ガンプラ格闘浪漫 リーオーの門   作:いぶりがっこ

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ココロオドル

【只今戦闘準備中!

 第一回ガンプラファイト最大トーナント 決勝戦は21:30開始の予定だよ~ん(≧▽≦)】

 

 液晶の画面に、可愛らしいファントで書かれたアナウンスが踊っていた。

 

 闘技者が去り、無人となったはずのコロッセウムの上で、小さな影がちょこまかと踊っていた。

 MS少女であった。

 今やすっかり、SDサイズと化したBB少女であった。

 具足の上からいっちょまえに陣羽織を纏ったBB少女が、鳴り続ける音楽のままにココロオドリEnjoy! していた。

 

「ハム姉きゃわきゃわ」「今北産業」「あ~んモーラ様が死んだ・゚・(ノД`)・゚・」

「この番組は、㈲アカハナ土建の提供でお送りしております」「う~トイレトイレ」

「READYGO!」「READY GO」「Ready Go!」「LEDY GO!」

「READY GO!!」「※Gガン的な意味で」「READY GO!!」

「弾幕薄いぞ!何やってんの!」「wktk」「副音声の方がオススメですぞ」

「薄くねえよハゲ」「ビグザムだけはガチ」「また髪の毛の話してる・・・」

 

 三十分の小休止にも関わらず、一向に減る気配を見せないアバター達のコメントが飛び交う。

 仮想空間(ヴァーチャル・リアリティ)

 ともすれば忘れがちになるが、今宵、繰り広げられている闘いは、現実であって現実では無い。

 このガンプラバトル全盛期の時代にあって、各地に雌伏した救い難き格闘技オタクたち。

 彼らの熱情によって、この電子空間は支えられているのだ。 

 

 ときめき。

 高鳴り。

 きらめき。

 

 待ち焦がれていた。

 モニターの中のコロッセオを通して、格闘技を愛するマイノリティー達が一つになっていた。

 世界中の、誰も彼もが昂っていた。

 

 稚内でも、フィラデルフィアでも、バリでも、鹿児島でも、弘前でも、モンテズマでも、バンコクでも、泉州でも、南の島でも、大阪でも、メトロシティでも、ムンバイでも、根平島でも、リオデジャネイロでも――、

 

 ――そして極東のコンクリート・ジャングル、東京の片隅、うらぶれた木造の旧家でも……。

 

 

「おーい、風呂、空いたぞ」

 

 わしわしと、茹で上がった赤髪をタオルで拭いながら、カミキ・セカイが襖を開ける。

 たちまちがやがやとした雑談が、少年の耳に届いた。

 

 普段ならば、姉一人、弟一人の閑静な住居である。

 だが、今は暦の上では夏休み。

 しかも、ただの夏では無い。

 

 今春、ガンプラバトル選手権・西東京地区予選において見事優勝を果たした、聖鳳学園中等部

「トライ・ファイターズ」

 夏休みが明ければ、すぐにでもアツイ全国大会の幕が切って落とされる事になる。

 今は正に、各々の機体を仕上げる追い込み時期。

 カミキ家を舞台にした、プチ合宿の真っ只中と言う訳だ。

 言う訳……、なのだが。

 

「――もう、分からない人ね! 今はそんなのにうつつを抜かしてる状況じゃないでしょ?」

「そんなの、って……、違うんだよ、これは――」

 

「……って、ありゃ?」

 

 室内に入った途端、セカイは異変に気が付いた。

 今頃は皆、黙々とパーツの調整を進めているだろうと思っていたのだが、何か様子がおかしい。

 二人の少年少女が、部屋の中央で何やら揉めているようだ。

 

「シモンにギャン子、何やってんだ、お前ら?」

 

 ぽつり、と疑念が洩れる。

 呟いてみて、改めておかしな組み合わせだ、と思った。

 

 二人は元々、聖鳳のバトル部では無く、東京大会を通じて知り合った、言わば好敵手(ライバル)である。

 セカイ達の様子を気にして駆けつけてくれた助っ人と言う訳で、ほとんど初対面同士の組み合わせだった筈なのだが?

 

「あら、セカイくん!」

 

 セカイに呼び止められ『ギャン子』と呼ばれた少女の顔が、ぱっ、と華やぐ。

 聖オデッサ女子学園三年、サザキ・カオルコ。

 その愛称は容姿や性格に由る所では無く、日本有数のガンプラビルダーである兄から受け継いだ、過剰なまでのギャン愛に由来する。

 実力相応の自信家であり、実際、腐れ縁の関係であると言うホシノ先輩と、度々角突き合わせている所を目撃しているセカイではあったが、少なくとも初対面の男子に喧嘩を売るような女ではない……ハズだ。

 

 そのギャン子が、栗色のツインテールを揺らしてセカイに訴える。

 

「ねっ、セカイくんからも言ってあげてよ。 

 今の私たちには、ガンプラ製作以外の回り道をしてる暇はないんだ、って」

 

