ガンプラ格闘浪漫 リーオーの門   作:いぶりがっこ

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・一回戦最終試合

 アムロ・レン(琉球舞踊) VS ヤマモト・アスラ(カラリパヤット)
 リ・ガズィ風月                  アスラガンダム  

                


アムロ再び

 ――武術。

 

 それは闘争を愛する者ならば、誰もが胸に憧憬を抱く崇高なる理念。

 

 修練に捧げられた尊い時間と、理合に裏打ちされた確かな戦術。

 そして何より、常在戦場すらを由とする、揺るぎなき鋼鉄の精神。

 全ての要因が咬み合った時、弱肉強食の摂理を超え、弱者の手に理不尽を覆す刃が握られる事となる。

 

 武の境地、しかし理念はあくまでも理念。

 この21世紀の時代に、人類の好奇心が暴ききれなかった神秘など何処にも無い。

 

 ボクシングは事実を事実と認め、弱者と強者をハッキリと分かつ事で近代スポーツの道を歩んだ。

 日本武道の集大成たる柔道ですらが、明確なる事実を前に理想を押し通す事は叶わなかった。

 同じ流派、同じ才能、同じ技術、同じ努力。

 もしも戦士を取り巻く全ての条件が同一であったならば、体格に秀で膂力のある者が必ず勝つのだ。

 事実、現代における拳聖・馬凶愛の技の冴えを以てしても、理想で現実を覆す事は叶わなかった。

 

 だがしかし、現実が冷酷であればこそ、世の救い難い格闘ロマンチストたちは甘美なる夢を抱いてしまう。

 

 ――曰く、戦国の世より五百年続く古武術の宗家と言う。

 ――曰く、琉球舞踊に巧妙に秘匿された宮廷武術の真髄を知ると言う。

 ――曰く、修羅の集うガンプラバトルの世界を、天性の操縦センスと勝負勘だけで勝ち上がったビギナーだと言う。

 ――曰く、「あの」空手少年、ナガラ・リオと互角に渡り合った烈女と言う。

 

 

『――かつて、先人は言いました。

 武術とは弱者に残された最後の牙。

 極めたならば女、子供でも大の大人を打倒できるのだ、と』

 

 

 MS少女の謳い文句に、観客達も息を呑む。

 ありえない、ガンプラ・バトルと言えどもやってる事は生身の代理戦争。

 闘争はメルヘンやファンタジーの世界では無いのだ。

 

 だが……。

 

『そうまで言うなら、見せて頂きましょうッ

 おあつらえ向きに女子供!

 篤人流古武術、及び安室流舞踊、弱冠18ッ歳、アムロ・レン!!』

 

 ザッ、と白砂を掻き分け、武術界最後のファンタジーが闘技場に姿を見せる。

 リアルニュータイプが選んだ相棒は、意外にもガンダムになり損なったMS、リ・ガズィ。

 純白の胴衣と藍染めの袴を意識した鮮やかなツートン。

 濃淡はっきりと分かれたコントラストが、見る者にガンダムの系統機である事を改めて思い起こさせる。

 BWSを取り払ったそのシルエットは、いかにも連邦謹製らしくシンプルでオーソドックス。

 強いて個性らしい個性を上げるならば、本来強化すべき指先を却って細くしなやかに磨き上げてきた事と、胴衣姿を意識して、腕部、脚部を『袖付き』に改造している事くらいか。

 

「……たく、ヒッドいな~、キミちゃんは。

 私は女の子じゃないってのかい?」

 

「デッハハ、諦めろやモーラよォ。

 アイツにとっちゃあ、お前はヒーロー以外の何者でも無いだろうよ」

 

「…………」

 

 傍の他愛ないやり取りを聞き流して、ヒライ・ユイの瓶底眼鏡がモニターをまじまじと凝視する。

 しばし置いて、傍らのリオがぽつりと尋ねる。

 

「どうだ、ヒライ?」

 

「……正直、拍子抜けしている。

 あのリ・ガズィ、彼女が作ったにしてはあまりにも堅実で王道的。

 外見を見ただけでは分からないけれど、少なくとも、この前のディジェのような不気味さは無い」

 

「お前のリーオーを意識してるんだよ。

 天狗の鼻をへし折られたちまったんだから当然だ」

 

「……?」

 

 リオの慮外の言葉に対し、ヒライはきょとんと小首を傾げ、言葉の意味を反芻するように考え込んだ後、やがて合点がいったのか「ああ」と一つ頷いた。

 

「それは無い。

 彼女にとっての私とは、ナガラ・リオのおまけ」

 

「…………」

 

 一切の謙遜も自虐も無く、ただ淡々と少女が語る。

 思わずリオの口よりため息がこぼれる。

 ヒライの悪癖、自己の評価がヒイロ・ユイの命並みに安い。

 

「まあ、いいさ。

 アイツの手管さえ見りゃあ、それでハッキリするからな」

 

 短く言葉を切って、意識を眼前のモニターへと戻す。

 好奇と不安に僅かばかりの期待がないまぜになった群衆の視線が、舞台上のリ・ガズィに容赦なく纏わりつく。

 だが、そんな粘っこさをを意にも介さず、アムロ・レンはただ飄々とその時を待つ。

 

