【完結】さて、士郎くんを攻略しようか!   作:冬月之雪猫

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第三十八話「■ル■ルギスの夜 Ⅲ」

 おかしいな。僕はさっきまで、円蔵山に向かって歩いていた筈だ。なのに、いつの間にか、僕はいつも見る夢の世界に来ていた。

 炎の柱はもはや、山の噴火を思わせる程に巨大化していて、周囲で踊る人々は歌を歌いだしている。

 

「ど、どうしちゃったの?」

 

 今まで、彼らは只管踊り続けるばかりで、歌うどころか、声一つ発した事も無かった。なのに、今は高らかに歌っている。

 聞き慣れない旋律。インドやアラビア、イスラム辺りの歌に近い気がする。

 

「――――君の危機に反応して、この世界が活性化を始めたのだ」

 

 いつの間にか隣に立っていたおじさんが言った。

 

「選ぶのは君だ。ここで死ぬのも一つの救いかもしれん。だが、君にはまだ、やり残した事がある筈だ」

「何を言って……」

「選択肢は二つだ、イツキ。ここで死ぬか、私を使い、生き延びるか! 時間が無い、選べ! さもなくば、死ぬのは君だけでは無い」

「死ぬ……、まさか、士郎も?」

 

 おじさんは肯定の意を示すように頷いた。

 ああ、なら答えは決っている。そもそも、こんな所で死ぬなんて冗談じゃない。

 僕は生きるんだ。士郎と一緒にいつまでも生き続けるんだ。

 おじさんとおばさんになっても……、

 お爺さんとお婆さんになっても……、

 例え、天寿を全うしても、死後の世界でも僕は士郎と――――、

 

「どうすればいいの?」

「教えた筈だ。君はいつもどおり、魔術を使えばいい。後はこの世界が君の窮地を救う為に動き出す筈だ」

「この世界が……? この世界って、一体――――……」

 

 やっぱり、肝心な事が分からないまま、僕の意識は薄れていった。

 そして――――、

 

 ◆◇◆

 

 大気が震えている。最初、その存在が何なのか、誰にも理解が出来なかった。

 雄叫びを上げ、現れたソレはあまりにも大きく、あまりにも狂気的だった。

 

「バ、バーサーカーか……?」

 

 アーチャーが思わずそう口走ったのも無理からぬ事。理性を持たぬ瞳と吹き荒れる魔力の波動はまさしく狂戦士クラスの特徴。

 だが、そんな筈は無いと、嘗てのバーサーカーの主は断言する。

 

「アレはバーサーカーなんかじゃない」

 

 そして、その存在の嘗ての主は掠れた声で呟いた。

 

「ランサー……、なのですか?」

 

 返答は興味に満ちた咆哮。

 

「――――どう? 聖杯戦争のシステムに介入して、ランサーにバーサーカーのクラス別能力である『狂化』をエンチャントしたのよ。アルスター神話の大英雄クー・フーリンは、いざ戦いが始まるや、肉体を肥大化させ、7つの瞳を開眼し、手の指は七本に増え、怪物染みた形相に変貌したと言うわ。彼は確かに卓越した槍の遣い手だけど、彼本来の力を引き出す為にはバーサーカーのクラスこそが相応しい」

 

 キャスターは高らかに叫ぶ。

 

「さあ、狂いなさい。己が存在の全てを掛け、この場に居る全ての者を皆殺しにするのよ!」

 

 バーサーカーと化したランサーの肉体が更なる変貌を遂げていく。伝説になぞられた怪物の如き容貌へと変化していく。頬には四色の筋が浮き上がり、蒼き髪は血色に染まっていく。

 もはや、その手にゲイボルグが握られていなければ、彼をランサーと認識する事など不可能な程、彼は変わってしまった。

 

「――――来るッ!}

 

 獣の如き咆哮と共に繰り出される一撃をアヴェンジャーは見事に防いでみせた。

 

「ッハ、力だけ増したくらいで、このオレを倒せると思うなよ?」

「さすが!」

 

 慎二は思わずガッツポーズを取った。彼の目には見えぬ神速の一撃だった。それを事も無げに受け切る自らのサーヴァントに慎二は称賛の眼差しを向ける。

 

「あら、いいのかしら?」

 

 だが、彼の笑顔はキャスターの言葉と、その直後に響いた樹の呻き声によって拭い去られた。キャスターはさっきよりも更に深く、刃を樹の首に喰い込ませている。流れ出す血流の量が一気に増加した。

