【完結】さて、士郎くんを攻略しようか!   作:冬月之雪猫

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第三話「おやすみなさい」

 小学校からやり直せば、僕にだって友達が出来る。そう思っていた時代が僕にもありました。でも、現実はそう簡単に物事上手く進んだりしないのだよ。

 今の僕は女の子だ。どんなに現実逃避しても、ランドセルは赤いし、トイレも赤いマークの方に行かないといけない。そして、何より重要な事は女の子のネットワーク。

 正直、小学校の女の子は純粋で可愛いとか思ってました。だって、大河さんとか天使だし……いや、彼女はとっくに小学校を卒業しているけど……。

 まだ小四の癖に誰が誰を好きで、誰が誰を嫌いとかが物凄くハッキリしている。そして、派閥が存在している。堂本剛主演のドラマ『ガッコウの先生』とかで、嫌な小学生のオリンピックみたいな子達がいっぱいいたけど、全部創作上のものだと思っていた。けど、現実は正にドラマよりも奇なりだ。正直、僕にはついていけない世界がそこにあった。

 時々耳にする話題も化粧がどうとか、最近のアイドルはどうだとか、女子高生かOLみたいな話題が飛び交っている。もっと、子供らしくアニメの話をしようよ……。

 士郎くんの方はあっという間にクラスに溶け込み時の人となっているにも関わらず、僕はあっという間にボッチ空間を形成してしまっている。グループ活動とか林間学校とかが超怖い。

 

「……ハァ」

 

 剣道大会で圧勝してからも、変わらず我が家の道場で稽古に勤しんでいる大河さんの姿を見ながら、僕は思わず溜息を零した。すると、大天使は目ざとく僕の落ち込みを察し、近づいて来てくれた。まあ、構ってちゃんオーラを全力で出してたから計画通りなんだけどね。

 

「どうしたの?」

「大河さん……。友達って、どうやって作ればいいんでしょうか」

「……へ?」

 

 僕としてはポケモンとかベイブレードの話で盛り上がりたい。外で隠れんぼや鬼ごっこに興じたい。でも、男の子のグループには入れてもらえず、女の子達には大きな壁を感じる今日此の頃……。

 士郎くんは僕を仲間に入れようとしてくれるんだけど、他の子達があからさまに嫌そうな表情を浮かべるから、やむなく辞退を申し出る日々。さすがに士郎くんの交友関係を壊したいとは思ってない。

 また、灰色の青春を過ごすことになるのだろうか? 女の子はある程度可愛い事を条件に人生イージーモードだと思っていた過去の僕を殴ってやりたい。逆にハードだよ。

 

「うーん。樹ちゃんはどんな子とお友達になりたいの?」

「え?」

 

 難しい質問だ。人生再スタートしても友達ZERO人記録更新中の僕に友達にしたい人の条件なんておこがましくて付けられない。

 

「僕と友達になってくれる人なら誰でもオーケーです!」

「……うーん。それだと、ちょっと難しいかもね……」

「え?」

 

 おかしい。無条件開城しているのに、どうしてだ?

 

「えっと、樹ちゃん。ちょっと厳しい言い方になるけど、貴女の言ってる事は『誰でもいい』って事だよ? つまり、別にその人じゃなくても良いって事」

 

 誰でもウエルカムは駄目なのか……。

 

「まずはどんな人とお友達になりたいかを考えてみて。その次に、その人はどんな人と友達になりたいかを考えてみるの」

 

 普段は割りとフィーリングで生きている感じなのに、物凄く論理的な正論を叩き付けられた。目からウロコです、大河さん。

 確かに、誰でもいいなんて言ってたら、その他大勢が抜け出す事は出来ないだろう。だけど……。

 

「ちょっと、考えてきます」

 

 道場から出て、僕は財布を片手に買い出しに向かった。買い物をしながら考えよう。

 さて、僕の希望する友達の条件か……。

 

「外で泥だらけになりながら遊んでくれるアニメやゲームが好きな明るい子……」

 

 女子には居ない気がする……。居ても隠してる気がする。ぶっちゃけ、そう言う子はハブられる。僕はハブられた。

 

「とは言え、男子からは疎まれてるし……」

 

 女の子はすぐ泣く。女の子はすぐ怒る。女の子はすぐ邪魔をする。

 クラスの男の子達の公式見解である。もう、女子という時点で外で遊ぶグループには入れてもらえない。もう少し低学年で、まだ男女の区別がよく分かっていない時期から慣らしておけば行けたかもしれないけど、既に思考が固まってしまっている。

 

「こうなったら、磨くか……、女子力」

 

