篠ノ之箒は想い人の夢を見るか   作:飛彩星あっき

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最後の、戦い

 進化を果たした己が愛機の情報が頭の中へと次々と流れ込んでいく。

 

 基本動作、装備、操縦形式、性能、単一仕様能力、活動限界時間、センサー範囲。

 ひとつひとつがクリアされていくたび、自分とISが一体化していくような気分を覚えていく。

 

 そして、それが終わるとようやく身体の硬直が解け。進化するために形成していた繭の中から出て行った。

 

 その、途端。

 

「クソが!」

 

 口をついて出てきた悪態とともに、目の前にあった机を蹴り飛ばす。

 

 まさか、あんな形で決着がつくなんざ思ってもみなかった。

 ナギの奴が裏切るのはこの際いいが、あくまでそれは神崎優奈と共に死ねばの話だ。

 

 こんなの、聞いてねぇ!

 

「でもまぁ……いいか」

 

 どれだけの時間暴れただろうか。

 

 ひとしきり恨みつらみを吐き出すと、俺の怒りはどこかへと霧散していった。

 

 なにせ――。

 

「この新型の力があれば、後で殺しに行っても全然問題なんざねぇワケだしな」

 

 そう、俺の新たな専用機。

 打鉄第三形態は異常な進化を遂げており、世界中のISをかき集めても倒せる機体なんざ存在しない程の代物となっていた。

 

 だから、あいつらが死ぬのが遅かれ早かれ決しているようなモンだ。あくまで死期が伸びただけ。

 精々、残された時間で別れの挨拶でもしてやがれ。

 

「にしても……忌々しい位、俺の世界と同じ形をしてやがるな……」

 

 心の中で侮蔑と嘲笑を終え。それから気を取り直して部屋を見回すと、舌打ち交じりに吐き捨てる。

 強い恨みの感情が進化には必要だった以上、ここ以外の場所はありえなかったが――正直、あまり気乗りはしなかった。

 

 なにせ、ここは――IS学園一年一組なのだから。

 

「あそこに座ってた時の事は、嫌でも忘れられねェ……いや、忘れてたまるかよ」

 

 教卓の右斜め前の席に視線を移してから呟く。そこは俺が、まだ安崎裕太だった頃に座っていた席だった。

 はっきり言って、最悪の席だった。

 

 ちょうど隣が織斑一夏だったため、授業中も休み時間もあいつと比べられる温床となっていたのだから。

 

 今思い返しても、悪意のある配置だとしか思えない。

 これに限らず、いつもどこでも悪意に晒されていた。一夏と比べらた。

 

 そしてその度に嘲笑われ、生きている価値のないゴミとして扱われた。

 

 操縦が上手くない、勉強についてこれない、経験が足りていない……。

 様々な理由があったにせよ、こっちはISに乗ってまだ三ヶ月も経ってない素人だってのに――。

 

「なのに、同じ境遇のあいつが無駄に世界最強の血縁者という恵まれた立ち位置にいたせいで!」

 

 織斑一夏。

 

 奴がいて、しかもどんどんと力をつけていったのが、全ての元凶だった。

 仲間と共に成長していく奴と、孤独にいくら頑張ろうとも追いつかない俺。

 

 いつも無様で惨めだった!

 何度も自殺を考えた!

 それでもできない自分に嫌気がさした!

 

 そんな日々が続いて行ったあと、あの事件が起きて。

 

 だからあの臨海学校の時、俺だって我慢の限界で言ってやったんだ。そんな環境にいた俺を、誰が責められるというんだ!?

 

 それなのに、皆して寄ってたかって俺を悪者扱いして、責めてきやがって――!

 

「いや、一人だけ責めてこない奴がいたな……」

 

 ヒートアップしていく怒りの中、俺を生き返らせてくれたバカ女――神崎零のことを思いだす。

 確かに奴には打算もあったろう。復活させて名声を得たいという欲は隠していなかった。俺が本性を剥き出しにした途端に裏切られもした。

 

 だが、その前までは。

 

 あいつの言動からは本気で心配してくれている。そう感じさせるだけの、()()は確かにあった。

 

 世話係として愚痴に付き合ってくれた事もあったし、遅れに遅れていたISの勉強を教えてくれたのもあいつだ。

 そんな奴だったからこそ、他の研究員共のようにただ見捨てて殺すなどという事はできなかった。

 

 本来ならば非戦闘員なんて踏み絵目的以外では偽骸虚兵にしないが、特別に零だけはそうした。

 それだけじゃない。一式軍の参謀や開発主任の座も与えてやり、代表候補生どもよりも重用してやっていた。

 

