【完結】さて、士郎くんを攻略しようか!   作:冬月之雪猫

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第三十四話「ボーイ・ミーツ・ガール Ⅲ」

「……アヴェンジャー」

 

 遠坂が宝石を飲ませた後、少しだけ容態が落ち着いたけど、まだ、彼女は眠ったままだ。時折、苦しげな表情を浮かべている。

 僕が未熟だったから、彼女に負担を掛け、その結果がコレだ。

 

「まだだよ……。まだ、死んじゃ駄目だ」

 

 遠坂から示された彼女を延命させる方法は二つ。

 一つは見知らぬ他人の命を喰わせる事。これは論外だ。彼女は絶対に拒絶するだろうし、僕もコレ以上、罪を重ねる事に耐え切れる自信が無い。

 もう一つは僕の魂を彼女に喰わせる事。こんな僕の命でも、彼女に僅かとは言え、時間を与える事が出来る。

 

「……まあ、あの口振りだと、本当は僕達に性交でもさせるつもりだったみたいだけどね」

 

 性交による魔力の供給は確かに可能だ。僕が命を喰わせる事に怖気づくと踏み、遠坂は悪戯小僧みたいな笑みを浮かべて僕にその方法を提案して来た。だけど、これも論外だ。僕如きが彼女とそうした関係を結ぶなど許される筈が無い。

 彼女は王になるべき尊い存在だ。なら、僕はその覇道の礎となる。

 

「記憶や感情が魔力の源になる。僕の生きた十数年は実にくだらなくて、意味の無いものだったけど、君の覇道の礎になれるなら、こんな僕の命でも、ほんの少しくらい価値が――――」

「うるせぇ」

 

 殴られた。見事なアッパーだ。顎が揺さぶられて頭がクラクラするよ。

 

「人が気持ち良く寝ている隣で何をブツブツと……」

「気持ちよくって……、魘されてたじゃない――――」

「うるせぇ」

 

 今度は蹴られた。

 

「魘されてなんかいねぇよ。テメェの方こそ、夢でも見てたんじゃねぇのか?」

 

 足の裏でグリグリしないで欲しい。地味に痛いよ。

 

「……と、とりあえず、持ち直したみたいだね」

「おう」

 

 踏まれたまま、何とか声を振り絞る。

 

「ところで、ここはどこだ?」

 

 アヴェンジャーは今更になって周囲をキョロキョロと見回しながら問う。

 

「遠坂の屋敷だよ」

「トオサカ?」

「アーチャーのマスターさ」

「……は?」

 

 アヴェンジャーは目を丸くした。

 

「なんで、敵の陣地に居るんだよ!?」

「いや、君が魔力を使い切って、倒れてしまったから、彼女の手を借りる事にしたんだよ」

 

 僕が事のあらましを説明すると、アヴェンジャーは更に僕の頭を足でグリグリし始めた。

 

「おい、シンジ。テメェ、人に何の相談も無く、勝手な事してんじゃねぇよ」

「相談って……、君はずっと寝てたんだよ?」

「うるせぇ。言い訳すんな」

「いや、言い訳って……」

 

 君が寝ていたのは事実だろ。そう言った瞬間、アヴェンジャーは眉間に皺を寄せながら両足で僕の足をポカポカ踏み始めた。大分手加減してるみたいだけど、それでもかなり痛いぞ。

 

「ったく、この状態でどうやって目的を果たす気なんだ?」

「目的……?」

「テメェの妹を助けるんだろ?」

「ああ、その事なら諦めたよ」

「……は?」

 

 今まで散々桜を助けるだなんだと言って、彼女を振り回しておいて、勝手な言い草である事は分かっている。でも、僕は一晩中考え続けたんだ。

 

「桜は自分の力で殻を破り、自由を得た。アイツに僕の存在は必要無かったんだ。分かるかい? 僕の今までの人生は全くの無意味だったってわけさ」

「……本気で言ってるのか?」

 

 苛立ちの篭った声が降ってくる。でも、聞いて欲しい。

 

「別に不貞腐れているわけじゃない。そこは勘違いしないで欲しい。ただ、この無意味で何の価値も無い僕の命でも、君の覇道の礎くらいにはなれると思ったんだ」

「……何を言って――――」

「アヴェンジャー。僕の命を喰らってくれ。こんな下賎な魂なんて、本当なら喰うに値しないのかもしれないけど、それでも、今の君の腹の足しくらいにはなる筈だ」

「おい……」

「ここには君の父親も居るんだ!」

 

 僕は畳み掛けるように言った。

 

「聖杯を手に入れる為には時間が足りないかもしれない。だけど、セイバー……、アーサー王と雌雄を決する為の時間くらいなら、僕の魂を喰らう事で作れると思う。いずれにしても、遠坂達の話だと、聖杯は汚染されているらしくて、使い物にならないそうなんだ。だから――――」

