ビグザム剛田(プロレス) VS ガチぴょん(マーシャルアーツ)
AGE-ONEタイタスNOAH ガチもあ!
ビグザム剛田。
タフな男である。
とあるプロレスファン曰く『日本のパウンド・フォー・パウンド』
パフォーマンスに秀でたレスラーがいた。
空中殺法を得意とするレスラーがいた。
グラウンドに長けたレスラーがいた。
何でもできるレスラーがいた。
にも拘らず、自称プロレス通たちが日本一強い男として名を上げるのは、ひたすらに耐えて、吠えて、投げる事しか出来ないゴウダなのだ。
そんな北海道の生んだ究極のタフガイではあったが、今大会での前評判は著しく低い。
理由は簡単、受け過ぎるから。
ひたすらに耐えて耐えて耐えて、相手の輝きが最高潮に達したその瞬間を叩き伏せる。
それ以外の闘い方を知らぬ42歳。
いかに強くとも、ワンデイトーナメントとの相性は最悪であろう。
そして概ね、ここまでの展開は周囲の予想通りである。
ビグザム剛田は例の如く、アメリカの生ける伝説を相手に精も根も尽き果てるような一戦を演じてしまった。
一方、次なる対戦相手はと言えば……。
『やっほ~っ 二回戦もガンガンいっちゃうよ~!』
タイヤで来た!
史上最強の5歳児、ガチぴょんがアインラッドでやって来た。
かつてのモトクロスチャレンジを思い出させる見事なタイヤさばき。
たちまちコロッセウムに歓声が上がる。
強者揃いのトーナメントを勝ち上がってきたとは思えない溌剌とした姿。
体を傾け鮮やかなマックスターンを決めるグリモアの雄姿に、歴戦のバイク乗り達からも溜息が洩れる。
日本着ぐるみ界のトップ・アイドル、ガチぴょん。
お茶の間に夢と希望を届ける子供たちのヒーロー。
その冒険に、カメラの前では何一つ失敗は許されない。
何事も盤石に、完璧に、綿密なる下準備を重ねて事に臨むチャレンジャー。
台本もセメントも、アドリブも裏切りも反則も偶然をも呑み込んでドラマを刻むプロレスラーとは、真逆のエンターテイナー。
『ハイハ~イ!
副音声ではワタクシことモップが、メトロシティ現役市長のギンザエフ氏をお招きして、ガシガシ解説しちゃいますぞ~』
「ウム、宜しく」
特設の実況席では、ガチぴょん永遠のパートナー、モップの舌が冴え渡る。
彼もまた紛れも無くプロである。
単にガチぴょんを応援するのみならず、ゴウダの旧知を抜け目なく解説に引き込むバランス感覚が光る。
『はてさて、それぞれに持ち味を活かして初戦を勝ち上がってきた両者。
いよいよ二回戦屈指の人気カードを迎えようとしているワケでありますが、
今後の展開、どういった所に注目していけば良いんでしょうかねえ?』
「やはりポイントは、ガチぴょんの攻めをゴウダがどこまで凌げるか、と言う点に尽きるだろう。
一回戦をほとんど無傷で突破したガチぴょんに対し、ゴウダの方は既に満身創痍。
まあ、それだけにヤツにとっては、おいしい状況とも言えるんだろうが」
『プロレスラーの修羅場が見れるぞ、と言う事ですな。
アワワ、ガ、ガチぴょ~ん!? 無茶だけはいけませんぞ~!』
グリングリンと両目を回し、おどけた仕草でモップが叫ぶ。
ギンザエフは口元を思わず緩め、しばし、ガチぴょんとMS少女の遣り取りを見つめていたが、その内にふっ、と思い出したように口を開いた。
「しかし、意外と言うか……。
日本でのゴウダの評価には、少々戸惑いを感じているよ」
『ムムム、それは一体どういう事なのですぞ?』
「天性のタフネスに任せた大雑把なファイト。
今ならそれがゴウダの本領である事も理解はできる……、できるのだが。
我々、古いプロレスファンの間での認識は少し違う。
少なくとも二十年前のCWAにおいて、プロレスラー、ゴウダ・カオルとは――」
ざわり、と客席の空気が変わるのを感じ取り、ギンザエフの口が止まる。
果たして対面のゲートには、渦中の人物が姿を現した所であった。
AGE-ONEタイタス・NOAH
太い機体である。
ただの魔法少女の強化パーツにしておくには、あまりにも惜しい機体である。
観客たちは、ようやく理解しつつあった。
理屈では無い。
このガンダムは、プロレスラーがガンプラバトルを行うために地上に遣わされた機体なのだ。
だが今や、そんな太い頸も、肩も、胸も、紺色のフードにすっぽりと覆われているではないか!
ズン、と太い足が大地を踏みしめる。
その度に右肩に負った鈍色の鎖がギャラギャラと音を立てる。
後背の重厚な棺桶が引き摺られ、ずるり、ずるりと砂地に深い溝を刻む。
その後ろ姿は、さながらゴルゴダの丘に登る咎人の如く。
『ゲェ――ッ!?
