ガンプラ格闘浪漫 リーオーの門   作:いぶりがっこ

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・Aブロック第一試合

 ナガラ・リオ(空手) VS サマワッカ・イーヲ(ムエタイ)
 リーオー虎徹        ハヌマーンフラッグ


思春期を殺した少年の翼

 ユニオンフラッグ。

 機動戦士ガンダム00におけるユニオンの主力MS。

 

 シャープなフォルムと可変機構を活かした演出、加えて搭乗者の強烈なキャラクターにより、劇中序盤から空中戦の花形として視聴者を楽しませてくれた名機。

 その空戦の雄が今、緩やかに地上で舞っていた。

 

 ピー・チャワーのエキゾチックな音色が、古代ローマを模した仮想空間をラジャダムナンの熱帯へと変える。

 スタジアム中央、三度の叩頭を終えた漆黒の機体がゆるりと立ち上がり、舞曲に乗せてしなやかに片膝を持ち上げる。

 

 ――ワイクルー・ラムムアイ。

 

 ワイクルーは師、父母への礼を指し示し、ラムムアイは戦いの勝利を祈願する儀式となる。

 まさしく今、眼前のフラッグは、その鋼の肉体に戦神(ムアイ)の加護を取り込もうとしている訳だ。

 

 サマワッカ・イーヲ。

 貧者の競技と揶揄されるムエタイの世界においては珍しい名門出の闘士。

 若き漆黒の王者。

 

 細身の長身の繰り出す技のリーチは、リオより10センチは長いだろう。

 にも拘らず、体重はリオと同程度か、それよりもさらに軽い。

 階級差が絶対の格闘技の世界において、明らかな調整ミスでは無いかとリオは疑っていた。

 が、実際にその機体を目の当たりにして、戦前の印象が己の不明であった事に気付く。

 

 賭博としての側面を持つ競技ムエタイにおいて、ラムムアイは選手の体調を見るパドックであると言うが、その観点で言うならばあの男は鉄板だ。

 引き締まった若木のような肉体は、元より尖鋭的なフラッグの外見と相俟って、競技としての枠を超えた『牙』の存在を匂わせる。

 だが、それ以上に不気味なのは、舞の中に見える男の真摯さだ。

 単なる儀礼でも、ましてや興業としての見世物でも無い。

 

 かつて父は、肉体に神が宿る、と言った。

 盟友ヒライもまた、プラスチックの機体に神が宿ると嘯いた。

 あの男のラムムアイは、まさしくそう言った『神域』を知る人間のものだ。

 錯覚では無い。

 現に儀式を終えたフラッグの華奢なボディが、闘技場の中央でむくむくと大きくなっていくではないか。

 

(それでも殴れる……、このリーオーの拳なら)

 

 じっ、と鋼の拳に目を落とす。

 鈍い光を宿した黒鉄の骨格に、白銀の輝きを放つ外装。

 折れず、曲がらず。

 製作者の信念を心金にまで浸透させた、日本刀のようなMF。

 

「セイッ!」

 

 心持ち内股に構え、腰を落として右拳を突き出す。

 中段正拳突き。

 空気の壁をパシンと叩き、幻影の巨人の姿が淡くも消える。

 

(やはり……、殴れる!)

 

 確信が溢れる。

 神なる機は、間違いなくこの機体にも宿っている。

 ヒライの執念とも呼ぶべき調整が、それを直に感じ取れるレベルにまで鍛え上げてくれていた。

 

 

『鬼に逢っては鬼を斬る! 仏に逢っては仏を斬るッ!!

 血に飢えたる宵闇の虎徹は、亜細亜の猿王を斬り伏せる事が叶うのかッ!?』

 

 

 MS少女の大仰な口上に、仮初のコロッセウムがわっ、と沸き返る。

 興奮の中、リー・ユンファがさっ、と右手を掲げる。

 

『最大トーナメントAブロック第一試合!

