篠ノ之箒は想い人の夢を見るか   作:飛彩星あっき

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跡地にて

 敵のビームを避けながら直進すること数十秒、私は敵ISと近接戦闘を行えるくらいの距離にまで接近する。

 セシリアの専用機『ブルー・ティアーズ』は砲撃戦を主軸に据えた機体なので、私とは違い一定の距離を保っていた。

 

「……剣!?」

 

 敵の一機が私の接近を確認し、武装を量子展開する。

 それは私の背丈の半分ほどの大きさもある、中世の西洋剣を模したものであった。

 

『敵発見。これより攻撃を開始』

 

 温泉街に現れたそれと同じく、無機質な声で無人機は言い放つ。

 そして有言実行と言わんばかりに攻撃を開始し、私に向かって両手で構えた剣を振り下ろそうとする。

 だが……、

 

「遅いッ!」

 

 鋭い横薙ぎの斬撃を敵よりも素早く浴びせ、無人機の肘から上を切断。

 突如腕がなくなったことでエラーでも生じたのか、無人機はその場に数瞬だけ、糸の切れた人形のように硬直してしまう。

 そしてそれは、スナイパーにとっては十分すぎるほどの隙であった。

 

「セシリアッ!」

「お任せください、箒さんっ!」

 

 私の掛け声と同時に、セシリアはその手に握っている大筒状のレーザーライフル『スターライトmk-Ⅲ』を素早く無人機に向け、トリガーを引く。

 刹那、無人機の身体を光の矢が貫き、物言わぬ屑鉄と化したそれは地上に落下していく。

 

「まず一機!」

 

 セシリアのその言葉を耳にしながら、打鉄正宗のスラスターを吹かせ右隣に浮かんでいた無人機へと接近。そのままの勢いを維持して篠ノ之流剣術「流星刺突剣」を繰り出す。

 だが、無人機はこちらの行動を読んでいたようである。

 私の接近に対し、敵は「一時的にPICをカットする」という奇策に走ったのだ。

 これにより無人機は重力に引っ張られ、私の剣が当たらない位置にまで落ちていく。

 

「正直予想外だな。だが、それも――」

「私たちのコンビネーションの前には、無駄な努力だと言わせていただきますわ!」

 

 ブルー・ティアーズの非固定部位には板状のパーツが4枚あるのだが、それらがセシリアの指示と共に分離、独立して飛行を開始する。

 これこそ彼女の機体、その名前の由来ともなった特殊武装「ブルー・ティアーズ」のビットだ。

 ビットは無人機が落下した先に移動すると先端の銃口からビームを放ち、それを串刺しにする。

 

「これで二体目!」

 

 私が口にすると同時に、最後の一機めがけて攻撃を開始する。

 まずはセシリアがビットを使い敵の逃げ道を封じ、それと同時に私の「打鉄正宗」の右腕に装備されたマシンガンを乱射してシールドエネルギーをじわじわと削っていく。

 

「はぁぁぁっ!」

 

 そしてじゅうぶんな位置にまで接近すると、近接ブレードで袈裟切りを放ち急速離脱。

 これくらいの損傷なら、まだ敵機は動ける。それは温泉街での戦闘の際に身をもって分かったことだ。だが……、

 

「これで終わりですわ!」

 

 傷口にビームのシャワーを浴びせれば、また話は変わってくる。

 私が離れてすぐに、セシリアはビットを盾に並べて一斉射撃。正確に損傷部位に熱線を浴びせていく。

 数秒と持たずに無人機は内部から爆発、残骸は真下の草原に転がっていった。

 

「楽勝、でしたわね!」

「……ああ!」

 

 素直に喜んでいいのかは少し迷ったが、とりあえず敵を退けた事実に変わりはない。

 私たちはISの装甲ごしにハイタッチすると、鈴と姉さんの待つ列車へと移動を開めた。

 

◆◆◆

 

 数キロ離れた位置にまで列車は移動していたものの、私たちのISをもってすればすぐに追いつくことはできた。運転手に頼んで一旦停車してもらい、ドアから中へと戻ってくる。