な、なんなんですぞ? あの不気味な格好は!?』
『あ、あの姿はまさかッ!?
ゴウダ幻のアメリカ遠征時代、伝説の棺桶マッチの再現なのかァ――ッ!?』
突如オーガニック的な力が働き、主音声、副音声の間で会話が成立する。
普段の飄々としたゴウダの姿からは考えられない不吉な足取り。
ざわざわと会場にも動揺が伝搬する。
知っているようで誰も知らない、ビグザム剛田のアメリカ遠征時代。
舞台中央、ばさりとフードを脱ぎ捨てたタイタスの姿に、あっ、と会場が戦慄する。
歪んだ顔があった。
ひび割れたフェイスマスク、くたびれ砂に塗れた胸甲、無残に折れたアンテナ。
第一回戦、伝説のボクサーとの死闘の爪痕を、何一つ隠さずにやって来た。
悲愴極まりないタイタスの巨体が、ゴウダのらしからぬ寡黙な演技と相俟って、コロッセオに異様な雰囲気を醸し出す。
「……ケッ、昭和プロレスのおっさんもよくやる」
緊張する観客席を尻目に、呆れたようにクルスが呟く。
「あの野郎、少し前までピンピンで空手小僧とダベってたじゃねえかよ?
いくら何でも芝居がクサすぎるぜ」
「それも、今となってはどうだかね。
ゴウダの旦那は、受ける事に関してだけは一級品だから」
言いながら、後背のモーラがやや真剣な面持ちでモニターに臨む。
「効いているフリ、効いていないフリ、どっちだってできる。
とは言え、あのビグザムがそこまで今大会に勝ちたかったとは、少しばかり意外だよ」
「……? 何だよ、そりゃ?」
「同業者にしか分からない機微があるって事さ、超実践武術のぼうや」
バン! と、タイタスが勢い良く棺桶を蹴る。
反動でばかりと開いた蓋の上に、グッ、と太い親指を落とす。
ガチぴょんは、無言。
無形無謬にだらりと弛緩し、茫漠とした瞳でタイタスを見ている。
ぐにゃり。
両者の間合いが縮むかのように空気が歪む。
『ガ、ががガガチぴょ~ん、クールに、クールですぞぉ~……』
モップ決死の声援が、儚く宙に消えていく。
濃密な空気に耐えかねたように、MS少女が高らかとハンマーを掲げる。
世界一シビアなアマチュア、世界一鷹揚なプロ。
観客の前で本当に強いのはどちらか。
それもすぐに分かる。
『ガンプラファイトォッ、レディ――ッ、ゴォ――――ッ!!』
カン! と、高らかとゴングがなった。
瞬間、空気が爆ぜた。
・
・
・
ゴングの音が響くかどうか。
そのタイミングで、二人は同時に前に出ていた。
共に観客を大切にするエンターティナー同士。
思考法が似ている。
オーディエンスを待たせない。
一秒たりとも。
ゴウダの選択は大振りの右掌底。
豪放な男らしく、何一つ迷いの無い全力のスウィング。
その内側を、一直線に緑の拳が伸びてくる。
「ウヌッ!」
ガギン、と鈍い音を立て、タイタスの頭が後ろに跳ねる。
選択、スピード、狙い。
開幕早々、申し分ないクロスカウンター。
ただ一つ惜しまれるのは、大人と子供ほどに違う両者のリーチ。
ストレートに体重が乗っていない。
ガチぴょんの拳の先端が、かろうじてタイタスの鼻先を捉えただけ。
本物のプロレスラーを打倒し得るほどの一撃では無い。
その事を、当のガチぴょん自身が良く理解している。
ありとあらゆるプロの指導を受けた最強のアマチュア。
プロの恐ろしさを知りすぎている。
だからこそ、ためらいもせず前に出る。
ゴウダが体勢を立て直すより、一瞬でも早く。
(下段……!)
ぬるりと深く沈んだガチぴょんの体。
ゴウダの口から舌打ちが漏れる。
ブラジリアン覇王流のジレンマ、今なら分かる。
この距離、この至近においてのみ、体格と言う両者のレシオが逆転する。
「ちィ!」
咄嗟に蹴りに行ってしまった。
分かっていた筈なのに。
ガチぴょんは、この距離から飛んでくると――。
意識が下に行った瞬間、ゴズン! と、頭部に衝撃が来た。
超至近、前宙からの回転蹴り。
肉厚のハンマーでぶっ叩かれたような強烈な踵。
「……ッ にゃらァ!!」
ゴウダの強靭な肉体は、その一撃にすら良く耐えた。
ヤケクソ気味に豪快なフックをブン回す。
だが、ガチぴょんの戦術は、ゴウダの超人的なタフネスまでも織り込み済み。
慌てず腰を落としたグリモアの頭上を、ブゥン、と拳圧が通過する。
「……ッッ!?」
ベチン! と言う乾いた音と共に今度こそ来た。
巨漢攻めのセオリー、ローキック。
筋肉では守護しきれぬ膝回りの関節。
灼けるような痛みが爆ぜ、ガクガクとタイタスの下半身が傾ぐ。
ようやく射程圏まで下りてきた顎先。
全体重を乗せてガチぴょんが跳ぶ。
――ゴッ!
