「箒ちゃん、頑張って作りはしたけれど……ごめんね」
事件発生からおおよそ、二ヶ月後。
研究室から出てきた姉さんがそう言って、頭を下げてきたのを憶えている。
頭を上げるよう言った私に対し、姉さんは専用機持ちを集めるように言い。その先で、ある装備について話しだした。
それこそ、奴を倒せる一縷の望みであり。
その名は――。
「花鳥、風月……」
追加パッケージ「花鳥風月」。
非固定部位の代わりに展開する形で装着するもので、外見上の特徴としては大きな花弁を模したそれの効果は。コアネットワークを通じて、奴のコアの「ネクロ=スフィア」を簒奪。適正や単一仕様能力を弱体化するのと同時に、こちらの魂へとそれらのデータを転移させる事。
だが、同時にもう一つの効果が、連動して強制発動するようになってしまっていて。それは――。
「魂ごとネクロ=スフィアを異世界へと転送する……。いや、
そう。神崎零のデータはあまりにも専門外で、姉さんでも完全に手綱を握ることはできず。
ネクロ=スフィアを手に入れた時の副次効果――というより、デメリットと言った方が正しいか――で。それを吸収した魂が次元の壁を突き破ってしまうという、あまりにも大きな欠点があった。
「
「魂を飛ばせば、奴に力が戻ることはなくなる……はずだった」
仮にデメリットがない状態で、奴からネクロ=スフィアを無事に奪ったとしても。私達が殺されてしまえば元の持ち主に奪い返されてしまい。すべては元の木阿弥に帰す危険性がある。
だから、安崎――すでに「一式白夜」と名乗っていたか――と戦い、確実に倒すのならば。確かに異世界へと持ち逃げしたほうが確実なのは間違いなく。感情を抜いて考えれば一長一短の兵器かもしれない。
だが……。
「魂の転移以外にも、花鳥風月にはいくつか……無視できない欠点があった……」
まずひとつに、四人そろった状態でないと使えず、しかもある程度開けた場所を必要とする事。
次に、転送は「花」「鳥」「風」「月」と名付けられたユニットの順に、しかも二人ずつしか行えない事。
そして。
「使える人間が、あまりにも限られすぎていた……」
神崎零のネクロ=スフィアの研究成果が下敷きになっている以上、使えるのは専用機持ちだけで。この時点で多くの一般生徒や、千冬さんは選外となっていた。
しかも、もう一つ条件があった。
「適性がA以上の、専用機持ちだけ……」
そして、その条件を満たせるものは。もう、世界中どこを探しても四人だけとなっていた。
アーリィ先生――いや、アリーシャに、当時生徒会長だった更識楯無さん、シャルロット。
それと……。
「私の、四人だけ……」
最初、それを知った時。泣き喚いたのを憶えている。
確かに安崎の力は奪えよう。元の弱いあいつに戻すとはいかなくても、十分戦える程度にまでは弱体化する事はできよう。
そしてその後、優奈と一夏達はあいつを殺してくれるに違いない。
だけど、私たちは……私は、もう二度と。
そう考えると怖くなって、夜じゅう泣きじゃくって。
でも、それでも。一夏には生きていてほしくって。
「だから結局、使う事にしたんだった……」
◆
花鳥風月を使った転移作戦が行われる事となって。私達実行部隊は奴がもう来ないだろう場所へと移動し、実行に移した。
検討した結果、決定したのは。一度あいつが徹底的に滅ぼした場所――IS学園。
地下区画まで念入りに破壊したそこに、もう一度襲っては来まい。そう判断した結果だった。
だけど、アーリィと楯無さんの分が終わった時。感づいたあいつが攻め込んできやがったんだ。
「クソッ! こんな時に!」
吐き捨てると同時に、目の前のゴーレムを切り倒して。上空で一夏と一騎打ちしている白夜――安崎を睨む。
力を奪われたとはいえ、それでもかなりの戦闘能力が残ってるらしく。明らかに一夏が押され気味であった。
「篠ノ之博士! シャルロットと箒の転送は!?」
『八割がた終わった!』
「分かった、でも早く!」
とにかく、持てる限り持ってきた銃火器で弾幕を張って。無人機どもに邪魔させないように支援する。
「……ほんっとに空気が読めないわね!」
鈴が叫びつつゴーレムを両断した、その時。
事態を揺るがす動きが起こった。