「うん? ああ、まぁ……」

 

 どう答えて良いかも分からぬまま、困ったように向かいの少年に目を向ける。

 イズナ・シモン。

 常冬中学のエースであり、ガンプラを始める前はボクシングの中学生チャンプだったと言う異色のファイターである。

 その経歴通り、絵に描いたようなネアカのスポーツ少年であり、セカイとも何かとウマの合う相手であった。

 また、難病の弟がいる事情もあってか周囲の面倒見が良く、同年代の友人たちよりも、幾分、落ち着いた雰囲気を持った少年でもある……、常ならば。

 

「いや、だから、そんな事は分かってるんだよ! 俺だって……」

 

 そのシモンが、柄にも無く狼狽していた。

 ひどくうろたえ、取り乱していた。

 と、言うよりも必死だった。

 その姿はまるで、

「ジオンが核ミサイルでガンダムをコロニーごと吹き飛ばそうとしているのを知った男の子」

 のように切実であった。

 

「けど、だからこそ次の決勝だけでも見ておくべきなんだ!

 特にカミキ! お前は……」

 

「え! 俺!?」

 

 唐突に話を振られ、思わずセカイが鼻白む。

 キョロキョロと、助け舟を求めるように室内に視線を泳がせる。

 

「なぁ、ユウマ、決勝って何だ?」

「…………」

 

 咄嗟に視界に収めた、チームメイトのコウサカ・ユウマに疑問を振る。

 だが、そのコウサカ少年は、無言。

 姿勢を正して正座を組んで、長机の上のノートパソコンの液晶を、眼鏡の奥から睨みつけるように見つめ続けている。

 

 傍らにいたポニーテールの少女、ホシノ・フミナが、取り繕うに口を開いた。

 

「ええっとね、イズナくんが、どうしても『これ』を見ておけって言うのよ。

 ビルドバーニングの組み立てに入る前に、って」

 

「これ?」

 

 ホシノ先輩に促されるままに、モニターをユウマの上から覗き込む。

 

「……これ、って」

 

 ガンプラバトルであった。

 ノートパソコンの液晶の奥に広がっては、この新学期以来すっかり馴染みとなった戦いの光景であった。

 絡み合う二つの鋼鉄の巨体。

 だが同時に、どこかしら、言い表し難い違和感があった。

 何かが足りない、何かが異なる。

 

 宇宙を駆ける機影が無かった。

 ビームライフルの閃光が無かった。

 ミサイルポッドの爆音が無かった。 

 弾幕に揺れる廃墟が無かった。

 ぶつかり合うビームサーベルの輝きが無かった。

 

 代わりにあったもの。

 年季の入った、重厚な円形闘技場(コロッセオ)

 赤々と夜空を焦がす、篝火。

 ぶつかり合う拳と、軋む金属の音。

 そして、ヴァーチャルにしてはどこか憑かれたような、観客の熱狂。

 

「……非公式の、ガンプラバトル大会の映像なんですって。

 ブースターも武装も、一切使用禁止の……」

 

 ホシノ先輩の説明が、右から左へと抜けていく。

 

 軽やかに大地を蹴る、細身のフラッグ。

 高らかと天を突く、太い黄金の脚。

 手四つ。

 月光に震えるアッガイ。

 ガチぴょんチャレンジ。

 漢のボーナスステージ。

 真紅の軌跡を描く、ザクⅡのグローブ。

 牙、牙、牙、爪、爪、爪。

 ノンビームラリアート。

 

 なぐりあい、宇宙(そら)――

 

 なんだろう?

 これは一体、いかなる光景であるものか?

 わからない、分からないが、しかし……。

 

「……なんか、スッゲーな、これ」

 

 率直に感想が零れた。

 そう、理解できずとも、ふつふつと胸に湧き上がるものがある。

 これはきっと、そういう光景である。

 真っ当に、どうしようもない男の子であるならば、必ず。

 

「そう、そうなんだよ! 分かるだろ?」

 

 傍らで、感際まったシモンが叫ぶ。

 

「闘ってるんだよッ!

 ルクス・ランドアが! 月天山が! ビグザム剛田が! 

 ギンザエフ・ターイーが! モーラ鬼灯が! オード・イル・タップが!

 サマワッカ・イーヲが! ガチぴょんが! ガンプラで!

 こんな、こんなの……、見逃すワケにいかないじゃないか!!」

 

「だ~か~ら~、そんなワケ無いって言ってるでしょ。

 ガチぴょんがプロの格闘家と闘えるハズ無いじゃない。

 あとビグザムって誰よ?」

 

「へえ……」

 

 口元に無邪気な笑いを浮かべ、ぽつり、とセカイが言った。

 

「で、ドアンだかザンギだかって、誰? 強いのか?」

 

「え……? な、なんだってお前が知らないんだよ!?」

 

「いや、だって、ギアナにはテレビとか無かったし」

 

「くうっ!」

 

 シモン少年が、哭いた。

 残酷な世界があった。

 

 齢五十にもなるボクサーが全盛期のパンチを放つ。

 それが、どれだけ凄い事であるか?

