ガンプラ格闘浪漫 リーオーの門   作:いぶりがっこ

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少女が見た流星

 

 第一回ガンプラファイト・地下最大トーナメント

 

 一回戦、アスラガンダム。

 パイロットはヤマモト・アスラ。

 

 意味が分からなかった。

 素手ゴロの格闘大会だと聞いていたのに、気が付いたら六本腕の超人と闘わされていた。

 油断してたら思い切り脇腹をぶっ叩かれて、危うく死ぬ所だった。

 どう見てもレギュレーション違反の奴を、ニュータイプの一言で通すなと言いたかった。

 

 二回戦、バクバクゥ。

 パイロットはハリマオ。

 

 だから、人間様の大会に人外を混ぜるなと言いたかった。

 たまたま根止めの形になって勝ちを拾ったものの、あのままだったら普通に死んでいた。

 正直、野生のマングローブじゃなくてマジ命拾いした。

 つーか、武器使用禁止だっつってんのに、爪とか牙とか、なんなんじゃ?

 

 準決勝、ビルドノーベル。

 パイロットはモーラ鬼灯。

 

 あれか、運営は阿呆なのか?

 ボクシングならゆうに7~9階級差がついてしまうワンサイド・マッチだ。

 勝ち負け以前に試合として成立しない、危険だ。

 守護り切れるワケがない。

 事実、思い切り三途の河を渡りかけた。

 

 

 まったく、思い返すに碌でもない遊戯であった。

 余興。

 そう、最初のインタビューで他ならぬ自分が口にした言葉だ。

 所詮はガンプラバトルなんぞ、人生を持て余した天才の暇つぶしに過ぎない。

 それをなんぞ、こんなにもムキになって勝ち上がって来たんだったか?

 光も当らぬアングラな大会で。

 痛く、苦しく、惨めな思いをして。

 肋にヒビまで入れて、ゲロ塗れになって。

 

 なんでだ? なんでだ? なんでか……。

 

 

『アムロよォ……、やろうぜ、ガンプラ・ファイト』

 

 ああ。

 そう、思い起こせば、あれだ。

 薄汚れた気安い野良犬の、摺るような情けない声。

 あんな犬畜生相手に見せた気紛れが、そもそも全ての始まりであった。

 

 自分が「やる」と口にした時の野良犬のはしゃぎようは、そりゃあ閉口もんだった。

 たわけめ、と心の中で悪態を吐いた。

 

 客家系華僑の首魁にして、稀代の格闘技オタク、李潤發が招集する、世界最強の十六名。

 才が無く、体格も無く、経験も実力も無い野良犬に何が出来る。

 せいぜい電脳世界の片隅で、犬死にするのが関の山だ。

 事実、野良犬はほとんど死にかけていた。

 

 立ち技最強のムエタイを前に、成す術も無く滅多蹴りにされていた。

 国技・大相撲の頂点のぶちかましをくらい、ギャグ漫画のように吹っ飛ばされていた。

 国内最強レスラーのガチンコに、ボロ雑巾のように転がされていた。

 

 そして、それでもアイツは立ち上がって来た。

 まさしく狂犬のように、痙攣する肉体の痛みすら忘れたように、奴は立ち上がった。

 あと三つ勝てば、二つ勝てば、もう一つ勝てば。

 それでもう一度、自分と遊べるのだと勝手に信じ切って、無邪気に尻尾を振っていた。

 

 あんな、他愛も無い口約束が、奴にとってはそんなにも重いものであったのか、と。

 そう思うほどに憐れで、居た堪れなくなり、それでつい、深情けをかけた。

 天才らしからぬ、みっともない姿を晒しながら、それでも辛うじて勝ち上がった。

 奴は嬉しそうに尻尾を振っていた。

 

 ……自分も、その、少し、本当にほんのちょっぴりだけ、ドキドキした。

 

 してしまった。

 

 

 ……それなのに。

 

 

 鳴呼、それなのに……。

 

 

(うぬは一体、誰と闘っとる?)

 

 どくり、と心臓がうねる。

 アムロ・レンを置き去りにして闘い続ける、謎のガンダムタイプとリーオー虎徹。

 どう言うまやかしだ、などとは今さら問うまい。

 安室流の秘伝「彼岸ノ見」を打ち破った時点で、奴はもう存在自体がちょっとした神秘だ。

 ゴッドシャドーだろうが質量のある残像だろうが、今さら一々うろたえたりはしない。

 そんな事より……。

 

(なんでソレ、わしじゃないんじゃ……?)

 

 じわり、と仮初の闘技場が滲む。

 

 畜生。

 おい、野良犬。

 お前、わしと闘るために死ぬ思いして勝ち上がって来たんじゃないんかい?

 血のションベン絞り尽くしてでもやりたかったって、言うとったじゃないか?

 持ってるもん、全身全霊、ココでわしに出し尽くす、って……。

 

 なんじゃ、この茶番は?