鈍い音を立て、縮みかけたタイタスの巨体が縦に跳ね上がる。
天空まで突き抜けるような、ガチぴょんのカエル跳びアッパー。
先ず末端を攻め、体勢を崩した所に体ごと浴びせる本命の一発。
それはまるで教本でも見るかのような鮮やかな連係であり――、
「ンゴアァ!!」
『――!』
だからこそ、ゴウダの方も根性で合わせる事が出来た。
明後日の方角を拝みながら、なおも逆襲のビッグ・ブーツ。
相打ち。
遮二無二繰り出された前蹴りがドテッ腹を捉え、中空のガチぴょんがたちまち後方に吹っ飛ぶ。
オオ、と観衆がどよめく。
ゴロンと綺麗に受身を取り、砂塵を払ってガチぴょんが立つ。
体を返して腰を落とし、タイタスかろうじてが大地に踏み止まる。
五分と五分。
両雄、一歩も譲らず。
……と、言いたい所ではあったが、見巧者の観客たちは薄々気付いていた。
プロレス的な見地からすれば、今はゴウダが攻めるべき場面である。
ガチぴょんの猛攻に耐え、ようやく掴んだ反撃の時。
地に伏すガチぴょんに覆い被さり、溜まりに溜まったフラストレーションを開放する。
そうでなくては帳尻が合わない。
だが、ゴウダは行かなかった。
いや、行けなかった、と見るべきだろう。
先ほどの膝か。
あるいは、第一試合からのダメージが蓄積した結果か。
ともあれかろうじて均衡を保っているように見える天秤は、その実、致命的に狂い始めていた。
決着の気配。
グルングルンと両腕を回し、瞬間、ガチぴょんがまっしぐらに砂塵を蹴る。
意を決し、タイタスも迎え撃つ。
真っ向勝負、タイタス最大の武器、ショルダータックル。
対するガチぴょんは、全身を浴びせるようなダイビングヘッド。
ガン、と闘技場の中央で空気が震える。
「……!」
グラリ、と思いもよらずタイタスが揺らぐ。
両者の体重差を思えばあり得ぬ状況。
だが、やはりネックはタイタスの膝。
踏ん張りが効かなかった。
そこまで見越した上でのハンマーヘッド。
淀みなくガチぴょんは動いていた。
飛び上がった勢いのまま、タイタスのこめかみに渾身の右拳。
踏み止まろうと折れた上体目がけ返しの左。
右拳
左拳
右拳
左拳
右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳――
大気が震える。
ガチぴょんの上体が回転を増し、衝撃と金属音が間断なくタイタスを叩く。
忘れられない
凄まじいばかりの速度と衝撃。
34kgの体重差を超えて、タイタスが前に出る事を許さない。
ガチぴょんは、ここで勝負を駆けてきた。
ゴウダはどうか?
凌ぐだけなら容易い。
ただ、その場から退がれば良い。
壁際ならいざ知らず、その距離ならばガチぴょんの拳は当たらない。
「~~~~~~~~ッッッ!!!!」
だが、ゴウダはそれをしない。
否、出来ないのだ。
耐える、吠える、投げる。
それしか出来ない42歳。
下がりながら闘う術を知らないのだ。
前に出れない、退く事も出来ない。
立ち往生。
つまり、やる事といえばいつも通り。
体が資本、男なら、ただ黙って耐えるのみ。
上体をぐっと畳み、両の拳を顎下に添える。
下半身は気持ち内股。
ボクシングにおけるピーカブーのような、年季の入った型落ちの防御法。
スウェーもダッキングも知らぬゴウダではあるが、このスタイルはどうして中々に有効。
タイタス特有の巨大な両肩は、側面から頭部への打撃を許さない。
人間に比して大きなガンプラの拳は、顎先への攻撃を大いに阻む。
頭部への一発を避ける。
そこ以外は、好きなだけ打たせて構わない。
腕も、腹も、脚も。
ダメージと引き換えに相手の酸素を奪えるならば、悪い取引では無い。
金的は……、出来る限りもらわないようにしよう。
崩れそうで崩れない。
これは穴熊。
打たれる度に、却ってむくむくと存在感を増していく。
打ち疲れて拳を止めたなら、痺れを切らして大振りに来たなら、あるいは膝狙い、などと欲目に走ったならば。
その瞬間前に出て、ぐっ、と掴んで一投げする。
それがゴウダの必勝パターン。
(……に、したって、何なんだよコイツはッ!?)
亀のように首を窄めて、必至に奥歯を食い縛る。
暴風が止まない。
一打毎にその威力を増していく。
圧力を加える事が出来ない。
これが本当に、30kg以上軽い男の拳か?
(だが、それでも所詮、連打は連打、だ)
ゴウダ・カオルは信奉する。
男の拳とは、信念だ。
この一撃で倒せずとも、次の攻撃で倒せれば良い。
そんなコンビネーションは結局の所、瞬間に賭ける情熱が足りない。
確かに重い拳、しかし、あのロートルのアッパーほど熱くは無い。
確かに鋭い拳、しかし、小僧の貫手ほど恐ろしくは無い。
ならばきっと、次の一撃は耐えられる。
次の一撃に耐えるなら、その次にだって耐えられるだろう。
次も、次も、その次も、次も次も次も次も次も次も次も次も次も次も次も次も次も次も――。
ぶぉん。
(――!)