 その伝説の拳を真っ向から受け止める、プロレスラーの太さが。

 そのレスラーをも圧倒する、ガチぴょんの恐ろしさが。

 CWA最強の男をリフトする偉業が。

 ラジャダムナンの英雄が競技を捨てると言う意味が。

 絶対王者に立ち向かうアッガイ乗りの勇気が。

 それが、何一つ伝わらない。

 哀しみに満ちた世界があった。

 

「けど、ギャン子の肩を持つわけでは無いけれど。

 この映像も多分、エキシビジョン……、実在の選手のスタイルを真似た『ごっこ』なんでしょ?

 今さらビルドバーニングの動きの参考になんてなるのかしら?」

 

「いや……、あながちそうとも言い切れない、みたいです」

 

 ためらいがちなフミナの言葉を遮って、それまでずっとだんまりを決め込んでいたユウマが、唸るように口を開いた。

 

「武装もブースターも一切使用禁止で、さながら生身のようにぶつかりあうレギュレーション。

 正直そんなの、ガンプラでやる意味が無いじゃないか、なんて思っていましたが。

 少なくとも、彼らはそうは思っていない、本気です」

 

「本気?」

 

「機体の作り込みが違います。

 どの機体も、不要なパーツを削り、関節の稼働域を確保し、機体の強度と重量バランスを見ながら、慎重に調整を重ねている。

 僕は生憎、格闘技には詳しくありませんが、それでも彼らが、元ネタのファイターの動きを再現しようと腐心しているのが伝わってきます。

 そこいらの、よくある同好会のレベルじゃない」 

 

 ユウマの解説に、セカイが心の中で頷く。

 ガンプラの改造について造詣が深い少年ではないが、それでも伝わってくるものがある。

 

 本場タイのナックモエが放つ、鞭のようにしなるミドルキック。

 銀盤の上を跳ねるような、鮮やかなダブルアクセル。

 地面スレスレを疾る、弾丸タックル。

 バックドロップ。

 中国拳法、散打、その神秘。 

 猛り狂う野生の牙。

 軽やかに舞う、炎の髪の乙女。

 

 ここまでであったのか、と、思う。

 自分とビルドバーニングのコンビだって、そう捨てたもんじゃないだろう、と言うくらいの自負はある。

 だが、無限の可能性に自らの夢を重ねた愛機と、彼らの目指す理想の機体とでは、そもそもの解法が異なるようであった。

 

 ガンプラとは、ここまで削ぎ落せる物であったのか。

 武装を捨て、バックパックを捨て、シールドを、装甲を捨てて。

 一切の虚飾を捨て去り、こうまでも肉体の本質に近付ける代物であったのか……。

 

「――特に、この決勝まで上がって来た銀色のリーオー。

 これの製作者は、おかしい。

 外見こそぱっとしない機体ですが、機体強度と稼働域の両立のために、おそらくはフレームを一から自作しています。

 何と言うか、ファイターの癖の一つ、息遣いの一つまで見逃すまいとする、執念が伝わってくるような……」

 

「ん? りー、おー?」

 

「って、おい!? 無理やり割って入って来るなよ」

 

 ユウマの抗議を聞き流し、セカイがまじまじとモニターを凝視する。

 

「…………」

 

 鈍色の機体であった。 

 液晶のモニターの中にもう一つ、TVモニターのような頭部を持った機体が存在していた。

 渋い黒鉄の骨格を覆う、白銀の外装。

 足先に、まるで生身のように生やした五本の指。

 それ以外にはさしたる特徴を見出せぬ、まるで量産機と言う概念を、そのまま形にしたような変哲も無いMSであった。

 

 そのテレビ顔が、天地上下に構えていた。

 空手家の構えである。

 空手道が三雷会を経て体系化し、一つの競技として成立する前の、古風な武術家の構えである。

 それでいてテレビ顔は、次の瞬間には、まるで瑞々しい若木のようにその身を揺らした。

 

 壁を蹴り上げ、頭上より迫るフラッグの、更に上を取って大上段に斬り伏せる。

 白砂を巻き上げ、スモーの顔面を強かに蹴り上げる。

 両腕を廻してタイタスのナックルパートを捌き、返しの正拳を寸で極める。

 

「…………」

 

 見覚えが、ある。

 カミキ・セカイは一週間ほど前に、こう言った古流の空手を使う若者と、拳を交えていた。

 

「おい、いい加減離れろ、暑っ苦しいだろ!」

 

「この、テレビみたいな顔した奴、リーオー、って言うのか?」

 

「……? ああ、そうだ。

 OZ-06MS『リーオー』

 新機動戦記ガンダムWに登場した、ACで最もスタンダードなMSの名前だ」

 

