【完結】さて、士郎くんを攻略しようか!   作:冬月之雪猫

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第二十一話「壊れたマリオネット」

 湿った空気が漂う地下空間の一画に女は閉じ込められていた。

 

「……ぁぁ」

 

 女は此度の聖杯戦争において、キャスターのクラスを得て現界したサーヴァントだった。

 彼女を召喚した魔術師は彼女が召喚された事に酷く失望していた。彼が英霊召喚の為に用意した触媒はアルゴー船と呼ばれる、嘗て、ギリシャ神話に登場する名だたる英雄達を乗せた船の破片だった。彼はイアソンやヘラクレスといった大英雄が召喚される事を期待していたのだ。

 彼は彼女を軽蔑し、戦友ではなく、家畜や奴隷として扱った。そんな彼を彼女もまた失望し、軽蔑し、そして――――、殺害した。

 だが、彼女はサーヴァント。憑り代であるマスター無しでは生きられない。稀代の魔女と言えど、基となる魔力が無ければ無力だった。

 もしも、地に伏し、苦しみ喘ぐ彼女を見つけたのが別の者だったなら……。

 例えば、彼女が倒れていた場所の付近を毎日行き来している実直な教師が彼女を見つけていたなら、こんな事にはならなかったのだろう。

 しかし、彼女を見つけたのは――――、人の血肉を漁る蟲であった。

 

 ◇

 

「……桜よ。慎二は既に二つの令呪を失っておる。聖杯戦争において、令呪の重要性は以前教えた通りだ」

 

 お祖父様の言葉に私は身を震わせた。

 

「アレほど気性の荒いサーヴァントを首輪も無しに飼い慣らす事は出来ぬ。そうでなくとも、アヤツは儂らが用意した魔力供給の手段を嫌悪しておる。全ての令呪を失えば、アヴェンジャーは必ず慎二を殺すじゃろう」

 

 しかし、とお祖父様は罅割れた声を発する。

 

「未だ、聖杯戦争は始まったばかりだ。令呪という切り札を使えない状況、今後の戦いにおいて不利は否めぬ。マスターとなった以上、勝たぬ以外に生きる道は無い。だが、今のままでは到底勝つ事は不可能」

 

 お祖父様は間を置いて言った。

 

「……アヤツ一人ではな」

「でも、サーヴァントは既に七騎揃ってしまっていると……」

 

 恐る恐る言うとお祖父様は微笑みを返した。ゾッとするくらい優しそうな笑み。

 

「案ずるな、可愛い孫よ。お前が決心するのであれば、儂も喜んで手を貸す。お前がサーヴァントを求めるなら、儂がサーヴァントを用意してやろう」

「そんな事が……」

「出来る」

 

 お祖父様の言葉に私は荒く呼吸を繰り返しながら、必死に考えを纏めようとした。

 目の前の老獪の思惑は分かっている。例え、今ここで拒絶した所で、いずれはサーヴァントの使役を強制する事だろう。それが兄の死の前か後かの違いこそあれ……。

 ならば、迷う必要など無い筈。お祖父様の思惑に乗る事になろうと、兄の死を回避出来る可能性が僅かでもあるなら妹として策を講じるべきだ。何より、兄は私を救うために命を賭けているのだから……。

 

「私は……」

 

 なのに、言葉が出て来ない。体が動かない。

 果たして、私は兄を救いたいと本気で思っているのだろうか? そんな疑問が過るのだ。

 前にも兄と同じように私を救おうと命を賭けて戦った人が居た。だけど、その人は失敗し、死んだ。あの人は兄と同じくらい私の事を思ってくれていたのかもしれない。もう、随分昔の事だから記憶も朧気だけど……。

 ただ、言えることは一つ。あの人の死は私にとって。何ら感じ入る事の無い出来事だったという事。彼の死はただ通り過ぎて行くだけのものに過ぎなかった。

 もしも兄が死んだとして、その時、私は何か感じるのだろうか? 彼の窮地に必死になる事が出来るのだろうか?

 

「……私は」

 

 ただ、普通の人間を演じようとしているだけなのではないだろうか……。

 兄に紹介されて知り合った苗字の異なる兄妹。私は彼らが羨ましかった。

 彼らはとても普通だった。互いを想い合い、会う度に素敵な笑顔を浮かべている。心から人に優しくしたり、愛したりする事が出来る人達。

 私は彼らのように……、樹さんのようになりたいだけなのではないだろか……。

 兄は私にとって、その為の道具なのではないだろうか……。

 

「兄さん……」

 

 試しに想像して見る事にしよう。

 兄が非業の死を遂げた時の事を考えてみよう。

 アヴェンジャーに斬り殺される兄を――――、

 敵に殺される兄を――――、

 想像してみよう。

 

「……ぁぁ」

 

 駄目だ。想像などでは現実感など湧かない。

 私は兄の死を悲しめるのだろうか……。

 私は兄を殺した相手を憎めるのだろうか……。

 

「私は――――」

 

 ちゃんと、人間なのだろうか?