不意に、その時は来た。
ガチぴょんの短い拳。
大振りの右フックが、ゴウダの眼前で空を切った。
千載一遇。
好気。
狙える、サイドスープレックス。
いや待て。
そんなワケがあるか。
相手は、あのガチぴょん。
あまりに虫が良すぎる。
詰まる所、これは。
(罠?)
気付くのが遅れた。
その途端、下から脳みそを揺すられた。
太い踵を、顎先に叩き付けられたのだ。
ガチぴょんの太い足を、下から。
(~~~ッ どう言うっ、体勢だよッ!?)
揺らめく視線の先に、ガチぴょんの下半身が映る。
天地逆転。
頭立からの後ろ踵蹴り。
ぐらり。
思わず一歩、下がってしまった。
下がりながらは戦えぬ男が。
格好の間合い。
ガチぴょんが跳ぶのに、十分な間合い。
案の定、ガチぴょんが跳んできた。
先程は縦に回転した緑の体が、今度は横に。
ぐるん、ぐるんと中空で回る。
ガチぴょんチャレンジ。
ダブルアクセル。
十分に遠心力を乗せた太く短い足が、真っ直ぐに伸びてくる。
必死に伸ばした、タイタスの両指をすり抜けて。
「ガァッッ!!」
今度こそ、ゴウダがぶっ飛んだ。
勢いに流されるまま、タイタスの体が後方に泳ぐ。
三歩、四歩、五――
ガッ
不意に、何かに足を取られた。
(!)
誰だ、こんな所に物を置いたのは?
などと、会場の不備を責める事は出来ない。
何故なら、置いたのは他ならぬゴウダ自身。
重厚な木製の棺桶。
仕掛けたのはゴウダ自身。
自業自得。
因果、応――
・
・
・
『や、やりましたぞ~!!
ガチぴょんの十八番、ダブルアクセル!
あのタイタスの、ゴウダ選手の巨体を見事棺桶に放り込みましたぞ!
凄いよガチぴょん! やった~イェイイェイ!!』
ジョン・レノン由来のモジャモジャ顔を目一杯に紅潮させ、モップさんが歓喜の声を上げる。
割れんばかりの歓声が会場を包み込む。
ファースト・コンタクトで相手を推し量り、躊躇いもせずに一点攻勢。
一瞬の駆け引きから勝機を掴み、相手の望み通りの形で決着。
完璧な戦術であった。
互いの能力、思考、周囲の状況を的確に利した、否の打ち所の無い戦術であった。
――だが、どうした事であろうか?
決着のゴングが鳴らない。
十秒待っても、三十秒、一分待っても。
ざわざわと、会場に戸惑いの声が零れる。
決着の時を告げるべきMS少女は、ハンマーを掲げたまま、じっと舞台を凝視している。
いや、勝者となったガチぴょん自身が、なぜか構えを崩さぬまま、今なお目前の棺桶に向かい合っているではないか?
無表情の筈のガチぴょんの顔が、どこか固い。
――ぎいぃいいいぃィィィ
不意に、黒板に爪でも立てたかのような不協和音が響き渡った。
ざわり、と会場がざわめく。
棺桶のヘリに投げ出された、タイタスの太い足。
ノイズの出所は、その中心。
得体の知れない焦燥感が、やがて、罵声へと変わり始める。
「バカヤロー!」
「真面目にやれェ、ゴウダァ!!」
――ぎいぃいいいぃィィィ
会場にこだまするブーイング。
それを打ち消すかのように、なお、なお一層、不協和音が力を増していく。
客席中に罵声が広がる中、ようやく一部のプロレスファンが気付き始めていた。
これこそが、この状況こそがゴウダの罠。
ガチぴょんは、ビグザム剛田の仕掛けたアングルにハメられたのだ、と。
ゴウダを棺桶に叩き落とすまでのガチぴょんの戦術。
そこに間違いは何一つ無かった。
だが、相手を棺桶に封じてしまった以上、ガチぴょんはその
それこそが棺桶マッチ。
ビグザム剛田は今や、その時を待ち侘びている。
棺桶の奥に仕込んでいたであろう、卑劣な罠を忍ばせて――。
大本の戦略が間違っていた。
あの棺桶は始めから、ゴウダ自身が入るために用意された物だったのだ。
やがて、ついにガチぴょんが動いた。
じりじりと間合いを測り、意を決し、一足飛びに棺桶の縁に足を駆ける。
「ぶしゃあっ!」
瞬間、タイタスの上体が跳ね、中空に霧が舞った!
「ああッ!?」
観客の悲鳴が響く。
ゴウダが仕掛けたのはヒールの花形、毒霧攻撃。
視界を奪われ、体勢を崩したガチぴょんが、どっ、と砂の上に尻餅を突く。
卑劣、だが少し違う。
口中より噴き出された物質の主成分は、闘技場の砂。
確かに汚い。
汚い……、が! 反則では無い。
そんな事より問題なのは――。
「毒霧……、毒霧やと!?
