ガンプラ格闘浪漫 リーオーの門   作:いぶりがっこ

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全選手入場

 ――埼玉県S市。

 

 群馬、長野との県境に程近い山中に、その『遺跡』はある。

 軽車両がすれ違うのが精々、と言った峠道を進むこと三十分あまり。

 突如としてぽっかりと開いた窪地に、山中に不釣合いなコンクリートの広大な敷地が姿を現す。

 

 総合アミューズメントパーク『ラビアンローズ』跡地。

 

 1980年代半ばからのバブル経済、それに伴う再開発事業に後押しされ、国内最大規模のテーマパークとして計画された建設予定地。

 結局、まともな道路が通る事も無く、バブルの崩壊と共に事業は白紙に転じ、広大な駐車場といくつかの施設、そして建設中のシンボルタワーを残したまま、この遺跡は時間を止めてしまった。

 

 その『ラビアンローズ』は西ブロック。

 カップルや小さいお子様向けに、比較的メルヘンで落ち着いた施設が並ぶ筈だった区域。

 安全面での申請関係が必要な大型アトラクションが皆無であったことから、最も建設が進んでいた区画である。

 

 ブロックの中心、小高い丘の上に、半球状のドームが設置されている。

 先行で建設を終え、結局日の目を見る事なく時を止めてしまったモニュメント。

 常ならば鴉や猪、後は物好きな走り屋に一部の秘境ハンターぐらいしか訪れる事の無い夢の跡。

 

 そこに今宵、十五人の招かれざる客人たちが足を踏み入れていた。

 

 

「へえ……? こんな所でやるんかい?」

 

 筋骨たくましい大柄の男が、おどけた調子でホールを見渡す。

 ちょっとした映画館規模のサイズを持った、円筒状のホールである。

 100名程度を収容できる座席はホール中央に向けて段を作る。

 今日のゲストを迎え入れるだけなら十分な広さを持った建物なのだが、その室内が随分と息苦しく感じられる。

 今宵、集結した只者ならぬ男女の人間的な太さによって、室内の空気が何度か上昇しているかのようであった。

 

「理解不能、李大人の物好きには言葉もないネ」

 

「あら、そうかい?

 この雰囲気、あたしは結構気に入ったよ」

 

 小男の片言じみた呆れ声に対し、傍らの大柄の女が愛嬌たっぷりに言う。

 ハン、と後部座席で踏ん反り返っていたスキンヘッドが愚痴をこぼす。

 

「He、折角日本まで来たんだ。

 俺はどうせならもっと、観光地に近い所が良かったがね!」

 

「ハハ、そう身も蓋もないことを言わないで下さいよ、Mr.タップ。

 我々の方もそれなりに趣向を凝らしているのですから」

 

 新たに入口から聞こえてきた声に、男女の視線が集中する。

 カツカツと高級な皮靴の音を響かせ、丸縁サングラスの男がホール中央へと歩を進める。

 

 ガンプラ地下バトル『ガンプラ・ファイト』主催、李潤發(リー・ユンファ)。

 来たるべき最大トーナメント開催のため、今日の面々に招待状を送り付けた張本人である。

 

「Mr.リー、趣向とは?

 いつものようにネットを用いた通信対戦ではいかんと言うのかね」

 

「ケッ! シケた事を言うなよ、おっさん。

 せっかくライヴでやるんだ。

 お祭りに相応しいハコが欲しいってこったろ?」

 

 傍らの口髭を嘲るように、金銀のオッドアイがヘラヘラと笑う。

 

「勿論、それもありますがねえ。

 敢えてココ(・・)でやる事にも意味があるんですよ。

 80年代、高度経済成長期の香りが残るこの場所で、ね?」

 

「カカ、随分としみったれた事を云いよるのう?

 儂が生まれる前の思い出話なんぞ知るかや」

 

 と、一つ茶々を入れて、老婆のように童女が嗤う。

 

「もうちょっとだけ昔話に付き合って下さいよ。

 過ぎ去りし熱狂の時代、それはここにいる全員にとって、一つの意味を持っている。

 もう一度、この施設の刻を動かす理由、分かる方はいますか?」

 

「1980年代……、ガンプラバトル開幕前夜。

 未だガンプラが、単なるジャリガキどもの玩具でしか無かった時代やな」

 

『そっか、もうそんなに昔の話になるんだね』

 

 赤鼻の関西弁に対し、着ぐるみがしみじみと応じる。

 

「そう、プラフスキー粒子の発見に伴い実現したガンプラバトル――。

 思えばあれが、一つの時代の契機となりました」

 

