篠ノ之箒は想い人の夢を見るか   作:飛彩星あっき

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香港事変・後

 鈴が連れ去られてすぐに私は打鉄を展開して麓まで一気に駆け下りる。

 指定された墓場までなるべくISを展開しないほうがいい。そう思っていたとはいえ、さすがにバスで30分かけて下山している余裕など今の私にはなかった。

 そこから走り出しつつ、姉さんからの通信で聞こえてくる、鈴を連れ去った犯人の情報を頭に入れていく。

 

 敵のパイロットは元中国代表候補生候補の森 玲夜(シン・レイヤ)といい、祖父がイギリス人であったために候補生試験に落ちた女性らしい。

 

 ロシア代表に日本人が選ばれたというケースからも分かる通り、あまりISの国家代表には出身に左右されない面を持つ。

だからこそ「中国はIS界隈でも血統主義を貫いてる」というのは、あまりにも有名な話だった。

 

 その報復として玲夜は候補生を三人殺し、現在は塀の中にいるという。

 だが、どんな魔法を使ってかは知らないが脱獄し、専用機を駆って私たちの前に姿を現した。しかも、その専用機は窮奇(きゅうき)という名前以外、姉さんでも分からない機体だという。

 だが、そんなことはどうでもいい。相手が誰であろうと、私は一刻も早く鈴を救い出さなければならないのだから。

 

「鈴……ッ!」

 

 思わず、あいつの名前が口から漏れる。鈴――凰鈴音は私にとって、ただの親友ではない。

 私たち、篠ノ之家を一家離散から救ってくれた、かけがえのない恩人なのだ。

 

 小4の頃、ちょうど私のクラスに転校してきたあいつは言葉の壁もあり、周りに対して強気に出て孤立していた。

 その頃、私も周りから距離を置かれていた。

 姉さんの発明――ISによって世界が変わり始めていた時期だったというのもあるが、人付き合いが人並み以上に苦手だったというのもある。

 そんな、いわば「あまり物」の私たちが仲良くなるのには、そう時間はかからなかった。

 いつも一緒にいるようになり、何度も二人で篠ノ之神社の秘密の場所で遊んだりもした。

 

 そんなある日のことだった。私たち一家に、重要人物保護プログラムというものが適用されようとしたのは。

 要するに家族を人質にして姉さんへの脅迫を防ぐべく行われる、政府主導の一家離散。長い名前の割にはひどく単純であり、かつ私にとっては受け入れ難いものだった。

 

 家族の事も家そのものも大好きで、せっかく友達も出来たのに、それなのに……。

 

 鈴にいつもの場所で打ち明けると、あいつは姉さんに直談判してこう言ったのだ。

 

「あんた、天才なら妹のお願いくらい叶えてあげなさいよ!」

 

 その一言を聞いた姉さんは政府に交渉、プログラムの適用をなんとか回避する事に成功。そうして今に至る。

 ちなみにそれがきっかけで鈴は姉さんとも親しくなり、ある時期なんかは私よりも距離が近かったとさえ言えるようになっていた。

 

「絶対に、助けてやる……!」

 

 決意を再び口にしていると、目の前に一台の無人タクシー――完全自律式AIが運転するタクシーの事だ――が停車し、ドアをぱかり、と開く。

 

「その無人タクシーは束さんが今手配したやつだから、早くそれに乗って。目的地もすでに入力してあるから!」

 

 再び繋がった姉さんからの通信が、そう告げる。

 正直に言って、戦う前から体力を消耗するのは避けたかった。このタクシーは渡りに船といったところであろう。

 

「ありがとうございます姉さん。それでは!」

 

 急いでタクシーに乗り込むと、繁華街を抜けて目的地へと一直線に進んでいった。

 

◆◆◆

 

 タクシーを降りてすぐの場所にある門の先には、広大な西洋風の墓地が広がっている。

 その奥にある小さな丘の上に、窮奇を纏った森 玲夜が座っているのが見えた。

 

 鈴は、どこだ……!?

