ガンプラ格闘浪漫 リーオーの門   作:いぶりがっこ

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・Bブロック第三試合

 馬凶愛(中国拳法) VS ハリマオ(我流)
 婆鎖唖護           バクバクゥ




私の愛馬は凶暴です

 

 十年ほど前。

 とあるNPO団体に勤める老夫婦が、マレー半島で一人の少年と出会いました。

 浅黒い肌に、獣のような大きな犬歯、それに伸びるに任せたボサボサの髪の毛の少年でした。

 

 環境保全調査のため、密林にベースキャンプを組んでいた最中の出来事です。

「あっ!」と二人が驚く間もなく、少年はスコールに煙るマングローブの向うへと消えてしまいました。

 

「ああ、そりゃあきっとハリマオの奴ですわ」

 

 夫婦の話を聞いた地元出身の職員はそう答えました。

 彼の話によれば、いつの頃からか、この密林地帯を縄張りにする野性児の姿が見受けられるようになったと言うのです。

 

 衣服をまとわず、言葉を介さず、人と交わる事を好まず……、

 鬱蒼と生い茂るマングローブのジャングルを庭に、まるで獣のように四足で徘徊する少年。

 その素性を知る者はおらず、ゆえに人々は少年を『虎の子(ハリマオ)』と呼ぶのだと職員は言いました。

 

 夫婦は少年の出自に大層驚き、また、夭折した自分たちの息子の事を思い出して涙しました。

 二人は少年に人間らしい暮らしを与えたいと考えるようになり、仕事の合間を縫って足繁く密林を訪れるようになりました。

 

 一年が過ぎ、二年が過ぎ、三年が過ぎ……。

 最初は頑なであった少年も、いつしか夫婦の心情に理解を示すようになり、やがて二人に手を曳かれ、生まれ育った密林を後にしました。

 

 夫婦の正式な養子となった少年は、その愛情を一身に受け、慣れぬ大都会の喧騒に戸惑いながらも成長を重ねました。

 

 服を着る事を覚えました。

 言葉を理解するようになりました。

 わずかながらにテーブルマナーも覚えました。

 人の子がひしめき合って暮らす社会の中で、他人と付き合う生き方を学びながら、虎の子はやがて青年へと成長していきました。

 

 けれど、物語は順風満帆とは行きませんでした。

 ある夜、夫人が言いました。

 

「――最近、息子の様子がおかしい」

 

「どかかうつろで、ぼんやりとしている」

 

「あれだけ元気な子だったのに、近頃は何だか溜息ばかり」

 

「つまらない風邪などにもかかるようになった」

 

「時折、吐き気や頭痛を訴えてくる」

 

「ああ、何と言う事でしょう! とうとう病に伏せてしまったわ」

 

 病床の青年を看た医師は言いました。

「精神的な要因からくる病です」と。

 

 時間に縛られ、ルールに縛られ、常に他者の目を気にして生きねばならない人間社会は、精神的な負荷の多い世界です。

 生まれながらに密林を駆け回る生活を続けていた少年に、文明社会のストレスは大きすぎました。

 本人すら自覚せぬ内に、その心身を大きく消耗してしまうほどに……。

 

 ああ、と。

 自分たちのエゴがもたらした悲劇に、夫妻はひどく落胆しました。

 あの息子は、自然に返さなければならない。

 そう理解した後も、夫妻はそれを実行に移す事が出来ませんでした。

 

 仕事柄、二人は大自然の厳しさを誰よりも理解しています。

 二、三日獲物に出会えなかっただけで命を落とす過酷な世界。

 くだらぬ病、理不尽な天災、あるいはちっぽけな毒虫すらが致命傷となる密林の世界。

 幾年も故郷を離れていた青年が、今更野生の地で暮らしていけるとは、とても思えませんでした。

 

「――では、こうしてはいかがでしょう?」

 

 夫妻から相談を受けた華僑の男は、彼らに一つの提案をしました。

 

仮想現実(ヴァーチャル・リアリティ)

 科学万能の現代において、出来ない事など何一つありません。

 電脳空間に仮想のマングローブの密林を再現し、そこにあの青年を解き放つのです」

 

 この提案は実にうまく行きました。

 突如として目の前に現れた仮初の故郷を前に、青年は歓喜の声を上げました。

 文明を忘れ、モラルを忘れ、マナーを忘れ、青年はいつしか虎となり、架空の密林をいつかのように四足で駆け巡りました。

 

 こうして当面の危機は去りましたが、それでも夫妻は心配でした。

 仮想空間は所詮、仮想空間。

 いずれ青年は自我を抑えられなくなり、故郷の密林へ帰ろうとするのではないかと思えてなりませんでした。

 

 二人の不安を聞いた丸眼鏡の華僑は、にっ、と爽やかに笑って答えました。

 

「獲物を用意いたしましょう。

 その世界が現実か仮想か、そんな事を考える余裕が無くなるほどの『獲物』を」

 

 

 

「 ル ガ ア ァ ア ア ア ァ ア ア ァ ァ ァ ―――――――ッッ!!!! 」

 

