篠ノ之箒は想い人の夢を見るか   作:飛彩星あっき

30 / 51
紅椿

 巨大な非固定部位のバインダー。

 両手に握られるは、近接ブレードが二振り。

 そして――四肢を覆いつくす、真紅色の装甲をした巨大な鉄塊。

 

 現在進行形で身に纏い、ハイパーセンサー越しに映る専用機のその姿こそ。

 

 ずっと心のしこりとなっていた、懐かしい機体。

 紅椿(あかつばき)に、他ならなかった。

 

「バカな、記憶のないはずのお前が……ネクロ=スフィア展開だと!?」

 

 酷く動揺し、旗を構えてすらしないシャルロットから零れ出た言葉。

 まだ確定はできないが、確信はある。

 それこそあの書類にあった「スフィア」という言葉の、正体で。

 

 そして――私は昔から、その言葉を知っている!

 

 だが、今は――今だけはッ!

 

「はあああっ!」

 

 狼狽するシャルロットへと、全力で接敵。

 鉄脚で地面を蹴り、可動式のスラスターを一方に揃えて全力噴射。

 

 何分何秒、この状態を維持できるか分かったものではなく、シャルロットがいつ動揺から戻ってしまうか分からない以上、取れる戦法などひとつだけ。

 

 そう、短期決戦の一手だけ!

 

「こ、のっ!」

 

 打鉄のものとは比べものにならない加速性能により、一気に距離が詰められると。

 二本の刀と旗が、真正面からぶつかり合う。

 

 ここに初めて、第四世代同士の本格的な戦闘が幕を開けた。

 

「やはり、違う……!」

 

 零れた愛機への感想は、激突する金属音にかき消えていく。

 

「これなら……いける!」

「ちょっと新しい玩具を――いいえ!」

 

 舌打ち交じりに吐き捨てると、シャルロットは。

 

「玩具を取り戻したからって!」

 

 わざと吹き飛ばされつつ、脚部スラスターを点火。同時に展開装甲を操作することで、非固定部位を大型スラスターへと変貌させていく。

 そうして高機動形態となり、瞬時加速で距離を取りながら。

 旗を高く、掲げて。

 

「こいつらと遊んでなさい!」

 

 奴のやや前方。

 その左右に一体ずつゴーレムが量子展開され、砲口をこっちに向けながら直進し始める。

 

「無人機……まだ隠し持っていたか!」

 

 舌打ちし、刀を構えてこっちも突撃。

 まず先行していた一機が繰り出すビームを屈んで回避。続けざまに懐にもぐりこむと、右の刀で両断し撃破する。

 

「次っ!」

 

 紅椿を手にした今、そして()()()()()()()()とも戦った事もある今。

 こんなものは時間稼ぎにもなりはしない。

 

 空いていた左の刀を虚空に振って斬撃を飛ばし、今まさに私を狙っていた二機目を縦に斬り伏せる。

 

「あは、これで十分よ!」

 

 そんな私の姿を一瞥したシャルロットはそう口にすると、近くのビル。その側壁を鉄拳で粉砕。

 

 中から現れたのは――コンテナ?

 

「補給完了ってね!」

 

 鉄の空箱をこちらに蹴り飛ばし、瞬時加速で高く跳躍。

 そんなものに当たるわけが――いや、補給したと言っている以上、ここはッ!

 

「賢いわねえ」

「……ッ!」

「けど、ばぁっか!」

 

 避けた位置に槍飛ばしをしてくる読みで、回避せずにいたが――それが拙かった。

 奴は箱のすぐ真後ろに槍を展開し、死角から串刺しにせんと放ってきた!

 

 だが、それでも!