(……カラリパヤット、のう)

 

 そっと、胡散臭げにその武術の名を呟く。

 

 現代の古流武術家がググってみた結果、得られた情報は『アジア格闘技の源流』と言う一事のみ。

 即ち、かの達磨大師が天竺にて会得した体術こそが崇山少林寺の興りであり、一方、インドの伝説的英雄・ラーマの叙事詩が東南アジア一帯に伝搬する過程で、ムエタイ、シラット、ポッカタオと言った数多の闘技を生み出す土壌が形成された言うのである。

 篤人流四百年など目では無い、圧倒的仰天的ファンタジー。

 唐手――、かつて中国文化圏の柵封体制に与した琉球武術の末裔もまた、決して無関係ではいられない。

 

 ブゥン、と通信回線が開き、束の間の思考が遮断される。

 見据えた砂嵐の先に浮かび上がったのは、大会主催者、リー・ユンファの満足げな笑顔であった。

 

「なんじゃいプラモ屋?

 勝負の前じゃぞ、後にせい」

 

『ハッハッハ、今さらこんな事でナーバスになるような貴方でもないでしょう。

 時にアムロさん、今日の一戦、巷ではどのように謳われているか知っていますか?』

 

「……なに?」

 

『ズバリ、人類の革新(ニュータイプ)対決』

 

「…………」

 

 李大人の大上段の物言いに、アムロはしばし呆れたように目を瞬かせていたが、その内にカカ、と鼻で笑って言い放った。

 

「勝手に言っとれ。

 プロモーターがどんなアングルを組んだのかは知ったこっちゃないが、生憎とワシはアムロ・レイでもD.O.M.E.でも無いでな」

 

『まっ、貴方の自己評価ではそんな認識なのかも知れませんが。

 さて、あちらさんはどうでしょうかねえ?』

 

「そいつはどう言う――」

 

 

 ――不意にコロッセウムにおおっ、と言うどよめきが溢れ、レンの二の句が遮られる。

 

 意識を改め通信を切り、ゲートの先を不機嫌に見据える。

 リー・ユンファの含みの意味、それも立ち会って見ればすぐに分かる。

 これ以上の詮索は必要ない。

 困惑交じりの歓声の中、篝火に炙り出されたライトブルーの機影が姿を見せる。

 

 

 アスラガンダム。

 有体に言うなれば、それは一種の神体であった。

 

 

 インド土着の古き神々のような蒼き肌に、さながら腕輪、首飾りを模して直に刻まれたメッキの彫金。

 腰部にはアーマーの代わりに朱色の布地、更にその上から豹柄の毛皮を巻き付ける。

 どのような意図があるのか、大仰なるバックパックは後光のように四つ又に広がり。

 極めつけにその頭部には、古の(ラージャ)の如き金色の冠を被る。 

 

 魔改造、いや。

 格調高き主神の如きその面立ちに「魔」と言う文字を当てて良いのかすら分からない。

 プラモと言うよりも、フィギュアと言うよりもそれは、さながらプラスチックで象られた偶像であった。

 

(RX-78? いや……)

 

 場違いなオーパーツの登場に会場が混乱する中、レンの中のアムロセンサーは尚冷静に分析を続けていた。

 眼前の機体の悪趣味な装飾を取り払ったならば、おそらくそこには馴染みの深いファーストの地肌が現れる事だろう。

 だが、どこかしら違和感が拭えない。

 ガンダムベースにしては、全体のフォルムがスマートに洗練され過ぎている。

 外観の傾向としては、その特徴は明らかにゼロ年代以降の……。

 

「――ああ、何かと思えばあの大型新人、蒼月クンの神MS。

 0ガンダムがベースの機体であったのか。

 謙虚なのか傲慢なのかハッキリせいや、ヤマモトとやら」

 

 開口一番、アムロ・レンの喧嘩腰の物言いに、神体の中のヤマモトが、元より線のような目をさらににいっ、と細くする。

 

「その言葉、そっくりそのまま返しておこうか?

 アムロを名乗る女が、わざわざ情けない方のMSを持ち出してくるかね」

 

「うっさい阿呆、名前の文句はご先祖様に言え」

 

「ふふ、違いない、失礼」

 

 叩頭するかのように、アスラがゆっくりと体を畳み、しかるのち徐々に持ち上げていく。

 緩やかに片足を持ち上げ、舞うようにしゅるりと両の指を備える。

 闘技と言うよりもそれはまるで、神々に捧げられし戯曲のような――。

 

(インド舞踊……、何もかもがワシへの当て擦りっちゅうワケかい)

 

 唐突に主催者のドヤ顔が脳裏をよぎり、チィ、と舌打ちが漏れる。

 

 

『インダス河の畔より始まったアジア格闘技の源流か?

 戦国の世に秘匿された古流武術の末裔か?

 現代に残る格闘史最後のファンタジー、本物はたった一つのみ!』

 

 

 勝負の気を感じ取り、MS少女がその声を張る。

 

 

『一回戦最終試合、気合い入れて行きまッしょ~~~うッッ!!