 

『虎』が哭いていた。

 幻想の風に揺れる仮初のコロッセオに。

 

 アドレナリンが駆け巡る。

 パブロフの虎。

 狭い匤体に押し込められ、その肉体をファイティング・スーツで拘束される事によって、皮肉にも青年の中の野生が解放されていく。

 鋼鉄の四足に獣の魂が注がれて、衝動のままに猛り、吠える。

 

 機動戦士ガンダムSEEDにおける量産機、バクゥ。

 重力戦線における特殊な環境下に適応すべく開発された局地戦用の……、

 などと言う建前はもう十分だろう。

 

 人三化七。

 かろうじて設定面での『言い訳』を担っていた、無限軌道も背翼も無い。

 

 大地を蹴る前足の役目を兼ねた、猛禽のような両の五指。

 獲物に飛びかかるバネを確保するため、猫のように窮屈に畳まれた背骨。

 拳一つがゆうに収まると言う大顎には、青年の野性を証明する鋭い犬歯。

 過酷な環境で生き残るべく、四足歩行向けに先祖返りを起こしたハリマオの関節。

 彼の纏う装甲もまた、野性児向けにオーダーメイドされた一品モノである。

 

 そんな異色のMSをプラフスキー粒子で動かそうとしたならば、どこかで帳尻を合わせねばならない。

 あくまで既存のカスタム機として、そのデザインをいずれかに寄せる必要がある。

 そして、たまたまコズミック・イラに、獣のような四足の機体が存在した。

 『バクバクゥ』と言う機体名もまた、規格外の野性児がガンプラファイトに参戦するための手続きに過ぎないのだ。

 

 

『~~~~ッ!?

 何だ! なんなンだコレはッッ!?

 こんなの、こンなのMSじゃないッ! ただのZOIDSだよッ!!』

 

「それ以上はいけない」

 

 驚愕のあまりタブー中のタブーに触れてしまったMS少女に、届くはずの無いツッコミをヒライが漏らす。

 呆気に取られた一同がモニターを注視する中、赤髪の少女がぼそりとリオに耳打ちする。

 

「のうナガラよ、聞いとるかや?」

 

「……なんだよ?」

 

「あのハリマオとか言う野性児も『虎の子』なんだそうじゃ。

 お主と違って本物の、な」

 

「…………」

 

 そう言って、カカカ、と三日月を描く真っ赤な唇。

 呆れたように一つ、ため息がこぼれる。

 

 なんてイヤな女だ。

 二か月前の死闘より、久方ぶりに真っ当な会話を持とうかと言う二人。

 その第一声がこれなのか?

 他人の嫌がる事を進んでしようがモットーの女。

 彼女はまさに、失われつつある古武道の正道を継ぐに相応しい畜生であった。

 

「まさかよ……」

 

 言いかけた一言が途切れる。

 白砂の闘技場を我が物顔で睥睨する鋼鉄の獣。

 虎に育てられたなどと言う噂は兎に角としても、その存在感、モニター越しに立ち込める獣臭までも、一概に否定する事は出来まい。

 

 

 ――ジャーン、ジャーン、ジャーン

 

 

 束の間の思索を遮って、仮初の闘技場に銅鑼の音が響く。

 ムクリとバクゥが首をもたげた先に、新たなる異形が影を成す。

 

 婆鎖唖護(ヴァサーゴ)

 稀代の拳法家・馬凶愛が、ガンダムヴァサーゴをベースに製作した中国拳法専用のMFと言う。

 ただしそれも、本人の自己申告を信じるならば、の話だ。

 

 金糸による艶やかな刺繍の施された、極彩色の天鵞絨(ビロード)

 角兜に見立てたV字アンテナの中心より伸びるしなやかな尾羽。

 そして何より見る者を怯ませるのは、渇と両眼を押し開いた、鬼の形相のような仮面。

 原型機の判別などつこう筈もない。

 拳法着でも、ましてや古の鎧武者でもあり得ない。

 これではまるで……。

 

『まるで……、まるで京劇ィ~~~!?

 一体なんなンだよお前らッッ!?

 こ、これは尋常のガンプラファイトに非ず!!』

 

 違う。

 大仰なるMS少女の前口上が、この時ばかりはピタリとハマる。

 まるでサーカス、あるいは何かの舞台劇。

 この傾いた出で立ちの両者が、本当に今宵、真剣で闘おうと言うのか?

 

 

「カカ、あの小男め、蘭稜王を気取ろうてか?」

 

「……らん、りょうおう?」

 

「近代の京劇に好んで使われるお題目よ。

 北斉末期の皇族で、己が美貌が指揮の妨げにならぬようにと、常に仮面を着けて戦場に臨んだというイケメン将軍よな。

 じゃが、それにしても……」

 

 カラカラと、リオの無知を嘲るように少女が笑う。

 少女の本質は芸能。

 コロッセウムを見つめるその瞳に、少なからぬ真剣な色が宿る。

 

「……よもやゲテモノの代表たるヴァサーゴでそれを演ろうとはな。

 チャイナのジョークは偉くパンチが利いておるのう」

 

 のそりとバクゥが前傾をとり、低い唸りで大地を揺さぶる。

 ピンと張り詰めたような圧力に対し、ヴァサーゴは飄々と首を傾げ――

 

 

「 ル ガ ア ア ァ ア ァ ァ ――――― ッ ッ ッ 」

 

 

 瞬間、ハリマオが仕掛けた。

 弾かれた矢のように一瞬で中空に跳び、渾身の前脚を振るう。

 

 マーが抉られた!

