篠ノ之箒は想い人の夢を見るか   作:飛彩星あっき

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甲龍

 突如現れた謎のISというシチュエーションにはこの春休みで慣れてしまった。

 だが今回は操縦者は謎ではないし、現れたISも敵ではなく味方だった。

 なにせ私の小学校時代からの友人・凰鈴音が動かしていたのだから。

 鈴の駆るISは、一対のトゲ付きの球体状を非固定部位として浮かせた機体で、左手には巨大な青竜刀が握られている。

 青竜刀はゴーレムの脳天めがけて投げられたものと同じ形状をしており、おそらくは二本で一セットの武器なのだろう。

 

「その機体はどうしたんだ、鈴……」

「説明は後! それより箒、早く使って!」

 

 鈴が銀色に光る、細長い形状をした物体を私めがけて投げ渡してくる。

 

 それは打鉄・正宗専用の予備パーツとシールド・エネルギーがインストールされているユニットで、姉さんの因幡にストックされていたものである。

 

 「スポーツとしてのISの試合」ではとうの昔に使用禁止となっているものであるが、今回のような襲撃に備えて持ってきていたのだ。

 

「ありがとう、鈴!」

「お礼なら後で、それを渡してくれた束さんにしなさい!」

 

 この会話を終えたあたりで、ようやくゼフィルスのパイロットも我に返ったらしい。

 ちょうど私が応急修理用のユニットを差し込んだあたりで、ゼフィルスは細長いレーザーライフルを私に構え始めた。修理中は私の身動きは封じられる。このままでは直撃は免れないだろう。

 だが――。

 

「させるかぁッ! 『龍咆』!」

 

 鈴の威勢のいい叫び声とともに非固定部位の球体の表面がスライド。そこにあった砲口が一瞬光った直後、ゼフィルスのライフルが大きくひしゃげる。

 

 一体何が起こったのだろうか? 私には皆目検討がつかなかった。

 

「セシリア、何が起こったかわかるか?」

「さぁ、わたくしにもちょっと……」

 

 一応セシリアにも聞いてみたものの、やはり分からないようだった。困惑した表情でゼフィルスを注視している。

 私たちが戸惑っている間にゼフィルスは充電のためにビットを戻すのと並行し、使い物にならなくなったライフルを投げ捨てる。次の瞬間それは爆発を起こし、暗いアリーナの中を一瞬照らした。

 

「ちっ、まさか衝撃砲がここまで厄介だとはな……予想外だったよ」

 

 舌打ちしてから、ゼフィルスのパイロットはそう吐き捨てる。その口ぶりから察するに、まるで以前から鈴の機体を知っているかのようだった。

 

「あんた、あたしの甲龍について知ってんの?」

 

 少しだけ驚いた顔をして、鈴がゼフィルスのパイロットに問いかける。なるほど、あの機体の名前は甲龍というのか……。

 

「さぁな……倒して吐かせてみればいいんじゃないのか?」

「実にあたし好みの答えね……いいわ、とっととぶっ倒してあげるッ!」

 

 鈴の叫びがアリーナじゅうに響き渡ったかと思いきや、次の瞬間には甲龍のスラスターの発する轟音にかき消される。

 

「猪突猛進とはな……そんな安直な行動で、この私を墜とせると思うなッッッ!」

 

 ゼフィルスは充電が完了したビットを再展開、そのまま鈴に向けて不規則な軌道で迫っていく。

 もちろん鈴にとって、これが初めての命がけの戦闘だ。そんなあいつに、いきなりビットの相手は荷が重過ぎる。

 

 そう思い、急いでセシリアとともにビットに攻撃を集中させて悪あがきをしようとしたのだが――。

 

「それがどうしたぁッ!」

 

 鈴は軽快なステップで、レーザーの雨あられを紙一重で回避していく。

 それが機体性能によるものなのか、それとも鈴自身の実力やBTビットとの相性か。はたまたビギナーズラックによるものなのかまではわからない。

 だが正直に言って助かったし、役に立っているのは確かだ。

 

 そのまま鈴はシールドビットのひとつに近づき破壊しようと試みる。銃口から光の奔流が迸る寸前に右に僅かに避け回避。

 そのまま次弾発射までのタイムラグを利用し、大きく振りかぶって攻撃を加えようとする。

 

 だが、その直後私たちはありえないものを目の当たりにする。

 

 なんとレーザーがまるで蛇のように曲がりくねって軌道を変え、鈴めがけて襲いかかったのだ。

 

「きゃっ!」

 

 鈴の背中にレーザーが直撃し、短い悲鳴が聞こえる。予想外の攻撃にびっくりしたのか、鈴はほんの僅かの間だけそのまま硬直してしまう。

 そしてそれは、ゼフィルスのパイロットにとっては大きな隙に等しかった。

 いくつものビットの光弾が直進したり曲がったりしながら、続けざまに鈴を襲う。

 散々やられた相手に仕返しができて気分が晴れたのだろう。ゼフィルスのパイロットは露出させている口をわずかに吊り上げていた。どうやら、もう勝った気でいるらしいな。

 

 だが、そうはいかないっ!