 ガンプラファイトォ、レディー……、ゴオォォ―――――ゥッッ!!!』

 

 MS少女の叫びと共に、高らかとゴングが打ち鳴らされた。

 

 

 観客の大歓声の中、二つの機体がゆらりと動く。

 アスラは相変わらず舞曲の動き。

 命のやり取りなどさしたる風もなく、飄々と左右に体を揺らす。

 

 一方のリ・ガズィは珍しくも開手。

 背筋をピンと張って肘を軽く畳み、開いた両の掌を眼前に備える。

 

 空手で言う所の前羽の構え。

 性質としては『見』であり『守』。

 相手の全身を見るともなく見定め、上下左右、何が飛んできても二つの盾ではたき落とす。

 本質が読めぬ手合いに対しては、確かに堅実と呼べる選択。

 今一つ疑問を呈するならば、それがアムロ・レンと言う狂犬の本質に合致するのか、と言う一点だが。

 

 じりりっ、とリ・ガズィが爪先で距離を縮める。

 両者のリーチは同程度。

 あと50cmも距離を詰めれば、たちまち戯曲は静から動へと転ずる事になる。

 

 じりりっ

 あと30cm 

 

 じり

 あと20cm

 

 じり

 あと10――

 

「……はあ」

 

 間合いの外一杯、不意にリ・ガズイがだらりと構えを解いてうなだれた。

 何事かと目を見張るアスラに対し、リ・ガズィは呆れたように虚空を見上げ――

 

 

「ケキャアァアァァ―――ッッ!!」

 

 

 つられたアスラが何とは無しに顔を上げた瞬間、リ・ガズィは大地を蹴っていた。

 ババッと二つ間合いを踏み越え、Vの字に備えた右手を顔面目がけて突き出していく。

 戦場技術ゆえ、奇襲も已む無し。

 いかなヤマモトとて、それは警戒していた一手であったが……。

 

「ちょっせい!」

 

「ウヌッ!?」

 

 両者の指先が交錯するかに見えた刹那、リ・ガズィが消えた。

 間をおかずバサリと覆い被さってきた麻の布地が、アスラの視界を塞ぐ。

 不意打ちも目突きも囮。

 古流武術家、アムロ・レンの本命はこれ、スカートめくり。

 

 露わになった神の股間を、まじまじと少女が凝視する。

 スカートアーマー、無し。

 隠し腕、無し。

 フォトンボム、無し。

 ロラン・セアック、無し。

 

 

 ――結論、躊躇なく蹴れる!

 

 

「カカーッ!」

 

「オギャッ!?」

 

 ゆえにアムロは、躊躇なく蹴った。

 ゴギャッと一つ、金属のひしゃげる音が鳴る。

 神体は潰れた蟇蛙のような声を上げ、もんどりうって大地に倒れ込んだ。

 

 

『うわああああああああああああああああああああああああああ!!??

 や、ヤ、や、やりやがッたこのアマァッ!!

 うえっ!? え? ええっ!? け、決着ゥ!?!?』

 

 割れんばかりの歓声と悲鳴が響き渡る。

 MS少女のテンションも通常の三倍だ。

 

 瞬殺、戦場技術、容赦無し。

 事態の急変に、居合わせた誰も彼もが驚愕していた。

 オーディエンスも、MCも、主催者も、歴戦の兵たちも。

 

「な、なんじゃとォ!?」

 

 そして、蹴ったアムロ・レン本人も。

 

「これがカラリパヤットじゃと?

 バカな、こいつ、これでは……」

 

 

 ――ただの素人じゃあないか?

 

 

 足元で這いつくばって痙攣する神を前に、はっきりと結論がでる。

 不意打ちへの拙劣な対応、鈍い挙動、蹴った此方が罪悪感を覚えるほどに無防備な下半身。

 いずれも本大会の一端のファイターならばあり得る失態では無い。

 

「なに呆けてやがる、レン!

 とっとと決めちまえッ!」

 

「やっかましいわい! 黙っとれや空手小僧!!」

 

 ギャラリーからの罵声を一喝する。

 まったくもって冗談では無い。

 空手と言うメジャーなカテゴリに属するナガラ・リオならそれでいいだろう。

 このまま頭部を踏み付けて決着。

 それだけで観衆には実戦の怖さを十分に伝える事が出来る。

 

 だが生憎、こちらは古流武術と琉球舞踊を組み合わせたまったく新しい格闘技。

 これでは安室流舞踊とは、不意を突いてキンタマを蹴る流派と勘違いされてしまうではないか!?

