篠ノ之箒は想い人の夢を見るか   作:飛彩星あっき

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なんかやり残したことを思い出したので書いてみました。
久しぶりなのでかなり文章乱れてるかもです。


おまけ、後日談
残雪


 なんだか最近、ユキの様子がおかしい。

 呼びかけても返事がなかったり、かと思えばぐいぐい来たり。

 突拍子もない提案をいきなりしてきたり。

 

「小樽、行ってみない?」

 

 その極めつけともいえるのが、今朝のこれだった。食後にいきなり、そんな提案してくるのは想定外すぎる。

 

 ただ、流石に変だなーとは感じつつも。

 

 聞こえてきた地名には、私も思うところがあるわけで。

 

「小樽……かあ」

 

 多分観光に行きたいとか、そういうわけじゃないだろう。

 だってそこは私とナギの生まれ故郷で、ユキの生まれた場所で。

 

 そして、あの子が――。

 

「あだっ!」

 

 いろいろ考えてると頭に鋭い痛みが走る。

 ユキのデコピンを食らってしまったと気付いたのは、ちょっと経ってからだった。

 

 いきなり何だよ、ったくもう……。

 

「ほら、決まり」

「何で?」

「そんな顔するから」

 

 そんな顔ってどんな顔だよぉ……なんて感想を抱きつつも。

 行ってみたいという感情が、私の中にもあることに気づく。

 

 あの場所はどうなってるのかとか、あの店はあるのかとか。

 そういうこと、気にならないかと言われれば嘘になる。

 

「いいね、行こっか」

「じゃあ、決まりね」

「……うん」

 

 準備のために居間を出ていくユキの後ろ姿。

 振り子みたいに揺れる黒髪を眺めながら、小さくため息をつく。

 

 やっぱり、なんか変だよなー……なんて、思いながら。

 

 

 あの花火の夜、慰霊碑前で誓った言葉の通り。

 綺麗な景色を見ようとあちこち旅行したけど……北海道は行ってなかったっけ。

 心のどこかで、避けてたのかもしれない。我ながらメンタル弱いな。

 とか思ったりしながら準備を始めて、新千歳行きの飛行機に乗って北の大地へと降り立ち。

 そこからさらに電車に揺られること一時間ちょっと。

 

 丁度お昼時に、私たちは小樽へと足を踏み入れた。

 

「なんつーか、変な感覚だなあ」

「まるでタイムスリップしたみたいね」

 

 駅のホームに降り立ち、ぐるりと周囲を見渡す。

 電車も構内も――果ては自販機のペイントや、ラインナップさえも。

 今は瓦礫の山となった、異次元の小樽と同じで……懐かしさから、そんな感想を漏らしてしまった時だった。

 

 いきなり、あの日の光景がフラッシュバックしたのは。

 

 ホームを出た先に――あいつらが襲ってきた日の光景が、広がっていたら……。

 

 なんて、あり得ないのにも関わらず。

 

「ほら、行くわよ優奈」

「ごめん、ちょっとまだ心の準備が」

「ここまで来て何言ってんのよ」

 

 そんな私の手を握り、ユキが先導する形で改札へと向かっていく中。

 ふと、昔のことを思い出してしまう。

 

 ばっちり思い出せる、あれはIS学園受験の帰りだ。

 

 試験結果が不安で堪らなかったナギが、まだ帰りたくないとか口にしてさ。

 そんなあいつの手を、私が握って帰路に着いた。

 そんな、雪の舞う夜のことを。

 

 まぁ、結局正規で通ったのはあいつの方だったんだけどさ……。

 

「あの時の逆みたい」

「何か言った?」

「ううん、なんでもねーっての」

 

 そんな風に懐かしんでたら、ユキの袖口のミサンガが目に入って。そうしたら、不安も消えていって。

 苦笑しながら、駅の外へと向かっていった。

 

 

 どこに行くか決めていいってことだったので。

 とりあえず提案したのは、運河沿いを歩くこと。

 なんというか、テンプレそのものなチョイスだけど……。

 

「徒歩圏内に名所って、贅沢なとこに住んでたんだなーって」

 

 散々通った道は、今の私にとっては観光名所なわけで。

 食傷気味だったはずの景色が今は、やたらと綺麗に見えていて。

 