アホな、タイタスのどこに『口』があるっちゅうんやッ!?」
「カカ、アンタまでそこいらのモブと一緒かいや?
ガンプラビルダーのおっちゃんよ」
狼狽するアカハナを尻目に、カラカラと悪魔のように少女が嗤う。
「無いモンは作りゃあよい。
それが本来のプラモスピリッツってもんじゃろ?」
「HAHAHAHAHAHA――!!」
埒外のやり取りを知ってか知らずか。
喜色満面、爛々とツインアイを滾らせて、タイタスがその巨躯を起こす。
ベリベリと剥ぎ取ったマスクの下から、真っ赤に裂けた口がにい、と笑みを作る。
右の頬には『タ』、左の頬には『ヒ』。
傷痕のようにひび割れたフェイスペイントが真紅に輝き血涙を刻む。
『ゲェ――ッ!?
な、なんなんですぞ? あの不気味なペイントは!?』
『あ、あの姿はまさかッ!?
二十年前、CWAの強者たちを震撼たらしめた最凶のヒール。
デスペラード・ゴーダなのかァ――ッ!?』
デスペラード・ゴーダ。
永遠の中堅レスラー、ゴウダ・カオルの、誰も知らない黒歴史。
再びオーガニック的な力が働き、主音声、副音声の恐怖がたちまち会場に伝搬する。
ガチンコ格闘大会で突如始まってしまったプロレスに、大会主催者、リー・ユンファも思わず苦笑する。
「まったく、よくやりますねえキミコくんも。
自分で仕込んだギミックのクセに……」
「ぐっもーにん! えぶりわん!!」
陽気に中学英語を謡いながら、ジャンプ一番、タイタスの巨体が宙に踊る。
「ぷりーず、ちょっぷ! すてぃっくす!!」
脳天唐竹割り。
かつて、超日本プロレスの社長に三途の河を見せられたと言う禁じ手を、情け容赦なくガチぴょんの頭部に叩き込む。
「ごーいんぐ、とぅー、べーっど!!」
よろめくガチぴょんの体を捕え、悠々と担ぎあげる。
シンプルにして至高、プロレスラーのボディスラム。
ただし、叩き付ける先は棺桶の上。
棺桶でガチぴょんを殴るのは、反則では?
無論反則、だからこそガチぴょんで棺桶を殴った。
けれど、さすがに自分で持ち込んだオブジェを使うのは……。
勿論卑怯、だからこそ、先にガチぴょんに使わせた。
「あい! らーびゅぅ」
思い切り背中をのけぞらせたガチぴょんの上。
ためらいもせずタイタスが跳んだ。
フライングボディプレス。
116kgの筋肉が全身にのしかかる。
ボギョォッ、と音を立てて棺桶が潰れ、二人の体が大地に沈む。
プロの犯行。
完全なるプロレスラーの犯行。
棺桶の使い方、ルールの使い方、顰蹙の買い方。
全てがダイナミックで、かつ、合理的。
もうもうと立ち込める砂煙の中、ぬっ、と太い腕が後方からガチぴょんを捕えた。
たちまち高笑いでもするかのように、タイタスの大口ががばりと開く。
「あーいむ、はんぐりー、なーう!!」
――がぶり!
一声吠えるや否や、たちまちタイタスの大きな口が、ガチぴょんの後頭部に牙を突き立てた。
噛み付き。
大の大人が仕掛ける本気の噛み付き。
「……ッ!!」
男の太い腕の中で、ガチぴょんがギリギリと体を軋ませる。
子供番組では見せない、絶対に見せられない凄惨なる光景。
会場に、一際甲高い悲鳴が響き渡った。
・
・
・
「……あのオヤジは、一体何を考えてやがるんだ」
阿鼻叫喚の混乱が会場を埋め尽くす中、呆気に取られたクルスがぽつりとこぼす。
「覗き穴を狙った毒霧、そこまではまあ、分かる。
だが、着ぐるみ野郎の頭部は綿だぞ! 噛み付いてどうする?」
「分かっちゃないねぇ」
嘲るように、傍らのモーラが言い放つ。
「……んだよ?」
「素人だって言ってんのさ。
アンタだけじゃない。
路上最強を謳う武術家たちの多くが、何故か、万を超す群衆の前で戦うと言う異常な状況に対してあまりに無頓着だ」
隆々とした上腕を組み、褐色の乙女がモニターを見据える。
戦いはいよいよ佳境。
観衆の罵倒の中、タイタスがガチぴょんの大きな頭部を、ガシリと左脇に捕えた所であった。
「脳内に筋書きを組み、アドリブの中で修正を加えながら結末に誘導する。
アタシらプロとアンタらじゃあ、大本の構成力が違うんだ。
客の相手で戦うんなら、正直、負ける気がしないね」
「……ケッ! フカシやがるなオバハンよォ。
だが、客の前で戦うプロってんなら、あの着ぐるみ野郎だって大差ねえんじゃないのか?」
「さっきまではね。
だが、流れが変わっちまった。
観客の喝采を勇気に変えてきたヒーローが、今は聞き慣れない悲鳴と罵声に振り回されている。
ここから先はガチぴょんの知らないロードさ」
「――!」