 それではみなさんッ ご一緒にイィィ――ッッ!!』

 

 

「「「 ガ ン プ ラ フ ァ イ ト オ ォ―――ッ 」」」

 

 

 ハヌマーンフラッグが、傍らのドートレスへとモンコンを預ける。

 

 

「「「 レ デ イ ィ イ ィ ィ―――――ッッ!! 」」」

 

 

 リーオー虎徹の背中に、少女が二回、切火を切る。

 

 

「「「 ゴ オ オ ォ オ ォ ォ ォ―――――ッッ!!!」」」

 

 

 観衆の絶叫と同時に銅鑼の反響が大気を震わし、二機の獣が同時に動き出した。

 

 

 闘技場の中心で、ゆるりと二人が向かい合う。

 イーヲは後ろ足に体重を乗せた深い構え。

 左足を軽く上下させ、足技の匂いをちらつかせる。

 

 一方のリオは背を丸めての前傾。

 空手と言うより、ボクシングのインファイターのそれに近い。

 打撃を旨とする両者にとって、頭部を差し出す形は無論リスクを伴うものの、遠間での蹴り合いでは勝ち目がない。

 互いの体格とファイトスタイルに起因する選択肢の無さが、リオに自然とその構えを取らせたのだ。

 

(……さすがに遠いな)

 

 しなやかな指の奥に覗くフラッグの頭部を忌々しげに見つめる。

 立ち合ってみて初めて分かる、ムエタイと言う盤石なシステム。

 立ち技最強と言う攻撃的な謳い文句とは裏腹に、このスタイルの本質はおそらくは守り。

 絶対急所たる頭部を前線から遠ざけて全体を俯瞰し、かざした両手は弾避けに徹する。

 更に後方に寄った事で自由になる左足、これが攻撃のための牙――。

 

 パァン!

 

「――ッ!」

 

 乾いた鞭のような音が空気を震わす。

 左のミドル。

 思っている間にもう飛んできた。

 リオが想像していたよりも長く、鋭く、何より疾い!

 

 蹴られた後でミドルだと分かった。

 蹴られると分かっていたから、かろうじて防げた。

 だが無意味だ。

 ビリビリと痺れる右腕に、彼からの雄弁なメッセージが籠められている。

 腕力の三倍はある脚力で、お前の右腕を蹴り潰す、と。

 

「オオッ!」

 

 迷わずリーオーが動く。

 すでにフラッグは次の動作に移っている。

 このままキレイに戦わせる訳にはいかない。

 

「ジャッ!」

 

 小癪なフラッグの蹴り足。

 左の前蹴り。

 先のミドルが鞭ならば、これは槍であり盾。

 クロスした両腕の上から蹴り飛ばさんとする衝撃。

 あわよくば懐に飛び込んで、と言う皮算用を御破算にしてくれる重さだ。

 短い舌打ちを加えて蹴り足を逃がし、お返しに軸足を蹴り返す。

 

 パン

 

「!」

 

 取られた。

 よく見ている。

 蹴りに行った左足の返り。

 その踵を長い右手で掴まれた。

 マズイ体勢。

 当然、軸足を思い切り刈り払われるハメになる。

 これがキックのルールであったなら、スリップとしてレフェリー割って入る場面であるが……。

 

「シャアッ」

 

 流石。

 躊躇いもなく踏み込んできたサッカーボールキックを、片手で跳ね起きかろうじて避ける。

 ザシュッと闘技場の砂が思い切り舞い上がり、両者の視界を遮る。

 

(――好機!)

 

 踏み込む覚悟を決める。

 前蹴りか横蹴りか、敵の反撃に思い切ってヤマを張る。

 リオの予想は、あくまで左のミド――

 

(……!)

 

 ぞくりと悪寒が走る。

 わざわざガードの上を蹴ってきた、最初のミドルキック。

 あれがもし、脇腹を蹴られるヤバさを刷り込む為の布石だとしたら?

