ガンプラ格闘浪漫 リーオーの門   作:いぶりがっこ

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・Bブロック第一試合

 オード・イル・タップ(総合格闘技) VS アカイ・ハナオ(アッガイ拳法)
 ジオ・ザ・ビースト            アカハナ専用アッガイ



いけ!いけ!ぼくらのアッガイさん

 ワイの名はアカイ!

 アカイ・ハナオ(赤井 鼻緒)30歳や。

 花の通天閣の真下で『(有)アカハナ土建』ちう会社をやらせてもろうとる。

 業務は通常の土方の他に、上下水配管工事、湾岸工事と何でも手広くやっとるで。

 社屋こそちんまいが、社員はみんな腕は確かで働き者ばかりや。

 関西で仕事をする時は贔屓にしたってや。

 

 まっ、堅苦しい話はこんくらいにしとこか。

 ワイには土建屋の親父以外にもう一つ、ガンプラビルダーとしての顔がある。

『ミナミのアカハナ』と言やあ、ちょっとは鼻の、もとい顔の知れたファイターとして昔はブイブイ言わしとったもんや。

 機体は勿論、MSM-04『アッガイ』や!

 

 まあ、こんな名前をもらっちゃあ、他の機体を選べへんっちゅう事情もあるわな。

 加えて、オカンの腹ん中でどう間違うて生まれてきたのか、この赤鼻や。

 

 今でこそデザインと性能が再評価されとるとは言え、当時のアッガイは完全にその他大勢のモブ機体。

 ジャブロー潜入ごっこをやれば、いつだってワイはシャアがトンズラこいてる間にブッ倒されとる役回りと来た。

 まったく、悲惨なジャリガキ時代やったで。

 

 けど、不思議なモンやな。

 こうも長く腐れ縁が続くと、知らず愛着っちゅうモンが沸いてきよる。

 

 公式で愛らしさを前面に押し出されるナリでありながら、ガンダムと並ぶと異様に威圧感溢れる図体。

 それでいて水際の不意打ちが得意技で、陸に上がってもサモハン並みに良く動きよる。

 チビッ子のような短い腕は、ジオン脅威のメカニズムにより驚くほどに伸びる。

 ちょこんと頭を下げたかと思えば、たちまちザクマシンガン四門分の砲筒が火を噴くときた。

 ことアッガイの持つ奇抜な個性は、ワイの喧嘩(ゴンタ)とガッチリ噛み合うとるようやった。

 

 ……と、景気の良い話ばかり吹いといて難やが、実の所、最近のワイはスランプ気味やねん。

 

 一般にアッガイが優れた機体っちゅうのは、あくまで生産性、整備性に優れた偵察機としての評価や。

 いかに陸戦に強い言うても、そいつは水泳部内での比較に過ぎひん。

 汎用性でズゴッグに、装甲と火力でゴッグに劣るコイツは、水の無いステージでは弾幕を避けられへんだけのデカイ的。

 運悪く宙域戦闘に巻き込まれた日にゃ、MSの性能を生かせないまま即お陀仏や。

 カイザー全盛期の大型MA時代から、こっちはなんとか騙し騙し戦ってきたモンやったが、特に近年、プラフスキー粒子の応用でMSの火力と機動力を賄う時勢になってからは完全にお手上げや。

 

 とは言えそこはガンプラバトル。

 アッガイの性能と弱点さえ分かっていれば作り込みでどうとでもなる。

 元よりアッガイは魔改造に定評のある愛され機体やからな。

 

 公式による大胆なアレンジを提示したベアッガイ。

 それをかのコウサカ・チナ嬢が更に斬新なアイディアで改修した伝説の機体、ベアッガイⅢ。

 アッガイの、もといガンプラ持つの可能性はまさに無限大や!

 

 例えば、両腕に溶断破砕マニピュレーターを装備したシャイニングアッガイ。

 二基の核融合炉の代わりにGNドライヴを搭載した00アッガイ。

 オーキスの中の人をアッガイに変えたデンドロアッガイ。

 口元の白ヒゲがダンディな(ターンアッガイ)……etcetc

 

 難波は心形流が魔改造の総本山や。

 ワイのアッガイへの愛情をもってすれば出来ん事など何一つあらへん!