 そう思った瞬間、バクゥの右爪は虚しく空を斬っていた。

 一拍遅れ、ヴァサーゴが天鵞絨の外套を翻し、羽毛のような軽やかさでふわりと大地に降り立つ。

 

 静と動。

 剛と柔。

 対照的な二人の肉体の働きに、オオオオ、と仮想空間が震える。

 

「チッ、あんのインチキ野郎……」

 

 ようやく観客席に戻ってきたクルスが、忌々しげに舌打ちをする。

 

「武侠小説のお約束だと……?

 出来てるじゃあねえかよ、軽身功」

 

 

『ワワッ!?

 待て! ステイ、ステイだよハリマオッッ!!』

 

「馬耳東風、言うだけ無駄よ。

 小姐、離れとくネ」

 

 静止の声を遮って、さしたる動揺も見せずマーが言う。

 両者の戦意を確認し、MS少女がゆるりと舞台から飛び立つ。

 

「……大した役者振りじゃのう、自分から粉を撒いておいて」

 

 呆れたようにアムロが呟く。

 事実、先に動いていたのはマーの方であった。

 先の瞬間、ヴァサーゴはまるで散歩にでも行くかのような足取りで三十八度線を越え、ハリマオが攻めざるを得ないように仕掛けていたのだ。

 

 たちまちに緊張が漲る。

 ガンプラファイト史上、最もファンタスティックな一幕が、今――

 

「オォアァアアァァッ!!」

 

 開始の銅鑼が鳴るか否か、再びハリマオが仕掛けた。

 先よりも更に一段疾い。

 初太刀を外した相手が降り立った所に、尚喰らい付く。

 対主の次の動きまで視野に入れた高速の猪突――

 

 

 パァン!

 

 

「ギャッ!?」

 

 中空で、突如として乾いた破裂音が響いた。

 まるで見えざる空気の壁にでも弾かれたかのように、バクゥの巨体が派手にひっくり返る。

 

 見えざる一撃。

 動作を終え、身を屈めたヴァサーゴの上に、一拍遅れて外套が落ちる。

 観衆は皆、言葉を失い、食い入るように舞台を見つめるしかない。

 

 ヴァサーゴが何らかの早技を繰り出した。

 それだけは間違いない。

 だが、対空砲火の着弾点は間合いの遥か外である。

 中国四千年の歴史の中には、石破天驚拳が実在するとでも言うのか?

 

「オッ!? オオワ!!??」

 

 打たれたハリマオもまた驚愕していた。

 咄嗟に体を跳ね起こしたのは、まさしく野性のタフネスの証明であろう。

 だがその瞳は未だ、狩るべき獲物の真の姿を見定められてはいない。

 

「……暗器、かの?」

 

「なに?」

 

「何を面喰った顔をしとるか?

 侠客の嗜み……、それくらいの悪戯は平気でする奴らであろうに」

 

 さも当然のように不穏な言葉を放つアムロを、リオが訝しげに見つめ返す。

 まさか……、そう出かけた言葉を咄嗟に呑み込む。

 

 一切の武器の使用禁止。

 確かにルール上は平等な素手ゴロを強いられるのがガンプラ・ファイト。

 だが、そこに胡座をかいて想像力を断つ事は、武術家にとっての敗北を意味する。

 

 成程。

 しげしげとモニターの先の芸者を見つめ直し、心の中で頷く。

 その全身をすっぽりと覆い隠す薄手の天鵞絨。

 悪役と言う役割を殊更強調する悪鬼の仮面。

 あれら大仰な衣装に何らかの狙いがあるとするならば、アムロの推測も一概に的外れとは言えないのだろう。

 あの胡散臭さ、野性児の嗅覚は果たして、どのように嗅ぎ分けているのであろうか?

 

 バルルル……、と低く唸りを上げ、バクゥがゆっくりとヴァサーゴの周りを回る。

 剥き出しの闘志に反し、その身は間合いの遥かに外。

 何時の時代も繰り広げられて来た、強者の周りを弱者が廻る光景。

 だが、生き延びる事こそが絶対正義たる野性児に、そのルールは適用されない。

 

「……どしたネ虎児、牛酪(バター)になるまで続けるカ?」

 

 振り向きもせず、嘲るようなマーの声。

 すかさず呼応するかのように虎が動いた。

 攻め手はシンプル、後背からの足首狙い。

 直立する人類にとって最も返し辛く、視界に収めるのも困難なほどの低い体勢。

 

 

 ――スパァン!