 

 慌てて探したが、鈴の姿はすぐに見つけることが出来た。玲夜の背後に立っている一本の大きな木に縄で縛り付けられている。

 気絶させられているのか、その瞳は閉じていた。

 

「探したぞ、森玲夜!」

 

 声を張り上げて玲夜に聞こえるように口にしながら、同時に懐の銀色の鈴に意識を集中。打鉄を展開し纏う。

 

「私の名前を知っている……まぁ、どうでもいい事か」

 

 ぼそぼそと呟きながら玲夜は立ち上がると、その手に大型の戟を展開。数回頭上でぐるぐると振り回してから矛先を私に向ける。

 

「葵ッ!」

 

 玲夜が構え終える前に、私も近接ブレード「葵」の名をコールしながら展開。そのまま両手で構えてから切っ先を玲夜に向け、接近に備える。

 

 さて、どう出る……?

 

 窮奇の外見からして武装構成は打鉄とほぼ同じだと私は考えている。

 基本的に肩に近い部位にあるシールドで攻撃を防ぎ、強力な威力を誇る大型の近接武装で一気にシールド・エネルギーを削る戦術を得意にしているに違いない。

 つまり一撃とはいかないまでも、少ない手数で勝負は決まるといっていい。

 

 したがって私たちはお互い不用意に動かず、そのままの状態で睨み合いが続くこととなる。

 射撃武器で威嚇するのが、こういったときの常である。しかし私は鈴に直撃するのを恐れているために飛び道具は一切使えない。

 玲夜も武器が片手では振るえないものであるため、銃を展開するそぶりは見せなかった。

 

 隙は、ないか……?

 

 じっと凝視し、一瞬のほころびを見つけようと試みるが、向こうも相当な手練。そう簡単に隙など見つかるはずもない。

 玲夜も同じなのだろう、ただでさえ鋭い目をさらに鋭くして、私をにらみつけていた。

 その間に冷たい夜風が何度も私たちの間を吹きぬけ、私の身体を冷やす。

 

 勝負が始まったのは、七回目に夜風が吹いた時だった。

 どこかから飛んできたであろう新聞紙が宙に舞い、私と玲夜の目線の高さを通り過ぎる。

 一瞬視界が奪われた途端、私はスラスターを全力噴射して窮奇に迫る。

 

 とうぜん玲夜も同じ事を考えているのだろう。私のスタートと同時に、少し離れた位置からもスラスターの駆動音が聞こえてきた。

 

「なっ……!」

 

 ほぼ同時にスタート――正確には私のほうが少し早いのに、玲夜は私よりも遥かに間合いを詰めていた。そのため、思わず驚愕の声を漏らしてしまう。

 なぜ、こんなにも差がついたのか。その理由はすぐに分かった。

 

 ――瞬時加速。

 

 そう呼ばれる高等技能を使い、奴は私よりもすばやく移動することが出来たのだ。

 まさか、そんな技術までもっていたとは……!

 

「きぇぇぇ!」

 

 耳をつんざくほどの大きな声で玲夜は叫ぶと手にした戟を持ち上げ、すぐさま振り下ろす。

 私は急遽スラスターを右に傾け、全力で噴射し回避を試みるが、神速で振られたそれを回避することは出来なかった。

 右側の非固定部位のシールドに直撃し、シールド・エネルギーが減る。

 幸いにも掠っただけなうえ、当たった場所はシールド。ダメージはそんなに食らわずに済んだが、敵もすぐさま再攻撃のモーションに入っている。

 おそらく、このまま一気にたたみかけようと考えているに違いない。

 

 そうは……させるか!

 

 二発目の攻撃が来る前に急いで体勢を立て直す。そして少しだけ横に動いて玲夜の懐へと潜り込むと、お返しといわんばかりに剣を振り上げ一撃を叩き込む。

 そのまま反撃が来る前に急いで振り切り、一撃離脱を試みた。

 玲夜が攻撃している途中、という状況下で仕掛けた攻撃だ。盾は肩アーマーに接続されている以上、防御には使えまい!

