篠ノ之箒は想い人の夢を見るか   作:飛彩星あっき

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最終章
異界からの訪問者


 IS学園の専用機持ちたちと、第四世代機を駆る女――シャルロット率いる無人機軍団との、パリ市内での戦闘。

 辛くも最新鋭機に勝利した果てに、箒が謎の男に連れ去られてから数時間後。

 戦場となっていたメインストリートから数区画は離れた、何の変哲もない路上にて。

 

 「彼女」は、眩い光を放ちながら、暗雲立ち込めるパリ市内へと現れた。

 

「ここが、あいつが狙う()()……」

 

 銀の大型バイクに跨った「彼女」はメットを脱ぐと、呟く。

 

 金の長髪を風になびかせ、深紅の瞳で周囲を見渡しつつ、現在位置を特定しようとしていた。

 

「さぁて、どこに跳んだのやら……」

 

 移動に際してのエネルギー等のコストを削減した結果、どこに()()()のかはほかならぬ「彼女」にすら定かではない。

 すぐに戦闘に巻き込まれた場合のことも考えての判断だったが、近くに敵影は見当たらなかった。

 

「こんな事なら、最初っから東京を指定した方が良かったかもね……っと」

 

 呟きつつ、視線を移すと、目にはこの場の象徴ともいえる建物――エッフェル塔が飛び込んでくる。

 

「パリかぁ……ったく、大分遠いじゃないの」

 

 メットを被り直すと「彼女」は、バイクを走らせて花の都を走りだす。

 

「天下の花の都だってのに、随分静かだなぁ……それになんか、変なにおいもするし」

 

 鼻をつく異臭と、人っ子ひとりいない大都会。

 あまりの異常事態だったため、無意識のうちに「彼女」は口にしてしまう。

 これでは、情報収集もままならない。

 

「なんでこんな――ッ!?」

 

 まったく見当をつけられなかった「彼女」だったが、交差点を曲がってすぐに絶句してしまう。

 なにせ、そこにあったのは「彼女」の疑問を一発で氷解させていく代物だったのだから。

 

無人機(ゴーレム)!? あいつ、この近くで暴れてたの!?」

 

 崩壊したビルへともたれかかるようにして、放置された黒い装甲の巨人。

 まるでバラバラ死体のように、ひび割れたコンクリートの上に放置された機械人形。

 

 それら無人機の残骸を見た途端に、すべての謎が瞬時に解けた。

 

「間違いない。あいつ、ここにいやがった……!」

 

 仇敵の使役する眷属。

 無人機「ゴーレム」が倒され、放置されている。

 

 その意味が、彼女にはわからない筈もなかった。

 

「早速手掛かりがあるなんて、ラッキーだったのかも」

 

 一旦停車し、敵の証拠物件を眺めつつ口にする。

 さっそく手掛かりを見つけられるなんて、幸先がいい。

 

 ()()の付近を転移先にしなくて助かったのかもしれない……。

 

 そう、彼女が思った途端の出来事であった。

 

「明かり?」

 

 「彼女」の目に飛び込んできたのは、遠くにある背の高いビル。その上階に明かりが灯っている光景であった。

 

「人が、いる……!?」

 

 想定外の事態に困惑はしたが、速やかに正面のモニターを利用しビルの詳細情報を検索。ものの数秒もしないうちに、そこが世界第三位のISメーカーの本社ビルであるとの情報を入手する。

 

「デュノア社か……でも、なんであそこだけ?」

 

 顎に手をあて、「彼女」は考える。

 

 破壊された無人機を鑑みるに、敵がここで敗走したのは間違いない。

 そして()()()の性格上、わざわざ残って奇襲するなどとは考えにくい。

 

「まったく、鬼が出るか蛇が出るか……まぁ、会わないって選択肢はないけ――ど!?」

 

 考えても分からないし、ひょっとしたら敵の動向が掴めるかも……。

 

 そう決断した「彼女」が再びハンドルを握り、走りだした――その時だった。

 

 背後から一条のビームが飛来したかと思うと、「彼女」のバイクへと着弾していったのである。

 

「生き残りがいやがったか!」

 

 機体本体に光の矢が届く前に、不可視の障壁によって霧散。

 正面モニターに表示された、「Shield Energy」というバーがほんの少しだけ減衰する中、獰猛な表情を浮かべて「彼女」は振り向く。

 

「ゴーレムが三機――うち一機は手負い、初戦の相手にゃ十分か!」

 

 そう叫ぶと同時、「彼女」は正面の液晶を素早く操作。すぐさま画面中央に表示された赤いボタンを勢いよく押し込む。

 

 すると今度は「IS mode change」と表示され、次の瞬間には「彼女」の身体を光が包み込み――。

 

「さて、やるかぁぁっ!」

 

 銀色に輝く、大きな翼持つISを纏った「彼女」が、光の晴れた先に立っている姿があった。

 

 手にした大型のビームカノンの銃口からは煙が吐き出され、半壊状態の一機が同時に倒れ伏す。言葉と同時に光の矢が発射し、敵の一機を穿ったのである。

 その手腕からも、「彼女」の腕が並大抵のものではない事が窺える。

 