 なんだって今、ここに居るわしをスルーする。

 なんだって、そのニヤけただらしないツラをわし以外に向ける。

 なんだってこんな茶番を、よりによってわしの前で見せる。

 

 畜生。

 

 ……楽しみに、しとったのに。

 

 どくり、どくり、と心臓がまるで別個の生物のように昂る。

 ドス黒く、熱い。

 心臓がうねる度に、何やら煮え滾るコールタールのような粘っこい汚物が、五臓六腑をドロドロと満たしていく。

 

 騙された。

 

 穢された。

 

 裏切られた。

 

 謀られた。

 

 弄ばれた。

 

 乙女の操を、純潔を。

 

 あんな、犬畜生ごとき、に――。

 

(……畜生)

 

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「――あん畜生ッ!! ぶッ殺してやるッッッ!!」

 

 

 アムロ・レンがTRANS-AMした。

 

 瞬間、その全身がピンク色に光って唸り、三途の河からドジュゥ、とブ厚い蒸気が立ち昇った。

 ビクンと、反射的に差し出された祖母の手を振り払い、桃色の少女が一直線の風になる。

 

「ク ッ ソ た わ け が あ あ ァ あ ア ア ァ ァ―――――ッッッ!!!」

 

 アムロが吠える、疾る! 疾る! 疾る! 疾る!

(ア~アア~ ア~アア~ ア~アア~ ア~アア~……)

 

 刹那的なコーラスが流れる中、アムロ・レンが三途の川をひた走る。

 問題ない、1500メートルまでなら、とばかりに、水面の上を一気に加速する。

 えいやと叫んで虚空に飛び出し、広大な宇宙をすっぽんぽんで泳ぐ。

 青く眠る水の星の静寂を打ち破り、ピンクの肉体に真っ赤な衝撃波を纏って大気圏突入する。

 周回軌道? 知らんわ! とでも言いたげに、一気呵成に迫るは日本の埼玉県S市。

 ラビアンローズ跡地プラネタリウムに吶喊し、オーロラビジョンから電脳世界に武力介入する。

 架空の闘技場に怒れる少女がログインし、リ・ガズィの瞳にバーサーカーモードの炎が宿る。

 全てが0.01秒にも満たない光陰の世界の出来事であった。

 

 

「 り い ぃ イ ぃ イ ィ ィ お ぉ オ ぉ う ぉ ゥ ォ ァ ァ―――― 」

 

 

 アムロ・レンが、リ・ガズィが絶叫した。

 誇りであるとか、理性であるとか、世間体であるとか、羞恥心であるとか、労わりであるとか。

 そう言った、人を考える葦たらしめている箍の全てを吹っ飛ばした果てに残る獣の旋律だった。

 衝撃の余りカミキくんが一瞬でプラフスキー芥に還ってしまうほどの凄まじい咆哮であった。

 丹念に植毛された真紅の怒髪が、ぶわっ、と熱風を孕んで一斉に天を衝いた。

 次の瞬間、未だ寝ぼけ眼のリーオー目がけ、瀑布の如く駆けだしていた。

 

「おきゃあああぁァ!!」

 

 走り幅跳びでもするつもりかと言う、褌身のライダーキック!!

 ビギン! と、無防備なこめかみを捉え、もんどりうってリーオーが大地に転がる。

 

(黒歴史、じゃ)

 

 むんず、と、痙攣するテレビ顔をアイアンクローで引き起こしながら思う。

 そうとも。

 何だってこんな野良犬に心を許した。

 武術家が簡単に心を許すから、こんな無様を晒す事になる。

 

(埋葬してやる)

 

 思いながら、後頭部を力一杯壁面に叩き付ける。(ガズン!)

 消してやる。(ガズン!)

 

 ナガラ・リオも(ガズン!)

 リーオー虎徹も(ガズン!)

 根平での出会いも(ガズン!)

 純白のリーオーも(ガズン!)

 月夜の死闘も(ガズン!)

 骨掛けも(ガズン!)寸打も(ガズン!)

 嫉妬も(ガズン!)逆恨みも(ガズン!)羨望も(ガズン!)

 思いもよらぬ正拳も(ガズン!)

 必死の三角締めも(ガズン!)

 肋骨も(ガズン!)死の恐怖も(ガズン)

 あの美しい残心も(ガズン!)

 涙に濡れた寝顔も(ガズン!)

 そっ、としゃぐまを掬う指先も(ガズン!)

 弾けるような笑い声も(ガズン!)

 

 独りで良い。

 天才は一人で来て一人で去るもの。

 

 こんな惨めで、痛い想いをするのなら。

 こんな気持ちは。

 

 全部!(ガズン!) 全部!(ガズン!) 全部全部全部全部全部……。

 

 

「うぬなんぞ……、ここからいなくなれぃッッッ!!」

 

 泣き叫ぶような少女の声。

 同時に、リ・ガズィの全体重を乗せた膝が、リーオーの顔面に突き刺さった。

 

 

 顔面への痛烈な衝撃によって、ナガラ・リオはようやく我に返った。

 

「ガハ!」

 

 喉に詰まりかけた歯を、血だまりと共に吐き捨てる。

 顔の中心が灼けるように熱い。

 どくどくと、止めどない鼻血。

 呼吸を塞がれてしまった。

 

(また……、歯医者か)

 

 他愛も無い事を考えなら頭を振るう。

 一体、何がどうなったと言うのか?

 ワケが分からなかった。

 確か、アムロ・レンと闘っていて、それで……。

 

 いや。

 真っ赤なしゃぐまを山姥のように振り乱し迫る、リ・ガズィ。

 やはり相手はレンだ。

 おかしな事など何一つ無い。

 だが、妙に熱い。

 先刻まで氷の世界にでも居るようだったリ・ガズィの体が、今はまるで憤怒の……。

 

(……あれ?)

