篠ノ之箒は想い人の夢を見るか   作:飛彩星あっき

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貴族少女とサムライガール

 起きてすぐに朝食をとると飛行機はロンドン空港へと着陸したが、身体には森玲夜と戦った時の疲れが残っていた。

 打鉄とてダメージが蓄積しており、とても展開できるような状態ではない。もし今すぐにでも敵に襲われたら、今度こそひとたまりもないだろう。

 そしてそれは、十分にありうる可能性でもある。

 

「箒ちゃん。もしかして敵が襲ってきたらどうしよう、とか考えてない?」

 

 知らず知らずのうちに、顔に出てしまったようだ。姉さんが私に声をかけてくる。姉さんの後ろでは鈴も心配そうな顔をしている。これでは隠し通すのは無理だろう。

 

「……これだけ短期間に、二回も襲撃があったんです。怖いに決まっています」

「まぁ、無理もないわよね」

 

 鈴が相槌を打ちながら、ようやくベルトコンベアに流れてきた荷物を持ち上げる。これで全員分の荷物が手元に戻ってきたので、並んで到着ロビーに通じている自動ドアをくぐる。

 

「確か、空港まで迎えが来ているのでしたっけ?」

「うん。向こうにも香港での事件の話はしているから、ちゃんと護衛として役に立つ人をよこすってさ」

 

 左右に視線を走らせその迎えの人を探しながら、姉さんと言葉を交わす。温泉街と香港、どちらでも襲ってきた敵はISである。そのため、護衛はIS乗りだと見て間違いないだろう。専用機持ちならば敵ISの急襲にも対応できるからだ。

 

「ねえ箒、あそこにいるのってもしかして……セシリア・オルコットじゃない?」

 

 鈴が入口近くの一点を指差す。そこにはブロンドのロングヘアの少女が立っていて、頭上に「Shinonono」と書かれた紙を掲げていた。

 

「ああ、確かにセシリアだな」

「箒って、セシリア・オルコットと知り合いだったの!?」

 

 鈴は驚きの声を上げるのも、まぁ無理もないだろう。セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生であり、ただでさえそれなりの知名度を有しているのだから。

 ……もっともモデル業や女優業のほうが有名で、本職であるIS乗りとしての知名度は日本ではそこまで高くないのだが。

 

「前に一度、試合をしたことがある。その時に仲良くなってな、色々話したりもした」

 

 私と鈴で話し込んでいると、セシリアもこっちに気がついたようだ。手をぶんぶんとふりながらこっちに駆け寄ってくる。

 

「箒さん、お久しぶり! 香港では大変でしたわね」

「ああ、本当にな……あと一歩で死ぬかと思ったよ」

「……ところで、そちらの方は?」

 

 きょとん、とした顔でセシリアは鈴を見る。初対面だし無理はないのだが。

 

「箒の友達の凰鈴音よ。よろしく、セシリアさん」

 

 すっと右手を差し出しながら鈴が言う。普段のこいつを知っているからか、その仕草や言葉からは若干のぎこちなさを感じずにはいられなかった。

 

「温泉街で襲われたとき、一緒にこいつもいたんだ。かなり近い位置で例の男の姿を見ている」

「そうでしたか」

 

 セシリアは私が追加した情報を聞いて頷くと、すっと右手を鈴に差し出した。

 

「改めまして鈴さん、イギリス代表候補生のセシリア・オルコットです。わたくしの事はセシリアでいいですわ」

「えっ……そう。それじゃあよろしく、セシリア。いやぁ、代表候補生が相手だと緊張しちゃっててさぁ」

「私だって代表候補生なのだが?」

 

 安堵の息を漏らしてセシリアと握手を交わす鈴の頭に軽くチョップを入れる。

 鈴と私はずっと一緒だったし、あまり代表候補生としての広告活動もしてこなかったから仕方ないという面もあるのだが、それでも何となくイラっときた。

 

「んっ……もういいかな?」

 

 私たち三人の会話がひと段落着く頃合を見計らってから、姉さんが会話に入ろうと一歩前に出て口を開く。

 

「じゃあ、早速IS委員会のイギリス支部へと向かおうか。案内して」

「はい。出てすぐのところに車を待たせてありますわ」

「ちょっと待ってくれ、セシリア。今からあの工場跡に向かうのではないのか?」

 

 セシリアと姉さんの会話と、私の中の行動予定がどうにもかみ合わない。まだ陽は高いから、現地に向かう列車だってあるはずだ。なのになぜ……?