 

 ――とまあ、ひとしきり妄想しきった所で、ふっ、と情熱が冷めるのを感じたわ。

 

 ワイにとってのアッガイってのは、一体何なんやろな。

 宙域戦闘に特化していたり、核バズーカを背負っていたり、オールレンジ攻撃を仕掛けたり……。

 そんなモンをアッガイと呼んで、果たしてワイはワイでいられるんやろか?

 

 ガンプラは自由。

 その言葉は麻薬や。

 安易にその言葉を受け入れてしまえば、ビルダーはたちまち骨子を失うてもう。

 こだわりの無いビルダーは弱い。

 現に、その名言を残した三代目名人カワグチ自身が、今は己の肩書を体現する機体『三代目パーフェクトガンダム』レッドウォーリアにとことんこだわりまくっとる。

 

 安きに流れてはアカン。

 何を以ってアッガイと成すのか。

 千差万別のガンプラの中にあって、何故にアッガイでなくてはアカンかったのか。

 ガンプラは人生。

 ガンプラバトルとは即ち、各々の人生哲学のシバキ合いなんや。

 

 そんな、珍しくもおセンチな気分に浸っていたワイの下に転機が訪れた。

 そう、ガンプラファイト地下トーナメントとの出会いや。

 武器使用、ブースター使用一切禁止、しかも操縦はGガンよろしく生身でやれときた。

 ド派手な射撃戦や空中戦は不可能。

 お互い大地に足踏ん張ってドツキ合うしかない、格闘技バカの考えた地獄のレギュレーションちゅうワケやな。

 

 無論、これらのルールが必ずしもアッガイ有利に働くわけでもあらへん。

 アッガイのボディバランスは現行の地球人類とあまりにもかけ離れ過ぎとる。

 

 デカイ図体はそのまま重量の負荷となってファイターを蝕みよる。

 平べったい偏平足は、まるで鉛のかんじき(・・・・)でも履くかのようにようけ動かへん。

 頭部に寄った重心は片足上げる度に容易く後ろにひっくり返り、短い両手では再び起き上がる事すら至難の業や。

 アッガイファイト……、全アッガイ乗りが一度は夢見る祭典やが、所詮生身の肉体ではコミックの再現なんざ夢のまた夢や……。

 

 それでも、それでもワイはこの大会に参加しようと決めた。

 機体から一切の幻想を取り払ったこのルールでならば、ワイの思い描く真のアッガイ像に近づける思うたからや。

 

 確かに人の子の肉体に、アッガイの奔放な動きは望めへん。

 ならどうすりゃあエエ?

 簡単や。

 

 

 ――なっちまえばエエんや、アッガイに!

 

 

 ズブの素人がファイティングスーツを着こなすまでに一か月。 

 まともに歩けるようになるまでに二週間。

 ランニングやシャドーを一通りこなせるようになるまで、更に一か月。

 そこからは社員、もとい水泳部の仲間とスパーリングに明け暮れる日々や。

 

 理想のアッガイの姿を思い描き、独自考案したギブスを纏って日常を過ごし、アッガイのアッガイによるアッガイのために必要な肉体を鍛え上げる。

 アッガイをワイのカラーに染めるんやあらへん。

 ワイ自身がアッガイを理解し、アッガイと一体化するんや。

 

 ……ワイもこう見えて一角の格闘技通。

 斜陽の格闘技で食って行こう言う奴らがどれほどの執念をその身に宿しておるのか、十分に理解しとるつもりや。

 せやからこそ都合がエエ。

 名にしおう世界中のプロ格闘家たち。

 ワイのアッガイに対する愛を試すには、相手にとって不足なしや!

 

「――のう、アンタも今ならそう思うやろ?

 全米MMA絶対王者、オード・イル・タップはんよォッ!!」

 

 

 

 

 アカハナが叫ぶ。

 同時に大きくのけ反ったアッガイが、水飲み鳥のように上体を返し、褌身のパチキを敵へと見舞う。

 

「アゥッ!?」

 

 アッガイ乗りを悩ませる過大な頭部重量。

 それがそのまま巨大なハンマーと化してジ・Oを襲う。

 めきょり、と鈍い音を立てて面長な頭部がひしゃげ、たまらずタップがよろよろと後退する。

 

「もろうたッ」

 

 空いた間隙にすかさずアッガイが跳ねる。

 重すぎる頭部がたちまちグルンと回転し、自然、ジ・Oの眼前に分厚い両足が出現する。

 

「ドッセエェイッ!!」

 

 鮮やかな320文ロケット砲。

 強大な筈のジ・Oの体躯が容易く吹っ飛ばされる。

 全米で最強の名を欲しいままにしてきた男が、素人の放つドロップキックに……。

 

 

『なんと……、何と言う光景だァ!?