「どういう事だ……」

「ああ、いきなり言っても混乱するよね。でも、聖杯の汚染はどうやら事実みたいなんだ。十年前の事なんだけど――――」

「そんな事はどうでもいい!」

 

 アヴェンジャーは聖杯の汚染について説明しようとした僕の髪を掴み、無理矢理体を起こさせた。

 

「ど、どうでもいいって……」

「そんな事より、どういう事だ!? 何を勝手に諦めていやがるんだ!」

「だ、だから、言っただろ? 桜は一人で十分だったのさ。だから、僕はこの魂を君に――――」

「巫山戯るな!」

 

 アヴェンジャーは怒鳴った。

 

「何が覇道の礎だ! 貴様は……、お前は妹を救う筈だろ。なんで、勝手に諦めているんだ!」

 

 わけが分からない。理由ならさっきから何度も言っている筈だ。

 

「だから、僕は――――」

「シンジ!」

 

 アヴェンジャーは僕の言葉を遮り言った。

 

「自分の言葉を曲げるな! オレのマスターなら、最期まで諦めを口にするんじゃねぇ!」

「だ、だけど……、どっちにしたって、キャスターは雲隠れしてしまっている。僕の魂じゃ、キャスターを見つけ出して始末する時間なんて作れる筈が――――」

「――――ッハ、命なんて喰わなくても、代用出来るものがあるだろ」

「代用って……、まさか、他人の命を? 君は嫌がっていた筈だろ!」

「ばーか、ちげーよ」

 

 アヴェンジャーは僕の体をさっきまで自分が寝ていたベッドに向かって放り投げた。

 

「さっきから、扱いがちょっと酷くないか?」

「うるせぇよ、ばーか」

 

 アヴェンジャーは抗議の声を上げる僕を押し倒して、上に跨ってきた。

 

「アヴェンジャー……?」

「呆けてないで、さっさと服を脱げ」

「……はい?」

 

 何を言ってるんだ、コイツ。

 

「いや、魂を喰らうのに服を脱ぐ必要は……」

「テメェの命を喰らっても、数日しかもたねぇだろ」

「……まさか」

「こっちなら、若いんだから、直ぐに回復するだろ?」

「いや、ちょっと待て! まさか、本気なのか!?」

 

 アヴェンジャーは慌てふためく僕の服を勝手に脱がせ始めた。抵抗しようにも相手は疲弊しているとはいえ英霊だ。とてもじゃないが、力では敵わない。

 

「男だったら、さっさと覚悟を決めろ」

「待て! 待ってくれ! 君は王になるんだろ!?」

「ああ、王になる」

「だ、だったら、僕なんかとそんな事をしたら――――」

「別に王が誰と何をしようと勝手だろ」

 

 いつの間にか、僕は衣服を全て取り払われていた。

 

「他人がどう思うかなんて、知った事かよ」

「お、王様がそれでいいのか!?」

「いいんだよ。他の連中なんて関係ない。オレだけが卓越した存在であり続ける事が重要なんだ」

「卓越した存在なら、尚更……」

「いいから、さっさと始めるぞ」

 

 抵抗は無意味だった。どっちが男で、どっちが女だか分からない構図のまま、僕は――――……。

 

 ◇

 

「諦めるな、シンジ。お前は絶対に妹を救える。その為に罪を重ね、泥に塗れながら生きてきたんだろ?」

「……アヴェンジャー」

 

 朝の日差しを背に、アヴェンジャーは言った。

 

「オレのマスターなら、最後の最後まで諦めるな。足掻き続けろ」

「……君も足掻いているのかい?」

 

 彼女との繋がりが強まったのか、行為の最中、断片的に彼女の記憶が見えた。

 彼女の思いが流れ込んで来た。

 どうして、彼女は王位を望んだのか……。その願望の奥底に眠る、彼女の本心に僕は触れた。

 

「……分かったよ、アヴェンジャー」

 

 僕は言った。

 

「もう少し、足掻いてみる。だって、僕は君のマスターだからね」

「……おう」

 

 少しの間、僕達は黙って背中を合わせ続けた。

 しばらくして、僕達は部屋を出た。とりあえず、今後の事を考える為にも遠坂達と話し合う必要がある。あの時は無我夢中だったから、絶対服従なんて理不尽な要求を呑んでしまったけど、僕達にはやらなければならない事が山程ある。

 廊下を歩いていると、見覚えのある顔があった。

 

「……モードレッド」

 

 アヴェンジャーと瓜二つの顔をしたサーヴァント、アーサー・ペンドラゴンだ。

 

「よう、父上」

 

 アヴェンジャーは今、何を思っているんだろう。この屋敷に居る以上、顔を合わせる事になるのは確実だと分かっていたけど、いざ出会った時、どうなるか想像も出来なかった。

 

