四天王と名乗る、見たこともない敵の新型機四体。
そのうちの一機であり、優奈の姉――神崎零の偽骸虚兵の駆る、ダーク・ルプスの強化型のような機体。
あまりにもえげつない姉妹対決が、目に飛び込んでいく。
「優奈ぁッ!」
確かに神崎優奈という少女は、あまりよく知っている相手だったとはいえない。
だが、一緒に戦った仲間がこんな風に外道の手にかかる光景は、とてもじゃないが見ていられなかった。
だから、私はいてもたってもいられず叫んでしまった。
「くそ……また、またこうなのか!?」
まだ少し疲労感の残る中、悔しさに歯噛みしながら呟く。
打鉄は、今この場にない。
紅椿を意識の力で展開することも考えたが、とうていもういちどは無理だろう。自分が一番、その事についてはよく分かっていた。
つまり、専用機はいま私の手にはなく。
戦うなんて、とてもじゃないが不可能であった。
「いつだって……いつだって、そうだ!」
悔しさは勝手に口を動かしていき、気づけば叫んでいた。
そう、いつだって私は戦いたいのに、戦えない。
前の世界のクラス対抗戦の時に、初めてゴーレムが襲ってきたとき。専用機がないから戦えなかった。
学年別タッグマッチ、ラウラがVTに捕らわれたとき。すでに打鉄のシールドエネルギーが尽きていて戦闘続行できなかった。
最終作戦の際、鈴が目の前で殺されていくのを眺めていたとき。花鳥風月を使っていたために、指のひとつも動かせなかった。
そして――先ほどまで、奴が奪い取った脱出艇の中で捕らわれていた時!
いつだって、いつだってそうだ!
みんなが苦しむ姿を見たくないのに! 私だって戦いたいのに!
それなのに、置いてけぼりにされてしまう!
「紅椿さえ、あれば……ッ!」
悔しさに思わず、口に出してしまった――刹那。
目に飛び込んできたのは、目の前でISを纏っている楯無さんの姿。
槍を構えて警戒態勢を怠らないあの人の姿を見た途端、疑念は、確信へと変わっていった。
「いや……紅椿は、ここに、ある……」
この世界にはないはずのミステリアス・レイディを、同じくこの世界ではロシア代表でもなんでもない楯無さんが装備している。
それの意味することは、ただ一つ。
一夏はこの世界に、かつての私たちが愛機としていたISを持ち込んでいる!
そう思った瞬間、気づけば私は詰め寄っていっていた――私たちの世界で、最初に見つかった男性操縦者の少年のもとへと。
「一夏、私の専用機を……紅椿をもっているだろう!?」
「……持っていたら、なんだって言うんだ?」
「こっちに渡せ!」
ビルの屋上のコンクリートの上で横になったまま、目を覚まさないままの鈴。
病に伏せった身体に鞭打ち、今も槍を構えて私たちを守ってくれている楯無さん。
間違いなく一夏が出どころの専用機を持っている存在達に視線を移してから、詰問する。
どう考えても都合よく、紅椿だけ持っていない――そんな馬鹿な事はないだろう。
「――そんなものは、持ってはいない」
「嘘だッ!」
そう思っていたからこそ、一夏の白々しい答えに声を荒げて返してしまった。
私の知る一夏は危機的状況で、ここまで稚拙な嘘をつく男じゃなかった。
なのに、なのに……!
「……あぁ、本当は持って来ているさ! だけど、今のお前に、俺は――」
私の態度に腹を立てたのだろう、あいつは顔を真っ赤にしてそう叫ぶ。
そうやってまた、お前は――!
一瞬そんな考えがよぎり、頭にくる感覚がしたものの……すぐにこいつの考えに思い至ってはっとする。
そうだ、こいつからしたら――いや、誰だってそうだ。親しい人間が目の前で死ぬところなんて見たくないに決まっている。
それが一度死別し、奇跡的に再会したとなれば尚更だろう。
だからこそ、勝ち目の薄い戦いに放り込むような真似をしたくない。そんなものは、体の良い自殺に他ならないのだから。
そう考えれば、別に一夏の考えが分からないとは思えなかったが。それでも、私は――!