 全然カッコ良くない。

 ばあちゃんに対してもあまりに申し訳が立たない。

 

「……た、たた太刀筋は見切らせてもらったよ」

 

「あん?」

 

 トントンと腰元を叩き、ヒッヒッフーとラマーズ呼吸法を繰り返しながら神が立ち上がる。

 

「どうする? こ……、ここらで止めにしておくのも、貞女の潔さってモンだ」

 

「…………」

 

 プルプルと生まれたての子鹿のような内股で降参を促す神の雄姿に、アムロがぱちくりと目を瞬かせる。

 何と言うか、凄いな、コイツ。

 

 幾度と無く蹴り続けた半生から得た経験。

 強がりも、意地も、矜持も、何もかもを残せぬ筈の、立ち向かう事を許さぬ激痛。

 ダメージ自体を技術で軽減できた者もいないではない。

 だが、強がりでもなんでもなく立ち上がり、こうまで空気を読めぬ発言のできる男がいようとは。

 

「ああ、まあ、ええわい。

 そのお茶目さに免じて、もうちょっとだけ遊んでやるわい」

 

 言いながらリ・ガズィが半身を取り、タン、タンと上下にリズムを刻む。

 だらりとぶら下げた袖付きの左腕が、振り子のように左右に揺れる。

 

「愚かな、何をやろうとこr」

「ちょいや」

 

 スパン、と乾いた音を立て、たちまちアスラの顔面がハネ上がる。

 

「……ッ!」

 

「ド阿呆、ベラベラ喋っていりゃあ舌ァ噛むわい。

 ほれ、サービス問題じゃ、外してみいニュータイプ」

 

 言うが早いか、左腕を放り投げるかのように打ち放つ。

 前に出ようとした出鼻に一発。

 のけぞり避けようと振った鼻先にさらに一発。

 ぶらりと振った指先が、次の瞬間、さながら水銀の鞭のようにしなって獲物を狙い撃つ。

 古流のはずの武術家が見せた魔技に、たちまちざわりとどよめきが起こる。

 

「な、なんだ、あの嬢ちゃん、急に……?

 おい小僧、そのナントカって古武術には、中国拳法まで含まれてんのかよ!?」

 

「あ……?

 何言ってんだ、オッサン。

 よく見ろよ、鞭打じゃねえよ、ありゃあ……」

 

「デトロイトスタイル……。

 それも、恐ろしく的確な」

 

 リオの言葉を引き継ぐ形で、傍らのルクスがポツリと呟く。

 フリッカージャブ。

 最短距離を直線的に走る通常のジャブに対し、腕のスナップを最大限に活かし、鞭のようにしならせながら打ち込む変幻自在の刃。

 左を制する者が世界を制すると謳われた近代ボクシングにおいて、ひたすらジャブを打ち込む事に特化した速射砲のスタイル。

 

「だ、だがよ、なんだって古武術の嬢ちゃんにそれができる?

 そもそもあんなモン、実戦が売りの武術家にゃあ必要ないだろ」

 

「あいつは武術の達人とか、そう言うんじゃねえんだ。

 何でも出来る天才が、たまたま古武術に縁があったってだけ。

 空手も、ボクシングも、柔道も、資料さえありゃ何だってそれなりにこなせちまう。

 真似できないのはおっさんのプロレスくらいのモンさ」

 

 そこまで言い切った所で、忌々しげにリオが舌打ちをする。

 蹴り技にリーチで劣り、所詮は体重が乗らない手打ちのジャブ。

 それに固執したがるのは勝利のためではない。

 

 ナガラ・リオが唯一看過できないレンの悪癖。

 遊びたがり。

 眩いばかりの自身の才気を、完全に持て余してしまっているのだ。

 

「ほうれ、ほうれ、どしたい?」

 

 そんなリオの感情を知る由もなく、余裕綽綽に少女が左腕を放り込む。

 元より合気道に精通し、ニュータイプとも揶揄されるほど動物的直観に秀でた女。

 どう見ても適当にブン回したようにしか見えない指先が、恐ろしいほど的確に相手を捉える。

 

「愚かな――」

 パン!

 狙い撃った。

 

「これ以上の――」

 パン!

 狙い撃った。

 

「不毛、な――」

 パン!

 狙い撃った。

 

「~~~ッ! いい加減に……」

 

「ほい来たァ!!」

 

 逆上したアスラが被弾覚悟の特攻に移ろうとした刹那、先を取ったリ・ガズィがスタンスを変えた。

 軽く腰を沈め開手に備えた両の手を前方にかざす。

 あまりの反応の良さに、観衆にはアスラの右腕がリ・ガズィの両手の間に吸い込まれていくように見えた。

 先を取り、誘い、その反撃を絡め捕る。

 まるで合気道の教科書、一点の抜かりも無い完璧な試合運び――。

 

「ガッ!?」

 

 ――それが今、アスラの剛腕の前に打ち崩された。

 

 被弾した。

 右の拳を浴びたのだ。

 確かに手中に収めた筈の右腕の上から、更にこめかみ目掛け右拳(・・)が飛んできた。

 

「!!??」

 

「調子こいてンじゃねえッ こンガキャアアァァアァァ――――ッッ!!!!」

 

 どよめく闘技場にドスの利いた怒声が響き渡る。

 同時にアスラの頭部が120度ぐるりと回転し、金色の冠に隠された真紅のガンダムフェイスが姿を現す。

 

「な、なんじゃあ!?」

 

「死ねよヤアァあァぁァ――ッッ」

 

 敵の豹変に驚く間もなく、返しの左が飛んでくる。

 事態の変化に戸惑いながらも、アムロの天性は次の攻撃にしっかり対応していた。

 大振りのフック。

 よく見えている、当たらなければどうと言う事は無い……、のだが。

 

