篠ノ之箒は想い人の夢を見るか   作:飛彩星あっき

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消える風、灯る焔

 シャルロットの撃墜後、にわかに静かになった戦場の中。

 一式の嘲笑交じりの叫びが響きわたる。

 

「見たか篠ノ之箒! 織斑一夏! アリーシャ・ジョセスターフ!」

 

 やけに薄気味が悪く、まるで憎悪がそのまま音という形をとってこの世に出てきたかのような。

 そんな声、だった。

 

「あの優等生ぶってたシャルロットが……おフランスの代表候補生サマが、手も足も出ずにこのザマだ! 俺に傷のひとつも付けられずにな!! つまり、今の俺からするとゴミ屑も同然ってわけだ!!!」

 

 鈍い黄金の輝きを宿す瞳は妙に煌いて、残忍な笑みと相まって異様な雰囲気をさらに加速させていく。

 そんな貌のままで、奴は続けていく。

 

「怖いだろう、逃げ出したいだろう!? 腹が立つだろう!!? だがな……かつての俺には、テメェらIS乗りは全員、こう見えていたんだよ!!!!」

「何が言いたい……サね?」

「言葉通りの意味さ。俺の身体はテメェらも知っての通り、低出力だった」

 

 アーリィ先生の言葉に呼応して奴はそう口にすると、続ける。

 ――怒りに満ちた声音で。

 

「それを通じて代表候補生や世界最強の弟を見ればな、こんな風に見えていたんだよ! さぞや楽しかったろうな!? ハンティングゲームはよ!!」

「だからって……私達は、最初からお前を……!」

「よく言う!!」

 

 私の言葉を力強い叫び声で遮る、一式。

 そのあまりの迫力と怨嗟の混じった声に怖気づいていた私を一瞥すると、奴は続ける。

 

「俺を見ずに、どいつもこいつも一夏一夏一夏一夏! 俺なんか、興味の欠片もなかったんだろうが!?」

 

 怒りの咆哮はなおも続き、まくしたてるように一式の言葉が次々と吐き出されていくが――否定は正直、できない。確かに奴に興味はなかったし、消えろと、臨海学校の際に思った事は事実なのだから。

 押し黙る私へと、さらに叫ぶ声は届いていく。

 

「笑いものか添え物か、噛ませ犬にしか見ていなかったんだろうな! お前らがどう思おうと、俺にはそうとしか見えなかった! だから俺はこの力を手に入れた時、お前らに復讐すると決めた! 嘲る女共を嘲り返し、嬲り、蹂躙してやると誓った!!!」

「復讐だと……何の関係もない人間まで、巻き込むのがそうだというのか!?」

 

 さすがに反論せざるを得なかい内容が飛び、気づけば私は声を荒げる。

 だからと言って、何の罪もない学園外のIS乗りや戦う術を持たない一般人。

 果ては異世界の人間まで、殺していい筈がない!

 

「全IS乗りを皆殺しにして、一人残らず偽骸虚兵にしてやる! それによってISによって虐げられた俺の復讐は完遂する!!」

「狂っている……」

 

 こちらの言葉など意に介さず、奴の言い放ったもの。

 それはあまりに壮大で、醜悪で、残酷だった。

 確かに、奴の置かれた境遇はよかったものとは断じて言えない。劣悪だといわれれば首肯せざるを得ない。

 だが、ここまで、狂えるものなのか……?

 

「あ、あああ……」

「篠ノ之っ!」 

 

 そんな私の手を引き、至高龍のレーザーから回避するのを手伝ってくれた人がいた。

 風をすべて機動力に変換し、引っ張ってくれたその人は、世界最強だけど……。

 

「アーリィ、先生……?」

「しっかりするサね!」

「――ッ!」

「まだ、戦いは終わってないのサね。負けたらどうなるのか、知らないわけじゃないナ!?」

「でもあんなのに、どうやって勝てば……!」

 

 そうだ、勝てるわけがない。

 どんな攻撃も覇王障壁に阻まれ、虎の子のネクロ=スフィアもすべて覇王瘴気の前には灰燼に帰す。

 

 その姿はまさしく奴がIS学園で培ったトラウマ――つまり「負けたくない」という感情によって形成された、心の闇による強固な鎧。

 攻撃はすべて防がれ、次々と迫りくるビームの力押しによってジリ貧になっていく。

 