 

「はぁっ!」

 

 ギリギリでジャンプし回避した際、見えた光景はシャルロットがビル屋上のコンテナを用いて補給する姿。

 おそらくこの一帯のあちこちに、似たような補給システムをあらかじめ仕込んでいたのだろう。

 

「このままでは埒が……!」

 

 ネクロ=スフィア展開には時間制限があるという事実。

 それが私に焦りを生んでいく。

 

 瞬時加速を用い、次なる補給ポイントに向かう前のシャルロットへと一撃必殺を加えんと迫る――が。

 

「急いてはことを何とやらって……ねぇっ!」

 

 ジャンヌの指を器用に鳴らした、次の瞬間。

 私の周囲に大量の槍と剣が一気に出現。

 逃げ場はないとばかりのオールレンジ攻撃で迫ってくる。

 だが――紅椿を!

 

無礼(ナメ)るなっ!」

 

 瞬時加速と同時に剣を薙ぎ、前方から迫る凶刃を斬り払い、撃ち落とす。

 打鉄とは違うのだ、これくらいっ!

 

「あははっ、そうくる!?」

 

 しかし、奴は言葉とは裏腹に――私の行動を読んでいた。

 

 こちらが剣と槍に気をまわしている間に瞬時加速で急速接近。

 左手の剣を捨て両手でしっかり旗を掴むと、大ダメージ必至の突きを放ってきた。

 

「しま……!」

 

 喰らったら確実にやばい、そう思わせる程の攻撃が迫る中。

 急激に私の視界はスローモーションになっていく。

 躱す?

 しかしそうすれば、奴は全周囲に剣を展開して――だが……!

 

「……どうすれば!?」

「死ぃぃぃぃぃねぇぇぇッッッ!」

「させない!」

 

 トドメと言わんばかりに、奴が旗を振り上げた――刹那、突如として銃弾が旗を持つ手に殺到。

 ダメージと衝撃により、シャルロットは攻撃を中断せざるを得なくなってしまった。

 何が起きたのかは分からんが――とにかく!

 

「今だッ!」

 

 怯んでいるジャンヌに対し蹴りを叩き込むと、そのまま仕切り直すべく、後方へと瞬時加速を用い後退。

 

 再び互いの距離が開くと、乱入者はちょうど私達の中間地点へと舞い降りていく。

 

「ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡだと、何故……!?」

「イザベル!?」

 

 ほぼ同時に叫んだ通り、現れたのはオレンジ色のラファールを身に纏うイザベル。

 装甲にはへこみひとつなく、ジャンヌに負わされた傷も見当たらない。まるで新品のようだ。

 

「どういう、ことだ……!?」

「止めに来たよ。僕であって僕でない者……いや」 

 

 イザベルはそこまで言うと、手に近接ナイフを展開すると。

 

「偽骸虚兵」

 

 はじめて聞いたはずなのに――既にもう、何度も聞いていて。

 そして、忌々しいとさえ思えるその単語をイザベルが口にしたのと同時。

 眼前の敵機へと切っ先を向けた時だった。

 

「……お前、どうして」

 

 ブツブツと小さな声で、シャルロットが呟いている声を紅椿が拾い上げた――直後。 

 

「どうして、そいつを!」

 

 狂ったような叫び声をあげると、奴は私を無視してラファールへと、物凄いスピードで突撃を開始した。

 

 両手にライフルを展開し、ひたすら撃ちまくって。

 無造作に槍や剣を展開し、苛烈な遠隔攻撃を加えながら。

 

「お前、なんで! なんでいつもそうなんだ!?」

 

 ジャンヌは撃ち尽くしたライフルを乱雑に捨て、両手で旗を構えると振り下ろして攻撃。

 一方のラファール側も飛んでくる刃も銃弾も全て回避し、第四世代へと切り結んでいく。

 

「なんでって……箒は、僕の友――!?」

「まだそんなこと、言ってるのか!?」

 

 シャルロットは咆哮と同時にラファールへと旗を押し付けていくと、さらに怒り混じりの声で続ける。

 

「そんな理由で、勝てもしない第四世代と戦うのか!? 見捨てれば――見捨てるべきだろう!?」

「……どうして、そんな悲しいことを……?」

「それは、それはお前がァッ!」 

 

 怒りのボルテージが上がるにつれ、叫びは大きくなると。

 

「他人ばかり構って、自分を幸せにしないからだろうがッ!」

 

 同時に旗に力が込められていき、イザベルの胴へと思いっきり直撃。

 

