ガンプラ格闘浪漫 リーオーの門   作:いぶりがっこ

22 / 31
・Bブロック二回戦 第一試合

 アカイ・ハナオ(アッガイ拳法) VS モーラ鬼灯(レスリング)
 アカハナ専用アッガイ             ビルドノーベル



嵐の中で輝いて

 ワイの名はアカイ!

 アカイ・ハナオ(赤井 鼻緒)30歳、通称『ミナミのアカハナ』や。

 

 ……って、んな悠長な事言うとる場合やないで!?

 大ピンチや!

 

 血で血を洗うガンプラ・ファイト地下トーナメントも二回戦。

 次なるワイの相手は、192cm、105kg、女子プロレス界の重鎮・モーラ鬼灯や。

 

 相手が女やからっちゅうて、ワイとてナメてかかとったワケやない。

 タッパでも目方でもワイの遥かに上を行く規格外の肉体。

 アメリカンプロレスの雄、ギンザエフ・ターイーを手玉に取る戦術眼。

 そして何より、トロフィーや賞状を並べれば、ワイのチンケな社屋なんぞ埋まっちまうとまで言う伝説的経歴(キャリア)

 

 アマレス三冠、女子プロ七冠。

 ワイが最強のアッガイ乗りを目指してゲーセンに入り浸っとった時分には、既に女帝の名を欲しい侭にしていた女。

 十度。

 ワイが腹ん底より欲してならない『世界』を、十度手にした女。

 そもそもワイ如きそこらの土建屋に、驕りや油断が許される相手やあらへん。

 

 とは言うても、勝負の土俵はあくまでガンプラ・バトル。

 ワイかて一昔前は『ミナミのアカハナ』言うてブイブイ言わしとったビルダーの端くれ。

 大会唯一のプロとして、ガタイばかりが取り柄の素人どもに遅れを取るわけには行かへん。

 どうしようもない実力の壁は、ワイのガンプラへの知識と情熱でカバーする。

 相手が誰であろうとも、ワイの魂のアッガイ・ファイトを見せつけるだけや。

 

 ……そう本気で思うとった。

 思えばそれこそが驕りの始まりや。

 

「シャッ」

 

 パン、と耳元で爆竹が跳ねよる。

 糞!

 思うとる間にもう飛んできよった。

 

 右、たぶん掌底。

 骨法、っちゅうヤツやったか?

 一昔前にプロレスで流行りよったな。

 八百長のパフォーマンスとばっかり決め付けとったが、こいつはシャレになっとらん。

 

 アッガイの丸っこい頭部に対して、密着性の高い掌は確かに有効。

 エラいタッパから振り下ろされた重爆が、脳みそに直に浸透しよる。

 頭が重い。

 視界がまるでストロボでも焚いたようで……

 

(――や、ないで!? 反撃やろ!!)

  

 アカン、アカンわ。

 腕が折れるのは構わん、足が折れても構わん。

 だが、心が折れるのだけはアカン!

 何のためにここまで来たんや?

 ワイのアッガイ道はまだ完成しちゃぁおらんのやで。

 

「にゃがァ!!」

 

 おかしな声が漏れよる。

 足もともようけ覚束へんわ。

 やが、構わん。

 素人がカッコばかり拘った所で、本職に通用するワケあらへん。

 へぼ将棋はへぼ将棋のままで、持てる創意の全てを叩き込むんや。

 

(やったら、これならどうや!)

 

 左腕をブン回しながら、パッと指先を開く。

 たちまちアッガイの拳先に、ジャキリと肉厚のネイルが展開する。

 アッガイの短い手先を補う奥の手や。

 破れかぶれに見せかけた搦め手。

 左のスウィング。

 これやったら、リーチであの化け物女にも対抗できる。

 届く、ハズや。

 

 

 ――ブオン。

 

(……!)