 私が口にしてすぐに姉さんはしまった、とでも言わんばかりの表情を浮かべてから解答を話しはじめる。

 

「箒ちゃんの打鉄を修理がてら、改修しようと思うんだ。正直このままじゃ今後はキツいと思うしさ。それは箒ちゃんが一番よく分かっている事だと思うけど?」

「なるほど……それなら確かに、一日遅らせる必要がありますね」

 

 確かに、姉さんの主張は的を射ている。

 無人機といい窮奇といい、量産機では苦戦を強いられるような敵との戦いが続いているのだ。少しでも伸び代があるなら伸ばしておきたい。

 それに今はセシリアがいるとはいえ、工場跡までの道中に無人機や窮奇以上の高性能機が私たちを襲撃する可能性だって十分に考えられる。保険をかけておくのに越したことはないだろう。

 

「じゃあ、早速行こっか」

「ところでセシリア。あたしお腹減ったんだけど、向こう委員会の建物に食堂ってあるの?」

 

 姉さんの一言を皮切りに出口まで歩きはじめてすぐに、鈴がお腹に右手を当てながらセシリアに問う。現在は午後一時すぎで昼食はまだだった。じつのところ、私も少しだけ空腹だったりする。

 

「ありますけど、必要ありませんわ」

「何で? まさかお昼抜きって言いたいわけ?」

「そうではありませんわ……この通り、車内に既に用意してあるんですもの!」

 

 いかにも高級そうな車のドアを開けて、中を指差しながらセシリアは胸を張る。言われたとおりに覗いてみると、確かに車内に備え付けられたテーブルの上にはバスケットが鎮座していた。

 

「へぇ……気が利くねぇ」

「束さん、見て。すっごく綺麗!」

 

 先に乗車した姉さんと鈴がはしゃいぎながらフタを開けると、そこには色とりどりの具材が挟まったサンドイッチが整然と並べられていた。

 容姿にこだわるセシリアの作ったものだけあり、十二分に美しい見た目をしている。

 

「さ、遠慮なさらずに召し上がってくださいな」

『いただきますっ!』

 

 発車と同時に手を合わせ、三人で号令。それからいっせいにBLTサンドをひとつ取り出して口に運ぶ。すると……

 

 ……なぜかIS委員会イギリス支部へとたどり着くまでの記憶が、すっぽりと抜け落ちていた。

 

◆◆◆

 

 車内で昼食を済ませたはずなのに不思議なことに腹は減ったままだったので、とりあえず委員会の建物の一階にあった食堂で昼食をとる。

 そしてそれから、姉さんは整備室にこもって私の打鉄の改修作業に入る。その間、私たちは待合室で談笑していた。

 年も同じで、三人全員が四月からはIS学園の生徒となる。それだけ共通点があれば話題には事欠かず、ふと窓の外を見た時にはもう陽は沈みかけていた。

 

「いいなぁ、専用機。あたしも欲しいなぁ……」

『やっほ~、箒ちゃん! 完成したから整備室まで来てねん♪ それじゃっ』

 

 話題が専用機のことになり、鈴がそんな事をぼやいた瞬間。頭上に備え付けられたスピーカーから姉さんの声で完成したというアナウンスが入る。

 すぐさまセシリアに案内してもらって整備室に入ると、そこには白い布で覆われた打鉄が鎮座していた。

 

「じゃじゃーん。これが箒ちゃんの新たなる力、その名も打鉄・正宗だよっ!」

 

 打鉄のすぐ前で腕組みをして待ち構えていた姉さんはドヤ顔でそう言うと、両手で覆いかぶさっていた白い布をどかす。

 すると、そこには私の新しい機体が鎮座していた、のだが……。

 

「なんか、あまり……」

「通常型の打鉄と変わってませんわね」

 

 あまりにも代わり映えのしない打鉄を目の当たりにして「さて、どうコメントするべきなのか……」と悩んでいるうちに、鈴とセシリアがそれぞれコメントする。

 

 実際、視界に映っているISは大半が通常の打鉄と同じパーツを使用していた。少なく見積もっても七割は通常の打鉄と同じパーツである。

 おそらくだが、ISについて何も知らない一般人に見せても「同じ機体だ」という反応が返ってくるに違いない。

 

 変更点はぱっと見た限りだと、両肩のシールドが左だけになった代わりに大型化したのと右腕の突起、それに手持ち武器である剣の形状くらいだ。

 

「しょうがないでしょ~。元々完成していた機体を半日で弄ってるわけなんだし、これが限界だってば。でもまぁ、ジムからジムⅡくらいには性能アップしてるよ」

「それで姉さん、具体的な改善点をお願いします」

 

