不完全えふぇくと   作:ゼン(リア充駆逐艦)

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第二話『異端同士』

 

 

誰にでも語りたくない過去、忘れてしまいたい思い出というものがある。

それは幼い頃に思い描いていた夢だったり、好きな人へと宛てたラブレターだったり、十人十色でありながらも、どれもこれも当事者以外にとっては割とどうでも良いことだったりするものだ。

 

恥ずかしい過去。

やましい過去。

人はそれらを心の奥底へと仕舞い込み、見て見ぬ振りをして生きている。

勿論、それは誰にだってあることで、それこそ恥ずべきことでもない。言ってしまえば、人が服を着て恥部を隠すのと同じことだ。人間の習性と言い換えても過言にはならないだろう。

それを弱味というならば、いっそのこと晒してしまえばいい。

弱点だと思うならば、覚悟を決めて向き合って克服すればいい。

それもまた人に許される自由なのだから。

向き合うも、戦うも、受け入れるも、晒すも、逃げるも、避けるも。

我が身が赴くまま、好きにすればいいのだ。

 

さて。

 

黒歴史。

などという言葉がある。

たかが数十年生きただけの一小娘であるところのわたし、つまりは四川彩夏が、歴史だなんて言葉を用いるのは実におこがましい話だろう。

本当に、至極、おこがましい限りではあるのだけれども、それでもやはり黒歴史というものがわたしにも存在する。

今となっては恥ずかしいような、それでいて誰にも言えない、口外できない過去。

儚くも、壮大な黒歴史だ。

乗り越えることも、もはや立ち向かうこともできない過去。

正直な話をすると、それは実は黒歴史でもなく、わたしが勝手に作り出した妄想だったのかもしれないと疑わしく思うことさえある。

とりあえず、ここで誤解のないように、はっきりと言っておかなければならないこととして、わたしはなにもその閉ざされた過去を、今更消したいと思っているわけではない。

 

ただ、美談でも武勇伝でもないその過去に呼び名をつけるならば、やはり黒歴史という表現しか思い付かなかったのだ。

誰にでもある黒色の歴史。

それでも、わたしのそれは他の人々のひと味も二味も違っていて、苦味のある。決して蜜の味などしない歴史である。

 

もしも。

もしも、そんな過去を。

7年前のわたしの黒歴史を他人に、例えば水甲真愛が知ってしまったならば、果たして彼女は一体どんな顔をするのだろうか?

 

そして。

 

わたしは、7年前の過去を乗り越えたことになるのだろうか? 向き合ったことになるのだろうか?

 

脱靴場へと続く廊下を歩きながら、ふとそんな疑問が頭を過った。

 

教室掃除を終えた後。

結局、水甲さんの言った通り、脱靴場までの短い距離を一緒に帰ることにしたわたし達は、ゆっくりと夕陽に染まった廊下を歩く。

その行為を帰る、と呼ぶのは些か苦しいものがあるけれど、それでも楽しい時間であることには代わりはない。

隣を歩く水甲さん。

普段あまり表情に遊びを見せない彼女だが、その横顔はどこか生き生きして、わずかに口角も上がっているような気がした。

まるで別人。

目元を隠すほどの前髪と、腰くらいまで伸びている真っ黒の艶やかな長髪が、一歩、また一歩と歩く度にふわりと揺れる。窓から差し込む夕陽のオレンジを纏ったその姿はまるで舞台のヒロインといった感じで美しく、どこか儚い。

わたしと身長も変わりないはずなのに、そのスカートから伸びる2つの足は細く、それでいて長く、ついつい見惚れてしまう。

同じ制服を着ているはずなのに、まるで別物に感じられる、まるでマジックだ。

お洒落魔女だ。

 

「あの、四川さん」

 

「お?」

 

突然、お洒落魔女もとい、水甲さんが足を止め、わたしもそれに準じるように制止する。

どうやらわたし言いたいことがあるらしい。

どうぞ、どうぞ。なんなりと。

 

「さっきから人の顔をジロジロと見ているけれど、私の頬にキスでもしたくなったのかしら?」

 