 

 左の指先が、虚しく空を切りよる。

 信じられん、スカ(・・)を喰ろうた。

 伸びた指先の分だけ遠心力が増して、アッガイの体が思い切り泳ぐ。

 

「……ととっ!」

 

 力一杯に右足を踏みしめ、かろうじてブレーキをかける。

 たちまちおおっ、と会場が揺れる。

 

『危なァーいッ!?

 アッガイ左の大砲、渾身のフルスイング!

 紙一重、一瞬の差で回避が間に合ったァ。

 これがアッガイファイター、赤い水棲。

 底が見えない、この素人だけは油断ならないぞぉ!』

 

 姦しいアナウンスが、耳許でガンガンに響きよる。

 クソったれ。

 ようやりおるでMS少女の姉ちゃんも。

 ホンマはようワカっとるクセに。

 

 紙一重で避けよったんやない。

『見切られ』たわ。

 純正のアッガイのリーチにプラス、前試合で見せた爪先の長さ。

 そこから逆算して、必要な分だけキッチリ下がってかわしよった。

 

 スカを喰らう。

 それが一番、アッガイの重厚な肉体には応えよる。

 あの捌き、この立ち回りがホンマに関節屋の動きやっちゅうんか?

 

 完全に計算外や。

 敵の本命が、組み付き押し倒してからの寝技である事は明白。

 やが、前試合のタップのザマを見ていれば、おいそれとタックルにはこれんハズ。

 十中八九、まずは打撃で主導権を奪いにくる。

 そこをアッガイのトリッキーな動きで翻弄し、散々にバテさせ消耗させる……、ハズやった。

 

 それがどうや?

 密かに研鑽を重ねてきたアッガイ拳法、そのことごとくを丁寧に対策してきよる。

 これじゃあこっちが一人で勝手に、飛んだり跳ねたりしとるだけや。

 エゲつないで、アマレス三冠。

 プロの闘技者が、たかだかガンプラの動きをこうまでよう研究しよるンか?

 

 ……いや、あるいはここまで徹底するからこその『女帝』なんか。

 

 高らかと両手を広げたノーベルの雄姿。

 底知れぬ威圧感。

 膝が震えよるわ。

 原型の可憐さが微塵も見当たらへん世紀末的なボディやが、この懐の深さ、タチが悪い。

 まったくもって忌々しい。

 悔しいが、この機体の仕上がりを、製作者の眼力の確かさを認めざるをあらへん。

 

 ……こん大会が始まるまで、ワイはずっと、エイカ・キミコと言うビルダーを軽蔑しとった。

 奇抜な魔改造ばかりが先行して、スラスターの並べ方一つ知らん女。

『ガンプラは自由』と言う言葉を盾に取り、機体の由来や個性すらも顧みる事無く、好き勝手にガンプラを冒涜しよる連中の仲間や、と。

 

 それがこの特異なレギュレーション、光の当て方一つで、ここまで価値観を変えよるとは。

 直に立ち合うてようやく理解出来る。

 恐らくあの女はパイロット……『中の人』の存在を想定した上で機体を強化しとるんや。

 魔改造、なんかやあらへん。

 彼女は彼女なりに、自身の中の『神』、侵されざる独自のルールに従うて闘うとる。

 

 例えば、スタン・ハンセンがゴッグを使うたならばどうや?

 ジェット・リーがナタクを使うたならば?

 若山富三郎がイフリート・ナハトを使うたならば――?

 

 そう言うた、生粋のガノタならば鼻で笑うようなしょうもないこだわり。

 その理想をGPベース上で現実のモノにできるまで機体を詰めて来よる。

 正直、まっとうな趣味とは呼べへん。

 歪んだ愛。 

 歪んでいる。

 歪んではおる、が、そこには確かに彼女なりの愛がある。

 

 そして、その愛の集大成こそが目の前の女傑、ビルドノーベル……。

 

(……ああ、そうか。

 『ガンプラは自由』とは、つまりはこう言う事やったんか……)

 

 唐突に、ふっ、と頭の上に乗っかった重しが消えよった。

 畜生。

 何や知らへんが、じわりと目頭が熱うなりよる。

 阿呆。

 そうや無いやろ?

