くらいなら出来る筈だ。

 それが始まりだった。

 けれど、その結果は――――、

 

「モードレッド」

 

 父上の声が耳元に響く。

 

「今も私はお前に王位を譲るつもりはない」

「……父上」

「だけど……、これだけは信じて欲しい」

 

 父上は徐々に光となりながら、オレを抱きしめた。

 温かい……、泣きたくなる程、心地が良い。

 

「私はお前を愛したかった。だけど、私の罪が愛する事を許さなかった」

 

 それはオレが生まれて直ぐの事。マーリンはオレが国を滅ぼす事を予言で知り、その日生まれた子供を皆殺しにしようと提案し、実行した。

 だけど、何の因果か、オレだけが生き残った。

 

「無関係の子供達を大勢殺してしまった。お前を殺す為に……」

 

 雫が頬を伝う。父上は泣いていた。

 

「モードレッド。私の罪は決して消えない。本当ならば、こんな言葉を紡ぐ資格など無い。だが、それでも、王でなくなった今だから言える事……、言いたい事がある」

 

 父上は言った。

 

「愛している……。お前を息子として愛している」

「父上……、オレは――――ッ」

 

 オレが言葉を紡ぐ前に父上の体は夜闇に消えていった。


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