ガンプラ格闘浪漫 リーオーの門   作:いぶりがっこ

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・Bブロック第二試合

 ギンザエフ・ターイー(アメリカンプロレス) VS モーラ鬼灯(レスリング)
 ギギム                      ビルドノーベル




The winner

「市長ガ『テツパイプ』ヲ担イダラ用心セイ!」

 

 

 ――とある米犯罪組織の元幹部が残した至言である。

 

 実際、路上のプロレスラーは危うい。

 常日頃から凶器攻撃、毒霧、飛び道具、火炎放射、忍法、猿などが飛び交うCWAのリング。

 普段はクリーンファイトが信条のギンザエフ・ターイーであっても、得物に頼らざるを得ない時がある。

 そんな折、たまたま落ちていた角材、たまたま転がっていた鉄パイプが、ただでさえ超人的なタフガイを悪魔へと変えるのだ。

 

 そして今、仮想のコロセウムの中心には、かつて悪魔(シャイターン)の名で謳われたザンスカール系MFの姿があった。

 

 ギンザエフ・ターイーが愛機『ギギム』

 太い機体である。

 かつては拠点防衛用の移動砲台として、その太い肩に、胸に、腿に、爪先に至るまでビーム兵器を内蔵した、文字通りの歩くキャノン砲であった。

 だが今、ギンザエフの愛娘、ゼシカ・ターイーが父の為にあつらえたと言う機体にその名残はない。

 無粋な飛び道具の類はすべて取り払われ、更に宇宙世紀の歴史に反逆するかのように、その全身を徹底的に太く、厳つく、重厚にリビルドされているではないか。

 

 ゼシカなる女性が、いかなる酔狂でこの脇役の量産機に入れ込んだのかは定かではない。

 だが、見下ろす観客たちの胸は一様に期待感で満ち溢れていた。

 全身の砲門の代わりに手にした得物は、かつて巨大組織を単身で壊滅に追い込んだと言う伝説の兵器『鉄パイプ』

 そして今、闘士漲るギギムの前にたまたま鎮座しているは、伝説の尻で椅子を磨くだけの男の機体『ビルケナウ』

 

 ごくり。

 残酷な興奮が静かに高まっていく。

 始まろうとしているのだ。

 

 男のウォーミングアップ。

 伝説のボーナスステージが……。

 

 

「デヤアァァォォッ!!」

 

 

 野太い雄叫びを皮切りに、ギンザエフが振りかざした鉄パイプを勢い良く叩きつける。

 バッキャアと金属音を響かせ機体がへこみ、千切れ飛んだ大型クローが中空に舞う。

 

「ドウリャアアアアッ!!」

 

 真横からのフルスイング!

 蝶の軽やかさを思わせる四枚羽がベキョオと潰れ無残に擦れる。

 

「オオウリャアァァ――ッ!!!」

 

 ギンザエフが叫ぶ、吠える、振り被る!

 

 叩いた。

 叩いた。

 叩いた。

 叩いた。

 叩いた。

 叩いた。

 叩いた。

 叩いた。

 叩いた。

 叩いた。

 

 まるで体の一部のようにぴったりと吸い付いた、見事なまでのパイプ捌き。

 鋼鉄の先端が打ち降ろされるたびに、マシンキャノンがひしゃげ、メガ粒子砲が砕け、捩じ切れた触覚型ビームカッターが客席にまでスッ飛んで行く。

 

 時間にすれば、おおよそ二、三分。

 瞬く間に廃車と化したコックピット目掛け、気合一閃、担いだガリクソンをえいやとばかりに投げつける。

 原作を再現する悲惨な衝突事故が展開し、とうとうバイク乗りの魂が引火。

 ドウッとばかりに大型MAが爆風で舞い上がり、やがてズン、と大地を揺らしてひっくり返った。

 

『オ~、マイガ~……』

 

 変わり果てた愛車を前に、駆け付けたモヒカン頭のバーザムがボロボロと大粒のオイルを零す。

 満足げに鉄パイプを捨てた市長の姿に、たちまち客席から歓声が飛ぶ。

 

『ハ~~~イ! 以上、CWA名物デモンストレーション、鉄パイプチャレンジでした。

 みんな! 市長の粋な計らいに、もう一度拍手~!』

 