「空手家で、ナガラって言えばさ、三雷会の元九段が有名だけど。

 でも、こいつの動きは、何かイメージと違うんだよな」

 

「…………」

 

 二人の言葉を意識に入れつつ、改めてセカイが画面の中のリーオーと向かい合う。

 確かにシモンの言う通り、リーオーの繰り出す技は、伝統的でありながら、決して正当では無かった。

 競技ではお目にかかれぬ息吹をやった次の瞬間には、総合格闘技顔負けのロシアン・フックが飛び出し、また、プロレスさながらの投げを打ったりもする。

 若さに裏打ちされた猥雑な連携。

 そして、それはセカイの知る少年の体捌きとも、微妙に異なるものに感じられた。

 画面を所狭しと動き回るリーオーの姿は、セカイの知る正当な空手よりも、奔放で節操がなく、また容赦の無い戦士であった。

 

『武術家が、手の内を全て見せる時はよ……』

 

 唐突にセカイは、あの時の彼の言葉を思い出した。

 そう、自分か相手、そのどちらかが死ぬ時だ。

 その一方で確か、こうも言っていた筈だ。

 

 限られたルールの中で、出来る事を全てやって、だから安心して遊べるんだ、と――。

 

 

 ――同時刻、アミューズメントパーク・ラビアンローズ内『預言者サラサの館』

 

 ペルシア調のシックな平織の上に、今、カミキ家で話題沸騰中のリーオーが、上を向いて寝かされていた。

 そのテーブルを挟んで、狭い室内で少年少女が向かい合っていた。

 

「…………」

 

 上座に座る瓶底眼鏡の少女、ヒライ・ユイは無言であった。

 くしょくしょになった銀色の外装にニッパーを入れ、パーツの一つ一つを、ピンセットで丁寧に取り外しにかかっていた。

 

「…………」

 

 下座の少年、ナガラ・リオもまた、無言であった。

 視線を外し、ただ、無言で頭を下げていた。

 

「…………」

「…………」

 

 双方、共に無言であった。

 沈黙の室内に、パチン、パチンと言う、小気味よいニッパーの音だけが響いていた。

 

「…………」

「…………」

 

「…………」

「…………」

 

「…………すまん、ヒライ」

「……謝られるような事は、何もない」

 

 外装のバラシを終え、ふうっ、と軽く一息ついて、ヒライがようやく顔を上げた。

 

「ナガラ・リオは誤解している。

 リーオーは兵器で、消耗品。

 ショーケースに飾られるための機体では無い」

 

「それくらいの事は、俺にだって分かっちゃいるが……」

 

「トールギスのような、どうとでも戦える機体ではない。

 地べたに這い蹲り、装甲の厚い部分でかろうじて受け、凌ぎ、有るか無いかのチャンスを待つ。

 戦いの度に損耗するのは、リーオーの宿命。

 ……特にこの子は、そうなるように私が作った」

 

「だったら虎徹は、まだ戦えるのか?」 

 

「外装の柔らかさで攻撃を受け止め、フレームへのダメージを最小限に抑える。

 骨格さえ無事ならば、外装の差し替えだけで戦えるのが、リーオー虎徹。

 折れず、曲がらず、日本刀のようなMF」

 

 ――けれど、と。

 

 一つ前置きして、骨格だけになったリーオーを手に取りながら、ヒライが言葉を重ねる。

 

「けれど、物質は疲労する。

 外見にさしたる支障が無くても、繰り返し負荷を受け続ければ、内部に亀裂が生じ、強度は低下し、やがて、破断する」

 

「…………」

 

「形あるものは、いつかは壊れる。

 日本刀も、本当は曲がるし、いつかは折れる」

 

 それからしばらく、ヒライは両手でリーオーを廻し、剥き出しの骨格の一つ一つに、真剣な眼差しを向けていたが、その内にふっ、と手を止め、思い出したように言った。

 

「……ナガラ、手を、出して」

 

「ん、俺の、か?」

 

「そう、空手家の手」

 

 言われるがままに、みっちりと膨れ上がった厚い右拳を差し出す。

 ヒライ・ユイの細くしなやかな指先が、その、拳タコで膨れ上がった甲の上を――。

 

 すり抜け。

 伸びて。

 

「……えっ」

 

 ――ぽすん、と、リオの胸板を叩いた。

 

「…………」

 

 一瞬、何をされたのか分からなかった。

 

 リオの右手の甲に重ねられる筈だった白い指が、今、胸の上で正拳の形をとっている。

 どう言う事か?

 フェイント、不意打ち、騙し打ち。

 信じられない。

 ヒライが殴った!

 

 酷いッ!?