「無駄」

 

「――ぐっ!」

 

 アスラの頭部が今度は逆方向に240度回転し、白色の能面が呪詛をこぼす。

 間を置かずに第二撃。

 やはり浴びてしまう。

 大仰な左フックを捌きにかかった両腕。

 その下を掻い潜り、コンパクトな左のボディが深々と鳩尾にめり込んだ。

 

 ダメージを殺しかね、リ・ガズィがどっかと大地に両膝を突く。

 痙攣する横隔膜を抑え、逆流する胃酸を飲み干しながら、アムロ・レンが狂ったように笑いをこぼす。

 

「……カッ、カカ。

 名前を聞いた時からもしやとは思うておったが……。

 その機体、やはり本性はあの、アシュラガンダム、かや?」

 

 少女の呟きを肯定するかのようにアスラの頭部が正位置に返り、同時に備えた四本のサブアームがガギャンと正面に展開する。

 

「お察しの通りさ。

 警告だけはしたよ。

 こうなっちまったら、もう僕自身にも止められやしない」

 

 飄々とした微笑を崩さず、蜘蛛のような六本腕をしゅるりと備える。

 三面六臂。

 本性を露わとした闘神の姿に会場が震える。

 

 

 

「オイッ!? なんだありゃあッ

 フザケた仕事してんじゃねえぞ! プラモ屋ァ!!」

 

 プラネタリウムにナガラ・リオの怒声が響く。

 間を置かず、オーロラヴィジョンにどこか困ったような主催者の顔が浮かび上がる。

 

『……あ~、ナガラ君。

 キミの言いたい事は、我々も百も承知なんですがねえ……。

 けど、アレ、システム上は間違い無く本人の『腕』なんですわ。

 何度判定しても、ガンプラ・トレース・システムは『問題なし(オール・グリーン)』と結論付けてしまうんです』

 

「バカな事を言ってんじゃねえッ!

 本人の肉体と繋がってない偽物の腕が、どうやって生身で動かせるってんだッ!?」

 

「ナガラ」

 

 激昂する少年の腕を引き、おずおずとヒライが声をかける。

 

「肉体とリンクしていない四本の腕を動かす方法。

 もしかしたら、あるのかもしれない」

 

「何だと?

 ヒライ、お前まで何を……」

 

「……ネオフランス代表、ジョルジュ・ド・サンド。

 その得意武器はローゼスビット。

 本家モビル・トレース・システムは、脳波コントロールによるオールレンジ攻撃の存在を許容している」

 

「――ッ!

 バ、馬鹿な……、それは……!」

 

 ヒライ・ユイの大胆な推測に、リオ、いや、居合わせたファイターたちがみな絶句する。

 ヒライの推論が正しいならば、あのヤマモトは……。

 

「……カラリパヤット、か。

 ララァ・スンにクエス・パラヤ。

 そういやあ原作でも、ニュータイプとインドは切り離せない因縁の地、やったな」

 

『――ヒライさんの仮説が正しいかどうか、現代に生きる我々には確認する術はありません。

 ですが、最も信頼のおける審判、ガンプラ・トレース・システムが是とする以上、我々は認めざるを得ないのですよ』

 

 リー・ユンファが顔を上げ、ざわめく観衆を片手で制し、その指先を舞台の中心へと向ける。

 

『改めて歓迎させてもらいましょう。

 彼……、リアル・ニュータイプ、ヤマモト・アスラの今大会参戦をッ!』

 

 

 解離性同一症。

 

 ヤマモト・イチロウが小学校五年生の時に精神科の医師から告げられた診断結果がそれであった。

 

 名前など、症状などはどうでもいい。

 重要なのは、その時ヤマモト少年が、自身の内に宿る異常性を意識するようになったと言う事である。

 

 言われれば確かに自覚はあった。

 日常のちょっとした時間に、ふっ、と訪れる空白の記憶。

 見知らぬ同居人とでもルーム・シェアしているかのように景色を変える部屋。

 どこか怯えたように瞳を逸らす、昨日までのいじめっ子の顔。

 

 その日以後、少年は人前では極力己を殺し、他者と関わり合いを持たぬ生活を心がけるようになった。

 

 自身を雑草の一つと意識して過ごす灰色の日々。

 それ自体は慣れてしまえばさしたる苦痛では無かった。

 だが、日常が空虚であればある程に、妄想が欲求となって胸を突く。

 

 まだ見ぬもう一人の自分たち。

 自分が目覚めている限り、決して出会う事の叶わぬ兄弟たちは、どのような姿形をしているのか?