「そんな記憶ばかり、私に押し付けて――()()()()()()()!」

 

 トドメと言わんばかりに旗の先端からビームを放ち、止めを刺さんと行動する。

 

「させるか!」

 

 ここでようやく、私も動いた。

 シャルロットの方へと迫り、剣を振るうが――。

 

「邪魔だッ!」

 

 視線すら合わせずにシャルロットは短く吼えると、旗から片手を離しライフルの引き金を引く。

 直線的な動きをしていた私は狙いやすかったんだろう。ビームはあっさり、吸い込まれるようにして命中してしまう。

 

「クッ……!」

 

 左側の非固定部位にあるスラスターに着弾し、片翼がもがれたも同然の状態。

 同時に警告音と赤い文字のウィンドウが出現してしまって、その場で一旦止まらざるを得なくなってしまう。

 

「こいつと遊んでろ! 私はやる事がある!!」

 

 叫びと共に展開してきたのは一機のゴーレム。

 まだ本調子ではない私に向けて、腕部の砲口からは光の奔流が迸っていき――。

 

「ちっ……!」

 

 無理は承知のうえで、その場から離れようとした瞬間。今度は右のスラスターに鈍い衝撃が走ると、煙を吹いて故障していく。

 

 見れば槍が突き刺さっていて――何が起きたのかなど、一目瞭然だった。

 これで両翼がもがれたも同然で、戦闘不能と大して違いはなくなってしまう。

 

「くそ、このままでは……!」

 

 呻いた、刹那。

 

「――何!?」

 

 警告音が突如として鳴り響いたと思うと、一条の粒子ビームがゴーレムへと飛来。

 機械人形を大破させ、さらに敵のいた場所のコンクリートすらも穿つ。

 

 新たな乱入者に私も奴も――いや、この場にいるイザベルを除く全員が唖然とする中。

 

 そいつは上空から瞬時加速で、私の元へと舞い降りていった。

 

「……お前は!?」

 

 最初に、硬直が解けて口にしたのは私だった。

 なにせそいつは、あの温泉宿での戦いで。

 光の速さで無人機を討った――雄々しくも美しい翼を持つ、白いISだったのだから。

 

「すまない、遅くなった……」

「いち、か……」

 

 初めて奴が、私に声をかけてきた瞬間。

 戦いのさなかであるにも拘らず懐かしさと、何とも言えない感情が胸を締め付けて堪らなくなって。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「最悪……最悪最悪最悪! まさかあんたまで……!」

 

 だが、シャルロットは。

 歯を強く噛みしめ、怨嗟の籠った声でそう口にしたかと思うと。 

 

 みるみるうちに顔色が悪くなっていき、そのまま右手で頭を抱えだす。

 

「うぐぅ、来るな……記憶が、やめろ、頭が割れる!」

「ごめん……けど、これで終わらせる」

 

 記憶の混濁でも起きているのか。

 頭痛に喘ぐシャルロットへと、男は。

 手にした剣から光の刃を伸ばし、第四世代の真上へと振り上げた――瞬間。

 

「僕を守るって言ったよね……?」

 

 まるで御伽噺の姫のように弱々しく、甘えるような声で。

 シャルロットはそんな世迷いごとを吐き捨てていく。

 

 刹那――男の剣が止まった。

 

「なのに、僕を殺すの……?」

 

 剣を止め、攻撃をやめてしまうが――無理もない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「私は、何を思っている……?」

「なぁんちゃって、ねっっっ!」

 

 急激に、元の悪辣に歪めあげた顔に戻ったかと思うと。

 シャルロットは旗を振り上げ、今まさに攻撃態勢を取ろうとしていた少年へと一撃を叩き込む。

 

「くっ!」

 

 反撃に、少年がとれる対策はなかった。

 突かれた衝撃で吹き飛ばされ、おまけに追撃として刃の雨が降り注いだことで、一気にシールドエネルギーが減衰していく。

 

 剣の先端から光の刃は切れていき、ただの鉄の剣へと逆戻りしていったが。

 

「まぁだっ!」

 