 そんな事を思いながら、何となく右手を畳んで側頭部に添えた。

 コンマ何秒か遅れて、重いハイキックが手甲を叩く。

 

(~~~ッ 油断も隙もねえっ!)

 

 蹴り足を弾き返し前に出る。

 ともかく読みには勝った。

 反撃の時。

 渾身の中段突き―― が、虚しく殺される。

 ガシリとリーオーの両肩を抑える、フラッグの長い腕。

 肩を押さえられた打撃など、必殺には程遠い。

 

 そのまま無理やり、距離を潰して組み打ちに引きずり込まれる。

 リオが己の勘違いに気付く。

 接近戦は活路ではない、ここからがムエタイ本当の地獄――。

 

 膝。

 そして肘。

 

(……よくもまあッ!)

 

 密着と言っていいほどの至近から繰り出された打撃に、思わず息が詰まる。

 無理やりに引き剥がそうとした所を、振り回され、さらに肘を浴びる。

 額に熱い物が走り、鮮血が舞う。

 

 首相撲。

 ムエタイが立ち技最強たるもう一つの理由。

 膝。

 他の格闘技ならば水入りとなる至近での組み打ち。

 それがムエタイでは攻防の一つとして許される。

 さらに――、

 膝。

 肘。

 ――と言った、他の格闘技の多くで反則となる打撃を、容赦なく浴びせてくる。

 崩。

 膝。

 接近戦(クロスレンジ)での一撃必殺の攻防、そんな甘えをこの格闘体系は許さない。

 投。

 耐。

 膝。

 より有利な距離で、より有利な体勢で、より有利な部位を当てて相手を削り殺す。

 ムエタイとはそう言った、情け容赦の無いセメントの世界。

 

(――これがグローブをつけての試合だったら、成す術も無い所なんだけどよぅ)

 

 不敵にリオが嗤う。

 空手は全方位対応武術。

 相手が手の届く所にいるならばどうとでもなる。

 ガチリとホールドされた右肘。

 構わない、無理やり右手をフラッグの左脇に差しこむ。

 

「~~~~~ッッ!!」

 

 つねる。

 子供のように遠慮なく、脇の下を思い切りつねり上げる。

 十円玉を折り曲げる空手家の指力で、情け容赦も無く全力で。

 

 右肘を打ち込もうとしていたフラッグの体が、一瞬、ビクンと硬直する。

 敵の右脇腹が開いている。

 こちらの片腕は囚われたままだ。

 距離は無い。

 けれど体は廻る、膝も、腰も、肩も、肘も。

 

(それなら刺さる、存分に――!)

 

 渾身の左掌底。

 くの字に折れたフラッグの体が、力無く後退する。

 

 オオオ、とどよめきが漏れる中、一つの確信が胸を突く。

 敵の意図は掴めないが、少なくとも減量のデメリットは防御面に露骨に出ている。

 衝撃を支えるべき腹筋の脂質が削ぎ落とされた事により、本来のナックモエのしぶとさが失われているのだ。

 

(ここで、仕留める)

 

 風を巻いてリーオーが迫る。

 同じ小細工は二度は通じまい。

 あの綻びが回復する前に決着を付けねばならない。

 

「シッ」

 

 疾風の如き巻蹴りが唸りを上げる。

 差し出した両手で受け損ね、フラッグが白砂に転がる。

 

 

『さあ! 若き空手の獅子が行く! 疾風怒濤の攻めで一息に斬って捨てるのかッ!!』

 

 

 リーオーが砂地を蹴り上げる。

 右手でかろうじて受けながら、フラッグが後方に逃れる。

 会場が一気に沸騰する。

 崩れてしまった均衡が、決着の気配を告げる。

 逃げるフラッグ、追うリーオー。

 

 誰もが予感していた。

 次の一撃が入った時、勝負は決まる。

 

 次の一撃が決まった時。

 

 次の一撃が、当たれば。

 

 次の一撃が、入りさえ、すれば……?

