篠ノ之箒は想い人の夢を見るか   作:飛彩星あっき

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混戦

 私が接敵までに要した時間、わずかに十二秒。

 全速力のIS二機の激突が花の都、パリのメインストリートにて発生した。私が持つ近接ブレードと第四世代(ジャンヌ・ダルク)が持つ万能兵装の旗が空中でぶつかり合い、激しい火花が散る。

 

「はっ、随分とISを強化したじゃないの! 私のエトワールを使ったわね!」

「ああ、有難く使わせてもらった!」

「結構結構。でないと……張り合いがないってものじゃない」

「そうか、それはよかった」

 

 そう言いつつ剣を押し込むと、奴もすぐさま旗を押し返してくる。まさに一進一退の攻防である。

 

「それにしても……あんたが第二世代を2段階改造した機体で、私が第四世代……アハハッ、本当に皮肉なものよねェ?」

「訳の分からないことをペラペラと……!」

「何よ、まだ忘れたままなワケ? ほんっと……そういうところがさぁ、前々から大嫌いだったのよねッ!」

 

 少女はより一層激しい口調で吐き捨てつつ、左手を旗から離す。つづいて自動で鞘からスライドしてきた剣を手に取ると、こちらの無防備な場所めがけて突き刺さんとする。

 そうは……させるかっ!

 

「こちらも!」

 

 叫びながら左手を近接ブレードから離し、再び狼煙(ビームライフル)を展開。すぐさま銃口からビーム刃を延伸し、ジャンヌの剣をガードする軌道で振るう。残念ながらジャンヌの剣はビーム耐性があるらしく、剣を溶かすことは叶わなかったため、メインウェポンのみならずサブウェポンも空中で衝突する。

 その結果として、両腕ともに武装がクロスしているという珍しい状況が形成。そして、残る攻撃手段は。

 

「はぁぁっ!」

 

 硬直状態に陥ってすぐに、素早くキックを繰り出す。

 こちらの打鉄の非固定部位に武装がない以上、できる攻撃はこれしかない。ダメージは微々たるものだが衝撃はそのまま伝わるため、体勢を崩すには有効な手段として多くのIS操縦者たちが近接戦に使う技である。

 対して向こうは――何も、動こうとはしなかった、が……。

 

「ならこれはどうかしらねッ!?」

 

 凶悪なまでに攻撃的な笑みを浮かべた、少女の言葉が終わると同時。私の頭上の空間が歪んでいくのが、ハイパーセンサーによって開かれた視界によって確認できた。

 そこから現れたのは、数本の赤黒い槍。それらは登場後すぐに、真下に位置している私めがけて勢いよく放たれていった。

 間違いない、こいつ――原理不明のあの技を使ったかッ!

 

「ちっ……」

 

 舌打ちとともに途中まで出かかっていた蹴りをヒットさせ、当初のもくろみ通り奴の姿勢を崩すことには成功した。だがもうすでに、落ちてくる槍に対処する時間はない。回避はおろか、手にした武器で迎撃するのも不可能だ。

 そして向こうは蹴られた衝撃を上手く活かし、さらにこっちが一瞬逡巡していた隙を狙って後方まで瞬時加速で後退。これで一方的に、こちらだけが不利という状況になる。

 くそ……やはり、強い。

 

「箒さん!」

 

 あまりの性能差を再び目の当たりにし、やや気持ちが弱まり始めた私の耳に声が届く。

 セシリアだ。そしてそれと同時に数条のレーザーが曲がりながら頭上に殺到。敵の放った槍を全て突き刺し、軌道を変更させていった。

 

「何もアンタ一人で倒す必要はないんだからね!」

 

 エトワールのうちの一機と切り結んでいた鈴が通信越しにそう口にするのを聞いて、はっと我に返る。

 そう、コイツの言う通りだ。これは試合ではないし、この間の戦いのように一騎打ちを強要されている訳でもない。

 

 なにも第四世代など、一人で倒すべき敵ではないのだ。

 

「ハッ、何人いようが同じことよ!」

 

 そんな私達のやりとりを茶番だとでも言わんばかりに、少女は吐き捨てる。

 そして彼女は続けて剣を持ったままの左腕を胸の前に伸ばすと、いくつかの槍が鈴とセシリアの付近に出現。二人めがけて何本もの棘が突撃を始める。

 

 本気で狙っていたわけではなく牽制のようであり、二機とも後方に向けたスラスターの急速噴射で難なく回避。だが、そのせいでエトワールへの反撃の隙を許してしまう。

 

 二人の対峙していた二機の無人機は、それぞれ右手に実体型の武器――セシリア側が大型のメイスで鈴側がランスだ――を、左手にビームの刃を展開した二刀流で迫る。

 これを相手にしながら、私のほうまで気にかけるのは不可能だろう。

 

