篠ノ之箒は想い人の夢を見るか   作:飛彩星あっき

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あの日の記憶、そして今…

 一式白夜率いる屍と無人機の軍勢と、織斑一夏達の戦いのために用意された異世界。

 IS学園周辺だけを再現したそこの東にある、商業エリア。

 

 そこは現在戦端が開かれた場所であり、「彼女」の潜んでいる場所でもあった。

 

「ホワイトウィングだけでも、十分に戦えるか……」

 

 戦場となっているエリアから数区画離れた場所にある、映画館。

 

 ひとりしか観客のいないシアターのスクリーンには、今まさに起こっている戦闘が映し出されていた。

 「彼女」が用意した、偵察用ゴーレムからのリアルタイム映像。それを眺めているのである。

 

「都合がいいわ」

 

 そっと戦況を確認し、呟く。

 

 眷属機1機とダーク・ルプスが1ダース。そこに数機のゴーレムとエトワールの軍勢。

 

 それらを上手く戦略でコントロールし、一夏達を追い詰めている姿を見れば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 少なくとも「彼女」はそう判断していた。

 

「流石は凰乱音……元台湾代表候補生って言ったところかしら」

 

 死体となって使役されている、ホワイトウィングのパイロットの少女。

 

 その名を出して賞賛したのと、通信がオンになったのは殆ど同じタイミングだった。

 

「――いよいよ、か」

 

 通信を受け取る体勢に入った「彼女」の顔。

 それは喜びが半分、苦しみが半分といった配分だった。

 

 この通信次第でやりたかったことができる。

 それは嬉しいが、あまり話したい相手ではない。

 

 そんな事実関係が、「彼女」にこのような顔をさせる原因であった。 

 

「敵の侵攻は開始されていて、ホワイトウィング率いるダーク・ルプス隊と交戦中」

 

 素気なく「彼女」から告げられた事実を聞くと、通信の向こうにいる主――すなわち一式白夜は続けていった。

 

『とりあえずは計画通りに進行していると、言ったところかァ?』

「こちらの、作戦実行の許可は」

 

 いてもたってもいられず、尋ねてしまう。元々あまり敬意をもって接していた相手ではなかったとはいえ、今の今までは、ここまで露骨な態度を取ることもなかった。

 

 もう、一刻も早く戦いに行きたくて仕方がない。

 

 そんな感情が、「彼女」を突き動かしていたのである。

 

『分かった……なら、()()()を殺しに行って来いや!』

「――! 了解ッ!」

 

 

 だからこそ、通信越しにそう聞こえた途端。「彼女」は獰猛な笑みを浮かべ、上ずった言葉で返した。

 

『さて、俺のほうは馴染むまでもうひと眠り必要みてぇだから……後は、しっかりやれよ』

「いよいよ、あいつに会える――」

 

 通信が切れてすぐにシアター内から出て、建物の外へと向かいながら「彼女」は呟く。

 

 これでやっと、お膳立ては整った。

 

 殆どの敵はこっちに集中し、向こうにいる専用機持ちはターゲットくらいなもの。

 仕える()()()()()()()()主人からの許可は貰ったため、邪魔をする要素はすべて排除した。

 

 あまりにも都合のいい状態に、思わず口角が吊り上がった――その時だった。

 

「ここも……昔一緒に行った事のある場所……なのよね」

 

 ふと、ついさっきまで自分のいた映画館を見て、黒いローブを翻しながら「彼女」は呟いた。

 

 厳密には他の次元のとはいえ、確かにこの建物については()()()()()()()()()()()()()

 

 確かあの時は、二人して観たいものが全然別で、それであいつが折れて――。

 

「――ッ! また、だ……!」

 

 ふと、そこまで考えた瞬間。突如として勢いを増していった頭痛のひどさに、「彼女」は呻く。

 

「違う、あれは、()()()()()()()()()

 

 生まれてこの方ずっと痛みを抱えていたし、多少の痛みならもはや感じないようなものと言っても過言ではなかった。

 

 とはいえ、持っている記憶にアクセスする度に一時的に強まってしまう。

 

 にもかかわらず、どうしても無意識のうちに過去がフラッシュバックする。

 

 そんな自分自身が「彼女」は、嫌いだった。

 

「まぁ、いい……どうせもう少しで、終わる」

 

 そう、もう少しでこんな自分とは別れられる。

 

 仮にそれがどうあれ――もはや、その点だけは決定事項と言ってもいい。

 

 だから、今は急いで向かう。

 

 それだけしかない。

 

「いくよ……」

 

 先ほどまでの苦悩を振り払うように、そっと右手に身に着けた待機形態――ミサンガに意識を集中。()()()()()人の姉が作った機体をその身に纏う。

 