 

 

「ンギャィッッ!!?」

 

 振り向きざまの一撃。

 再び空気が爆ぜた。

 相も変わらず間合いの外、バクゥの体が斜めに潰れる。

 

「射ッ!」

 

 短く気勢を吐き、初めて一歩、マーの方から踏み込んだ。

 地に伏す虎の鼻先を捉え、そのまま天空まで立ち上がる半月蹴り。

 めきょりと鼻先が潰れ、バクゥの巨体が垂直にハネ上が――

 

「ム!」

 

 巧い。

 必死に伸ばした虎の前脚。

 その切っ先が、かろうじて天鵞絨の端にかかった。

 指先一つで、力一杯に獲物を手繰り寄せる。

 種明かしなど不要、組みついて噛めばそれで終わる。

 

「彪――」

 

 迷わずヴァサーゴも飛んだ。

 力に逆らわず身を翻し、鮮やかに舞うように外套を脱ぎ捨てる。

 引き裂かれた天鵞絨の先、遂にヴェールを脱いだ婆鎖唖護の真の姿に、一斉にざわめきが走る。

 

「……!」

「ありゃあ……」

「そ、その手があったンかいッ!!」

「カカ、そう来たか! そう言う魔改造は嫌いじゃないわい」

 

 ギャラリーの反応もまた十人十色である。

 さもあろう、荒鷹に構えた異形の両腕、それを即座に評せる者などいない。

 

 

 一言で例えるならば――、さながらエピオンのヒートロッド!

 

 

 細い骨格を幾重ものブロックに分断し、それを何層にも重ねて腕と見做す。

 疾く、しなり、よく伸びる。

 蛇のように柔軟で、鞭のように峻烈な悪鬼の両腕。

 秘訣は肩口から手首までの間に備えた、二十三もの多重関節。

 

「――ってオイッ!? 反則だろう、そりゃあ!

 フレキシブルアームなんてレベルじゃねえぞッ!?」

 

 突如激昂の声をあげたクルスに対し、呆れ顔の主催者がモニター顔を出す。

 

『どうしましたジョージ? まったく騒々しい』

 

「どうしました、じゃねえ!

 あの腕はどうみてもレギュレーション違反、内臓兵器の類だろ!?

 武器使用禁止なんてけったいなルールのせいで、どれだけ俺が苦戦させられたと思ってやがる」

 

「……マスターベースの機体が素手ゴロで遅れをとるようじゃ、どんなルールでも勝てんと思うがのう」

 

「ウルせえッ!

 ブラジリアン覇王流は武芸百般なんだよォ!!」

 

「……話を戻すで。

 中国拳法の兄ちゃんが使うとる腕、ありゃあ武器やない。

 あくまで『技』、武術のカテゴリやとワイは思うとる」

 

 話が脱線しかけた若者たちに代わり、傍らのアカハナがずいっ、と一歩前に出る。

 

「確かに兄ちゃんの技の冴えは、人ならざる両腕があればこそ。

 だが、いや、だからこそ、それを生身の両腕で動かす言うのは、生半な努力やあらへん。

 考えてもみィ。

 もしも自分らの肩から先に背骨がついていたとして、あない自由に動かせるヤツはおるか?」

 

「…………」

 

「自由な発想と、それを支え得るだけのいじましいまでの努力。

 あれこそまさにガンプラバトルの理念っちゅうヤツや。

 思えばワイも、最初にアッガイを身に纏うた時は一苦労やったで……」

 

『フフ、アカイ選手の言う通りです。

 各々の創意が生かしてこそのガンプラファイト。

 その祭典で、単に本人の肉体を模した機体が強いなんて結論が出てしまうのは、少しばかり寂しいですからねぇ』

 

「……って、もうちょいワイの苦労話も聞いてーなー!」

 

 アカハナ必死の懇願を一蹴して、主催者渾身のドヤ顔がオーロラビジョンを席巻する。

 

『え~、婆鎖唖護に施された改造について、会場にお越しの皆さん方にも思う所があるでしょう。

 あるでしょう……が、私の一存で通してしちゃいました。

 だって、見たいじゃないですか。

 稀代の拳法家・馬凶愛とガンプラバトルの邂逅によって生み出された、中国拳法の四千と一年目が……ねえ?』

 

 主催者の寛容な一言に、たちまちわっ、と観衆が沸く。

 慮外の盛り上がりにマーは一つため息を吐き、然る後、ギラリとハリマオを睨み返した。

 

「……虎児、やってくれたネ?

 一張羅の衣装代は高くつくヨ」

 

 繰り手の静かな怒りに合わせ、かざした両腕が毒蛇のように鎌首をもたげる。

 思わず気圧されたハリマオが、じりっ、と半歩後ずさった、瞬間――。

 

「疾ッ!」

 

 短い呼気を吐いて、ヴァサーゴの左腕が走った。

 地を這う大蛇のように奔放な一撃。

 狙いはバクゥ本体ではなく、その足元。

 

 ――パァン!