「へ?」

 

思いがけない言葉につい生返事を返すと、「そういう本気で驚いたような顔をされると、こちらとしては対応に困るのだけれど」と溜め息をひとつ吐く水甲さん。

なるほど。

今日話してみて理解したが、どうやら水甲さんはジョークがそこそこ行けるクチらしい。

それも結構鋭く、且つ際どいものがお好きなようだ。今後の参考にしよう。なんて、つい僅かな笑いが漏れる。

 

しかし。

そんなわたしとは対称的に、水甲さんの表情は真剣そうにこちらの顔色を伺っているようだった。

長い前髪の間から覗かれる眼差しは、はっきりとわかる程にこちらを凝視していて、少々背筋が寒くなる。それでも、不思議と悪い気はしない。

その眼差しから、確かな真剣さが伝わってきたのだから。

わたしをまっすぐに、正面から向き合ってくれている。嬉しさもひとしおだ。

 

「私に何か言いたいことがあるならば、ちゃんと私と向き合って言いなさい。余程下品な事でない限りはちゃんと聞いてあげから」

 

「あ、うん……」

 

「ちなみに、何度も何度もこちらの様子を伺っているように見えたのだけれど。それって、まるで愛の告白をするタイミングを伺っているようで、やはり私としては貴女のレズ疑惑を先に、何よりも優先して晴らしておきたいところね」

 

その異端は私としても流石に扱いに困るから、と。

随分ユニークなジョークを仰る水甲さん。

生き生きとした表情で毒を吐く彼女の姿を見れただけで、今日は満足というもの。心の底から、話し掛けてみて良かった、と、そう思えた。

というか、ジョーク……だよね?

 

毎日毎日、孤独と戦ってきた彼女。

きっと、寂しかっただろう。

苦しかっただろう。寂しかっただろう。でも、もうひとりではないのだ。

水甲真愛も。そして、四川彩夏も。

 

もしかしたら、これはわたしの身勝手なエゴなのかもしれない。

わたしの誰かを助けたいという願望、否、誰かのためになにかをしてあげたいという強すぎる使命感がそうさせているだけであって、自己満足以外のなにものでもないのかもしれない。

押し付けであり、余計なお節介に他ならないのかもしれない。

 

それでも。

止められないのだ。

やらずに後悔することだけは、絶対にしたくない。それこそ、自己満足で自分勝手だけれども、わたしはこの意志を捨てるつもりも、譲歩するつもりも更々ない。人を助ける、その行為は決して間違ったことではないのだから。

 

「冗談はさておき、話したいことがあるなら、聞きたいことがあるなら遠慮なく言って貰えると助かるわ。私、隠し事というのはどうも苦手なのよ」

 

隠すのは上手いのだけれど、と。

水甲さんは止めていた足を再び動かし、わたしもそれに半歩遅れる形で付いて行く。

確かに、水甲さんは何かと秘密を抱えていそうな雰囲気がある。もしも、校内でミス・ミステリアスコンテストが開催されたならば間違いなく優勝を射止めるだろう逸材だ。

 

「えっとさ…」

 

一方のわたしはというと、隠し事がかなりの苦手。苦手というより下手。ど下手である。

ミス・ミステリアスコンテストでワーストNo.1を獲れる、ある意味逸材だ。

なので、きっとその内わたしは黒歴史のことも簡単に話してしまうのだろう。

それに、勘の鋭そうな水甲さんならば、わたしが何かしらの秘密を隠していることにもう既に気付いているのかもしれない。

思えば水甲さんは、わたしならその内接触してくると思っていた、みたいなことを言っていたし、あながち本当にすべてを見通しているのかもしれない。

それならば。

黒歴史の話を今、ここで彼女に打ち明けるべきではないだろう。

 

いずれ、頃合いを見て。彼女に話せば良い。

 

わたしの過去。

 

そして、神様が実在しているという事実を。

 

でも、まだその時ではない。

 