 ホームからアウェーになって、初めてわかる事もあるものかもなあ……なんて。柄にもなく思っていた時だった。

 

 私の目に、あの橋が映ったのは。

 

「……あったんだ、こっちの次元にも」

 

 ユキに聞かれないように、小さく私は呟く。

 私には忘れられない場所だけど、ユキにとってはどうなんだろうか。

 

 記憶があるとはいっても、それはあの子のものなわけで。

 こっちから、話題にしていいものなのか……。

 

「あそこ、優奈は憶えてる?」

 

 ユキの方から指差されてしまっては、選択の余地などなかった。

 悩みが霧散する感覚の中、足を思い出の場所へと向けていく。

 

「当然でしょ、そりゃ」

 

 秘密のって言うには、ちょっとオープンすぎるけど。

 私とナギにとって、ここはそういう場所だった。

 

 小学校に上がり、子供だけでの外遊びが許されるようになってからの帰り道。

 通行人なんて気にせず、時間を忘れながら。

 夕日を眺めつつ、この場所でよく話をしていた。

 

 恋バナとか、ISについてとか、感想戦とか……それはもう、なんでもかんでも。

 盛り上がりすぎて、気づいたら真っ暗になってて……。

 

 なんて、一度や二度じゃない。

 

「懐かしいなあ、本当に」

 

 記憶が氾濫してきて、それが感情をぐちゃぐちゃにして。つい、そんな感想を漏らしてしまう。

 

 まだ数年しか経っていない筈なのに。

 別次元だから、厳密には違う場所の筈なのに。

 

「優奈は憶えてる? IS学園模試でE判取った日」

「えっと……ああ、うん。よく覚えてるよ」

 

 感慨深さと共に手すりを掴んだ瞬間、悪戯っぽい顔でユキが尋ねてきたので。

 苦笑を浮かべながら、私も答えていく。

 

 忘れもしない……あれは私が中三だった頃。夏のオープンが帰ってきた日の事だった。

 

 国数英がとくにボロカス。理社が辛うじて平均点。

 そのあんまりな点数に親は大目玉、お姉ちゃんは困った顔をして。

 

 いたたまれなくなって、ここに逃げてきたら、ナギがいて。

 

「『私が勉強すると思ったら大間違いだっての!』とか言ってたっけ」

「それは忘れろ」

 

 いやマジで、あの時のことは黒歴史過ぎる。

 それでどうやって受かる気だったんだ……倍率一万倍だぞ。

 

「『縛りプレイしてるだけだっての! ノー勉合格やってやるぜ!』」

「いやマジでやめて」

 

 恥ずかしいなぁ、中二病じゃん完全に……バカすぎて殴りたいとさえ思わない。ただの痛い子じゃねえか。

 

 ていうかナギの奴……ばっちりユキにバトン渡しやがって。

 向こうに行ったら覚えてやがれよ、あんにゃろ……。

 

「でも、あんたは頑張ってたじゃない。勉強もなんだかんだしてたし」

「ダメだったじゃん」

「結果は出したでしょ、おんなじ学校、通ったんじゃない?」

「補欠じゃねえかよぉ」

 

 補欠とはいえ倍率一万倍に受かったし、ナギと一緒の学校に行けたのは事実だよ。

 でも、結局それは最初に望んだものじゃなくって。

 

「望み、か……」

 

 そんなことを考えると、黒歴史の続きを思い出す。

 刃物めいて鋭い、そんな下弦の月が出ていた夜。

 この橋の上で叫んだ言葉のことを。

 

「絶対専用機を手に入れて、誰より強いIS乗りになってやる、か」

 

 あの日、別れ際。

 ナギから「望みを口にするとモチベが上がるしさ、ハイ優奈、今から絶叫!」なんて言われて。

 無茶ぶりだなオイ!? なんて思いながらも、出せる限りの声量で叫んだ言葉。

 

 それを今、ふたたび。

 ささやくように口ずさむ。

 

「できたのかな……なんてさ」

人の四天王機(ヴァイオレット・ヴェノム)を倒しておいてそれ?」

「だって……守られてばっかりだったし」

 

 頭に浮かんだのは、私を庇っていなくなったひとのこと。

 