 

 違和感に気付いた。

 そのせいで思い切り左フックを浴びた。

 

「なんだよ……、レン、誰に泣かされたんだよ……?」

 

 戦場も、頬の痛みも忘れ、ポツリ、と疑念がこぼれた。

 返答は金的であった。

 

「オゲッ」

 

 股間で激痛が爆ぜ、こみ上げる胃酸が溢れる。

 骨掛け。

 亡父の教えがかろうじて少年を救った。

 とは言え人体急所。

 引っ込めていようと何だろうと、痛いもんは痛い。

 

 前かがみとなったテレビ顔目がけ、天空まで突き上げるような前蹴りが来た。

 グチャリと顔面が天空に跳ね上がる、痛い。

 間を置かず右脇腹へのソバット、痛い。

 思わず背を向けてしまった所に、全力のカーフ・ブランディング、痛い。

 

 滅多打ちであった。

 

 打たれる為に、立ち上がるようなものであった。

 打たれても打たれても、何故かリーオーは立ち上がるのを止めなかった。

 打たれた顔から、腹から、背中から、傷ついた少女の心が少年の内腑を抉った。

 打ち込まれるリ・ガズィの拳から、脚から、頭から、アムロ・レンの涙が伝って来た。

 

 痛い。

 倍痛かった。

 

 何故だか知らないが、自分はアムロ・レンの涙に弱い。

 出会いの時に、「こいつは同類だ」と、刷り込まれてしまったのがいけないのだろうか?

 この世界に唯一人の同類の泣きじゃくる姿が、胸を掻き毟られるように、辛い。

 

 アムロ・レン。

 

 傍若無人で、傲慢で、気まぐれで、癇癪持ちで、ガキで、凶暴で、偏屈で、天の邪鬼で――。

 

 こんなにも魅力的な女の子を、自分は他に知らない。

 

 死にかけながら、下らない事に思いを馳せていた。

 この癇の強い少女を幸せに出来る男は、果たしてこの世界に存在するのであろうか?

 

 身長は、最低でも170以上、レンより高い方が良いだろう。

 年齢は、レンよりもずっと上、大人の男が良い。

 武術の心得は無くても良いが、何か一つ、アムロ・レンを感服させられる魅力を持つ人。

 そして何より、あの少女一人に、海のような広大な愛を、惜しみなく注げる人。

 

 例えば、トレーズ・クシュリナーダのような完璧超人か?

 あるいは、パトリック・コーラサワーのような不死身の優男か?

 

 いるのだろうか?

 そんなタフガイ。

 この世界に。

 居て、ほしい。

 どうか。

 お願いします、神様。

 

 どうか、どうか、どうか――。

 

(――とにかく、今は俺が、何とかするしかねえ!)

 

 腹を括って踏み止まる。

 今、少女の悲しみを何とかしたいと思っている人間は、この場に自分しかいない。

 嫌だと言っても、リーオーが戦えとせがむのだ。

 アムロ・レンの好みのタイプとかけ離れているらしい自分ではあるが、幸いな事に、武術の心得だけはあった。

 父母のくれた、レンの我侭に付き合えるだけの肉体があった。

 

(ああ、そうか……!

 あの血の滲むような十年は、この瞬間のためにあったのか)

 

 ふっ、と視界が晴れた。

 理解した。 

 いや、理解はしていた。

 俺達は、初めから救われていたんだと、根平の夜に、確かにそう思った。

 

(だからよ、涙拭けよ、レン)

 

 半身をとって腰を落とし、自慢の右拳を思い切り振り被る。

 

(今は、今は俺が遊んでやる!)

 

 

 ガギン、と言う鈍い音が、コロッセオの空を震わせた。

 

 仮初の舞台の中央で、装甲を歪めた二つの機体が交錯していた。

 リ・ガズィ風月の左拳が、リーオーのテレビ顔を打ち抜いていた。

 リーオー虎徹の右拳が、リ・ガズィの側頭部を捕えていた。

 

 シン、と架空の世界に、痛いくらいの静寂が戻る。

 

「くぬっ」「ウヌ」

 

 ぐらり、と、両機が緩やかに崩れる。

 直後、これまでの戸惑いを取り戻すかのように、わっ! と、大歓声が沸き上がった。

 

『カウンターッ クロスカウンターッ!!

 再びまみえた両機の拳か、一直線に交錯したァ!』

 

 本業を思い出し、ようやくMS少女が叫ぶ。

 クロスカウンター。

 梶原理論によれば、一直線に伸びてくる相手の腕の外側を滑らせる事によって、加速した己が拳を叩き込む拳闘術である。

 この場合は、リ・ガズィの外を廻ったリーオーの右腕が正。

 だが、両機のリーチを比べれば、リ・ガズィの方が長い

 周り道した分、左より2センチ長いリーオーの右拳は、相手の顔を浅く捉えたに過ぎない。

 いや、それでも男と女、ましてや空手家の拳。

 

 つまり……、ただの相打ちである。

 

 

 

 

「くうぅゥ~~ッッ」

 

 ざっ、と白砂を踏みしめ、リーオーがかろうじて体を残す。

 

 いける。

 エンドルフィンが脳みそに分泌され、死にかけていた肉体に再び火が入る。

 いける。

 これだけ外装をくしゃくしゃにされて、それでも尚、リーオーの骨格は持ち堪えている。

 いける。

 さすがはヒライだ。

 彼女の献身に支えられ、かろうじて自分はまだ、踏み止まっていられる。

 少女との出会いに、その直向きさに、心から深く感謝する。

 いける。

 ちらりと客席に目を向けた後、ゆるりと両手を天地上下に備える。

 いける。

 来いよ、アムロ。

 もうちょっとだけ付き合ってやる。

 自分は今、宇宙の心に身を委ねている。

 篤人流四百年がナンボのモンか知らんが、絶対に死なないと誓った人間をどうやって殺そうと言うのか?