 

 音速の壁を突き抜けた衝撃で白砂が爆ぜ、思わずバクゥが棹立ちとなる。

 数瞬と間を置かず、逆方向より本命の右。

 

 ベッチイイイィン!!

 

「ギニャアアアァアアァァァ―――ッッッ!!??」

 

 虎が哭いた。

 遠心力に乗せて大きく加速し、スナップを十二分に利かせた音速の掌が、身動きの取れぬ脇腹を強かに叩いたのだ。

 たちまち大顎より白泡を噴き出し、もんどりうって砂地を転がる。

 

「兇ッ」

 

 大地に転げ廻る獲物を追って、身を屈めたヴァサーゴが膝だけで跳躍する。

 天空より明けの明星(モーニングスター)の如き鉄槌の左掌。

 かろうじて転がり避けた顎先をぶっ叩く右掌のスウィング。

 

 左鞭

 右鞭

 左鞭

 右鞭

 左鞭

 右鞭

 左鞭

 右鞭

 

 間断無き破裂音が爆竹のように空気を震わす。

 獰猛なる虎の血脈が、まるで卑小な猫のように哭き、喚き、砂を浴びて這い蹲る。

 それも無理からぬ、誰もがそう思える程の圧倒的戦力差。

 双鞭振るい迫るヴァサーゴの異様は、さながら常山の蛇。

 双頭の大蛇の結界が、亜細唖最強の肉食獣を封じ、決着へと追い込んでいく。

 

「凄ェな……、中国拳法、ここまでのモンかよ?」

 

「鞭打、とは元々そう言ったモノよ。

 生物の急所を責めるのではなく、その皮膚の表面を走る痛覚を叩く。

 ゆえに受ける術も無く、十も叩けば老若男女等しく死ぬるわ」

 

 と、しばし仏頂面で真面目な解説を披露したアムロであったが、最後に一つ、カカ、と嗤って付け加えた。

 

「――尤も、ワシなら両腕とも魔改造するようなリスクは犯さんがのう……」

 

 

(……む、ち)

 

 知っている。

 青年ハリマオの中の人間として身に付けた知識が、そのキーワードを引きずり出す。

 ヒュンと風を切ってパシンと叩く。

 爪も牙も持たぬ人の子の作った小癪なる武器。

 

 だが実際問題、その小癪な兵器に手も足も出ない。

 なぜなら生物の肉体と言うものは、痛みに耐えられる仕組みになっていないから。

 痛みとは、当人に生命の危機が迫っている事を知らせる重要なサイン。

 立ち向かう事などできない。

 痛みから身を離せと本能が叫ぶのだ。

 痛覚を責める鞭という物は、まさしく生存本能の盲点を突いた武器である。

 

(にくい……)

 

 ぞわり。

 ハリマオの背に、無理やり火の輪を潜らされる百獣の王の怒りが乗る。

 

(にくいにくい……)

 

 ぞわり。

 ハリマオの背に、滑稽な玉乗りを仕込まれる巨象の悲しみが乗る。

 

(にくいにくいにくいにくいにくい……)

 

 ぞわりぞわりぞわり。

 人の知識と虎の矜持、両方を有したハリマオの胸に殺意が溢れる。

 

 だからとて何が出来よう。

 虎の子たるハリマオもまた、あのヴァサーゴの腕の前には全くの無力。

 散々に打たれ、転がされ、砂を浴び、とうとうこうして壁際まで追い詰められてしまった。

 

 だがそれがいい。

 敵の猛攻を前に成す術も無く窮地に追い込まれた。

 そう見えるような今の状況こそがベスト。

 

 優秀な虎と、そうでない虎を分けるただ一つの要因。

 それは、最後まで己の爪を隠し通す事が出来るかどうか。

 この胸の殺意、溢れる闘争心を悟らせてはならない。

 八方塞がり、遂には獣の魂が折れ、こうして無様に這い蹲って震えているのだと、全身全霊を込めて誤解させなければならない。

 

 恐る恐る、と言った風を装い改めて見つめる。

 大蛇のような敵の両腕。

 

 確かに疾い。

 鋭く、しなり、よく伸びる。

 その指先の冴えについては、とうとう虎の動体視力を持ってすら見定める事が出来なかった。

 だが、末端の疾さに比べれば、根本の動きはてんで鈍重。

 肩口から発せられたしなりが、肘、手首を通過する過程で徐々に加速する事により、末端の『見えざる一撃』を実現する。

 ゆえに目視は不可能、だが、出所が分かっていれば見定める必要はない。

 

(……おれのほうが、はやい)

 

 駆け巡る確信。

 漲る自信を必死に押し隠し、怯え竦んだフリをして体を畳む。

 弾かれる直前のバネのように、その身に応力を蓄える。

 

『――あら、何を見ているの?』

 

 母さんの声がする。

 ハリマオが未だ、人間の少年であった時の記憶。

 

『――陸上競技?