「ほら、フォルテ先輩とか……って、知らないか」

 

 ギリシャ代表候補生だった、フォルテ・サファイア先輩。

 ナギがいなくなってすぐの、いちばん無茶苦茶だった頃の私に構ってくれた先輩で。

 自分だって最愛の人を亡くして、辛かった筈なのに――笑顔を向けてくれた人。

 私を勇気づけてくれた、大切な先輩。

 

 絶対にこの人だけは死なせたくない、なんて思ってたのに。

 

「私なんかのために……」

 

 もっと恩返ししたいことも山ほどあったのに。死に際まで、親身になって気遣ってくれたのに。

 結局返せたことなんて、遺言を二つ守っただけ。

 ダリル先輩の隣に名前を書いてくれっていうのと……死体人形になりたくないっていう……ただ、それだけで……。

 

「……フォルテ・サファイア。死体確保優先度A++……神崎優奈に阻まれ焼失、確保失敗」

「えっと」

一式軍(わたしら)、当時は狙ってたの。あの先輩のこと」

 

 なんて言いながら。

 そっと手を伸ばして、私の手を握ってくるユキ。

 

「もしあいつの手に落ちてたら、どれだけの人間が凍死してたと思う?」

 

 冷たい表情をした先輩が、大量の凍死体を作り上げる光景が頭に浮かんで――瞬時に、背筋がゾクッとしてしまう。

 のちの事を感情に入れれば結局、死に方の違いかもしれないけれど。それでも、そんなむごい死に方をする人がいなくてよかったとも思う中。

 

「だから、私はこう思うわよ」

 

 ユキは少しの間目を瞑ってから、私のほうを見て。

 それから、続きを口にしていった。

 

「あんた、思ってる以上に立派にやれてた(厄介だった)わよ……少なくとも、一式軍側(てきがわ)から見れば」

「そっか」

「だから、胸張ってなさい」

「……うん」

 

 そう言われても、やっぱり少しだけ、納得できない。

 でも、少しだけ、心が軽くなった気がする。

 

「でもまあ……最近の戦績はちょっとふがいないかもね」

「うぐ」

 

 専用機持ちの皆の中で。

 戦績は、下から数えた方が早い私。仕方ないじゃん、覇王狼龍じゃなくって量産アクシア使ってるんだし……なんて思うけど、言ったら碌なことにならない気がする。

 

 それにしても……最後に毒針さしてくるあたりは流石、紫毒の操縦者だなあ。

 

「ナギにもその内負けるかもね」

 

 なんて思っていたら、さらなる猛毒を私に注入してきやがるユキ。

 あの戦いでの功績を認められ、ナギは正式に日本代表候補に昇格。今ではホワイトウィングの再現発展機「烈風機クリスタルウィング」を専用機にしている。

 

「いや、量産アクシアでクリスタルの相手は……」

「言い訳?」

「いえ、なんでもないです」

「ま、せいぜい精進しなさい……でないと」

「でないと……なんだよ?」

「何か奢らされるかもね? @クルーズの一番高い奴とか」

「それは勘弁!」

 

 あまりにも容易に想像できる光景を想像して、帰ったら訓練量を増やそうと決意しながら歩き出す。

 

 思い出の場所、思い出と同じ顔の人。

 でも性格も、やり取りだって全く似ても似つかない。

 場所だって、厳密にいえば別のところなわけで。

 

 だけど。

 ああ、なんというか。

 こういうのも――悪くない。

 

 

 

 つぎに向かった先は、駅の近くにあるアーケード街。

 歴史ある場所で、自分の次元だとよく通った場所だった。

 

「あー、ここはあったけど……閉店してんのかぁ……」

 

 自分の思い出と比較して。

 ここはそのまま、あそこは違うなんてやりながら二人で歩いていると。

 

「優奈、あれ」

「ん? ああ、あにぱかぁ」

 

 ユキが指さした先にあったのは一枚のポスター。数か月前から放置されてるせいか、ちょっとだけ色褪せてしまっている。

 

「こっちでもやってんだねぇ」

 

 あにぱとは、毎年秋に行われる、小樽のアニメイベントのこと。

 なんだかんだ楽しみにしていたイベントだっただけあって、感慨深さもある。

 お祭り状態の町を練り歩くだけでも楽しかったけれど……私自身、結構、がっつり参加してたりもしたわけで。

 

