異世界がある。
優奈からその情報を聞いた直後、あたしたちは一斉に驚きに叫び声をあげてしまったものの。すぐにみんな神妙な顔になりだした。
なにせ今までの事件が事件だったし、現に……さっきのナギの仮説にだって、否定しきれないような印象を受けた。きっと、みんな口ほどには驚いていなかったんだろう。
しかもあたしは、異世界があるという言葉を信じるとして。ひとつだけその裏付けになりそうなものを持っていた。
「さっき話し忘れたけど……前にこれを手に入れた時、束さんが言ってた。コアナンバーが同じのが、もう別のところでISとして稼働してるって」
静寂に包まれた医務室内に、あたしの声が響き渡ると。セシリアがそんな事もあったなといった風に頷く。
そんな様子を見てから、続ける。
「それに、この機体には優奈の機体――アクシア・アルテミスの名前もデータに入ってた」
「となると……その機体は、間違いなくあたしの世界の鈴が使ってたものだね。状況からして、一夏の
さっきの戦いの際に起きた現象について口にすると、セシリア達の間にどよめきが走り。いっぽうの優奈は手元に取り出したタブレットを操作しつつ、そう結論付ける。
「まぁ異世界と言っても、そんなに大きく違うところはないよ。白騎士事件を契機にISが世界中に広まったりとか、女尊男卑の風習が広まってたりとか」
優奈はタブレットの液晶をこっちへと向けてから、続ける。
「でも、たった一つだけ。大きく違うところがあったんだ」
「男性、操縦者……」
想像がついていたとはいえ、見せられた新聞の一面記事の画像を目にすると。思わず見出しの文字列を口に出してしまっていた。
そしてその下には、あの。ついさっきまでパリにいた少年の顔写真がでかでかと掲載されていた。
「世界最強の弟……、どういう事だ?」
そんな中。あたしも気になっていた「男性操縦者はブリュンヒルデの実弟」という中見出しについて、ラウラが質問する。
こっちの世界基準で考えると、世界最強と言えばあの人だけれども……。
「あぁそっか。下の名前は知ってても、フルネームは知らなかったんだね……。じゃあ、あらためて。彼の名は織斑一夏。専用機の名は
「向こうの世界でも世界最強だった織斑千冬の、実の弟だったのサ」
「千冬さんに、弟……」
優奈とアーリィ先生の言葉に驚いて、つい呟きつつも。一つ謎が解決したと心の中で納得する。
まぁそれなら他人よりかは、似たような単一仕様能力が発現したとしてもおかしい話ではないからだ。
「それがきっかけとなって、世界中大騒ぎになった。そして、次に行われたのは――」
「他の男性操縦者探し……?」
ナギの言葉に無言で頷いた優奈は、そのまま続ける。
「そう。世界中のIS保有国はどこも、男性対象の適性検査が行う事となった。軽くISに触れさせて動けばラッキー、ダメで元々みたいな感じでね」
「とはいえ、全然見つからなくってサ。もう半月も経つ頃には絶望的なムードも漂っていたっけナ」
「でしょうね……」
途中でアーリィ先生が続けた説明を聞いて、セシリアが反応する。確かに、そんな簡単に見つかるんなら苦労はしない。
「最初は期待されてたけど……私がIS学園への入学手続きを終えた頃にはもう、軽く伝えられる程度だった。けど、いたんだよ――もう一人だけ。しかも日本に」
「それがあの、一夏と同じ顔をした男ってこと?」
こっちの質問に、優奈は複雑な顔をして頷くと。再びタブレットを操作しだす。
そこに写っていたのは、さっきの一夏の時と同様に。男性操縦者が見つかったという号外だったが――。
「誰、これ……!?」
そう、ナギの言う通り。そこにあったのは、あまりにも一夏
ところどころニキビが目立つ不細工な顔、ぼさぼさの髪……正直に言って、現在あたし達が遭遇した男性操縦者の容姿とは似ても似つかなかった。
「こいつが今、あなた達が戦ったもう一人の一夏……一式白夜の昔の姿にして、二人目の男性操縦者」
「安崎……裕太」
下のほうに書いてあった名前をラウラが読み上げ、優奈とアーリィ先生が頷く。
何があったかは知らないけれど、この記事の不細工が何らかの手段を使って強化され。名前すら変わって襲いかかってきたのは間違いないみたいだ。
「そしてこいつが見つかったことが、私の世界に破滅をもたらすことになったの――」
ひと通りの前提情報を出し終えたのか、優奈はそう区切ってから。
ついに異世界での顛末を、本格的に語りだしたのだった――。
◆