 弾んだ声を響かせて、MS少女のMCが会場を盛り上げる。

 事実、オーディエンスはご満悦であった。

 シャイターンなどと言うコアな名前が出て来た時には誰もが首を傾げたものであったが、実際に得物を振るう元砲戦機の雄姿を目の当たりにして、その心配が杞憂であったと理解できた。

 この市長、相当に機体を使い込んで来ている。

 父へのプレゼントにこの機体を選んだ娘のセンスは理解不能だが、少なくともギンザエフの娘への溺愛ぶりは本物である。

 

「――さて、見ての通り、こちらはいつでも始められるのだが……。

 肝心のミス・ホーズキの準備はまだかな?」

 

『ふふっ、慌てなくたって彼女は逃げないよ、市長。

 なんたって、いつの世でも女子の準備には時間が――』

 

 

 ――オオオ、と。

 

 二人の会話を遮って、彼方の観客席より歓声が上がる。

 どよめきは次第に伝播し、やがて会場の空気がざわりと一変する。

 

 ザッ、と白砂を踏みしめ、長身のMFが悠然と花道を歩いてくる。

 大股のストライドに合わせ、髷のように結い上げられたブロンドのポニーテールが柔らかに揺れる。

 

 ビルドノーベル。

 かつて機動武闘伝Gガンダムにおいて、可憐なるアレンビーの舞った高貴なるガンダム。

 だが今、エイカ・キミコが渾身の創意を施したる戦場の女神は、もはや高貴と言うより剛毅とも言うべき(オーラ)を宿していた。

 

 ビキニアーマーを模した真紅の甲冑は、逆三角形に逞しく輝きを放ち。

 大きく盛り上がった銀の肩当てからは、引き締まった両腕がしなやかに生える。

 パンパンに膨らんだ両腿から伸びるスラリと長い脚が、生命の力強さを以て勇ましく大地を踏み締める。

 鋼鉄の全身に漲る野生の芸術。

 アマゾネス、いや、あるいは女ヘラクレスとでも例える方が正解か。

 

 元のノーベルの女性的なフォルムを思えば、冒涜とも魔改造ともとれぬ挑戦的なカスタム。

 だが観衆は戸惑っていた。

 高貴と剛毅とは、果たして相容れぬ概念なのであろうか、と――。

 

「……ビューリホゥ」

 

 知らず、ギンザエフの口から感嘆が零れる。

 その一言こそが真実を端的に物語っていた。

 

 ヴィクトリア、ワルキューレ、パラス・アテネ――。

 戦場に権現する女神の美しさとは、あるいは本来、このようなモノなのではなかったのだろうか?

 作り手の『神』に対する解釈が指先一つにまで顕れた、まるで大理石のようなMF。

 192cm、105kg

 それは数々の伝説に包まれた『女帝』モーラ鬼灯が纏うのに、まさしくこれ以上にない聖鎧であった。

 

 歩くだけで戦場の色を塗り替える、圧倒的デモンストレーション。

 ギンザエフの瞳から、先程までの柔らかさが消える。

 男と女、さりとてこの戦場に垣根はない。

 まして今日の相手は名実ともに世界の頂点。

 一切の気負いを感じぬ澄んだ瞳は、まさしく王者の貫禄か。

 

 闘技場の中央で、静かに二人が向かい合う。

 空気が変わるのを感じたMS少女がゆるりと距離を取る。

 無言、これ以上のパフォーマンスは必要ない。

 

 ほどなく、どちらからともなく二人が退いた。

 高らかと掲げられたノーベルの金色のマントが、仮初の風に乗って月光に舞う。

 それが開始の合図となった。

 

『――Bブロック一回戦第二試合。

 ガンプラファイト、レディー、ゴォ―――ッ!!』

 

 

 ゴングの残響が大気を震わし、二体の兵が改めて面と向かい合う。

 ギギムは両腕を前方に広げた自然体。

 ノーベルは中腰で心持ち低く構える。

 距離はおよそ3、4メートル。

 二機の動きが静止し、ただ呼吸に合わせ、互いの胸元だけがわずかに上下する。

 これまでの戦いにはなかった静かな出だし。

 