「コスプレなんかもやってたわよね、あんた」

「やってたねえ」

「じゃあ、何のキャラやったのかも覚えてる?」

「もちろん、予言の巫女でしょ!」

 

 予言の巫女とは、私が大好きだった作品のヒロインのひとり。

 十一の妖怪氏族に分割支配された異世界の日本「妖怪国」を襲うとされる危機「大厄祭」。

 それを阻止するために現れた、金髪の少女。

 

 地毛がこんなだから、わりと様になるんじゃないかなーと思って選んだけれど。

 

「今思うと、ひっどいチョイスよね」

 

 この予言の巫女、まぁそりゃ作中散々な目に遭いまくる子だったわけで。

 親友目の前で亡くしたりとかもしてた――なんて考えたけど。

 

「でも、予言の巫女と一緒で……私にも、確かに救いはあったんだよ」

 

 ユキの方を向いていると、自然とそんな言葉が漏れていく。

 

 作中、彼女が好きな人と出会えたように――私だって、こんな素敵な友達と会えたんだから。

 

 ああでもちょっと恥ずかしいなこれ。

 

「好きな人と通りを歩いているこの時間が、私にとってはかけがえのない時間なのです……なんて」

 

 照れ隠しなのか、恥の上塗りなのか。

 自分でもわからないけれど。

 

 とりあえず、作中の言葉をもじってみたら……。

 

「あのさ」

「ん、何……?」

 

 しばらく沈黙が続いて。

 それから、ユキが口を開くと。

 

「あいっかわらず似てないわね……あんたのそれ」

 

 溜め息混じりにそんな、呆れ口調かつ辛辣なコメントをぶち込んでくる。

 

 ああなんか、いやーな事思い出しちゃった……。

 

「そんなんだから予選落ちなんでしょ」

 

 心のシールドエネルギーがごっそり減る音が、私の中で鳴り響いていく。

 

 ええ、覚えてるとも。

 

 それもばっちりと。

 

 調子に乗ってコンテストのほうにも出た私は、ユキの言う通り本戦前に門前払い。

 しかも審査員の一人が言ってきた言葉が……。

 

「妖怪国の前に自分も救えなさそう」

 

 その言葉を言われた途端。

 羞恥と負けず嫌いな性格と、なんかいろんな感情が一気に自分の中でぐちゃぐちゃに混ざって。

 

「おいコラぁ! なんでそんな事まで覚えてるんだァ!!」

 

 審査員に食って掛かった時のような叫び声を、往来で上げてしまう中。並行して頭に響き渡るのは。

 

『来年こそ予選突破してやるからなァ!』

 

 あの日、ナギへと涙目のまま言い放った言葉。

 翌年はIS学園受験で出られなかったし、もう数年前だし。さらに言えば、吠え面かかせたい相手だってもういないけれど。

 それでも、私は。

 

「出てみるか。また近い時期になったら、ここに来てさ」

 

 媒体は違ったけど、あの作品がこっちにもあるのは調査済み。

 だったらまた同じキャラで、今度こそ。

 いつか向こうで、しれっと自分は優勝した勝ち逃げ女に――やればできたんだよって、自慢するためにさ。

 

「いいんじゃないの。それで満足するなら出ても」

「何言ってんの、ユキも出ようぜ?」

 

 いつか、ここではない何処かでのリターンマッチの予行練習じゃないけどさ。

 そんな気持ちを胸に抱きながら、私は隣にいるユキの手を取ろうとした時だった。

 

「……あれ、あの写真って」

 

 写真屋の店頭に飾られた写真のうちの一枚。

 そこに写っていたのは、数年前と思しきコスプレコンテストのもので。

 しかも。

 

「うげぇ、こっちのナギも優勝してやがる!?」

「まさかキャラ選択まで一緒だなんてね……」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げた私のすぐ隣では、ユキも驚いていて。

 しばらくじっと、その写真を眺めていたら。

 

「……ははっ」

 

 何でか知らないけど、自然と笑いがこみあげてきた。

 ああ、私の幼馴染の顔ってめっちゃ強かったんだなあ……知ってたし、今も隣で思い知らされてるけど。

 なんてね。

 