 相手の偉大さを知ったならば、ビルダーとして出来る事はただ一つのハズや。

 

(攻撃や。

 このアッガイかて、ワイの魂を注ぎ込んだ戦友や!

 世界最強の女帝と張り合えるだけの根性を持っとるハズや)

 

 腹を括る。

 もう作戦も何もあらへん。

 ただ真っ直ぐに、今の自分に出せるモン全てをぶつけ……。

 

(……!)

 

 しもうた。

 ワイの下らん迷いを読まれてもうた。

 そびえ立つようなノーベルの体が、いつの間にか深く沈み始めとる。

 突っ込んでくる、奴さんの十八番、低空タックル――

 

(――いや)

 

 あからさますぎる。

 罠や。

 気付いたが、遅い。

 その身に刻んだアッガイの技が、思う前に反応してしまいよる。

 低く地を這うタックルを、頭部の重さで上空から潰す。

 その為の爪先立ち。

 前の試合で見せた体捌きを、目の前の女に看破されとる。

 

 

 ――ゴッ

 

 

 フラッシュ。

 衝撃。

 視界、瞬き。

 ドロップキック。

 192cm 105kg

 頭部。

 高すぎる重心。

 支えきれへん。

 倒れてもう。

 いや。

 そうやない。

 逆ろうてはアカンのや。

 

(――そうや、手足が短く頭の重すぎるアッガイ。

 下手にふんばってズッコケてもうたら、立ち上がる前に極められてまうで)

 

 思い出す、アッガイ拳法のイロハ。

 こう言う時は踏み止まろうとしてはアカン。

 吹っ飛ばされた勢いのままに距離をとるんや。

 何度も何度も練習した、ガンプラバトルにおけるアッガイ操縦法の再現。

 空中で思い切り体を畳む。

 そうすれば、球になったアッガイの体は、着地の時にキレイに一回転しよる。

 受け身がそのままエスケープになり、最小限のロスで立ち上が……

 

「な……!」

 

 嘘やろ。

 1.9メートルの女傑が、勇ましく駆けだして来るやんか。

 まるでこちらの受けを、この逃げを予測していたかのような全力疾走。

 瞬く間に巨体が迫り、貴重な距離が縮まる。

 起き上がる暇なんぞあらへん。

 どうしようもない。

 完全に詰んでしもうた。

 これは、終いや。

 

(……と、言うのに。

 ワイの体は何で動いとるんや?)

 

 分からへん。

 分からんままに体が動きよる。

 まるで、天啓。

 コイツはまさかアッガイの導きか?

 

 ジャキリと展開した両手のクロー。

 そいつをケツの後ろで思い切り砂地に突き立てる。

 そうしてグッ、と腰を浮かせ、自由になった両足を跳ね上げる。

 

 ああ、そうか。

 それがあったんか。

 逆襲のカンガルーキック。

 こん体勢から狙える唯一のカウンター。

 頭ん中がワヤになっとっても、肉体は体に刻んだ技を覚えておった。

 起死回生の一撃。

 

 なのに、それなのに……、

 

(なんでや! なんだってこん女は跳んできよるんや!?)

 

 信じられへん。

 女帝が飛んできよる。

 ルチャドーラを思わせる軽やかさで。

 まるで初めから、こちらの攻撃を読み切っていたような鮮やかさで。

 

(ワイの、アッガイの脚を踏み台に……!)

 

 跳んでくる。

 女丈夫の右膝。

 それが今、月光を浴びて輝いて――

 

 閃光。

 魔術。

 まさしくは、女、帝……。

 

 

『……シャイ……グ…ザード……炸れ……!

 信じ……せ…、実戦…………のか………』

 

 何や?