少し前を歩く水甲さんの背中目掛けて、わたしはずっと気になっていたあの質問をぶつけることにしする。

すべてのはじまり、その核心を問うておかなければ、これから前には進めないと感じたからだ。

あの発言の意義を明確にしておかなければ、わたしは水甲真愛という人間を理解することは難しい。

無論、理解には全力を注ぐつもりではあるのだが、やはり彼女の口から直接話を聞きたかった。

 

「あの、水甲さんは、どうして教室であんなことを言ったの?」

 

「はて。あんなこととは? 下着の色の話のことかしら?」

 

いつまで引っ張るんですか、その話。

胸中で突っ込むだけにとどめ、わたしはそのまま話を続ける。

 

「なんか水甲さんって可愛いのに、中身はおじさんっぽい…」

 

「さりげなく可愛いとか言わないでもらえるかしら? 貴女のレズポイントが加算されるわよ」

 

「なにそのポイント……」

 

「私が四川さんをからかうためのポイントよ」

 

と。

ここまではっきり言われると、逆に清々しく思えてくる。

 

「あんまりからかうと拗ねるよ?」

 

「拗ねた四川さんもきっと可愛いわね、愛でる価値があるわ」

 

「さりげなく可愛いとか言わないでもらえるかしら? 水甲さんのレズポイントが加算されるわよ♪」

 

先程の水甲さんの口調を真似てみる。

自己採点としては86点。中々の高得点と言っていいだろう。正直、想像以上に似てた、うん。

 

「39点」

 

「ちょっと低すぎない?! 絶対似てたよ? 自分でも驚くくらい似てたよ?!」

 

審査員の水甲先生は随分と辛口だったようだ。

わたしの必死の抗議も空しく、水甲先生は似てないの一点張り。

 

「似てないわ。全然」

 

「似てたよ! 絶対似てたって!」

 

「いいえ。決定的に似ていないところがあったもの。だから38点」

 

「決定的に似てないところ?」

 

あと、何気に一点下がってるよ。

わたしが問いただすと、面倒くさそうに、それでいて少し恥ずかしそうに水甲さんは口を開く。

 

「わたしは、貴女みたいに可愛げのある女の子じゃないわ……」

 

回り込んで水甲さんの顔を覗き込むわたし。

目を背けて、顔を真っ赤にしながらわたしを追い越していく水甲さん。

 

なんだこれ?

 

新種の萌え生物を発見したよ。

水甲真愛が萌え生物図鑑に登録されましたよ。

 

「まったく……。 可愛いげある女の子だなんて、水甲さんのレズポイントがまた加算されちゃったじゃん」

 

そう呟き、わたしは再び水甲さんの後ろを歩く。

オレンジの廊下に二人分の影を伸ばして。

 

一呼吸の沈黙を経た後。

 

「さてと、時間もあまり無いし、約束通り貴女の問いには答えてあげたいところだけれど、本当にいいのかしら? その答えを聞いても、特に面白くもなければ、何も解決しないものよ」

 

水甲さんはまるで編集点が入ったかのように、脱線した話を繋ぎ直す。

半ば無理矢理、強引に。

わたしも敢えてそこには突っ込まず、水甲さんの言葉の耳を傾ける。

 

その理由はごく簡単だ。

ゴール、一緒に帰る終着点。

いや、分岐点である脱靴場が見えてきたのだ。

楽しい時間はあっという間に過ぎていくとはいうが、正しく今がそれだった。

 

脱靴場を視界に捉えた水甲さんは、躊躇うことなくそのまま話を推し進める。

 

「宝物は箱に入っていてこそ価値があるものよ。中身を想像して、勝手に憶測して推測して、夢をブクブク太らせることこそ宝物を本当に楽しむということなの。宝探しをしている時が一番楽しくて、見つけて箱を開けてしまったら幻滅してしまう。なんて、よくある話」

 

箱の中身を想像している時が一番楽しい。

確かにその通りだ。

誕生日のプレゼントも、サンタさんからの贈り物も、お歳暮の品も、中身を想像している時が一番幸せな気持ちになれる。わたしだけではなく、多くの人がこれには共感を示してくれるだろう。

