篠ノ之箒は想い人の夢を見るか   作:飛彩星あっき

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生者と死者の姉妹

 お姉ちゃんともう一度会えたのなら。

 そんな事を考えたことは、一度や二度という訳じゃなかった。なにせ暇を見つける度、それについて考えていたのだから。

 

 地獄のような逃げ回る日々の中、たまにあった安崎が襲い掛からなかった時。

 花鳥風月を使った作戦の後、飛ばされた異世界の惑星を一夏と二人で彷徨っていた時。

 束さんに拾われて、二人で転移するための準備に追われていた時。

 そして、こっちに転移してパリで使えるコアを探していた時。

 

 いつも、そんな話ばかり考えていた。

 でも、どんなに悩んだところで答えなんて出るモンじゃない。

 罵倒したい気持ちもあったし、恨み言のひとつやふたつ、ぶつけてやりたいって気持ちは間違いなくあった。

 けれど同時に、単純に再会できることを喜びそうだとも思った。

 そしてこの話は、悶々と考えたすえに「答えが出ない」って結論になって打ち切るのが常だった。

 

 空想の世界の中でも優柔不断を繰り返していたから、今でも私の中に答えなんてないままで……。

 

「あ、あ……あ……」

 

 そんな状態のままで再会した私は、絶句したまま新宿の空の上で固まってしまっていた。

 むろん敵は戦場で、こんな分かりやすい隙を見逃すほど甘い存在ではない。

 

「やれ、ダーク・ルプス・レクス!」

「了解」

 

 短いやり取りのあと、私は上の方から鈍い衝撃を受けた。振り上げられた超巨大メイスが思いっきり、頭に叩きつけるようにして直撃したからだ。

 

「ぐっ……あああああっ!」

 

 硬直する的なんていいカモだったに違いない――なんて、現実味のない頭の中でぼんやり考えていた時だった。

 墜落していく身体に、時間差で異常な激痛が迸る。

 勿論、こんな状態で受け身もクソもない。

 みるみるうちに高度は下がっていくと、背中を打ち付けるかたちで路面へと衝突。コンクリートを穿つ形で着地していく。

 

「クソッ!」

 

 シールドエネルギーの減りもバカにならなかったため、急いで展開したリカバリーキットをコネクタに突き刺して回復を図る。最後の一本だったけれど……この際仕方ないだろう。

 

「気に入ってくれたか……俺のとっておきの偽骸虚兵ちゃんはよぉ?」

 

 ダークルプスレクスの右肩に手を置き、舌を出して嘲る安崎の野郎。

 あまりにも漫画の悪役めいたそんな顔と、恩人の筈の私の姉をいいようにこき使うイかれきった感性。そんなのを見せられた途端、私の頭の中は怒りを通り越して――。

 

「――気に入ったよ。私の前にこんなのを寄越してくる、その思い切りの良すぎるクソ度胸()()はね」

 

 不思議と氷のように心は冷めきり、冷静になっていた自分がそこにはいた。

 

「そうかい。それじゃ、後は姉妹水入らずやってくれや。きっちり観客として見ててやるからよ!」

 

 侮蔑丸出しの言葉を吐き捨て、少し離れた場所へと移動する仇敵。だが今は、もうそんな奴はどうでもいい。

 とにかく今はあの死体人形こそ、私の戦わなければならない相手なのだから。

 

「今……分かった」

 

 立ち上がると同時、思考が無意識のうちに口から漏れ出る。

 

 今……初めて分かったんだ。

 私は今まで、本当の意味では偽骸虚兵との戦いを経験していなかったという事に。

 

 セシリア、ラウラ……その他諸々とも確かに戦いはしただろう、同じ学び舎で過ごした間柄だっただろう。だけどどれだけ、生前の彼女達と絡んだ?