 耳元でガンガン叫びよってからに。

 こんなにキレイな月夜やってぇ、のに。

 

 分からへん。

 さっきのアレ、一体、なんやったんやろうか?

 

 クローのリーチやタックル対策、そいつが読み切られたのは、まあ、分かる。

 どちらも直前の試合で見せた技。

 世界史史上最強とも揶揄されるあの女傑ならば、即座に対応されたとしても別に驚かへん。

 

 だが、その後の後転も最後のカンガルーキックも、 彼女の前では一度たりとも見せとらへんハズや。

 それを何で、アイツはああも迷いなく飛んで来よったんやろうか?

 

 ……。

 ………。

 …………いや。

 

 ……少しだけ思い出したで。

 あの連携は過去に、一度だけ使うた事があったんや。

 

 十年前。

 ガンプラバトルトーナメント関西ブロック決勝戦。

 

 ジャブローを模した密林フィールドでの泥仕合の最中、ワイも相手の陸ガンも、持てる弾薬の全てを使い果たし……。

 凄絶な格闘戦の果て、追い詰められたワイは『アレ』を使った。

 

 ……そう言う事なんやろか?

 

 つまりあの女は、ワイの動きを過去の試合から研究していて……。

 やからこそ、今日のワイの動きを、全て読み切る事が出来た、そう言うんかい?

 

(…………)

 

 ……アマレス三冠の女帝が、ワイの試合を見ておった。

 

 世界最強の女がガンプラバトルで勝つためだけに、過去のワイの試合を、ワイ自身が忘れとった技まで研究し尽くしておった。

 

 ……そうやとしたら、

 

 だとしたら、なんて、なんて……!

 

 

 な ん て、 恐 ろ し い 女 な ん や(///)

 

 

「――じゃ、ないやろボケェ!!」 

 

 ようやく我に返った。

 恥ずい。

 一人でノリツッコミしてもうた。

 今はそんな事はエエ。

 何分、いや、何秒ワイは寝ておった。

 試合はまだ終わっとらへんのやろか?

 分からん。

 分からへんが、とにかく――。

 

(とにかく、とにかく攻撃やろ!!)

 

「おおぉおおおォおおお!!!!」

 

 廻る。

 よう分らんが、体がよう廻りよる。

 ヤツはどこや?

 とにかく今は足掻くしかあらへん。

 

 

 ――ガッ

 

 

「オワッ!」

 

 悲鳴?

 爪先に衝撃。

 当たったんか?

 ワイの攻撃が、初めて……。

 

(そうか、ワイはアレをやっとるんか……!)

 

 ようやっと状況が呑み込めてきたわ。

 今、ワイが繰り出しとるんは、アッガイの丸っこい腰部を軸にしたスピンキック。

 至近距離、どうしても立ち上がれない時のために残しておいた、最後の最後の悪足掻き。

 

(だが、これだけじゃあ終わらへんで)

 

 と言うより、終わらせてもうてはワイが負ける。

 回転を止めれば、即座にマウントを取られて関節を極められる。

 やからこそ加速する。

 肉体の加速に合わせ、回転の中心軸を立ち上がらせる。

 腰部から背部へ、背部から肩口、片口から首、そしてやがては頭部へ。

 

『な、ななな何だァァ――――ッ!?

 カポエイラ? ブレイクダンス?

 アッガイが丸っこい頭部を軸に、さながらシュピーゲルのように回転したァ―――!』

 

「死にさらせやァ!!」

 

 疾風怒濤!

 

 蹴った!

 蹴った!

 蹴った!

 蹴った!

 蹴った!

 蹴った!

 蹴り抜いた!

 

「オオ!」

 

 ザマァ見さらせ!

 全身全霊、ダメ押しの320文ロケット砲。

 防御の上から無理やりにノーベルを吹き飛ばし、ついでに反動で体を起こして距離をとる。

 

 おお!