 

「お疲れ箒ちゃん、打鉄正宗にして正解だったでしょ?」

 

 パソコンのモニターを眺めていた姉さんが、顔を上げて問いかける。画面をさりげなく覗いてみると、グラフやら数値やらがびっしりと表示されていた。

 どうやら今しがたの戦闘データをまとめていたようだ。

 

「ええ、昨日の試運転の時と同じく、最高の反応速度でした。これならば今後は、少なくとも無人機に対しては心配ないでしょう。セシリアもいますしね」

 

 微笑みながら私はそう結論付づけ、自分の席に座ろうとしたのだが、そこは鈴に占拠されていた。何やら物憂げな表情で、窓の外をひたすら眺めている。

 

「おい、鈴。悪いが自分の席に戻ってくれ」

「え……あ、箒! 何時の間に帰ってきたの!?」

 

 声をかけられ初めて、鈴は私の存在に気が付いたようだ。まったく、さっきからずっといただろうに……。

 軽く腰を上げて鈴が通路側の席に移動し、改めて自分の席に座る。

 私が出て、続けざまに鈴が座ったためだろうか。椅子はまだ暖かかった。

 

「なぁ鈴。お前、どこか具合が悪いのか?」

「いや……そんなんじゃ、ないわよ」

 

 私が隣に座っても、どこかぼけっとした印象を鈴から受けた。

 流石に親友が可笑しな状態というのは気がかりだったので、穏やかな声で尋ねてみたものの、曖昧に笑ってはぐらかされてしまう。

 それはまるで、私がいつもやっている誤魔化し方のようだった。

 

「皆さん、少しよろしいでしょうか」

 

 私と鈴の会話が途切れたタイミングを見計らってセシリアが席を立ち、そう発言する。

 

「どうしたのさ、いきなり」

「襲撃に遭ったIS企業について、皆さんはどこまでご存知なのか確認したいと思いまして」

 

 姉さんの質問に対し、セシリアは即座に返答する。確かに、襲われた場所がどんな企業なのかという情報は大事だ。

 

「HOインダストリーという名前の企業で、イギリス北部に工場を構える小さな企業。その程度しか私は知らない」

「あたしも……それくらいかしらね」

「束さんも、そんな企業の名前は事件前までは知らなかったからね」

 

 私たち三人が続けざまに答える。

 私と鈴はイギリス行きの準備やら何やらで、姉さんは無人機の調査で忙しく、ほとんど情報を手に入れる時間がなかったのだ。

 今しがた私がセシリアに話したそれも、インターネットの受け売りに過ぎない。

 

「なるほど、本当に最低限の知識しかないようですわね。では、こちらをご覧ください」

 

 セシリアはタブPCを操作すると、日程表と思しきリストを表示させる。

 その中間くらいの位置には、問題の企業の名もあった。

 

「セシリア、これは何だ?」

「イギリスの企業用のISコア、その貸出しについてのスケジュールですわ」

「貸出しって、どういうこと?」

 

 あまり意味が分からなかったので、鈴の質問は私の疑問を代弁しているのに等しかった。

 

「倉持やデュノアみたいなIS関係の大企業がないから、イギリスは国内のIS関係企業に交代制でコアを貸し出してるんじゃなかったっけ」

「篠ノ之博士の仰る通りです。12の企業が2週間交代でコアを持ち回りで利用、新装備や基礎フレームの実験に使われていますわ。もちろんHOインダストリーも、この12の企業に含まれています」

「一体それと襲撃に、何の関係があるって…………まさか!?」

 

 姉さんの説明とセシリアの補足を聞き終えてすぐ、鈴が話し始めたものの、その言葉は途中で止まってしまう。

 そしてそれから数秒後、鈴は「まさか」の内容を口にした。

 

「その日はHOインダストリーに、コアがあったっての?」

「ええ、確かにそこにありました。ですが盗まれてはおらず、無事にコアは回収されましたの」

 

