【完結】さて、士郎くんを攻略しようか!   作:冬月之雪猫

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第四十三話「幕間 ―― Last day ――」

 日を跨ぐ前に遠坂達が帰って来た。

 慎二と桜の無事な姿を見て、俺はホット胸を撫で下ろした。

 しかし、失われたモノも大きかった。例のサーヴァントと交戦し、アーチャーが消滅したのだ。

 正直言って、俺はアイツが苦手だった。どうしてか分からないけど、敵愾心とは違う……、嫉妬のようなものを抱いていた。

 今の俺では決して届かない頂きに奴は居た。

 

「……アーチャー」

 

 樹もショックを受けている。アイツは樹の味噌汁を絶賛したり、何かと気に掛けていたから、穿たれた喪失感はそう簡単に拭えないだろう。

 俺だって、それなりにショックを受けている。アイツには色々と教えてもらった。その恩を返す前に死なれてしまって、何とも宙ぶらりんな気分だ。

 

「衛宮」

 

 ノックの音がして、慎二が部屋に入って来た。

 

「アヴェンジャーの傍に居なくていいのか?」

「いいわけないだろ。だけど、お前に渡すモノがあるんだ」

「渡す物……?」

 

 慎二は一通の手紙を投げ渡して来た。

 

「……これは?」

「アーチャーがアヴェンジャーに託した物だ。確かに渡したぞ」

 

 そう言って、慎二は踵を返してアヴェンジャーの下へ走っていった。

 アヴェンジャーは今、とても危険な状態に陥っている。遠坂達が色々と手を尽くしているけど、果たしてどうなるか……。

 いずれにしても、魔術師として未熟な俺達に出来る事は何もない。本職に任せよう。

 

「何て書いてあるの……?」

 

 樹が俺の手元を覗き込んで来た。

 目覚めてからも時折ボーっとしたり、具合が悪そうな素振りを見せている。

 心配だ……。

 

「樹……、本当に体の調子は大丈夫なのか?」

「うん。ちょっと、気怠さが残ってるけど、それだけだよ」

 

 どう見ても嘘だ。蒼白な顔をして、何を言ってるんだ……。

 だけど、問い詰める事が出来ない。

 今の樹はまるで、ちょっとでも触れたら割れてしまう薄くて脆いガラスのようだ。

 何かの拍子に全てが壊れてしまう気がする。

 

「それより……」

「あ、ああ……、読むぞ」

 

 手紙の内容は一文のみだった。

 

『迷った時は川辺を思い出せ』

 

「何これ……?」

「何だろう……」

 

 意味が分からない。川辺って、何の事だ?

 

「アーチャーって、筆不精なタイプだったのかな?」

「いや、それにしたって……」

 

 ここまで不親切な内容の手紙もそうは無いと思う。コレで一体、アイツは俺に何を伝えたかったんだ?

 結局、手紙の謎を解き明かす事が出来ないまま、一夜が過ぎていった。

 翌日も樹の体調は良くならなかった。遠坂達はアヴェンジャーに付きっ切りで、樹の容態を診てもらう事が出来ず、俺は前に樹が作ってくれたお粥を何とか真似して作ってみた。

 

「……え?」

 

 頑張って作ったけど、やっぱり樹が作るモノと比べたら天地の差だ。

 ポカンとした表情を浮かべる樹に頭を下げた。

 

「すまん。頑張って作ってみたつもりなんだけど……」

「し、士郎が作ってくれたの!?」

「お、おう。そう言っただろ?」

「あ、う、うん! いや、凄く美味しそうだったから、ビックリしちゃって!」

 

 何度か樹の手伝いをした事はあったけど、実際に一人で料理を作ったのは初めての事だった。まあ、お粥なんて、料理の内に入るか微妙だけど、それでも、樹の反応は嬉しかった。

 翌日、アヴェンジャーの体調がある程度回復した事で遠坂達に樹の容態を診てもらう事が出来た。

 だけど、結果は芳しくなかった。どうやら、樹の魔術回路はかなり特殊なものらしく、セイバーやアヴェンジャーのように対魔力のようなものを備えているそうだ。それが遠坂達の魔術を阻害してしまうみたいで、内側の診断が出来なかった。