 それを見せてもらおうじゃないか。

 

 なあ!

 

 

 

 

「ヌギギッ」

 

 ぎりり、と奥歯を噛み締め、リ・ガズィが体勢を立て直す。

 

 ぶっ殺してやる。

 ぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちる。

 ぶっ殺してやる。

 畜生!

 アイツ、またわしの顔をぶちよった。

 酷い。

 ばあちゃんにもぶたれたこと無いのに!

 ぶっ殺してやる。

 何だってアイツは、こうもズカズカと土足で踏み込んで来る?

 人が大事にしておるモンを、容易く踏みにじる?

 ぶっ殺してやる。

 死ぬ想いしてようやく辿り着いた安室流の境地まで、彼奴のせいですっかり忘れてしまった。

 ぶっ殺してやる。

 犬の分際で。

 ぶっ殺してやる。

 リオのクセに、リオのクセに、リオのクセに!!

 ぶっ殺……。

 

 怒れる瞳が、ちらり、と憎きリーオーを捉えた。

 

 リーオーは、なぜか客席へ向けてよそ見をしていた。

 

 アムロ・レンはニュータイプ。

 見えてしまった。

 無表情のテレビ顔の奥で、アイツが笑っていた。

 穏やかな笑顔であった。

 戦場のど真ん中で、実の母親にでも接するかのような親愛の情を、客席へと向けていた。

 

 

 

「おきゃあああああああああああ!!!!」

 

 

 爆熱した。

 少女の五臓六腑を満たす、粘っこい、ドロドロとしたコールタールが一斉に引火し、高らかと白色の炎を巻き上げ、全てを白く灼き尽くした。

 真紅のしゃぐまをバーサーカーモードのように逆立て、一直線にリ・ガズィが走った。

 

 

 

 

 拳「ぐ!」拳「アギ!」

 

 拳、拳拳拳拳拳捌肘ぎ膝避頭突

 ぬぐォ

 目突弾金「オゲァ」

 担投させるか潰転踏転踏転踏足払崩蔓犬犬犬

 指一本拳げマウントと金的テメまた股回天髪ぬふぅ絞絞絞殺殺殺殺

 死死苦し落堕終こうだダッダダダダ!畜生パク模倣リよ虎

 

 ドゴン!(壁)

 

 …

 ……

 ………さすがヒ「おのれヒライ!」

 

 蹴ッ!

 

 打、打打

 打打防防打守打掴打打打打離打鞭打ベッチィ「ぎやああああッ!?」

 死打ね死ぬか打死ね打死打なん死ね頭ぎぬおれあは死なない!

 首相撲イーヲ肘膝膝肘肘肘抓抓全力抓「ぎにゃ~」しゃあ掌ッ「ガキか!?」

 拳抜極落めきょっ外「ぎぃっ」構うかゴッ「んごッ」肋折畜生また腹パンおのれ畜生拳拳拳

 心拳宇宙拳心恋死ね打畜生肘恋恋レン

 犬打死打犬死隙犬犬恋殺殺殺隙犬大しゅき「黙れ!」殺殺殺恋レンれん犬恋犬犬犬――

 

 

 

 

 滅茶苦茶だった。

 動かせるものは全て動かしていた。

 使えるものは全て使っていた。

 

 積み重ねた十年の鍛練であるとか、信じた肉体であるとか、咄嗟の閃きであるとか。

 戦術であるとか、意地であるとか、執念であるとか、情熱であるとか、夢であるとか。

 遣り所の無い怒りであるとか、嫉妬であるとか、激情であるとか、好意であるとか。

 とにもかくにも、己が肉体の内に残っていた全てをミキサーにかけてブチ撒けるかのように、二人は動き続けていた。

 

 野良犬の喧嘩であった。

 外された左腕を鈍器のように振り回し、潰れた顔面を頭部に叩き込み、鼻血と汗と涙と吐瀉物を撒き散らしながら、それでも二人は止まらなかった。

 

 仮初の闘技場が、満員の観客達が絶叫していた。

 単に技術的な話をするならば、今、目の前で繰り広げられている光景は、決勝と呼ぶに相応しいレベルの闘いでは無い。

 だが、そんな事はどうだっていい。

 この闘技場が、現役であった時代。

 あるいはさらに昔か。

 人間がようやく二足で歩きだし、意地だの矜持だの、生存本能の打算に背いた感情を持てるようになった時代。

 その頃から連綿と続く殴りっこの歴史。

 この地上で最もどうしようも無いヤツを決める、今、その祭りの総決算に立ち会っているのだ。

 

 

 

「……は、ははっ、あははは」

 

 ――西東京の外れ。

 

 闘いの行く末をモニターごしに見つめながら、カミキ・セカイが破顔した。

 そう言う事だったのか。

 一週間前の出来事以来、妙に気になっていた胸のつかえが、不意にことりと落ちた。

 

 もう一本、真剣勝負をやってほしいと申し込んだ時の、ナガラ・リオの困ったような表情。

 今なら良く理解できる。

 何やら立派な講釈をして誤魔化そうとしていたが、あの時の彼は、これをやりたかったのだ。

 

 子供の喧嘩。

 全力で、全身全霊を込めて駆け抜ける、大きな子供の喧嘩。

 

 成程。

 あの河川敷で、これは出来ない。

 ほとんど初対面のような自分を相手に、こんな喧嘩を仕掛ける事は出来ない。

 ガンプラバトル、だからこそ出来る。

 ルールがあって、その中で出来る事を全部やって、だから今、彼は安心して遊べているのだ。

 

 それに、彼女。

 分かる。

 憎いから殴っているのでは無い、むしろ、逆。

 本当に好きな相手だからこそ、あそこまでとことんやり合えているのだ。

 敵よりも甘く、恋よりも熱い。

 好敵手。

 自分にも、いる。

 もっともアイツは、彼女のような子供っぽい奴ではない。

 自分の時は、きっと、この光景とはまた違った闘いとなるのであろう。

 

「それにしても……、ひどいわ、こんなの」

 

 ぽつり、と、傍らのホシノ先輩が肩を震わして呟く。

 ひどい?

