篠ノ之箒は想い人の夢を見るか   作:飛彩星あっき

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私達の居場所

 身体の持ち主の生まれ故郷の、駅前のホテル。

 私はその一室で蘇――否、生まれた。

 その際、初めて知ったものはふたつ。

 

 ひとつは偽骸虚兵としての必要な知識。戦いから一式白夜の世話までの全て。

 もうひとつは、偽骸虚兵が偽骸虚兵として生きるために必要なモノ――身体の持ち主の、死の直前のイメージ。

 

 これらだけで、自我の形成を完了させていく。

 

 その、筈だった。

 

「――ッ!?」

 

 だが、私は直後。ベッドの上で悶絶する羽目になってしまった。

 原因は、本来なら必要のない筈のものまで流し込まれていったためだった。

 

 肉体が、まだ別の魂の器だった十六年の月日の間に覚えてしまっていたモノ。

 

 蓄積され、刻み付けられた――生前の、鏡ナギの記憶。

 

 それが私の頭の中に流し込まれ、今の記憶と統合した瞬間……ずっと収まらない頭痛が、はじまった。

 

「うぐっ……どう、して?」

 

 どうして?

 

 たった四文字しか、私の頭の中にはなかった。

 だが直後、それは複数の恨み言と問いかけへと細分化されていく。生前の記憶と今の苦痛がそうさせたのだ。

 

 どうして、守ってくれなかったんだ?

 どうして、流れ込んでくる記憶を拒否できない? 他人のものとして鼻で笑えない!?

 どうして、死体人形になる前に、この身体を壊してくれなかった!?

 

 疑問は痛みを加速させ、やがてベッド脇に嘔吐する頃には憎悪へと変わっていった。

 偽骸虚兵の本能の賜物なのか、自分の意志でなのかは分からない。

 

 だけど、私の中では後者であると決めた――せめてこれくらいは、私という個人が決めた「モノ」として持っておきたかった。

 

「痛がってるってェ事は、つまり、だ。成功ってことでいいのか?」

 

 そんな時だった。

 ドアが開く音と同時に悪辣さが音という形を取った、そんな声が入口のほうから聞こえてくる。

 

 この声は私も――この身体も知っている。二人目の男性操縦者のものだ。

 ここに居るのも、尋ねてくるのも何の不思議もありはしない。

 

「そのようです。無事、身体の記憶の継承に成功したかと」

 

 けれども。

 続けざまに聞こえてきた、無機質で抑揚のない、女性の声。

 それを聞いた途端、時が止まったかのような感覚がした。

 

 だって、その声はずっと昔から、()()()()()()()()()()()

 

「零、さん……」

 

 そう、神崎優奈の姉にして、この事件を引き起こす要因となった人物。

 神崎零のものだったのだから。

 

「よう鏡ナギ。いや、今は俺の手駒の偽骸虚兵ちゃんか」

「……は、い」

 

 そんなこっちの呟きは幸い、安崎――否、一式白夜()には聞こえなかったらしい。何の反応もなしに、自分の話を進めだしていった。

 下手に詮索されても気分が悪かったので、とりあえず戸惑った風を装い短い言葉だけ返す。

 

 そんな私の、あまり上手とは言えないアドリブにも引っかかってくれたのか、はたまた最初から興味なんてないのか。

 どっちかは分からないけれど、言葉はそのまま続けられていく。

 

「お前さんは簡単に言えばモルモットってヤツに選ばれたんだ。運が良かったなぁ、えぇ!?」

「モルモット……?」

 

 意味が分からなかった。いや、分かりたくなかった。

 だが、分からない程愚かでもない。

 

 そんな程度の知能を持たされたことが、この時ばかりは憎かった。

 

「死体からの記憶のサルベージと、注入。こうすりゃ一夏の野郎は躊躇すると思ってな。どうだ、我ながらナイスアイディアだと思うぜェ?」

 

 何がナイスアイディアなものか。

 確かに、一夏を追い詰めるのならこれ以上とないアイディアだ。

 

 生きていた頃と死んでからの今、両方の意見が一気に頭に浮かんできて、気持ち悪さが倍増していく。

 