「そいつぁ悪かったな、空気読めなくてよ!」
一夏との鍔迫り合いの最中、わずかな隙を見つけた白夜は白式を蹴飛ばし移動。
瞬時加速でもって、鈴の近くへと移動すると――。
「そら死ねよ、二組!」
思い切り、鈴の腹を突き刺した。
「――鈴! クソッ!」
それを見た途端、とにもかくにも鈴の死体を破壊しなければと思い、銃口をそっちに向ける。
なにせこのままだったら、数秒もしないうちに――偽骸虚兵にされてしまうのだから。
だけど、そうやって。遺体の破壊に行動を向けたのが拙かった。
「――抜かれた!?」
必然的に弾幕は薄れた、その瞬間をついて。ゴーレムの一機がシャルロットへと急接近。そして――。
『金髪の分だけ、先に終わった――!』
「クソッ!」
篠ノ之博士の言葉と、ゴーレムがシャルロットの腹に剣を突き刺したのは同時だった。
転送は行われたものの、死体を潰していない以上。偽骸虚兵にされてしまう危険はどうしたって残ってしまう。
「お前ェェェッ!」
安全に持ち運ぶつもりだったのか。大してスピードの出ていなかったゴーレムに突撃しようとした――その時だった。
「一夏、優奈! まずい……!」
「どうした、箒!?」
「準備完了しているのに……そのままなんだ!」
「――ッ!?」
それを聞いた時、頭の中が真っ白になる感覚がした。
あとでわかった事だけれど、シャルロットの転送完了と死亡が同時に起こったせいで――システムがおかしくなったのが原因であり。
突貫工事のツケが、こんなところで巡ってきた。
「篠ノ之博士!? どうすれば――」
『待って……でも、もうこれしかないかも……』
「束さん!!」
「なんでもいいから! 早くして!」
パニックになりながら、私と一夏がほぼ同時に催促したが。
『誰かが箒ちゃんを直接……外的要因で、肉体の生命活動を停止させれば……十中八九、いけるけど……』
「――ッ!?」
あまりの事態に唖然としたけれど、もう迷っている時間はなかった。
箒だって覚悟を決めてここに来たのは知っているし、それに第一、このまま眺めててもどうしようもなかったから。
でも、それを一夏にさせるのはあまりにも、あまりにも惨い――だから、私がやる。
そう口に出そうとした――その時だった。
「お前が安崎を足止めしてくれ……俺が、箒をやる」
「――いいの? 私が代わ――」
「煩い!!」
悲壮な表情と叫び声で制止されて、幼馴染は自分がやるなんて言われたら。
もう「私があんたの代わりにがやる」だなんて、口が裂けても言えなかった。
だから。
「分かった。あいつの足止めと、シャルロットの遺体回収は……私が、やる……」
と言って、今にもシャルロットの遺体を安崎の元へと運び出そうとするゴーレムへと瞬時加速するのが精一杯だった。
「あいつにやらせる以上、私も……!」
一番つらい仕事をあいつ自身が志願したんだから。私だって最低限、やるべきことはこなす。
「……!? こんな時に!」
そう思いながら照準を合わせたものの、もう既に弾はなく。近接ブレードを展開して瞬時加速で迫ろうとする。
そうして私がゴーレムを倒し、落下するシャルロットの遺体に剣を向けたのと。
安崎がシャルロットの遺体に偽骸模倣を発動させるべく手を伸ばしたのと。
一夏が涙とともに、すでに動けなくなっていた箒を斬り殺したのは――完全に、シンクロしていて。
それらが一気に行われた瞬間。眩い光が、辺りを包み込み。意識がどこかへと飛ばされる感覚がして――。
◆
「気づいたら二次移行していたうえに、異世界にいたぁ!?」
「うん。私と一夏は自分達のともこことも違う異世界……それも、地球とは別の惑星に飛ばされてたんだ」
いきなりの展開に驚いていると、優奈から補足説明が入る。
地獄を抜けだし――いえ、追放されたと思ったら。また地獄だったという訳か。
「後で知った事だけれど……。あの時シャルロットの身体に着いたままの花鳥風月に触れてたのが原因だったらしくて……私の手には、あれが握られていた」
そう言って優奈が指さしたのは、イザベルのラファールの待機形態。
「それでその後、どうなったサね……」
異世界組とはいえ、ここから先の展開については何もしらなかったアーリィ先生が。ここにきて初めて質問する。