そんな胸中に追い討ちを掛けるかのように

 

「たぶん、わたしの答えは貴女の予想しているどの答えよりもずっとつまらなく、粗悪なものよ」

 

水甲さんはそう言って立ち止まる。

立ち止まって、わたしの方へ振り替えった。

そこはわたしたちが帰ると約束した脱靴場。3年A組の脱靴箱の真ん前だった。

約束の終着点。

 

「それでもいいんだ」

 

と。終着点で、わたしはそう断言する。

それでもいい。

どんな理由でも、どんな経緯でも構わない。水甲さんの考えを、人間性を理解できるきっかけが、ただそれだけが掴めるならば。

これから先、共に異端として生きていく仲間を理解できるなら。

 

だから。

 

「だから、答えを教えて。水甲さんの答えを」

 

なぜ、自ら異端の道を選んだのか。

何が、彼女をそうさせてしまったのか。

 

「きっと貴女は何を言っても意見を変えようとはしないでしょうから、いいわ。了解したわ。勿体ぶらず、包み隠さず、答えを言いましょう。親友の頼みですもの、聞いてあげますとも」

 

そう言って、水甲さんは自分の鞄を開ける。

鞄の中を漁りながら、わたしの求める答えを語り出す。

 

「答えというほど大したものでもないのよ。本当にただ少し、ほんの少しだけ、『神さま』に反抗してみたくなったのよ」

 

本当に些細な感情。

つい出来心で、『神さま』をつついてみたくなった。それ意外の深い意味はない、と。

水甲真愛は語った。

 

「四川さんは気付いてるかしら? この世界にはね、悪役っていう悪役が居ないのよ。居るのは絶対の『神さま』と、『神さま』に都合のいい人間だけ。それって素敵なことなのかしら? それとも残酷なことなのかしら? どちらが正しいのか私にはわからない」

 

だから、実験してみたの。

彼女はそう言いながら、学生鞄の中から大きめの巾着袋を取り出すと、さらにそこから真っ黒な革靴を取り出した。

紛れもないそれは靴。

学校指定の女子用の革靴だ。

 

「それって、水甲さんの?」

 

「ええ。私の靴よ。いつもこうして持ち歩いてるわ。そうしないと、いつの間にか何処かへ行ってしまうから」

 

上履きから靴へと履き替え、その上履きを巾着へ。それから鞄へと仕舞う水甲さん。

その手慣れた行動でわたしは全てを理解した。

悟ってしまった。

 

腰が抜け、足の力が無くなる。

 

わたしの全身から血の気が引いていくのが分かった。

 

水甲真愛は靴箱を使わない。

 

いや、使えないのだ。

靴箱に靴をいれると、靴がなくなってしまう。無論、靴がひとりでに歩いて何処かへ行ってしまう訳ではない。

そんなファンタジー的なものであれば、どれだけ楽だっただろう。

 

つまらなくも、粗悪でもない。

わたしが思っていたより、何千倍も残酷な現実がそこにはあったのだ。

 

「私の例の発言の当日から変化は始まったわ。最初のうちは靴に画鋲とか、チョークで落書きみたいな可愛い物だったのだけれど、日を重ねるごとにエスカレートしていってね。だから結局、持ち歩くことにしたの」

 

靴を切り刻まれたり、虫がつまっていたり、藁人形のように釘が刺さっていたり。

毎回毎回、靴を買い換えるのも面倒だから。持ち歩いた方が経済的、と。

 

水甲さんは顔色ひとつ変えずにそう言い切った。

まるで他人事のように。

その物言いは淡々としていて、度が過ぎるくらいに冷たい。

 

「実験の結果はまるでつまらないものだったわ。この世界で『神さま』の敵、つまり悪役になれば、社会的に孤立して、罰を受けるのよ」

 

あまりの衝撃で、膝から崩れたわたしを見下ろすような形で立つ水甲さん。その姿は夕陽による逆光で真っ黒な闇のようにわたしの目に写り込む。

わたしに似ていて、限りなく遠い黒い色。

 

真っ黒な、暗闇の色だった。

 