 いくらブリュンヒルデといったところで――。

 

「気持ちで負けちゃ、勝てるものも勝てないサ」

「それは……」

「だから今から、あれに一撃食らわせるのサ。無敵のISなんて存在しないって証明のために……ナ!」

 

 私を励ますように、そう言い残すと。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 アーリィ先生は、瞬時加速で跳ぶ――最後にして最強の、敵に向かって。

 

「無策の特攻か、ブリュンヒルデともあろうものが! 不様な!!」

「世界最強の特攻は、そんじょそこらのものとは違うのサね!」

 

 言うだけのことも、世界最強の座に上り詰めたという事もあった。

 アーリィ先生は奴が新たに至高龍のウィングバインダー。そこに展開したミサイルと、全身から放出される赤いレーザー。

 

 それらをすべて風の攻撃でいなし、そして――。

 

「懐に飛び込みさえすればナっ!」

「なるほど、確かに違うな――だが! これはどうだ!?」

 

 次に、奴がしてきたこと。

 それは剣を青く光らせ、さらに棘を飛ばしての超密度のオールレンジ攻撃。

 さすがに、これは――と一瞬思ったが、気づく。

 

 こんなところで撃てば!

 

「この位置取りで、撃てるのかナ!?」

 

 一瞬で、ありえないほど狼狽した顔を浮かべる一式だったが、すぐに舌打ちと共にレーザーを発射。

 器用に躱され、いくつかは覇王障壁に着弾。その効果が消失するが――。

 

「やはり、すぐ回復するのサね……」

 

 そう。アーリィ先生がつぶやいた通り、すぐに障壁は再展開。再びすべての攻撃に対して耐性を得る。

 

「小癪な……つまりお前は、惨たらしい絶命がお好みってワケか?」

 

 そんな中、未だに苛立ちを隠せないままの一式が口にすると。

 

「できるモンなら、やってみるサね」

 

 すぐさま、アーリィ先生からの返答。それと同時に連続瞬時加速。

 至高龍の股から上へ上へと駆け上がろうとするが――。

 

「あぁ、やってやるとも!」

 

 一式のそんな言葉と同時、剣は橙色に明滅。再び、ジャンヌ・ダルクの能力が使用可能となっていく。

 しかも、今度は――。

 

「ダインスレイヴ!?」

 

 そう、つい先程シャルロットが切り札にしていた鉄杭が、発射される武装の中に混じっていたのである。

 

「くっ――!? さすがにそいつは――」

「こっちがいいんだろ? 分かってるよォ!」

 

 ダインスレイヴは、あくまで餌に過ぎなかった。

 開始した地点に対し、奴は大量の剣を投擲。まるでマジックショーの箱のように、世界最強の愛機を襲う。

 次々と剣は四肢の装甲を穿ち、非固定部位をずたずたに破壊され。しまいには、どんどんと装甲が粒子となって消滅していく。

 

 この、ままでは――! 

 

「まだ――サね!」

 

 言葉とともに、投げ込まれた閃光弾。

 おそらく先生は、あの光の中でネクロ=スフィア展開をする気なのだろう。

 

 だけど、そんな事をしたところで――!

 

「何も学ばねェとは、バカが! シャルロットの時のを見てなかったのか!?」

 

 悔しいが、一式の言う通りだった。

 奴が至高龍に銘じて吐きかけた霧――覇王瘴気が閃光弾で隠された中へと伸びていく。

 

 あれに浴びれば、最後。

 

 ネクロ=スフィアはすべからく溶かされてしまうというのに、何故――!?