 

 買い食いしながらあちこち歩いていると、もう日が暮れる頃。

 帰りの飛行機まだとってないし、今から東京に戻っても深夜になっちゃうしなあ……なんて思って。

 

「今から帰るってのもなんだし、泊まる場所探――」

 

 と、夕焼け空を見上げながら尋ねた時だった。

 

「ちょっといい?」

「どうしたんだよ急に?」

「どうしても……寄りたい場所があるのよ」

 

 かなり強引に手を引かれて、駆け出されて。結構、ガチめに困惑してしまう。

 

 一体何なんだよ、とは思いながらも。

 この街に来ること自体向こうが提案してきたことだし、よっぽどなんだろうとも思って。

 大して抵抗もせず、そのままついていくことにして。

 

 そうして、走ること数分。

 

「なあユキ、この道って」

 

 数度角を曲がり、観光地から離れた場所に差し掛かったあたりで、つい我慢できずに口を開いてしまう。

 この辺りは私にとって、絶対に忘れられる訳のない場所だったのだから。

 

 さっきまで巡っていた場所よりも、遥かに。

 

「あんたの想像通り、よ」

 

 今にもかき消えそうな声での呟きが、私の思考を裏打していく。

 やっぱり、そうなんだ……。

 

「着いたわ、優奈」

 

 目的地へと足を踏み入れ、それからユキは私の方へと向き直る。

 そこは、だだっ広い公園だった。

 遊具設備も充実していて、きっとここでナギと一緒に遊んだんだろうなあ……ガキの頃にさ。

 もし、私の次元にもあったらの話だけど。

 

「楯無さんの言う通り、なんだなあ……」

 

 今日一番の寂しさが口を乗っ取り、言葉を紡ぎ出していく。

 私の知っている小樽の、ここにあった建物。

 それは明治に建てられた歴史ある教会で、名は「神崎教会」といって。

 つまりは、私の家があった場所だった。

 

 

「……………………2023年3月19日、午後5時54分」

 

 不思議な感覚を味わっている私の横で、長い沈黙を保っていたユキが唐突に口を開き、告げてきた時刻。

 その日付は私にとって絶対に忘れられないもので。

 

「鏡ナギは、ここで死んだの」

 

 何を言われるかは分かっていたけれど、覚悟は全くできていなかったから。

 言われた途端に、息が止まってしまって。

 頭が真っ白になって、何も考えられなくなる。

 

「苦しいなら、やめとく?」

 

 だけど……その言葉だけは、絶対に違うと言いきれるから。

 動悸が治まらないまま、ただ小さく「続けて」と必死に声を絞り出し、答えていく。

 

「かくれんぼで地下倉庫に隠れた時の事。覚えてる?」

 

 無言で頷く。

 小学校の頃、家で友達みんなと遊んだ時。ナギと一緒に隠れて。

 絶対ここなら見つからないねって言いながら、ナギが見せてくれた笑顔。こっぴどく怒られた時の、むくれた顔。ふたりで慰め合った時の泣き顔。

 全部全部、今でも鮮明に思い出せるんだから。

 忘れてない、忘れられるわけがない。

 

「再襲撃が起きた時、ナギはちょうどこの辺りにいて、それで……」

 

 思い出を頼りに、逃げて。

 機を見て自力で脱出しようとしたのか……と、心で付け足す。

 

 実のところ、地下室はそれなり以上に広く頑丈だった。だからナギのとった選択自体はおかしなものじゃない。それどころか最善の選択だったと言い切ってもいい。

 

 敵に私の身内(お姉ちゃん)がいなければ、の話だけれど。

 

「しばらくして、テールブレードが風を切る音が聞こえてきて。ダメかもしれないって思ったけど、すぐに去っていったのが分かって」

「……そっか」

「そのすぐ後に、誰かの足音が聞こえてきた」

 

 あの時、私は何をしていたか。

 覚えてる、必死に探しながら戦ってた。ゴーレムを切り裂き、ダーク・ルプスを仲間たちと倒しながら。

 

 声の続く限り、ナギの名前を呼びながら。

 

「助かった。あんたに連絡しようって、思った……でもね」

 