 うん、確かにそうなのであろう。

 リ・ガズィもリーオーも、今やマトモなパーツなど何一つ残っていない。

 ホビーであるガンプラで、こんな肉体を苛め抜くように戦わずとも良いではないか、と普通の感性の女の子なら、そう思うだろう。

 

「いや、そんな事ないですよ、先輩」

 

「え?」

 

「見て下さい、笑ってますよ、コイツ」

 

 セカイ少年がモニターを指し示す。

 その先には、すっかりくたびれ果てたリーオーのテレビ顔。

 口元に当たる部分に、横一戦、湾曲するような亀裂が入っていた。

 笑っていた。

 無表情のリーオーが、確かに笑っていた。

 

 

「デッハハハ! もったいねえなァ、こりゃ。

 コイツを地上波で流せねえなんてよォ」

 

 ビグザム剛田が、太い体を揺すって大笑する。

 

「ふっ、それは無理だな。

 この場に居合わせた我々だけの役得だ」

 

 言いながら、ギンザエフ・ターイーが上等な葉巻に火を点ける。

 

「He、ボーナスも出ねえってえのにクレイジーなガキどもだぜ」

 

 オード・イル・タップが、大袈裟に肩をすくめる。

 

「だから言ってんだろ?  

 ジャパニーズにバーリ・トゥードの真似事なんざ出来ねえって」

 

 前席に両足を投げ出して、ぶっきらぼうにジョージ来栖が言う。

 

「夫婦喧嘩、犬も喰わない、ネ」

 

 左手を吊った馬凶愛が、呆れたようにそっぽを向く。

 

「ウガ」

 

 ハリマオが相槌を打つ。

 

「…………」

 

 ブンキチくんが、興味なさげに隅っこで丸くなる。

 

「けど、正直羨ましいよ、私は」

 

 モーラ鬼灯が、物欲しげな瞳をオーロラビジョンに向ける。

 

「……勝てなかった、ワケっすね」

 

 得心が行ったように、月天山が苦笑する。

 

『友達って、やっぱり良いもんだね』『ですぞ』

 

 ガチぴょんが眠たげな瞳を瞬かせる。

 

「良い笑顔するな、ナガラ・リオ」

 

 サマワッカ・イーヲが白い歯を見せる。

 

「エクセレント」

 

 ルクス・ランドアの瞳に、遠い時代の熱狂の残滓が宿る。

 

「彼女たちの、遊び場、か……」

 

 錚々たる顔ぶれに紛れ、ヤマモト・アスラが溜息を吐く。

 

「これが、ガンプラ・ファイト……」

 

 関西弁も忘れ、シャッフル同盟風にアカハナが呟く。

 

 

 

(リーオー虎徹が、燃え尽きていく……)

 

 ヒライ・ユイが、分厚い瓶底眼鏡越しに、オーロラビジョンを見つめる。

 

 丹精込めて作り上げた白銀の外装が、歪み、捻じれ、ついには弾け、千切れ飛ぶ。

 ナガラ・リオは、それでも止まらない。

 剥き出しになった黒い地金の骨格を、なお必死に叩き付けていく。

 その光景は、さながら燃え尽きる前の流星にも似ていた。

 

 悲しむべき事では無い。

 リーオーは兵器、消耗品。

 今、その従順な兵士の役目が果たされつつあるのだ。

 あと何十秒、あるいは何秒か?

 この刹那の攻防の中に、ナガラ・リオの青春があるのだ。

 空手に捧げた少年の十年が、今、急速に報われつつあった。

 

(リーオーは、間に合ったんだ)

 

 ふっ、と安堵の吐息がこぼれる。

 よくぞ堪えた。

 役目を、全う出来た。

 ナガラ・リオの、力になれたのだ。

 

(……それなのに、私は)

 

 ぐっ、と、組んだ指先に力が入る。

 思う。

 思ってしまう。

 ナガラ・リオに勝って欲しい、と。

 リーオーで、アムロのリ・ガズィを倒して、勝利してほしい、と。

 彼らにとって、この闘いの帰結など、もはや何の意味を成す所でも無いと言うのに。

 

(私は、嫌な女だ……)

 

 暗い気持ちを振り払うように、両手を胸元に寄せ、祈る。

 何の為になのか、自分でも分からない。

 ただ、ナガラ・リオの事だけを想う。

 リーオーの可能性を見せてくれた男の子の事だけを、ただ、ひたすらに想う。

 

 

『――レン』

 

 ……なんじゃ?

 

『レン』

 

 うっさいぞ、ばあちゃん。

 

『おい、レンよ』

 

 あと一歩なんじゃ。

 もう一手で、この死にかけの犬っころを、アンタの所に送る事ができるんじゃ。

 だからチョイと黙っといてくれ。

 こいつで、この一太刀で。

 

『カカ、男女の睦言なんっちゅうモンは、惚れた方の負けぞ』

 

「――!」

 

 気が付いた。

 その瞬間には、骨格が剥き出しとなったリーオーの右腕が添えられていた。

 黒い地金の拳が、リ・ガズィの胸元に、ぽん、と触れた。

 

「あ……」

 

 拳から伝わる柔らかな温もりに、アムロの胸が、とくん、と弾んだ。

 

 刹那。

 

 

 

 ――ブッピガン!!