 

「見ていたから、こうしたのサ」

 

 しかし、誰もが思った予想は裏切られていった。

 

 光の中から現れたのは、テンペスタを纏ったアーリィ先生。

 投げ込まれた風の弾丸が覇王障壁を作動させ、続けざま構えた風の槍が至高龍の胸を穿つ。

 これで初めて、至高龍にダメージが与えられたが――でも。

 

「どうして、覇王瘴気が……!?」

「……最初に展開した方が、多分ネクロ=スフィア展開だったんだ」

「――ッ!?」

 

 離れた位置にいた一夏から、通信で届いた言葉に絶句する。

 なるほど、確かに普通ネクロ=スフィア展開はあとに使用する、いわばセカンド・チャンスのようなものだ。それを先に使うなんて、普通は思いもしない。

 

 さらに言えば、奴は至高龍などという化け物を従えて完全に慢心しているし、さらに言えば頭もいいとは言えない。まさかそんな、万が一の可能性を考えなどはしないだろう。

 

 しかし――。

 

「お前、いつ変えやがった――?」

「べらべら無駄話をしている間サ。こっちに注目していなかったお前の不手際サね! この間抜け!」

 

 言葉と同時、今度は胸部の真正面へと躍り出たアーリィ先生の更なる攻撃。

 それにより、正面のクリアグリーンの装甲は粉々に砕け散ると――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あの、球体は――!?」

「障壁を使う際、胸が光っていたのは設計ミスだったナ!」

 

 装甲が抉り取られ、露出した球体――曰く、覇王障壁の発生部。それに対しアーリィ先生は全力の風の剣の投擲。

 いまだバリアの回復しきっていない至高龍、その胸部に不可視の剣は直撃。

 無敵の盾の発生源は粉々に粉砕される。

 

 よし、これで――!

 

「楯がなくなってしまえば、なんとでもなるサね――ぐぅぅぅぅぅっ!?」

 

 一矢報い、勝ち誇ったように言い放ったアーリィ先生だが、しかし。

 突如としてテンペスタから強烈なまでのスパークが迸り、苦痛に喘ぐ声を発してしまっていた。

 

「どう、して……?」

「覇王障壁が破壊された時、新たに単一仕様能力『覇王断罪』を発動する事ができる」

 

 受け入れ難く、そして理解のできない現実。

 それに対し、ご丁寧にも奴は能力の発動を宣言することで返してきた。

 いや、発動宣言だけじゃない。わざわざこっちの機体に詳細まで送りつけてきた。

 ――まるで絶対に突破できない事を知らしめてやると、言わんばかりに。

 

「ダメージの、倍返し……?」

 

 覇王断罪。

 

 至高龍アーク・レイに対するシールド・エネルギーへのダメージが発生した場合に発動。その数値の倍だけ相手にダメージを与える事ができる。

 

 そう、奴から送られた文面には書かれていた。

 

「どうすれば……!」

 

 さすがに第二の防護壁は予想していなかったが、それは一夏も同じだったみたいだ。私のすぐ隣で、苦しげに呻きだす。

 

 だが、無理もないだろう。

 いくら零落白夜なら大ダメージを与えられるとはいえども、あの巨体のライフを一気に減らすほどではないのは誰だって分かる。

 覇王断罪の効果によって跳ね返され、一撃で返り討ちに遭うのが関の山だ。

 

 そして他の――私のものを含む、雪片以外の武器で攻撃したところで、ほんとうに微々たる量のシールドエネルギーを削り取って終わり。

 こんなの、勝てるわけが――。

 

「障壁を割ったところで、勝てると思ったか? ――笑止!!!!」

「うぁ……」

「胸が光るのが欠点だと? 違うな。わざと希望を与えてやったのサ。お前らに勝てるって錯覚させるために意図的に、まやかしの希望をナ――。あーっひゃっひゃっひゃっひゃ!!!」

 

 一式の言葉のすぐ後に聞こえてきたのは、とても世界最強のものとは思えないほどの弱々しいうめき声。そして再び、奴の楽し気な嗤い声。

 それと同時に、どさりという音とともにテンペスタはコンクリートにその身を打ちつけていく。

 

「あ、ああ…………」

「箒……!」

「無理だよ、こんなの……」

 

 そう、無理だ。

 私達の手札で、あれを倒す手段なんて……!