 

 いや、そうじゃない。

 形ある物はいつかは壊れる。

 成程、そう言う話であったか。

 さすがはヒライ、良く見ている。

 

 一回戦、首相撲からの膝。

 二回戦、横綱渾身のブチかまし。

 準決勝、プロレスラーからの情け容赦の無い重爆。

 わずか一夜の内に、嵐のような乱撃に曝され続けた未熟な胸骨。

 その骨の上に、今、少女の華奢が拳が乗った。

 つまり。

 

 痛い。

 痛いッ!?

 痛えええええェェッッ!!!!!

 

 堪えろ、馬鹿。

 思い切りヒライが見ている。

 さっきの試合で、やった通りにすればいい。

 これは、罰だ。

 戦いの中で戦いを忘れた。

 ランバ・ラルなら即死だった。

 なんでこう、覚悟の伴わない痛みと言うのは耐え難いものか。

 トレーズの乗ったリーオーならば、耐えるのだろう。

 だったら自分も、平気だ。

 凌いでみせる。

 エレガントに、エレガントに、そう、あくまでもエレガントに……。

 

「…………」

「…………」

 

「…………」

「…………」

 

「…………助かったよ、ヒライ」

 

 長い沈黙の後、ポケットの中の戦争を乗り越えたリオが、死んだ魚のような目をして、言った。

 

「殺されたんだな、俺は。

 完全に油断していた。

 今のがアイツの拳だったら、本当に危ない所だった」

 

「…………」

 

 じっ、とヒライが無言の視線を向ける。

 底知れぬ瓶底眼鏡の奥の瞳が、「そう言うこっちゃ無いだろ」としきりに訴え続けているが、今のリオには誤魔化す事しか出来ない。

 やがて、ふう、と一つ溜息がこぼれ、再びヒライが、呟くようにポツリと言った。

 

「ナガラ」

「うん」

 

「……大丈夫、だから」

「えっ」

 

 言葉の意味を掴みかねて、少女の瓶底眼鏡を真正面からまじまじと覗きこむ。

 少なくともそこに、リオの行為を咎めるような濁りは見出せなかった。

 

「私が直すから。

 リーオーの拳は、もう、あなたを残して壊れたりはしない。

 あなたの足手まといには、ならない」

 

「そんな事は……」

 

 分かっている。

 信頼している。

 心配した事など、ない。

 けれど、ヒライ・ユイがここに立つ意味を思えば、重要な事だ。

 

「リーオー虎徹は、ナガラ・リオの為のガンプラ。

 私もリーオーのパーツの一部。

 余計な気を回してもらう謂れは無い」

 

「ああ」

 

 その通りだ。

 ガツン、と己の拳を額に当てる。

 自分の方から誘ったのだ。

 戦場で、己が背中を預けるパートナーに。

 下らぬ強がりや、無意味な隠し事をするべきでは無い。

 

「ヒライ」

 

 顔を上げ、改めてヒライ・ユイと、己が心情と向かい合う。

 

「アムロ・レンが上がって来た。

 俺の方からこの大会に誘った、あの女が、だ」

 

 真っ直ぐなリオの言葉に、こくり、とヒライが頷く。

 

「すまねえ、ここから先は俺の私闘だ。

 お前には迷惑ばかりかけちまうが、どうしたって、やりたい。

 余計な心配ばかりかけちまうが、もう一戦だけ付き合ってくれ」

 

「……私闘、なんかじゃない。

 あの日の根平での戦いは、この子にとっても始まりの場所」

 

 淡々と、しかし強い意志の籠った声で、ヒライが応じる。

 

「あなたが戦いたいと望む事には、私には私なりに、ちゃんとやってみる価値がある。

 リーオーは必ず、最後まで持ち堪えさせてみせる、だから」

 

「……頼む」

 

 どう返答するべきか一瞬悩み、しかし結局、いつも通りの声をヒライにかける。

 ナガラ・リオの戦いに付き合う事を、ヒライ自身が望んでいる。

 そこから先は彼女の領分。

 決戦を前にしたリオが余計な心を割く事は、ヒライの意志に対する不実である。

 

「ナガラ」

 

 そう、腰を浮かしかけた所で、再びヒライに呼び止められた。

 

「私の事なんて、忘れてしまって構わない。

 今のナガラが考えるべきは、自分の事と、アムロの事、それだけ」

 

「アムロの……?」

 

 

『――準決勝の最後で見せた、彼女の立ち振る舞い。

 あれは、何て言うか、普通では無かった』

 

『――あれが単なる、達人の境地と、私の杞憂だと言うなら構わない、けれど……』

 

『――それは違う、チャンスがあるとすれば、ナガラだけ。

 ナガラ・リオのおまけに過ぎない私には、出来ない事。

 

『――ナガラがそうであるように、アムロもあなたとの戦いを望んでいる。

 彼女がガンプラ・ファイトの舞台に立つ理由は、あなた、だから……』

 

 

 ――カラン、コロン。

 

 

 下駄が鳴る。

 無人のアミューズ・メントパークに、時代遅れの下駄履きの音が響く。

 

 ナガラ・リオ、一人であった。

 大規模な広場の跡地に、月明かりと少年だけが佇んでいた。

 

 ヒライ・ユイの言葉が、気になっていた。

 

 アムロ・レンの立ち振る舞い、それが普通では無かった、とヒライが言う。

 当然であろう。

 あの『女帝』モーラ鬼灯が、何ら反応も出来ずに真正面から落とされたのだ。

 普通である筈が無い。

 

 あの瞬間、スリーパーに捕われ、意識を失いかけていたアムロの身に、何が起こったのか?