 古い詩文でも朗読するかのように、淡々とリーが語る。

 

「自ら作り上げたガンプラを、自分の手で自由自在に動かせる。

 子供たち、いいえ、ガンダムを愛する全人類にとっての夢の実現。

 ガンプラバトルは、競技として、趣味として、興業として、余りにも完璧過ぎた……。

 

 エンターテイメントの転換期が始まり、プロレスは、ボクシングは、総合格闘技は、 野蛮な旧世代の競技としてその座を追われ。

 そして武術は、武道は、今や古ぼけた概念と化してかろうじて命脈を繋いでいる在り様です」

 

「…………」

 

「明日の大会では、あの頃の我々の『夢』の続きを描くのですよ。

 終わりの始まりとなったプラフスキー粒子、今一度その力を借りて、ね!」

 

 ブオン、と言う起動音と共に施設に火が灯り、半球状のドーム中央に、人工の星々が瞬き出す。

 プラネタリウム。

 柔らかな光に照らされて、ホール中央に二台の匤体の姿が浮き上がる。

 

「ここが、我々にとっての聖域(サンクチュアリ)です。

 人工の星空に仮想空間のコロッセウム、そして生身の貴方達。

 明日はここで、我々にしか出来ない、我々のためのガンプラバトルを開催します!」

 

 リーが高らかと指先を掲げる。

 広大な天空に描かれた春の大三角を、少年の碧い炎の瞳ががちろちろと見上げる。

 

「ハイハ~イ! それじゃあ開会宣言もオッケーって事で。

 今の内に抽選の方を終わらせちゃおうか?」

 

 ガラガラと荷台を押しながら、セーラー服の陣羽織が室内に乱入する。

 

「……と、アレ?

 旦那、もしかしなくても一名足りないんじゃないかい?」

 

「ハハ、そこはそれ、いつものお約束と言うヤツですよ。

 構いませんキミコくん、15枠を先に埋めちゃいましょう」

 

「おいおいハム子。

 なんだいそのチンケな抽選機はよォ?」

 

 セーラー服が運んできたガチャポン台を前に、大男が呆れたように苦笑を洩らす。

 

「こう言うのも中々、乙なモンだろ?

 さてこのガチャポン、回すのに硬貨はいらないが、代わりに一つコメントをもらうよ」

 

 相変わらずのおどけた口調で、セーラー服がずいっとマイクを差し出す。

 

「ズバリ聞くよッ!

 みんな、何を求めてガンプラ・ファイトの門を叩いたんだい?」

 

 

『――ハッ、決まってんだろ?

 世の中のボンクラどもに思い出させてやるのよ。

 どれだけ時代が変わろうと、プロレスこそがエンタメの頂点だってなァ!』

 

(42歳 男性 プロレス 北海道出身)

 

 

 

『――挑戦すると言う行為に限界は無い。

 明日の戦いで、それを証明したいと思っている』

 

(50歳 男性 ボクシング フィラデルフィア出身)

 

 

 

『――ウゴァ、ガルオァ、オオワ!!』

 

(23歳 男性 我流 マレー半島出身)

 

 

 

『――ガンプラ・ファイト、へへ、良い時代になったモンさ』

 

(34歳 女性 レスリング 鹿児島出身)

 

 

 

『――この日の本で、自分たちを差し置いて最強を決められる訳にはいかないっスから』

 

(32歳 男性 相撲 青森出身)

 

 

 

『――ハッハ! ギャラだよギャラ! 楽な仕事だぜ』

 

(28歳 男性 総合格闘技 コロラド出身)

 

 

 

『――この大会でなら、真のムエタイが見せられると思っている』

 

(21歳 男性 ムエタイ バンコク出身)

 

 

 

『――温故知新、ガンプラとの出会いによって、中国四千年は次の舞台に移るヨ』

 

(27歳 男性 中国拳法 河南省出身)

 

 

 

『――ボクは何にだってチャレンジしてみたいんだ!