 結局そんなものはテレビの向こうの芸能人と、大して違いなどありゃしない。

 

 だから今こうして、自分の知っている――愛していた人が敵になって初めて知った。

 

 命すら躊躇いなく弄び、私に二の足を踏ませる道具にしか思っていない。そんなあいつのおぞましい感性を。

 一夏が……いや、他の皆が、どれだけ異常な精神的ダメージを負って戦ってきたのかを。

 

「ったく、こんなモンと戦ってられたね……よくさぁ!」

 

 ほんっと、何も考えないで戦ってた私って馬鹿だ!

 そんな風に思いながら吐き出した言葉とともに瞬時加速。牽制代わりの射撃もせずに、間髪入れずに光刃を展開する。さっき射撃武装を撃ち込んだ際、ダメージがほとんど全く通らなかったためだ。

 

 つまりあの機体も無人機(ダーク・ルプス)同様に千変鉄華が健在だという事に他ならない。

 

 だったら、接近して叩くしかない!

 

「甘い」

 

 射撃武器を封じている奴が、敵の近接攻撃という選択肢を考慮できないハズなど当然ない。ダーク・ルプスは非固定部位のワイヤーを射出して、迎撃行動に移る。

 

 だけど……そんなモノっ!

 

「どっちが!」

 

 こっちが想定していないとでも思ったか!

 そう思いながら左手を突き出し、大型シールドを展開しようとしたが――。

 

「速……ッ!?」

 

 厄日なんだろうか。

 ここでも、私の見通しは裏目に出てしまった。思わず苦々し気に吐き出してしまった通り、こいつのテールブレードは異常に素早く、不規則だったのだ。それこそ、いつも戦っていた量産型とは比較になんてなりゃしない。

 発射された凶刃は一度目の攻撃でシールドの取っ手を弾き、取りこぼさせる事で守りの要を奪っていく。

 そして間髪入れずに戻ってくると、今度は本体にめがけて攻撃を炸裂させる気なのだろうが……黙って、やられてたまるか!

 

「だったらッ!」

 

 戻ってくる凶刃。それに対し、私は盾代わりとして左腕を差し出した――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「自分から腕を失くすとはなァ!」

「ンなモン……勝つためなら幾らでもくれてやるっ!」

 

 左腕装甲を貫通したテールブレードは肘関節から先を千切る形で奪っていき、戦利品とでも言わんばかりに突き刺したままの状態で本体へと巻き戻されていった――その刹那。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――!? そういう手を、使ってきたか」

 

 奪われた左手に握らせておいたハンドグレネードを時限式に設定して使用すると、敵の背中へと届いた時に爆発するようタイマーをセット。しかも幸運なことに、追い打ち狙って展開していたのであろうキャノン砲も潰す事に成功する。

 まさに、骨を切らせて肉を断つといったところだろうか。

 それに――。

 

「よし、まだ大丈夫……!」

 

 欠損部位に意識を集中させると、すぐさま粒子が集中していき、新しい腕が装甲ごと展開されていく。量子空間にあらかじめいくつかストックしておいた()()()()を展開したのだ。

 

 こうやって腕を再展開すれば……損耗なんて大したことなんかじゃ、決してない!

 

「な、腕が……神崎優奈! お前!?」

 

 人間を辞めているのは自分達だけだとでも思っていたのか。こっちの人間離れし過ぎていた一連の流れを見た安崎が困惑と焦りを浮かべながら、そんな事を言う。

 そんな姿を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「人工筋肉とハイパーセンサー搭載の義眼……すでに半分人間ではないという事か」

 

 だが、流石に偽骸虚兵とはいえ科学者にはこっちの身体状況などバレバレだった。こっちの腕から血が出ていなかったことを見て、そう結論付けたが……正解だ。

 代表候補生ですらなかった私が偽骸虚兵や無人機に勝つためには生身を捨てる以外の選択肢などなく、半分人間を辞めている状態だった。正直言って、生身だった頃と同じ部分は半分くらいしか残っていない。

 

 だが……。

 

「越界の瞳を移植された、偽骸虚兵がッ!」

 

 向こうだって全身の筋肉をリミッター解除した偽骸虚兵なのに加え、恐らくドイツの研究所襲撃の際に手に入れたデータを使っているんだろう。黄金に輝く越界の瞳を移植されている。

 そんな奴に、人のことなんてとやかく言われたくはないッ!

