【完結】さて、士郎くんを攻略しようか!   作:冬月之雪猫

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第二十八話「最強」

 使い魔を放ち、街中を捜索したけど、間桐慎二と間桐桜両名の居所を掴む事は出来なかった。遠坂凛が同盟の相手として申し分の無い人物だと評価していた事から期待を持っていたのだが、行方の分からない相手に時間を費やしている場合では無い。

 我々はもう一組の候補に面会を求める為、郊外へ向かっている。

 

「アインツベルンか……」

 

 始まりの御三家の一画にして、聖杯探求に一念を燃やす旧家。その者達の冬木市における棲家たる郊外の森へ足を踏み入れる。

 魔術協会とも一切の交流を持たないアインツベルン。謎多き一族だが、彼らの悲願たる聖杯を得る為の聖杯戦争……、その基盤に異常が発生していると知れば協力を要請出来る可能性は高い筈だ。

 森に侵入する際、軽い洗礼を受けたが、同時に此方の意思を伝える事も出来た。

 アーチャーとランサーに周囲の警戒を頼み、薄闇に包まれた森の中を突き進む。

 

「見えた」

 

 遠くに朧気だが人工物が目に入った。かなり長い道程だったが、どうやら迷わずに辿り着く事が出来たみたいだ。

 近くまで行くと、アインツベルンの城が悠然と佇んでいた。

 

「……いい趣味してるわね」

 

 遠坂凛は毒づきながら警戒心を強めている。ここまでは順調だった。順調過ぎる程あっさりと本拠地まで招かれてしまった。

 果たして、この選択が吉と出るか凶と出るか……。

 

「行きますよ」

 

 サーヴァントを呼び戻し、私達は正面玄関の扉を開いた。

 広々とした玄関ホール。その奥には二階へ続く階段があり、そこに少女は立っていた。真紅の瞳に危険な光を湛えながら――――、

 

「退がれ、バゼット!」

 

 ランサーが前に出る。同時に玄関扉が勢い良く仕舞った。少女の殺意が広々としたホール内を満たす。

 私達は漸く悟った。どうやら、自分達は猛獣の檻の中へと誘い込まれてしまったらしい……、と。

 

「待って下さい!」

 

 このまま戦いに縺れ込んでしまっては交渉が出来なくなる。

 

「聞いて欲しい事があります!」

 

 有り難いことに少女は私の話を阻むこと無く黙って聴き続けてくれた。

 大聖杯に発生している異常。円蔵山に現れた謎のサーヴァント。如何に自体が急を要するかを訴えた。その結果、少女が下した結論は――――、

 

「ふぅん、それで?」

 

 一切の興味を示さず、少女は傍らにバーサーカーを喚び出した。一目見て危険だと分かる程、そのサーヴァントは破格だった。

 

「どうか、我々と共に大聖杯の調査に乗り出して欲しい」

 

 私の言葉を少女は嘲笑った。

 

「……そこまで気付いた事は褒めてあげる。だけど、選んだ相手が悪かったわね」

 

 少女の言動の内には無視出来ない言葉があった。

 そこまで……、だと?

 

「……端から知っていたような口振りですね」

「知っていたもの」

 

 アッサリと私の言葉を肯定する少女に息を呑む。

 

「知っていた……、だと?」

「――――遡る事、七十年前。第三次聖杯戦争において召喚された英霊――――、アヴェンジャーのクラスを得て現界したゾロアスター教の悪神『アンリ・マユ』。彼が聖杯に取り込まれた事で汚染が始まった」

 

 頭が働かない。少女は今、何と言った? ゾロアスター教の悪神だと? そもそも、第三次聖杯戦争の時点で聖杯は異常をきたしていただと?