 これぞアッガイファイト! 2250マイル一人旅ィ~~~~ッ!?

 我々は夢でも見ていると言うのかァ!!??』

 

 

 MS少女困惑の叫びに、わっ、と会場が共鳴する。

 たちまち騒音を掻き鳴らし、オーディエンスの水泳部が喝采の声を上げる。

 

「さすが社長! ワイら大阪もんの希望の星や!!」

「チャンスやで社長! このままいてもうたれ!」

「会場の皆はん、(有)アカハナ土建、(有)アカハナ土建をよろしゅう頼んまっせ!」

 

 壁面に叩きつけられた絶対王者。

 グッとガッツポーズを決めながら起き上がるシャアピンクの機影。

 縦ジマのハッピとメガホンを身を纏い、やかましい盛り上がりを見せる水泳部の面々。

 

 常ならぬ異様な気配に押され、モニターを臨む兵たちが絶句する。

 

「……あのアカハナっておっさんは何者なんだ?

 何かの格闘技の経験者、なのか?」

 

「――アカイ・ハナオ、通称『ミナミのアカハナ』

 ガンプラバトルがPPSE社の主催だった頃に一世を風靡したビルダーの一人」

 

 呆然とこぼしたリオの呟きに対し、淡々とヒライが答える。

 

「近年は成績を残せないでいるけれど、それでも一たび型にハマった時の強さは圧巻。

 突如として水際から襲いかかってくるシャアピンクの機体は、『赤い水棲』の異名で恐れられて……。

 ……恐れられて、いたのだ、けれど……」

 

 ヒライの解説が途切れる。

 そこから先は聞くまでも無い。

 いかにアッガイなる機体を知悉しているとは言え、生身の人間が、ああも異形を自在に動かす事が出来るものなのか?

 

「カカ、下らぬ。

 未だレギュレーションも出来て日の浅いガンプラファイト。

 総合だの実戦だのと吠えた所で、ここにいる全員が、言わば素人の集まりに過ぎん」

 

 どこか興醒めしたした風に、アムロが呆れた嗤いを漏らす。

 

「――そもジ・Oと言う機体は、木星帰りが腐心したスラスターの拵えによって重装甲と高機動を賄っている一品モノよ。

 重力下では過剰なブースターは死過重となり、ホバー走行前提の両足ではマトモに走る事すら適わん。

 その辺りを理解出来ん輩が安易に持ち出せば、今日のような『事故』が起こるのは必然じゃ」

 

 

 

「Shit!」

 

 舞台裏の冷めた空気を知る由もなく、短く怒気を吐いて絶対王者が走る。

 たちまちに砂煙が爆ぜる。

 アメフト上がりの肉ダルマを地上最強の男にまで押し上げた肉食獣のタックル。

 だが……。

 

「――ジ・Oのアンコは自分たち力士にも似た、下半身に重心を据えた体型すから」

 

 現役横綱・月天山が、かつて『宇宙の横綱』とも揶揄されたジュピトリスの傑作を語る。

 

「タップ氏の逆三角形の肉体とは、まるで真逆。

 バランスの悪さゆえ、本来の爆発力、加速力を生かし切れていない。

 むしろああ言った体格の選手こそ、本来はスモーのような機体を使うべきっす」

 

 横綱の分析を肯定するかのように、アッガイが緩やかに諸手を広げる。

 本来ならば腰を落として迎え撃つべき所を、却って爪先立ちを取り、あたかも敵に倒れ込むような体勢で衝撃に備える。

 

「……ッ!?」

 

 タックルが標的を捉えた刹那、不意にズン、とタップの背が圧迫された。

 低く潜ったジ・Oの上から、更にアッガイの巨体が覆い被さる。

 凄まじいばかり圧力を背面に受け、名門パワーバックの突進力が大いに削がれる。

 やがて均衡が釣り合い、もうもうと砂煙を上げながらMFの山が静止する。

 