 

「はぁぁぁぁっ!」

「させませんわッ!」

 

 私がスラスターを全力噴射してビットのひとつに突っ込み、同時にセシリアがBTビットを射出して鈴を援護。ビットの、そして曲がるレーザーの動きを阻害する。ゼフィルスのパイロットは頭に血が上って視野狭窄に陥っていたのか、鈴のことしか見えていない。

 そこが大きな仇となった。

 私はシールド・エネルギーと損傷をほぼ完全に回復できたし、セシリアはBTビットの充電をほぼ完全に回復させることができたからだ。

 

 ビット――セシリアのとは違い、動きながら撃てるという厄介極まりない代物だ――を考慮すると手数では向こうが有利だが、単純なISの総量ではこちらが圧倒的に有利。勝負はこれからといったところだ。

 

「ちっ、ならば!」

 

 四つのビットのうち二つをゼフィルスは自分の手元に戻し護衛に、残り二つを私とセシリアへの攻撃にそれぞれひとつずつ向かわせる。

 そしてそれと同時に、予備武装と思しきアサルトライフルをコールし構える。

 

 だが敵の動きなど、今の私には関係ない。やるべきことをこなし、勝利に繋げるだけだ。そのためには――。

 

 多少強引にでもビットを破壊し、敵の戦闘力を大幅に削ぐ!

 

「これでまず……ひとつッ!」

 

 どうせ回避しても例の「曲がるレーザー」に当たると踏んで回避せずに直進。せっかく補充された盾を犠牲にしてシールドビットを切り裂き、一つだけ破壊する。

 そのまま私は急速反転。私の背中を狙い撃ってきた、本来ならばセシリア担当のビットに向けて接近。

 セシリアのビット2基による援護射撃によって動きを阻害されているので、シールドビットは私が近づくまで満足に行動できない。そしてそのまま――。

 

「二つめっっっ!」

 

 大きく振りかぶって斬り捨てる。これで残りは自衛用の二つのビットと本体だけだ。あとは……三人で総攻撃を仕掛ける!

 

「いくぞっ!」

「はいな!」

「ええッ!」

 

 三人で掛け声を発して、一斉に攻撃開始。予想外にビットを破壊されたからか、敵は焦って私たち三人に均等に攻撃を仕掛けている。本来ならば、一番近い鈴に攻撃を集中させるのがセオリーのはずなのに……。

 

 うまくは言えないが、鈴が現れて以降のゼフィルスのパイロットにはどこか妙なずれを感じる。

 操縦技能やビットの操作技術は高いのに、なにか勝負慣れをしていない。そんな印象を持たざるを得ないのだ。

 ……いや、そんなことは倒してから考えるべきだろう!

 

 私が雑念を払いつつゼフィルスに接近し、敵のビットの一基から放たれるビームを受け持つ。

 セシリアがビットを4基全て使い、もう一基のビットの弱点――すなわち砲口に向けていろいろな角度からレーザーを撃ち込む。

 本命である鈴が、マシンガンによるダメージをものともせずにそのままゼフィルスに向けて突撃する。

 そして――。

 

「てやぁぁぁぁっ!」

 

 鈴は手にした青竜刀をふたつ、縦に連結してから振り下ろす。焦ったゼフィルスが急にビットからレーザーを撃ちだそうとするも、私たちに向けてレーザーを発車した直後だったためにもはや間に合わない。

 

 これで、私たちの勝利だ!

 

 そう思ったときだった。突如としてばりぃぃん、という大きな音が天井から響きわたったのだ。

 

 そしてその直後、大きな翼が特徴的な純白のISが姿を現す。

 

「あの……ISは、まさかっ!?」

 

 私は、その機体に見覚えがあった。

 温泉街で助けてくれたあのISの姿に重なっていたのだ。

 そして手している刀は、かつて私の目の前でゴーレムを一刀両断したそれだ。見間違えるはずがない。

 

「嘘……あれって……」

 

 思わず鈴の動きが止まる。

 私もセシリアもそれは同じだったが、ゼフィルスはそうではなかった。

 

 彼女は一瞬で正気に戻ると鈴に回し蹴りを放ち、そのまま天高くビットを引き連れて飛翔する。

 

 目指す場所はむろん、男がバリアに空けた穴。

 

 結果だけ見ると、男は私たちを助けに来たのではなく、ゼフィルスを助けに来たかのようだった。

 

「すまない、助かった」

 