 ギンザエフにとっては動きたい間合い。

 ノーベルの低いスタンスは、十中八九、得意の低空タックルへの布石。

 正面に相対せず、左右どちらかにでも動いた方が良い。

 

 モーラにとってもまた、動きたい間合い。

 元よりパワーファイターでならしたギンザエフ・ターイー。

 砲戦機のカスタムと言うギギムもまた、見るからに鈍重なパワー型に寄っている。

 単純な力比べではあまり不利。

 逆に自らのスピードを活かせたならば、それがそのまま有利となるだろう。

 

 だが、それでも両者は動こうとしない。

 ただ淡々と短針のみが、現実世界の時を刻み続ける。

 

「……へっ、意地っ張りどもめ」

 

 ジッ、とモニターを睨み付けながらゴウダが呟く。

 プロレスから街頭での喧嘩に至るまで、闘争の世界には、ある共通するジンクスがある。

 即ち「格上の周りを格下が回るのだ」と。

 

 無論、ジンクスはあくまでジンクスである。

 格の上下が実際にあったとして、それが闘争の結果を左右するものでもない。

 しかし、それでも……。

 

 やがて、モーラが先に動いた。

 左右にではなく、上下に。

 徐々にではあるがゆっくりと、元より低い姿勢が更に深く大地に沈んでいく。

 

(クラウチングスタート……?)

 

 ザンスカール特有の猫目が大きく開く。

 四足に畳んだノーベルの体は、いわば弾かれる直前のバネ。

 すぐにでも試合が動く。

 対主の一挙手一投足を睨み据え、迎え打つタイミングを――。

 

 刹那、ノーベルが大地を蹴った。

 合わせてギギムも動く。

 プロレスの重鎮たちが選択したのは、以外にも打撃。

 しなやかに上弦を描いて伸びるノーベルのフック。

 真っ直ぐに差し出されたギギムの膝。

 

 ガギンと鈍い音を立て、両者が中央で交錯する。

 

 ファーストコンタクト。

 勝者はギンザエフ。

 

 下半身を突き出した分だけギギムの頭部が後方に寄り、空いたスペースで強欲な拳が空を切った。

 一方でタックルを警戒していたギギムの膝は、ノーベルの額を強かに捉えたのだ。

 

 だが、それでも尚、勝負は五分。

 

「ムオ!?」

 

 強烈な圧を半身に受け、慌ててギギムが腰を落とす。

 ガッチリと対主の腰部を捕らえ、体を預ける形となったノーベルがふへっと笑う。

 

「ふ、ふふ、危ない危ない。

 あやうくこれ一発で終わっちまう所だったよ」

 

「フム」

 

 打撃が未遂に終わるや否や、即座に本職(タックル)へのシフト。

 強かなる女帝の片鱗。

 ギンザエフも思わず目を見張る。

 こちらも打撃屋では無いとは言え、十分に体重の乗った膝。

 彼女の言葉ではないが、一撃で決まっていてもおかしくは無かったはずだ。

 

(女子プロレス……、そこまでのものか)

 

 内心で舌を巻く。

 キャットファイト。

 女性同士の拳の応酬は、時に歯止めが効かなくなり、男の試合よりも凄惨な血を見る事がしばしばある。

 そんな世界で絶対の王者として君臨してきた女傑。

 流血慣れしている、その経験が生きたのだろうか。

 

 そして、一見苦し紛れでありながら、どうして中々に厄介なのが今の体勢。

 これがCWAのリングならば、力尽くでパイルドライバーに持ち込む所であるが、さすがにアマレスの頂点に仕掛けるには欲目が過ぎる。

 重心を落とし、ギギムの圧をいなしながら踏み止まるノーベル。

 敵は完全に守勢に徹し、ダメージの回復を図っている。

 

「フン!」

 

 覚悟を決めてギンザエフが動く。

 両腕を組んで高らかと振りかぶるハンマーブロー。

 このまま勢いでモーラも動くか、それとも……。

 

「――!」

 

 意外。

 モーラの選択は、体勢の有利を捨てての「退」

 クラッチを解いて両手で押し返し、そのまま真っ直ぐに起き上がる。

 ブン、と鉄槌が空を切り、見上げるギギムの先でアップライトに構え直す。

 