 大河さんはああ言ったけど、僕の出す条件は敷居が高過ぎる。なら、逆に僕が友達になりたくなる人間になればいい。あんまりよく分かってないけど、とりあえず、女子力を磨こう。

 勉強は問題無い。テストはいつも満点だ。というか、皆も満点だ。小学校のテストはみんな仲良く満点を取れるようになっているのだ。出来ない子は本当にわずかだ。

 運動は問題だ。鉄棒で逆上がりが出来ない。かけっこでもビリから数えた方が早い。

 家事全般は圧勝だ。我が家の火事は僕の手に委ねられている。おじさんからは財布を預けられていて、士郎くんやおじさんの服のチョイスまで僕の仕事の一環となっている。二人共面倒くさがり過ぎだろう。

 化粧とか、女の子の好きな話題。これについていく事が当面の課題だな。

 

「買うか……、チャオ」

 

 いや、この漫画で得られる知識は少し偏りがあるな。

 

「というか、周りに現役女子が居るし、大河さんに聞こう」

 

 しかし、強くてニューゲームって、現実だと上手くいかないものだね。というか、ハードでニューゲームになっている気がする。

 

「こんちゃー、おっちゃん! ひき肉くださーい!」

 

 とりあえず、今晩のおかずはハンバーグだ。士郎くんにはクマさんの形で創ってあげよう。大きなクマの顔をプリントしたトレーナーを嫌がる事無く着てくれているし、きっと、気に入ってくれる事だろう。トレーナーは将来、嫁に来るであろうクマさん――――、アーサーさんにちなんで買いました。

 そう言えば、聖杯戦争って十年後なんだよね。とりあえず、海外にいつでも逃げられるように準備をしておこう。ヨーロッパ一週間の旅とか素敵だと思う。ちなみに僕は結構英語が堪能だ。

 

「そう言えば……、おじさんって……」

 

 忘れてたわけじゃないけど、そんなに長生きが出来る体じゃなかった筈だ。

 

「確か、呪いだっけ……」

 

 もう少し、設定に詳しければ良かった。おじさんがいつ頃倒れるのかとか、具体的にどうして死ぬのかが分からない。

 

「お医者さんじゃ……、無理なのかな」

 

 家に帰って、「ただいま」を言うと、おじさんは陽気な笑みを浮かべて「おかえり」と言ってくれた。

 この人が近い将来、死んでしまう。それが凄く嫌だった。胸が締め付けられた。まだ、出会って一ヶ月なのに、僕はこの人がとっても好きになっている。

 

「おじさん」

「ん? なんだい?」

「死んじゃやだ」

 

 気がついたら、そんな言葉を口にしていた。

 

「……えっと、今のところ死ぬ予定は無いから大丈夫だよ?」

 

 困ったように微笑みながら、おじさんは言う。でも、きっと辛いはずだ。だって、呪いは既におじさんの体を蝕んでいる筈だからだ。

 

「おじさん、約束してよ」

「約束……?」

「僕達が大人になるまで……、ちゃんと元気で居てよ」

 

 僕の言葉におじさんは直ぐに返事をしてくれなかった。ただ、曖昧な笑みを浮かべるだけだ。

 

「うん。勿論だよ。ちゃんと、二人が大人になるまで、ちゃんと見守ってあげる。だから、泣かないでよ」

「……うん」

 

 涙がポロポロと落ちていく。おじさんはずっと僕の頭を撫でていてくれた。

 

「樹の花嫁姿をこの目に焼き付けるまでは僕も死ぬに死ねないからね」

「あ、あはは……、そこはまあ、善処します……」

 

 花嫁姿はちょっと難しい。まあ、未来は分からないけど、これでも二十年間男の子として生きてきた経歴があるもので……。

 

「どうしたんだ?」

 

 いつの間にか、士郎くんが帰って来ていた。僕が泣いている姿にびっくりしているみたい。

 

「だ、誰かに虐められたのか!?」

 

 みるみる真っ赤になっていく。どうやら、激おこプンプン丸らしい。

 

「ち、違うよ。ちょっと、おじさんに甘えてただけさ」

「……本当?」

 

 士郎くんは僕じゃなくて、おじさんに顔を向けている。

 

「……士郎」

「ん?」

「今度の週末、三人で出掛けよう。行きたい場所は無いかな?」

「え? えっと、じゃあ、遊園地!」

「ああ、いいよ。樹もいいよね?」

「え? う、うん!」

 

 いつもはそれぞれの部屋で寝るのだけど、その日は三人で川の字を……いや、小の字を創って眠った。

 おじさんはずっと生きていてくれる。だって、約束した。だから、僕は安心して眠る事が出来た。おじさんはいつも言っている。約束は守らなきゃいけないんだって。時々、約束を忘れる事はあるけど、大事な約束は絶対に破らない人だ。だから、僕はとっても安心だ。