 

「ぬおりゃああああああッ!」

 

 ごちゃごちゃの頭のまま瞬時加速し、予備のビームカノンの先端から光刃を展開。

 いまや向こうの遠距離武器を潰した以上、反撃手段なんて四丁の実弾ライフル程度しかなかった。

 

 つまり――距離を詰める事なんて、簡単にできるッ!

 

 そんな甘い見積もりは、背中から漏れ出た量子展開の光が嫌味なほどに完全否定していった。

 

「テール・ブレー……ド!?」

 

 量産タイプとは異なり、予備と思しきテール・ブレードもきちんと持っていたのだ。

 四天王なんて名乗っている敵である以上、当たり前と言われればそうかもしれない。私の判断ミスだ。

 だが、現実問題として予想できていなかった私に、射出された刃を躱すのは不可能だった。

 

 それどころか防御もままならず、無防備の身体に狂気の刃は迫ってきていて――。

 

「かはっ!」

 

 心臓スレスレ、つまりは人工筋肉に置換していない場所へと着弾。

 搭乗者保護機能がなければ即死する部位に食らった瞬間肺から空気が抜けていく感覚がして、一気に意識が飛んでいく。

 それらを同時に味わった前後。今度はテール・ブレードが突き刺さったままの身体がどこかへと投げ飛ばされる感覚が襲い掛かって、そして――。

 

「ぁ……うぁ……」

 

 刃が抜けると同時、投げ飛ばされるかたちどこかのオフィスビルの中へと突入。ガラスの突き刺さった身体のまま何度も身体を床に打ち付けた挙句、デスクに直撃して停止する。

 しかも、最悪な事に。

 その拍子に落ちてきたボールペンが――左目に、直撃した。

 

「ぐっ……あああああッ!」

 

 あまりにもな激痛が襲い掛かってきては、流石に飛んできた意識も急速なまでのペースで呼び戻された。強烈な痛みは気付け剤代わりにはなったけれど、視界を片側潰されてしまう。

 

 予備の眼球は持って来ていないし、こうなってはハイパーセンサーもクソもあったモンじゃない。

 

「勝負あったみてぇだな。けど、こんだけ痛めつけちまったら、偽骸虚兵にしてもすぐには使えねぇか?」

「いえ、眼球は私のものを使えば何とかなるでしょう。むしろ、機体のほうが問題かと」

「あぁ……そうか。まぁ、ダークルプスの改造型でもあてがって、暫らくしてアクシアが回復次第そっちに乗せるかたちでいいか」

 

 もう勝負ありとでも思っていやがるのか。朦朧とした意識の中聞こえてきたのはそんな声だった。

 

 ふざ、けるな……! 倒したら手に入れて、それで手駒か!? 人を何だと思っていやがる!!

 

「人をまるで、将棋の駒みたく、扱いやがって…………ッ!」

「偽骸虚兵になることの、何が悪い?」

「……は?」 

 

 怒りを吐き捨てた途端に返された、抑揚のない声で発せられたそんな言葉。

 それを聞いた途端思わず固まってしまって、結局出てきてしまったのはそれだけだった。

 

 しかもそうしている間にも、奴は畳みかけるように妄言をほざきだす。

 

「それに……あなたも、偽骸虚兵になれば。また一緒に暮らせるはずだが?」

「何、バカな事言ってんの……アンタ研究者だったじゃない?」

 

 崩れたビルの中、目に刺さったままのボールペンを引っこ抜きながら言う。

 

 確かに安崎を蘇らせた元凶である以上、私の姉・神崎零は愚かな女だ。それは間違いない。

 だけど流石に、ここまで耄碌した事を言う人じゃなかった。

 

 死体を弄ばれ、こんな事を言わされてる。そんな事実に対し、物凄く腹が立っていることは事実だけれど――それ以上に、とても悲しかった。

 心臓が圧迫されるようにズキズキ痛んで、もう立たないでもいいかなって一瞬思えるくらいには。

 