「なぁ、一夏。このままここにいたって、どうしようもないと私は思うんだ」
「それは……」
薄々こいつも気づいていたんだろう、こちらの指摘に対して一夏は言葉を詰まらせていった。
このままここで粘り、守りに徹していたところで事態が好転するはずもない。遅かれ早かれ四天王と称する機体に圧殺されるのがオチだ――
「お前が守りたいものがあるように、私にだって皆を助けたいって気持ちがあるんだ。それに第四世代なんだ、全くの役に立たないってこともないとは思う」
「箒……」
そんなこっちの言葉に、一夏はしばらく黙ってから――。
「いち、か……?」
「……紅椿は、戦闘データを得て強くなる機体だ。おまけに一度死というかたちで敗北を経ている以上は、凄まじい強さのアップデートが行われていたっておかしくはない。もう……それに賭ける以外の方法はない」
奴から投げ渡された紅の紐を受け取っていると、言い訳がましい言葉を投げかけられて――思わず、微笑が漏れてしまう。
なんだろう、上手くは言えないが……こいつはこんな奴だったな――なんて、思わずにはいられない。
「ありがとう、一夏!」
「いいから行くなら早く行け」
確かに、一夏の言う通りだった。
四天王機と闘う皆は、そのどれもが非常に苦戦している最中。
このままではそう長くないうちに均衡が崩れ、墜落してしまうのは目に見えていた。
これは――急ぐしかあるまい!
「久しぶりだな、紅椿……」
一夏から私の手に渡った待機形態の紐。それを手にして呟く。
あの日から随分と時間がかかってしまったが……無事、私の手元に戻ってきた。
「よし、あとは――!」
一度目を閉じ、精神を集中。
臨海学校のあの日からの戦闘を、いちどすべて思い返していく――感覚を、少しでも取り戻していくために。
そして最後に、落ち着くように深呼吸をしていくと――。
「いくぞ、相棒っ!」
叫ぶと同時、何度もそうしてきたように紐へと意識を集中。
すると、すぐさま眩い光が包み込んで――。
「はぁぁぁぁぁッ!」
次の瞬間、私の身体には再び真紅の装甲が覆われていく。
そしてそれと同時、圧倒的な出力をすべて利用して戦場へと瞬時加速にて舞い戻っていく。
「待っていてくれ、みんな!」
改良した打鉄ですら比較にならないほどの、圧倒的な大出力。
それを利用して、一気に距離を詰めていく。
ネクロ=スフィア展開などではない実物な以上、憂慮すべきものはシールド・エネルギーのみ。
これでもう、時間を気にせず戦える!
そう、思っていた時だった。
「箒! そっちに一機いった――!」
近くにいたシャルロットの声が聞こえてきて、咄嗟に回避行動をとった――次の瞬間。
あまりにも強力な、まるで自然現象のそれと見紛うほどの電撃。
その軌跡が、紅椿のすれすれの位置をスレスレの位置を通過していく。
「……まさか!?」
「第四世代機。排除開始」
黒いIS――モニタの表示を信じるならば、眷属機ブラックリヴェリオンという名のようだ――が飛来。スリットから電撃を放出。
そんな姿が、目と鼻の先にあった。
怒り顔の描かれた仮面からは、やけに無機質な声が漏れていく。
どうやらこいつは、最新鋭機を排除するように命じられているに違いあるまい。
だからこそ、第四世代機を駆るシャルロットと私は狙われた。
つまり現状、ほかのところへの加勢はブラックリヴェリオンを別の戦場に連れて行ってしまうことに他ならない。
ならば!