 

 

 ――30秒、一分、いや、あるいはそれ以上の時間が過ぎただろうか?

 状況の変化に、居合わせた誰もが戸惑い始めていた。

 

「オァッ!」

 

 リーオーが追い突きを放つ。

 緩やかに左手を添えながら、フラッグが後方に泳ぐ。

 リーオーが前足を蹴り上げる。

 フラッグがその足を踏み台に、後方に宙返りする。

 

 直後、弾かれたようにフラッグが動き出していた。

 一足跳びで間合を詰め、鋭い前蹴りを繰り出す。

 予想外の反撃によろめく獲物を追って、さらにフラッグが飛ぶ。

 

 ……そう、フラッグが『飛ん』だ!

 空中に散歩にでも出かけるかのような気軽さで大地を踏み、軽々とリーオーの頭上を取った。

 

「キャオッ!!」

 

 上空から左の飛び蹴り。

 片手で捌いたリーオーの肩口に、逆の飛び膝を浴びせながら乱暴に着地。

 その上、更に掲げた肘鉄で脳天を撃ち込みに行く。

 

「くうッ!?」

 

 逆の手でかろうじて一撃を受け止める。

 直後、がら空きとなった鳩尾を蹴り込みながら、その反動でフラッグが地上へと舞い戻る。

 天才ナックモエが見せた未知なる戦法に、ざわりと観衆が色めきだつ。

 

「何だありゃ!? あのムエタイ野郎は何を仕掛けてやがるんだ?」

 

「何って……、ラジャダムナンの英雄さんだぜ?

 ムエタイ以外の何者でもねえだろうよ?」

 

「戯けた事を申すな、あんな軽業がリングの世界にあろうてか?」

 

 舞台を見つめるファイターたちの間にも動揺が走る。

 そんな中、格闘技に疎いマイスター、ヒライ・ユイだけは、まったく異なる観点から戦いを見つめていた。

 

「……違う」

 

「違うって、譲ちゃん、どういう意味だ?」

 

「あのデザイン、それに挙動……、あの機体はフラッグじゃない」

 

 ぽつりと呟きをこぼしたユイの視線の先で、漆黒の機体が鮮やかにリーオーを翻弄する。

 

「あれは……、あれはコルレル、黒塗りのコルレル。

 機動新世紀ガンダムXにおいて、新連邦軍の製作した究極の格闘特化型MS」

 

 

 かつて、タイ正当王朝時代から連なる軍人の家系に生を受けたイーヲは、その尚武の気質で以って、貧困層のスポーツと看做されるムエタイの世界へ足を踏み入れた。

 

 才能と情熱と環境に恵まれ、一直線にラジャダムナンのランキングを駆け上ったイーヲであったが、その成功とは裏腹に、彼は一つの壁に躓く事となる。

 

 かつて『黒の王』ナレースワンを支え、アユタヤ王朝復興の嚆矢となった伝説の武術ムエタイ。

 誇り高き先祖たちの技とは、果たしていかなる形であったのだろうか?

 

 確かに競技としてのムエタイは強い。

 立ち技においては地上最強と言ってもよいだろう。

 だがこの技術で戦場に立てるか?

 剣や槍を相手に、真っ向から立ち向かう事ができるのか?

 ミッシング・リンクを埋める古流の型の多くも、今では指導者を失い形骸化してしまっている。

 

 鬱屈とした日々が続く中、友人が気晴らしにと誘ってくれたガンプラバトルトーナメント。

 その日の観戦が若者の運命を大きく変える事となる。

 決勝戦、国内の強豪ルワン・ダラーラのアビゴルバインが放った、すれ違いざまの浴びせ蹴り。

 そのセパタクローを髣髴とさせる鮮やかな返しを見た瞬間、彼の中で何かが弾けた。

 

 

(そうか……! 剣であろうと槍であろうと、

 当 た ら な け れ ば ど う と 言 う 事 は な い!!)