 

「……まあ、英霊をその身に降ろしたわけだし、それなりのデメリットがあって当然よね。ヘラクレスもあまり良い状態では無いって言ってたわけだし……」

「い、樹はどうなるんだ!?」

 

 つい、語気を荒らげてしまったけど、遠坂は気にした様子も見せずに言った。

 

「とにかく、数日の間、様子を見るしかないわ」

 

 遠坂の言葉に歯がゆさを感じながら、何も出来ない自分に腹が立った。

 その翌日、遠坂の提案で大聖杯の調査に乗り出す事が決定した。樹が『僕も行く』と言い出して、初めは止めたけど、樹は頑として譲らず、最終的にコッチが折れる結果となった。時々、妙に頑固な一面を見せる事がある。

 大聖杯の下へ続く洞窟の中はとても気味が悪かった。けど、外を出歩いた事が良かったのか、樹の体調がかなり回復した。これは嬉しい誤算だ。

 帰り道、御馳走を作ると張り切る樹を見て、胸を撫で下ろした。

 だけど、やっぱり時折ボーっとなる。その度に自分が今、何をしているのか分からなくなっているみたいだ。

 

「魔術が駄目なら、普通の病院で診てもらうってのは?」

「だ、大丈夫だよ! 確かに、ボーっとしちゃう事はあるけど、疲れが溜まってるだけだって! そんなに心配しないでよ! それより、ライダーと考えたんだけど、アヴェンジャーが大分回復したみたいだし――――」

 

 大聖杯の調査から数日が経ち、丁度、アヴェンジャーの体調が回復し、大聖杯の調査も区切りがついた所だった。

 前に外に出た時、少し体調が良くなった事を思い出して、一日だけ試しに出掛けてみる事にした。もし、これで体調が優れないようなら、今度こそ病院に連れて行こう。

 翌日、慎二とアヴェンジャーを連れ、俺達は新都に向かった。やっぱり、樹は時々ボーっとなる。だけど、慎二一押しのカフェや水族館を回り、樹は実に楽しそうだった。

 最後にライダーがちょっとしたイベントを企画した。マスターとサーヴァントが互いに似合うと思う服を選ぶという俺にとってはかなり難易度の高い企画だった。だけど、樹がノリノリだったから、折れる事にした。

 なんとなく、樹の思う通りにしてやるべきだと思った。少しでも楽しく……、幸せだと思う時間を作ってやるべきだと思った。

 まるで、直ぐ後ろに何か恐ろしいモノが近づいて来るような奇妙な感覚が延々と心の隅で漂っていた。

 

「ど、どうかな?」

 

 ライダーが選んだ洋服に身を包んだ樹はとても可愛かった。

 いつだって、樹の事は可愛いと思っていたけど、今日の彼女はいつも以上に魅力を引き出されていた。

 思わず、本音を口走ってしまい、お互いに真っ赤になった。

 夜道を歩きながら、樹にいつかの答えを聞かせて欲しいと言われた。

 

「答えるよ」

 

 俺は心に決めた。ちゃんと言おう。

 照れ臭いし、今までの関係が変わってしまうかもしれないと思ったら、何となく怖くて、言い出せずにいたけど……。

 

「ちゃんと、今度こそ」

 

 幸福感に包まれていた。

 だからこそ、叫び出しそうになる自分を必死に抑えた。

 彼女はこんな俺を愛してくれている。

 ならば、俺も自分に正直になるべきだ。

 

『おまえはそんな幸福なところで何をやっているんだ』

 

 そんな言葉が脳裏を過り、自分自身に対する憎悪と憤怒が際限無く高まっていく。

 今直ぐ、この首を絞め殺してやりたい。

 そんな衝動を必死に抑える。

 俺が不幸になるのは別にいい。だけど、彼女を不幸にする事だけは絶対に出来ない。

 彼女は幸せでなくてはいけない。この世界の誰よりも幸せでなくてはならない。

 だって――――、俺は……、彼女を愛している。


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