「貴女は良い娘。だから、もう私には関わらないで頂戴。私はこの通り、なにをされても平気だけれども、貴女は違う。決して私のような孤高の悪役にはなれない」

 

「そんな……」

 

そんなことはない。

とは、言えなかった。

そんな無責任で確証のない言葉を言うことは、どうしてもわたしにはできなかった。

自分では孤高になれると、水甲さんと共に孤独の道を歩めると思っていた。覚悟もあった。でも、いざ現実に直面すると、わたしはただの臆病者でしかない。その程度の決意しか持ち合わせていなかったのだ。

 

何も言えず、言葉を失い、何もできずに。

ただただ、じわりと滲み出る涙でボヤける視界で、水甲さんを見つめることしか、わたしにはできなかった。

 

崩れたわたしを助け起こそうとはせず、水甲さんは踵を返す。

 

「少しの時間だったけれど、楽しかったわ。四川さん。貴女が傷つく姿を私は見たくないの。それを見てしまったら、きっと私は貴女を虐めた人間をひとり残らず抹殺してしまう」

 

「それじゃあ…、それじゃあ水甲さんが救われないじゃない!」

 

なんとか声を絞り出す。

彼女をどうにか引き留めたい一心で。

嗚咽にまみれ、掠れたわたしの声に水甲さんは一度足を止めると、振り向かずに口を開く。

 

「救いを求めた覚えはないわ」

 

「………」

 

返す言葉が無かった。

まるで心臓を抉られたような感覚。

誰かの助けになりたいという感情で動いているような、どうしようもない、生きる理由を他人に押し付けるような、わたしのような人間には効果抜群の一撃だった。

テクニカルノックアウト。

わたしは、燃え尽きたのだ。

それこそ、真っ白に。

 

「貴女の助けを必要としている人間は他にもいるわ。だから、そんな人達のために動いてあげて。例えば、貴女の靴箱に入っている手紙の差出人なんかに」

 

「……手紙?」

 

「教室で言ったでしょう? 貴女とは一緒に帰れない理由があるって。だから、その手紙を読んでから帰ることをお薦めするわ」

 

それじゃあ、さようなら。

 

あっさり、と。

後腐れもなく。

 

別れの言葉だけを残して、水甲さんの後ろ姿はゆっくりと小さくなり、やがて見えなくなる。

 

わたしは水甲さんの背中が見えなくなったその後も、しばらく立ち上がることが出来なかった。

わたしのひとつ下の靴箱、首席番号13の靴箱でで行われていた事態。

あまりに惨く、悲惨な出来事。

そして、何より水甲さんからの拒絶に、わたしは動く気力を無くしていた。

 

救いを求めた覚えはない。

 

だから、救いを求める他の人のために尽力する。

水甲さんの言うことはきっと、何一つ間違っていないのだろう。需要と供給のバランスが取れていて、花丸パーフェクトな回答だ。

 

「救いを求める人のために……」

 

結局。

わたしが立ち上がり、自分の靴箱の扉を開けたのはそれからまたしばらく経ってからだった。

夕焼けはオレンジから紅に変わり、影は更に長く引き伸ばされる。

 

完全に立ち直った訳ではない。

けれど、水甲さんの言う言葉を信じるならば、まずは手紙を確認しなければならない。

確かにジョーク好きな水甲さんだったが、この状況でさえジョークを言っていたようには思えなかった。彼女の言葉を信じること、親友の言葉を信じることしか、今のわたしにはできない。

 

まずは出来ることから。

 

気を引き閉めて、靴箱の中身を確認すると。

 

「ほんとにあった……」

 

中にはわたしの靴と、水甲さんの言った通り、手紙のようなものが入っていた。

葉書サイズの白い紙。

それを手に取り、表には何も書かれていないことを確認して、裏返す。

 

「嘘……」

 

裏面、そこには三行。

たった三行の文が記されているだけ。

たったの三行、それでも、わたしの驚愕を引き出すには十分すぎる内容だった。

 

 

 

屋上で待つ

七年前からの親友

北守七瀬より

 

 

 


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