(豪胆な……、打ち合いに付き合おうと言うのか)

 

 それならば、と。

 煩わしい駆け引きを捨て、ギギムもまた攻勢に出る。

 ともに投げ・組みを本職とするレスラー同士。

 とはいえ市長には、本業に匹敵するほどのストリート・ファイトでの経験がある。

 その自信が起爆剤となり、旋風を描いてモーラへと迫る。

 

「ダアァ――!」

 

 渾身の右フック。

 と言うよりも、そのまま半回転しかねないほどの勢いで繰り出されたラリアット。

 圧倒的豪腕、ガードは悪手。

 両手を広げスウェーで下がったノーベルの鼻先を、ぶうぅん、と太い拳が通過する。

 

(この……、戻り!)

 

 合わせてモーラが動く。

 真っ直ぐに踏み込む、右ストレート。

 打ったギギムの体が泳ぐほどの大仰な空振り。

 自分の拳の方が、確実に先に届くタイミング。

 

「がッ!?」

 

 間合いに入った瞬間、無警戒の左即頭部に衝撃が来た。

 左での裏拳。

 半回転しかねないほどの勢い、どころでは無い。

 勢いのままに市長の体は一回転し、加速を重ねた第二撃をブチ込んできたのだ。

 たたらを踏み、その身を傾げたノーベルの前に、さらに速度を増した大三撃が迫る。

 

 右拳。

 左拳。

 右拳。

 左拳。

 

 ガードを固めたノーベルの左腕を、ギギムの鉄拳がひたすらに叩く、叩く、叩く!

 

 本邦初公開、これが市長の組織犯罪対策。

 両手を広げてブン回すだけ。

 ただそれだけで十分な脅威。

 半径85インチは、市長の手の届く距離――ッ!

 

「オオァ!」

 

 ノーベルが潜る。

 再び深く身を沈め、加速のついた左腕を避ける。

 

(軸足……!)

 

 打撃を捨て、再びタックルに移行する。

 今のギギムはさながら高速回転する独楽。

 軸足を傾けさえすれば、勢いのままに押し倒す事が可能であろう。

 

「……ッ!」

 

 至近に踏み込んだ刹那、ふっ、とギギムの回転が変わった。

 直線的なタックルを円の動きで避け、むなしく空を切った両腕を背後から捕らえる。

 

(罠……! 市長の狙いは、はじめからこの体勢?)

 

 フルネルソン。

 豪腕に囚われたモーラの両肩がミリミリと鳴く。

 ぞくぞくと背筋が震える。

 ギンザエフ・ターイーのレパートリーの中で、この体勢から入る技は一つしかない。

 

『ああッ!? まさか、まさか市長!

 禁断のセメント・クラッシュに行く気かなのァ――ッ!?』

 

 MS少女の悲痛な叫びがこだまする。

 セメント・クラッシュ。

 豪快なパイルドライバーを得意とするギンザエフには珍しい、関節の必殺技(フェイバリット)

 フルネルソンからリバース・パロスペシャルに移行し、そのまま全体重を預けてマットに叩き付け、相手の肩、肘を破壊する。

 長いギンザエフの経歴の中でも、かの悪名高いBWAとの団体抗争の時にしか使った事の無いと言う、文字通りの真剣勝負での破壊技(セメント・クラッシュ)である。

 

「さて、どうするかねミス?

 今なら紳士的に技を解く事も可能だが……」

 

「ふっ、ふふ……、光栄だね市長。

 こうまで高い評価をされたんじゃあ、私も抗ってみたくなるじゃあないか?」

 

「そうか……、ならば行く!」

 

 短く言葉を切って、ついにギギムが動く。

 両肩をロックしたままノーベルの背に飛びついて、一息に地面へと……。

 

「……なっ!?」

 

 ギンザエフが驚愕する。

 刹那、ノーベルも動き始めていた。

 ただでさえガシリと固められていた両肩を、通常の稼動域を超えて思い切り反らす。

 

 関節が壊れる!