「お前はまだ、王位を欲しているのか?」

「ああ、当然だろう?」

 

 空気が張り詰めている。

 セイバーの問いに平然とした顔で答えるアヴェンジャー。

 僕は口を出せずにいた。この二人の関係に入り込む余地が見つけられない。

 

「まあ、そう警戒するなよ。今直ぐ、貴方の首を取るつもりは無い。今は他にやる事があるからな」

 

 そう言うと、アヴェンジャーはセイバーの横を通り過ぎた。僕も慌てて後を追う。

 

「――――だが、いずれは決着をつける。逃げるなよ? 必ず、オレは貴方から王位を奪ってみせる」

「モードレッド……、お前はッ」

 

 苦悩の表情を浮かべるセイバーを尻目にアヴェンジャーは立ち止まる事なく歩き続ける。僕が言い出した事だけど、迷いが生じた。このまま、彼女達に殺し合いをさせていいのだろうか、と。

 その時だった。直ぐ傍の扉が開いた。

 

「――――昨夜はお楽しみだったわね、間桐君」

 

 ニッコリと悪魔はとんでもない爆弾を放り投げてきた。

 僕とアヴェンジャー、そして、セイバーの三人は同時に吹き出した。

 

「いやー、思ったよりやるわね。てっきり、あの様子だと一晩中うじうじしたままで、こっちが発破をかけてあげなきゃいけないかなーって思ったけど、アヴェンジャーもすっかり持ち直したみたいだし――――イダッ」

 

 僕達が拳を振り上げるより先に赤い影が遠坂の頭を叩いた。

 

「君にはデリカシーというものが無いのか!?」

 

 遠坂のサーヴァント、アーチャーは遠坂の肩を掴みながら怒鳴りつけた。

 

「だ、だってー、こんな面白い状況、いじらない方が失礼っていうか……」

 

 確信犯かよ、この野郎。わざわざ、アヴェンジャーの父親が居る前で何て奴だ……。

 

「いいか、マスター! 彼らくらいの年頃の男女はとてもナイーブなんだ! そういう話題は慎重に――――」

「テメェら……」

 

 やばい。アヴェンジャーは明らかに怒っている。眉間をピクピクさせながら、今にも怒りを爆発させようとしている。

 

「お、落ち着け、アヴェンジャー。とりあえず、その剣を仕舞うんだ!」

「うるせぇ! この腐れ魔術師をぶっ殺してやる!」

「お、落ち着きなさい、モードレッド。気持ちは分かりますが……、その、男女が同衾した上でそういう行為に至るのは決して恥ずかしがる事では……」

「ち、父上!?」

 

 止めようとしているのか、火に油を注ごうとしているのか判断がつき難いセイバーの言葉にアヴェンジャーはガーンとなっている。

 

「と、とにかく、剣を降ろしなさい。ほら、いい臭いがして来ましたよ。御飯を食べれば気も落ち着く筈です。カップヌードルを知っていますか? 現代に来て初めて食べましたが、あれはいいものでしたよ」

「ち、父上!?」

 

 もしかして、混乱してるのかな? 頓珍漢な事を口にするセイバーにアヴェンジャーはさっきからショックを受けたような表情を浮かべている。

 

「ああ、既に朝食が出来上がっている」

 

 アーチャーが言った。

 

「ご苦労様。今日のメニューは?」

 

 まるで当たり前のように自らのサーヴァントにメニューを尋ねる遠坂。おかしいぞ、なんで、サーヴァントが朝食の準備をしているんだ?

 

「鮭の塩焼きに金平牛蒡、納豆、おひたし、味噌汁だ。特に味噌汁は絶品だぞ」

「あら、自信作ってわけ?」

 

 なんで、サーヴァントが金平牛蒡なんて作れるんだよ!?

 

「いや、私が作ったわけでは無い。樹……、ライダーのマスターが作った」

 

 ライダーのマスターって、樹の事か?

 

「……人が寝ている隙に何で、昨日まで敵だった相手と仲良く肩を並べて一緒に料理してんのよ!?」

 

 そこは怒るのか……。

 

「ふむ、樹の料理ですか……。士郎が樹の料理は絶品だと言っていました。楽しみですね」

「ち、父上!?」

 

 アヴェンジャーがさっきから同じ反応ばっかりだ。なんだか、新鮮だな。

 僕達はそのままリビングへと向かった。そこで、僕はあの馬鹿兄弟との再会を果たした。色々と話したい事もあったんだけど……、

 

「これが金平牛蒡……ッ!」

「ち、父上!?」

 

 思いの外、食欲旺盛なアーサーとその姿にショックを受けているモードレッドの姿に気が削がれて、食事中はろくに話す事が出来なかった……。


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