 あいつに対するシャルロットの怒りは、この程度ではおさまらなかったのか。

 吹き飛ばされていく先へと展開したのは。

 

 なんと。

 

「タンク、ローリー……!?」

 

 茫然とする鏡さんの声が聞こえたかと思うと、次の瞬間。

 奴は槍と爆弾を続けざまに上空へと展開。

 刃がタンクを穿ち、続けざまに火薬が内部で炸裂。

 

「一夏ぁぁぁっ!」

 

 辺り一面が大爆発の炎で照らされる中。

 私は男の名を、今度は大音響で鳴らしてしまった。

 

「なぁにが守るよ。私以下の実力だった癖に」

 

 まだシールドが尽きていなかったものの、身動きがとれない一夏を見ながら。

 シャルロットは吐き捨てつつ、腰から剣を抜刀。

 鈍く光を反射する刃をペロリと舐め、それから劫火の方へと歩を進めていく。

 

「お友達ごっこも、ラブコメごっこもウンザリなのよ、私は」

 

 邪魔はするなとばかりに数機、無人機をセシリア達の方へと展開しながら、そう口にするシャルロット。

 

 これで、乱入で助けが来るなどという望みは断たれたも同然。

 

 ラファールも紅椿も満身創痍で、戦えるだけの体力はもうISに、残ってはいない。

 

「せいぜい仲良しこよし、あの世でやってなさい」

 

 このままの状態でいれば、私たちはなす術なく殺されるのは必至だ。

 

「さて、首を刎ねておさらばってね!!」

 

 どうにかして、シールドを回復でもできれば――そう、思った時。

 炎と振り上げられた剣が、触媒となって。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――ッ!?」

 

 脳裏に浮かぶのは、朝焼けに包まれた海の上。

 そしてその上空を飛ぶ、私の紅椿とあいつの白いIS。

 

 対峙する敵の、全身装甲の機体に。私たちはひどく追い詰められて、それで――。

 

「思い……出した」

 

 最後に激痛が一瞬走り抜けた、瞬間。この機体の、紅椿の。最大の特徴を思い出した。

 

 そうだ――これさえ、あれば!

 

「これを……受け取れ!」

 

 意を決し、心の声を信じると。

 身体とIS、その両者の、最後の力を振り絞ってを必死に働かせて。

 

 目の前の戦場へと近づきつつ、機体へと念を込めていく。

 

「箒……!」

「貴様……!」

 

 一夏の嬉しそうな声と。

 シャルロットの呪詛と――同時。

 

 赤い光に混じって黄金の粒子が周囲を舞うと、凄まじい速度でまずは紅椿のシールドエネルギーが復活。

 続いて手の装甲越しに掴んだ少年の白いISも同様にシールドを回復させていく。

 

 これこそ、()()()()()である紅椿の、真の力――単一仕様能力「絢爛舞踏」の力だった。

 

「ありがとう……箒」

 

 驚きと哀しみとが入り混じったような表情で奴が見てくるのを、私は装甲が消えて行く中で見つめていた。

 

 単一仕様能力を使った事で紅椿の展開が限界を迎えたらしく、徐々に打鉄のそれへと戻っていたのだ。

 非固定部位など、既に打鉄のそれへと戻ってしまっている。

 

「いいから、早く――」

 

 すらすらと、ひとりでに言葉が出てきて。

 

「奴を、()()()()()!」

 

 なぜかそんな、明らかにおかしなことを口走ったのと。

 

「……分かった」 

 

 あいつが悲壮感を漂わせ、呟いて。

 茫然自失としたシャルロットへと瞬時加速で向かっていったのは、ほぼ同時。

 

「やめなさい、来ないでっ!」

 

 完全にパニックに陥ったシャルロットが右手を掲げると、ありとあらゆる箇所から刃が展開する――が。

 

「援護……するよ!」

 

 しかもラファールに撃ち落とされれば、もはやあいつを阻むものなどなかったも同然。

 

「すまない」

 