 そう思った瞬間、ノーベルの両碗は手品のように、するりとギギムのフックをすり抜けていた。

 男性の逞しさに上乗せした、女性特有のしなやかさ。

 両方の資質を備えた筋肉のみが可能とした、プロレスの外の脱出法。

 

 しかも、それだけでは終わらない。

 ノーベルの手首が鮮やかに返り、ギギムの両手をガシリと捕らえる。

 押し付けられた体重の加速を利して、勢いのままに投げに行く。

 十字に交差した両腕を右肩に預けての、変形での一本背負い。

 関節と投げの複合。

 モーラに試そうとしていた必殺技の脅威に、今度はギンザエフ自身が晒される番となる。

 

「……ッ! オオッッ!!」

 

 市長が叫び、必死に脱出にかかる。

 体重を後方に逸らして減速し、腰を落として必死に大地に踏み止まる。

 規格外の筋肉を持つからこそ可能となった、土壇場でのブレーキング。

 

 だがそれにより、モーラ鬼灯の仕掛けた最後の罠が完成する。

 

「ハイィッ」

 

 ノーベルの背が再び沈む。

 あくまでギギムの両碗をクロスさせたまま、その両脚が、両肩が、大きく広げた市長の股下を通過する。

 

「イィヤアァ――――ッ!!」

 

 そして、女偉丈夫の気合によって、120kgを超すギンザエフの肉体が真上に持ち上がる。

 

「~~~ッッ!?」

 

 192cmのモーラが202cmのギンザエフを肩車する時、その視線の高さはコーナーポスト最上段を超える。

 そこからさらに、レスラー二人分の体重を乗せて、後頭部を地面に叩き付けると言う。

 しかも両手は自分の股下。

 受身は不可能。

 

 それは、女子プロレスの世界だからこそかろうじて許される必殺技。

 身長があり、馬力があり、体重がそのまま凶器に変わる男同士の世界では、絶対に仕掛けてはいけない技。

 

 嗚呼、今それを。

 よりによって男以上の肉体を持った女傑が仕掛けると言う。

 

 頭部が最頂点を通過して、ギギムの肉体がいよいよ加速を始める。

 鮮やかなるブリッジ。

 視界が後方に泳ぎ、急速に大地に近づく。

 前述の通り、受身は不可能。

 ゆえにただ覚悟する。

 絶対に起き上がる、最後の最後まで意識を残す、と――。

 

 ゴズン、と言う鈍い音。

 闘技場の白砂が、さながら厳寒の日本海の波飛沫のように舞い上がる。

 

 

『……ハッ!?

 ジャ、ジャパニーズ・オーシャン・サイクロン・スープレックスゥ―――――ッッ!!!!

 何と言う、なンと言う女帝ッ!

 アメリカン・プロレスの英雄に、よりによってソイツを仕掛けるのかァッ!?』

 

 

「グッ、オ、オオ」

 

 しかし、なお恐ろしきは市長の超人的ハートである。

 三度にも及ぶ犯罪組織との抗争を潜り抜けた肉体と魂は、この一撃にすら良く耐えた。

 だがその先を取り、しなやかにして強かなる女帝の肉体は動き始めていた。

 

「ムオ」

 

 差し出した両腕が虚しく空を切り、その巨体が後方に翻る。

 抗おうとする屈強の体躯が良い様に翻弄され、絡み合う二つの肉体がぐるんぐるんと大地を巡る。

 アマレスにおけるグラウンドの攻防、では無い。

 この動きは、まるで……。

 

(ローリング、クレイドル……?)

 

 ガシリ、と。

 絡み合う両脚が巧みにロックされ、それでようやく回転が止まる。

 天を仰いだ男の顎元に逞しい左腋が絡み付き、同時に右腕を捕えられる。  

 

「セイ!」

 

 下を取ったノーベルが体を倒し、その全身に万力を込める。

 たちまちギギムの腰骨が釣り上がり、その背がアーチ上に反り返る。

 両脚と片腕を固め、頭部を締め上げながら腰骨、背骨を極めるカベルナリア。

 

 (ジャベ)

 太陽の国メヒコにおいて、華麗なる空中殺法と並ぶルチャ・リブレの花形。

 相手の五体を完全にコントロールし、複数の箇所を同時に極める複合関節の総称。

 