 

「……馬鹿な。アンリ・マユだと……? 神霊を召喚したというのか!?」

「ちょっと違うわ。冬木の聖杯戦争のシステムでは神霊を喚び出す事なんて不可能だもの」

「しかし、今――――」

「正確に言うと、私達アインツベルンが第三次聖杯戦争で召喚した……、してしまったサーヴァントは悪神として扱われた一人の哀れな生贄。人里から隔絶された小さな山村によくある因習よ」

「……悪神として扱われた? つまり、そのサーヴァントは悪神そのモノでは無く……、偶像として――――」

「……そうよ。それは一種の偶像崇拝だった。人とは善なるものであり、罪過は総て悪神によるものである。そう考えた人々が居て、その人達は悪神を目に見える形で欲した。自らの罪を押し付ける事が出来る存在が欲しかったわけよ。そして、彼らは悪神を作った。テキトウに選んだ人物に悪神たれと命じ、あらゆる罪悪を押し付けた」

「……そんなモノがサーヴァントとして招かれたというのですか?」

「本人が望む望まないに限らず、大多数の人間に利益を齎した者は英霊の座に招かれる。彼……、あるいは彼女もまた、悪神という罪過の根源という役割を担う事で彼に悪神を押し付けた人々に利益を齎した。英雄と呼ばれる者達の引き立て役として人類の歴史に貢献し、英霊の座に招かれる反英雄達に近しい存在と言えるわね」

「……なるほど。しかし、アヴェンジャーが悪神そのものでは無いのだとしたら、単なる生贄だっただけの人物に聖杯を汚染する事など可能なのですか?」

「本来なら不可能よ。だけど、聖杯がソレを可能にしてしまった」

「……どういう事ですか?」

 

 少女は言った。

 

「彼、あるいは彼女は『アンリ・マユ』を押し付けられ、人間としての尊厳や自由を総て奪われた。そして、永い年月を憎悪と苦しみの中で過ごした」

 

 何とも心の痛む話だ。

 

「その人物はそうして過ごす内にある時、ふと思ってしまった。『そんなにもワタシが悪神である事を望むなら、成ってあげよう』――――、と」

 

 ああ、なるほど、そういう事か……。

 聖杯は万能の願望器だ。つまり――――、

 

「アヴェンジャーはサーヴァントとして現界した時はとても非力な普通の人間に過ぎなかった。だけど、アヴェンジャーが殺され、聖杯に取り込まれた時、聖杯は彼の内に宿る願望を受け入れてしまった。『アンリ・マユたれ』という人々の……、アヴェンジャーの願望が叶えられ、聖杯の中で彼、あるいは彼女は本物となった。そして、同時に悪神によって聖杯は穢され、今の状態に至ったというわけ」

 

 何という事だ……。

 

「……なら、そんな聖杯を使ったら」

「確実に災厄が巻き起こる。貴女達なら知ってるでしょ? 十年前にこの地で起きた大火災。アレは聖杯が一時的に起動した結果、起きた事よ」

 

 十年前に起きた大火災。確か、あの事件で発生した死傷者の数は百をゆうに超えていた筈。それが一時起動しただけで起きた出来事なのだとしたら……。

 

「本格的に起動なんてしたら、それこそ抑止力が動く事態じゃない!?」

 

 遠坂凛が絶叫した。当然だ。彼女はこの地の管理者。抑止力が動くとしても、この地は確実に滅び去る。私としても、そんな事は到底看過出来ない。

 

「ミス・アインツベルン! そこまで知っているなら、協力して下さい! 聖杯の起動は絶対に阻止しなければ――――」

 

 ならない。そう言い切る前に私は大きな違和感に呑み込まれた。

 アインツベルンは既に聖杯の異常について認知していた。にも関わらず、第四次、第五次と続けて聖杯戦争に参加している矛盾。

 今現在、少女が浮かべている冷笑の理由は……、

 

「まさか……」

「ええ、アインツベルンに聖杯戦争を止める意思は無い。何故なら、例え悪神によって穢されていようとも、我等の悲願は達成出来るから」

 