「――ははッ、これじゃ私もなりたいって、言ってるようなもんじゃん」

 

 心の中に入ってきた、魅力と恐怖が入り混じったカクテル。それを意識してぶちまけると、地面に手をついて立ち上がる。

 

 本当はPICがあるから普通に飛べばいいけれど、何というか……意地がこの行動をとらせていった。

 

「……なるのか?」

「じょーだん。にしても……本当にアンタ、バカだよ。()()()()()()()()、さん」

「なんだと?」

 

 意味を掴みかねない。

 そう顔に書いた()()を捉えつつ、アクシアの手綱を握って立ち上がる。

 

 まだ、倒れるわけにはいかない。

 

 この哀れな人形をちゃんと壊してあげるまでは、死んでやるもんか。

 

「もうちょっとこうさぁ……お姉ちゃんの口調に寄せるとか、出来ないワケ? あんたの親玉さ、人形遊びの才能なさすぎだと思うよ?」

「その必要を感じない。高い戦闘能力とそれを活かす性能の機体。それさえあれば、十分だと思うが?」

「だから、あんたはダメなんだよ。大根役者さん?」

 

 バレルがひしゃげたビームカノンを投げ捨てると、最後の予備を展開。もう量子空間内にはリペアキットもないうえ、残っている武装もこれを除けばひとつだけ。しかもそれはとっておきの切り札と来ている。手札は泣きたくなるくらいに少ない。

 だが、これで絶対に――勝つッッッ!

 

「今更そんなもので、私のダーク・ルプス・レクスに勝てるとでも思っているのか?」

「勝てるよ――いや、勝つさ。あんたが本物の神崎零じゃないって……意地でも、証明するためにもッッッ!」

 

 リノリウムの床を蹴り、後ろに瞬時加速。同時に非固定部位のワイヤーで背後の壁を破壊し、狭い室内という圧倒的不利な場所からの脱出に成功した。

 よし……あとはッ!

 

「射撃武器がこちらに効かないのは知っている筈。依然こちらの有利に変わりはない」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 ライフルを構えたこちらに向けてきた敵の言葉は、あまりにも的外れすぎて。ついつい返さなくてもいい返答をしてしまった。

 それと同時に最小出力したレーザーが断続的に発射され、針のような細さの光の矢は次々と狙った場所へと着弾していく。

 

「看板を――!?」

 

 そう、私が狙ったのはダークルプスの背後に立つビルの看板の接合部位。支えを壊された鉄塊は重力に従いながら、ついでにダーク・ルプス・レクスを踏み潰さんと迫る。

 もちろん、巨大な質量を持つモンに直撃すればいかにISとはいえども、ただで済むはずがない。

 

「だが、そんなもの」

 

 当たればかなりの威力を持っているとはいえ、そうそうこんな動きの遅いものが当たるわけもない。ましてや四天王なんて仰々しい肩書き背負ってるやつが相手だ、あっさりと瞬時加速するだけで躱されてしまう。

 だが――()()()()()()

 

 この位置取りなら、本命をぶちかますには十分だからッ!

 

「何を……する気だ?」

 

 本当は安崎の野郎をぶっ殺すときに使いたかった、とっておきの武装。

 右の掌へと集まっていった粒子が構成、展開されたのはそんな貴重な「切り札」に他ならなかった。

 その名も――。

 

「ロストマンズ・バレット――こいつが正真正銘、最後の切り札だッ!」

 

 束さんに造ってもらった、最強最悪の武装。

 それは()()()()()()()()()が最も優れていると自負していた量子展開技術と、外宇宙を放浪するようになって見つけた希少金属の融合によって実現した、狂気の弾丸。

 製法も特殊で面倒だったためたったの一発しか作れなかった、最強の攻撃力を持つ実弾兵器。

 

 それは発射と同時に拳銃型の発射装置が崩壊すると同時、あちこちに赤く禍々しいラインの走る黒い弾丸をまっすぐとダーク・ルプス・レクスへと向けて吸い込まれるようにして着弾する。

 

 ――そう、思っていたが。

 

「零! こいつで守れッ!」

 

 土壇場で、あの野郎が観戦するだけとほざいていた言葉を反故にしやがった。いきなり偽骸模倣の力で生成したゴーレムを近場に展開すると、それを射線上にインターセプト。

 身代わりとして私の切り札が直撃したのは、何の変哲もない雑魚敵だった。

 

 クソ、この、あと少しだったのに……!