 ええ、そうね……かけっこって言えば分かるかしら?』

 

 母さんの言葉。

 ヨーイ、ドン、それが合図。

 ドン、までは走ってはいけない、不公平だから。

 でも、走り出す準備はしてもいい。

 だから皆、自分のように体を畳む。

 

 凄くよく分かる。

 走り出す時は四つ足の方が具合が良い。

 ただ一つだけ気になるのは、皆の後ろ足に据えられた三角のアレ。

 

『――アレ?

 スターティングブロック……、ううん、滑り止めとでも言えばいいのかしら?

 走り出す時に足が後ろに滑ってしまったら、本来の力が出せないでしょ?』

 

 ああ!

 分かる。

 目から鱗。

 四つ足を取る、体を畳む。

 それだけでは不完全。

 最速の第一歩を踏むためには、更にもう一つ、後ろ足の踵にストッパーがいる。

 

 そう、今、背にしている壁のような……。

 

 どきどき。

 怯える仔猫のように貞淑を装い、その時を待つ。

 観客たちの熱狂の匂い。

 敵の仮面の裏からこぼれる失望の匂い。

 野生の嗅覚が、逆襲のタイミングを鋭敏に嗅ぎ分ける。

 

(ヨーイ)

 

 くっ、と一段気取られる事無く、更に深く体を沈める。

 もはや見る影も無くなった窮虎を仕留めるべく、ヴァサーゴがさっと右腕を掲げ……

 

 

「 ル ォ ア ア ア ァ ア ア ァ ア ァ ァ ァ ――――――ッッ!!!! 」

 

 

 瞬間、雄叫びを轟かせバクゥが跳んだ。

 弾かれた矢のような、荒ぶる雷獣の如き心魂を抉る吶喊。

 

「……!」

 

 マーもまた比類なき武術家である。

 突如として息を吹き返した猛虎に対し、後方に跳び退りながら、右腕を畳んで打ち降ろす。

 

 鞭打、着弾、だが不完全。

 本来ならば、肩口より加速した末端を正確に叩き付けてこそ、真の威力が発揮される鞭打。

 だが今回は、十分な加速を乗せるだけの間合いが殺されていた。

 止まらない、この程度の激痛では、本物の虎は殺せない。

 

 二ノ脚、三ノ脚、四ノ脚――。

 瞬く間に距離が潰れる。

 決死、逆襲の左手……。

 

 

 ばくぅ。

 

 

「唖ゥッ!?」

 

 戦慄。

 とうとう炸裂してしまった野性の禁じ手……、

 

 

『ああッ!? 痛ったァ! ハリマオがとうとう行ったァ~~~ッ!?

 天才、馬凶愛の左肘に、バクバクゥがばくぅッと行ったアアアァァッ!!』

 

 歓声と悲鳴が混ざり合い、たちまちにコロッセウムが絶叫に支配される。

 この状況になっても、まだマーはかろうじて平静を保っていた。

 左肘を襲う激痛、だがいかに虎の子を称した所で、ハリマオの骨格はあくまで人の物。

 一息に肘先を喰い破る程の咬合力は無い。

 そんな事より問題なのは……。

 

「薙ィ!」

 

 引き摺られる。

 拳士たる婆鎖唖護の肉体が、純然たるバクゥの野性に振り回される。

 

 元よりマーは武術家としては致命的な小男。

 敵を打倒できる程の膂力を持たない。

 それ故の鞭打。

 今のように片腕を封じられ、距離と軸足を殺されているような状況下で、まともに打てる攻撃は無い。

 ただペシペシと、開いた右手で敵の頭を撫ぜるのみである。

 

「……アムロ、さっきお前が懸念してやがったのは、つまりはこう言う事態ってワケだな」

 

「然り。

 いかに峻烈な鞭であっても、まとわりつく蠅まで撃ち落とす事は叶わぬ。

 近寄られずに勝つ、などと、技に溺れた武術家の傲慢よ。

 ワシであれば片腕は弄らずに、常に槍として傍らに備えておくわい」

 

「なら、これで終いか?」

 

 ナガラ・リオの問い掛けに、加虐主義者の少女がにぃ、と嗤う。

 

「カカ、そうとも言い切れぬのが死合いの面白さよ。

 後はまあ、中国四千年の引き出し次第、と言った所かの?」

 

 

「穿ッ」

 

 気合一閃、マーが動く。

 打撃で十分な威力が望めぬのならば、狙いを急所に絞るのみ。

 開いた右手がたちまちVの字を作り、真上から虎の両目を抉りにかかる。

 

 ……と、見せかけて、本命は下。

 

「蹴ッ!」

 

 即座に身を屈め打ち放つ、足元を刈り取る水面蹴り。

 

「ヌヌギュォ!」

 

 だが、虎の動体視力は、繰り出す技の真贋までをも即座に見分けた。

 首をよじって指先を避け、同時に足蹴りを外しながら、嚙み付いた肘元を視点に中空で一回転!

 ドラゴンスクリュー、ならぬタイガースクリュー。

 敵の攻撃をかわしながらその腕を破壊しようと言う、業欲なる野性児流の関節技。

 

 拳法家・馬凶愛の天性は、その瞬間、如何なく発揮された。

 

 絡め捕られた左肘より上の、十一の関節を同時に稼働!