「線が切れちまった。
ガチぴょんは仕掛け所を間違えたんだ。
この試合はもう、逆立ちしたって旦那には勝てないね」
「……よう、生放送ってぇのは、お互いツレぇよな」
「~~~ッ」
ギリギリとフェイスロックで締め上げながら、素のゴウダ・カオルが、ぼそぼそとガチぴょんの耳許に囁きかける。
「プロレスラーは小ズルいぜぇ。
試合のドコで手を抜けばいいか、あらかじめ考えとくのよ。
何ならこのまま、一時間でも二時間でもやってみようか?」
「……ッ!」
ゴウダが小噺に意識を割いた一瞬。
ガチぴょんの大きく丸っこい頭部が、タイタスの脇からズボリと抜けた。
千載一遇。
視界にはタイタスの背中、飛び技を叩き込むのに十分な距離。
狙いは、高高度のローリング・ソバット――
「!?」
ガチぴょんが跳び上がり、背を向け、右足を弾き出す。
その瞬間には、もう、標的が視界から煙のように消えていた。
驚く間もなく、ガシリ、と後背から太い腕に抱きかかえられ、ガチぴょんの体が宙吊りとなる。
スピード、でも、反応速度、でもない。
まるで初めから互いに示し合わせていたかのような、ゴウダの一瞬の神業。
「冗談だよ。
こっちももう限界なんでな、次で終いにするよ」
ぼそり、とゴウダの小声。
それで理解できた。
ゴウダが序盤から膝を痛めたフリをしていたのは、この瞬間のため――
「ダシャアアアァアァァ―――ッッッ!!!」
咆哮、爆裂。
不明を恥じる暇も無く、ガチぴょんの視界が高速回転する。
客席、夜天、月、逆さまの客席、篝火――!
凄まじいばかりの体感速度。
さながらジェットコースター。
ただし、安全装置は無い。
バックドロップ。
ゴッ、と耳元で大地が揺れ、瞬間、視界が暗転した。
・
・
・
――思えば、数奇な半生であった。
『彼』が上京したのは十八の時。
将来の夢は銀幕のアクションスター。
セリフ覚えが悪く、カメラ映えのしない小柄な体。
演技もイモな垢抜けないお上りさん。
取り得と言えば、幼少より山野を駆け巡った頑丈な肉体のみ。
先輩たちの付き人をしながら、二流のスタントで糊口を凌ぐ日々。
そんな毎日はしかし、半年もたたぬ内に終焉を迎える事となる。
とある殺陣の最中に起きてしまった、真剣によるアクシデント。
映画界がたちまち自粛ムードとなり、体のみが資本の彼も生活に窮する事なった。
ほうぼうに知り合いのツテを辿り、ようやく得た次の仕事が、子供向けTV番組のマスコット。
深い失望が胸を突いた。
顔も出せない、名前も出せない裏方稼業。
しかも当時、銀幕よりも数段格下と見られていたTV業界。
彼が足踏みしている間にも、夢はどんどん遠くの世界へ飛び去ってしまう。
だが諦観は、わずか一週間の内に塗り替えられる事となった。
ディレクターも、スタッフも、声優も。
誰も彼もが若さだけが取り柄の二線級。
野心。
野心と情熱が彼らの日々を支えていた。
体当たりで、命懸けで、真っ向勝負で、世界中の大人の度肝を抜く、前代未聞の子供番組を作ってやろう、と。
それから三十年、脇目も振らずに彼は駆け抜けた。
人並に恋も経験したし、家庭と呼べるものを持った事もあったが、結局は長続きしなかった。
子供の夢を崩さぬため、口外の許されぬ彼の職務。
峻厳で不器用な彼は、恋人にも、家族にさえも自らの仕事を語る事をしなかった。
彼の日常が色褪せて行く毎に、却ってアイドルとしての仮の姿が輝きを増していく。
主従は完全に逆転していた。
三十年。
カードケースは得体の知れない免許で一杯になった。
欧州、中東、亜細亜、アメリカ、ありとあらゆる国を巡った。
マッターホルンを制し、三雷会の黒帯を貰い、ついには宇宙にまでも進出した。
かつて彼が敬愛した銀幕のスタアたちとも肩を並べられるヒーローになった。
だが、夢のような日々にも、いつかは終わりが来る。
オフレコではあるが、来春、声優が変わる。
どれほど一流のプロであっても、三十年もたてば声帯は衰え、かつての演技は出来なくなる。
彼らの勇退に合わせ、中の人、つまり彼も現役を退く事になっていた。
悔いが無い、と、言えば嘘になる。
正直、彼の中にはまだまだ現役でやれると言う思いがある。
だが、今は良くとも、遅かれ早かれ、着ぐるみを脱ぐ時は来るのだ。
引退して、それで人生は終わりでは無い。
現役を退いた後は、局に留まり後任の指導を続ける事となっている。
アイドルの影であり続けた毎日は終わり、ようやく彼自身の本当の人生が始まるのだ。
そう、一度は納得した筈の胸に、ちくり、と小さな穴が空いた。