「で、零。他にお前から見て分かった事ってねェのか?」

「記憶の定着に難があるかと。処置を施してすぐに実戦へと投入という訳には行きませんね、これでは」

「なるほどな……。他にはどんな問題があるってんだ?」

「かねてから懸念していた通り、コストの問題です。やはり手間がかかる以上、全員には施せません」

「別に代表候補生共にさえ施せりゃア、文句はねェよ」

 

 私を蚊帳の外に置いて、二人だけの会話が続いていく。

 頭痛が酷く痛む中、聞く耳を立ててみる。

 だが、一兵卒でありもう被験体にされた後となっては仕方のない話でしかなかった。

 

「一応ケアや術後の観察も必要なんだろ? んじゃ、後は頼むぜェ」

「承知致しました」

 

 相変わらずねっとりとした口調で去り際にそう告げると、こっちの相変わらずの冷たい声音で零さんが返す。

 

 こうして部屋の中には偽骸虚兵が二人だけとなった。

 

 その、直後だった。

 

「……すまない」

「……え?」

 

 最初に告げられたのは、短い言葉での謝罪。

 相変わらず無機質で、ロボットめいていたけれど――どこか、心がこもっている。

 

 そんな、気がした。

 

「今回の戦闘で偽骸虚兵になったのが貴女だけだったから、止めることはできなかった」

「……まるで私を、使いたくなかったみたいな物言いですね」

 

 その問いに、零さんは答えなかった。

 代わりに、しばらくの沈黙の後。彼女のほうから別の話題を振られる。 

 

 あまりにも、衝撃的だった真実を。

 

「こんな話が、慰めになるかは分からないが――実は、私も少しは記憶が残っているようだ」

「零さんも……!?」

 

 気が動転しそうになる。

 

 私を実験体にした以上、先に自分に施術したみたいな話ではない筈。

 だったら、どうして……?

 

「理由は分からない。だが、時折――生前の記憶を夢に見ることがある」

「……いつ頃の、ですか?」

「時期も状況も毎回違う。詳しくは分からないけれど、法則性はないようだ」

 

 私の問いかけに零さんはそう答えると、しばらく沈黙が続く。

 

「別人なのに記憶があり、戸惑っているのはあなただけじゃない。それは覚えていて欲しい。それと――」

「……それと?」

「たとえ他人の記憶を引き継いでいても、身体を乗っ取っていたとしても。それでも、幸せになる権利はある――そう、私は願っている」

 

 話を締めくくった途端、思わず噴き出してしまう。

 はっきり言って、事実は慰めにもならない。それに前後の脈絡がちょっと無理やりだ。

 

 だけど……そんな下手な慰め方を、私は知っていた。

 

 だって――。

 

 そんな雑な慰め方は、子供の頃。優奈と喧嘩した後に零が慰めてくれた時とほとんど同じ。なぜだか笑いがこみ上げてくる。

 

「――零さんのそういうとこ、前と何にも変わってないですね」

 

 視界が不思議と滲む中。思わず笑ってしまう。本当にこの人は、偽骸虚兵の筈なのに何も変わっちゃいない。

 私達は生前のそれらとは違うと思ってたし、そう信じたいのに。

 

 何故だか今は、それが無性に嬉しかった。

 

「……そろそろ一式様の元へと行かなければならない。失礼する。それと」

「それと――?」

「この話は、一式様には内緒」

 

 その笑顔は、どこかぎこちなかった。

 でも、それで十分だった。

 

「ふふっ……もちろんでしょ」

 

 

 ぽた、ぽたという血の流れる音と圧迫感。

 それに鎮痛剤が切れたのだろう、襲いかかってきた強烈な痛み。

 それらを知覚すると、私は意識を引き戻されていった。

 

「今、のは……」

 

 ポツリと、呟く。

 倒されてからさっきまで、私の意識の中で流れた映像を――あいつの、生まれた日の記憶を思い返してみる。

 

 ご丁寧にもあいつの視点で、どんな心境であったのかまですべて知れた。

 

「そっか、あいつも……苦しんでた、のね」

 

 偽骸虚兵なんて、全部が全部悪意の塊とは言えない。それは、戦う前から知っていた。

 だってあの日、お姉ちゃんの笑顔を見られたから。

 

 でも――まさか、あそこまで普段から人間っぽいところがあったなんてのは、知らなかった。

 

「いや、人間……だよ。ありゃあもう」

 

 あんな言動、死体人形にはできない。安崎の奴隷なだけではできない。

 