 だから明日も真剣(ガチ)でやっちゃうよ~!』

 

(5さい 男の子 マーシャルアーツ 南の島出身)

 

 

 

『――何だってええ! アッガイ最強を証明するチャンスや!』

 

(30歳 男性 アッガイ拳法 大阪出身)

 

 

 

『――なに、娘の誕生日にMS格闘王のトロフィーをプレゼントしたいと思ってね』

 

(43歳 男性 アメリカンプロレス メトロシティ出身)

 

 

 

『――インダスの畔で見たものを、この舞台で試してみたい』

 

(25歳 男性 カラリパヤット ムンバイ出身)

 

 

 

『――カカ、余興よ余興、明日は存分に楽しませてもらうぞえ』

 

(18歳 女性 琉球舞踊 沖縄出身)

 

 

 

『――ケケケッ! 教えてやるよォ。

 地上最強は、俺たちの側の覇王流だってなアァ――ッ!!』

 

(19歳 男性 ブラジリアン覇王流 リオデジャネイロ出身)

 

 

 

『――今は、うまい事言えねえや。

 けど、明日の戦いが終わった時、答えが出せると思っているよ』

 

(16歳 男性 空手 東京出身)

 

 

 

 

 

 ――空中に浮かぶオーロラビジョン、十五人目の少年の抱負を最後に、会場のボルテージはいよいよ高まりつつあった。

 

 

 古代ローマを模した石造りのコロッセオ。

 闘技場には白砂が撒かれ、ありったけの篝火が赤々と星座を照らす。

 

 仮想空間。

 けれど、この仮初の世界に満ちた興奮までは偽物では無い事を観衆は知っている。

 

 

『――会場にお越しの皆さん』

 

 オーロラビジョンが切り替わり、神妙な面持ちの丸眼鏡を映し出す。

 

『プラフスキー粒子に満ちた時代に生まれ、その恩恵を甘受しながら……。

 それでもとうとう、今日、この場所まで辿りついてしまった、しょうがない皆さん』

 

 男の声に耳を傾けるように、会場からノイズが消える。

 

『今日だけは、この仮初の世界に、あの日の続きを用意致しました。

 この地上で最もどうしようも無い奴を決める。

 第一回、ガンプラファイト・最大地下トーナメントの幕開けです!

 本日は最後までゆっくりとお楽しみください』

 

 ――リー・ユンファの開会宣言と同時にオーロラヴィジョンが消え去り、次々に打ち上がる花火の煌めきが、鮮やかに夜空を焦がす。

 

 再び興奮に沸き返るコロッセウムに、純白の粒子を振り撒きながら、翼を広げたMS少女が鮮やかに舞い降りる。

 

 

「地上最強のガンプラファイターが見たいかアァァ―――――ッ!!」

 

「オオォオォオオォォ―――ッ!!」

 

「ヤジマ商事は怖くないかアァァ――――ッッ!?」

 

「オオオオォオォオォオオォォォ――――ッ!!!」

 

「お前らアァ――ッ!! 私はそんなお前らが大ッッ好きだアアアァァ――――ッッッ!!!!」

 

「ハム姉エエエェエェェ――――ッッッッ!!!!」 

 

「それじゃあッ アレッ! イックぞオォォ――――ッッ!!」

 

「オオオオォオォオォオオォォォ――――ッ!!!」

 

 

 

『 全 選 手 ッ 入 ゥ 場 オ オ ォ ォ ォ――――ッッ!!!! 』

 

 

 

 ドゴンと一つ爆音が上がり、コロッセウムが紅蓮の炎に包まれる。

 赤々と燃える灼熱のロードに、一機、また一機と、煌めくガンプラ達が足を踏み入れる。

 

 

「――さあ! カランコロンと高下駄鳴らし、空手の神話が今蘇る。

 太平の世に迷い出た虎の子は、中天に瞬く獅子となれるのか!?

 『Gate of Leo』 永樂莉王(ナガラ・リオ)

 使用機体『リーオー虎徹』だァ!!」

 

 

「国技ムエタイこそが最強の実戦武術ッ!!

 立ち技格闘技の頂点が、ガンプラ・ファイトに飛び膝蹴りだァ――ッ!

 『超実戦(リアル)マッハ!!!!!!!!』 サマワッカ・イーヲ!!

 使用機体『ハヌマーンフラッグ』ッ!!」

 

 

「ビームライフル? 気遣い無用ッッ!!

 自分たちのテッポウは地上最強っすから!!

 『月面送り出し』 大横綱、月天山(ゲッテンザン)

 『SUMOU金時』でごっつぁんですッ!」

 

 

「耐える! 吠える! 投げる!

 三拍子だけが揃ったロートルレスラーが、今宵もリングに旋風(センセーション)を巻き起こすッ!

 『人間モビルアーマー』 ビグザム剛田(ゴウダ)!

 機体はご存じ『AGE-ONEタイタスNOAH』だァッ!!」

 

 

「放浪の月日に終止符を打ちたい。

 インダスの流れに見出したのは、アジア格闘技の源流、カラリパヤット!

 『三面六臂』 山本明日羅(ヤマモト・アスラ)!