 

 

 

「~~~~~ッッッ」

 

 凄い音が鳴った!

 リーオーの地金の爪先が、足首が、膝が、股関節が、腰が、背骨が、首が、肩が、手首が一気に連動した。

 右の寸打。

 ナガラ・リオの十年が、アムロのハートを一直線に打ち抜いた。

 

 凄い一撃であった。

 打撃の威力が、ではない。

 直前の右腕の動き。

 

 悪意があれば、捌けたであろう。

 敵意があれば、返せたであろう。

 殺意があれば、凌げたであろう。

 

 好意しか無かった。

 

(つまり……、まさしく、愛、じゃ)

 

 成す術も無く吹っ飛ばされながら、思う。

 

 愛しい友人にでも手を差し伸べるかのように、ナガラ・リオは拳を差し出してきた。

 敵では無い人間の拳、護身術で捌けよう筈も無い。

 

(……じゃったらよう、ばあちゃん。

 負けるのはやっぱり、奴の方じゃ!)

 

 

「――カカ! カーカッカッカッカッカ!!」

 

 

 信じられない事が起こった。

 アムロ・レンが還って来た。

 

 誰の目に見ても、致命的な一撃であった。

 肉体的にも、精神的にも、アムロ・レンは全てを搾り尽くしてしまっていた筈であった。

 その少女が、土俵際いっぱいで踏み止まった。

 両足を危うく痙攣させながら、何だか良く分からない自信のみを頼りに生き残っていた。

 

「きィやッ! リオ!」

 

 アムロが叫んだ。

 叫びながら、嗤った。

 そうだ。

 そもそも自分の方から奴を殺しに行こう、などと言う発想自体が血迷っていたのだ。

 

 奴だ。

 奴の方から、わしに殺されに来るべきなのだ。

 わしの事を愛していると言うのならば、おとなしく傅いて恩寵を賜るべきだ。

 

「きィやァッ!」

 

 アムロが再び叫んだ。

 

 

 

 

 褌身の寸打を打ち込んだ瞬間、ナガラ・リオの魔法が解けた。

 

 みきっ、と言う鈍い音が鳴った。

 叩きこんだ拳の反動でバランスを崩し、慌てて肉体がたたらを踏んだ。

 左脚が体重を支えきれず、糸が切れたように全身が沈んだ。

 踏み止まろうとした膝が小刻みに震え、絶え間ない激痛が襲う。

 肉離れであろうか?

 

 左の肘からも激痛が走った。

 腕が上がらない。

 折れたか、外されたか。

 いずれにしても同じ事だ。

 

 それに、何より。

 

(右の拳)

 

 ずきん、ずきん、と。

 右手の拳から間断ない激痛が、絶えずリオを蝕んでいた。

 思わず右腕を上げると、黒い地金のフレームがそこにあった。

 

(成し遂げたな、ヒライ)

 

 一瞬、痛みを忘れ、笑みがこぼれた。

 リーオーの拳は無事であった。

 だとしたら壊れたのは、生身の右手の方だ。

 耐えがたい激痛も、ふがいない気持ちも、ある。

 だが、今はリーオーが耐え抜いた事の方が、嬉しい。

 

 ヒライ・ユイは仕事を全うしたのだ。

 ここはもう、少女が泣かなくて済む世界なのだ。

 良かった。

 本当に良かった。

 

 全身が、汚泥の詰まったズタ袋のように重い。

 このまま全てを投げ出して、大の字で眠ってしまいたい。

 だが、まだだ。

 もう一手だけ付き合ってくれ、リーオー。

 

「きィやッ! リオ!」

 

 彼方より、アムロ・レンの声がする。

 早く私を殺しにいらっしゃいと、完全平和主義の欠片も無い少女が叫ぶ。

 

(ああ、安心しろよ、レン。

 おれはヒィロ・ユイみたいに待たせたりしねえ)

 

 一発で仕留めてやる。

 顔を上げ、ずるり、ずるりと左脚を引き摺る。

 左腕は上がらない。

 使えるものは、やはり、右拳のみ。

 リーオーの拳は壊れていない。

 だったら自分さえ激痛に耐える事ができれば、何発だって打てる。

 だとしたら、狙いは……。

 

(……!)

 

 

 

 

 ナガラ・リオが来る。

 ずるり、と左脚を引き摺りながら、リーオーのテレビ顔が間近に迫る。

 奴の狙いは分かる。

 右手を振り上げ、打ち込む。

 それ以外の余地が残ってはいない。

 

 一方のリ・ガズィは、だらり、といつもの無形。

 返し技狙い、ではない。

 左腕が上がらないのだ。

 ガードの上から強かに叩かれ続けた左の肘が、じんじんと悲鳴を上げている。

 こちらも使えるのは、右手一本のみだ。

 投げは使えない、蔓も。

 ゆえに右の打撃。

 後の先。

 カウンター狙い、一択。

 それを奴に悟られてはならない。

 

(そうじゃ、来い、リオ、あと一歩……)

 

 じりり、とスローモーションのようにリーオーが迫る。

 かつての鋭さが見る影も無い、大振りの右。

 

 今――。

 

「カアァッ!」

 

 リ・ガズィが体を振るった。

 足先を捻じり、足首を捻じり、膝を、股間を、腰を、背中を、肩を、肘を、手首を、指先を捻じり、ブン投げるように全身を加速させる。

 

 ぐしょり、と。

 最高速に達した右指が、リーオーの顎を正確に打ち抜いた。

 ガクン、と、糸の切れた人形のように機体が沈む。

 気を抜かず、踵を返した残し――。

 

 

 パン!