 正確に窺い知る事の出来る人間などおるまい。

 事によっては、当のアムロ本人にすら理解できていないのではあるまいか?

 

 一つだけ確かな事。

 アムロ・レンは、あの試合で化けた(・・・)

 闘技者として、別の舞台へ移行したのだ。

 

 リオにだって、戦士として経験が無いでもない。

 幼い頃に亡父によって導き出された、細胞の一片に至るまで雷鳴を浴びたかのような目覚め。

 自身の内に、別の宇宙の存在を垣間見たかのような、異質の感覚。

 アムロはそれを、万を超す観衆がはっきりと理解できるレベルでやったのではあるまいか?

 

 だとするならば、先ず心配するべきは、アムロの心境では無い。

 己の命の方だ。

 近代格闘技の頂点を以てして、てんで太刀打ち出来なかった『達人』の境地。

 次にあれを受けるのは、他ならぬ自分自身なのだ。

 

 だが……。

 

『あの時のアムロ……、何だか寂しそうに見えた』

 

 ヒライ・ユイの言葉、正鵠を得ていた。

 彼女の言葉によって、欠けていたピースが埋まったような感覚があった。

 あるいは素人のヒライだからこそ、却って色眼鏡を外した感想が持てたのかもしれない。

 

 あの時、訳も分からぬままに震えた己の両肩。

 あれは正しく、武の頂に立つアムロの姿に、どうしようもない孤独を感じたからではないのか?

 

「……下らねえ事を」

 

 考えている。

 武の頂点に立った者の境地などと、自分には手の施しようも無い事象について考えている。

 もうわずかに十数分もすれば、己の身を削り、心魂を燃やし尽くすような死闘が始まる。

 それなのに自分は、アムロの事を考えている。

 アムロの事を心配する、ヒライの気持ちを考えている。

 

 女々しい話である。

 魂が何だが、すとん、と底深い泥土に嵌ってしまっている。

 こんな心境で、果たしてどこまで闘えるものか?

 闘いの前と言うのは、もっと昂り、奮え、張り詰めているべきではあるまいか。

 

 静寂の夜会に、ドン、ドン、と言う彼方からの太い音が、微かに大気を震わせる。

 

 夏の終わり。

 麓辺りで打ち上げられている花火の音が、この廃墟の空にまで届いているのかもしれない。

 人里離れた夜の侘しさが、あるいはこんな、柄にもなくセンチな気分を引き出すのであろうか。

 

「……わからん」

 

 結論を確認するように、ぽつりと一つ呟く。

 思考の放棄、それもまた回答の一つである。

 元よりナガラ・リオにとって、脳髄は物を考える処に非ず。

 いつだって物を考えるのは、義務教育もまともに終えて無い脳みその方では無い。

 己が標、骨肉に至るまで空手の宿った肉体の方だ。

 

「わからん」

 

 さっきよりも、はっきりと声に出して言う。

 これで良い。

 考えた所で分からない物は分からない。

 わからないものは丸ごと押入れにでも放り込んで、まっさらな気持ちで事に臨むのが良い。

 

 アムロ・レンともう一度やりたい。

 根平で伝えた素直な気持ち。

 その一つだけを持って行けば良い。

 必要があれば、その時自分の肉体は、リーオーの拳は自然に動く所であろう。

 つまりは出たトコ勝負。

 ヒライには悪いが、結局はいつも通りにやるしかない。

 

「……まるで、次元覇王流、みたいだな」

 

 ふへっ、と自嘲がこぼれる。

 唐突に、己が全身で歓びを放つように闘う、赤髪の少年の屈託の無い笑顔が脳裏をよぎった。

 拳を通して思いを伝える、拳を重ねて相手を理解する。

 それは本来ならば、武術、ではなく武道の領域だ。

 新生永樂流とやらも、随分と毒されてしまったものだ。

 

「…………」

 

 ふ、と笑みが消え、幾分軽妙になりかけていた下駄履きの音が、止まった。

 

 開けた広間の中央。

 ポッ、と一つだけ灯った街灯の下に、思わぬ人影を見出したためである。

 

 暗闇の中、ライトの光を浴びて煌めく深紅の長髪。

 サンダル履きに、珍しくも清楚な白のワンピースが、僅かばかりの風を孕んで長身に映える。

 

 アムロ・レンである。

 格式ばった胴衣を脱ぎ捨てたアムロが、どこか超然とした色の瞳で、彼方の闇を、じっ、と見つめていた。

 

「…………」

 

 足を止め、しばし遠目に好敵手の姿を見る。

 口惜しいが、美人である。

 ああして一人、スポットライトの下で佇んでいる分には、本当に絵になる女である。

 これで、隙あらば金玉を蹴り上げるような女でさえなければ、申し分無いのだが。

 

(……さて)

 

 アムロの人となりはさておき、問題はこの後だ。

 行くか、戻るか?

