「彼女」がオルレアンを発ち、ゴーストタウンと化したパリに着くまでには三日を要した。
最速で移動すれば半日で着きはするものの、道中で敵に遭遇することを考慮に入れるとそうはいかなかった。「彼女」はできる限り、敵の配置している無人機に見つからないように進む必要があったのだ。
そのためISを使ったのは一回きりなうえ、悪路を通って迂回していたために予想以上に時間がかかってしまったのである。
そして巡回していたゴーレムの目を盗んで市内に潜入するとあるアパートの二階の、ドアが開きっぱなしになっていた一室に素早く転がり込んだ。
「……どうやら、間に合いはしたみたいだけど」
「彼女」は背負っていたリュックサックを下ろしつつ呟き、それから慎重に窓際へと移動していく。三日前に起きたフランスの国防部隊とデュノアの戦闘によって住民は皆逃げ出してしまい、花の都は無人の街と化している。
この日は酷くどんよりとした雲が空を覆っていたため、物寂しい印象は尚更強いものとなっていた。
そんな街の中で、動いているモノの姿があった。
デュノア社が放った無人機である。それらは市内のいたるところを徘徊しており、カメラから不気味な赤い光を発していた。
ゴーレムは対ISのために構築されたプログラムが使用されており、奴らがキャッチできる反応はISのコアのそれのみである。
そのため人体反応を捉える機能はなく、目視されない限りは何とかなる。そのことは「彼女」にとって、不幸中の幸いだったといってもよい。
なにせ「彼女」が、
「これは……突破は無理、かな」
窓ごしの偵察を終えた「彼女」は苦笑する。
外のゴーレムは中々に隙の無い配置をしており、赤いセンサーを不気味に光らせ市内いたるところを警備している。
街外れのアパートに忍び込むだけでも骨の折れる作業だったのだ、ここからさらに中心に進んだらどうなるのか。そんな事は、考えなくとも分かる。
「仕方ない、か。箒たちが来るまで待とう」
部屋の中央にあるソファに向かいつつ「彼女」は、オルレアンでのイベント会場で出会った代表候補生の名前を発した。直接本人と話していた時とは違い、その名前を親しげな声音で口にしている。
まるでずっと前から、親友同士であったかのように。
「あのアドバイスで、きちんと分かってくれたかな……」
そうして名前を出したのをきっかけにして、篠ノ之箒のことへと「彼女」の思考は移っていく。
空別れ際に発した「自分の中の自分を信じて」という言葉。その意味を理解できていた場合、今後の戦いにおいて大きなアドバンテージを得ることができるのは間違いない。
なにせ、それに成功したならば――
しかもその切り札は「彼女」が知っているそれよりもさらに経験を積み、一層強力なものになっている。もし使いこなせれば、今後の戦いの行方すら大きく左右する存在になる。
それだけのスペックを、箒の中に眠る
「……ふふっ、大丈夫か。だって、あの箒だし」
しかし「彼女」からは深刻な表情はすぐに失せ、代わりに柔和な笑みがその顔に浮かぶ。
なにせかつての親友は、なに一つ「彼女」の記憶の中のそれと変わっていなかったのだから。
「彼女」と一緒の時間を過ごした時の記憶をほとんど失い、そこから長い年月を経ても尚変わらない親友。
それを信頼するな、というほうが「彼女」にとって無理な話であった。
こうして一つの問題に片が付くと。
次に「彼女」の中に浮かんできたものはひとつ。
(あれは……間違いなく)