 

 

 たちまちに彼はリングを去り、人の通わぬ密林へと篭った。

 失われた古式の再興。

 霊感が確信となって全身を駆け巡る。

 

 ムエタイの強さの源たるキック力、これを再び大地を蹴る武器に使う。

 5ラウンドを戦い抜くための脂肪、これは不要だ。

 元より刃物に対抗できる程の盾とはなりえない。

 

 古式の復興に必要なのは軽さ、見えざる翼だ。

 ガルーダのように舞い、ハヌマーンのように仕留める。

 そのためには狭いリングを去り、広い大地を生かす闘法を一から研鑽せねばならない。

 

 世俗を離れ、繰り返される修行の日々。

 

 ラジャダムナンから彼の名前が忘れ去られ、自らの技に自負を得たイーヲが郷里に戻った頃。

 

 リー・ユンファなる実業家から、一通の招待状が彼の元へと届いた。

 

 

『何と言う高さ!? 何と言う鋭さッ!!

 これがッ 失伝せし古式ムエタイの真の姿であるというのかァーッ!?』

 

 一転攻勢。

 未知なる翼で攻めに転じた漆黒の機体に、会場が再び騒然となる。

 

「軽身功……」

 

 トーナメント参加者が一人、マー・シォンアがポツリと呟きをこぼす。

 

「気功の鍛錬によって体を軽くし、その身軽さを武器へと変える」

 

「ケッ! いきなり何をほざいてやがる。

 チャイナにゃあそんなインチキじみた武術が現存するってえのか?」

 

「アルわけナイねそんなノ。

 単なる武侠の小説のお約束ヨ、それを……。

 あのタイ人、肉体鍛錬だけで仙道にでもなるつもりカ?」

 

「……さっき譲ちゃんが言ってたコルレルってのは、そんなにヤバイロボットなのか?」

 

「ああ、そりゃあエゲツないシロモンやで」

 

 ヒライの回答を遮って、赤鼻が額の冷や汗を拭う。

 

「何せ本編じゃあ、バルカンの掃射でスクラップにされてまう程の紙装甲や。

 たかだか軽さのためだけに、よりによってあの機体を選ぶ。

 そのイカレた根性が何よりおっかないわ」

 

「まあ、何れにせよ大勢は決したヨ。

 あの空手小僧には、この猛攻に対応する余裕は皆無ネ」

 

 マーの断定に対し、ヒライが静かに首を振るう。

 

「ナガラは、勝つ。

 ナガラの空手は、全局面対応闘争術。

 そして私のリーオーは、ナガラの要求、全てに応られえる機体だから……」

 

 

「オオッ」

 

 リーオーが渾身のミドルキックを放つ。

 フラッグが飛び上がりながら体を捻り、セパタクローさながらのバイセクルシュートを放つ。

 

「クゥッ!」

 

 真横から飛んできた延髄切りをかろうじて両手で防ぐ。

 勢いのままに、リーオーが大きく弾かれる。

 

(大分、好き勝手やってくれるじゃないか)

 

 頭を一つ振るい愛機の装甲を見つめる。

 ヒライが苦心して仕立た白銀の外装は、今やすっかりくたびれ果てて砂に塗れ、腕部、腹部を中心に大きくひしゃげてしまっている。

 だが、これはまだ覚悟の内だ。

 外装の柔軟な素材で衝撃を吸収する。

 その証座に、これだけ打たれてもリーオーの骨格には一切のブレがない。

 

(となれば後は俺の問題。

 俺自身さえ耐えられたなら、リーオーはまだまだ戦える)

 

『ナガラ!』

 

「――!?」

 

 後方より聞こえた相方の声に、リオが状況に気づく。

 いつの間にかリーオーは闘技場の壁を背に負っていたのだ。

 観客の絶叫が頭上より聞こえる中、窮鳥を仕留めるべくコルレルが再び飛ぶ。

 

 右膝、左膝、右肘、左肘。

 