 

「甘いなっ!」

 

 だが、玲夜のほうが一枚上手だった。彼女はシールドを機械のサブアームですばやく動かし右へと配置。そのまま私の斬撃を鮮やかに防御。盾の表面からは嫌な音が鳴り響き、ろくにダメージなど与えられなかっただろう。

 

「だが、これなら回避できまいっ!」

 

 私はブレードから右手を離すと、急いで「銃を握る」イメージを思い描く。

 刹那、私の手にはアサルトライフルが握られる。ゼロ距離ならば、流石に鈴に当たらないはずだと判断しての行動だった。急いで引き金を引き、シールドを動かしているアームを狙い撃つ。

 すると銀色の支柱は間接部から火花を発してスパークし、もくもくと煙をあげる。

 

「ちっ……思った以上にやるな。だがなぁ!」

 

 玲夜は高速でシールドを強制切除すると、それを足蹴にして私にぶつける。そんな行動をとってくるとは露ほども思っていなかった私は、その攻撃を真正面から受けてしまう。

 そしてその隙が、私にとっては致命傷となった。

 

「しまった……っ!」

 

 その後に続く、玲夜の戟による振り下ろしはそのまま胴体に直撃する。

 

「くぁっ……おのれっ!」

 

 うめき声とともにブレードを握り締め、そのまま振り上げて一閃。お返しにこっちも一気にシールドを削る。そうして玲夜がひるんでいる隙に、一旦スラスターを後方に吹かせて間合いをとった。

 

 次で、勝負は決まる……ッ!

 

 互いにもうシールドエネルギーはろくに残っていない。後一撃、手にした得物で先に攻撃を仕掛けたほうが勝つ。

 まるで振り出しに戻ったように、再び距離を置いて武器を構える私たち。またしても玲夜の背後に鈴がいるため、銃火器は使えない。

 窮奇の姿を頭に入れつつ、さっきの瞬時加速による突撃を参考におおよその最大速度を割り出す。

 敵が切り札を先に使ったのは不幸中の幸いだった。れくらいの速度で接近してくるか分かれば、いくらかは反撃のしようもあるからだ。

 

 コンピューターの割り出しが終わるまで、じっと玲夜を凝視する。相変わらず、隙らしい隙も見当たらない。

 

 代表候補生として、あちこちの国の同じ代表候補生と戦った私でも滅多に遭遇しないほどの技量だ。本当に厄介な……!

 

 内心舌打ちしたのと同時に、コンピューターの割り出しが終了する。

 そして、気絶していた鈴が目を覚ましたのも同時だった。

 

「んぁ……あれ、ここは……?」

 

 寝起きの鈴が発した呟きも、打鉄はくっきりと拾い上げる。

 そして、それは私の注意を一瞬玲夜から引き離すには十分だった。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 僅かな隙を突いて、玲夜は猛スピードで特攻をかける。そのスピードは事前に計算したとおりだったため、何とかなるに違いない。

 

 そんな甘い考えは、奴の奇策によって裏切られる。

 

 なんと玲夜は、自らの戟で残ったシールドの接続部を切り落として軽量化を図ったのだ。

 これによってほんの少しだけスピードが上昇し、私の思惑を外す事に成功する。

 

「なっ!」

 

 声が飛び出てしまうものの瞬時に意識を引き戻し、防御しようと慌てて行動を起こす。

 だが、ブレードを横にして守るという選択は拙かったようだ。相当な勢いが加わった玲夜の攻撃に耐えられず、ブレードは中腹のあたりで真っ二つに折れてしまったのだ。

 

 まずいっ……!

 

 焦りを顔に出しながらも、急いでアサルトライフルを展開しようと試みる。

 この状態ではもう、四の五の言ってはいられまい……!