「シャルロット! ともにあの機体を倒すぞ!」
「分かった!」
私が空烈を、シャルロットが旗を構え、それぞれの先端をブラックリヴェリオンへと向ける。
ここに、二機しかいない第四世代機と、奴の最高傑作と思しき四天王機。
その戦いが、幕を開けた。
「無人機包囲陣、展開。排除開始」
誰も見たことのない領域の戦闘。
その初手は、敵からだった。
奴はいきなりそんな言葉を口走ったかと思うと、強烈な光が私たちを取り囲むように発生。
晴れると同時、四方八方をゴーレムが埋め尽くしていく。
「今更ゴーレム、だと……!?」
「それよりも、こんな戦術さっきはやってなか……来るよッ!」
「Code『Break SwordR3P2』――発動」
抑揚のない声でつぶやくと同時、ブラックリヴェリオンは思いもしなかった行動に出る。
なんと、自身の展開した剣で、直掩機のゴーレムを真っ二つにしたのだから。
「何を……!? ぐぅぅぅっ!」
あまりの事態に困惑していたが、すぐにその答えは知れた。
いきなり発生した爆発が紅椿の非固定部位に直撃、いきなりシールドエネルギーを減らしにかかってくる。
原理はわからんが、これは――間違いない。
あの機体……いや、あのブレイクソードなる剣は、味方一体を犠牲にすることで、対象座標に爆発を起こす。
正確なところはわからないが、似た能力であるのは間違いあるまい!
「だったら!」
シャルロットもそこのところは把握していたのだろう。
一気に剣を展開すると同時、自機の周囲へと円を描くようにして展開する。
そして――。
「はぁぁあぁぁあああっ!」
叫び声と同時、一気に投擲。
囲んでいたゴーレムの軍勢を、一気に破壊してコストを払えない状態に追い込もうとする――が。
「く、まだいるのか……!」
確かに、目論見通り破壊はできはした。
だがブラックリヴェリオンは何事もなかったかのように再びゴーレムを展開。
しかも今度は遠近とか武装に一定の緩急をつけ、一気に全滅させないような配慮までなされている。
「こんなの、キリがない!」
「だったら、本体を狙うしかあるまい……!」
「無人機の牽制は僕が! 電撃には気を付けて!」
シャルロットからの言葉に頷くと、並行して瞬時加速。いっきに敵の本陣へと斬りかかりに突撃していく。
奴はそれに対し、右腕のクローユニットと新たに手に持ったランスメイス。それらを用いた独特の構えで迎撃に入る。
そして、ドラゴンの翼めいた非固定部位の中間部にある、スリットを開放すると――あの、強烈なまでの電撃を放ってきたのである。
「――ッ!? それを、使ってくるか……!」
あれに当たったが最後。第四世代すらあっさりと負かす「何か」を秘めているのは、今までの光景を見れば分かることだ。
だが――。
「当たらなければ……何する、ものぞ!」
躱してしまえば、何の問題もない!
そう判断し、一瞬だけPICを切って下に落ちる。
かつてイギリスで無人機にやられた事をそのままやり返し、電撃を潜り抜ける。
そしてすぐさま上へと瞬時加速し、刀を構えた――その瞬間だった。
「Code『Cipher GalaxyR8C1』を起動」
敵の宣言と同時、開いたままとなっていたスリットから今度は虹色の光線が放出。
何をやってくるのか分からず警戒していたが、次の一手は私の予想とは何もかもが違っていた。
だって、その光を浴びせる相手は――。
「ゴー、レムに……!?」
シャルロットが呆然と吐いた通り、奴は不可解な光線をゴーレムへと浴びせかけていったのだ。
なぜ味方に――! 何をする気なのだ!?
そう思った瞬間の出来事だった。
ゴーレムは光を浴びると同時、その機体の形状を一気に変貌させていったのである。
そして、最終的には……。
「ブラックリヴェリオンが――」
「二体になった!?」
「驚くのは、まだ、早い」
だが、奴の言う通り。
驚くのは本当に、そこだけではなかった。
敵の機体の出力が、なんと――。
「二倍になっている、だと!?」
見間違いか、センサーの故障かと最初は思った。
だが、奴の自信に満ちた声音はそれをバッサリと切り捨てていく。
どうやら、あの分身が出ている限り――ただでさえ二体になって厄介なのに加え、攻撃力は倍加するという事かッ!