 瞬間、全身に鳥肌が立った。千年を超える妄執。アインツベルンの聖杯に掛ける執念は例え、この世が災厄に包まれる事も厭わず、進み続ける修羅の道。

 にも関わらず、彼女がペラペラと解説した理由はただ一つ。

 

「――――さあ、死になさい」

 

 進軍を開始する巨人。膨れ上がる殺意が私の脳裏に一秒後の死の光景を映し出す。

 

「ランサー!」

「アーチャー!」

 

 私と遠坂凛の声が轟くより先に二騎のサーヴァントは狂戦士の前に躍り出ていた。

 

「ランサー! この少女は何としてもここで止めなければなりません! 何があっても勝ちなさい!」

「アーチャー。総ての手段を行使して、バーサーカーを仕留めなさい!」

 

 私と遠坂凛の令呪が同時に発動する。

 瞬間、世界が一変した。

 

「――――なっ」

 

 それは私にとっても予想外の光景だった。恐らく、それがアーチャーの切り札なのだろう。なるほど、初戦の際に彼が使わなかった理由も理解出来た。

 豪奢な装飾に包まれた玄関ホールは果てしなく続く荒野に変貌を遂げていた。曇天には巨大な歯車が回転していて、大地には無数の刀剣が突き刺さっている。

 

「……これがテメェの切り札ってわけか」

「ああ、これが私の全開だ」

「――――ッハ、背中は預けたぞ、アーチャー!」

「了解した。前衛は任せるぞ、ランサー!」

 

 ランサーもまた、全開だ。既に彼の周囲には光で描かれたルーンが浮かび上がっている。

 だが、彼らにばかり任せてはいられない。私も切り札を取り出す。

 

「――――来なさい、セラ。リズ」

 

 ランサーが動いた瞬間、少女の傍らの空間が歪んだ。異空間に隔離されている筈にも関わらず、突如、巨大なハルバードを構える少女と良く似た容姿の女が現れた。その後ろにも別の女が立っている。

 

「固有結界の中に侵入して来るなんて……」

 

 遠坂凛が舌を打つ。

 空間転移か、別の魔術による介入か、方法は不明だが、新たに現れた二人の女が発する魔力は私達二人を遥かに凌ぐ。

 

「……アインツベルン謹製のホムンクルスか」

 

 仕事で一度だけ戦った事がある。廃棄処分される寸前にアインツベルンが逃走し、泥水を啜って生きていた彼女は抵抗の際、恐るべき力を私に見せつけた。

 彼女達はアインツベルンのホムンクルスの中でも間違いなく一級品。遠坂凛では……いや、私でも太刀打ち出来るかどうか……。

 思考している間に戦端は開かれ、ランサーは全身全霊の力をもってバーサーカーと打ち合っている。その横をハルバードを構えたホムンクルスが疾走する。

 

「容易く接近を許すなどと思わぬ事だ」

 

 アーチャーが片腕を天へ向けて掲げると、同時に大地に突き刺さっていた無数の剣が宙に浮かび上がり、ホムンクルスへと疾走した。

 

「走り抜けなさい、リーゼリット!」

「馬鹿な――――ッ!?」

 

 剣群がホムンクルスを押し潰す寸前、ホムンクルスの姿が一瞬掻き消え、直後、アーチャーの眼前に現れた。

 

「……イリヤの邪魔、させない!」

 

 超重量のハルバードを軽々と振るい、ホムンクルスがアーチャーに迫る。

 アーチャーは陰陽剣を構え防ぐが――――、

 

「リーゼリット!」

 

 もう一体のホムンクルスの魔術によるものだろう。

 リーゼリットと呼ばれたホムンクルスの数が増殖した。恐らく、本体以外は影に過ぎないものだろう。

 だが、その存在感は本物と偽物の区別をつけるには真に迫り過ぎていた。

 

「ランサー!」

 