 

 

「――ッ!」

 

 爆ぜるような乾いた音と共に、衝撃がアムロの右脚を叩いた。

 残心を取る暇も無かった。

 左のローキック。

 信じ難い。

 ナガラ・リオの左脚は使えなかった筈だ。

 

 いや、そうだ。

 左脚は使わなかった、のか?

 右の軸足から、足首、膝、腰に捻じりを伝え、使い物にならなくなった左脚を、ヌンチャクでもブン回すように叩き付けて来た。

 右拳は囮。

 初めから狙っていたのか、それとも……。

 

 アムロ・レンの天性は、この不慮の一撃にすらよく応じた。

 反射的に右足を微かに浮かせ、衝撃を逸らす。

 それで耐えた。

 アムロの右脚は耐えきった、ハズだった。

 

 だが。

 

「なっ!?」

 

 不意に右足が大地を失った。

 グラリ、と視界が傾く。

 何故、と思った瞬間に気付いた。

 リ・ガズィ風月の、右膝から下が弾け飛んでしまっている。

 

(畜生!)

 

 どくり、と心臓がうねる。

 ナガラ・リオはこれに気が付いたのか。

 リ・ガズィの右脚の損傷が、限界に来ていると。

 だが何故だ!

 何故蹴り込んだリーオーの左脚は壊れない。

 本人の方はとっくに限界に来ていると言うのに。

 

 ――唐突に脳裏をよぎる、ジャージ姿の瓶底眼鏡。

 

(また、アイツか!)

 

 じわり、と景色が涙で滲む。

 このガンプラ・ファイトと言うレギュレーションは、余りにも卑怯だ。

 これが現実の路上ならば、決して凡人の空手に遅れをとったりはすまい。

 通常のガンプラバトルであれば、芋臭い小娘の機体など、鼻にもかけない。

 だが、このルールだけは駄目だ。

 二体一。

 ヒライ・ユイの深愛の宿ったリーオーが、ナガラ・リオを不死身の戦士に変えてしまう。

 

 畜生。

 畜生。

 畜生。

 

(いっそ、こっちの脚もぶっ飛んじまえば良かったんじゃ)

 

 どうしようもなく傾く視界の中、碌でもない事を思う。

 それならばきっと、機体とのシンクロを崩される事無く、片足立ちで踏み止まれていた筈だ。

 

 見ろ。

 精根尽きはてたリーオーが、とうとう崩れ落ちてくる。

 今度は残心を取る余裕すら残っていまい。

 このまま踏み止まり、高らかと諸手をあげてVサイン。

「勝っちゃったもんね~」

 それで勝ちだ。

 

 勝ちだと、言うのに。

 

「くぅッ!」

 

 崩れ堕ちるリーオーの体を、ガシリ、と膝立ちで抱きとめる。

 と言うより、必死でしがみ付く。

 そうしなければ、体勢を保つ事が出来ない。

 

 唐突に思い出した。

 生徒数僅かに67名。

 村立根平小学校での、校長先生のありがたいお言葉。

 

『人と言う文字は、お互いが支え合って成り立っているのです』

 

 後列のマセた上級生たちは、クスクスと笑い合っていた。

 そんなのはウソっぱちだ、どう見ても長い方が楽をしているじゃないか、と。

 ハン、と自分は鼻で笑った。

 たわけ共め。

 そこまで分かっているならば、黙って長い方の側に回れば良いのだ。

 

(そのわしが、よりによってコイツを支えるのかよ……!)

 

 畜生。

 ぎりりと奥歯を喰い縛る。

 リ・ガズィの肩、ずしり、とリーオーの重みが乗っている。

 アムロの体に、ナガラ・リオの温もりが乗っている。

 そうして気付く。

 あの話は、正しい。

 理不尽であっても不平等であっても、とにかく今、こうして抱き合い、支え合わぬ事には機体を維持出来ない。

 

 

 ――カン! カン! カン! カン!

 

 

 けたたましいゴングの音が、架空の空に響き渡る。

 

『因縁の死闘ッ! ついに決着、いや、決着……つかずッ!!

 何と言うッ何と言う幕切れでありましょうかッ!?

 こんなにも美しく、これが、これがガンプラファイト――』

 

 感極まったMS少女の支離滅裂なアナウンスが、大観衆の絶叫の中に消えていく。

 

「あ、ああ……」

 

 キャピタル・タワーの最上階にあって、リー・ユンファも一人、吐息をこぼしていた。

 舞台中央でもつれ合う二つの機体。

 

「素晴らしい、しかし、何と言う……」

 

 リーは震える指先を黒眼鏡に差しかけ、しかし、やがて大きく嘆息を吐いて俯き、ゆっくりとソファーから立ち上がった。

 

「お手数おかけしました。

 それでは行くとしましょうか、イオリさん」

 

 突然の言葉に、傍らで試合を観戦していたイオリ・タケシが、思わず目を丸くする。

 

「行く……、って、宜しいんですか、ミスター?