 ISコアは全世界合わせても500弱しかなく、どの組織も喉から手が出るほど欲しいもののはず。そんなものを無視してまで、襲撃した本当の理由とはなんなのだろうか。

 あまりにも理解不能だったため、思わずため息が漏れる。

 どうやらみんなも同じ気持ちだったようで、三人の口からもため息が聞こえてきた。

 

「目的もなしに襲撃、愉快犯か何かかしらね? 全く、胸糞悪いったらありゃしないわ!」

 

 ぽりぽりと頭を掻きながら、鈴が語気を荒げる。

 温泉街に襲来した無人機に香港の窮奇、それに今しがた襲いかかってきた三機の無人機。

 この一週間に三回も理由すら不可解の襲撃に遭った私と鈴としてみては、とても他人事とは思えなかった。

 

「ああ……全くだ」

「箒さんへの襲撃も激化しているようですし。やはり、何か関係があるのでしょうか?」

「分からんが、IS学園に入る前にはケリを付けたいな。せっかくセシリアや鈴と一緒の学校で過ごせるというのに、何かにつけて襲撃となっては最悪としか言いようがない」

 

 セシリアの問いに答えたついでに、私は心情を吐露する。

 

「そうよねぇ。もし修学旅行の時に襲われたりしたら、もう最悪ってレベルじゃないかも」

 

 鈴が会話に割り込み冗談とも本気とも取れるような発言をかました、その瞬間。

 突如激しい頭痛が私を襲うのと共に、あるビジョンが頭の中に浮かび上がる。

 それは私が夜空の下、黒いISと戦っているというものだった。地表には神社や寺が多数あったことから、おそらくそこは京都なのだろうと推測できる。

 

「箒さん、どうしました?」

「具合悪いの?」

 

 一瞬とはいえ、あまりの痛みに頭を押さえたせいだろう。セシリアと鈴が心配そうに尋ねてくる。

 

「あ……いや、心配ない。もう大丈夫だ」

「箒ちゃん、きっと襲撃続きで疲れが出たんだと思うよ。到着までまだまだ時間はあるしさ、少し寝たらどうかな?」

 

 姉さんも心配げに私に話しかけてくると、何ともありがたい提案をしてくれた。ここは素直に甘えるべきだ。

 そう判断した私は頷き、背もたれに寄りかかる。

 さっきのビジョンについてゆっくりと考えたかったというのもあったが、実際姉さんの言う通り、連戦の疲れもあった。

 更に言えば、恐らく移動の疲れもあるに違いない。瞳を閉じてすぐに、私の意識は思考を巡らす暇もなく沈んでいった……。

 

◆◆◆

 

 私が目を覚ました時には、既に列車は私たちの降りる駅に到着する寸前だった。

 慌てて準備をして下車すると今度は駅前に停まっていた迎えの車に乗り込み、田舎道を走ること四十分弱。

 ようやく私たちは、問題の跡地へと足を踏み入れた。

 

「やはり……映像で見るのとは別物だな」

 

 瓦礫や落下してきた鉄骨、破損した機器の残骸が散乱し、足の踏み場に難儀する廊下。そこを何とか歩いて奥に進みつつ、私はそう漏らす。

 

「確かにそうよね。焦げ跡の匂いとか何とも言えない雰囲気とかは絶対に、画面からは読み取れないんだし」

 

 鈴が足元に視線を向けたまま返事をしたのを最後に、私たち四人はそれぞれ別行動で調査を始める。

 

「箒ちゃん、ちょっとこっち来て」

 

 数十分経った頃だろうか。突如、奥のほうから姉さんの声が響き渡った。なので私は急ぎ声の方へと向かう。

 そこは重要区画だったらしく、シャッターが閉じられていた。

しかし、何か鋭利な刃物で切られたように四角い穴が足元から2~3メートルの位置に開いていたため、隔壁としての役割は果たされていない。

 