「待ってろよ、一式(イッシキ)白夜(ハクヤ)……いや」

 

 瞬時加速をしつつ「彼女」は静かに紡ぐと。

 

安崎(アンザキ)裕太(ユウタ)ッ!」

 

 別の名を叫びつつ、ビームカノンの先端からビームの刀身を発生。別の無人機へと切り結んでいく。

 

 「彼女」はある戦いの始まりの日、偶然専用機を手に入れ、おぞましい戦いに身を投じた少女。

 一夏と呼ばれた少年と同じく、()()()()()()()()()()()からやってきた一人のIS操縦者であり、元IS学園一年三組クラス代表。

 

 名を、神崎(カンザキ)優奈(ユウナ)といった。

 

 

「……どう思う?」

 

 蛍光灯に照らされた通路の中。

 箒から聞いた夢の話を終えて、壁際に寄りかかったあたしはそう尋ねる。

 

 あの戦いを終えてからそれなりに経過した現在、戦場となったストリートから離れた位置に建つデュノア社の本社ビルの中へと場所を移していた。

 

 というのも、共闘した謎の少女――イザベルが戦闘直後に倒れてしまったのだ。

 

 流石にその場に放置するのも、気が引けたため。医療設備の整っているであろうここの医務室へと運びこむこととなった。

 

 現在、中ではアーリィ先生がイザベルの様態を見ている真っ最中。

 

 そして、残されたあたし達はというと。今のうちにでもある程度、情報交換をしようという事になった。

 

 春休みの温泉街での出来事から始まる、一連の襲撃。

 ドイツの研究所に襲いかかったという、ラウラが体験した出来事。

 それにあたしが先日箒から聞いていた、夢の話。

 

 全てをひととおり話し終えると、しばらく沈黙が続いたが。最初に口を開いたのはセシリアだった。

 

「問題はなぜ、夢の中の人物が現実に干渉してきているのか、ですわね」

「名前は……一夏」

 

 その言葉に続き。戦闘後に箒が呟いた名前を、再確認するように言う。

 以前は一切名前を言っていない事や、前後の箒の発言内容を鑑みるに。間違いなくあのタイミングで「思い出した」形だろう。

 

 そして「思い出した」という事は……少なくとも、絵空事ではないという事だ。

 

 さらに言えば、奴は――。

 

「あと、はっきり鈴と発言していた」

 

 ラウラの言った通り、そう。奴は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あの戦いが終わった後、あたしが詰問しようと一夏に近づいた際のことだった。

 

「すまない……()。俺は、一人で戦わせて貰う」

 

 一夏はそんな事を言うとこっちの制止を振り切って、馬鹿でかい非固定部位でもって飛翔。淀んだ厚い雲を穿ち、どこかへと飛び去っていったのである。

 その速度はあまりにも速く、あたしの甲龍ではとても追いつけないほどだった。

 

 あの時のことを思い返すと、どうにも悔しくて仕方がない。

 

「箒さんのそれは、明らかに普通の夢ではありませんわね……」

 

 口惜しさから歯噛みしていると、今までの事を纏めるかのようにセシリアが言った――そんな時だった。

 

「もしかしたら……なんだけどさ」

 

 と、今まで黙って聞いていたナギが、突然何かを思いついたかのように話しだした。

 

「どうしたのよ、何か分かったの?」

「あぁいや、勝手に思いついただけだから!」

 

 ぶんぶんと慌てて手を振って否定するナギだったが、そうは問屋が卸さなかった。

 

 ラウラの無言の視線による圧力に屈したのか。ナギは「ホントに思いついただけだからね?」と前置きしてから、続ける。

 

「ありえない話だけど、さ……篠ノ之さんのISが勝手に意識から情報を読み取って、コアの力で具現化させてる……とか。ほら、コアってまだまだ篠ノ之博士ですら未解明のところも多いって言うし……」

 

 恥ずかしげに語るナギのその言葉は、確かにありえない話であり。あまりにもオカルトじみている。

 

 もし仮にそうだったとしても、いくつか説明がつかないところがあるし。ましてや一夏という名前を思い出すなんておかしなことだと思う。

 

 だけど、それでも。どうにも否定し難い――と思っていた、そんな時だった。

 

「……爆発!?」

 

 突如として、世闇に沈む街の中からまばゆい光が煌いたかと思うと、同時に爆発音が静寂の中に轟いた。

 

 急ぎISのセンサーを起動させ確認すると、何機かの無人機が集合していく姿が表示されている。おそらく市中にばら撒かれた連中の生き残りが、シャルロットの喪失とともに統制が乱れ。こうして中心部へと向かってきているのだろう。

 

 だが、おかしな点がひとつあった。

 

 味方を示す青いアイコンがひとつ、無人機を示している赤に混じって存在しているのだ。

 

 仲間なら全員ここにいるのに、どうしてそんなのがいるのかはわからなかったけれど。どうやら奴らの敵であるのは間違いないようだった。

 どれだけ強いのかは想像もつかないけれど、次々と赤の数は減っている。

 