 毒々しい紫色に彩られた禍々しい外見の機体――眷属機ヴァイオレット・ヴェノムを。

 

「よし、やるか……」

 

 言葉と同時、悪辣な貌の描かれた仮面を展開し被る。

 そうしてからコンクリートの地面を蹴って連続瞬時加速。()()はできなかった高等技能で、瞬く間に戦場へと迫りくる。

 

 これだけの速度と、急襲という状況的な有利。それらを合わせれば、どんな敵でも対応は困難だ。

 そう判断した結果、このような戦術をとったのである。

 

「――見つけた!」

 

 突然の乱入に戸惑う敵の、専用機の集団。その中にいた少年が駆る、白いIS。

 それを見つけると、「彼女」は仮面の裏で口角を吊り上げ、獰猛な笑みを形作る。

 

 いい、そのまま戸惑っていなさい――あと数秒だけ。

 

 そんな言葉を飲み込むと同時、非固定部位のバインダーから捕食用のワイヤーアームを展開。僅かに躱し損ねた少年の機体、その非固定部位の翼の先端を貪り食らっていった。

 

 数秒して、紫の機体もまた一撃必殺の力と次元移動を獲得。

 二つの能力を得た途端、力の限り「彼女」は叫ぶ。

 

「花鳥風月――発動!」

 

 昂る声で、これからすぐに起こるであろう戦いに想いを馳せながら、「彼女」は次元転移能力。その名を叫んで発動させていく。

 

「待っていなさい……()()

 

 最後に静かにそう呟き、その身体は完全に粒子となって消失。この決戦の舞台からは姿を消していった。

 

 「彼女」は、元IS学園1年1組の生徒の死体。それを使って生み出された偽骸虚兵。

 

 地獄のような戦いに巻き込まれ、死んでからは一式の偽骸虚兵にされ使役された少女の成れの果て。

 

 その、名前は――。

 

 

 医務室に戻る途中、廊下の端にある休憩スペースへと立ち寄ってベンチに座る。

 やはり、まだ少し体が痛んで仕方がない。

 

「ちょっち無理……したかな……?」

 

 そう言いつつ、さっき激励した相手の事を思う。おそらくはもう、この次元にはいない頃だろうか。

 

 早く戻らないと、あいつが安崎を倒す所拝めないかもなぁ……なんて思っていた。

 そんな時だった。

 

「あれ? 優奈……どうしてこんなとこに?」

 

 ふと入口の方から、親友だった子と同じ声。

 懐かしさともどかしさで胸が苦しくなってしまって、まだ慣れない声。

 それが、聞こえてきた。

 

「ナギ……あんたこそ、まだ学園に残ってたんだ」

「専用機持ちだからね、これでも。雑用係として残る事にしたんだ」

 

 私のすぐ隣へと座ってくるナギ。そんな子と私の距離は、良く知っているあいつと同じくらいの近さだった。

 

 その事実と、今の彼女がやっている仕事の内容が呼び水になったんだろう。

 

「昔も、よくあんた――いや、私が良く知ってる世界の、だけどさ……」

「優奈の世界の私が?」

「こんな風に、色々と手伝ったりしてたのを思い出したんだよね……あちこち転戦しているときに、さ」

 

 気づけば、無意識のうちにそんな風に口にしてしまっていた。

 

 少しは本当のことを言ってもいいかな……なんて気持ちがなかったかと言われると、嘘ではないんだと思う。

 

 だけどまさか……あっさり口にしてしまうとは、正直自分でも思わなかった。

 

「いろいろって?」

「例えば親しい子を亡くした子への心のケアとか避難……誘導とか」

 

 向こうから尋ね返されて、やはり無意識のうちに吐き出してしまった言葉。

 

 それが、自分で自分を苦しめる要因となってしまう。

 

「避難誘導?」

「うん。追い返した地域の生き残った人たちを逃がしたりも、してたから……」

 

 そんな仕事も、私達IS学園はやっていた。

 

 戦闘後の街での救助作業や生存者をより安全で防備のしっかりとした場所――もっとも連中の強さは異常だったから、焼け石に水だったけれど――へと送り届ける。

 そういった作業に携わっていたのは専用機持ちだけではなく、一般生徒もだった。

 

 だけど。

 

「けど、何処に行っても歓迎なんてされなかったっけか……」

 

 そう。

 国内外を問わず、私達を待っていたのは罵倒と白眼視だった。

 

 なにせあいつ――元凶はIS学園に通っていた。現在進行形でISを使っている。

 それは疑いようのない事実。

 だから、手っ取り早い矛先として私達の方へと向けられたんだろう。

 