 そのまま戦うには少し性能不足だったから何度も身体のアップデートを行わせ、俺も強化のために越界の瞳のデータを奪いに行ってやった。

 

 もちろん戦力が欲しかったし、俺一人じゃ無人機や四天王機の設計なんてできなかったのもある。

 強化だって……あいつの働きに見合った対価を与えただけだと言われれば、確かにそうかもしれない。

 だが、それだけじゃない()()も確かにあった――そう、失ってから初めて気づいた。

 

 そんな中、俺の頭の中には無意識のうちに、ある出来事が思い出されていった。

 

 昔、まだこの身体を作り直してもらう前。零に質問した時の事。

 生き返ってすぐだったから異常に不安になった俺は零に聞いた事がある。

 

「俺でも一夏に勝てるのかな?」

 

 と。

 どうしようもなく情けなく、格好悪過ぎる質問だった。事実、後ろにいた研究員たちは苦笑を浮かべていた。

 だけどあいつだけは親身になって答えてくれた。

 「勝てるよ」って、微笑を浮かべながら答えてくれたっけな……。

 

「そうだな、俺は一夏に勝てる」

 

 いや、勝たなきゃ何のためにここまでしたのか全く分からねぇ。

 無力な屑のままじゃ終われない。

 

「……まだ、俺は止まれないんだよ!」

 

 その言葉と共に、いったん待機形態に戻っていた専用機へと意識を集中させる。

 直後、俺の身体には新たなる機体――もはや打鉄とは呼べないレベルにまで強化が施された、最強のISが纏われていく。

 こいつで、一夏達をまずは……八つ裂きにしてやる。

 

「行くぞ……クロノグラフ・メイガス!」

 

 

 なんとか無人機の群れを、ある程度蹴散らしてからの移動。

 それを続けて、遂にIS学園の校舎が見えてきた。

 その途端の、出来事だった。

 

「何なの……あの光は!?」

 

 シャルロットが呆然と呟いた通り、校舎を破壊する勢いで光の柱が立ち上っている光景が目に飛び込んでくる。

 あそこに一式――否、安崎がいるのは間違いないのだが、何が起きている……!?

 

「とにかく、急ぐサね!」

 

 アーリィ先生が発破をかけたのを機に、私達は全員が瞬時加速。一機に校舎前までたどり着いた――直後。

 

「待ってたぜ、テメェら!」

 

 突如として声がしたかと思うと、針のように細い粒子ビーム。それが私のすぐ横を掠め、わずかにコンクリートを抉りとる。

 明らかに当てる気がないとしか思えない、その攻撃の飛んできた方向――すなわち、半壊した校舎の屋上。

 

 そこへと、視線を向けていくと――。

 

「一式白夜……いや、安崎裕太!」

 

 一夏の叫んだとおり、私達の仇敵――安崎がいかにも悪質な笑みを受けべ、こちらを見下ろしていた。

 

「その名で俺を呼ぶたぁ、随分と惨たらしく死にてぇみてぇだが……まぁいい。今日の俺は気分がいいんだ。その程度の無礼は赦してやる。有り難く思うがいい」

 

 世迷いごとをほざく間に、奴の機体を観察してみる。

 

 なにせ、あまりにも今までの物。つまりは、白式に擬態した打鉄とは異なりすぎていたのだから。

 黒を基調とし、ところどころを錆色で彩られたその機体とかつての共通点など、手にした武器が剣である事くらいしかない。

 

 三次移行を果たしたであろうという事は、容易に想像がつくとはいえ――ここまで変わるもの、なのか……!?

 

「この機体の名はクロノグラフ・メイガス! 貴様らを冥府に叩き落とすために、俺の憎悪が生み出した最強の機体だ!」

「クロノグラフ・メイガス……!?」

「それじゃ、まずは最初の能力を発動させるとしようじゃねぇか……()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 呆然と名前を呟いた、その時だった。

 

 奴はいきなりそう叫ぶと、剣の先端から四つの光が同時に、かつすさまじい勢いで拡散。

 紫、白、黒の三色。

 

 特殊な攻撃手段だと警戒し、身構えていたが――。

 

「な……!?」

 

 思わず一夏がそんな声をあげたのも、無理のないことだった。

 なにせ()()()()()()()()()()()()()()()()。おまけにそこからは、それぞれのビームに対応した色の光の球体が出現。穿たれた穴のすぐ上で待機をはじめていく。

 

 起きた現象も訳が分からないが、これを使って何をするかも到底予想できない。いったい、何を――考えている!?