 最初の一つ二つが防がれたとしても、残りの部位で確実に止めを刺す決死の飛躍。

 空手はあくまでも対人技術。

 空中より迫る怪鳥に抗するように考えられて――

 

「なッ!?」

 

 イーヲが驚愕の声を上げる。

 消えた。

 逃げ場を失った筈のリーオーが、煙のように。

 

「リャアァッ!!」

 

 ズン、と咆哮と衝撃が頭上から来た。

 

「ガッ!?」

 

 激痛。

 繊細なコルレルの装甲が悲鳴を上げ、ミシミシと背骨が鳴く。

 

(何故……)

 

 思うまもなくコルレルのボディが大地に叩き付けられる。

 わっ、と一つ歓声が沸く。

 

(ナガラ・リオ……、どうやって頭上から……?)

 

 

『う……、打ち下ろし手刀一閃!?

 空手小僧決死の跳躍が、古式の技を唐竹割りに斬り臥せたアァァ―――ッ!』

 

 

 

「……見たかよ?」

 

「おう」

 

 興奮に包まれるギャラリーとは裏腹に、ファイターたちは水を打ったように静まり返っていた。

 第三者であったからこそ見えた攻防の全容に、驚愕を禁じ得なかったのだ。

 

「三角飛び、あのリーオー、壁を……」

 

「そんなレベルじゃねえだろ。

 小僧の奴、外周を駆け上がってムエタイチャンプの上を取りやがった。

 だが、どうやってそんなアクションを」

 

「……そうか! リーオーの順応性の高さ。

 その秘密はあの足先やな」

 

 赤鼻の言葉に、一同の視点がモニターへと集まる。

 リーオーの白銀の靴先、その先端には骨格から生やした黒い地金の五指を供えていた。

 

「成程。

 実物同様の指先を得た事により、あのリーオーは本人さながらの動作を可能にしたと言う事カ。

 つまり、あの五指によってしっかりと大地を掴み……」

 

「ワシのディジェのパクリじゃあああああ!!」

 

 突如として、試合を観ていたアムロ・レンが素っ頓狂な叫び声を上げる。

 一同が呆然とする中、ふるふるとヒライが首を振るう。

 

「全然違う。

 あなたのは足袋、私達のは五指。

 目的も構造も、何から何まで違う」

 

「やっかましいわい! 表に出んかい泥棒猫め!

 うぬとは一度、ガンプラバトルで決着を付けてやろうと思うとった所じゃ」

 

「……それは無意味。

 何故なら私は、操縦が致命的に下手。

 イオリ・セイのような天才ビルダーは、そうそうに存在するものではない」

 

「むっき~~~ッ! 何なんじゃこの敗北感はッ!!」

 

「ウルセエぞ、お前ら!

 ムエタイの兄ちゃんが立ち上がってんだよ」

 

 ゴウダの言葉に促され、二人が再び舞台を見つめる。

 確かに、一度は沈黙した筈の漆黒の機体が、今、再び砂を掴んで上体を起こそうとしていた。

 悲しげに一つ、ポツリとヒライがこぼす。

 

「……無理。

 ムエタイ戦士の肉体がどうであったとしても……。

 コルレルのボディは空手家の打撃に耐えられるよう作られていない」

 

 

(やりたい事を、先に……、やられてしまったな)

 

 口元に爽やかな笑いを浮かべつつ、イーヲが痙攣する五体を必死に引き起こす。

 勝負の多くが判定へともつれこむ競技ムエタイの世界において、笑いは攻撃が効いていない事のアピールとなる。

 捨てた筈の競技選手の癖が出てしまった事に気付き、今度は本心から笑いがこぼれる。

 

(イーヲ……)

 

 ぐっ、とリオが奥歯を噛み締める。

 闘技ムエタイ、確かに恐ろしい相手であった。

 人外の魔技を可能とする脚力、そしてその執念について。

 ただ一つ惜しむべきは、ムエタイ四百年の歴史を再生するには、余りにもイーヲの実戦経験が不足していた。

 あと一年、いや半年の猶予があれば、勝負の行方はどう転んでいたか分からない。

 