「シャルロット!」
「分かってる、無人機と分身は僕が!」
叫んで意思疎通を図ると、シャルロットは旗を構えてスラスターを全開にして接近する。
分身はあの電撃を放てないのだろうか、不思議なことに奴は、目と鼻の先に敵が近づいてくるまで何もしないでいた。
だが、もうシャルロットの方に意識を向けている暇などない。
なにせ――。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」
私も、奴と闘わなければならないのだから!
瞬時加速と同時に、二刀流の構えを形成。本物のほうのブラックリヴェリオンへと迫る。
そして、奴の構えたランスメイスと私の刀の、二つの得物がぶつかり合おうとした。
その、瞬間だった。
「蹴り――!?」
今まで武器と単一仕様能力――つまりはISに頼っていた戦い方からは想像ができない、肉体を活かした攻撃。
鋭く風を切る蹴りが下から振り上げられ、空烈が叩き落とされてしまった。
間違いない、この肉体凶器としか言いようのない攻撃――!
タイ代表候補生……。
「ヴィシュヌ……ッ!」
名前を言い当てたと同時、苦し紛れに放ったガルム――かつて収納したままにしていたものだ――を放ち、仮面を叩き割る。
果たしてそこには、かつてIS学園の脱出艇に派遣された、仲間だった少女の顔があった。
首筋から頬まで伸びる一文字の傷跡は、死んだときにできたもの。
一式に斬られ、あいつは専用機のドゥルガー・シンごとインド洋に沈んだはずだったが――!
「篠ノ之箒、殲滅する」
「無理に偽骸化した弊害か……!」
幸か不幸か。
ヴィシュヌの死体は損傷が激しく、あまり出来の良い偽骸虚兵にはならなかったようだ。
片言で抑揚のない声は、とても人間のものには見えなかった。
タイ代表候補生、ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシー。
ほんの僅かな時間しか一緒にいなかったものの、思慮深く仲間思いの彼女には多くの生徒たちが助けられていたのを覚えている。
その中には優奈やシャルロットといった専用機持ちもいた。
そして、その中には私も――だからッ!
「お前の身体は、私が……私が、休ませてやる!」
決意とともに叫んだ――その瞬間。
奴は再びスリットを開き、電撃攻撃を放たんとする。
「まず――!?」
だが、それと同時に。
紅椿が、新たな力を発現させていくのであった。
展開装甲が次々可変していき、五つの装甲板が防御シールドのように前面にせり出すと――電撃を、完全に無効化していった。
『戦闘経験値、一定以上に達しました。新装備『五光』構築完了。敵機がこちらを対象に単一仕様能力を発動した場合、その発動と効果を――』
「無効に、するッ!」
新たな武装が完成した途端、流れてきた電子音声。
その先を読み上げるようにして叫んだ前後、五光を収納してブラックリヴェリオンの胴体へと刀身を滑り込ませていく。
「させない」
片側はランスメイスに防がれるが、その力はあまりにも高く、紅椿であっても押され気味だった。
無理もない、敵は分身を作ったとたんに戦闘能力を倍加させているのだから。
むしろここまで対抗できている、第四世代が異常という話であった。
「く、だ、だが……どうすれば!」
「箒、今だ!」
しかし。その鍔迫り合いはあっさりと決着がついた。
シャルロットの叫びとともに、爆発音が背後から鳴り響く――すなわち、分身の素体となっていたゴーレムが撃墜されたのだ。
直後に、眷属機ブラックリヴェリオンの出力は半減。元の数値へと戻っていく。
これならば、いける!
「はぁぁぁぁぁッ!」
たとえ別の魂が入っていたとしても、間違いなくかつては私たちの仲間だった少女。
それを殺すのは、ただ何も考えずに無人機を壊すのとはわけが違う。
だからこそ気合を入れ、迷いを断ち切って、それから攻撃。
漆黒の闇より現れた死体人形を真っ二つにして、その役目を終わらせていく。
「すまん、ヴィシュヌ!」
顔に斜め一文字の傷が入った、緑髪の少女へと謝罪すると同時。
展開装甲を可変させて推力にすべてを割き、安崎のもとへと跳んでいく。
ヴィシュヌの死を悼みたい気持ちも間違いなくあったが、まだ戦闘は続いている。
すまん、許してくれ――今はッ!