 

「さぁて……お次は! お前に死んでもらおうかァ。篠ノ之箒!!」

「あ……」

「安心しろよ。お前の偽骸虚兵は大事に扱ってやるさ。あちこちの一夏を絶望させるのにはこれ以上とねぇ素材だものな!」

 

 光の奔流が、やけにゆっくりと迫る中。

 私は、なぜかぼんやりと考えてしまっていた。

 

「箒ッ!」

 

 あぁ、安崎の言う通りだろうなぁ……。私のことを、あいつは大事にしてくれていたのだから。

 今も名前を呼んでくれた事が、何よりの証拠だ。

 

 だけど、できれば幼馴染としてじゃなくて、友達としてじゃなくって――。

 

「教師として、教えておくサね」

 

 目を瞑り、最期の瞬間に対して覚悟を決めた――その、瞬間。

 突如として何かに粒子ビームが着弾する音。そして直後に、そんな声が聞こえてくる。

 

「アーリィ、先生……?」

「強敵との戦いでは、たとえシールドエネルギーが1でも、諦めるナ」

 

 やがて声が聞こえなくなり、光が晴れる。

 すると、そこには。

 

「あ、ああ……」

「死に損ないが……!」

 

 もう、アーリィ先生の姿はなかった。

 

「だが、これでお前を守る盾はもう、いなくなったなァ!? えぇ!?」

 

 再び静寂に包まれる中、響く奴の声。

 それが、妙に小さく感じられる。

 だって――。

 

「これで、終わりだァ!」

「まだ、終わりじゃない!」

 

 叫び声と共に放たれた、至高龍の主砲たる頭部キャノン。

 そこから放たれた粒子ビームを、空裂のひと薙ぎによって切り払う。光の軌跡は真っ二つに折れ、後ろのほうの建物を粉々に破砕していく。

 

「私は――戦う!」

 

 そう、戦う。

 じゃなきゃ、何のためにセシリアとラウラがここまでの血路を開いてくれた? 何のためにシャルロットが奴に戦いを挑んだ?

 何のためにアーリィ先生が覇王障壁を破壊し、そのうえで庇ってくれた?

 ここで負けては、何にもならないではないか!

 

「お前に殺されるくらいなら――自分でこの首を刎ねる!」

「ふざけるな……ふざけるなッ!」

 

 怒りの咆哮。同時に飛ばされていくいくつもの棘。

 そしてそれらは背後から回り込み、紅椿へと攻撃を仕掛けようとする。

 

 もちろん反撃すればダメージは免れないが、かといって当たってやる気はない。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 スラスターに点火し、逃げる。

 

「そこっ! ――くっ!」

 

 いくつかのビットなら破壊しても大丈夫だと思い、どうしても躱せないものはダメージ覚悟で破砕。破壊後、しばらくして襲ってきたダメージは直後に絢爛舞踏で回復させ、少しでも損傷を軽減させていく。

 

「箒を、やらせる……か!」

 

 一夏も同じだった。躱し、皆から託された武器である程度は破壊し、必死の抵抗を続けていく。

 

 しかし――それでも。

 

「――ッ!?」

「俺が殺すと言ったら殺すんだよ! 逃げる!? ふざけやがって!」

 

 さらに奴が展開したビット。

 その一部は高速で私たちの死角へと近づくと、目と鼻の先に銃口を向けてくる。

 

 ここ、までか――!?

 

「――ふざけてんのはお前だ、このゾンビ野郎!」

 

 そんな時だった。

 突如としてそんな声がしたかと思うと、続けざまに粒子ビームの発射音が耳朶を打つ。

 

 そしてわずか一瞬で、目の前の大量の遠隔操作端末は粉々になって消滅した。

 

「ゆう、な……!?」

「悪いね、遅くなった」

 

 金の髪を風になびかせ、一人の少女が私へと微笑みを向ける。

 

 その身に纏うのは、銀と黒のIS。

 

 尻尾が臀部から生えて、さらに非固定部位は巨大なドラゴンの翼を模したものとなっている。

 まるでその姿は、御伽話に出てくる竜人。

 パイロットも四天王を倒したほどの腕前である以上、この状況では頼もしい存在であるのは間違いなかった。

 

 だが、なぜこいつが――!?

 

「そのISは、というか、傷は大丈夫なのか……?」

「サードシフトして、回復したからこっちに来た。ちょっと、倒さなきゃなない理由もできたしね」

 

 龍のような一機のISを纏った優奈はそう言ってから、手にした剣を至高龍へと向けていくと――力の限り、叫んだのだった。

 

「覇王狼龍アクシア・フリージア! お前のドラゴンを倒して、一億点獲得しに来た!!」

 


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