 不毛なる世界の中で、ただ欲求のみが強い衝動となって魂を焦がす。

 科学と数式しかサーチライトを持たぬ西洋医学ばかりに頼っていては、決して辿り着けない遠き願い。

 高校卒業と同時にヤマモトは家を飛び出し、遥かな大陸へと渡った。

 

 齢18にしてバックパッカーとなった異邦人。

 その半生に培われた『己を殺す』と言う奇異な才能は、異郷の地で思わぬ糧となった。

 何処に居ても、何をしていても気にも止められぬモブの少年。

 血の気の多い九龍の裏街も、銃弾と隣り合わせの紛争地帯も、場違いな極東の子羊の存在に気付く事は無かった。

 

 上海から中国本土に渡り、道教の足跡を追いかけ老荘の思想を諳んじる。

 アジアの史跡を巡っては、兵たちの歴史に思いを馳せる。

 過酷なヒマラヤを踏破して、古の高僧たちの言葉を探す。

 流浪の少年の脚は、やがて必然として、愛の国ガンダーラへと向かう事になる。

 

 有史以来、あらゆる人の営みを見守り、受け入れ続けたガンジスの流れ。

 それを目にした青年の中で、全てのわだかまりが氷解していくかのようだった。

 己を殺し続けた故国では得られなかった、何とは無しの充足感。

 青年は当初の目的も忘れ、ただぼんやりと大河の行く末を眺め続ける日々が続いた。

 

 ある日、青年は水面に映る自分の姿を見出した。

 そこには確かに、かつて自分の探し求め続けた『彼ら』の姿があった。

 反射的に手を伸ばすと、たちまちに水面は乱れ、彼らの姿は乱れて消えてしまう。

 

 ようやく出会えた兄弟たちの影。

 何とかして形にして、直に触れてみたい。

 そう考えた青年の脳裏に閃くものがあった。

 

 かつてヤマモト少年は、己を殺す以外にもう一つだけ特技を持っていた。

 それは、ガンプラ作り。

 内向的な少年の繊細な指先は、自分でも驚くほどに丁寧に機体を組み上げる事が出来た。

 没個性的な生活を心がけながらも、何故だか捨て切れなかったささやかな趣味。

 それすらも今は運命の一部と理解出来た。

 

 青年が素体に選んだのは、西暦ガンダムにおける原初の神・Oガンダム。

 日がな一日水面を眺め、安宿に戻っては機体に手を入れる研鑽の日々。

 仏師のような毎日の果て、いつしか青年の手には、三面六臂の機体が握られていた。

 

 神代の悪神(アスラ)のような禍々しき鋼鉄の化身。

 それが自身の内にある姿であるとは、にわかには理解できなかった。

 だが、指先は告げていた。

 これ以上は、何一つ加える事も削る事も出来はしない、と。

 そう納得してしまえば、捨てた筈の(カルマ)がふつふつと沸いてくる。

 

 動かしたい。

 この三神一体の機体と交わり、存分に暴れ回ってみたい。

 その段になって青年はようやく、この神体が何故にガンプラでなければならなかったのかを知った。

 

 日本に舞い戻り、町角で繰り返される青年の武者修行。

 ヤマモト・イチロウがアスラを名乗り、非合法のガンプラ・ファイトに辿り着いたのもまた必然であった。

 

 

「カ……、カカ、酷い話もあったもんよ。

 三面六臂、こんな深刻なレギュレーション違反が、ニュータイプの一言でまかり通ろうとはな」

 

 くつくつと自嘲をこぼしながら、アムロ・レンがかろうじて体を起こす。

 ややためらいがちに一つ頷き、ヤマモトが訥々と語る。

 

「今日この日のために研鑽を積んできたアンタら格闘家には、本当に申し訳ないと思っているよ。

 だが僕も、どうしてもこの姿で心おきなく遊べるだけの舞台が欲しくてね」

 

 そう一つ寂しげに笑い、六本の腕を舞うように構える。

 

「もう一度だけ聞くが、ここらで幕にしないか?

 武術とは対人を想定して生み出されたもの。

 人ならざるこの神体を前としては――」

 

「たわけ」

 

 パンパンとスカートの砂を払いながら、アムロが一言で斬って捨てる。

 

「つまらぬ玩具を出し惜しみしおってからに。

 ここまでうぬを殺さずに来た自分を、思い切りブン殴ってやりたいわい」

 

「…………」

 

「今日は遊びに来たのじゃろう、ヤマモトよ。

 存分に試してみれば良いではないか?

 うぬのお遊戯が、本物の武術相手に通じるかどうか、な」

 

「……愚昧」

 

 ぐるんと凍れる能面が顔をもたげ、たちまち風を巻いて手負いの武術家へと迫る。

 ド素人、なれど文字通り通常の三倍の連撃。

 

「カカーッカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ……」

 

 天才、アムロ・レンの本領は、その瞬間遺憾なく発揮された。

 迫るアスラと等速で下がりながら、尚バランスを崩す事なく両の手を動かす。

 外せる拳は外し、避け切れぬ軌道のみ肘先で遮る。

 最速最短、最善手を疾る武術家の掌が、三倍の物量を違う事なく撃ち落としていく。

 

 ヤマモト・アスラの魔性の拵えに対し、真っ向から迎え討つアムロの神業。

 奇跡の為したる一瞬の均衡に、観客は震え総立ちとなる。

 しかし観衆は、いや、この場に居合わせた者全員が薄々と気付いてはいた。

 

 前進するアスラ、後退するリ・ガズィ。

 均衡は完全なる均衡では無い。

 この奇跡は次の瞬間、すぐにでも打ち止めすると……。

 

 ――ダン

 

「カッ!」

 

 やがて、当然のようにリ・ガズィが壁を背負う。

 正確無比なる指先が乱れ、止めてはならぬ掌が、パン、と中空で止まってしまう。

 

「……ッ!」

 

 手四つ。

 どうしようもない詰みの形。

 6-2=4

 簡単な算数、残った四本の手でボコボコにされる。

 

「終局だ。

 ガンダムもどき、這いつくばって許しをこ――」

 

「くどいぞヤマモト!