「これは……凄まじい切れ味の武器を使ったんでしょうね」

「うん、それは束さんも分かってる。でも、こんな分厚い壁を一撃で斬れる武装なんて束さん、一つしか知らないんだけど」

「それは、一体何なのです?」

 

 ごくりと唾を飲みながら、姉さんの答えを待つ――もっとも、私の頭の中でもある程度までは目星がついていたのだが。

 

「零落白夜。ちーちゃん……初代ブリュンヒルデのIS『暮桜』の単一仕様能力を使えば、特殊合金製の分厚いシャッターを一刀両断できるかも」

「ですが姉さん、この断面を見てください」

 

 遠目からでもどこか切断面に違和感を覚えたため、センサー部だけを部分展開して見てみる。

 すると思った通りの結果が見えてきたので姉さんを呼び、見てみるように促す。

 

「この入射角は明らかに、篠ノ之流のものではありません。いえ、それどころか……もしかしたら、剣の素人の可能性も」

「何? 素人が零落白夜を使える機体に乗ってたって事? まっさか~! あんなに使い勝手の悪いものを、ヘボいパイロットが使える訳ないじゃん♪」

「私だってそう思いますよ。ですが、こんなにはっきりと千冬さんじゃないって証拠を出されたら、私だって……あれ?」

 

 姉さんとの会話の最中、隔壁の向こうに高エネルギーの反応を検知したと打鉄正宗のAIから伝えられた。

 だから私は慌ててその文面を視界スキャンし姉さんに送信。そのまま隔壁の穴を通って閉ざされた区画へと向かう。

 

「うっ!」

 

 壁の向こうに広がっていたのは、腐り始めた死体がいくつも血で赤黒く汚れた床の上に横たわっているという、とてつもなく悲惨な光景だった。

 その奥にある一台のデスクの上に、光るキューブ状の何かがあるのに私は気づいた。

 打鉄正宗のエネルギー反応と照らし合わせてみても、それが先ほど感知したものの正体であるのは間違いない。

 視界をズームし確認すると、そこには「この場にあってはならないもの」が写っていた。

 

「あれは……。だが、セシリアの話によると、回収された筈では……」

 

 ――ISコア。

 そう呼ばれているキューブ。それが机の上に置いてあった。

 理由はともあれ、そんなものを発見して放っておける道理もない。私はスラスターを吹かせて机の前まで移動し、コアを右手に掴もうとした。

 ちょうどその時だった。コアの右隣にあった資料に、私の目は奪われる。

 なにせそこには「篠ノ之箒」と、私の名前が日本語で書かれていたのだから。

 

「なんだ、これは」

 

 背筋に悪寒が走ったものの、ここまできて読まないわけにもいくまい。

 そう考えて紙束を手に取る。

 「篠ノ之箒」「スフィア」「引き継ぎ」「椿」……。

 その資料は血で汚れており、一部の単語しか読むことはできなかったが、依然として貴重な史料であることに変わりはない。

 私がコアと資料を手に取り、万が一にでも取りこぼさないよう量子格納した、その瞬間。

 「ぴし」という音を立てて壁に亀裂が入るのと同時に、天井から大小さまざまな瓦礫が降り注ぐ。

 

『箒ちゃん!』

「わかってます!」

 

 スラスターを全力噴射し、通ってきた隔壁の隙間から脱出。

 途中でISを展開し鈴を抱き抱えているセシリアと、同じくISを展開している姉さんと合流。一気に外まで駆け抜ける。

 

 私たちが外に辿り着いてすぐ、建物は自重によって完全に崩壊。後には瓦礫の山だけが残された。

 

「危ないところでしたわね」

「ホントだよ、全く……」

 

 安堵の言葉を口にする二人を背にしつつ、私は先ほど回収した二つの物を展開してみる。

 すぐにそれらは呼び出され、私の手のひらに展開された。

 

 これは、手掛かりになりえるものなのか。

 それとも、謎を増やすだけなのか。

 

 前者であることを願いながら私は姉さんたちにコアと資料を見せ、話を始めたのだった……。

 


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