 だから、人間だ。

 

「それにしても、幸せ……かぁ。ひょっとして、あの時のも……」

 

 そう……あの時。

 

 お姉ちゃんが偽骸虚兵の呪縛から解放されて、優奈と私の名前を呼んでくれた後。言おうとした事。

 

 今ようやく、死に際になって理解した。

 

 そしてそれに気づいた途端、私は――。

 

「ははっ、まだ……さ……」

 

 そう、まだだ。

 

 まだちっとも幸せなんかじゃない。まだ何も掴めちゃいない。

 

 ただあの野郎に奪われ続けて、必死でお姉ちゃんの死体ひとつ取り戻しただけだ。

 新しいものをなにか一つでも、手に入れてもないままだ。

 

 やりたい事も、夢もなにも叶っちゃいない。

 本当はまだまだやりたい事、たくさんあったもの――今になって気づく辺り、私って相当度し難いけどさ。

 

 それになにより、ね。

 

 ナギを――あいつを。苦しめたままいなくなるなんて、それこそ本当に逃げじゃないか。

 

 なんだろう……お姉ちゃんを殺したのに、今になってこんな事、考えるなんて……。

 

「――きっと……理屈じゃ……ないん……だろう……なぁ……」

 

 そう、理屈じゃない。

 

 こっちの世界のみんなを見て狼狽えるのだって。

 どうしようもなく心が苦しいのだって。

 今こんなに、やりたい事が見つけられたのだって。

 

 ネクロ=スフィアって――心って、こんなに奇跡を起こせるんだなって。

 

「死ぬわけには、いかなくなった……なぁ……」

 

 そうだ、まだ死ねない。止まれない。

 

 どこにも辿り着けないまま、死んでたまるか。

 

「んじゃぁ……行くかァ……」

 

 そう呟いた途端、光が溢れ出してきて――。

 

 

 

「テールブレード!? まだ生きてたか……」

 

 瓦礫の下から這い出た凶刃。それはナギにとって想定外の攻撃ではあった。

 

 とはいえ、所詮は満身創痍の状態で放たれた攻撃。あっさりと大型ソード「ブラッディーイビルローズ」を軽く振り、叩き落とす。

 

 そうしてからバックステップで距離を取り、大型ライフル「スタペリア・ドラゴン」の照準を崩れ行く瓦礫の山へと向けた――その瞬間だった。

 

「死にぞこない……」

「はは……死にぞこない、ねぇ……。まぁ、生き汚いのは否定しないけどさ……」

 

 千切れかけの右腕、欠落した頭部ユニットのアンテナ、中折れしたライフル。

 

 まさに満身創痍という言葉が相応しい、そんな状態のアクシアとともに優奈が姿を現した。

 

「まだ抵抗する気!? そんな身体で、そこまでする必然性も意味――」

「意味なら、ある……」

 

 腕を新しいものに交換しながら、死にかけにも拘らず不敵に笑ってくる。

 得体の知れなさを感じると同時、頭痛がより一層増してくる。

 

 強まる痛みをなんとか表に出さないまま、ナギが注視していた時。再び優奈の口が開かれる。

 

「私――決めたんだ」

「決めた、ですって?」

 

 何を言っているのか分からない。

 

 ナギが最初に抱いた感想はそれだった。

 

 優柔不断で、本心を無駄に隠してばかり。言いたいことも言えないで、こうして手遅れになっても胸の内を吐き出せもしない。

 

 そんなメンタルの弱いお前が、何を決めた、だと!?

 

 怒りの感情が渦巻く中、こうして尋ね返した――刹那。

 

「決まってるじゃない。まだ――」

「まだ……なんだっての!?」

 

 不自然に言葉を切りつつ、テールブレードを仕舞い込む優奈を警戒して、引き金に手をかけ始めたのと。

 

「まだ……何もしないまま、終われない、から!」

 

 死にかけにも拘わらず、優奈が力の限り叫んだその言葉。

 

 その直後、彼女の身体には異常な輝きとともに異変が訪れる。

 

 眩い光が全身を包み込んでいくと、生傷が次々と修復されていったのだ。

 

「操縦者保護機能の過剰起動による復活ってとこかしら、面倒くさいわ……ね!?」

 

 忌々し気にナギは吐き捨てる。

 