理由は分かっていた。
長年過酷な試練に耐え続けた、彼自身の肉体の事だ。
本来ならば、体を動かす際のハンデにしかならない鈍重な着ぐるみ。
だが、長年その身を共にして来た彼の体捌きは、却って窮屈な着ぐるみの中でこそ真価を発揮する域に至っていた。
いびつな環境の中で三十年賭けて完成した、彼だけのガチぴょん流拳法。
この着ぐるみの中ならば、どんな一流のアクションスターにも遅れは取らない。
彼自身、そんな自負があった。
だが、このまま着ぐるみを脱げば、後はただ、年齢に比べて健康なだけの中年になってしまう。
無念であった。
一度でいい、この世界の本物のプロと呼べるような連中を相手に、本気の自分を試してみたい。
子供たちのためでは無く、己一人の我侭のために。
それはこの世界の表舞台では、絶対に許されない夢だ。
シリアスなハード・アクションに挑むには、着ぐるみに向けられる色眼鏡が邪魔となる。
まして、カメラの前で当代のプロ格闘家たちに
ちくり、ちくりと、胸の穴は日増しに大きくなっていく。
そんなある日の事。
撮影の合間に、ぽん、と肩を叩かれた。
ジョン・レノンをモデルにデザインされた、モジャモジャの大きなモップ顔。
三十年来の付き合いとなる、彼のパートナーである。
その手には、今の彼の外見と瓜二つの、新緑色のガンプラが握られていた。
・
・
・
――会場に満ちた悪意と罵声が、不意に途切れた。
コロッセオが静寂に包まれる。
何事かと振り返ったゴウダが、思わず「おう」と瞠目する。
闘技場の中央、逆さまに大地に突き立ったガチぴょんの体。
それが今、必死に立ち上がろうと、懸命に体を揺すっていた。
『……ハッ!
な、何と言う執念でしょうか!?
ガチぴょんが、プロレスラーの本気のバックドロップを受けたガ……!!』
懸命に実況を続けようとしたMS少女の声が、思わず止まる。
静寂の闘技場に、「ひっ!?」と言う小さな悲鳴が漏れる。
かろうじて立ち上がり、震える手でファイティング・ポーズを取ったガチぴょん。
だが今や、その頭部は無残にも潰れ、ひしゃげ果てていた。
大きく歪んだ顔面、その眼は泣いているようにも怒っているようにも見えた。
ぞくり。
百戦錬磨の観衆が震える。
ここから先は誰も知らない、本当のガチぴょん・チャレンジ。
「……やめとけよ、ダンナ。
どうやったって、ガキンチョどもに見せられる画にはならねえぜ」
「…………」
ゴウダの忠告に対し、ガチぴょんは無言。
ただ小刻みに痙攣する両腕を必死に前方に構える。
「……おーけい」
しばしの沈黙の後、ゴウダは小さく頷いて、ゆっくりと後退を始めた。
三歩、四歩、五歩。
六歩目で不意に足を止め、ザ、ザッ、と砂を掻き。
「オオオオォオ!!!」
次の瞬間、勇ましく大地を蹴って吶喊した。
プロレスラーの最終兵器、片手を伸ばして走るだけ。
肉体そのものが反則である彼らにとってはそれだけで十分、必殺足り得る。
ガチぴょんもまた、一歩も引かない。
下がる足すら残していないのか。
ともあれ。
ズン、とタイタスの右腕に全威力が宿る。
ガチぴょんも、ぐっ、と腰を落とし、引いた右手を――
交錯
刹那
――バッキャアッ!!
「――!」
「んだァッ!?」
両者の口から、同時に吐息が漏れた。
闘技場の中心で、一瞬、大気が震える。
「な、なんだってンだッッ!!」
勢い良く右腕を打ち抜きながら、ゴウダが狼狽の声を上げる。
その脇で、必殺の一撃を胸元に浴びた機影が宙に舞う。
だが、その犠牲者は、ガチぴょんでは無かった。
MSN-06S『シナンジュ』
突如として通常の三倍っぽい速度で割り込んできた乱入者。
袖付きの中でも最も流麗たる真紅の機体が、今、胸甲を無残にも抉られ、後背のガチぴょんの上にドサリと沈んだ。
たちまち会場が、わっ、と混乱に包まれる。
『アワ、アワワ!!
これは一体どうした事でありましょうかッ!?
会場に乱入した謎のシナンジュが、ノンビームラリアートの直撃を浴びてしまったァ!
コイツは、一体何者なンだァッッ!?』
『わ……、わワワわわ、ワタクシでありますぞォ……』
「「「「「 モ ッ プ さ ん !? 」」」」」
ビクン、ビクン、と痙攣するシナンジュから聞こえてきた声に、会場中の驚愕がシンクロする。
太く、しかしか細い、息も絶え絶えなその声の主は、間違いなくガチぴょんのパートナー、モップであった。
「バ、バカなッ!?
彼なら確かにさっきまで、ここで私と解説を……」
「ええい、何と言う無茶を!