 酷く心が揺れている中。ユキの言葉を、一字一句漏らさず拾えるのだけが救いだった。

 

「外に出たら、動いてる死体がいたのよ。それもとびきり最悪な奴が」

 

 言いつつ、ユキは羽織っていた上着を脱ぐ。

 何を見せるつもりなのかは、分かっている。

 今も全身に残る弾痕――そのうちの、右肩にある奴だろう。

 

「最初に貰ったのがここよ、ここ」

 

 その時のナギの事を思ってみても。

 悲しそうに笑うユキの声も。

 

 全部が、私を締め上げる。

 

「『なんだよ、結構当たるじゃねえか』だったわね、げたげた笑いながら。一発目、当てた後言った言葉」

「……何が結構当たるだ、腐れゾンビ野郎が」

「実銃授業、あいつ糞エイムもいいとこだったもの」

 

 クラスは違ったから見てないけど、想像に難くはなかった。

 ちょっと前までなら、これも怒りに変えてぶつけられたけど。生憎、その機会にはもう恵まれそうにないし……あってたまるか。

 

「反撃しようとした時、撃たれたのが右手の傷。次に撃たれたのがお腹」

 

 平坦に述べていくユキの言葉と、もう知ってる傷痕の数々。

 それらを材料にするかたちで、想像してしまう。

 

「血が止まらなくて、倒れて最期は失血死」

 

 最悪で、孤独で、痛くてたまらなかっただろう。

 幼馴染の、最期を。

 

「不意打ちで教えたことは、謝る」

 

 こんなこと、自分から「教えて」だなんて言えない。

 ユキだって、相当勇気がないと口にできなかっただろうし。

 だからユキの目をしっかり見据えて、はっきりと言葉にした。

 

「話してくれて、ありがとう」

 

 また沈黙が流れそうになって、私は慌てて付け加える。

 

「でも、どうして教えてくれたの?」

 

 別に言わなくても、いいことなのに。

 それに、あの日の事はユキにだって、辛いことだと思ったから。

 

「……今日で、ちょうど三年目だから」

 

 スマホを取り出し確認するけど、日付は全然別のもので困惑していたら「私が経験した日数だとそうなのよ」と追加してくれて。

 

 それから、ユキは続きを紡ぎ出していった。

 

「命日が近くなってから、最近……夢で、見るようになって」

 

 その重い言葉に、絶句する。

 私が呑気に寝ている間、どれだけ隣でこの子は苦しんでいたのか。アホさを恨む言葉が無限に湧き出る中をかき分け、必死で言葉を掬い上げようとする。

 

 けど、何も形にできなくて、もどかしくて。

 

「あの子、あなたが生きてくれることを願って。でも本当は自分も隣にいたかったなあって、そう考えて……この世を去ってね」

 

 冷たい風が吹きすさぶ中、告げてきた事実。

 それはすでにこっちのナギ伝手に聞いていて、知っていたけど。

 

 同じ身体の少女が、涙を浮かべながら話す姿は、想像以上に辛い。

 

「だから、ナギの代わりに……代わりにならなくちゃって、思ってた」

「なんだよ、それ」

 

 代わり、代わりって。ならどうして名前を欲しがったんだよ。

 と言おうとしたけど。

 

「でも、私って結構強欲で……早い段階から、気づいてた」

 

 そんな言葉で邪魔されて。

 

「優奈と同じ時を過ごしたい――それは私の、ユキの願いだって」

 

 そこまで私を思ってくれたことに、思わず嬉しくなって。

 

「だから楽しかった……あなたとユキとして隣にいられて」

「ならそれでいいじゃん! ユキはそれでいい!」

「けど最近……ナギが咎めるみたいに、何度も同じ夢を見てさ」

 

 同じくらい、弱々しい今のユキの姿が、見ていて辛くて。

 

「どうしようもなく欲深い自分が嫌になって」

「何言って……」

「だから……ここから先は、ナギになる事に決めたんだ」

 

 言ってることはあまりに滅茶苦茶だってのに。

 夕日に彩られる中、黒い髪に縁どられたその笑顔が、放たれた言葉が。

 本心を押し殺してる癖に、やけに眩しくて――思わず、一瞬見惚れてしまう中。

 