 機体の機能を使った超回復それ自体は、何度か前の世界での戦いで見たことがある。ああなるともう一度倒さなければならないので、二度手間なのだ。

 

 だが、その直後に優奈の身体に起こった異変は初めての経験であった。

 

 だからこそ、彼女も言葉を詰まらせてしまったのである。

 

「あんた、その眼は何……!?」

 

 光り輝く瞳。しかし、その虹彩の色は決してハイパーセンサーのそれ――すなわち金の輝きではない。

 

 右は血に染まる紅――優奈が移植した、ハイパーセンサー搭載の義眼の色。

 左は鮮やかなる緑――まだこうなる前の頃、優奈の生まれつきの瞳の色。

 

「どうして、急にそんな――!?」

 

 困惑気味にナギが口にした――その直後。

 

 ひときわ大きな光が、アリーナを包み込んだ。

 

「バカな……何をした! それにこの光は……何の光!?」

「アクシア三次(サード)移行(シフト)形態(フォーム)――」

 

 光の中、聞こえてくる優奈の声。

 そして――その光は、超大型のソードメイスによって振り払われると。

 

「覇王狼龍アクシア・フリージア!」

 

 新たな力を得た、覇王の名を持つアクシア。

 それが、姿を現したのである。

 

 銀の装甲は黒の混じったそれに変わり、四肢はダーク・ルプス・レクスを思い起こさせるように肥大化。

 

 背中にはキャノン砲にドラゴンの翼を模したブースターユニット。

 さらには先端にテールブレードが搭載された、ドラゴンの尻尾のような部位まで装着されている。

 

 その姿は、とても今までのアクシアの――それどころか、あらゆるISとも異なっており、恐ろしいまでの威圧感と重厚感を見る者に与える機体だった。

 

「なに、が……何が覇王よ! そんな虚仮脅しで、私のヴァイオレット・ヴェノムを倒せるとでも!?」

 

 死に際から一転復活、さらには威圧感に満ちた機体への進化。

 あまりにも予想外かつ都合の悪い事態に一瞬怖気づいたものの、ナギはその感情を振り切るように叫ぶ。

 

「これでも……これでも、食らえッ!」

 

 そうしてから手にしたビームランチャーの引き金を引くと、優奈へと向けて発射するが――。

 

「な……ダメージが、通ら、ない……!?」

 

 呆然と呟いた通り、空中投影ディスプレイに映るアクシアのシールドエネルギー残量は微動だにしていなかった。

 

 そんな現象を目の当たりにしたナギの頭の中には、あるひとつの能力の名が浮かび上がっていく。

 

 彼女も所属する一式軍、その量産機であるダーク・ルプスの持つ単一仕様能力。

 

 同じ四天王機――ダーク・ルプス・レクスが持っていた、あらゆる射撃式の光学兵装を無力化する最強の防御系の能力。

 

 その名は……。

 

「千変、鉄華……くっ!?」

「さぁて、行くかぁぁぁぁッ!!!」

 

 呆然と能力名を紡いだ、その直後。機体も肉体も完全に回復させていった優奈の、大地を割らんとするほどの声量での叫び声が第一アリーナ内へと響き渡っていく。

 

 それと同時に瞬時加速でもって接近し、手にしたソードメイス「花開明天」を振り下ろすが――。

 

「この、死にぞこないが……!」 

 

 ヴァイオレット・ヴェノムの大型ブレードに阻まれ、鍔迫り合いの状況にまで持って行かれてしまう。

 

「流石に四天王……そう簡単に力押しなんてできない……かっ!」

 

 中々押し込めない事実に優奈が呻くが、事実その通りであった。

 

 四天王機はその全てがダーク・ルプスを軽く捻る事のできるパワーを有しており、いちばん華奢なホワイトウィングですら並のISを遥かに凌ぐ格闘能力を持っている。

 

 そのため優奈の新たなアクシアでも、パワー負けは必至に思われたが……。

 

「だったら!」

 

 優奈の言葉に呼応して、非固定部位のウィングユニット。その中間あたりの位置にあるスリットが展開していく。

 

 それを見た瞬間、ナギの頭の中には真っ先にある能力が浮かび上がる。

 

 零の作った四天王機。

 

 その中の一機の持つ、単騎決戦では格上にさえ絶対勝利できる、叛逆の名を冠した凶悪な能力――!