「そしてあいつの発見が、全ての始まりだった……」
四肢を拘束されたままの私は、現在。痛みの引いた頭で少しずつ情報を過去の方から整理していっていた。
奴に捕えられてからこっち、断続的に起きてしまった頭痛と記憶の引き戻しにより、最早記憶のパズルのピースは八割がた揃ってていて。今や忘れている方と憶えている方の割合は完全に逆転していた。
そんな状況で、他に出来る事もなかったからこそ。まずは情報を整理しようと考えたのだ。
ここを出て行けた際、鈴たちに伝える必要があったし……何より、パズルを組み立てていけば、失くしたピースを追加で見つけられるかもしれなかったからだ。
「それから半月近く経った後の、四月……」
まずは、男性操縦者が見つかったところまで思い出し終えると。次に移行したのは入学してからの事だった。
一夏と裕太はアラスカ条約や各国の思惑によって、そして私はISの生みの親の実の妹だからという事で。今も通うあの学校――IS学園に入学を果たした。
最初ISを嫌っていた筈の私は、あの学校へと入る事を拒んでいた記憶がある。
しかし、日にちがたつにつれ。確かに楽しみにしていた自分がいた事も思い出していたのだ。
一夏に会える。
その事がモチベーションになっていたのは間違いないが、奴と私の間にあった間柄が何かまでは思い出せない。
友人なのか、親友なのか……はたまた、好き、だったのか。
どうしても、そこだけは記憶に靄がかかって仕方がない。
「とにかく、今は次へ行こう……」
仕切り直すと、入学式以降の記憶の組み立てに入る。
私が所属するクラスは1年1組で、そこは日本人が多めに所属したクラスだったと記憶している。
そして1組には二人の男性操縦者――一夏と裕太も。重要人物だからと纏められ、所属していた。
こうして、桜舞う季節の中。二人の少年はIS乗りとしての道を歩く――いや、歩かされることになった。
「だが、ふたりを取り巻く状況は。何もかもが一緒という訳ではなかった……」
そう、同じ人間ではない以上。それは当然の事。
もし、何か一つでも裕太の方が優れていれば。最終的にあそこまでの地獄と化すことはなかったのかもしれない。
だが現実は。何もかもが一夏の方が優れていたのだった。
まず一つ目に、機体の違い。
確かに二人とも男性操縦者という事もあって、学園の方で専用機が配られることになった。
実機が届けられたのは、入学してから十日と経っていない日の事であり。クラス代表の座を賭けて二人とセシリアが総当たりで試合を行う当日だった。
だが、二人の機体は酷く格差があったのだ。
世界最強の弟であるという事もあって、一夏の方には姉さんが弄った強力な第三世代機・白式が与えられた。
今も二次移行を経て使ってる事からも分かる通り、かなりの強さの代物だ。
いっぽう、後ろ盾も何もなかった裕太に与えられたのは。元は学園の訓練機だった、何の変哲もない打鉄が一機である。
当然、道具の面で裕太は不利を強いられ。試合の結果も一夏が惜敗だったのに対して裕太は惨敗。
この結果は、ただでさえ外見やら雰囲気やらで差の開いていた二人の評価にさらに大きな溝を作る事となってしまった。
次に、才能の違い。
勿論二人とも、実技試験までISに触れた事はなかったため。スタートラインに関しては完全に同じだったと言ってもいい。
しかしだからと言って、才能まで一律同じだったかと言われれば違う。
そして、こっちでも一夏の方が圧倒的に恵まれていた。
彼は世界最強の弟というだけのことはあって、すぐさま成長。夏休み直前の、臨海学校に差し掛かる頃には。代表候補生には及ばないものの、それでも三ヶ月での伸び具合とは思えないほどに上達していた。
いっぽう、裕太はというと。あまり才能はなかったらしく、一夏との差はどんどんと開く一方だった。
先のセシリア戦での敗北と周りからの評価はさらにモチベーションを下げたらしく、碌にアリーナで奴の姿を見たことはなかった。
勿論そんな状態で、授業中の実技が上手くいくわけもなく。最後のほうになると、ひたすら怒鳴られてばかりだった。
「だが、最大の違いは……」
監視カメラの類がないとも限らない以上。聞かれたら拙いので、その先はそっと心の中で紡ぐ。
――周囲の人間の有無、と。
私を含めて、一夏の周りには常に人がいた。鈴、セシリア、ラウラ、イザベル――いや、
さらには容姿のみならず、誰とも分け隔てなく接する事のできる性格だったから。あいつは多くのクラスメイト達とも親交を深めていった。