「もしかして、今日の昼までの場所巡りって」

 

 突如思い当たったことが口から、そのまま漏れ出してしまう。

 別にここに夕方来るだけなら、もっと遅く出ればいいのに。

 

 朝から出かけたのは、ユキとしての自分に別れを告げる前に。

 少しでも、私に覚えてもらうために……。

 

「アーケードでの言葉、本当は凄く嬉しかった。夢みたいだった」

「だったら」

「ダメ」

 

 短い言葉でぴしゃりと切り捨てつつ、目を閉じたユキは。

 そのまま後ろを向いて。

 

「さよなら、優奈」

 

 背中からでも――見えないけど見える、今のユキの顔。

 それを想った途端、もう我慢なんてできなくなって。

 

 私は、彼女へと駆け出して。

 

「ごめんね」

 

 強く強く、消えかけそうなユキという女の子の全てを。ただひたすら、必死になって抱きしめる。

 何か言っていたようだけど、ちょい前までさんざん言葉を続けたんだ。

 

 だからさ――今度は私のターンだろ?

 

「私、死んだことないし、そんな記憶ないからさ」

 

 箒達なら、上手く察してあげられたんだろうね。

 セシリア達なら気配り上手いし、そんなのなくたって察せたんだろうね。

 

「ずっと苦しんでたのに」

 

 でも私は神崎優奈って、アホな小娘で。

 大好きな友達がこんなに辛いって言ってるのに。

 

「気づけなくって、本当にごめん」

 

 あの日の決戦の時、機体がボロボロなのにも気づけずに。

 何も考えず「一緒に行こう」って言った時から何も変わってないな、私。

 

 どうしてこう無神経なんだって、自分でもイヤってくらいに思うけれど。

 

「けど……()()

 

 だったら、それならと思いつつ。

 目を瞑り、強く決意を固めてから私は。

 

 三日三晩マジで悩んでつけた名前を、強く強く呼びながら片手を離して。

 

「アホかあんたは!」

 

 無神経なりに、こいつをこの世に繋ぎとめてやるべく。

 まず手始めに――頭をぱちこんと叩いてやった。

 

「いった!? 何すんのよ! てか何で!?」 

 

 いきなりの平手打ちと怒声に驚きつつも、ユキが振り向いてくる。

 うん、そうでなくっちゃ。

 

「なんでもクソもあるか、バーカ!」

「ば、馬鹿ってあんたね……」

 

 呆けた顔しちゃってさぁ。

 まぁ、さっきまでの顔より何倍も可愛いからいいけど。

 

「ナギになる? できるわけないでしょそんな事!」

「いや、でも私は……記憶と身体が……」

「だから何だよ!」

 

 感情知ってたら似せられるというなら、私の予言の巫女はもっといい点とれてたし。

 見た目が同じなら同じだっていうなら、ここは別次元だけど故郷だって事になるし。

 

「似てない物真似じゃ全然納得できないんだよ!」

「その似てない物真似でギャン泣きした癖に……!」

「あんときは似てたから!」

 

 完全にガキみたいな反論だなあとは思うけど。

 実際、あの慰霊碑の前での言葉はナギそのもので。言われて凄く嬉しかった。

 でもね。

 

「二度とやらないって言ってただろ! 自分で!」

 

 今思い返してみると、だけどさ。

 本当に嬉しかったのは、その言葉も含めてだったんだ。

 

 デートして腑に落ちたとか言ってたけど、それも今考えると強がりで。

 本当はどこまでも、私はナギの死を認めたくなくて。

 

 でも、あの()()()のあと、ユキがそう言ってくれたから。

 

 やっと我慢できなくなって、泣くことができたあの時。ようやく止まっていた時計の針が動いたんだ。

 

「だから、二度目は絶対許さないし」

 

 だから、もう一度。

 ちゃんと言ってやるよ、ユキ。

 

「何より私、勝手にいなくなられるのなんて嫌なんだよ! 寂しがりだから!」

 

 そして、息を大きく吸ってから。

 

「私はユキが好きだ! ナギだって好きだった! どっちも同じくらい好きで、素直な時が特に好き! でも偽物は勘弁! だからこそあんたはユキでいてほしい! 分かった!?」

 

 こんな時に「ナギよりユキが好きだよ」なんて言えたらいいんだろう、なんて自分でも思うけれど。

 そんなのは結局、ありきたりなおべっかで。

 真実私が思ってることはこうなわけで――ああもう、ダメだ! 