 

幻影(トリーズン)叛逆(ファントム)ッッッ!!!」

「ブラックリヴェリオンの! だけど――!」

 

 まだ進化し、追加された能力に優奈が慣れていなかったためであろう。わざわざ能力名をコールしての発動。その事実が、ナギに味方をした。

 

 スリットが開く前、声を聞いた段階で地面を蹴って上昇し上空へと飛び上がる事で、電撃攻撃の難を逃れたのである。

 

 どんなに強力な能力とはいえども、当たらなければどうとでもなるのだから。

 

「オリジナル造ったのどこか、考えなかったわけ!?」

 

 嘲る声とともに触手の先端と右手に、ゴーレム用のハンドアックスを展開。それらを一気に投擲し、優奈へと牽制代わりの攻撃を仕掛ける。

 

 これならば千変鉄華も関係なしにダメージを与えられる。そう思っての攻撃だったが、命中したのは手で投げた一個のみ。

 しかも胸に命中したそれも大したダメージを与えられないまま、あっさりと抜き取られてしまう。

 

 その事実に、ナギが舌打ちしていた――その時だった。

 

「勿論、考えているよ」

 

 優奈も相手の動向に応じて、戦術を転換した。

 今度は背中に搭載された大型キャノン砲――ダーク・ルプス・レクスが装備していたものの強化改良版で、名を「超銀河砲」という――を展開して発射する。

 

「その攻撃――!」

 

 しかしナギとて、ここまでの大ぶりの攻撃を待ってやるほどお人よしではない。

 

 すぐさまスラスターを全開にして回避すると同時に触手を一本だけ、元いた位置へと伸ばして待ち構える――敵の切り札を、捕食超越で奪い取るために。

 

破壊魔鏡(ダイクロイック・ミラー)ぁぁぁっ!!」

 

 だが、しかし。

 

 そんなナギの思惑は、翼の先端部に仕込まれたクリアパーツから発せられた破壊光線によってあえなく潰えてしまった。

 

 眷属機ホワイトウィングの持つ、第三世代以降の能力を無効にし破壊する単一仕様能力。

 

 それと同じものが吸収を拒み、待ち構えていた触手は圧倒的な破壊力をその身に受けて千切れ飛んでいったのである。

 

「まさか、四天王全部持ってるなんて、言うつもり……!?」

 

 戦慄とともに呟いた言葉は果たして正解であり、その決定的証拠とでもいうべきモノが、優奈の次の行動であった。

 

 テールブレードを自機のほんの僅か前方へと勢い良く突き刺し、それを起点にすると高く跳躍。

 

 天高く飛翔したアクシアの後部。そこから()()()()を射出してくる。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 捕食用ワイヤーアーム。それがキャノン砲の後部から射出された途端、すぐに次のアクションが何なのかを理解していった。

 

「捕食超越する気!? だけど、喰えるものは私の同じ能力しか――!」

「だーれが、アンタから食うって言った!」

 

 突然、優奈が声を上げると。自らの機体へ触手を方向転換。幻影叛逆の発生装置と、テールブレードにそれぞれを喰らわせる。

 そして――。

 

「喰らえッ!」

 

  叫ぶと同時、近づいてくるヴァイオレット・ヴェノムの上下左右。

 そこに黄金の渦が次々と形成されると間髪入れず、漆黒の鎖に繋がれたテールブレードが次々出現していく。

 だが。

 

「そんなモノ当たらない!」

「当てるためじゃない!」

 

 当てるのが目的じゃない。あくまでもメインはこの次。

 そう優奈は叫ぶと。

 

「お楽しみはこれからだ……なんて、ね!」

 

 悪戯っぽく笑った顔とともに、鎖から電撃が放たれる。

 

「そういうことか……クソ、こんなに厄介な組み合わせを最初っからだなんて!」

「どう? これで大分弱まったんじゃない!?」

 

 想定外の事に竦んだのか、動揺するナギ。それに対し、幾らか余裕そうに答える優奈。

 

 捕食超越によって組み合わされた、電撃放出式デバフチェーンユニット「ダークリベリオン」。

 それにより、だいぶ出力は下がったのだが――。

 

「鬱陶しいけれど、それでも……ッ!」

 