 

「安崎ィィッ!」

 

 感情の昂ぶりを抑えきれず、叫ぶ。

 そしてその間に目の前の木偶人形の体内にて、恐怖の弾丸の威力が実演されていった。

 

「――刃?」

 

 ダーク・ルプス・レクスが呟いたとおり、ゴーレムの胸部の着弾地点か生えてきたのは一本の剣の刀身。そして最初のに呼応するかのように何本も何本も刃が次々と、乱雑に生えていって――。

 

「La――!?」

 

 幾重にも重要部位を刺し貫かれた無人機は体内から引き裂かれていき、まるでウニのようになった状態で地上へと墜落していった。

 

「なんて弾だよ……危なかったぜ」

「当たっていればほぼ確実に相手を殺せる、対有人機用の弾丸と言ったところか」

 

 あまりの威力に戦慄する安崎と、こんな時だってのに偽骸虚兵特有の冷静さで解説する零。

 

 奴の言う通り、この弾丸は確実に安崎を苦しめて殺すための武器だった。僅か数センチの鉄塊に可能な限り実体剣を量子格納させ、着弾した相手のISコア反応を確認次第手当たり次第に展開。敵の内臓をズタズタに切り裂くかたちで、苦しめて殺すための必殺武装。

 

 本当はこれで安崎を殺すつもりだった。

 それが叶わなくなった今、こいつでお姉ちゃんの死体をきっちり壊してあげるつもりだった。

 なのに……なのに!! 

 こんな無人機なんかに――!

 

「一発しか撃てない、から……!?」

 

 その時、思い浮かんだ方法があったけれど……あまりにも、危険極まりない戦法だった。

 

 強引な方法で最強の力をリロードさせ、敵を倒せるであろう奇策。

 

 だが、これをやるとなると――ほぼ確実に死ぬ。

 それが心に二の足を踏ませていたが……。

 

「いや、やるしかない!」

 

 自分で自分に喝を入れ、叫びだす。

 

 何のためにここに来た? 安崎を殺すためだろうが!

 それが出来なくなった今、やるべきことは何だ? 姉の死体を破壊し、解放してやることだろう!?

 それに――命が惜しかったら束さんのところに残っていればよかったんだ。なのに、ここまで来た!

 

 だったら、やるしかないだろうがッッッ!

 

「はぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 ビームカノンの先端から光の刃を展開すると、連続瞬時加速。出来るだけ速く、一ミリでもダーク・ルプス・レクスへと接敵する。

 

 なんとしても、何としても! 

 

 絶対に……届かせる!

 

「無策で特攻か! バカ臭ェ! おい、引導を渡してやれ!」

「よろしいのですか? そうしたら、あれを偽骸虚兵化できなくなりますが?」

「構わねぇよ。もうあんなのイラネぇからな!」

 

 ここに来てようやく、運が私に味方をした。アホ丸出しの会話をしている間、当然あいつらは攻撃してこなかったからだ。

 おかげで大分接近できたけれど――さすがに、目と鼻の距離ってところまでは届かなかった。

 約十三メートルといったあたりで会話を区切ると、何度も飛ばしてきた背中の凶刃が私へと迫る。

 

 だが、私は。

 

「こいつを――待っていたッ!!」

 

 既に軌道が確定し、テール・ブレードが刺さる直前に私がしたこと。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そしてすぐさま、ついさっきまで装備していた専用機を足場にして空中で跳躍。直後、凶刃はアクシアへと着弾していく。

 コアを停止させた状態だったために、相棒はたったの一撃で貫かれ、瞬く間にスクラップの仲間入りを果たしてしまった。

 

「ごめん、アクシア!」

 

 そんな姿を見て、思わず口をついて出てきたのはそんな言葉だった。元はあいつの機体だったこともあって。最初は愛着なんてこれっぽっちも、ちっとも湧かなかったのにな……。

 

 でも、今は大切なお姉ちゃんから貰ったプレゼントだって、胸を張って断言できる。

 

 だからこそ――。

 

「うぉぉぉぉぉぉりゃああああああああああ!」

 

 心が、パネルラインの一つ一つに至るまで憶えているからこそ!