 たちまち割れんばかりの歓声が、アッガイの肌を容赦なく叩きよる。

 ごっついのう。

 表彰台に立つっちゅうのは、きっとこんな気分なんやろな。

 

 とは言え、浮かれてばかりもおられへん。

 ガンガンに頭が痺れ、足元はもうフラフラや。

 さっきのシャイニングウィザード、ダメージが抜けん、息も続かへんねん。

 会場は押せ押せやが、ここであのグラウンドのスペシャリストに寝技を挑む言うんはあまりに無謀や。

 

(やったら、これしか無いやろ!)

 

 最後ん一呼吸。

 腹を決めて、走る、跳ぶ。

 前にではなく、後ろに。

 狙いは壁。 

 鍛えに鍛えたアイアンネイルを、ガギン、と目一杯突きたてる。

 仮想空間とは思えぬほどの確かな手ごたえ。

 指先の痺れを頼りに、更に高みへよじ登ったる。

 

『あァーっとォッ!?

 ここでアカハナ選手、再びフリークライミングを開始!

 まさか再び、高高度ダイビングゼーゴッグボディプレスを敢行する気かァ―――ッ!?』

 

 おうよ、そのまさかや!

 立ち回りで敵わへん。

 グラウンドで勝とうなんざ、夢のまた夢。

 せやけど、負けとうない。

 やったらもう、特攻、しかないやろ?

 

「何やっとんのやっ!? 社長!!」

「アカン、無茶やで社長ゥ!」

 

 ……?

 頭ん上から山ほどの罵声が響きよる。

 なんや、あのアホタレども。

 社長が体張っとんのや、辛気臭い事言うとらんで応援せんかい!

 

「後ろや! 逃げェなァ、社長ッ!!」

 

 ――!

 

 ……なん、やて?

 

 じゅっ。

 

 おお、背中が灼けとるわ……。

 アカン、アカンで。

 絶対に振り向いたらアカンと本能が告げよる。

 けど、そう言う訳にもアカンやろ。

 ええい、ままよ……。

 

「オオオォオオォォ!!」

 

 ッ!

 モーラ、鬼灯ッッ!?

 ノーベルが吼える。

 アホなっ

 ヘビー級の女傑が跳んできよる。

 何でや?

 空手小僧より30kgくらいも重い肉体で。

 バーサーカーシステムかいや?

 

 ……いや、違う。

 ワイのアッガイが刻んだ壁の爪跡。

 そいつを取っ掛かりに跳びよったんや。

 

「ゲボッ」

 

 グッ、と腰元を締め上げる女帝の腕。

 息が詰まる。

 この万力に、モーラ鬼灯からの回答が籠められとる。

 迂闊やった。

 おそらく先の試合を観戦しとる内から、彼女の脳内にはこのフィニッシュの形があったんや。

 ワイがギリギリ逃げ切れると思うた距離。

 モーラがギリギリ届くと思うた距離。

 そのギリギリの読み違いの差に、コイツは勝負を賭けてきよった。

 

「リヤアァアアアァア―――ッ」

 

 おぞましいばかりの雄叫びを上げて、ノーベルが思い切り壁面を蹴り上げる。

 たちまち後方に凄まじいGがかかり、突き立てた爪が壁ごとボゴン、と引っぺがされてまう。

 

 ああ。

 

 浮遊感。

 即座に落下が始まるんやろう、無重力の一瞬。

 投げ出された視線の先に、まん丸なお月さんが輝きよる。

 

 キレイや。

 思わずそっと両手を伸ばす。

 フレキシ・ベロウズ・リムはあらへん。

 指先が虚しく空を掴み、夜空が、月が、星がどんどん遠くなる。

 

 届かへん。

 

 アッガイの短い腕では、どこにも……。 

 

 

『鮮やか! 妖刀一閃ッ!!