 

「約束したのになー」

 

 それから数年が経った。おじさんは約束を守らなかった。

 あれから一年後くらいにおじさんはよく海外へ出掛けるようになり、帰ってくる度にやつれ、痩せ衰えていった。

 止めてと言った。行かないでと懇願した。でも、おじさんは行った。だって、おじさんは家族を大切にする人だから。おじさんにはもう一人、家族が居る。実の娘がドイツに居る。彼女は今、アインツベルンという一族に囚われていて、おじさんは必死に助けようとしていたのだ。

 結果は無残なものだった。結局、おじさんは娘を取り戻す事が出来ず、やがて、立って歩く事も出来なくなった。

 

「おじさん。今日は何が食べたい?」

「うーん。カレーがいいな」

 

 僕に出来る事はおじさんの食べたい物を作る事だけだった。

 

「爺さん――――」

 

 唇を尖らせ、士郎くんはおじさんに愚痴を零している。魔術の話だ。

 僕達は魔術の勉強をしている。驚くことが多過ぎて、この体に魔術回路がある事にそこまで仰天はしなかった。おじさんいわく、すこぶる優秀との事。ちなみに属性は炎だった。気分は炎の錬金術士だ。指パッチン――は特に必要無いのだけど、火花から爆炎まで自由自在。でも、正直、日常生活ではまったく使えないスキルだった。士郎くんみたいに物の構造を解析したりは出来ない。物の故障箇所が一発で分かるなんて羨ましい。もう、それだけで一生食べていけそうなスーパースキルだ。士郎くん自身はちょっと不満そうだけどね。

 

「包丁とか、ナイフは確り投影出来るのに……」

 

 ちなみに、魔術回路の作成のくだりや投影魔術についてはちょっとだけ口を出しました。いや、毎日自殺するとか訳の分からない事させられないし……。

 士郎くんが二日目に一度創った魔術回路をもう一度作りなおしている所を確認して、切嗣さんに報告して、何とか修正してもらいました。

 投影に関しては、最初に作る物を僕の愛包丁にしてもらったところ、上手く投影出来て、おじさんの目玉が飛び出しかけた。あれは近所の刃物屋さんで買ったもので、お店のご主人が買う時に長々とその包丁の歴史を語ってくれた。その事も成功の切っ掛けの一つだと思う。確か、投影魔術は投影するものの構造とかだけじゃなくて、歴史とか作者の意図とかも考える必要があった筈だからだ。この辺は確か

 封印指定だとか色々とおじさんから物騒な注意を受け、毎晩二人で土蔵に篭もり修行の日々だ。

 刃毀れした端から士郎くんのお手製包丁に切り替えていくスタイル。投影品を魔術師に見られるとアウトだからと、他の投影品はその都度消している。包丁だけは別。あれは使う時以外、ちゃんと仕舞ってあるし、僕以外は使わないからね。万が一の時は隠せばいい。一本くらいなら大丈夫だろう。

 

「おじさん。出来たよー」

 

 もう、起き上がる事も億劫になっているおじさん。口元に少し冷ましてからカレーをスプーンで運んであげる。介護技術も徐々にランクアップしている今日此の頃。

 

「美味しいよ、樹」

「お粗末さまです」

 

 結局、女子力向上は全く出来ぬまま、友達もロクに出来ずに居る僕だけど、料理の腕は我ながら素晴らしいレベルにまで上達した。

 なにせ、お客さんが素晴らしい。士郎くんもおじさんも大河さんも時々来る藤村組の人や柳洞寺の零観さん、大河さんの親友のネコさんなどなど、みんな美味しい美味しいと言って喜んでくれる。これは非常にモチベーションが上がる。将来はコックにでもなろうかな。

 

「士郎の分はテーブルにあるからねー」

 

 ちなみに、この頃は士郎くんの事を士郎と呼び捨てにしている。本人がくん付けを嫌がるからだ。

 

「サンキュー」

 

 カレーを食べに居間に向う士郎を見送り、僕はおじさんにあーんを続けた。

 

「樹の御飯はいつも美味しいね」

「へへ」

 

 父さんと母さんの事が今でも時折恋しくなる。でも、時折で済んでいるのはおじさんが居るおかげだ。

 

「おじさん……」

「なんだい?」

「死んじゃやだ」

 

 いつか口にした言葉だった。

 

「ごめんね……」

 

 今度は嘘すら吐いてくれなかった。

 

「死んじゃうの?」

「あんまり、長くないと思う」

 

 アッサリとした物言い。実におじさんらしい。

 