「そっちの世界を彷徨う事数ヶ月。どうしたもんかと悩んでいた時。運よく私達は篠ノ之博士と出会うことができたんだ」
「篠ノ之博士……?」
「うん。あそこの篠ノ之博士……いえ、束さんはもう外宇宙に一人で進出していてね、ホント天文的な確率だったけれど……たまたま、出会うことに成功したの」
ナギの言葉に、しんみりとした感じの優奈は返す。
それにしても、まさか束さんが本来の夢の宇宙進出を果たしている異世界もあっただなんて……。
「会った後、さすがに三人だけだったからかな。あの人はいろいろと教えてくれたよ。なかでも一番重要だった情報が――私達のISが転移した衝撃で、新しく得た力のことだった」
「新しい力……?」
尋ねてはみたものの、おおよその見当はついていた。
一夏に優奈、それに安崎がここに来るための能力と言えばもう……ひとつしかない。
「そ……白式もアクシアも、転移の瞬間に花鳥風月を取り込み強化したみたいでさ。単独での異世界転移能力を得ていたんだ」
「だからこうやって、ここに来れたと……?」
「でも、問題もいくつかあって……」
「安崎もその力を、手に入れた事サね?」
優奈の言葉を先取りしたアーリィ先生が言うと。彼女は頷き、続ける。
「そう。同時にシャルロットに触れたのが拙かった。私と安崎の機体にはそれぞれ花鳥風月が取り込まれたけれど……その力は、まるごと一つを取りこめた一夏のとは、大きく差があった」
大きな差と言われても、あまりの超技術の話だったから。あたしには皆目見当がつかなかった。
「白式はシールドエネルギーを半分使うだけで跳ぶことができるから、すぐに旅立っていったね。一回試しにと元の世界に戻って甲龍とかを回収した後、束さんが安崎の向かった世界を特定すると。私からラファールを受け取ると出発していった……けど、私はそう都合よく、トントン拍子で跳ぶことはできなかった」
「お前のは何か、厳しい条件があるのか?」
「そうなんだよね。しかも結構面倒な条件でさ……それが原因で、半年も差が開いたのよね」
優奈の言う「条件」なんて誰一人として分からなかったらしく、一同首を傾げていると。優奈が続ける。
「転移の際にさ、コアを砕く必要があって……異世界へと移動するのにはその……300個ほど必要でね」
「さ……300!?」
「それってコアの総数の、半分近くじゃありませんの!」
セシリアの言った通り、その数はおおよそISコアの半分。そこまでしないと跳べないとなると、不便極まりない。
「しかも安崎の野郎は偽骸模倣と組み合わて、無人機のコアを使えばいいから実質ノーコストっていうね」
舌打ちしながらそう言い、一旦言葉を打ち切った優奈へと。あたしは問いかける。
「そこから半年、必死で集めて……こっちへと来た感じ?」
「うん。束さんにもいくつか新しくコアを作ってもらって、私が地上の資源から材料を集めてね。最初は一年近くかかる計算だったけれど、座標を指定しなければ100個減らせるって話になって……」
「今日ようやく、向こうの篠ノ之博士に別れを告げて……ようやくこっちの世界に来れた。そんなとこサね?」
アーリィ先生が最後にそう口にして、優奈が頷く。
これで、全てが繋がった……!
「全ては私の世界が発端だし、別の異世界を巻き込むことになって本当にひどい話だと思う。けど、それでも……あいつを倒すのに、お願い、力を貸して!」
そう思った瞬間だった。
今までよりもいっそう真剣な表情をしたかと思うと、優奈は。勢いよく頭を下げてから、そう口にした。
さっきも話の中で言っていたとおり、やはり自分の世界――さらに言えば姉が、このおぞましい事件を起こした発端だったのだから。強く責任を感じているに違いない。
けれど……。
「頭上げなよ」
「鈴……」
「まぁ確かに、アンタの世界が余計なことをしたせいでこうなったとは思うけど。少なくともあんたのせいじゃないし。それにね……もう細かいことはともかく、あの安崎とかいう野郎をぶちのめしたいのは。あたし達も一緒なんだから!」
「じゃあ……!」
「うん。一緒に戦いましょ、優奈!」
こうして、八月のとある夜。パリで。
あたし達は異世界から来た少女と、手を組んだのだった。