 ラウラも二機のエトワールと対峙。アーリィ先生と鏡さんは固まって路上に陣取り、残り四機を一気に相手取っている。前に言った通り機体相性はいいため、全員苦戦はしてはいない。

 とはいえ、複数機と戦うというのは時間がかかる。しばらく援護は期待できまい。

 

 結果として、再び一対一になってしまった形となった。

 

「さぁて、もう一度行こうじゃないかしら!」

「クッ……!」

 

 向こうが瞬時加速で迫ってくるのを正面から見据えつつ迎撃の準備を整え、頭の中では対処法を必死で探し出そうとする。

 このまま近づかれてしまっては機体性能的にも厳しいだけでなく、向こうの都合が悪くなれば、再びあのどこからともなく飛んでくる槍が出てくるのは間違いない。

 

 そこをどうにかしない限り、私に勝ち目はないだろう。くそっ、どうすればいい……!

 

 考えている間にも、刻一刻と第四世代(ジャンヌ・ダルク)は迫りくる。流石最新鋭機とだけあって、加速性能は私の打鉄のそれとは大違いだ。もう目と鼻の先にまで……。

 

 あぁもう……考えても埒などあかない。!

 

 ならば敵より早くたたき込み、反撃される前に距離をとる一撃離脱。それしかあるまいと結論づけ、素早く二刀流スタイルのまま敵機へと斬りかかっていく。出し惜しみはなしだ、今度は最初から最強のスタイルで勝負に行ってやる!

 

「せいっ!」

 

 いの一番に繰り出した右の実体剣で、ジャンヌが振り下ろさんとする旗を受け止める。それらが一瞬の後に交差していくのを見届けると、すぐさま次の一手を打つ。左手に構えたビーム刃を突き刺すモーションへと移る。

 

 もちろん、相手とてそんな攻撃を野放しにするわけもない。すぐさま反撃の手段を講じてくる。

 だが……そうはいくかッ!

 

 気合を入れつつ銃のビーム刃を収納。そのまますぐにトリガーを引き、敵機の胴体にレーザーを撃ち込む。光の矢は僅か数十センチの空間を瞬時に飛んでいき、第四世代の胴体へと吸い込まれていった。

 

「こいつ……ッ!」

 

 食らった直後こそ呆然としたような表情を浮かべていた敵の少女だったが、すぐさまその顔を憤怒に歪ませ怨嗟の声を吐き出す。そしてその直後に反撃に移らんと、握りかけだった剣をしっかりと掴み始める。

 このままの距離を保っていたら、がら空きになった左側を攻撃されるのは目に見えている。

 

 当たり前だが、はいそうですかと食らってたまるものか。私は脚部装甲の前面に配置された大型のスラスターを展開し、それを急速噴射。素早くジャンヌから距離をとり、奴の旗と剣の攻撃範囲から逃れる。

 

 いくら第四世代とはいえ、結局は近接特化型。つまり、距離さえ開いてしまえばジャンヌ・ダルクの打てる攻撃は必然的に絞られてくる。

 第二世代のアサルトライフル(ガルム)も持ってはいるが、それでは防御に秀でた打鉄に与えるダメージなど微々たるものだ。

 つまり、奴が取ってくる手は間違いなく……。

 

「逃げたところで!」

 

 まだ怒りを引きずった声で吐き捨てると、再び打鉄に警告反応。

 見れば背面の数か所から同時に黒い剣が展開され、それらは私めがけて一気に迫りくる。幅を持たせて放射状に広がっており、かなり広い部分をカバーして放たれているので回避は困難――否、不可能だ。

 

 チッ、ここは仕方ない! 

 胸中でそう吐き捨てると、すぐに全身のスラスターを操って方向転換。百八十度身体を回転させて剣と向き合うと、右肩のシールドを素早く前面に展開する。

 

 直後、金属音が断続的に響き、思わず肝が冷えていくのが否が応でも分かる。横目でモニターのシールドエネルギー残量を現すバーを見てみると微減しているのが確認できた。

 

 もし判断ないし、展開があと数秒遅れていたとしたら……。そんな事を無意識についつい考えてしまいつつ、ジグザグに移動しながらシールドのジョイントを切除。凸凹に歪んだ鉄塊は観光地の車道に落着し、大きな穴を穿つ。

 シールドが落ちた際の音を私の耳が捉えた、ちょうどその時だった。

 

 かなり離れた位置で二つの火球が確認され、薄暗い曇天のパリの街をそこだけ光が彩った。

 

 振り向かずにその場所の反応をレーダーで確認してみると、一番離れた位置に固まっていた四機のエトワール――鏡さんとアーリィ先生の受け持ちだ――が二機に減っていた。嘘のように、あっさりと。だから。

 

「何があった?」

 

 と、気づいた時には通信越しに尋ねる言葉が、口をついて出てきてしまっていた。

 

