【完結】さて、士郎くんを攻略しようか!   作:冬月之雪猫

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第十八話「群雄割拠」

 冬木市郊外にある寂れた洋館にバゼット・フラガ・マクレミッツは自らの工房を築いていた。ランサーの助力によって、神殿とは呼べないまでも、それに匹敵する規模の陣地を形成する事が出来た。

 広々とした館の中の一室で彼女は調査資料の作成に取り掛かっている。

 

「……二体のサーヴァントの真名が判明し、アーチャーの実力もある程度差し図る事が出来た」

 

 昨夜の戦闘で大きな戦果を上げる事が出来た。

 此方は宝具を発動せず、真名も暴かれていない。ルーン魔術から真名を推察される可能性も無くはないが、ヒントがそれだけならば候補が山のように存在する。

 対して、此方は敵陣のサーヴァントの情報を期待以上に集められた。

 

「アーサー王にモードレッドか……」

 

 どちらも名の知れた英雄だ。だが、それ故に能力や宝具をある程度推察出来る。

 

「この二騎に関しては勝ち筋が見えた。だが、問題はアーチャー……」

 

 アーチャーの放った矢はAランク相当の破壊力を持っていた。にも関わらず、そのどちらもアーチャーにとって切り札となり得ぬものだった。

 ランサーの戦闘中、アーチャーのマスターが令呪を発動した事から、恐らく、あの時点では条件が整わなかったようだが、彼には何らかの奥の手が存在する筈。

 整わなかった条件というのが単に接近戦では効果を発揮しない類のものだったのか、それとも発動までに時間を要するのか、はたまた別の要因があるのかは分からない。ただ一つ言える事は決して侮って良い相手では無いという事だ。

 

「……いずれにしても、情報がまだまだ少な過ぎますね。アーチャーを潰さない限り、最初の手は使えませんし、暫くは息を潜め、他陣営の動きを見るとしましょう」

 

 ◆

 

「アーチャー」

「なんだね?」

「一つ聞きたいんだけどさ……」

 

 私は目の前に広がる御馳走の数々に目を白黒させながら傍らで給仕に勤しむアーチャーに問う。

 

「なにこれ?」

「料理だ」

 

 うん、それは分かっている。

 

「誰が作ったの?」

「私に決っているだろう。この屋敷には君と私しかいない。君が作っていないなら、答えは聞くまでも無かろう」

 

 やれやれ、と酷く癇に障る仕草で肩を竦めて見せるアーチャー。

 

「昨夜は大量の魔力を消費したからな。そうでなくても、丸一日眠っていたらお腹が空くだろう? マスターの精神状態を保つ事もサーヴァントの大切な役割だからね。勝手ながら、用意させてもらったよ」

「……私は給仕をしてもらう為にサーヴァントを喚び出したわけじゃないんだけど?」

「無論、サーヴァントに求められる最優先事項はマスターを聖杯戦争の勝者とする為の戦闘能力や技巧などだ。だが、物は考えようだぞ、マスター。戦闘のついでに給仕もさせてしまえばいい。サーヴァントとは本来『召使』という意味だ。存分に酷使するがいい」

 

 ちょっと引いた。半端じゃない奴隷根性だ。一体、この男は生前どんな生活を営んでいたのだろうか、非常に気になる。

 

「……貴方って、生前も誰かの従者だったりしたの?」

「ああ、一時だが執事の仕事に就いた事があった……、気がする」

 

 気がするとは随分と曖昧な言い回しだ。だけど、これは彼の英霊としての性質上、致し方無い事らしい。

 アーチャーの真名は『無銘』。彼は己を人類種の意思が抱く『正義の味方』という概念がヒトの形を得て起動した存在だと言う。

 とは言っても、彼には彼の人生や名前がちゃんとあったらしい。だけど、英霊となった彼は一人の人間では無く、『正義の味方』の体現者であり、代弁者となった。そして、その瞬間から彼の個としての記録は失われてしまっているそうだ。

 ただ、完全に全ての記録が抹消されたわけではなく、彼が『正義の味方』に至るまでの経験や人格を形成するに至った経緯が曖昧ながら残っているとの事。

 それは悲しい事じゃないのか? そう尋ねた私に彼は『なりたいモノになった。ただ、それだけの事だ』なんて、アッサリとした言葉を返して来た。

 

「この料理もその時に磨いたものってわけ?」

 

 フォークで柔らかいお肉を突き刺しながら問う。

 

「……いや、料理は趣味が高じた結果だ」

 