 もがき、悪態をつきつつ、ワイヤーアーム「カイメラ・ラフレシア」を展開。

 さらに捕食用のクローに大剣を持たせるなどという、本来は想定されていない強引な手法で抵抗しようとするが――もはや、何をやっても後の祭りであった。

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 翼の基部に近い位置にある、ボックス状のユニット。

 

 そこから腕が二本生えてきたかと思うと、触手本体を拘束。

 へし折って無効化すると、眷属機ヴァイオレット・ヴェノムの、全ての武器を奪い取り、接近。

 

 そして。

 

「神崎、優奈ぁぁあぁぁ!」

「ナギィィィィィいいいッ!」

 

 二人の叫びが、木霊した――!

 

 

 悪意が胎動を始めた、かつての一年一組の教室。

 

 そこの繭の中にて、一機の悪魔が目を覚ました。

 

「……人形の分際で、主人に生意気な口を利くのはいただけねぇよな……やっぱりよォ」

 

 悪魔……一式白夜が思い返すのは、眠る前の配下の言動。

 あまりにも敬意を感じられず、自らの目的にしか興味がないかのような態度。それが気に入らなかった。

 

「まぁ、下手に洗脳処置を施さねぇ方がいいって、零の判断だったし……仕方ねぇか。こうなってもよ。だけど……バカな真似をしたもんだぜ、あいつも……ククッ」 

 

 悪辣な笑みを浮かべると、一式は無人機へと向けてあるコマンドを入力。校舎周辺の警護に当たっていた機体群が、一気に一組の教室の窓の外へと集合していく。

 

「さて、だ……まとめて始末してやるか……」

 

 言葉と同時。数十機のゴーレムから光が失われていき、続けて巨大な渦が無人機の軍勢のすぐ近くに形成されていく。

 旧式機のコアを利用して次元の扉を開き、そこからIS学園へと無人機を送り込むのである。

 

「ま、これであいつらは終わりだろうな…」

 

 たとえ人形が勝っていても、敵が勝とうとも、どのみち満身創痍の状態であることには変わりはあるまい。

 そんな状態で次々、学園警護用の無人機を送りこめば――どうなるか、など馬鹿でも想像がつく。 

 

「さぁて、まずは神崎優奈を始末完了、か……ククッ」

 

 悪辣な笑い声が、暗闇に包まれた一年一組の教室に響き渡った。

 

 

「……やっぱり私、あんたのことを殺せない」

 

 ソードメイスをギリギリになって収納した優奈。

 そんな彼女が出した、どうしようもなく、甘い「答」。

 

 そんなものを聞いた途端に頭痛が激しくなり、怒り狂って目の前の女を殺しにかかっていただろう。

 

 だが、この時。

 

 「ナギ」の頭の痛みは強まるどころか、不思議とどこかへと霧散していっていた。

 

 それは生まれて、初めての事であった。

 だから不思議と、怒りよりも興味のような感情が勝った。

 

「何、何馬鹿な事! 私は生きてた頃のナギとは別人……なのよ!?」

 

 愚問だと、「ナギ」は自分でも思う。

 だが、それでも聞いてしまった。聞かずにはいられなかった。

 

「知ってる」

 

 それに対して、優奈は短い言葉だけを返す。

 

 今更だ。目の前の女は鏡ナギではない。

 

 一夏を躊躇させるための計画。そのモルモットに選ばれた結果生まれた、記憶だけを受け継いだ別人だ。

 勿体ないから、神崎優奈をも躊躇させられるからと捨てられず、このように四天王機をあてがわれた存在でしかないのだろう。

 

 「ナギ」を殺せないのは、阿呆な事なのだろう。

 だが、それでいい。

 煎じ詰めれば愚者の答えであったとしても、私が満足できるなら何の文句もないさ。

 

 この時優奈は、本気でそう思っていた。

 

「姉は――零さんは殺した、癖に……」

「だからこそだよ」

 

 そっとそれだけ言って、優奈は目の前の少女を抱きしめる。

 

 あまりにも辛そうで、一人で抱える姿は見るに堪えなかったのもある。このまま放っておけば、淡雪のように消えてしまいそうな印象を抱いたせいでもあるだろう。

 

 だが、大半は理解できない感情に突き動かされた。

 

 そんな背景で取った、行動だった。

 