 

「な、に……!?」

 

 こうして、私の心に、確かに刻まれているからこそ!

 

「お姉ちゃんッッッ!」

 

 いま、こうしてッ!

 確かな形としてッッ!!

 何もなくてもッッッ!!!

 

「ネクロ=スフィア展開……なぜ、お前が!?」

 

 迷いなく――展開できる!

 

「理解でき……」

「喰らえッ!」

 

 突然の再展開に驚愕したんだろう。淡々としていた顔に焦りが生まれた敵の二人は硬直していった。

 

 そして戸惑っている今が、最初で最後の好機ッ!

 

 そう思いながら、ロストマンズ・バレットを展開と同時に発射。

 ここまで近づけばもう、狙う必要なんて微塵もなかった。吸い込まれるようにして着弾した凶刃は死してなお使役される、哀れな操り人形(マリオネット)の中で幾重にも剣を展開していく。

 

 だが。

 

「まだ、だ……!」

 

 偽骸虚兵と名乗り普通に動いてはいるものの、その実態は死体そのものである。

 こんな致命傷を受けてもなお、短期間はまだ生きられるみたいだった。

 

 フラフラになりながらも最後の力を振り絞ってメイスを構え、私の元へと瞬時加速で接近してくる。

 

 だけど、もう。

 

 こんな動きの敵に負けるほど、私は弱くはなかった。

 

「……うあぁああああっ!」

 

 こんな時になって、形容しがたい感情が心の中を制圧していく中。それを振り払うように絶叫をして、突き出したライフル。

 

 その先端から伸びるビームソードが、お姉ちゃんの纏うダーク・ルプスの胸を確かに貫いていった……その、刹那。

 

「優、奈……」

 

 全身をズタズタに切り刻まれているにも拘らず、偽骸模倣による洗脳から解き放たれたダーク・ルプス・レクスは穏やかな表情をしていた。

 

 死体に魂がほんのひとときだけ戻ったのか。

 それとも身体に刻まれた記憶がそうさせたのか。

 はたまたまだ本当は洗脳が解けておらず、騙し討ちをするためにそうしているのか。

 

 科学者でもない私には、皆目見当がつかなかった。

 

 けれど、そんな顔を見てしまっては。

 抑えていた感情も、全て噴き上がってしまいそうになってしまって――。

 

「お姉……ちゃん……!?」

 

 ただ、それだけ口にした――その時だった。

 

 限界を迎えたダーク・ルプス・レクスの爆発が起き、わずか数分にも満たない展開で終わったネクロ=スフィア展開の愛機は、最後に爆発から身を守ってくれてから消失した。

 

「あぁ……全部、終わった……」

 

 変なタイミングでテンポを置いたせいか。生身のまま落下する私は、妙に冷静だった。

 

 安崎に殺されるか。

 それとも、墜落するか。

 

 どっちかは分からないけれど、もうこれで私の戦いが終わるのは間違いない。

 

 にも拘わらず、不思議と心は穏やかであった。

 

「最期に良いモン、見れたなぁ……」

 

 もう二度と見られないと思っていた、家族の笑顔。それを再び描き出して、呟く。

 

 全く、あんな顔するなんて卑怯じゃないか。

 まだ安崎倒せてないし、その光景を拝めてないってのに――なんだか満足して、逝けそうじゃないか。

 

「まぁ、冥途の土産にゃ十分ってコトか……」

 

 呟きながらも、ぼやける視線の先に見えたモノ。

 それは雪羅の荷電粒子砲を構える安崎の姿と、こっちへと向かってくる「紅」の姿だった――。


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