 主催者がこんな状態でほっぽり出したんじゃ、閉会式どころじゃないでしょう」

 

「ええ、もう十分。

 優秀な助手を抱えておりますので、後は彼女がうまくやってくれますよ」

 

 それに、と。

 リー・ユンファは黒眼鏡ごしに寂しげな笑いを見せ、付け加えた。

 

「だって、寂しいじゃないですか。

 祭りの終わりを見届けるって言うのは、ね」

 

 

「……のう、リオ。

 いつぞやの話、覚えとるかや?」

 

 観衆の大歓声に紛れるように、ぽつり、とアムロが耳打ちした。

 

「戦いの決着は、敗者が地面に這い蹲るもの。

 確かうぬとは、そう言う事を話したよな?」

 

「…………」

 

「じゃったら、じゃったらこれは、引き分け、じゃ。

 忌々しい話じゃが、わしはもう、お主を抜きに体を支える事が叶わん。

 折角うぬのために用意したしゃぐまも、巻き付けてやる余裕が無いわい」

 

「…………」

 

「のう、リオよ。

 うぬには話しても分からんじゃろうが、天才の世界っちゅうのは、思いの外、ヒマじゃ」

 

「…………」

 

「うぬがよ、ど~っしても決着を付けたいって泣いて頼むんならよ。

 その、考えてもやらんほど狭量なわしでもないんじゃぞ」

 

「…………」

 

「……わしはの、大事な話をしとるんじゃぞ、リオ。

 寝たふりをする莫迦があるかよ?」

 

「…………」

 

「たわけ、阿呆、死んでしまえ、バーカバーカバーカ」

 

「…………」

 

「……ホントは起き取るんじゃろ、リオ?」

 

「…………」

 

「………」

「……」

 

「…」

「」

 

 

 折よく高らかと打ち上げられた花火の轟音が、少女の本心を掻き消し続けてくれていた。

 救い難い格闘オタクたちの大絶叫が、いつまでも仮初の夜空を焦がし続けていた。

 

 祭りの打ち上げは、いよいよこれからが本番であるようだった。

 

 

 

 

 

 




第一回ガンプラファイト最大トーナメント試合結果

・第一試合

 ナガラ・リオ(リーオー虎徹)○-●サマワッカ・イーヲ(ハヌマーンフラッグ)
 寸止め

 月天山(SUMOU金時)○-●クマダ・ブンキチ(モリノーク・マサーン)
 徳利投げ

 ルクス・ランドア(フォーエバーザク)●-○ビグザム剛田(AGE-ONEタイタスNOAH)
 飛びつき腕拉ぎ固め

 ガチぴょん(がちもあ!)○-●ジョージ・クルス(マスターエルドラド)
 忘れられないグリモア爆裂拳

 オード・イル・タップ(ジオ・ザ・ビースト)●-○アカイ・ハナオ(アカハナ専用アッガイ)
 高高度ダイビングゼーゴックボディプレス

 ギンザエフ・ターイー(ギギム)●-○モーラ鬼灯(ビルドノーベル)
 変形カベルナリア

 マー・ションア(婆鎖唖護)●-○ハリマオ(バクバクゥ)
 噛み付き投げ

 アムロ・レン(リ・ガズィ風月)○-●ヤマモト・アスラ(アスラガンダム)
 しゃぐま絞め

・第二試合

 ナガラ・リオ(リーオー虎徹)○-●月天山(SUMOU金時)
 ※月天山の棄権

 ビグザム剛田(AGE-ONEタイタスNOAH)○-●ガチぴょん(がちもあ!)
 ※モップさん乱入による反則負け

 アカイ・ハナオ(アカハナ専用アッガイ)●-○モーラ鬼灯(ビルドノーベル)
 不知火

 ハリマオ(バクバクゥ)●-○アムロ・レン(リ・ガズィ風月)
 根止め

・準決勝

 ナガラ・リオ(リーオー虎徹)○-●ビグザム剛田(AGE-ONEタイタスNOAH)
 永樂流ウラカン・ラナ・インペルティダ

 モーラ鬼灯(ビルドノーベル)●-○アムロ・レン(リ・ガズィ風月)
 点血止め


・決勝戦
 ナガラ・リオ(リーオー虎徹)△-△アムロ・レン(リ・ガズィ風月)
 ※両者ダブルノックアウトによる引き分け



・おまけ MFガンプラ解説⑱

機体名:リ・ガズィ風月(リペア)
素体 :リ・ガズィ(機動戦士ガンダム 逆襲のシャアより)
機体色:白・藍
搭乗者:安室恋(アムロ・レン)
必殺技:根止め、しゃぐま締め、合気 他
製作者:安室恋(アムロ・レン)

 アムロ・レンがガンプラ・ファイトトーナメント本戦に向け作成したMF。
 前作に当るディジェ花鳥の設計思想をベースとしつつ、プロトリーオーとの野試合における反省点を元に改良を加えた後継機である。
 古武術の蔓を活かすしなやかな指先など、基本的なコンセプトは前作を踏襲する一方で、歪なボディバランスを見直しベース機に準じた改造に留めるなど、全体的にマイルドな調整が施されている。
 広めに取った脚部スカートや、『袖付き』の腕部など、外見には女舞術家らしいアレンジが加えられている。
 開閉式の後部メットカバーの内側には、アムロ本人を連想させる赤髪が収納されており、展開時には髪の毛を使った首絞めが可能となるが、これもどちらかと言えば意匠的なこだわりが強い。
 このメットは対ハリマオ戦において破損したため、後に常時ロングヘアーの『リペア』へと改修された。
 リーオー虎徹の『剛』に対し『柔』の機体と評された本機であるが、決勝戦では自ら果敢な打撃戦を敢行し、凄絶な殴り合いの果て、相打ちと言う結果に終わった。





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