 使用機体『アスラガンダム』刻の涙を見せるか!?」

 

 

「生きる人間賛歌! 伝説のボクサー!

 もはやフィルムの中にしか存在しなかった筈の男が、今宵ガンプラ・ファイトの舞台に立つ。

 『アメリカン・ドリーム』元ヘビー級王者 ルクス・ランドアだァ!!

 使用機体『フォーエバーザク』でK.Oだッ!!」

 

 

「イッエエ~ィッ! ガチガチぴょんぴょん! ガチぴょんでぇーっす!

 今日はボクとガンプラ・ファイトにチャレンジだあっ!

 ……って大丈夫!? これ本当に大丈夫ッ!!??

 『ガチぴょんチャレンジ』ガチぴょんだァ~!!

 使用機体『がちもあ!(ガチぴょん専用グリモアカスタム)』 モップさんもいますぞッ!!」

 

 

「ある~日、森の~中、クマさ~んに、出会~ったッ!!??

 ……ッ!? 誰だお前ッッ!?

 熊田文吉(クマダ・ブンキチ) 詳細不明!!

 使用機体『モリノーク・マサーン』!?」

 

 

「南海の孤島に悪魔が嗤う!

 出るか目潰し! 当てるか金的! お前のような人類の革新がいるかッ!?

 『かつてNT(ニュータイプ)と呼ばれた女』 安室流舞踊、安室恋(アムロ・レン)!

 『リ・ガズィ風月』古流の真髄を見せるか!?」

 

 

「虎が来る!

 マングローブの密林の奥から、最強野生児がその牙を剥く。

 『マレーの虎』 ハリマオッッ!!

 使用機体『バクバクゥ』でバクバクだァッ!!」

 

 

「市長の仕事はどうしたァ~ッ!?

 米犯罪組織潰しの英雄が、鉄パイプ片手に殴り込みだァ!!

 『筋肉爆弾』 ギンザエフ・ターイー!

 使用機体『ギギム』なぜそれを選んだッ!?」

 

 

「中国四千年、バーリ・トゥードには欠かせまいッ!!

 東洋武術の神秘が、プラフスキーの輝きの下に曝される!!

 『婆鎖唖護神拳』 馬凶愛(マー・シォンア)だッ!!

 使用機体はもちろん『婆鎖唖護(ヴァサーゴ)』!!」

 

 

「トーシロどもが、ホンマモンのビルダーを舐めクサるなやッッ!!

 一流格闘家の祭典に、まさかのド素人がやってきたでッ!

 『(有)アカハナ土建』 赤井鼻緒(アカイ・ハナオ)社長やァー!!

 『アカハナ専用アッガイ』アッガイファイトの再来やッ!」

 

 

「アマチュア諸君、俺様が本物の格闘技をお見せしよう。

 総合格闘技界の絶対王者が、ガンプラ・ファイトの制圧に乗り出したッ!!

 『暴君』 オード・イル・タップ!!

 使用機体『ジオ・ザ・ビースト』征服完了ッ!!」

 

 

「おお神よ! 何故貴方は斯様なお戯れをなさるのかッ!?

 192センチ105キロッ!! アマレス三冠ッ! 女子プロレス七冠ッッ!! 

 『女帝』 モーラ鬼灯(ホオズキ)が来てしまったァッ!!

 使用機体『ビルドノーベル』この肉体にバーサーカーシステムは不要だァ!?」

 

 

「ガンプラバトルの表と裏、俺達兄弟で牛耳を執ろうッ!!

 遥か地球の裏側から、もう一つの伝説がやってくる!

 『ブラジリアン覇王流』 ジョージ来栖(クルス)だァッッ!!!!

 使用機体『マスターエルドラド』次元覇王流は黄金郷へと昇る!!」

 

 

 

「――以上16名によるワンデイトーナメントで、地上最強のガンプラ・ザ・ガンプラを決定いたしますッッ!!

 それでは皆さんッ! ご一緒にィッ!!」

 

 

「 ガ ン プ ラ フ ァ イ ト ォ ッ !! 」

 

「 レ デ イ ィ ィ ィ…… 」

 

 

 

「「「 ゴ オ オ オ ォ オ オ ォ オ ォ ォ ―――ッッ!!!! 」」」

 

「アリガトォ~」「アリガトォ~」「アイラビュ~」

 

 

 MS少女の号令に合わせ、会場の咆哮が一つとなる。

 後に伝説となる熱狂の一夜の幕が、ついに切って落とされようとしていた……。

 

 

 

 





たまらぬトーナメント表であった。
【挿絵表示】

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