 たかがホムンクルスなどと侮れる相手では無い。どちらか片方ならば対処も出来るだろうが、二体が揃っている今の状態ではサーヴァントにすら匹敵する力を発揮している。

 ランサーにリーゼリットを潰すよう指示を出そうと視線を向けた瞬間、それが不可能である事を悟った。

 ルーンと令呪によって最大まで強化されたランサーに対して、バーサーカーは一歩も引かずに打ち合いを続けている。むしろ、圧されているのはランサーの方に見える。

 

「ならば、私が――――」

『そんな事をしている暇なんてあるのかしら?』

 

 怖気の走るような甘い声。振り向いた先には銀色の光で編まれた大鷲の姿。咄嗟に遠坂凛が宝石魔術で応戦するが、その数は十や二十では無い。どこから現れたのか、私達は無数の大鷲に囲い込まれていた。

 

「空間転移なんて、魔法の一歩手前だってのに、随分簡単に使ってくれるじゃないの……」

 

 魔術師として、嫉妬を覚える程の魔術の技能。バーサーカーのマスターは光の大鷲を空間転移で私達の周囲に出現させたのだ。

 

 

『無駄口を叩いてる暇なんて無いわよ?』

 

 瞬間、大鷲が次々に襲い掛かって来た。

 

「――――ック」

 

 一体一体は大した事の無い相手だが、数があまりにも多過ぎる。というか、どんどん数を増していっているように見える。

 

『――――雑魚相手に本気になるのもどうかと思うけど、今の私……、凄く苛々しているのよ。悪いけど、発散させてもらうわ』

 

 アーチャーはリーゼリットともう一体の魔術師型のホムンクルスの対処で手一杯となっている。ランサーもバーサーカー相手に劣勢に立たされ、私達も身動きの取れない現状……。

 

「……このままでは」

 

 誰でもいい。一人が戦況を覆せば、そこから逆転する事が出来る筈。

 この状態でそれが出来る者はただ一人。

 

「ランサー!」

 

 私の意思を受け、ランサーはバーサーカーと打ち合いながら瞬時に魔力を自らの愛槍に籠める。令呪の大盤振る舞いだが、ここで出し惜しみをして敗北しては意味が無い。

 ランサーが必殺の一撃をバーサーカーに放つ。真紅の魔槍はバーサーカーの神業染みた回避行動を因果の逆転という神のトリックによって無意味なものとして、その心臓を刺し貫いた。

 勝った! 心臓を貫かれて、生きていられる者など居る筈が無い。このまま、ランサーがバーサーカーの後方に位置する二人を殺せば私達の勝利だ。

 

「――――なっ」

 

 絶対的な勝利の確信。それを嘲笑うかのようにバーサーカーを仕留めたと確信し少女達へ迫っていたランサーを死んだ筈のバーサーカーが追撃した。

 馬鹿な……。あまりの事に思考が停滞した。死んだ筈の相手が追撃を加えてくる。そんなあり得ない状況にランサーは見事に対処してみせたが、状況は一気に絶望的な方向へとシフトしていく。

 

『親切心で教えてあげる。もう、さっきの攻撃は私のバーサーカーには通じないわ』

 

 追い打ちを掛けるように少女が言う。

 

『私のサーヴァントの真名はヘラクレス。ギリシャ最大最強の大英雄よ。その身はかの英霊が乗り越えた試練の数だけ再生し、Bランク以下の攻撃は無効化する。そして、同じ攻撃は二度と通じない』

 

 何という出鱈目な……。

 あまりに事に言葉が見つからない。

 ヘラクレスが乗り越えた試練と言えば十二。つまり、あの怪物を十二回も殺さなければならないという事だ。この無限の剣を見る限り、アーチャーならば可能性も僅かであれ存在するが、完全に配役を誤った。

 ランサーでは殺せても後一回が限度。私や遠坂凛、アーチャーがランサーの援護を強行しようとすれば、その隙に私達が殺される。

 状況は既に詰んでいる。このままでは――――……。


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