 素人の喧嘩屋がプロのタックルを切る。

 言葉にすればあまりにも荒唐無稽な光景だが、それを成したのは膂力でも技量でも無い。

 カタログスペックでザクⅡの倍近いアッガイの異常重量。

 その中でもとりわけ重い頭部が、足を取られた勢いで勝手に倒れ込んだだけだ。

 

 アカハナは知っている、アッガイの巨体で無暗に動き回れば、それだけで窮地に追い込まれてしまう事を。

 そしてアカハナは知っている、アッガイの巨体を活かせば、わずかな動きだけで十分だと言う事も。

  

(さて、本来ならフロントチョークでも狙いたい場面なんやが……)

 

 優位なポジションを取りながら、胸中でアカイが逡巡する。

 未だ研鑽中のアッガイ拳法は、フレキシブル・ベロウズ・リムの再現に至っていない。

 ジ・Oの首を締め上げるには、アッガイの腕はあまりに短く太すぎるのだ。

 

「――だが、ジオン脅威のメカニズムが仕込まれとんのは、何も腕だけやないでッ!!」

 

 叫びながら、開幕より握り締めていた右拳をパッと開く。

 たちまちアッガイが連動し、丸っこい拳先に五本のアイアンネイルがジャキリと展開する。

 

「オオッ」

 

 アッガイが突く!

 空いた左腕を首筋に回し、きゅっ、とすぼめた五本の爪先で、ジ・Oのこめかみを思い切り穿つ。

 

「ノオオォォ~ゥ!?」

 

 絶対王者が哭く。

 ヘルメットに守られた鎧球にも、オープンフィンガーグローブに守られたMMAにも存在しなかったタイプの打撃。

 初体験の痛み。

 砂箱一年、その指先がチタン・セラミックの爪と化すまでに鍛え続けたアッガイの基本技。

 どこぞの空手小僧ではないが、いかな大男であっても、中々に強がれる攻撃では無い。

 

「アンタはようやったで、チャンプ。

 さあ! 早々にギブアップしてまえや!」

 

 アッガイが突く、突く、突く。

 ガズン、ガズン、と金属音が跳ね、絡み合う巨体が軋みを上げる。

 

 アカイはアカイで必死である。

 ザク二基分のジェネレーターを、己が心肺で賄わねばならないガンプラ・ファイト。

 他のプロ勢より、アッガイの活動限界は遥かに早い。

 故にこのまま、一息に相手を封殺したい。

 

 そう事を急いてしまった。

 ジャンルを問わず、一たび世界を制すると言う事が、果たしてどれほどの意味を持つのか。

 万年中堅ビルダーのアカハナには分からない。

 

「ヌガアアアアアァアァァ――――ッッ!!」

 

「オオッ!? な、なんや!?」

 

 タップが哭く! 哭きながら担ぐ。

 上体を抑え付けられた不自然な体勢からザク二体分の重量を押し返し、その巨体が徐々に浮いて行く。

 

「は、離さんかいワレェッ!!」

 

「ヒイッ ヒイ!」

 

 アッガイがバタバタと両足をバタつかせ、必死にクローの雨霰を打ち付ける。

 その度にタップは悲鳴を上げ、だがそれでも置物と化したジ・Oの下半身は、まるで大地に根を張ったかのようにビクともしない。

 打撃あり、寝技ありの総合格闘技の世界を、恵まれた体格と膂力のみで制した男。

 そこらの土建屋の親父とは、そもそもの人間強度が違う。

 

「ウオアアアァアアァアァァァ――――――ッッ!!!!!」

 

 野獣が叫ぶ。

 体内の全エネルギーが爆発し、刹那、アッガイの巨体が一息にブッコ抜かれる。

 そのまま後方にアーチを描く、ノーザンライトスープレ……いや、

 

「~~~~~~~~ッ!!??」

 

 故意か、偶然か。

 脇のフックが甘い、ゆえにスッポ抜ける。

 アッガイが飛ぶ。

 水陸両用機の雄が見せる、本邦初公開の空戦。

 しかも、飛んだ先には――

 

「壁……!」

 

 

 ゴズン、と言う鈍い音。

 次いで悲鳴にも似たギャラリーの絶叫が、水泳部の観客席を中心に巻き起こる。

 

『アワワ……! 何と言う、何と言う事でありましょう!?