 思わず吹き出しそうになる答えが返って来た。

 私の反応が気に障ったのか、アーチャーはムスッとした表情を浮かべる。

 

「私も一応は人間だったのだ。それなりに目指していたモノや理想があった」

「貴方って、料理人でも目指していたの?」

「いや……、私が目指していたモノは前にも言ったように正義の味方だった。料理は……、理想があった。だが、どうやっても理想に追い付くことは出来なかった」

「……これでも理想には程遠いってわけ?」

 

 正直、食べた感想は『美味しい』の一言だ。よくよく観察してみると、栄養のバランスにも配慮が為されている。これより美味しいとなると、どんだけ理想が高いんだって話になる。

 それにしても、気になることが幾つかある。

 

「これとかどう見ても日本料理に見えるんだけど……」

 

 筑前煮をつまみながらアーチャーを見る。パッと見た感じでは分からないけど、東洋人らしい顔立ちをしている。

 

「もしかして、貴方って日本出身だったりする?」

「……その可能性は高いかもしれない。一通り、街を見て回ったが、どこか懐かしい感じがした。ひょっとしたら、私はこの街の出身だったりするかもしれんな」

「あはは……、それは無いでしょ」

「まあ、もしかしたら……、という話だ」

 

 アーチャーは近代の英雄との事だけど、この近辺で彼のような存在の話は聞いた事が無い。と言うか、宝具を投影魔術で創り出したり、数キロ離れた先の敵に矢を放ったりするようなトンデモ存在がこんな近場にいて貯まるか!

 

「しかし、満足してもらえたようだな。実に喜ばしい」

 

 アーチャーは米粒一つたりとも残っていない皿を見て、満足そうに微笑んだ。

 

「……悔しいけど、美味しかったわ。ご馳走様」

「ふふふ、明日の朝食も楽しみにしておきたまえ。君の胃袋を満足させるレシピは百通り揃っている」

「……いや、私は朝食べないし」

 

 言った瞬間、私はアーチャーの地雷を踏んでしまったらしい事に気がついた。

 

「……いいかね? 食事とは家庭医学の基礎にして、最重要要素なのだ。特に朝食を疎かにする事は――――」

 

 難しい表情を浮かべ、いきなり朝食の大切さを説教し始めるアーチャー。

 魔力が足りる限り、無数に宝具を投影出来たり、長距離から超火力の攻撃を行使出来たり、接近戦を挑まれてもランサーと互角に渡り合えるという戦闘能力に関しては大満足な彼だけど、人格面がちょっと変だ。

 

「わ、分かったわよ。朝食をちゃんと食べればいいんでしょ?」

「……ふむ、分かって貰えたのならばなりよりだ。マスターには心身共に健康で居てもらわねばならない。無論、君に不調があろうと勝利する事に変わりはないが、折角勝利しても勝鬨を上げられないというは……、どうにも締まらないからな」

 

 溜息が出そうになる。頼もしい事この上ないけど、視点がちょっとズレてる。

 

「……とりあえず、料理の話はここまで。それよりも、今後の方針について話をしましょう」

 

 このままでは埒があかない。私は無理矢理話の軌道修正を行った。

 アーチャーは表情を引き締めて……、皿を片付け始める。

 

「片付けは後にしてくれない?」

「いや……、せめて水にだけは浸けさせてくれないか? 油汚れは中々頑固だから――――」

「分かったわよ! 好きにしなさい!」

 

 頭が痛くなってくる。本当に生前の彼がどんな人間だったのかが凄く気になる。

 

「待たせたな。さあ、話を始めよう」

 

 台所から戻って来たアーチャーに私は深い溜息を零してやった。

 

「とりあえず、魔力は十分に回復したから、夜は街に出て敵のマスターを探すわ」

「積極的だな」

「穴蔵に引き篭もって、ちまちま情報を集めるなんて性に合わないもの。見敵即成敗よ!」

「了解した。昨夜は無様を晒したが、次こそは君のサーヴァントとして相応しい戦果を挙げてみせよう」

「ええ、期待しているわ」

「では、早速出掛けるかね?」

「そうね。丸一日寝ちゃったから、元気が有り余っているし、いっちょ暴れてやりますか!」

「ふむ、これは今宵遭遇するかもしれんマスターに同情を禁じえんな」

「馬鹿な事言ってないで、行くわよ、アーチャー!」

「了解だ、マスター」

 

 私のサーヴァントは日常面では癖があるけど、戦闘面においては頼もしい事この上ない。遠坂家の悲願は私が必ず遂げてみせる。この相棒と共に!