オルレアンを襲撃したISのパイロットにして、フランスでの一連の事件の主犯。そして――「彼女」と同じ顔をした、デュノアの新しい指導者。
見たことも聞いたこともなく、
その正体について「彼女」は見当がつかなかったわけではない。
しかし、それは……。
「まぁ……考えてもしょうがないのかな、今は……まだ、ね」
そう言いながら「彼女」はソファに背中を預け、ゆっくりと瞳を閉じた。何しろここまでかなりの強行軍で移動してきたのである。少しは休まなければ、今後の戦闘に支障がでるどころか、戦力であるラファールを呼ぶことすら難しそうであった。
こうして、無人の市内に一人の伏兵が忍び込み、ひそかに開戦の時を待っていた。
「彼女」の
そして、その真の名は――。
◆
オルレアンでの戦いから三日後の正午。
イベント会場で買い取ったワゴン車をひたすら走らせた私たちはついに、パリ市内へと突入。そのまま無人の道路のど真ん中に停車した。奴らによる襲撃からすぐに市民は市外へと避難していたため、辺りには人の姿は見えない。
「さて、いよいよ市内に入ったサね……ここからは」
「分かってる」
ラウラはアーリィ先生の言葉に短く答えると、私達は勢いよくドアを開いてややお互いに距離をとってすぐにISを展開。瞬く間に道路には六機のISが姿を現した。
「朝見たときも思ったけどさ……箒のはここまでくると、もう打鉄の原型留めてないわね」
甲龍を身に纏った鈴は私と鏡さんを交互に眺めると、そんな感想を漏らす。それくらい、私たちの打鉄は別物と化してしまっていた。
エトワールの残骸から胴体部分を中心に使っての装甲強化を施し、ついでにそれに負けないくらいのスラスターを増設した鏡さんの「打鉄改・
だが、私の纏う「打鉄改・村正」はそうではない。
非固定部位をエトワールの脚部装甲を流用した大型スラスターを改造した大型の翼上のスラスターにし、脚部を今回のイベントで倉持が披露した最新式の打鉄のそれに換装。
肩のシールドこそそのままではあるものの、完全に機動力特化の近接主体機へと変貌を遂げていた。
「ああ、これならば奴らとも対等に戦えるはず……いや、戦って見せるさ」
「お二人とも、そこまでですわ……さっそく、敵さんがいらっしゃいましたわよ」
セシリアの発言を耳に入れると同時にモニターを表示させると、町の中心部から赤い点が向かっているのが確認できた。
その数、なんと十。こちらよりも駒の数としては上回っている。
だが……正直、今の私にとっては試し斬りの相手にしか見えなかった。十数秒後に発生する戦闘に備えてゾクゾクする心を抑え、臨戦態勢を整える。
そして――こちらに向け、一条の赤い破壊光線が飛来。それは道の中央へと直撃し、私たちをここまで運んでくれたワゴン車を一撃で大破炎上させる。
もう数十秒あそこにとどまっていたらと思うと、自然と汗が頬を滴り落ちて行った。
「よし……全員、ここを手早く切り抜けるのサ!」
「りょーかい、っと!」
鈴、司令官であるアーリィ先生の指示に応えつつ青龍刀を合体。言い終えるとともに右前方に位置取る三機のゴーレム集団に投擲。ブーメランのように回転する刀は、左から高速で迫る。
ゴーレム集団のうち二機は回避できたが一番右にいた個体は間に合わず、胴体に刀身を思い切りめり込ませて真っ二つになり爆散していった。
「おっと、逃がしませんわよ」
そして逃げた二機にも、別な一手が襲いかかった。セシリアの放ったBTビットによる砲撃である。