 確かめる方法は一つだ。

 

「……サーヴァントを使役します」

 

 もしも、兄が知らない所で死んでしまったら、答えが分からなくなってしまう。

 だから、私は兄の傍に居なければならない。

 彼が死ぬ時を見届けられる場所に居なければならない。

 

「……良かろう。兄想いな妹を持って、慎二も大層嬉しかろう」

 

 お祖父様の戯言を聞き流し、私は兄を想う。

 兄の死の先にある答えを想う……。

 

 ◇

 

 お祖父様に連れて来られた場所は地下空間の中でも奥の方にある区画だった。そこは一見すると壁に覆われているように見えたけれど、それは蟲の集合体が壁の振りをして、見る者を欺いているだけだった。

 その先には手足をもがれた女が居た。肉体の断面には蟲が徘徊している。

 

「……この人は?」

「サーヴァントだ。マスターとの契約が切れ、露頭に迷っておる所を儂が保護した」

 

 保護とはよく言ったものだ。確かにマスターとの契約が切れたサーヴァントは消滅するのが運命。こうして、現界を保たせている行為そのものは保護しているという言葉と矛盾はしていないのだろう。

 両手足をもがれ、蟲に内と外を穢され尽くす事を本人が許容しているならばの話だけど……。

 

「この人と契約を……?」

「いいや、此奴は主を裏切った前科がある。そんな者を使役しても、内に毒虫を引き入れるようなものだ」

「では……」

「此奴を憑り代にサーヴァントの再召喚を行う」

「サーヴァントの再召喚……、ですか?」

「然様。儂の指示通りに致せ。さすれば、お前に相応しいサーヴァントが手に入る筈」

 

 こんな私に相応しいサーヴァント。果たして、それは良い事なのだろうか?

 

「さあ、始めるとしよう。ああ、結界の内には入るな。腐ってもサーヴァント。常に腐敗の呪詛を掛け続け、痛みを与え続けておるが、隙あらば牙を剥こうとするじゃろう」

「……はい」

 

 お祖父様の指示に従いながら儀式の準備を始める。基本は通常のサーヴァントの召喚儀式と変わらない。ただ、既にサーヴァントが居座っている席に新たなサーヴァントを据える為に元々居座っていたサーヴァントを退かさなければならない。

 きっと、目の前のサーヴァントには更なる苦痛を与える事になるだろう。

 

「――――告げる」

 

 お祖父様から教えられた通りに陣に魔力を流す。

 以前、教えられた召喚陣とは若干形状が異なっている。

 詠唱も以前教えられたモノとは異なる。

 詠唱が始まると共にサーヴァントは苦痛にもがき始めた。血の涙を流しながら、呪いの言葉を吐き散らそうと口を動かす。けれど、その口から溢れるのは夥しい量の蟲。

 呪文を紡ぎながら、少し彼女が哀れに思えた。だって、彼女にも相応の願いがあった筈。私はただ、自分が本当に人間なのかを確かめたいだけだ。だったら――――、

 

「どうした?」

 

 突然詠唱を止めた私にお祖父様は訝しげな視線を向ける。

 

「何をしておる!?」

 

 お祖父様が声を荒らげる。

 

「止めるのだ、桜!」

 

 私はお祖父様の静止の声にも構わずに陣の中へと足を踏み入れた。

 

「あの……」

 

 憎悪に燃えるサーヴァントに私は問い掛けた。

 

「私と契約しませんか?」

 

 サーヴァントの瞳に宿る激情が一瞬だけ和らいだ。

 

「馬鹿な事をするな! 戻れ、桜!」

 

 お祖父様の声が内側からも響く。だけど、手遅れだ。

 私の問いに彼女は小さく頷く事で肯定の意思を示した。

 それだけで契約は完了していた。歪められたとはいえ、ここはサーヴァントの召喚陣の中だから、こんなテキトウとも言える方法でも契約が完了してしまった。

 そして、次の瞬間――――、

 

「グギ……ィィガァァガ」

 

 お祖父様の悶え苦しむ声と胸に感じた鋭い痛みに私は気を失いかけた。

 曇った視界の向こうには薄く輝く手で私の心臓の部分を貫く瀕死だった筈のサーヴァントの姿。

 

「……死にたくなければ答えなさい。何故、私と契約を結んだの?」

 

 胸に穴を空けられて、今にも死にそうなほど痛いけど、不思議と私の声は明瞭に響いた。

 思考するより先に口が勝手に真実を喋ってしまう。

 

「だって、私は――――」

 

 サーヴァントなら誰でも良かった。

 

「私は兄さんの死の瞬間に立ち会いたい。その時、私は私が人間なのか、そうじゃないのかが分かると思うんです。ちゃんと、兄さんの死を悲しめたら……その時はきっと! だから、他の事はどうでもいいんです」

 

 私はありのままを答えた。

 

「私を殺したかったら、殺してくれても構いません。ただ、少しだけ待って欲しいです。兄さんが死ぬ時を私は何があっても見届けなければならないから……」

 

 だから――――、

 

「その時までは私を生かしておいて下さい」

「……なるほど、既に壊れているのね、貴女」

 

 サーヴァントはつまらなそうに言った。

 

「壊れたなりに答えを求めているわけね……」

 

 サーヴァントは私の胸から薄く光る手を抜き去った。

 

「いいわ、貴女の望みを叶えてあげる」

 

 サーヴァントは見る間に肉体の損傷を癒やし、周囲に群を為している蟲を焼いた。

 

「私はキャスターのサーヴァント、メディア」

「私は間桐桜です」

 

 心臓の痛みはいつの間にか消えていた。貫かれた胸にも傷跡が残っていない。

 キャスターは薄く微笑んで言った。

 

「契約完了よ。貴女の願いが成就する、その時まで、私は貴女を生かしてあげる」

「はい、お願いします」


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