「優奈ぁッ!」
シャルロットにブラックリヴェリオンの置き土産である無人機を任せて、必死にスラスターを噴かせて優奈のもとへと向かっていく。
今にも地面に墜落しかけていた少女を抱きしめた途端、ギリギリの位置を荷電粒子砲が通過。
それを躱そうと、無理に機体を動かしていった衝撃で右腕が千切れ、断面からはいくつかのスパークが迸る。
幾ら元凶の妹だとはいえ……こいつ、こんな身体になってまで戦う事を選ぶだなんて……。
「ふざけるな、俺のダークルプスレクスが、零が……こんなクソ女なんかに!?」
「安崎裕太、貴様……!」
「零だけじゃねぇ、ヴィシュヌまで……!」
まるで駄々をこねる幼子のようでありながら、邪念を隠しもしない元凶。しかも、私の想い人と同じ顔をしているのだから始末に負えない。
そんな歪な存在に対して、怒気を含んでその名を叫び刀の切っ先を向けた――その時だった。
「ぐっ、なんだ……急に、ぐぁぁぁっ!」
「何が起こっている……?」
いきなり安崎は頭を抱えだしたかと思うと、足元から徐々に粒子となって消失していったのだ。
どういう事、なのだ? これは……!?
全く私には見当がつかないが――どうする、べきだ!?
「この、お前、これはどういう……がぐぁぁぁぁぁぁっ!」
悩みに悩んだ結果、優奈を地面に降ろしてから突撃しようとした――その途端。安崎は最後に異常な大声で喚くと同時に粒子となって消失。
ふと周囲を見てみると、四天王の残りの二機も完全に姿を消していた。
「消、えた……のか?」
あまりの事態に、流石のわたしも戸惑っていると……。
『作戦大成功! 箒ちゃん、すぐそっちに行くから待っててね♪』
「え、ね、姉さん……!?」
オープンチャンネル越しに静かになった東京の街の中で。姉さんの声が響き渡ったのであった。
◆
「まさか神崎達は、別世界の姉さんとも会っていたなんてな……」
第一アリーナのピットへ向かう道の途中で、さっきまで一緒にいた
優奈達が花鳥風月を使った最終作戦の後、飛ばされたという異世界の別惑星。そこで出会った姉さんこそ、昨日私達を助けてくれた存在に他ならなかった。
彼女は白式とアクシアの転移のデータを用い、コアを必要としない新たな転移システムを構築。二人を助けるべく、こっちの世界へと急行したのだった。
おまけに――。
「牢獄閉鎖次元の構築……か。とても私には思いつかない作戦だな」
そう、安崎達は今はこの世界にもいない。元の私のいた次元にもいない。
今奴がいるのは、異世界。
それも三人目の姉さんが安崎を倒すために構築した牢獄の世界であった。
安崎殲滅作戦「ディメンジョン・エリミネーター」。
IS学園とその周辺だけを再現した安普請の次元。
被害を気にする事なく戦え、また逃げ場のない場所。
そんな便利な戦場を仕立てあげてから、専用機持ちを中心とした戦力を送りこんで倒す。
とはいえ、奴も奴で次元転移能力を持っている。その発動に必要なコアを造られるまでに、出来る限りの準備をしなければならない。
今までの安崎の生産ペースから推測される準備期間は一週間。すでに三日が経過しているため、残り四日。その間に準備を出来る限り早く終え、倒す。
そのために皆が整備室で新装備のシミュレーションや最終調整に追われる中、やや離れた場所にある第一アリーナのピットにて、一夏は黙々と一人で作業をしていた。
最終決戦に向けて、白式に新たな装備を追加しようという事だったが――。
「な、なんだこれは……!?」
中央に置かれた白式の状況がピットに入るや否や飛び込んできて、ついつい私はそんな声を上げてしまった。
なにせ、そこにあったのは
腰アーマーにはブルー・ティアーズのビットが。
非固定部位には打鉄弐式のミサイルポッドとシュヴァルツェア・レーゲンのカノン砲。
それに――。
「衝撃砲……?」
そう、非固定部位にはまだ他にも、甲龍の衝撃砲までもが搭載されていたのであった。
だが……なぜ? と、悩んでいた時だった。
死角になっていた位置からツインテールの端がひょっこりと見え隠れし始めたかと思うと、鈴その人がすぐに私の傍まで駆け寄ってきたのである。
「どう? あたしも手伝った、フルアーマー白式は!」
「鈴! これっていったいどういう……」
「あたしがくれて――いや、返してやったのよ」
親友が言い放った言葉は、私をフリーズさせるには十分な威力を持っていた。
なぜ……あれだけ専用機を欲しがっていたお前が?