 モーラ鬼灯、最後は伝家の宝刀・不知火を抜いたァーッ』

 

 …………なんや、うるさいのう。

 

 せっかく気持ちよう寝てた言うんに、けたたましくゴングを鳴らしよってからに。

 

 ……ゴング。

 

 そうや、負けたわ。

 

 基礎の能力で負けた。

 技術の深遠さで負けた。

 勝負に対する心構えで負けた。

 ガンプラに対する愛、その解釈の広大さで負けた。

 

 悔しいのう。

 単に異種格闘技で負けた言うんならともかく、自分のビルダーとしての未熟さを認めざるをえん、ちゅうのは。

 

 ここまで完膚なきまでに叩きのめされたっちゅうんは、いつ以来の事やろうか。

 公式大会で何度、敗退しても、自分にはまだやれるっちゅう思いがあった。

 フィールドに恵まれてさえいれば。

 前試合のダメージを引きずってさえいなければ。

 今のメタに馴染めさえすれば。

 そんな風にもっともらしい分析を繰り返しながら、ズルズルと敗北を重ね続けた十年やった。

 

 ドン底。

 まん丸のお月さんが、遠い。

 おドレの弱さが身に染みるほどの惨敗。

 何かもう、いっそ清清しいわ。

 

「お~い、生きてるかい、アッガイの」

 

 褐色の手の平がヒラヒラと、大きな蝶のように頭ん上を飛びよる。

 何や、邪魔や。

 折角のお月さんが見えへんやろ。

 

「頭、ちょっとばかし打ちすぎたかい」

 

 ぬっ、とブロンドのツインアイが、思い切り視界を塞ぎよった。

 ビルドノーベル。

 思わずドクンと心臓が跳ねる。

 臍の所がカッ、と熱くなって、急に喉元が息苦しくなりよる。

 なんや、パニック障害か?

 モーラ鬼灯がトラウマなってもうたんやろか、ワイ?

 

「大丈夫? 肩、貸そうか?」

 

「……のう、モーラの姉ちゃんよぉ」

 

「ん?」

 

 ワヤになったオツムの方とは裏腹に、思わぬ言葉が口を突いて出よる。

 ワイは一体、何が言いたいんやろか?

 

「姉ちゃん、その……、ア、アッガイは……、好きか?」

 

「……はっ?」

 

 ガンダムフェイスごしにも分かる、ポカンと口を開けたモーラの呆れ顔。

 そりゃあまあ、そうやろ。

 質問の意味が分からへんわ。

 

「ええから答えてえな、ワイにとってはごっつ重要な話なんや」

 

 ……?

 なんや、キモイな、この男。

 自分でなかったらブン殴りたいわ。

 

「む~……」

 

 しなやかな人指し指を唇に重ね、ノーベルが小首を傾げる。

 192cmを感じさせへん、妙に愛らしい乙女チックな仕草。

 めっちゃシバキたいわ。

 

 ――やがて考えがまとまったのか、ノーベルは妙に神妙な面持ちで、こう言いよった。

 

「……十年前、大型MAの制圧が進むガンプラバトル世界大会の舞台に、若さと野心に溢れた一人のアッガイ乗りが名乗りを上げた」

 

「……!」

 

「結果は第一ピリオド敗退。

 運悪く砂漠に降り立っちまったそいつは、カルロス・カイザーの駆るグランザム相手に真っ向から立ち向かい、そして成す術も無く敗れ去った」 

 

「…………」

 

「アッガイは昔からキライじゃないよ。

 もしもアイツが世界一強いガンプラになったなら、アタシはきっと、イカレちまうかもね」

 

「…………」

 

 …。

 ……。

 ……そう、言いたいことだけ言って、いつの間にかノーベルは姿を消しよった。

 

 なんや。

 色々と、懐かしい事ばかり思い出す夜や。

 

 十年。

 

 この十年、どうやってアッガイで勝つかを考え続けてきた毎日やった。

 けど、どうしてアッガイで勝ちたいんか?