 

 ◆

 

 ああ、あの馬鹿共は本当に……。

 僕が必死に戦いから遠ざけようと頑張った苦労を一瞬で水の泡にしてくれた脳天気共に対する怒りが収まらない。

 

『本当に困った奴等だよ。僕が支払ったお金や労力をどうしてくれるんだって話』

「気持ちは分かるが、集中しろよ」

 

 アヴェンジャーが遠目に見える赤い主従を眺めながら肩に載せた僕の使い魔に向けて言う。

 やはりと言うべきか、遠坂凛は堂々とサーヴァントと共に夜の街で現れた。恐らく、自らを囮にして敵を誘き出すつもりなのだろう。

 アレはそういう輩だ。どんな搦手を使おうとも、力任せに打ち破ってくる筈だ。

 

『……ッハ、だったら真正面から挑むだけだ。このやり場のない憤りの捌け口にしてやる!』

「八つ当たりもここまで来るといっそ清々しいな、オイ」

『いいから、行くぞ!』

「りょーかい。いっちょ、派手にぶちかましてやるぜ!」

 

 アヴェンジャーが飛び出す。派手に真紅の魔力を撒き散らしながら、真っ直ぐに遠坂凜とアーチャーの下へ。

 視線が交わる。アーチャーはどこからか弓矢を取り出し、迫り来るセイバーに向けて矢を放つ。一息に放たれた矢は十を超える。そのどれもが必殺の威力を誇り――――、

 

「ウザッてぇ!」

 

 アヴェンジャーはその尽くを撃ち落とし、尚も速度を緩めない。

 

「よう、テメェが昨夜の横槍野郎か!」

 

 相手がアーチャーと分かるや、アヴェンジャーは殺意を漲らせ、一気に距離を詰める。 アーチャーは白黒の双剣を取り出し、アヴェンジャーの剣戟を受け止める。

 

「……いきなりヒットとは、我が主の引きの強さは天下一品だな」

 

 セイバーの猛撃を防ぎながら軽口を叩くアーチャー。

 

「ッハ、弓兵の癖にやるじゃねーか!」

 

 だが、所詮は弓兵。本来ならばセイバークラスで喚び出される筈の剣と共に歩んだ英霊であるアヴェンジャーとは力量に明確な差がある。

 

「アーチャー!」

 

 遠坂凛が青白い光を放つ宝石を投げ放った。

 直後、アーチャーの眼前に青白い障壁が出現し、アヴェンジャーの剣を一瞬阻む。

 

『アヴェンジャー!』

「わーってる!」

 

 確実に何かを仕掛けてくる。僕が使い魔越しに声を荒げると、アヴェンジャーは吠えるように応え、青白い障壁を粉砕した。

 

「お、おいおい!?」

 

 瞬間、アヴェンジャーは目の前の光景に言葉を失った。

 自らを取り囲むように無数の宝剣、聖剣、魔剣の類が迫って来るのだ。

 

『避けろ、アヴェンジャー!』

 

 瞬間、視界がホワイトアウトした。激しい衝撃によって使い魔との接続が途切れたのだ。同時に手の甲が焼け付くように痛む。

 激しい嘔吐感に襲われながら、必死に意識を留め、戦場に配置してある別の使い魔に意識を飛ばす。

 開いた新たな瞳に映った光景は凄惨の一言だった。核弾頭でも落ちたのかと思うほど、激しい爆発の跡があった。

 上空からは奇妙な粒子が延々と降り注いでいる。何かと思って視線を上に向けると、周囲のオフィスビルの窓ガラスが尽く粉砕している。

 

『お、おいおい、アヴェンジャーは無事なんだろうな……』

 

 あまりの光景に思わず不安を零すと、その言葉に憤るが如く、莫大な魔力が上空から落下してくる。爆心地の中心に降り立ったのはアヴェンジャー。

 

『あんなの喰らって無事だったのかよ!?』

 

 あまりの事に絶句していると、目の前で再び戦闘が始まった。

 

「ッハ、上出来だぜ、マスター!」

「仕留めたと思ったのだが、そうそう簡単にはいかんか!」

 

 互いに闘志を漲らせながら激突する二騎。

 その二人から遠く離れた場所では翠の光に覆われた遠坂凛の姿。

 

『……ったく、あれが純粋培養の魔術師って奴かよ。あんな化け物同士の戦いに手が出せるなんて……』

 

 まったくもって、イライラするぜ。

 

『アヴェンジャー……、勝てよ。僕らは負けるわけにはいかないんだ』


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