「あー……それなんだけれどねぇ……やっぱさ、思ったんだ」
「思ったって、何を?」
「こんな形で、棚ぼたで専用機持ちになるよりさ……自分の力で取ってみたいって」
「……! そう、か……」
もう長い付き合いだというのに……言われてはじめて、こいつの性格を再確認させられる事となった。
そうだ、欲しいものは自力で手に入れる。凰鈴音という少女の魅力的なところだ。
そこだけはどっちの世界でも変わらず持っていて、今はそんなこいつの長所が、なぜだかいつもより輝いて見えた。そんな気がした。
「それじゃ、あたしはもう用が済んだわけだし……またあとでね!」
「ああ、じゃあな鈴!」
こうして鈴が去っていくと、しばらくのあいだ沈黙が続いていく。
しかも間の悪いことに白式の改造に関しては終わっているらしく、一夏はすぐに白式を待機形態のガントレットに量子格納して装着。
結果として静寂が訪れ、機械音のひとつすら発生しないときている。
正直、こんな状態のままふたりっきりだと……嬉しいやら悲しいやらで、おかしくなってしまいそうだ。
何か話さなければ――と、思っていた時だった。
「なぁ、こっちの篠ノ之神社でも、夏祭りってやるのか?」
「夏祭り……」
唐突に語りかけてきた一夏の言葉に呆然とした私は、ついついおうむ返しにその単語を口にしてしまっていた。
篠ノ之神社の夏祭り。
その時の記憶は、全てを思い出した私にとっては何よりも大事な記憶だった。まだ安崎によって世界が壊される前、あの私達だけの秘密の場所で見た花火。もう絶対忘れたくない記憶。
だってあの日、あの空の下で私は――。
「箒?」
「あ、あぁ! もちろん、こっちの世界にもあるぞ! 同じ時期にな。もちろん花火だってある!」
「そっか……」
聞きたいことだけ聞いて満足したのか、それとも考える時間がほしかったのか。
この後、数分にわたって静寂の時間が続いたあと、しばらくしてから一夏は口を開くと――。
「……箒。この戦いが終わったら、あそこでまた一緒に花火を見ないか?」
「あ、ああ……もちろん、いいぞ」
「って、ちょっとこれじゃ死亡フラグっぽいな……」
苦笑しながら言ってきたそんな台詞は、あまりに相変わらずとしか言いようがなかった。
どこか空気が読めていなくて抜けている。そんなこいつにどれだけ私や皆が振り回され、ため息を吐かされたことか……。
昔だったらきっと手を出してしまっていたし、現に今も拳を少しだけ強く握ってしまっていたが……。なんだろう、あんまりにも変わっていない事が嬉しかったから、それは勘弁してやることにした。
「それじゃあ私はこれで、作戦まで一人で待機し」
そう言って、ピットを出ようとした――その時だった。
「あの日! 言いそびれた事って何だったんだ?」
「――い、ちか……?」
憶えてくれていた!? そんなところまで、きちんと!