「お姉ちゃんが生き返らせたんだから、私に向けられるのは分かるんだけどね。でも……皆まで巻き込まれるのは、凄く複雑な気がしてた」

 

 そう、私に悪意が向けられるならまだ分かる。

 神崎零があれを蘇らせたのは知れ渡っていたし、私が妹だってのも、周知の事実みたいになっていたんだから。

 

 でも、専用機すら持っていない皆まで迫害されるのは、絶対に違う。その思いは今でも変わらない。

 

 あの日なんか何の関係もないナギにまで及んで、頭に石を投げられて、それで――。

 

「きっと私だったら、しょうがないとか言っちゃいそうだなぁ……」

 

 そんな折、ナギの言った言葉。

 

 それは――。

 

『――しょうがないよ。私達はIS学園の生徒――ISを使う側、なんだもの』

 

 あの日の夜。

 避難誘導を終えた後、医務室で乾いた笑いとともに。

 頭に包帯を巻いたナギが言った言葉に。

 あまりにも。

 そっくりで。

 

「何だよ……それ、そんなの、理不尽じゃない!」

 

 気づけば、あの日と一字一句同じ言葉を叫んでしまっていた。

 

「あ――ごめん、なさい……」

「……こっちこそごめん。なんかデリカシーない事言っちゃって……」

「悪くない、あんたは悪くないから……その、私が勝手に思い出して、つい叫んじゃっただけ……」

 

 一気に気まずい空気が流れ込んできて、しばらくの間は互いに黙ってしまった。

 時おり嫌にお互いが缶ジュースを飲む音が響く中、ついついある事を考えてしまう。

 

 ――ずっと、心のしこりになっていたモノを。

 

「ひょっとしたら――」

 

 あの日、別れ際に聞かされた質問について話してもいいかもしれない、と。

 ここまで似てるなら、あの日の問いに対しての正しい答え。

 

 それを、教えてくれるかも――。

 

「何か聞きたい事、あるの?」

 

 聞いたら楽になれるだろうか。

 

 そんな風に思っていると、願ったり叶ったりといったタイミングで、向こうから心配そうにそう尋ねられる。

 だが――怖いという感情が、私の邪魔をする。

 

 あの問いに対する選択肢はふたつにひとつで、しかもどっちも辛い選択。

 一応捻りだした答えはあるけれど……もしナギが、その答えと反対の方を口にしたら――。

 そう思うと、怖くて堪らない。

 

 だから、私は。

 

「……こっちのあんたも、実家は寿司屋なわけ?」

 

 結局は別人なんだから、話す事じゃない。

 

 そんな嘘で自分を誤魔化して、どうでもいいことを尋ねる風を装うしかなかった。

 だけど、どうも見抜かれてしまっていたようで――。

 

「嘘、下手過ぎない? まだ会ったばかりの私でも、そう思っちゃうくらいにはさ」

 

 とだけ、苦笑交じりに帰されてしまった。

 どれだけ時間がたっても、こればっかりは上手くなれなかった。

 

 もう少し上手かったら――。

 

「まぁ、言いたくない事なんて誰だってあるもんだよね。それなら、言いたくなった時でいいよ。その時はその……力に、なるから!」

 

 一人悶々と、考えている中。

 ナギが私の肩に手を置いてそう口にすると、出口の方へと向かっていく。

 

「――ッ!?」

 

 さっきまでの話のせいだろうか。

 

 その後ろ姿が、私の世界のナギと別れた時のそれと被って――。

 

「――あのね!」

 

 そう考えると怖くなったことと、ナギ本人からついさっき聞かされた言葉。

 ふたつの要素が重なり合った結果、いてもたってもいられず叫ぶ。

 

 直後、振り向いたナギに――ずっと引っ掛かっていた問いを、放った。

 

「私の世界のナギに聞かれたんだ。自分が偽骸虚兵になっ――」

 

 しかし、その言葉は最後までナギには届かなかっただろう。

 

 私がついに言おうとした、その瞬間。

 

 ちょうど私とナギの中間あたりの壁が破壊され、轟音が鳴り響いたのだから。

 

 そしてすぐさま、一体のISがその姿を現す――まるであの日と同じく、私とナギを引き裂くように。

 

「眷属機、ヴァイオレット・ヴェノム……!?」

「こいつは預かったわ。返して欲しければ、第一アリーナで私と戦いなさい」

 

 呆然と呟いているその隙に、奴は非固定部位の触手でナギの腹へと殴打、気絶させるとそのまま抱えだす。

 それから、仮面に覆われた顔をこっちへと向け。

 私に挑戦状を、叩きつけてきた――。


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