 厄介なことに、実際その通りだったようだ。

 ゼフィルスのパイロットは男のすぐ脇に移動すると、そんな言葉を口にする。

 

 だが――。

 

「……え?」

 

 それはゼフィルスのパイロットが発したものだったか、セシリアか鈴か、それとも私かわからなかったが、とにかく目の前で起こった異常事態にみな一様に目を丸くしたのは事実である。

 

 なにせ、ゼフィルスの味方だと思われていた白いISが、光の剣で彼女の腹を思い切り刺したのだから。

 

 「ありえない」といわんばかりに目を見開いたゼフィルスのパイロットの女は吐血し、そのままISを解除しながら落下していく。

 男はそれを無感動に見下ろすと、左腕の複合ユニットを大砲に変形させ、荷電粒子砲を放つ。光の奔流は女を飲み込み、瞬く間に肉片一つ残さずに消滅した。

 

「……貴様、一体何者だ。そして何がしたい!?」

 

 近接ブレード「長船」の切っ先を向けて問う。

 

 先ほどまでのゼフィルスのパイロットの反応を見れば、こいつらが仲間だったのは一目瞭然だ。だが、彼女を刺し殺したのも事実である。

 一応、そこだけならばまだ「証拠隠滅」という可能性もなくはない。だが、こいつは温泉街で絶体絶命だった私を助けてもいるのだ。

 

 それを考慮に入れると、こいつが何をしたいのかがよく分からなくなってくる。

 

「…………チッ」

 

 男は私を見ると嫌そうに顔を歪めて舌打ちし、荷電粒子砲を向けてくる。

 

 これはまずい! 

 

 そう思ってとっさに右へと回避して障害物として設置されていた雑木林に逃げ込む。直後、光の奔流が木々を次々となぎ倒していく。

 立ち止まっていてはやられると判断した私は、ジグザグに移動して何とかかわしていく。

 

 これを回避しながら近づき、どうにか切り結べれば勝てる、か……?

 

 そんな甘い思考が支配しそうになるのを、かぶりを振って否定する。

 

 数の上ではこっちが有利だが、ゼフィルスとの戦いで機体も精神も多大な疲労がたまっている。

 

 代表候補生である私やセシリアでさえそうなのだから、初実戦の鈴なんかもっとそうだろう。

 今は私ばかり狙われているが、いつ鈴に矛先を向けるかも分からない。

 

 もしそうなったら、あいつは今度こそ……。

 

 そう考えると、今すぐにでも撃退に移行するべきなのだろう。

 だが敵は一撃一撃の威力が段違いに高いうえ、殺すことに何のためらいも持っていない。

 もちろん、このまま大人しく避けていれば帰ってくれるとも到底思えない。

 

 くそ、どうすれば……!

 

 内心舌打ちしていると、ふいに砲撃が止む。

 何事かと思って林を抜けて上空を見上げると、上空には四つの荷電粒子砲の軌跡が描かれていた。慌ててセンサーを確認すると、内陸方向に五つのIS反応があった。うち四つは打鉄のもので、残りひとつは――。

 

「暮桜……千冬さん!?」

 

 思わず、表示された名前を読み上げてしまう。

 流石に世界最強のブリュンヒルデが相手となれば、どんなに強かろうと確実に苦戦する。

 しかも四機の打鉄と、満身創痍とはいえ私たち三人もそこに加わるのだ。

 さすがに勝てる見込みなど、もはや万に一つもないだろう。

 

 男は唾を吐き捨てると海側へと瞬時加速で離脱。そのまま打鉄の砲撃をかいくぐってレーダーの範囲外まで逃げていった。

 

「はぁ……」

 

 一連の戦いに終止符が打たれたことを確認し、深くため息を吐きながら打鉄正宗を解除して座り込む。流石に今回は今まで以上に疲れた。なにせ、今までで一番多くのISを相手にしたのだから。早く帰って布団で寝たい……。

 

 だが、その思いは叶いそうにはなかった。

 打鉄四機は私たちに近寄ってくると、セシリアと鈴に向けて大型荷電粒子砲の銃口を構える。そして――。

 

「そこの所属不明のIS、およびブルー・ティアーズのパイロットはただちにISを解除せよ。警告に従わない場合は攻撃を開始する」

 

 と、打鉄部隊を指揮している千冬さんの声が上空から聞こえてくる。

 もちろん反対する理由もない――というか、できない――ので、セシリアと鈴はそれぞれISを解除。そのまま一人につき二機ずつの打鉄に抱えられてアリーナの外へと運ばれていく。

 私の元へは、千冬さんの暮桜がやってきていた。

 

 さて、どう説明するべきか……。

 

 そんなことで頭を悩ませている間に私は千冬さんに抱きかかえられ、アリーナを後にしたのだった。


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