そう認識した途端、心臓の鼓動が急激に早まっていくのが自分でも分かった。
あれから今日までいろいろなことがあり過ぎたから、記憶の片隅に押しやられていても文句など言えはしまい。そう思っていたのに、きちんと大事にしてくれていただなんて――!
泣きたくなるくらいに嬉しくて、急激に目頭が熱くなっていくのを必死でごまかす。
そんな私の都合などお構いなしに、一夏は続けるように口を開いていった。
「ずっと気になってたんだよ。二学期も、あの世界での戦いのときも、そして今も……ずっとな」
「ほんとう、か……?」
「ん? ああ、勿論な」
まったく、この朴念仁め……相変わらずだな!
なんて、前だったら絶対に思っていた事を務めて考えるようにしたものの、それでもやはり鼓動は早くなり、だんだんと息苦しくなっていって――。
だから、私は。
「だったら! 終わったら教えてやる! これなら、絶対に気になって生き残れるだろうからな!」
この場にいられなくなるほど鼓動が高まる中。
何とか口が回る程度に鼓動を抑えて口にすると、ピットから逃げるように出て行ったのであった。
◆
顔を真っ赤にさせた箒がピットから出て行くのを確認してから。
通路の角から、ひょこっと出ていく。
「なーに二人して死亡フラグ立ててんだか。正直どうかと思うぜ?」
「優奈……」
「よ。向こう出て行って以来だね、二人きりなるのは」
同じ異世界人に対しひらひらと手を振り、出来る限りフランクに話しかけてやる。
その顔にはどこか安堵の表情があって、なんだか私の方が面喰ってしまう。
まぁ、ふたりきりで過ごした時間も長いわけだし……なんて、ちょこっと思いながら。
「悪い、ドジった。機体がああなっちゃ戦えないわ」
手にしたボトルを手渡しながら、私は笑って告げていった。
もはや非戦闘員に成り下がった私が喉を潤すよりも、これから世紀の大勝負が残っている奴が飲んだ方が絶対にいい。
「……身体はどうなんだ?」
「見ての通り大丈夫だっての。目のほうも、束さんが予備を持ってたから元通りだし」
パチパチわざとらしくウィンクをしながら、アピールして。
それから。
「でもまぁ……ちょっと、傷は残っちゃった。見る?」
「バカ言うなよ。女の子が肌をチラチラ見せてくるモンじゃないって」
けたけた笑ってからかってやろうとしたが、こういうとこは案外真面目なヤロウなんだよなあ……。
真顔でそう返されてしまっては、流石に捲し上げようとした服を戻さざるを得ない。
ちなみに「ちょっと」なんて言ったけど、割とやせ我慢で。
ホントは結構ぱっくりといっていたらしく。
大きく、痛々しい傷痕が残る形となってしまった。
「これじゃあもう、水着なんて着れないなぁ……なんて」
とはいえ助かっただけでも儲けものだから、文句は言ってられないのかもしれないけど。
「お前は本当に良くやってくれた。本当は俺がもっと早くあいつらと――」
「そういうのはナシにしない? タラレバ話すと、その……きついじゃない!?」
ひらひらと手を振って、一夏の言葉を遮る。
考えればきりがない上に、場所も時間も選ばない飢えた猛毒。
そんな不毛なモンを飲もうとしているヤツがいたら、止めてあげるのが戦友ってモンだろう。
「それにしても、代わりに俺がやれたら――」
「箒は自分が斬るんだって譲らなかった癖に。そんなアンタなら、分かるんじゃない?」
「……ああ」
「私、自分でやれて満足してるんだ……安崎殺すのは、あんたに譲るよ」
お姉ちゃんの身体をあの下衆野郎から解放できたのは、私の中では大きな意味を持っている。
客観的に見たって、四天王のうちの一機を倒したんだ……代表候補生でもないのにと考えたら、よくやった方じゃない?
「いいのか?」
「この身体で戦場に立てっての?」
正直我慢してるが、割と痛い。
こんなになる前の私だったら確実にギャン泣きしてるわ、これ。
「その代わり確実に、この目で拝ませてくれよ?」
目を直したの、そのためだし!