 

 私がライフルの展開を終え、玲夜が最後の一撃といわんばかりに戟を振り上げた時だった。

 

「箒! そいつの手の武器を奪っちゃいなさい!」

 

 突如、墓地のほうから声が聞こえてくる。鈴が張り裂けんばかりの大きさで叫んだのだ。

 

 そうか、その手があったか……!

 

 鈴の助言を耳にした私は窮奇の右手を蹴り上げつつ、左手に向けてアサルトライフルを連射。戟を握る手に攻撃を集中させる。

 

「こいつ、何を……くっ!」

 

 最後にスラスターを噴射しながらタックルし、強引に戟を取りこぼさせる。これで勝利の方程式は全て整った!

 

 乱雑にアサルトライフルを地面に投げ、玲夜が拾うよりも早く戟を手にして奪い取る。とにかく奴が予備の武器を展開するまでに勝負を決めなければ、私の負けになってしまうのだ。

 

「てやぁぁぁっ!」

 

 そのまま横なぎに戟を振り、一気に玲夜に攻撃を仕掛ける。

 幸いにも、このような長いリーチを持つ武器を扱う技も私は習っている。

 

 篠ノ之流剣術は戦国時代に誕生した流派であるため、戦場で武器を失った際に敵の武器を利用する場合も考慮に入れてあったからだ。

 

「な、馬鹿な……!」

 

 血反吐を吐きながら、玲夜はISを解除しつつ倒れる。白目を剥いたその顔は驚愕に満ちていた。よほど自分の勝ちを確信していたのだろう。

 

「さて、と」

 

 私は安堵の息を吐きながらIS反応を検知し、窮奇の待機形態である腕輪からコアを抜き取る。これ以上ISの展開をされたらたまったものではない。

 

 そうして危険を取り除いてから、鈴のほうへと急いで向かう。

 

「鈴、大丈夫か!?」

「ええ、まぁ……特に怪我はない、わね」

「そうか。とりあえず、今から縄をほどくぞ」

 

 打鉄を解除した私は鈴を解放した。

 もっとも、思いのほかきつく縄で縛られていたため、完全に解放するまでにはそれなりの時間を要したのだが。最後のほうには手の皮が剥け、ひりひりとした痛みに襲われる始末。

 まったく、玲夜も厄介な置き土産を残したものだ。

 

「……ありがと、箒。助けてくれて」

 

 恐怖から解放された安堵と、助けられたことへの喜び。それにさっきまでの状況を落ち着いて思い返せるようになったからそこの恐怖感。

 それらがブレンドされたなんとも形容しがたい顔で、鈴は私に頭を下げる。

 

「いいんだ、鈴。お前の命が無事ならそれで……そういえばお前、ブレスレットはどうしたんだ?」

 

 私の質問に、鈴は指をさすことで答える。

 視線をその先に移すと、木の枝に引っ掛ける形でブレスレットがあった。あんなところにあったのか……。

 

 私はゆっくりとそっちへと向かうとブレスレットを取り、鈴に手渡す。

 

「あいつ、ここに着くなりすごい表情でね、あたしのブレスレットを奪っていったのよ……何だったのかしら?」

 

 きょとんとした表情で鈴は呟くが、なぜ奴が「温泉街のお土産」に過ぎないブレスレットを奪い取ったのかなど分からなかった。

 

『箒ちゃん、お疲れ様! 今IS委員会の中国支部に通報したから、もう少ししたら来ると思う。それまであいつの監視よろしくね』

 

 姉さんの通信が入ると同時に、サイレンの音が聞こえてくる。どうやらもうIS委員会の人たちは近くにまで来ているようだった。

 

 ふぅ、これでやっと一安心、だな……。

 

「ちょっと箒、箒ぃ!」

 

 視界がぼやけ、意識が徐々に遠のいていく。激戦の後の疲れが安堵とともに一気に押し寄せ、もはや立っているのもつらかった。

 

 結局このまま私は意識を失ってしまい、次に目を覚ましたのは飛行機の中でだった……。


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