 

 今ここで、罪人でもないリオがアムロに対して気を遣う理由など無い。

 だが時は決戦前。

 それもスポーツやガンプラバトルでは無く、果たし合いにも等しい殴りっこの直前である。

 集中力を高めるべき、大切な時間。

 ましてや、今のリオには持ち合わせが無い。

 アムロに問おうと試みていたアレやコレやは、苦労して押入れに詰め込んだ直後であった。

 

(やっぱ、戻るか……)

 

 それがいい。

 どうせさしたる用件も無く、表をぶらついていただけの身分である。

 これから真剣勝負をやろうと言う時に、敵と駄弁る剣豪がどこにいる?

 

 そう考えて退こうとした。

 しかし、肝心の足の方が、中々に動いてはくれない。

 逃げる、と言う行為自体に引け目を感じているのだ。

 

 目の前に立ち塞がるもの全てを蹴散らして己が道をいくのが永樂流の空手。

 その継承者が、女と顔を合わせるのが億劫で腰砕けになるなど、とんだ笑い草だ。

 ヒライに対しても合わせる顔が無い。

 そんな僅かばかりの精神的な負い目が、最後の最後のせめぎ合いで明暗を分けかねないのが、実戦と言う場所だ。

 余計な荷を背負いたくない。

 何一つ非を持たない真っ白なナガラ・リオで、真正面からアムロと闘いたかった。

 

「よう出歯亀、いつまでそうしとるつもりじゃ?」

 

「……そんなんじゃねえや」

 

 思案に暮れている内に、とうとうニュータイプの方からお声がかかってしまった。

 一つ溜息を吐いて、少女の下へおずおずと近づく。

 

「カカ、どうせ下らぬうぬの事よ。

 ワシの艶姿に言葉を失い、にっちもさっちもいかずに立ち竦んでおったんじゃろう?」

 

「気を使ってやったんだよ、これでも」

 

「救い難い自惚れ屋じゃのう、ナガラ・リオ。

 うぬ如きとやり合うのに、何か特別な心構えが必要なワシかよ?」

 

 カラカラと、嘲るように少女が嗤う。

 ちぇっ、と舌打ちが漏れる。

 癪に障る。

 常と変わらぬ綺麗な顔で、息をするように毒を吐く。

 そんな普段通りのアムロの姿に、ひどく安心している自分がいる事に、無性に腹が立った。

 

「さて、まずは褒めてやろうかのう。

 偉い、偉いぞ、リオよ」

 

「何の話だ?」

 

「うぬがよ、ワシとやりたい一心で、ようここまで勝ち上がってきた事よ。

 途中でマジに、おっ死ぬかとでも思うとったんじゃがの」

 

「よく言うぜ、お前こそ何度か死にかけていやがったクセによ」

 

「……? あったけ、そんな事……?」

 

 ぱちくりと、目を瞬かせるアムロの顔をまじまじと覗き見る。

 マジで言っているんだとしたら、やはりアムロは天才だ。

 都合の悪い記憶を、軽々と忘れ去ってしまう、悪魔のような天才。

 

「それで一体、今宵はなんじゃ?」

 

「なに?」

 

「なんぞワシに、言いたい事でもあるようなツラに見えたんじゃがの?」

 

「…………」

 

 満面の笑顔のアムロを前にして、リオが途方に暮れる。

 今宵、このタイミングで出会ったのはただの偶然だが、話す事が無い訳では無い。

 さりとて一体、どこから話を切り出すべきか?

 

「ああ、その、ヒライが、よう……」

 

「そんな話は聞きたくないの!」

 

 たちまちアムロが眉をしかめ、口にしたリオも、内心しまったと顔を歪ませる。

 ヒライ・ユイは関係ない。

 そんな女々しい逃げがあるものか。

 聞くべきは全て、自分の口から、自分の言葉で聞くものだ。

 無言で金的を蹴り上げられなかった分だけ、アムロにしては優しい対応であったかもしれない。

 

「……いや、あいつの修理が、時間がかかりそうなんでな。

 時間を持て余してぶらついてただけだよ」

 

「ほ~う?」

 

「ほれ、今日はヤケに、月がきれいだから、よ……」

 

 会話に困ったリオが、とりあえず話題をそこいらの月へと振る。

 言った瞬間、「なんじゃそりゃ?」と、自ら心の中で突っ込む。

 元より話術に乏しい男であったが、こうまで物を考えられぬ脳髄であるとは、自分でも思っていなかった。

 