碌に鍛えてもいない素人がファイティング・スーツを着用するなど、正気の沙汰ではない!」
狼狽の色を隠しもせず、リーがサッ、とその手をかざす。
ただちにけたたましくもゴングが打ち鳴らされ、修理装置を搭載したメタスが現場に急行する。
試合終了。
記録上は、ガチぴょんの反則負け。
だが、そんな事よりも……。
『なんでさモップ、何だってこんな無茶な事を……?』
『ガ、ガガガ、ガチぴょぉん……』
ぐるんぐるんと両目を廻しながら、モップのシナンジュが、ガチぴょんの手をそっと握る。
『ガンプラバトルは、遊びだからこそ熱くなれるんですぞ。
大人も子供もお姉さんも、みーんなで楽しめなきゃダメですぞ』
『……!』
三十年来のパートナーの言葉が、ゴウダの拳よりも強く、ガチぴょんの中の『彼』を叩く。
何と言う事であろうか。
アングラな地下闘技場の舞台でもなお、彼はガチぴょんとしての宿命から逃れる事は出来なかったのだ。
そして、それはきっと幸福な事なのだ。
己の半生を捧げて一つのキャラクターを演じ切れた俳優が、この世に果たして何人居た事であろうか?
『うん……、うん!
ゴメンよモップ、せっかく作ってもらったガンプラ。
こんなにボロボロにしちゃったんだ』
『何度だって作り直せば良いんですぞ。
それもまた、ビルダーにとってのチャレンジ! なんですぞ』
ガチぴょんたちのオーバーリアクションに、ベテラン声優陣のアドリブが乗る。
まさしく阿吽の呼吸。
三十年賭けて完成された、ガチぴょんチャレンジの集大成。
「ガチぴょーん!」
「カッコ良かったぞォ! ガチぴょん」
「モップさんも素敵ですぞ~」
拍手がたちまち喝采となり、歓声が二人の頭上に惜しみなく降り注ぐ。
『ありがとう……、ありがとうみんな!
これからもボク、頑張ってチャレンジするよォ!』
ガチぴょんの叫びに、わっ、と一際歓声が沸く。
偉大なる敗者の輝きの元、会場が一つになっていた……。
・
・
・
「ふぅ……」
仮想空間の大喝采から逃げ出すように、よろよろとゴウダがシュミレーターから這い出した。
たちまちガクリ、と膝が抜け、成す術も無く壁に背を預ける。
「まったく……、とんでもねえ化け物だったぜ」
ぜえぜえと、肩で荒い息を吐く。
効いているフリ、効いていないフリ、どちらでも出来る男ではあったが、流石に今はそんな余裕も無い。
「ふふっ、ずいぶんと酷いザマだなぁ、デスペラード」
「……へっ、お互い様だろうが、ギンザエフよぉ」
馴染み深い口髭市長の登場に、ほう、と一つ、ゴウダの口からため息が漏れる。
「参ったもんだな。
そのナリ、試合に勝って勝負に負けたって所かな?」
口元に苦笑を浮かべ、ギンザエフが上等そうな葉巻を一本差し出す。
「おいおい、なに言ってんだよ、市長さん……。
政治家業が板に付き過ぎて、俺らの本分を忘れちまったか?」
「ウン?」
ぽっかと煙の輪を吐き出して、ゴウダが満足気な笑みをギンザエフへと向ける。
「聞けよ、あの観客どもの大喝采……。
アレが『プロレス』の勝ちじゃなくて何だってんだ?」
「……ふっ、成程、違いない」
にっか、と大の大人がどちらからともなく笑いあう。
会場の興奮は今や最高潮を迎えようとしていた……。
・おまけ MFガンプラ解説⑭
機体名:がちもあ!(ガチぴょん専用グリモアカスタム)
素体 :グリモア(Gのレコンギスタより)
機体色:新緑色
搭乗者:ガチぴょん
必殺技:ダブルアクセル、忘れられないグリモア爆裂拳
製作者:モップさん
子供たちのアイドル、もっぷもぷのモップさんが、ガンプラファイト参戦を目指すガチぴょんのために夜なべして作り上げたMFですぞ。
ガンプラ・トレース・システムの肝が機体と肉体のシンクロにある事を見抜いたモップさんは、ガチぴょんの体型にジャストフィットするガンプラの製作を決意。
丸っこさが魅力のアメリア量産機・グリモアをベースとして製作を開始しましたぞ。
現実のガチぴょんの寸法に合わせ、頭は大きく、手足は太く短く、バランサーとしてのしっぽや背びれも丹念に作り込んでいった結果、最終的には本人の分身とも言うべき見事な機体が完成しましたぞ。
本機は他の追随を許さない完璧な調整によって、ガチぴょんの持てるパフォーマンスを最大限引き出す事に成功。
一回戦ではブラジリアン覇王流のジョージ来栖選手を相手に見事な勝利を飾りましたぞ。
続く第二戦では残念ながら敗退してしまいましたが、二人の絆が作り出した名機は観衆に鮮烈な記憶を残したんですぞ。
いや~、さすがのわたモップさんですぞ。