 アッガイが、我らがアイドルアッガイが、壁に……』

 

「……He」

 

 ぜえぜえと、荒げる吐息を整えながら、大の字になった絶対王者が虚空を仰ぐ。

 全身全霊、肉体の持てるエネルギーを搾り尽くして投げを撃った。

 受け身も取れないような素人、惨劇の結果は確認するまでも無い。

 

『――アッガイが壁に、壁に張り付いております!!

 何と言う愛らしい……、もとい、雄々しい姿でありましょうか!』

 

「ファッツ!?」

 

 実況の盛り上がりを耳にして、ジ・Oが必死で頭を動かす。

 かろうじて捉えた視界の先には、星空を遮って壁面にへばりつくアッガイの勇姿。

 巨大な両足で衝突のダメージを殺し、両手のクローを突き立て落下を防ぎ、未だアッガイは戦場に踏み止まっていた。

 

「……へ、へへ、どうって事あらへん。

 元よりアッガイはジャブロー攻防戦に投入された主力の一翼。

 こう言う使い方も想定の内や……そしてぇ!」

 

 モノアイが煌めき、アッガイが再び動く。

 戦場に降りるのではなく、そのクローを振るい、更なる高みへ。

 観客席への逃亡?

 いや、仮想空間たるこの舞台で逃げて何になる。

 アッガイが動くならば、それはあくまで次なる攻撃のための布石。

 

「しゃ、社長ぉ……」

 

「なんやぁ? そないシケたツラすんなや」

 

 とうとう客席にまで登り詰めたアッガイが、不安げに見つめるカプルの頭をポンと撫でる。

 戦場に背を向け、壁面に佇立する水陸の雄。

 その姿を目にしたタップの背に、ぞくりと悪寒が走る。

 だが、精根尽きはてたジ・Oの肉体は、まるでアッガイの体を通して出る力に縛られてしまったかのようにウンともスンとも言わない。

 

「よぅ見とけやトーシロどもォ!

 これがホンマモンのガンプラバトルやあーッッ」

 

 アカハナが叫ぶ。

 刹那、アッガイが飛ぶ。

 

「ゼーゴック! 技を借りるでぇ!!」

 

 観客も叫ぶ。

 鮮やかなる月夜に身を翻し、水中戦の鬼が可憐なる月面宙返りを放つ。

 

「あの人は、夢を叶えたんだ……」

 

 ぽつり、とヒライが感嘆を漏らす。

 共に同じ山の頂を目指しながら、真逆のアプローチで一歩先んじたアカハナとアッガイ。

 偉大な先達を見上げる瓶底眼鏡に宿るのは、果たして嫉妬か、羨望か……?

 

 

「見さらせえぇェェ! これがワイの、プラモスピリットやァァ――――ッッ!!」

 

 空戦、再び。

 諸手を広げ、アッガイが一直線の烈風となる。

 はるか上空より迫る129tのシャアピンクは、さながら燃え尽きる前の彗星にも似て……

 

「……ッ」

 

 

 ―― ドワォ!!

 

 爆音。

 衝撃。

 激震。

 

 ドゥ、と土塊が舞い上がり、立ち込める白砂が勝負の行方を遮る。

 ごくり、と誰もが固唾を呑む中、徐々に視界が明瞭になっていく。

 

 闘技場の片隅に、折り重なるように倒れ込んだ二機の巨体。

 ひび割れ、砕け、ひしゃげ、ピクリとも動かぬ産廃の山。

 相打ち?

 最悪の予感を前に、シン、とコロセウムが静寂に包まれる。

 

 ――と。

 

 ピクン、と不意にアッガイの左手が動いた。

 五体を投げ打ったうつ伏せのまま、ピコピコと片手を振るって健在をアピールする。

 たちどころにどっ、と観客が沸騰し、けたたましいほどにゴングが打ち鳴らされる。

 

『死闘……ッ 決ッちゃ~~~~~~ッく!!