 柄にもなく考えてたら、なんか頭がグルグルしてきた……。

 

 ていうか……あーもう。

 冷静になるとクッソ恥ずかしいな、これ。まるで告白じゃん……。

 けどまぁ、言いたいことは全部叩きつけてやったかな。

 

 どう返してくるかまでは……正直、分からないけれど。

 

 

 

「…………」

 

 俯き黙っているユキを見ていると、不安の方が大きくなってくる。

 どんな顔してるんだろう、なんか怖くなってきた……。10億ダメージのビーム防いだ時だって、こんな怖くなかったってのに……。

 

「えっと、その……いろいろ勢いで言っちゃってごめ――んぐぅっ!」

 

 気まずすぎて、取りあえず放った謝罪はしかし。

 瞬時加速めいて、いきなり距離を詰めてきたユキの唇で塞がれてしまって。

 

「んむう!?」

 

 なんだこの展開!? と驚く暇もなく、続けざまに強い抱擁がやってきて。

 

「ぷぁ……ちょ、ちょっと待って……なにこれいきなり……」

「素直なのがいいんでしょ」

「……はい?」

「だから……欲望のままに貪ってみたのよ」

「えっと、ユキさん……?」

「もういいでしょ? 充分言ったわよね? 次は私の番」

 

 私の顔を直視してくるユキの目はいつものクールさも、さっきまでの不安さもなりを潜めて。

 顔の方は耳まで、熱に浮かされたような色に染まっていて。

 

「最初に言っておくけど、もう遅いから」

「へ……」

「これから先、私なしじゃ生きられないようにしてやるから」

「それってさ、実質プロポーズ……」

 

 何言ってんだ、どう考えてもそうっていうか……さっき告白まがいの事したのは私が先っていうか……。

 嬉しさと恥ずかしさとが融合していて、もう何が何だかわからない。

 

「そう受け取ってもらって構わないわ。もう離れるのは無理だって、そう理解してもらえるならそれで」

「う、うん……」

「この子と一緒で……そういう猛毒だもの、私」

 

 自分の専用機(ミサンガ)を私に見せるユキ。

 機体名が機体名だけに上手いこと言ったつもりかよ、なんて思わなくもないけど。

 

 今はあえて、乗ってやることにして――言葉を返す。

 

「別にいいよ、もう毒塗れだし」

 

 ちょっとクサいかなと思いつつ。

 でも「毒」と言われたら、こう返すしかないような気はしていて。

 

 ナギを想う度、あったはずの未来が溢れて。

 ユキを想う度、これから先の未来を求めて。

 ずっと私は、この飢えた猛毒に一生蝕まれ続ける。

 

 

「でも、きっと」

 

 そのおかげで私はまた笑えるようになって、生きる意味を見つけられて。

 今日だってこうして、生きていけてるんだから。

 

 全くナギの奴、とんでもない劇物を最期に遺して逝きやがって……。

 

 

「何笑ってるのよ」

「なんでもない」

 

 そう言って笑った時、急に気付く。

 ナギの命日ということは、つまりユキが生まれた日でもあるわけで。

 あのゾンビ野郎はお祝いなんて絶対してなかっただろうし……うん、やる事なんてひとつだ。

 

「ねぇユキ」

「なに?」

「とりあえず、まずは宿とろっか」

 

 それで荷物置いたら、次は店閉まる前に買い物だな。アーケードのあの店、閉まるの早いし。

 なんて思いながら、愛する人の手を取って歩き出す。

 喪に服すよりもバカ騒ぎを優先したくなるあたり、さっそくユキにおみまいされたのかもしれない。

 

 でもさ。

 お祭り(エンタメ)好きで、いつも明るくて。

 私の隣にずっといてくれた。

 そんなあんたなら、許してくれる。

 

「だろ……ナギ?」

 

 いつの間にか夜の帳が下りた空を見上げて、そっと放った言葉。

 それは誰にも聞かれることなく、夜風に溶けて消えていった。

 


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