 加えられた応力に逆らわず、螺旋を描いて中空に舞う。

 ちょうど噛みつかれた左腕を軸に倒立するような形となり、マーが眼下にバクゥを見下ろす。

 四足の獣にとって、その頭上は絶対の死角。

 すかさず右手で貫手を形作る。

 

 起死回生の一太刀。

 その狙いは、頸椎――。

 

 

 パシッ

 

 

「……!」

 

 止められた。 

 あまりにも容易く、あっさりと……。

 

 相変わらず左肘を咥え込んだままのバクゥの大顎。

 右手首を握り潰さんばかりに圧迫する左の前足。

 そして今、鬼面ごと頭部に爪を立てる、肉食獣の右の前足。

 

 本来ならば絶対にあり得ぬこの体勢、その意味する所は一つ……。

 

 

『ええええッッ!?

 そ、そんな、バ、バクゥが……、 バ ク ゥ が 立 っ た ッ !? 』

 

 

 衝撃と戦慄。

 会場が震える。

 

 前足を大地に備えた四足獣では、頭部への攻撃を防げない。

 ならばどうする?

 簡単だ、立っちまえばいい。 

 そんな主張が聞こえんばかりの突然の進化。

 

 驚愕、だが当然の帰結。

 バクバクゥはバクゥのカスタム機などではない。

 バクゥのガワを被せただけのハリマオなのだ。

 必要があれば屈む、必要があれば立ち上がる。

 婆鎖唖護が中国拳法の四千一年目であるならば、バクバクゥはネコ科大型肉食獣の二百五十万と一年目。

 

「~~~~~ッッ!!」

 

 ミリミリと頭部を締め上げるアイアンクローの激痛に、マーがようやく我に返る。

 吊り下げられた肉体に反動をつけ、必死に放つは金的蹴――。

 

「ヌギイイイイイイイイイ!!」

 

 無理。

 どうしようもない。

 反撃に移る暇も無く、単純な獣の膂力でブン回される。

 こうなってしまっては拳法など無力。

 武術とは、拳術とは、そもそもこういった形に陥らない為に存在するのだ。

 あまりにも不器用で滅茶苦茶な獣の投げ。

 だが防げない、受身も不可能。

 咬み付きまでも閂に数えた斬新な体術。

 しかも、狙いは壁!

 

 

 ――バギャッ

 

 

 壁面に強かに打ちつけられ、砕けた鬼面が顔面ごと陥没する。

 蘭稜王気取りのガンダムフェイスが美形であったかどうか、もはやそれを判断する術も無い。

 同時に関節が砕け、噛み千切られた左腕がどさりと白砂の上に落ちる。

 

「キャアアァアァァ――!?」

 

 たちまち観客席より絹を裂いたような叫び声が上がり、それが決着の合図となる。

 けたたましく打ち鳴らされるゴング。

 だが、その姦しさが却って獣の癇の強さを引き出してしまう。

 

「ギャラァアアァァッ!!」

 

 虎が吠え、ヴァサーゴを思い切り大地に叩きつける。

 激情のままに前脚を振り上げ、思い切り叩き、叩き、叩きつける!

 

『わわわッ!?

 やめろハリマオッ、決着! 決着だよォ!!』

 

『落ち着きなさいキミコ君、マー氏のシステムはとっくに遮断されていますよ。

 ……とは言え、これ以上は流石に無粋』

 

 リー・ユンファが手元の扇子をパシンと鳴らす。

 たちまちおっとり刀で駆け付けたハイモックの群れがハリマオを包囲する。

 バルル、と短く呻いて鋼鉄の野獣が首をもたげる。

 今のハリマオにとっては、虎の檻に餌を放り込むが愚行。

 

『ウルギャァッ!!』

 

 短く吠え、糸の切れたヴァサーゴの残骸を力一杯に投げつける。

 鋼鉄が砕け飛び、包囲の輪の途切れた一角目がけ、暴風を負って獣が駆ける。

 

『バララァッッ!』

 

 ハリマオが吠える。

 バクゥが抉る。

 削いだ。

 叩いた。

 砕いた。

 千切った。

 投げた。

 咬み付いた。

 

 振るう、振るう、振るう。

 人三化七。

 獣と人のハイブリッドが辿り着いた新境地。

 野卑で、無骨で、教養の欠片も無い二足獣の連撃。

 

「カカッ、これぞ新生黒虎拳。

 いや、リアル・シラット・ハリマオとでも呼ぶべきかのう?」

 

「……適当な事ばかり言うなよ?

 あれのどこが武術だ? 拳法だ?」

 

「なればこそ、よ。

 拳法なんぞ、下らぬ様式美さえ取り払ってしまえばあんなもの。

 模倣はしょせん模倣。 

 中国四千年、随分と無駄な歩みを重ねてきたものよのう」

 

 カラカラと、他人事のように古武術家の少女が嗤う。

 情念も信念も介さず、ただ技術を技術として解する女。

 それゆえにその辛辣な舌に、事実の一端が乗る。

 

 

「 ル ガ ア ア ア ァ ア ァ ァ――――ッッ 」

 

 

 電影の世界にしか生きられぬ虎が啼く。

 今やその檻は限界にまで押し広げられてしまった。

 この暴虐、この野生、一体誰に止める事が出来ると言え……。

 

 

 ――パン!