 気がつけば、目的の方をすっかり忘れちまってたような気がするで。

 

 十年前のワイは負ける事なんぞこれっぽっちも考えてへんかった。

 自分と無敵の相棒が組めば、敵なんぞ勝手に弾けて消える。

 そいで世界最強のビルダーになって、世界一かわいい嫁さん貰うて、ワイの人生ハッピーエンドやと。

 

 ……ああ、なんや。

 

 振り出しに戻ったんか、ワイは。

 

「……世界最強のアッガイやと?

 あのアマ、大根でも買うように言いよってからに……」

 

「しゃ、社長、大丈夫でっか?」

 

「アカン、酸素欠乏症や、何やらブツブツ言うとるで」

 

「うっさいのう、聞こえとるワイ、ボケ!」

 

 傍らのグーンをはたきながら体を起こす。

 なんやワカらんが、今は妙にアッガイが軽いで。

 

「引き上げるで、野郎ども。

 明日っからはまた忙しくなるで」

 

「おお、その粋でっせ、社長。

 何せここしばらく、本業の方がほったらかしでしたさかい」

 

「阿呆、ガンプラバトルや。

 オープントーナメントの予選に向けて、おドレらにも協力してもらうで」

 

「マ、マジでっか、社長!?

 ちっとは会社の経営も考えてくれへんと」

 

「大の男が泣き言いうなや!

 こっから先が正念場や、㈲アカハナ土建、気合入れていくで!!」

 

 ええやろ。

 女に夢を見せてやるんが、男の甲斐性やさかいな。

 モーラ鬼灯。

 首を洗ってよう待っとれや。

 

「やったるで! ワイのガンプラバトルはこれからやッ!!」

 

 

「ン……」

 

 歓声に溢れる仮想空間から抜け出して、モーラ鬼灯がゆっくりと体を伸ばす。

 宵闇に包まれたアミューズメント・パーク。

 チカチカと灯る白色灯の寂寥感が、今の乙女には妙に心地良い。

 

 ――と、

 

「……やあ、これからご出陣とは気が早いね」

 

 闇の彼方からの来訪者に気づき、モーラが気さくに片手を挙げる。

 炎が揺れた。

 ライトの下、白色の輝きを浴びてたなびく炎のような髪があった。

 

 ガンプラファイト二回戦・第四試合出場者、アムロ・レン。

 若き十代の古武術家が、白の胴衣、藍染の袴に身を包み、褐色の乙女の前に立っていた。

 その紅い瞳には、視線だけで見る者を灼くような強い敵意が宿る。

 これが普通のファイターであるならば、試合に向けて闘志十分、と見るべきなのだろう。

 だが、目の前の人を喰った老婆のような少女にしては、あまりにも不自然。

 

「どうしたい?

 ちょっとばかし気合が入りすぎなんじゃないのさ?」

 

赴月(ふげつ)

 

 取り付く島も無くポツリ、とアムロが呟く。

 ピクン、とモーラの眉がわずかに上る。

 

「室町後期より伝わる歩法の一つよの。

 上体、とりわけ頭部を上下させず、あたかも地面を滑るかのように、下がるでもなく下がる。

 結果、対主の拳は妖にでもあったかのようにすり抜け、その距離感は大いに乱れる所となる」

 

「…………」

 

「赴月だけではないの。

 一回戦でギンザエフ・ターイー相手に用いた『外し』

 あれも近代レスリングの技でもプロレスの技でもない。

 ……無論、骨法でもな」

 

 ギラリ、と一層鋭さを増した瞳を前に、モーラが呆れたように肩を竦める。

 

「別に。

 巷じゃあ近代格闘技を片っ端から臆面も無くパクリまくる古武術家がいるって聞くね?

 プロレスラーが武術を嗜んでいたって、ちっとも可笑しくなんかない」

 

「ああ、そうじゃろうのう。

 そいつが安室流……、舞踊の足運びでさえなけりゃのう」

 

「へえ、そいつは初耳だ」

 

「とぼけまいぞ。

 アマレス三冠、プロレス七冠、じゃと?