 

「や、やめろ!」

「止めるのは貴方のサーヴァントの方よ? この人質を殺されたくなければ、抵抗を止めなさい。サーヴァントさえ殺せれば、マスターには用なんて無いもの。ちゃんと解放してあげるわよ」

「ふ、ふざけ――――」

「巫山戯てなんかいないわ。これは殺し合いよ? 勝算の高い方法を取って、何が悪いのかしら?」

「……おい、どうするんだ? 言っておくが、オレは黙って殺られるつもりなんぞ無いぞ?」

「わ、分かってる!」

 

 各マスターとサーヴァントに決断を迫られる。

 例え、キャスターの言う通りにした所で、本当に樹を解放するとは限らない。

 そもそも、奴は言った。

 

『この場に居る全ての者を皆殺しにするのよ』

 

 奴に樹を解放するつもりなど無い。それどころか、ここで俺達を皆殺しにする気だ。

 その事を皆も気付いている。だからこそ、皆は決断を下してしまう。

 初めに、バゼットがライダーの突き立てた剣を退け、彼女の腹部に拳を叩き込んだ。同時に、遠坂が彼女の動きを封じる為に宝石を使う。

 重力操作の魔術に囚われたライダーは彼女達の思惑を悟り、声を荒らげた。

 アーチャーは尚も躊躇いを見せたが、遠坂は令呪を掲げる。

 同時に慎二も決断を下していた。苦渋の表情を受け、「すまない、樹」と呟いた。

 皆が決断を下す一方で、俺は何も決められずに居た。樹を見殺しにする事など出来ない。だけど、ここで全滅しては、大聖杯の異常を正す術が無くなる。

 それは――――、世界に災厄を撒き散らす魔王の降臨を意味している。

 

「……なんで、俺は――――」

 

 天秤が揺らぐ。正義の味方として、どちらを選ぶべきかなど、考えるまでも無い。そう、囁く声が聞こえる。

 

「俺は……」

 

 分水嶺だ。俺は今、二手に分かれた道の前に立っている。どちらかを選べば、どちらかを失う。だけど、どちらも選ばないなどという選択は――――、

 その瞬間だった。

 

「……え?」

 

 キャスターが戸惑いの声を上げた。突然、キャスターが樹から飛び退いた。

 樹が開放された。そう理解しながらも、俺達は動けなかった。

 目の前で異常な光景が広がっていた。

 

「これは――――」

 

 樹の体から滴った血流が陣を描いている。

 同時に彼女の肌に黒い刺青のようなものが広がっていく。

 恐ろしい程の魔力のうねりを感じ、一瞬、俺は奇妙な光景を幻視した。炎に焼かれた街並み、その果てにある黒い――――、

 

「マスター!」

 

 ライダーの叫び声に俺の体の硬直は漸く解けた。

 今はくだらない思考に耽っている場合じゃない。キャスターが離れた今、一刻も早く樹を確保しなければいけない。

 

「樹!」

「だ、駄目よ、衛宮君!」

 

 遠坂が何かを叫んでいる。だけど、構うものか!

 

「樹!」

 

 彼女の下に辿り着き、俺は漸く彼女の瞳に宿る奇妙な光に気がついた。

 

「……ふむ、しばし待て」

 

 そう、まったく樹らしくない口調で彼女は俺を押し退けた。

 彼女の瞳は真っ直ぐにキャスターに向かっている。

 

「――――貴女、そういう事?」

「分かるのか? さすがだ」

 

 キャスターはフードの中で声を荒らげた。

 

「クー・フーリン! この娘を殺しなさい!」

「なっ――――」

 

 俺は咄嗟に樹を守るために動いた。だけど、彼女は俺を――――、蹴り飛ばした。

 まるで、ダンプカーにでもはねられたかのように、俺の体は大きく弧を描いて宙を飛び、セイバーの下に落ちていった。

 

「マ、マスター!」

 

 セイバーが慌ててキャッチしてくれた。

 

「セ、セイバー。樹を……、樹を守ってくれ!」

「了解です、マスター!」

 

 セイバーは俺を地面に横たわらせると、樹の下に向かおうと振り返った。

 そして、動きを止めた。

 

「セイ、バー……?」

 

 戸惑いながら、顔を上げると、そこにはあり得ない光景が広がっていた。

 

「……え?」

 