奇怪な挙動で回避運動を再び行うゴーレムに対し、同じく奇怪な軌道を描く偏向射撃でもって対抗。二機のゴーレムのコアは光の弾丸に貫かれ、瞬く間にその動きを停止。数トンの鉄塊は地面に墜落し、轟音とともにコンクリートで舗装された道を砕く。
恐らくこの中で、誰よりも抜群のコンビネーションを披露できる鈴とセシリア。そんな二人のコンビネーションの裏で、アーリィ先生が投擲した風の槍がゴーレムに直撃。計四機が物言わぬ人形と化した。
これでもう、数の上では互角。
「よし、こちらもいくぞッ!」
そう言いながら、私は瞬時加速とともに武装を展開する。エネルギーライフル「狼煙」を展開。元はエトワールの腕だったそれはそれぞれの打鉄に一個ずつ装備され、新たな遠距離武器として私達の手にあった。
「食らえッ!」
トリガーを引き、黄色い閃光が銃口から迸る。それは前方に陣取るゴーレムが構えていた右腕へと瞬く間に直撃し、爆発とともに肘から先をスクラップに変貌させた。
こうすることでこいつらは一瞬硬直するのなど、散々戦ってきた私にとっては常識と言ってもいい。
その隙を見計らってさらなる瞬時加速を行い、距離を一気に詰める。
「はぁぁぁぁぁぁ!」
そしてそのまま、銃口からビームの刃を発振。
これが、狼煙がほかのビームライフルと大幅に違うところであった。
元になったエトワールの腕が遠近一体の武装だったのを活かし、すぐさま斬撃に移れる。これによって量子展開の隙を極力減らすことができるのは、刀使いである私にとっては嬉しいところであった。
ゴーレムの胸にあるコアを一突きして倒す。
続いてそいつの残骸を盾にしつつ、空いていた左手に近接ブレードを展開する。そうして二刀流スタイルになった私は、すぐ隣数メートル先にいる次の標的へと迫った。
「やはりしっくりくるな……」
あのVTシステムによる内部からの襲撃時、私の身体を乗っ取った「別の私」がやったその型は本当にスムーズに動かすことができる。今、改めてやってみてもそう思う。自分でもびっくりだ。
そんな風に思っていると、私の視界の右に黄色い光が走り、少し離れた位置にいたゴーレムに直撃した。鏡さんの「狼煙」から発射されたビームである。
教科書通りの姿勢で放たれたそれは正確に敵機の胸を貫き、その直後に大きな爆発が発生した。
、
「どう、私も結構やるでしょ?」
「ふふっ、確かにな」
打鉄乗りどうし微笑みながらそんな会話を繰り広げているうちに、残りのゴーレムたちは第三世代機とテンペスタからの猛攻に晒されていた。
曲がるビームに見えない砲弾やレーザー手刀。そして変幻自在の風の武器。おまけに全員が優秀なパイロットときている。そんなものに耐えられるはずもなく、一機また一機と無人機はその数を減らしていき、遂には全滅してしまった。
ちょっぴりだが、ゴーレムに同情してしまうほどの布陣だったと思う、今のに限って言えば。
ある意味だが、奴らが心を持たない機械人形でよかった……のかもしれない。そんなくだらないことを考えていると、アーリィ先生の言葉が聞こえてきた。
「よし、次が来る前に前進サね。全軍突撃ってナ!」
「了解!」
指揮官の言葉に大声で返事をすると、私もその後ろにいた鏡さんも全身のスラスターを噴かせ、市街地中心部へと向かっていった。奴が待つと言ったデュノアの実験場は、ちょうどここの正反対の位置にある。
そのため、街を突っ切らなければならないのだ。もちろん、通行料タダで進ませてくれるとは思ってはいない。また何らかの妨害が来るのは間違いない。
いいぞ、来るなら来い。全て叩き斬ってやる!