なんて、強がって言ったのがまずかったんだろうなあ……嘘、あんまり上手じゃないし。
その後は沈黙が続いて、なんだか言った私の方が気まずくなってしまって。
「いいISだね、白式」
ついガン見していた一夏の愛機に対する感想を、口にしてしまう。
今時ブリュンヒルデの真似事とかきついだろ、欠陥機だろ――なんて、昔は思っていたけれど……。
今はその白い鎧が、実に頼もしく感じる。
「お前のアクシアも、いい機体じゃないか」
「えへへ、お褒めに与り光栄でございます」
目の前の少年が私の返しに笑いだして、つられて私も笑顔になってしまった。
ああ、こいつといると少し気が晴れる――なんて、思っちゃって。
つい。
「あの、さ」
「なんだよ」
こんな時だってのに。
答えなんて、分かり切ってるのに。
「私と付き合わない?」
人恋しさに衝き動かされて。
こんなバカげた言葉を、口にしてしまっていた。
「……ほらさ、向こうの世界から生身持ってきてるのって私とあんただけじゃん、もう」
ホント何言ってんだろ私、なんて思いながらも。
言い訳がましい言葉を、口が勝手に紡ぐ間。
あいつはずっと黙ったままで。
「なぁんて、冗談ですよーだ。笑えた?」
「優奈……お前……」
「んだよ、人がせっかくリラックスさせてやろうと――」
『みんな! 転移する準備ができたから、すぐ管制室に来て。今からブリーフィングやるよ!』
私の声も、気まずい空気をも遮って。
天井のスピーカーから聞こえてきたのは束さんの声。
声だけでどっちかまでは分からなかったけれど、こんな時だってのに賑やかなのはどっちのも変わらない。
そんな気がしたし、それに私は救われて。
「行ってらー、私は医務室のモニターで見させて貰いますよっと」
手をひらひらと振り、目的地へと向かおうとする一夏を見送ろうとしていた最中。
ふとひとつ、聞き忘れた質問を思い返して。
「あんたホントは、箒が何言おうとしてたか
気づけば、すでにドアの向こうへと移動したあいつに声をかけてしまっていた。
「咄嗟に嘘をついちまったんだよ。それに、あいつの口から……そういう言葉は聞きたいんだ、俺は」
「嘘つきロマンチストめ」
まぁ、気持ちは分からなくもないけどさ。
大事な幼馴染の本音だもんね、大事にしたいよね……そりゃ。
「だったら、是が非でも生き残んなきゃね!」
激励のつもりで言ったその言葉は、しかし。あいつには別の意味に捉えられたようで。
「お前まで死亡フラグ立ててるんじゃねぇよ!」
「素直に応援って受け取っとけ、この唐変木の嘘つき男!」
それでも何だかんだ笑顔で突っ込んできた一夏に言い返すと、今度こそピットは私一人だけになってしまった。
「思えば、私も遠くまできたもんだ」
まだ痛くて、立てない中。
次元違いとはいえ、第一アリーナのピットは私の専用機持ちとしてのルーツの地。
そんなところに一人でいたからだろうか、静寂の中で呟いた言葉はそんなものだった。
「それにしても……あーあ、フラれちゃった」
人生初告白だったんだぜ? なんて、自嘲しながら。
思いはあいつらへと、向いていく。
「ほんっと、ロマンチックな復讐だぜ……ったく」
次元を超えて幼馴染ご本人と再会して。
復讐終えたら相思相愛で。
一度は喪っただけに、その絆はより強固になっちゃっていて。
「想い人が返ってくる復讐だなんて、ほんっと……ゲロ甘かっての」
私だって――本当はそれが良かったのに、なんて思うと。
強烈な自己嫌悪と寂しさが同居していって。
それを吹き飛ばすために。
「でも、正直……めちゃくちゃ羨ましく思えてきたじゃないか……まったく」
相変わらずのやせ我慢をしながら――私は。
苦笑交じりに、そんな言葉を呟いていった……。