だが、裕太はそれとは正反対に。いつも一人だった。
もちろん女子高に通わされ、兵器の扱いを無理やり学ぶ事となった一般人という経歴が前提としてある以上。奴に同情したり、心配する生徒や教師も少数とはいえ、確実にいた。
だが奴は、それらの救いの手を跳ね除けていた。
それが元来の性格なのか、学園で摩耗しきったせいなのかなど。今となっては分からない。
けどその結果、彼の周りには誰も寄り付かないようになっていき。次第に彼に話しかける人間すらいなくなっていった。
数多くの仲間に囲まれた織斑一夏と。どこまでも一人だった安崎裕太。
まさに「光と闇」という言葉が相応しい二人の間には、当然のように。言葉じゃ言い表せない位の溝ができていた。
どんなに些細な事でも諍いが起きて、そして決まって周囲から非難される。
二人の関係が終わったのは、ちょうど夏休みの直前。
「全ては、私が専用機を手に入れた日――臨海学校二日目の事だったな……」
そっと、首を右手――かつても今も、専用機が巻かれていた箇所へと向けて呟く。
そう、あの日。私は姉さんに頼んで作ってもらった専用機の紅椿を受け取り。晴れてみんなと同じ、専用機持ちへとなったのである。
そしてその直後、姉さんの策略により。ある事件が起きた。
アメリカとイスラエルの共同開発IS「
その迎撃に参加したのが、私と一夏だったのだが――作戦は、失敗に終わった。
私が酷く浮かれ、力の在処を見失ってしまったからだと記憶している。
その事を思い出すと悔しさまで浮かび上がってくるが。今はこの辺にしておこう。とにかく、次々思い出さなければならないのだから。
とにかく、この作戦によって一夏は負傷、昏睡。ともに迎撃に出ていた私も戦意を喪失させてしまった。
そしてセシリア達、専用機持ちの皆もまた。その落ち込みようは半端ではなく。夕暮れ時の作戦本部には絶望的なムードが漂っていた――いや。
「だが奴は……奴だけは違った」
安崎裕太。奴だけは、あの状況がどういったものか分かっていながら。ひたすら一夏と私への罵倒をしだしたのだ。
憎んでいた男性操縦者の片割れの負傷と、コネで専用機を手に入れたIS開発者の妹の作戦失敗。
日ごろ私達を憎んでいたあいつにとって、よほど面白かったんだろう。その口はあまりにも饒舌に過ぎた。
その結果、どうなるかなど。誰がどう考えたとしても分かる。
奴はこちらの猛烈な批判に遭ったのだ。千冬さんに副担任の山田先生、そしてこの場に未だ居合わせていた姉さんにも罵倒され――その結果。作戦本部だった旅館から姿を消してしまったのである。
しかし、それを追うものなど誰もいなかった。
私達は奴の言葉が腹に据えかねた結果、戦意を取り戻して福音との戦いに備えていたし。千冬さんたち教師陣も次の作戦を練り上げるのに忙殺され。姉さんに至っては言わずもがなだ。
そして一般生徒はそもそも避難していたため、一連の事件をしらないままだった。
翌朝、私達が復活した一夏とともに福音を倒してから捜索が行われたものの、見つけることはできず。結局、発見できたのはさらに翌日。学園に帰る日の朝であった。
奴がいたのは、学園所有のビーチから離れた場所にあった廃屋の中。
だが、その時奴は――。
◆
「首を吊って、死んでいた……!?」
「うん。発見時には……もう」
驚愕するナギに、あくまでも事実を淡々と告げる優奈。
ダメ押しと言わんばかりに、タブレットには安崎裕太が死んだ記事の載った新聞が表示されていた。
「最初こそ、貴重な男性操縦者を死なせた事に対する批判は強かった。けれど、学園関係者からの証言やらなにやらが出てくるたび、批判は薄くなっていって――」
「篠ノ之博士が録音していた、福音事件の際に裕太が発した罵詈雑言の記録。それが流出した事が決定打となったサね。当時ロクに学園の内情について知らなかった私でも、あれはドン引きだったサ」
「でも、死んだのなら……どうして、あいつは今この場にいるというんですの!?」
セシリアの言う通りだ。これだけなら――言い方は悪いが――その男性操縦者が、自業自得で死を選んだだけの話でしかない。
「……私だって当時は、これで終わりだと思ってたよ。……でもね、これで終わりじゃなかった」
そう言って優奈が変えた画面。そこに写っていたのは、今までのように新聞記事ではなく――。
「――いいえ、
安崎裕太蘇生計画「Σ-1」と書かれた、おぞましい書類だった……。