「僕に出来る事は何かある?」

「士郎の事を頼むよ。美味しいご飯をいっぱい食べさせてあげてくれ。樹の御飯はこの世で一番美味しいからね。後、あんまり無茶な事をしないように見張ってて欲しい」

「後者は荷が重そうだね~」

 

 士郎はおじさんに憧れている。弱い者虐めをしている者が入れば、例え上級生や中学生、果ては高校生だろうと無差別に喧嘩を挑みにいく。無鉄砲ここに極まり。止めに行くときはいつも竹刀とエアガンが必須という修羅場をありとあらゆる場所に展開してくれる問題児だ。

 

「でも、任せてよ。士郎の事はしっかり見ててあげる」

「ありがとう。後……」

「なーに?」

「すまなかった」

「……え?」

 

 おじさんは布団に横たわると、悔いるように瞼を閉ざした。

 

「言おうと思っていた事があるんだ」

「おじさん……?」

「君達が焼け出されたあの大火災。僕は……、止められる場所に居た」

 

 まるで、泥水を吐き出すかのように苦しそうな顔。

 

「でも、止められなかった。僕の責任なんだ。君達が家族を失ったのも、全部僕が悪かったんだ」

 

 泣いていた。いつも穏やかな笑みを絶やさないおじさんが泣いていた。

 

「おじさん……」

「すまない」

 

 何度も謝るおじさんの頭を僕はそっと撫でてあげた。

 

「いつ……き?」

「大丈夫だよ。僕も士郎もおじさんを恨む事は絶対に無いから」

 

 これは確信を持って言える事だ。

 

「僕も士郎もおじさんの事が大好きだよ。だから、謝らないで欲しいなー」

 

 まあ、約束を破った事に関しては謝罪と倍賞を要求したい所だけど、僕の料理を褒めてくれた事で良しとしてあげよう。

 

「おじさん。他には何か無い? どうせだし、全部吐き出しちゃいなよ。前におじさんが言った事だよ? 『今は吐き出したい事があるなら幾らでも吐き出していい。むしろ、もう吐き出せないくらい吐き出して欲しい。そうしたらきっと、ちゃんと歩き出せるようになると思うからね』って」

「……言ったかな。ちょっと、照れくさい言葉だね」

「えー、名言だったのにー」

「うーん。ちょっとキザな感じがするよ」

 

 少しの間、僕達は笑いあった。そして、ゆっくりとおじさんは口を開いた。

 

「……いつか、白い髪の女の子が来るかもしれない」

「白い髪の女の子?」

 

 イリヤちゃんの事だろう。

 

「来ないかもしれないし、来てもあまり友好的な対面は難しいと思う。でも、もしも会えたら……」

 

 おじさんは言い淀んだ。酷く迷っているみたいだ。

 

「言ってみてよ、おじさん」

「……どんなに酷い出会い方でも、どうか、嫌わないであげて欲しい」

「うん。分かったよ」

 

 ハッキリと頷いた。

 

「……はは。ありがとう」

 

 どこか諦めたような、でも少しだけ安心したような声。

 

「さて、ちょっと眠ろうかな……」

「うん。おやすみなさい、おじさん」

 

 おじさんが息を引き取ったのはそれから数日後の事だった。月の綺麗な晩に僕達は三人で軒先に腰掛け、おじさんの昔話を聞いた。

 

「子供の頃、僕は正義の味方に憧れていた」

 

 もう少しだけ生きていて欲しかった。せめて、僕達が中学に上がる所を見届けるくらいはして欲しかった。でも、僕はこの日、おじさんのこの言葉で分かってしまった。

 この人は今日死ぬんだ。もう、明日には会えなくなるんだ。もう、御飯を食べてもらえなくなるんだ。

 

「しょうがないから、俺が変わりになってやるよ」

 

 だから、止められなかった。自分なりに満足な生き方だったと語る衛宮士郎の半生。だけど、最後が死刑台なんて嫌だ。だから、正義の味方にはならないで欲しかった。他にも生き方が見つけられる筈だと思っていた。

 だけど、おじさんの最後を邪魔出来なかった。

 

「そうか……、ああ――――」

 

 幕切れは呆気なかった。

 安心した。そう言って、おじさんは息を引き取った。

 僕の存在はおじさんの死を一秒も先延ばしに出来なかった。医者に無理矢理見せた事もあった。でも、何をしても無駄だった。

 

「……おやすみなさい」

 

 士郎は泣かなかった。僕は大泣きした。大河さんも大泣きした。多くの人が大いに泣いた。みんながおじさんの事を好きだった。だけど、士郎は泣かなかった。

 泣いて欲しかった。だって、今泣かなかったら、士郎は一生、泣かない気がしたからだ。でも、士郎は泣いてくれなかった……。


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