 うぬは一体、何者じゃ!」

 

「……事と、次第によっちゃ、ただでは済まさないって?」

 

 スッ、とモーラの体が緩やかに沈む。

 低空タックルの気配。

 現実空間、下はコンクリート。

 両者の間に、たちまち死臭が充満する。

 

「チィッ」

 

 迷わずアムロが動いた。

 危険域、故に一刻も早く、自分の手の届く間合いへ。

 

(――!)

 

 ふっ、と一瞬にして殺気が掻き消えた。

 ぬるり、とモーラの巨体がアムロの脇をすり抜ける。

 シンプル、かつ巧妙なフェイント。

 海を見れば山。

 これもまた安室流の初伝。

 

「……やはり、かい」

 

「汗臭いのは勘弁だよ。

 なにせアタシは、これから虎退治の作戦を練らなきゃならないんでね」

 

「ワシじゃ相手にもならんてか?」

 

 くっ、とわずかにモーラが振り返る。

 その横顔に少なからぬ憐憫の色が混じる。

 

「――ナガラ・リオ。

 今時いじましいまでの空手家だが、惜しむらくはトーナメントを勝ち上がれる肉体じゃない。

 三年後なら、ちょっとばかし洒落になってなかったかもね」

 

「――ぬ!」

 

「ビグザム剛田。

 ガチンコじゃあ絶対にやり合いたくない化け物だが、受ける事しか知らない。

 あのオッサンと反対のブロックに入れた事は、今大会での最大の幸運さ」

 

「…………」

 

「アムロ・レン。

 論外。

 ちゃらちゃらした才気ばかし先走って、本物と呼べる物が何一つ無い。

 何でも出来るが、アタシに言わせりゃ空手しか出来ないナガラ君の方がよっぽど恐ろしい」

 

「随分と言うてくれる、眼が腐っとるんじゃないか?」

 

「ただ一頭、アタシに読み切れないのは、あの人三化七のハリマオ青年だけさ。

 今の五人の中で最も優勝に近いのは、もしかしたら彼なのかもね」

 

 アムロの反駁を省みる事も無く、モーラが再び大きな背を向ける。

 舞踊の気品をかけらも感じさせない大股で。

 

「……ええわい。

 そんなら宗家として特別に見せてやるわい。

 本物の虎殺しのやり方をのう」

 

 暗闇の中、紅蓮の瞳が炯炯と輝きを増していく。

 モーラは振り返る事も無く、ただ無言で片手を挙げた。

 

 

 

 

 

 




・おまけ MFガンプラ解説⑮



機体名:アカハナ専用アッガイ
素体 :アッガイ(機動戦士ガンダムより)
機体色:シャアピンク
搭乗者:赤井鼻緒
必殺技:高高度ダイビングゼーゴックボディプレス
製作者:赤井鼻緒

 ガンプラバトル公式大会の常連ビルダー、アカイ・ハナオが、自らのアッガイ道を見直すべく製作したMF。
 元々は彼が公式戦で使用していた愛機を、対ガンプラファイト用にリビルドしたアッガイファイターである。
 本機は「アッガイ乗りとしての矜持を取り戻したい」と言うアカイの信条から、外観そのものには大きな改造が見受けられないものの、
 指先の変化に対応する五本のアイアンネイルを装備するなど、ガンプラ・トレース・システム向けの細やかな調整が施されている。
 ボディバランスの悪さからお世辞にもガンプラファイト向きとは言えないアッガイであるが、本機の場合、アカイ自身が自作した「アッガイ拳法養成ギブス」を常日頃から身に付け肉体改造に励むなど、パイロットの方で機体に合わせる事で問題をクリアしている。
 その努力の甲斐もあって、トーナメント一回戦において、本機はMMA絶対王者オード・イル・タップを下すと言う大番狂わせを演じた。

 なお、シャアピンクの由来については、「岡崎漫画版のイメージ」らしい。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。