 

 そう思っているにも、拘らず。

 

 なぜか嫌な予感が、拭えなかった。

 

「箒! やるぞ!」

 

 私と同じ懸念を、一夏も抱いていたのだろう。

 瞬時加速とともに剣を構え、安崎を倒さんと迫る。

 

「おっと、ご清聴願おうか」

 

 だが、そんな私達に奴は剣を向けてきた――次の、瞬間。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まさか、こいつは――!?

 

「A、I、C……」

「ご名答。クロノグラフ・メイガスはお前ら代表候補生共の能力! その全てを、この剣一本で再現できるのさ。凄いと思わねぇか?」

「一夏の、零落白夜だけじゃ飽き足らない……とでも、言うのか!?」

「まぁな。だが――驚くのは、まだ早いんだよ!」

 

 必死で拘束から逃れようともがく中、奴の減らず口は続いていく。

 

「ところでお前……この球体の色、どこかで見た事ねぇか?」

「い、ろ――!!?」

 

 厭味ったらしく、与えてきたヒント。それで漸く気がついた。

 これらは眷属機の機体名そのものだと。クソ、言われてみればそのままではないか……!

 

 あいつがやられた機体をそのままもう一度使うとは思えず、頭の中から始めから除外していたが――実際、これを使ってどうするのか。

 

 なにせ再生産するにしても、わざわざ回りくどい手段を取る必要なんてないのだから。

 

 じゃあ、何を――!?

 

「さぁて、それじゃあ本日の、もうひとりの主役の登場だ! 来い、眷属機ダーク・ルプス・レクス!」

 

 そんな私の思考を読んでか知らずか、奴は残った四天王機だけはそのまま普通に展開してきた。

 ほんの一瞬だけ剣を赤く光らせ、円を描くと。そこから最強の無人機の原型機が姿を現す。

 

 どうやら先ほどまでの四天王機とは違い、完全な無人機らしい。かつて優奈の姉の貌が見えていた箇所からは、ゴーレムらと同じような無機質な赤いカメラ・アイをのぞかせている。

 

 これで全ての四天王機。

 それらの要素が、何らかのかたちであらわれたが……何が、起こるというのだ?

 

「俺は再生産した眷属機ダーク・ルプス・レクスを対象に、クロノグラフ・メイガスの真なる単一仕様能力を発動! Maximum Crisis(マキシマム・クライシス)ッ!」

 

 高らかに奴が叫んだ、その瞬間。

 

 ダーク・ルプス・レクスに紫の光球が接近。やがて吸収されていくと、その身体を大きく変質させていく。

 

 ただでさえ肥大化していた両腕がさらに肥大化。

 それに呼応するように両脚も太くなっていき、四肢が異様に発達していく。

 

 まさか……!?

 

「これにより――四天王機を融合させ、新たに最強の無人機を降臨させる!」

 

 頭の中に思い浮かんだ、最悪の想像。

 

 それはすぐさま、安崎の口から吐き出されていった説明によって肯定されていく。

 続けざま白い光球が入っていくと、今度は背中の大砲と隠し腕が退化。代わりに超巨大なウィング・バインダーが展開され、さらには尻尾まで生えてくる。

 

 既にかなりの威圧感を伴っているが、あとひとつ追加されると……どうなると言うのだ……!?

 

「見ろ、ここに降臨するは我が最強の悪魔! 心の闇が、ネクロ=スフィアが生み出した、全てを司る究極の覇王である!」

「究極の、覇王……」

 

 シャルロットが呆然と呟いた、その直後。最後に黒い光球が化け物に変質したダーク・ルプス・レクスに吸入。更にその姿を異形の物に変質させていく。

 全身に棘やヒレが生えていき、禍々しく銀色に輝く装甲へと変質。

 そして最後に質量を完全に無視して巨大化、首が伸びはじめ――おそるべきドラゴン型ISが、姿を現していった。

 

「その名は――至高龍アーク・レイッッッ!!」 

 

 左右に伸びる長大な翼。異様な大きさの四肢。 

 禍々しく鋭利な外観。

 全身くまなく流れる、メタリックグリーンのエネルギーライン。

 

 捉えた全てを焼き尽くさんという鋼鉄の意志を感じる眼光。

 

 それらすべてを兼ね備えた、狂気の無人IS。

 

「さぁ、アーク・レイ! 全世界最強の力で、奴らを殲滅しろ!」

 

 それが、異世界のIS学園の上空へと降臨したのであった……。


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