 フィニッシュは、高高度ダイビングゼーゴックボディプレスだァ~~~ッ!!』

 

 割れんばかりの大歓声が響く中、ゴッグが、ゾックが、アッグが、ゾゴックが、ズゴックが、ジュアッグが、アッグガイが……。

 とうとう辛抱たまらなくなった水泳部員たちが道頓堀よろしくフェンスを乗り越え、次々と闘技場にダイブしていく。

 

 やがて熱狂の中、アッガイのボロボロの体が、三度、宙に舞った……。

 

 

 ――ぽん、ぽん、ぽん、と。

 

 狂乱のモニターへ向けて、太い手が賞賛の拍手を鳴らす。

 

「まったく、これはどうやら、とんでもない大会に来てしまったようだな。

 特殊なリングとは言え、まさかあの絶対王者が真っ向勝負で敗れるとは……」

 

「デッハハ、こう言った番狂わせがガンプラ・ファイトのおっかねえ所よ。

 アンタだって例外じゃないんだぜ、ギンザよう」

 

「この年齢になって挑戦者か?

 ハハ、白髪が増える暇もないな」 

 

 傍らのゴウダの当てこすりに対し、太い手の男、ギンザエフ・ターイーが含みのある笑みを口髭に浮かべて応じる。

 

「まあ、せっかくの忠告をもらったことだ。

 準備だけは入念にしておくとしよう」

 

 言いながら、いかにも窮屈な座席から腰を上げ、フォーマルなジャケットを脱ぎ捨てる。

 ネクタイを緩めると、たちまちにワイシャツの下からはち切れんばかりの大胸筋が主張を始める。

 

 服を脱ぐ。

 たったそれだけの行為で、男の存在感が一回りも二回りも膨れ上がったかのように感じられるほどの圧倒的筋肉。

 アメリカンレスラーにありがちな、ステロイドによる養殖モノではない。

 投げナイフ、火炎瓶、パイナップル、拳銃、日本刀――。

 米犯罪組織の魔の手から、文字通り体を張って市民を守り抜いてきた政治家の筋肉だ。

 

 スパン、とトレードマークの片サスペンダーをマッシヴな肉体に掛け、意気揚々と戦う市長が行く。

 

「お前さんと相見えるのは決勝かな。

 まあ、運が良ければまた会おうじゃないか」

 

「お~う!

 まっ、お互いダメだった時は打ち上げで会おうや」

 

 豪放なアメプロの雄の言葉に対し、ゴウダはいかにもこの男らしい軽さで応じたが、馴染みが筐体の奥に消えたのを見届けると、微妙に表情を曇らせた。

 入れ替わるように、空手小僧、ナガラ・リオがゴウダに声を掛ける。

 

「おっさん、あのアメリカのレスラーと知り合いなのか?」

 

「まっ、昔CWAでの武者修行時代に世話んなった事があってな。

 真っ当にプロレスをやらせたら、俺なんかじゃあ手も足も出ねえ化けモンよ」

 

「どっちが勝つ?」

 

 あけすけに過ぎる若造の言葉に、ゴウダは辟易とした瞳を向けたが、その内についと視線を逸らしてボヤいた。

 

「あ~、俺ァ次の試合に関しちゃあ中立だからよぉ。

 ハム子の奴にでも聞いてみたらどうだ、一発で答えてくれるぜ?」

 

 

「くちゅん!」

 

 一方その頃。

 西ブロックに程近い駐車場では、噂の主、エイカ・キミコが人知れず小休止を取っていた。

 

「むむむ、こいつはきっと、どこぞのスパッツ少年が私の命を狙っているに違いない。

 まったく、美人薄命とは言ったもんだ」

 

「……相変わらず、おかしな独り言が多いね、キミちゃんは」

 

「へっ?」

 

 後方からの呆れ声に、どきりとキミコの心音が跳ねる。

 思わず振り向いた視線の先に居たのは、黒豹のようにしなやかな、背の高い女であった。

 

 ホットパンツにタンクトップと言うラフな服装から、スラリと伸びた長い手足。

 額に括ったバンダナの後ろから、ボリュームのある黒のクセッ毛が歩く度に揺れる。

 34と言う実年齢を思えば過激な格好ではあるが、その出立ちが彼女にはピタリと嵌っている。

 一見スマートでありながら、その実、高密度のダイアモンドのように引き締まったアスリートの四肢。

 南洋の血を思わせる褐色の肌が、月光の下、生命の輝きを持って照らし出される。

 

 モーラ鬼灯。

 192センチ105キロ。

 アマレス三冠、女子プロレス七冠。

 キリマンジェロ生まれの母と薩摩隼人の父の間に生まれた、炎の国の純血種(サラブレッド)