「……カッ」

 

 たちまち傍らで、悪魔の笑みが咲いた。

 

「カカカッ! カーカカ! カーッカッカッカッカッカッカッ!!」

 

 アムロ・レンが嗤う。

 嗤う。

 嗤う。

 嗤う。

 いつかの因縁の死闘の前のように、腹筋が崩壊して死にかねない勢いで身をよじらせる。

 

「……俺がこんな事を言うのが、そんなにおかしいかよ?」

 

「カカ! いや、すまぬのう、リオよ。

 ちィ~っとも、おかしくなんぞないわい。

 ただのう、そこまでうぬに想われとるとは知らなかったでの、ちぃと動揺してしもうたんじゃ」

 

「想われる……?」

 

 怪訝な表情を浮かべるリオの前で、にい、と悪魔のような女が邪悪な嗤いを作る。

 

「先のうぬの台詞はよ、ナガラ・リオよぅ。

 古来よりこの国では愛の告白を意味すると相場が決まっとるんじゃ」

 

「なッ!? ンだとォ!!

 なんだって、そんな事になっていやがるンだ!?」

 

「カカッ カーカカ、こやつめカカカ!

 だ~からうぬは、阿呆なのじゃ~カカカ!」

 

「~~~~ッッ 知るかッ! ンな事!!」

 

 無人の中央広場に、鬼の首でも取ったかのような悪魔の嗤い声がこだまする。

「糞!」と短く呻き、リオがそっぽを向く。

 やはり、話しかけるべきでは無かった、と心の中で思う。

 決戦に臨むための真っ白な心を、あっさりと塗りつぶされてしまった。

 

 しばしの哄笑の後、やがてアムロがふっ、と呟いた。

 

「で、どうじゃ? リオよ」

 

「……なんの話だ」

 

 ちらりと疑念と向けるリオの視線から逃れるように、けん、けん、けん、とアムロが跳んで、闇夜を背負ってくるりと振り返った。

 

「さっきの言葉よ。

 その本当の意味を知った所で。

 もう一度、ワシに言ってみる勇気はあるか、と問うておるのよ」

 

「…………」

 

 まじまじと、邪悪な嗤いを浮かべた少女の顔を覗き込む。

 外面は、これまでと差して変わらない。

 リオが真面目に同じ台詞を言えば、たちまち大喜びで腹筋を捩じらせる事であろう。

 

 だが、以前よりも、ほんのちょっぴりではあるが、気持が昂り過ぎているのではないか、と取れるきらいもある。

 最初に根平でやり合った時も、少女は飄々とした態度をとっていたが、その裏で一歩、踏み込めないような、神妙な間合いを常に保ってはいた。

 あの時と比して、今はやはり、浮かれ過ぎているように見える。

 

『あの時のアムロ……、何だか寂しそうに見えた』

 

 ヒライの声。

 肯定する。

 今のアムロの姿が寂しさの裏返しであると言うならば、信じ難い話ではあるが、目の前の少女は、無理をして取り繕っている、と言う事なのだろうか?

 

 

 

「……下らねえ事言うなよ、レン」

 

 逡巡の後、ナガラ・リオは馬鹿正直に素直な心魂を吐いた。

 

「…………」

 

「俺の気持ちは、あの時と同じだ。

 あの日の続きを、もう一度、お前とやりたい。

 細胞の一欠けらまでまで燃やし尽くしちまうような、物凄えヤツを、だ」

 

「…………」

 

「認めるよ。

 お前とやり合うために、ここまで無理して勝ち上がってきた。

 一体、何度負けた事か……、血のションベンまで出し尽くしてよ」

 

「…………」

 

「ようやくよ、舞台が整ったんだ、もう茶番はいらねえ。

 全身全霊、持ってるもん全部を、あそこでぶつようじゃねえか」

 

「……カッ! 暑ッ苦しいんじゃ、たわけ。

 童貞拗らせてくたばれ阿呆」

 

「――レン!」

 

「時間、じゃ」

 

 リオの二の句を遮って、くるりとアムロが背を向ける。

 熱しかけた少年の心金が、一瞬にして冷める。

 鵺のように飄々とした、掴み所の無い少女の足取り。

 深追いすれば、返す刃で致命傷を受けよう。

 少年の望み通りに、茶番は終わった。

 アムロ・レンが戦闘モードに入ったのだ。

 

「わしも生憎と忙しい身よ。

 うぬと遊んでやれるのも、今日で最後ぞ」

 

「レン……」

 

 闇夜に消えていく少女の背に伸ばしかけた指を、未練と共に振り払う。

 全ての答えは、向こうで直接聞けば良い。

 そちらの方が少年は得意だ。

 

 ふるり、と、知らず少年の両肩が震えた。

 夏の夜に似つかわしくない底冷えするような冷気が、少年の体を震わしていた。

 

 

 


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