 ――そう、ムエタイは恐ろしい敵『だった』

 

 もう大勢は揺るがない。

 イーヲの魂にどれだけの熱が残っていたとしても、その器たる機体の芯が失われてしまっている。

 

「キャラッ!」

 

 コルレルが御家芸の左ミドルを放つ。

 恐ろしく疾い、しかし見る影も無い渾身の一蹴り。

 

「ジャッ」

 

 バキャ、と乾いた音が響く。

 今日の試合で、初めてリオがまともに受けた。

 蹴り足ハサミ殺し。

 右膝と右肘に押し潰されて、しなやかなコルレルの脚が無残にもひしゃげる。

 

「リィ」

 

 声にならない声を上げ、コルレルが迫る。

 崩れだした上体でもたれかかるように首相撲を挑む。

 

 

「――カアッッ!!」

 

 左腕を廻し、敵の両腕を払う。

 刹那、渾身の上段正拳突き。

 武術家の魂を込めた一撃が、コルレルの眼前でピタリと静止する。

 

 寸止め。

 同時に自重を支えきれなくなったコルレルが、差し出された拳にすがるかのように崩れ落ちた。

 

 ゴングが鳴る。

 観衆が叫ぶ。

 

 サマワッカ・イーオは、最後の最後まで笑っていた……。

 

 

 

 




・おまけ MFガンプラ解説④、⑤

機体名:リーオー虎徹
素体 :トールギスⅢ(新機動戦記ガンダムW Endless Waltzより)
機体色:白銀・黒
搭乗者:永樂莉王(ナガラ・リオ)
必殺技:研鑽中
製作者:平井唯 (ヒライ・ユイ)

 ヒライ・ユイがガンプラファイト最大トーナメント用に製作した新型のリーオー。
 ストライカー用高性能格闘機と言うプロトリーオーのコンセプトを引き継ぎつつ、更に『折れず・曲がらず』と言う日本刀のしぶとさを追求して製作されたMF。
 最大の特徴は、内部に耐久力の高い独自フレームを持つ事で、実質フル・スクラッチと言うべき機体に仕上がっている。
 外装は衝撃吸収のための消耗品と割り切っており、意図的に柔軟な素材を使用している。
 内部フレームはプロトリーオーの製作データを引き継ぎ、ナガラ・リオの身体特徴に合わせたアンバランスな構造となっている。
 外見的な特徴として、爪先に『五指』備え、これにより大地を蹴る、敵を穿つと言った動作がより生身に近い感覚で可能となった。
 永樂流の空手を仮想空間で実現するための、まさしくナガラ・リオ専用機であると言えよう。

 尚、銘である『虎徹』は江戸時代の刀工、最上大業物・長曽祢虎徹に由来する。
 前述のコンセプトに加え、リオの父であるセイイチロウの通称『虎』が命名の決め手となった。



機体名:ハヌマーンフラッグ
素体 :フルスクラッチ(コルレル)
機体色:黒
搭乗者:サマワッカ・イーヲ
必殺技:古式ムエタイ殺法
製作者:サマワッカ・イーヲ

 古式ムエタイ戦士、サマワッカ・イーヲが、タイのガンプラファイター、ルワン・ダラーラの許に弟子入りして製作したMF。
『ガルーダのように舞い、ハヌマーンのように仕留める機体』と言うイーヲの要望に対し、ルワンは機動新世紀ガンダムXに登場した軽格闘機『コルレル』をベースとする事を提案。
 更にその外見から戦法を悟られぬよう、機体色を黒に改め、フラッグ風の偽装を施した上で完成とした。
 劇中においても、本編さながらの変態機動で対戦者のナガラ・リオを大いに苦しめたが、皮肉にも闘技場の外壁を利用した三角跳びで頭上を取られ敗北を喫した。




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