「なんかさっきまでと違って……」

「槍の妨害が来なかったのサね。だからやれたのサ」

 

 鏡さんの言葉に続ける形でアーリィ先生が一気にまくしたてると、通信は切れる。

 妨害というのは間違いなく、ジャンヌ・ダルクが放っているそれだろう。流石に無人機にまで備わっているとは思えない。

 現に奴はセシリアと鈴相手にも同様の手を使い、エトワールの援護に回っていたのだから。

 そこからわかること……それは、二つ。

 

 ひとつは奴――いや、第四世代といえど、複数機を相手取るのは厳しいという事。わざわざ無人機を出してきたことからも、それは既に分かっていたことともいえるが。

 そしてもう一つ。奴の槍や剣を使った神出鬼没の戦法。その射程範囲は想定していたよりも遥かに長いという事。

 割と私に近い位置で戦っていたセシリアと鈴はともかく、あれだけ離れていたあの二人の戦場にまで届くとは……これは思った以上に厄介だな……。

 

 そう思いながら地面スレスレを絶え間なく移動し、空中に陣取っている奴を睨み据える。そして時折横目に、鈴たちの戦いを観察する。

 奴にダメージを与えるにせよ、無人機を撃破して一気に攻め込むにせよ、どのみちネックとなるのがあの剣と槍。

 となるともう、同時攻撃を仕掛けるしかあるまい。こちらの攻撃のうち、どちらかを無理やり通すのだ。

 

 かなり強引かつ、危険極まりない作戦ではあるが、今はもうそれしかなかった。たとえこんなのでも、座して死を待つよりかは幾らかはマシだ。

 こっちが倒れる前に、どうにかして状況を好転させなければと思っていた、その時。

 

「えっ?」

 

 唐突にジャンヌの背後のビルの壁がひび割れたかと思うと、次の瞬間にはガラガラと音を立てて崩れ去ったのだ。

 その中からはオレンジ色のISが凄まじいスピードで飛び出し、疾風のごとき速さで少女へと迫っていく。ビル内からIS反応などなかったのに、何故なんだ……?

 

 私のみならず、敵にとってもあまりにも想定外の出来事だったのだろう。オレンジ色に対する迎撃は一切なかった。なすがままに接近を許してしまい、そして――胴体に、パイルバンカーの一撃が直撃した。

 

「クソッ……なんであんたが、ここにいる……!」

 

 ジャンヌの操縦者の、呆然とも怒りともつかない声。それは私の感想の代弁でもあった。なにせそこには、三日前の昼に私たちの決闘に割り込んだ少女の姿があったのだから。

 あの日の夜に意味深な言葉を発し、今現在戦っているISの操縦者と同じ顔をしたその少女の名は、イザベル・デュノア。

 彼女はすぐさま次の一撃を加えようとしたが、シールドへと旗による斬撃が直撃、失敗してしまう。

 

「ハッ、答える気はないっての!? ならいいわ、その記憶の残滓ごと消してやる!」

 

 忌々し気に口にすると、敵機の特殊兵装が起動。いくつもの光がオレンジ色のラファールの上に迸り、剣と槍が一気に降り注ぐ。それらの直撃をまともに受けて無事でいられるはずもなく、瞬く間にラファールは満身創痍にまで追い込まれてしまう。

 

「これで終わりよッ!」

 

 そこに叩き込まれたのはジャンヌ・ダルクの旗による、全力の一撃。それは消えかかっていたラファールへと猛烈な勢いで繰り出され、直撃。下から掬いあげられるように放たれたその攻撃によって、イザベルは斜め上へと飛ばされ、みるみるうちに離れていく。そして、ある背の高いビルのガラス面に直撃し、その姿は見えなくなった。

 

「はぁ……クソ、なんで今あいつがここに……ッ!」

 

 振り向きざまに放った少女のその言葉は途中で打ち切られたが、それも無理のないことだろう。

 なにせ今、私は奴のすぐ近くにまで接近している真っ最中なのだから。

 そして同時に、背後からはいくつもの爆発音が前後して響く。エトワールを護っていた槍も剣も、全部イザベルを倒すのに出払っていたのだ。

 イザベルの安否は気になるとはいえ、隙だらけの空前のチャンス。

 それを見逃すほど、私も仲間たちも甘くない。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 ここに来て、近接ブレードによる斬撃がジャンヌ・ダルクに届く。

 上から全精力を込めて叩き込んだそれを受け、第四世代は先ほどのイザベルとは正反対に、地面へと墜落。数回にわたって身体を強かに打ち付けられ、ようやく道路のど真ん中で停止した。

 

「どうだっ!?」

 

 見下ろしながら、心の底からの叫びを吐き出す。

 戦闘開始からかなりの時間を経て、ようやく戦況はこちらに傾きつつあった……。


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