私はそんな事を思いながら、新しくなった打鉄で曇天の空を飛んでいった。
◆
それから十数分。私達は迫りくるゴーレムを何機も何機も屠っていった。
奴らは曲がり角から、ビルの上から次々に殺到し、こちらに向かって死の光線をひたすらに放つ。それらをひたすらに遠距離からの攻撃で沈め、速度を維持したままでの戦闘を敢行する。
こうなってくると当然、遠距離主体の機体がこちらの主力となった。
セシリアのブルー・ティアーズは勿論の事、鏡さんの打鉄・鎧火も予備まで展開したビームライフル二丁で次々に射抜き、沈黙させていった。射撃の腕ならば、彼女はすでに私以上と言ってよかった。
というのも、鏡さんは一発か二発で確実に、かつ迅速にコアを射抜いて沈黙させているのだ。
機体の補正もあるとはいえ、それは私も同じこと。所詮は得手不得手の問題だとわかってはいても、少しだけ悔しいと思えてしまう……が、それも一瞬の事だった。
なにせ目の前の交差点から、ゴーレムが唐突に現れたのだから。
「こいつめッ!」
叫びとともに量子格納されていた近接ブレードを展開し、そのまま通りざまに素早く一閃。進行方向に沿った刀身は流れるように敵機の胴体に吸い込まれ、そのまま両断されていく。
ハイパーセンサーのおかげで、後方で真っ二つになって倒れ伏す様子も確認できた。その綺麗な断面を見ると、さっきの劣等感も晴れたような……気もする。
うん、やはり私はこっちの方が合っている。
そんな事を思いながら突っ切ることさらに数分。セーヌ川を飛び越え、シャンゼリゼ通りの方向へとひたすら飛んでいく。ここからさらに突っ切った先にある郊外のほうに、奴の待つデュノア社のビルがあるのだ。
「それにしても、やけに静かだな」
呟きながら、索敵を完了したというモニターを凝視。そこに現れた反応は0であり、不思議と川を渡ってから敵は何の干渉も行ってはこなかった。
もちろん、敵が量子格納されているだけという可能性は十分ありうる。そのため緊張感や胸の荒い拍動は、戦闘時と何ら変わらない状態を維持していた。
警戒は怠らないに越したことはないが、こうも焦らされるとどうしても落ち着かないな……。
「ねぇ、なんていうか……こういうとこが静かなのって不気味よね」
周囲を見渡しながら、鈴はそんな事を口にした。
確かに世界的な知名度を誇る花の都、それも観光地として特に有名なシャンゼリゼ通りに人っ子一人いないというのは不気味極まりなかった。とてももの悲しいというか、あの夢のようだというか……ッ!
「危ない!」
画面端の赤い文字に気づいた私が叫ぶとともに、その声に気づいた鈴は急速回避。しかし間に合わず、右足首に一発の銃弾が着弾。
それは見る見るうちに甲龍のシールドエネルギーゲージを削っていき、やがて七割になったところで停止した。
「いったいどこから!?」
「前だ!」
セシリアの若干パニック気味の問いかけに答えたのはラウラだった。指された指の先を見てみると、そこには凱旋門の上で冷酷な笑みを浮かべる、あのジャンヌ・ダルクの操縦者である少女の姿があった。
両腕の身に黒い装甲を展開し、手にはIS用に大型化された対物ライフル。
最小限の範囲ですぐさま展開し、そのまま素早く狙い撃ったのは明らかであった。
「ふふっ、ようこそパリへ……早かったじゃない。待ちきれなくってこっちから来ちゃったわ♪」
「貴様ッ!」
私が声を荒げていると、奴は門から身を投げ出す。落下する身体にはすぐさま光が凝集していき、それが晴れたころには世界初の
漆黒の装甲は奴の全身にまとわりつき、その手には攻防一体の万能装備の旗が握られていた。
「さぁ、始めましょうか。第二ラウンドをね!」
女がそう言いながら旗を振りまわすと、前方のいたるところに眩い光が出現。それが収まると、そこには
その数、七。そのすべてがオルレアンで攻めてきたものとは違い、オレンジ色の装甲をしていた。おそらく何らかのチューンナップを施した特別仕様なのであろう。
こうして、この場には瞬く間にジャンヌを含めた八機の敵が出現した。
「……やるぞ、みんな」
近接ブレードをもう一度力強く握りながら口にすると、瞬時加速で敵へと迫る。
奴の言うところの「第二ラウンド」は、こうして幕を開けたのであった。