 この形になっても、まだギンザエフには勝機があった。

 複数の関節を同時に攻めると言う行為は、その分だけ一つの技に対する締めが散漫になる難点を孕む。

 腕の一本、脚の一本を犠牲にする覚悟で技を抜ければ、まだ反撃の余地はある。

 

 だが……。

 

「……ギブ、アップだ」

 

 諦観の吐息と共に、全米最強の男が降伏を宣言した。

 たちまち観衆が沸きかえり、高らかとゴングが打ち鳴らされる。

 

 ギンザエフの心が折れた訳ではない。 

 だが、男はプロレスで敗れてしまった。

 戦いの中、女帝にはグラウンドにて腕なり脚なりを極めるチャンスが幾度かあった筈である。

 それでも彼女はアマレスの三冠ではなく、プロレスの七冠にこだわってきた。

 

 J.O.S.

 ローリングクレイドル。

 そして、変形カベルナリア。

 

 相手の最大の技を打ち破り、己の最大の大技で以って勝負を決める。

 プロレスたる矜持を見せ付けた『女帝』の気高さに、男は花道を譲ったのだ。

 

「……感謝するよ、市長。

 アンタとガチで殺し合うのだけは勘弁して欲しかったからね」

 

 年齢に似合わぬ屈託の無い笑みを向け、モーラが右手を差し伸べる。

 女性のしなやかさと男性の強かさを併せ持った、暖かく力強い掌だ。

 彼女の持つ底知れぬポテンシャルに、あらためてギンザエフがため息を付く。

 

 瞬発力、持久力、耐久力、柔軟さ、それに戦術と機体の作り込みも。

 ありとあらゆる要素において、彼女は満点とは言わずとも、少なくとも90点以上の資質を有している。

 こと総合力で言うならば、彼女は間違いなく今大会ナンバーワンのトータルファイターであろう。

 

 愛娘が手塩に掛けて磨き上げてくれた機体を、誰よりも徹底的に使い込んできた。

 そう自負を持つギンザエフであったが、彼女()の執念と比べれば、そもそものスタートラインで敗北していたのだと、今では認めざるを得なかった。

 

「一つだけ聞かせてくれないかね、ミス・ホーズキ」

 

「うん?」

 

「それだけの実力がありながら、どうして現役を退いた?

 今の君の肉体ならば、日本のマット界に敵う相手などいないだろうに」

 

「あ~……」

 

 ギンザエフの素朴な疑問に対し、モーラはしばし視線を逸らし、やがてどこか困ったように呟いた。

 

「まあ、日本ってのは世間体を大事にするお国柄さ。

 どうしても叶え難い夢、ってのもあるモンだよ」

 

「フム?」

 

「ガンプラバトル。

 たかだか玩具遊びの世界でなら、女の子が地上最強だって構わない……、だろ?」

 

 

 

 

 

 




・おまけ MFガンプラ解説⑩

機体名:ギギム
素体 :シャイターン(機動戦士Vガンダムより)
機体色:紫
搭乗者:ギンザエフ・ターイー
必殺技:セメントクラッシュ、ダブルラリアット、鉄パイプ
製作者:ゼシカ・ターイー

 CWAレスラーのギンザエフ・ターイーが、BWAとの団体抗争を制した折に、愛娘のゼシカからプレゼントされたシャイターンをMF仕様に改修した機体である。
 マイナー機体であるシャイターンをプレゼントに選んだ理由について、ゼシカは「宇宙戦国時代を生き抜いた拠点防衛用MSに、父の生き様を感じた」とのコメントを残している。
 その一方でシャイターン(=悪魔)と言うネーミングを忌避したためか、完成した機体は一貫して『ギギム』の愛称で通している。
 火力支援機と言う性質上、本来ならば格闘戦に向かないハズのシャイターンなのだが、本機は各部ビームキャノンの撤去にグラップル仕様の関節強化、更にはギンザエフ自身の徹底したスパーリングの成果により、一端の重MFとして十二分に戦えるだけの格闘能力を有している。

 主にギンザエフ本人の実力から、本機はトーナメント開幕当初は優勝候補の一角と見られていたが、対抗馬である『女帝』モーラ鬼灯の完璧な調整の前に早々に姿を消した。


 

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