 展開しなおしていた光の剣を、勢いよく振り下ろしていく。

 一撃でそれはジャンヌの装甲ごと操縦者を切り裂き、第四世代へと尋常ならざるダメージを与えていく。

 左腕などボトリと音を立て、装甲ごとパリの路上へと転がりだす。

 

「ふざ、け……ないで……」

 

 よろよろ、ふらふらと後退しながら。

 残った右の腕で斬られた胸の傷を抑えながら、焦点の合っていない目で茫然と口にしていくシャルロット。

 

「殺してやる……お前ら全員殺してやる……!」

 

 最後まで呪詛を吐き散らかしながら、攻撃を行おうと武器を展開するが……数も最早、出涸らし同然で。

 

 着弾位置まででたらめで、見当違いの場所へと刃の雨は降り注ぎ、コンクリートを穿っていく。

 

 敵――それも散々苦しめてきた相手――とはいえ、その姿には憐憫を感じずにはいられない。

 

「こんな……どうして、私は……」

 

 やがて力が入らなくなったのか、右の手から装甲が抜け落ちて。

 

「……幸せに、なりたかっただけな……」

 

 最期にシャルロットはそう口にすると、脚が装甲から抜け落ちていき。

 暗雲たち込めるパリの路上で息絶えると、直後。

 

 彼女の骸を振り始めた雨が濡らしていく。

 

「偽骸などとは……相変わらず悪趣味……………………ッッッ!?」

 

 光景を、私は朦朧とした視界のままで見届けると。

 彼女の亡骸へと近づいた白いISとイザベルに視線を向けていった時。

 

 私の頭に、今日何度目か分からない激痛が走ると、猛烈な勢いで記憶のピースがはめ込まれて。

 頭の中で、あらゆる事が思い出されていく。

 

「私は……確かに……!」

 

 そうだ。

 

 私は昔、確かにこの男とIS学園に通っていて。

 毎日のように一緒にいて、一時期は部屋まで同じで。

 そして――確かに、好意を抱いていた。

 

「一夏……!」

 

 ついに思い出し、自らの意志で。

 

 口にした、その時だった。

 

「――待ってたぜ、お前が思い出すこの時をよぉ‼」

 

 ふいに、邪悪な声が。曇り空の下に木霊した――瞬間だった。

 

 上空から新たなる乱入者が、凄まじい勢いで戦場へと舞い降りたのは。

 

「おま、えは……!」

 

 今も降下を続けているISへと、視線を移す。

 一夏と同じ顔で、同じISを纏うもの。

 しかし似ても似つかない邪悪さを持ち、春休みの最後の戦いで、ゼフィルスとの戦いの後に乱入してきた存在。

 

 いや。

 

 それ以前に――()()()()()()()()()

 

「箒!」

 

 緊急事態の発生を確認して、無人機との戦いを中断した鈴たちが私のもとへと駆け寄ろうとする。

 だが、満身創痍なうえに距離が離れすぎており、とても今からでは間に合う訳もなかった。

 

「させるか!」

 

 それでも、まだ妨害を試みられる範囲にいる人間は一人だけいた。

 一夏は専用機のスラスターを全開にして、私へと手を伸ばそうとするが――。

 

「遅ぇんだよ!」

 

 一歩、ほんのあと一歩だけ遅く。

 

 私は上空からやって来た、全ての元凶に攫われてしまった。

 飛び上がると同時に私の右手首へと手を伸ばしていくと、打鉄の待機形態を乱雑に毟り取られる。

 

「あっひゃっひゃ!」

 

 楽しそうに笑う奴の声が聴覚を通じて不快感を増幅させていく中。

 ()()で苦楽を共にした専用機は、ゴミのように投げ捨てられてしまった。

 

 私が抱えられている以上、誰も手出しはできず。

 徐々に高度が上がっていくのを皆指を咥えてみているしかできない。

 

 そんな状況を見せられる方も、また歯痒い。

 

 「箒、箒……箒ぃぃぃぃッ!!」

 

 一夏の必死の叫び声が、耳に入る中。

 

 私の意識は徐々に、暗闇へと落ちていくのだった……。




これで第三章終了です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。