「いったい、誰が……?」

 

 一斉に入口まで走りつつ、表示された戦況を見て口にする。

 

 いまだに事態への対応を決めかねているフランス軍は、パリ市内に向かってすらいないどころか。おそらくいまだにシャルロットが討伐された事すら知らないはずだ。

 

 かといって、あの一夏という男が戻って来たとも考えにくい。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()  

 

「……どうする気ですの?」

 

 だから、セシリアは廊下を突っ切って、外に出るなり。あたしへと訊ねてきた。

 

 さっきの戦いでダメージレベルがCを突破し、展開不可能なセシリア達と違って。唯一あたしだけは展開が可能である――とはいえ、万全とは言えない状態だ。もし敵だったら、取り返しのつかないことになるのは間違いないだろう。

 

 だけど。

 

「行くわ。ここで逃げちゃ、何も分からないままだし」

 

 そっとブレスレットに意識を向けてから、言う。

 

 もたもたしていたら逃げられかねないし、現に今も赤アイコンは減り続けている。会うと決めた以上は、素早い行動が求められた。

 

「止めても聞かんのだろうな、お前のことだから」

「良く知ってるじゃない」

 

 展開を終えて、甲龍が宙へと浮いた途端。ラウラが諦めたような顔をして言ってきたので、微笑みながらそう返す。

 

 そうだ、あたしはそういうヤツなんだ。一度この事件に関わるって決めたんだから、絶対に付きまとって首を突っ込みまくってやる。たとえ箒から「もうこの事件に関わるな」と言われたとしても、それは変わらない。

 

 それに、命の危機なんて――今更何だっての!

 

「……死ぬなよ」

「分かってる!」

 

 ラウラの言葉に再び返すと、闇に染まった中へと飛び。たった今戦場と化した地点へと一息に向かっていく。

 距離にして数キロ。障害物のない空を飛び、光が瞬く場所へと駆ていく。敵はもう、三機にまで減っていた。

 

 そうして距離を詰めていくと、戦っている青アイコンの正体もハイパーセンサー越しに見えてくる。

 

 ――銀色のISを纏った、金髪の女。

 

 鬼気迫る表情でゴーレムと切り結び、倒している事から。間違いなく奴らの敵ではあるんだろう――なんて、思っていた時だった。

 

「アクシア・アルテミス……あの機体の名前?」

 

 突如甲龍が補正をかけ、謎の機体のすぐ下に、名前と思しき文字列を表示させていく。

 

「なんで、名前が……!?」

 

 いきなりの事に呆然としてしまうが、理由はすぐに知れた。

 

 甲龍は元々、事件のさなかに偶然手に入れた専用機なのだ。

 敵から渡ってきたものとなれば、事件の中心人物の一人のデータが入っていてもおかしくはないはずだろう。

 

「ホント……これで目の前のが、何も知らなかったりしたらお笑いよね……」

 

 言い終えてから、ふと視線を下へと向けると。敵のゴーレムが背中を向けている姿が見える。

 

 この位置取りなら!

 

「いっけぇぇぇぇ!」

 

 この機体を初めて覚醒させた、あの日のドーム内でのように。思いっきり青龍刀をブン投げる。

 

 やはり結果も前と同じように、敵ゴーレムは大ダメージを受け、数度のスパークを発すると動かなくなっていった。

 

「次ッ!」

 

 束さんから聞いた話だが、こいつら無人機――少なくともゴーレムは――が、想定外の事態に遭遇した時に多かれ少なかれフリーズする。

 現に今、謎の女に向けてビームランチャーを構えていたゴーレムは隙を晒している真っ最中だ。これを逃す手はない!

 

 そう思い非固定部位を速やかに展開し、衝撃砲を発射。

 ゴーレムが気付いた時にはもう遅く、不可視の弾丸は鋼鉄の肉体を貫通し大ダメージを与えていく。

 

「よし、これで全滅……」

 

 目の前で敵の上半身と下半身が千切れるのを見て、気が緩んだのがいけなかった。

 

 どうやら上半身だけでもまだ生きていたらしく、無傷で残った右腕の銃口を、まるで最後っ屁と言わんばかりに向けてくる。

 

 しかも躱そうにも、もうさっきの攻撃でシールドエネルギーが尽きたらしく。煙を上げる甲龍はちっとも動いてはくれない。

 

 光が漏れ始め、このままでは――と思った、その時だった。

 

「無人機は案外しぶといから、たとえ大破させたとしても最後まで油断しない――って教えてくれたの、()だったんだけどな」

 

 ビームの矢がゴーレムの腕を貫き、誘爆。

 眩い光とともに攻撃手段は失われ、危機は去ると。爆発音とともにそんな声が聞こえてくるのを、まだ生きていたハイパーセンサーははっきりと捉えた。

 

「あんたも、一夏みたいにあたしの名前を……!?」

 

 爆風が晴れ、初めて目が合うと。

 

「久しぶ……いや、初めまして。凰鈴音さん」

 

 謎の女は、微笑みながらそう口にしたのだった……。

 

 


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