 そんなにキンタマを潰して欲しいか?」

 

「――ッ 阿呆がァ!!」

 

 ぐるりと憤怒のガンダムフェイスが顔をもたげ、ファンタジーの終焉を告げる。

 グッ、と握られた四つの拳骨が、今、古流武術の結晶目掛け――

 

「おすわり」

 

「……ッ!?」

 

 ――放たれるかに見えた瞬間、唐突にアスラがどっかと尻餅を突いた。

 

 

『えっ? え……、え、ええ? 何、なに、えええ!?』

 

 

 シン、と静まり返ったコロッセウムに、MS少女の戸惑いの声が虚しく響く。

 苦悶の表情を浮かべその場にへたり込んだ神の化身。

 余裕綽綽で壁面に持たれる情けないMS。

 

 唐突に観衆たちは、アムロ・レンかつてNTと呼ばれる少女であった事を思い出していた。

 だとしたらこの怪現象もまた、少女の体を通して出る力に当てられた結果なのか。

 あるいは何か、それこそ脳波コントロール的な……。

 

 

「……んなワケねえだろ、おっさん?

 ニュータイプだのバイオセンサーだの、宇宙世紀じゃねえんだからよ」

 

「だ、だったらあの光景は、一体なんだってんだよ?」

 

「点穴突き、あいつの得意技さ。

 もっとも、俺の時は足先だったがな」

 

 言いながらリオがモニターを指し示す。

 成程。

 確かに手品のように動きを静止した両機は、その実、組み合った両の掌で繋がっていたのだ。

 フン、といかにも忌々しげに空手少年が吐き捨てる。

 

「玩具を見せびらかしたかったのはアイツの方さ。

 アムロ・レンは最初から、ずっと一人でプロレスをやっていやがったんだよ」

 

 

 ワケが分からない。

 突如、指先から背骨にかけて、煮え滾った鉛を流し込まれたかのような激痛に襲われた。

 バランスを保てずたちまちに腰が砕け、あれほどにハッキリと感じられていた相棒たちも雲散してしまった。

 

「どうじゃいヤマモトくん。

 古流の型(オールドタイプ)もなかなか捨てたモンじゃあないじゃろ?」

 

 頭上より、勝ち誇ったような少女の声が響く。

 

「しっかし本当に面白い奴じゃのう。

 現実には存在しない偽物の腕にまで、こうして頚脈が繋がっておるとはな」

 

「け、けい……、みゃく……?」

 

「篤人流捕術『紋殺(あやとり)

 骨子術とも言うかのう。

 本来は鍔競合いから組打ちに移る一瞬を穿つ技なんじゃが、初見殺しにはうってつけよ」

 

「~~~~~ッッ!!??」

 

 少女の指先に、くっ、と一段力が入る。

 たちまち激痛が圧力を増し、傾いだ頭部より大粒の汗がこぼれ落ちる。

 

「……のう、ヤマモトよ。

 二度、少なくとも二度、今日のワシには致命的な油断があったわい。

 例えばうぬが、あのナガラ・リオのようなヤバいヤツであったなら、今頃ワシはとっくに三途の川を渡っておったわ」

 

「ぐぬ……、う?、が……!」

 

「武術を舐めんなよファンタジー。

 篤人の技は戦場技術。

 三人がかりの素人程度、どうとでもなるわい」

 

「……っ がぁあぁぁッ!!」

 

 ぞくり、と殺気が走り、全身全霊を込めてアスラが動いた。

 身を灼くような激痛すらも乗り越える恐怖が、本能的にヤマモトを動かしたのだ。

 

 瞬間、ふっ、と拘束が緩み、勢いのままにアスラが宙に舞った。

 スロー・モーションのように回る世界の中で、ヤマモトは真紅にたなびく炎が踊るのを見た。

 

「ぐが……ッ」

 

 バン、と顔面から石壁に叩きつけられる。

 その瞬間、炎が明確な敵意をもってヤマモトの首筋に絡みついてきた。

 グッとアスラの肉体が反り上がり、その自重で頸動脈が締め上げられる。

 

(バカな……!)

 

 ワイヤー、鋼糸の類か?

 ありえない。

 レギュレーションがどうこう以前に明確な反則。

 

(なぜ……、なんで誰も止めない……ッ!?)

 

「カ……、キャバ……ッ」

 

 ささやかな抗議の声の代わりに、ヤマモトの口元よりあぶくがこぼれる。

 その必死さが、しかし観衆にはてんで届かない。

 何故か?