 樹は自分の身の丈以上の大きさの炎で構築された大剣を構え、狂戦士と化したランサーと切り結んでいた。

 あの運動音痴な筈の樹が真っ向からあの怪物と攻防を繰り広げている。その異常過ぎる光景に言葉が出て来ない。

 

「何をしているの、クー・フーリン! 伝説に語られる貴方の力はそんなものでは無いでしょ!」

「……そう責めるな、メディア。彼は一流の戦士だ。だが、理性を完全に奪われた今、そこらの獣と変わらない。これは君の落ち度だぞ」

 

 まるで、別人のような語り口調の樹。

 何がどうなっているのかサッパリ分からない。

 

「……おい、マスター。これは援護するべきなのか? それとも、黙って見ているべきなのか? それとも……」

 

 アヴェンジャーの問いに慎二は答えられずに居る。

 アイツも同じ事を考えているのだろう。

 アレは本当に樹なのだろうか――――、と。

 

「さて、終わりにしよう」

 

 樹はランサーの肥大化した肉体を一刀のもとに吹き飛ばし、奇妙な構えを取った。

 

「あまり、この状態が続く事は好ましくないのでね。どうせ、君も後で来るのだ。語るのはその時にしよう。さあ、行くぞ、ランサー」

 

 莫大な魔力が樹の体から迸る。今や、全身にくまなく刺青が広がり、その刺青が赤く燃え上がる。炎を纏った樹は同じく炎によって形成された大剣を振り上げた。

 

「剣技、射殺す百頭」

 

 それは一息の内に行われた。百に達する斬撃が、ランサーの肉体を粉微塵に粉砕した。もはや、あまりにもその光景が異常過ぎて思考が鈍化していく。

 

「……ナインライブズですって?」

 

 そんな中、イリヤだけが声を震わせた。

 

「嘘……、なんで? だって、それは――――」

「あ、貴方は分かっているの!? 貴方程の英雄がソレに加担するなんて、何を考えているのよ、ヘラクレス!」

「……え?」

 

 キャスターは今、何と言った?

 俺は思わずイリヤを見た。彼女はまるでキャスターの言葉を肯定するかのように苦しげな表情を浮かべている。

 

「本当に……、ヘラクレスなのか?」

「……ナインライブズはバーサーカーの本来持つべき宝具。嘗て、彼が怪物・ヒュドラを討伐した時の武勇が宝具として昇華されたもの。だけど、それをどうして……」

 

 ますます混乱が深まっていく中、樹は炎を剣から弓矢に変化させていた。

 

「さて、すまないが君にも退場してもらおう」

「じょ、冗談じゃないわ! そんなモノを野放しにしたまま、あの娘を置いていくわけにはいかない!」

 

 キャスターは声を荒らげ、無数の魔法陣を生成した。

 

「もう一度、死になさい、ヘラクレス! 魔に魅入られた愚か者!」

「――――否定はしない。だが、死ぬのは君だ」

 

 キャスターが片腕を振り上げる。同時に魔法陣から光が迸った。

 瞬間、刹那にも満たない時の合間に樹は弓を構え、矢を引いた。

 

「弓技、射殺す百頭」

 

 莫大な魔力を篭められた矢は竜の顎を模り、キャスターの放つ無数の魔弾を喰らいながら天へと登っていく。

 

「こ、こんな――――」

 

 キャスターは空中を猛スピードで滑るように移動する。

 だが、

 

「追って来る!?」

 

 樹の放った矢は見定めた目標を決して逃さずに追い続ける。

 

「マ、マスター……」

 

 ドラゴンが大きく口を開く。呑み込まれていくキャスター。

 俺達はただその光景を呆然と眺めている事しか出来なかった。

 

「……さて、そろそろ限界か」

「お、おい!」

 

 いつしか、樹が纏っていた炎は鎮まり、彼女の肌を覆っていた刺青が薄くなっていく。俺は慌てて彼女に駆け寄った。

 すると、樹は相変わらず彼女らしくない口調で言った。

 

「……この娘に残された時間は少ない。大事にしてやれ」

 

 そう言い残すと、彼女の瞳に宿っていた光は完全に消え去り、そのまま地面に横たわった。

 

「い、樹!?」

 

 慌てて揺り動かすと、樹は静かな寝息を立てていた。

 

「一体……、どうなってるんだよ」

 

 俺の疑問に答えてくれる者は誰も居なかった……。


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