「あの時のお姉ちゃんの微笑みと、今までの記憶――それがあったからこそ、この答えを導き出せた」

「記憶……」

 

 二人がISごしに密着してから、続けられた優奈の言葉。その中にあった、たったひとつの単語が引っかかる。

 

 それこそ彼女の全てを狂わせ、歪め――それでも、何よりも欲していたものだったのだから。

 

 どうしたって、無視などできようはずがない。

 

「記憶が、ずっと、辛かった……」

 

 ひとりでに本音が漏れていったのも、そんな言葉を聞いたからだった。

 

 そうして、続けていく。

 

「あんたと過ごした鏡ナギは何時でも楽しそうだった。満ち足りていた」

「……そっか」

「でも、あれは私じゃない。私と鏡ナギは別人だって、はっきりと認識できてた……だから、辛かった」

 

 抱きしめてきている、生前の親友はどんな顔をしているのだろうか。

 どんな気持ちで、短く返したのだろうか。

 

 一瞬思いはしたものの、どこか暖かみのある言葉だったように感じられる。

 その事に気づくと、彼女の思考はまた別の方へと向かっていき。新しく問いかけを優奈へと投げかけていく。

 

「ねぇ……あんたはさ、辛いって思ったことはないの? 私との記憶が、苦しめてきた事って……」

「……あるよ。そりゃある」

 

 問いへの答えを聞いても、返す言葉を「ナギ」は持てなかった。

 

 だから、代わりに自分のことを続けて話しだす。

 

「……辛いものを全て捨てたかった。そうすれば、楽になれると思ってた」

「そんな時も、あるよね……そりゃ」

「ごめんね、優奈」

「謝る事ないよ。あんたはあんたなりに、苦しんだって知ってるから」

 

 そう、知っている。だって記憶を見たのだから。

 優奈はそう言いながら抱きしめた身体を離すと少しだけ距離を取り、まっすぐに目の前の黒髪の少女を見つめる。

 

 親友と同じ顔をして、同じ体を使って、しかし別の人物。記憶の混濁による頭痛と仕えたくもない相手に使役され、ずっと苦しんできた少女。

 

 そんな、不幸な境遇でありながらも精一杯足掻いた目の前の存在に向かって、ゆっくりと口を開いていく。 

 

「だからさ……もう、いいじゃん。苦しむのも辛いのもやめ。私もそういうの、なんかあんまり好きでもないしね」

「優奈……許して、くれるの?」

「だから、謝る必要ないって言ったじゃん」

 

 右の手を差し出しながら、呆れたように笑む優奈。もう、「ナギ」が遠慮する必要はなかった。

 

 そんな中、彼女の中で思っていたのは自分を何と名乗ればいいのかという事。

 この次元にも鏡ナギはいるし、前の世界の鏡ナギとは別人なのは互いに承知している。

 

 こっちにも鏡ナギはいるんだし。

 新しい名前を、考えなくっちゃね……。

 

 頭痛のない頭で「ナギ」は考えてから、ヴァイオレット・ヴェノムの手が動いた――そんな、時だった。

 

「警報――――?」

「えっ――――?」

 

 ガラスが割れるかのような、鋭い音。

 それがしたかと思うと同時にアラートが鳴り、優奈は慌てて上空へと視線を移す。 

 

「エト、ワール……」

 

 呆然とナギがつぶやいた通り、エトワールの三個小隊。それが、アリーナの上空へと転移してきていた。

 あまりの事態に呆然としていた二人をよそに、無人機の軍団は掌に搭載されたビームカノン「ヴェイガンナー」を一斉射していく。

 

(このままだったら――!?)

 

 咄嗟に身体が動くが、もう遅い。

 どうしても庇う前にヴァイオレット・ヴェノムに光の矢が、届いてしまう。

 

 そうコンピュータが計算をはじき出し、優奈は本気で狼狽する。

 

 折角、分かり合えた。

 友達が、できた。

 

 そんな、奇跡のような出来事が起きたってのに――!

 

(ダメ……嫌だ、そんなの――!)