 

 

「……アゥ?」

 

 突如、一発の銃声が響き渡り、獣の体が大きくよろめいた。

 驚き振り向くハリマオの頭上に、バサリと投網が覆い被さる。

 それを合図に、客席に伏せていたザクとジムの狙撃兵(スナイパー)が一斉に立ち上がり銃口を向けた。

 

「ギニャアアアァ――ッ!?」

 

 狙い撃った。

 狙い撃った。

 狙い撃った。

 狙い撃った。

 狙い撃った。

 狙い撃った。

 狙い撃った。

 狙い撃った。

 狙い撃った。

 狙い撃った。

 狙い撃った。

 狙い撃った。

 

 麻酔弾、合わせて十三発。

 バクゥはしばし、さながら窮鼠の如くもんどりうって暴れ回っていたが、その内に動きが緩慢になり、遂にくてんと白砂に横たわった。

 

 シン、と静まり勝った闘技場に、再びリーのオーロラビジョンが浮かぶ。

 

『――ご安心ください、皆さま。

 ハリマオ選手は二回戦を戦う大事な身体ですから、少しだけお休みして頂きました。

 それにしても、ブンキチくん用に備えたスタッフがこんな形で役に立とうとは。

 いやあ、本当に良かった良かった』

 

 あまりにも白々しい主催者の声。

 ズルズルと引き摺られていくバクゥを見つめながら、ポツリとリオがこぼす。

 

「……アレとやるのか、レン?」

 

「カカカ。

 なぁに、横綱と闘るよりはなんぼかマシよ、もっとも……」

 

 と、真っ赤なしゃぐまをポニーに結い上げながら、ちろりとレンが舌舐めずりする。

 

「……もっとも、次のアスノだかアスハだかが無事に通してくれたらの話、じゃがの」

 

 ――同時刻。

 

 プラネタリウムから少し離れた広場のベンチに、一人端末を片手に微笑する男の姿があった。

 

 奇妙な男であった。

 身長はおおよそ170前後と、アムロ・レンと同程度。

 やや細身の体は、見る者が見れば、相応に鍛錬が進んでいるのが分かる。

 とは言え、ゴウダのような太さがあるわけでもなければ、イーヲのように、見る者をハッとさせるほどに引き締まった肉体、と言う訳でもない。

 

 奇妙と言ったのは、その男の印象の薄さである。

 目元まで覆い隠すほどの長い前髪。

 強いて言うならば、その程度しか特徴らしき特徴が残らない。

 夜の廃墟にあってすらその程度の印象の男である。

 一たび雑踏に紛れてしまったら、この男の存在など、どこかに掻き消えてしまうのではないか?

 

『たまたま画面に映りこんでしまった、恋愛AVGの主人公』

 男の印象を一言で例えるならば、それであった。

 

「……なるほど、確かに良かったですね、李大人。

 せっかく用意した趣向が、無駄にならずに済んで」

 

 長い前髪の奥で、端末を見つめる細い瞳が更ににっ、と細くなる。

 

『気に入らん。

 あの山師めが、いずれ地獄に落ちようぞ』

 

 男の右の耳許で、憤怒の仁王が如き太い声が響く。 

 

『諸行無常、畜生の末路など、所詮はこの程度のもの』

 

 逆の耳許で、金属でも擦り合わせたかのようなカン高い声が響く。

 

「――行こうか。

 まずは、篤人とか言うニュータイプ気取りの武術家だ」

 

 そう言って男がすっくと立ち上がり、丘の上のプラネタリウムを見つめる。

 誰あろう、この男こそが、一回戦最終試合出場選手。

 

 ヤマモト・アスラ(山本明日羅)、その人であった。

 

 

 

 

 




・おまけ MFガンプラ解説⑪

機体名:婆鎖唖護
素体 :ガンダムヴァサーゴ(機動新世紀ガンダムXより)
機体色:赤紫
搭乗者:馬凶愛
必殺技:音速鞭打
製作者:馬凶愛

 孤高の天才拳法家・馬凶愛が己の拳術の理想を体現すべく作り出したMF。
 特筆すべきは独自解釈を加えたフレキシブル・アームの構造で、二十三箇所の多重関節を同時稼動させることにより、通常時の1.5倍ものリーチを得る事に成功している。
 また、この措置により生身の腕では不可能な『鉈の重さと剃刀の鋭さ』を両立させた、真の鞭打が使用可能となった。
 インパクトの瞬間の指先の速度は、一説には音速を超えるとも。
 本機の技は大会でも猛威を振るい、対戦相手のハリマオを大いに苦しめたが、結果的には野生児の爆発力を引き出す呼び水となってしまった。



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