 相変わらず姉さんのたとえはよく分からなかったので、単刀直入に訊くことにする。

 

「よくぞ聞いてくれました! この打鉄正宗の大きな改善点はまず、内部の伝達回路の全面改修がメインなんだよね。これによって篠ノ之流剣術の切れ味が格段に増すと思うよ」

「なるほど……それは助かります。他には?」

「右腕のでっぱりには小型のマシンガンを内蔵。それとシールドは近接戦の時の取り回しを考えて片方だけにしておいたよ。その代わり大きさは鈴ちゃんサイズから箒ちゃんサイズにまでボリュームアップしておい――ぐべぁ!」

 

 顔を真っ赤にした鈴の放ったパンチが、思いきり束さんの顔面に入る。相変わらず貧乳関係のネタになると容赦がないな……。

 

「あたしがそういうの嫌いなの、知ってたよね。束さん」

「あれ、そうだったっけ? ごめんごめ~ん、束さん物覚えが悪くってさぁ!」

「物覚えが悪い人が、こんなもの造れる訳ないでしょ……」

 

 何事もなかったかのようにひょっこりと立ち上がり、ハイテンションを維持したままの姉さん。その顔には傷一つついていない。そんな姿を見てため息を吐く鈴。どうやらもう諦めたようだ。

 

 セシリアはそんな光景を見て若干引いていた。まぁ、初見なら間違いなく引くだろうな。私たちにとっては「いつもの光景」でしかないが。

 

「あ、箒ちゃん。最後に新しい近接ブレード『長船』は『葵』から耐久性と威力がか~なりアップしているから、今までよりも強力かつ正確な剣を放てるようになったよ」

「え、あ……は、はい」

「それじゃあ箒さん、アリーナの方で試運転と参りましょうか。借りられる時間も限られてますし、明日の準備もありますし」

 

 セシリアのその言葉に頷いた私は、打鉄正宗に乗り込む。

 どうやらフィッティングに関しては原型機のデータを使いまわしているらしく、その必要はなかったらしい。機体はすぐさま私に馴染み、起動した。

 

「では……篠ノ之箒、打鉄正宗、出る!」

 

 カタパルトに鉄の脚をひっかけながら勢いよく言うと、私はアリーナの中へと飛び出した。

 

◆◆◆

 

 打鉄正宗は姉さんの言う通り、私に馴染む形に仕上がっていた。特に反応速度の向上がめざましく、なめらかに動くことができた。これならば、少しは今後の戦いも優位に運べるというものだろう。

 

 少なくとも無人機とは互角以上に戦えるような気はする。気のせいでなければいいのだがな……。

 

 その翌朝。ロンドン駅から午前8時に出る列車に乗り、私たちはイギリス北部のIS工場跡地へと向かった。

 

「到着するまで、あとどれ位かかるんだっけ?」

 

 ミネラルウォーターの入ったペットボトルを手に取るついでに、鈴が対面に座るセシリアに問う。

 

「そうですわね……だいたい二時間でしょうか」

 

 腕時計をちらっと確認しつつ、セシリアが答える。ちょうどいい、まだまだ時間はあるようだ。

 到着までに例の「夢の中の男」について、景色でも見ながら最終確認をしよう。そう決めた私は、視線を窓の外に向けた。

 

 外はまるで洋画の一場面のような平野が続いており、代わり映えのしない光景が続いている。

 

 ――と、思ったのだが。

 

「あれは……! 無人機か!?」

 

 左上にごく小さな、まるで人のような形をした黒点がいくつか浮かんでいるのを発見した私は慌ててセンサー部だけを部分展開。そのまま視界を限界までズームして確認する。

 案の定、それは温泉街で私たちを襲った無人機だった。しかも今回はあの時とは違い、一機だけではない。なんと三機もいる。

 

「みんな、無人機が現れた! 私はこれから迎撃に向かう!」

 

 早口で捲し立てつつ、窓を勢いよく開け放つ。もはや一刻の猶予もない。

 窓が開閉可能なタイプだったのは不幸中の幸いというものだろう。

 

「お待ちになって箒さん、わたくしも加勢いたしますわ」

 

 私が邪魔にならない部分だけ装甲を展開し、窓の淵に足をかけた時。セシリアが一歩前に出て申し出てくる。

 

「ああ、そうしてもらえると助かる! では……行くぞ!」

「はいな!」

 

 身を乗り出すのと同時に懐にある銀色の鈴に強く意識を向けて打鉄正宗を展開。そのまま私は、敵無人機めがけ天高く飛翔した。


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