 

「お疲れさん、中々堂に入ったMCぶりじゃないのさ」

 

「……へ、えへへ、褒められたってガンプラの仕上がりは変わらないよ」

 

 十ほどもある年齢差を感じさせない快活さで、大柄の女がずんずんと迫る。

 一方、海千山千の筈のエイカ・キミコは、どこかぎこちない。

 まるで纏った制服が現役だった頃のように、時折どぎまぎと初々しさを見せる。

 

 だが、それも無理からぬ事である。

 いかに恋多き乙女であっても、初恋だけは特別であると人は言う。

 ガンプラ・ビルダー、ハム姉の初恋の少年がヒイロ・ユイであるならば、

 格闘技オタク、エイカ・キミコの始まりは、まさしく目の前の女帝、モーラ鬼灯なのだから。

 

「その物言い、仕上がりの方は上等と見たけど、どうだい?」

 

 モーラの言葉を向け、キミコが無言で傍らの鞄を開ける。

 その中をまじまじと覗き込んだモーラの瞳が、まるで無垢な少女のように輝きを見せる。

 

「……うん、いいじゃないか?

 これだったら思う存分、遊べそうだ」

 

「あ、あの! モーラさん」

 

 満面の笑みを浮かべた1.9メートルの乙女に対し、意を決し、キミコが切り出す。

 

「ん? どしたいキミちゃん」

 

「こいつでだったら期待して良いんだよね?

 女帝・モーラ鬼灯の仕掛ける、本気の戦そ――」

 

「……てい!」

 

「あうっ!?」

 

 ベチィ、と言う鈍い音を立て、女帝のデコピンが炸裂する。

 思わずうずくまったキミコに対し、大げさに肩を竦めてモーラが応じる。

 

「ダ~メだよキミちゃん、大人になんなきゃ。

 今のアンタの仕事はMC、中立公平にやんなきゃ、さ」

 

「うぅ……、だ、だってぇ~」

 

「……まっ、せっかくキミちゃんが丹精込めて作ってくれたガンプラだ。

 今夜はせいぜい楽しんでくるとするよ。

 やるからには何だって勝たなきゃね」

 

「……あ」

 

 年甲斐もなくにっかと笑った乙女の瞳。

 そこに一瞬混じった本気の色に、ぞくりとキミコの背筋が震える。

 

 来た時と同じ大股で、ずんずんと女が去って行く。

 だが、キミコの中の予感は消えない。

 

 一回戦第六試合、ギンザエフ・ターイー対モーラ鬼灯。

 共にプロレス史にその名を刻んだ伝説(レジェンド)同士。

 とは言え男と女、戦う前から結果なんぞ分かり切っていると人は言うだろう。

 

 それでもキミコは知っている。

 かつて、世界を制した――。

 その一事が、どれほどの重みをもたらすのかと言う事を。

 そして長い人類史の中には、時折、今日のような特異点とでも呼ぶべき夜がある事を……。

 

 

 

 

 




・おまけ MFガンプラ解説⑨

機体名:ジオ・ザ・ビースト
素体 :ジ・O(機動戦士Zガンダムより)
機体色:緑
搭乗者:オード・イル・タップ
必殺技:アメフトタックル
製作者:不明

 MMA絶対王者、オード・イル・タップが、ガンプラ・ファイト参戦の際に持参したMF。
 組立、塗装、仕上と一貫して高いクオリティを誇る機体であり、相応に腕に覚えのあるビルダーが製作したガンプラであると推測されるものの、現時点では製作者名は判明していない。
 一方、製作レベルの高さとは裏腹に仕込まれたギミックは良く言えば設定準拠、悪く言えば凡庸であり、作り手独自の創意が殆ど見受けられない。
 対戦者のアカイ曰く「何ら面白みのあらへん機体」
 元来白兵戦用機とは言え、宙域戦闘に特化し、地上ではホバー運用が前提となるジ・Oにとって、ブースター使用禁止の本大会との相性は劣悪であり、本戦では対ガンプラ・ファイト用の格闘理論を煮詰めて来たアッガイ拳法の前に翻弄される結果となってしまった。
 この件についてアカイは「そもそも製作者にレギュレーションが伝わって無かったんちゃうん?」との推測を残している。



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