 

 思わず涙が溢れ、視界が滲んでゆく。

 

 だけど、最期まで見届けなきゃ。

 

 逃げないって、決めたんだから。

 

 完全に気が動転している中、それでもと、優奈が決意した――その時だった。

 

「させないッ!」

 

 優奈が出てきたのと反対側のピット。そこから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がすると同時、一機のISがインターセプト。光の弾丸は全て、その機体が構えたシールドが完全に防御していく。

 

 唐突な新たな敵機の出現。

 

 それにコンピュータの処理が追い付かなかったのか、戸惑っているかのように止まる敵機。

 

 その隙に乱入してきたIS――打鉄改弐のパイロットが、黒髪を靡かせて優奈たちのほうを向く。

 

「ナ、ギ……?」

「残ってて正解だったでしょ? 優奈。間に合ってよかった!」

 

 言うと同時、再びナギは無人機へと向きなおる。

 そうしてから右手でライフルを無人機群へと撃ちこみ、左手で優奈へと細長い、銀色のシリンダーを手渡していった。

 

「ナギ、これって――」

「早くそっちの私に、使ってあげて!」

「――分かった!」

 

 返事はしたものの、既に優奈は動いていた。

 

 なにせ貰ったものはIS用の緊急修理ユニット。

 国際規格のそれは一式軍製の機体にもコネクタは存在し、問題なくシールド・エネルギーを回復させていく。

 

 こうして、最強の眷属機は再び戦えるようになると。

 

「……ごめん。さっきは、人質にして……」

 

 そのパイロットは心底申しわけないといった風に、目の前の同じ顔をした少女へと、謝罪したのだが――。

 

「今はそんな事、どうでもいいの! とにかく、これで安全でしょ? 早く逃げて!」

 

 と、まくし立てられていった叫び声で返されてしまった。

 

「その通りだよ。あんた、戦えないだろうし早くピットに――」

「……ばーか」

 

 続けざまに、戦闘準備を整えた優奈にも説得されたが、その言葉を遮って「ナギ」は立ち上がる。

 そして――。

 

「私だって、戦えるっての」

 

 予備のライフルを構えると。瞬時加速で接近してきたエトワールを一機、光の矢で串刺しにして撃墜。

 そうしながら、続けざまに叫んでいく。

 

「四天王舐めんなよって話だって! それに無人機の弱点は、さっきまで一式軍に所属して()()私が一番よく知ってるし。でもね!」

「でも?」

「ホントは、無人機の撃墜スコアだけでもあんたに勝ちたいだけ!」

 

 満面の笑みで告げられた、そんな言葉。

 

 それに対して優奈は苦笑すると、アクシア・アルテミス時代からの武器であるビームカノンを構えながら続けていく。

 

「負けず嫌い、なんだね……ま、私もだけどさ!」

「知ってる。記憶、持ってるんだから!」

「そりゃそっか!」

 

 すっかり戦う気になっている「ナギ」と、それを認めるかたちの優奈。

 そんな二人に、ナギは呆れ笑いで告げる。

 

「……戦えるっていうんなら、文句は言わないよ。でも、危なくなったら逃げてよね、私!」

「分かってるっての。ってか、あんたこそ」

「じゃあ、話もまとまったわけだし――やるよ、皆」

 

 その言葉と共に、優奈はもう一度味方の二人を見る。

 鏡ナギ。

 かつて喪った親友と、同じ顔の少女たち。

 そんな二人と、こうして肩を並べて戦える。

 たとえそれが、別人だったとしても――!

 

「ったく、ちょっと嬉しすぎるな……こりゃ」

 

 どうしようもなく滲んでいった視界を手で拭い、優奈は呟く。

 

「生きてりゃいい事、あるもんだ……!」

 

 もう、泣いてなんていられないのだから。

 

「あんたこそ……やれるの?」

「私、四天王二機も倒したんだよ? こんな奴らに負けるほど弱くないっての」

 

 そうしてから、優奈はソードメイスの切っ先を無人機の軍勢へと向けていく。

 

「……ねぇ、優奈。確か学祭の日に攻め込まれた時も、こんな感じじゃなかった?」

「――そうだった。確かに、こんな感じで空をゴーレムが埋め尽くしてたっけ」

 

 敵の、無人機の集団を睨み据える。

 

 以前なら絶対に倒せない。

 

 そう諦めていた数だが……今の優奈には、有象無象にしか感じられなかった。

 

「やるよ、ヴァイオレット・ヴェノムッッ!!」

「蹴散らすか、アクシア・フリージアッッッ!」

 

 オッドアイとなった瞳が、煌く――。


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