 それは無論、アムロの攻撃が反則では無いからだ。

 

 鍛えた己の肉体以外に得物を持つ事を許さぬガンプラ・ファイト。

 逆に言うならば、己の肉体に連なる全ての部位を、武器として使う事が許されている。

 

 拳も、掌も、手首も、腕も、肘も、肩も、爪先も、踵も、膝も、脚も、指も、頭も、腹も、尻も、爪も、牙も――。

 そして勿論、幼き頃より伸ばすに任せた真っ赤なしゃぐまも……。

 

「カーッカッカッカッ!!」

 

 

『うええっ、なッ、ナッ、ナドレだァァ―――――ッッッ!?

 何と言うリ・ガズィ!? なンと言う悪魔超人ッ!!

 メットの下に、ヘルメットの下にッ、信玄ヘアーを仕込んでいやがったァッッ!?』

 

 アムロ・レンが高らかと嗤う!

 嗤いながら体を丸め、クロスした両腕を力一杯に絞り上げる。

 たちまち連獅子のような赤しゃぐまがぎゅるりと締り、背中合わせになったアスラの首が高らかと吊り上がる。

 

 前代未聞。

 相手の首をカッコ良く絞めるためだけに、HGリ・ガズィに植毛する女!

 

 

 

「……すまん、ヒライ。

 どうやら俺の方が見当違いだったみたいだ。

 アイツはやっぱり、どこかおかしい」

 

 呆気に取られる観客席の片隅で、空手少年がぽつりと相方に語る。

 見立てが間違っていた。

 あの天上天下唯我独尊少女が、反省したり尊敬したり、ましてや他人の機体を参考にするなど在り得ぬ話だったのだ。

 敢えて機体をシンプルに仕立ててきた理由はただ一つ、今この瞬間のインパクトのため。

 

 だが、当のヒライはふるふると首を振るい、リオとは真逆の見解を述べた。

 

「全然おかしくなんか無い。

 ナガラ、あの首締めは、本当はあなたのために用意されたギミック」

 

「えっ?」

 

「間隙の少ないリーオーの首周りは、通常の裸締めでは攻めきれない。

 けれど今度の勝負は観客の前。

 あの時のように襷を使うワケにはいかない」

 

「ああ……」

 

 言われてリオもようやく思い出す。

 根平の野仕合での一場面。

 確かにリオは、愛機の襟元の構造のおかげで命拾いした事があった。

 

「彼女の本心、気付いてあげなきゃダメ」

 

「……? あ、ああ」

 

 ヒライのおかしな言い回しに戸惑いつつも、渋々ながらリオが頷く。

 確かに普段のアムロは、人を人とも思わぬ傲慢さを見せる一方、自らの矜持に対しては燃え盛るような執念を見せる女であった。

 ヒライの言う通り、あの女と相対しようと言うのならば、寸毫たりとも油断してはなるまい。

 彼女の思惑を読み違えた時、その時は間違いなく自分が吊るされる番であろう。

 

 

 

「――ガンプラは確かに自由じゃ。

 設定を無視して思うがままに改造して構わん。

 ボディに綿を仕込んだって構わん。

 ナンパの小道具にしたって構わん。

 白スク水のファルシアをアッグガイに触手攻めさせたって一向に構わん」

 

「……ッッ!!」

 

 既に虫の息となった背中越しの相手に、淡々と諭すようにアムロが語る。

 

「じゃがのうヤマモト。

 残念じゃが、ここはワシらの遊び場じゃ。

 自分探しならヨソでやってくれや」

 

 ガクリ、と背面の抵抗が途絶えたのを確認し、アムロ・レンが両手を開く。

 たちまち中空に燃えるような赤髪が踊り、糸の切れた人形がズシャリと大地に落下する。

 

 けたたましくもゴングが打ち鳴らされる中、鼻持ちならぬ少女は自慢のしゃぐまを掻き上げ、嗤った。

 

「カカカ、お約束じゃが、敢えて言わせてもらおうかのう?

 今宵のワシは阿修羅をも凌駕するヒロインよ」

 

 

 

 




 一回戦終了じゃ!
 
【挿絵表示】



・おまけ MFガンプラ解説⑫


機体名:アスラガンダム
素体 :0ガンダム(機動戦士ガンダム00より)
機体色:水色
搭乗者:山本明日羅
必殺技:アスラバスター
製作者:山本明日羅

 孤高の放浪者、山本明日羅がインダスの流れの中に見出した『神』を形にした機体。
 機動戦士ガンダム00に登場した0ガンダムがベースに当たるも、製作の経緯を鑑みれば、ガンプラを素材にした偶像、仏像の類と解釈した方がその実情に近い。
 ライトブルーのボディにはガンダーラ美術を模した調金や装飾が施され、原型の判別がつかない程のスクラッチ機体となっている。
 機体コンセプトとしてはむしろ、Gガンダムに登場したアシュラガンダムに類似しており、山本の意識下に内在する別人格を介する事により、背面に取り付けた四本のサブアームを自在に操作する事が可能である。
 それに合わせ、頭部は個々の人格を象った三面を有するガンダムヘッドへと差し替えられている。

 三面六臂と言うレギュレーション違反スレスレのアドバンテージを有した本機の存在感は、イロモノ機体の集う本戦においても一際脚光を浴びるものであったが、対戦相手のアムロ・レンを前に、結局は実戦における古武術の底力を知らしめる結果となってしまった。






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