篠ノ之箒は想い人の夢を見るか   作:飛彩星あっき

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第四世代

 

 敵は無人機三機に、デュノアの新型の計四機。

 いっぽう、こちらの戦力は五機――尤も、鏡さんはISを文字通り「持っている」だけにすぎないから、実質四機といってもいい。数の上では一応同等という事になる。とはいえ、敵のほうがアドバンテージを得ているのはほぼ間違いない。

 なぜなら敵機はそのどれもが新顔、その力は未知数である。唯一分かるのはあの壇上の新型が一番強いということだけだ。一方こっちは度重なる戦闘で敵に手の内を明かしてしまっている。すでにスタートラインからして大きく違うのだ。

 

「どうする、ラウラ?」

 

 やや接近した距離で敵の出方を見極めつつ、ラウラに通信を飛ばす。新たに味方に加わったこの少女はなにせ、現役のIS部隊長だ。こういう集団戦における指揮はこの場にいる誰よりも優れている。

 

「ステージ上での口ぶりからして、あの有人機は間違いなく箒、お前を狙っている……。仕方ない、そっちはあいつと戦え。無人機は私たちで何とか引き離す」

「やはり、そうなるか……わかった」

「倒し次第そっちに加勢する。無事でいろよ」

「そっちこそ……な!」

 

 最後にそう答えてから、再び瞬時加速で接近。いまだ壇上から一歩も動かない金髪の少女めがけ突きを繰り出す。一方の少女は相も変らぬ薄ら笑いのまま、ビームの旗を駆使してそれを防御する。

 

「あら……ずいぶん見ないうちに剣の腕もなまったのね。がっかりさせるんじゃないわよ」

「何を言っている、貴様……!」

 

 訳のわからぬ、うわ言のような女の言葉。それに苛立ちつつも右足で蹴り上げ、怯んだ僅かな隙を狙って体当たりをお見舞いする。少女はそのまま壁に強かに激突――したかに見えた。だが。

 

「甘い!」

 

 少女は旗を格納すると両手にアサルトライフル――ラファールのものと同じ「ガルム」だ――を展開。振り向きもせずに壁へと弾丸を撃ち込んでいき、ちょうどISが通れるような大穴を穿つ。あまりの手際の良さと技量に、敵ながら関心を思わず抱いてしまうほどの鮮やかさだった。

 

「アハハ、アテが外れて残念だったわね!」

 

 少女は壁を超えた途端に私に向けてガルムをゼロ距離射撃。急速に減っていくシールドエネルギーに恐怖を覚え、慌てて私から引き剥がす。

 少女は手にした銃を投げ捨て旗を再度展開すると、天高くへと飛翔していく。

 

「あら? 折角被害が及ばないところまで行ってあげたのに……来ないのかしら? つれないわね」

「馬鹿にするなッ!」

 

 少女の嘲りに一瞬で沸点を超えてしまい、怒りの咆哮とともに地を蹴り宙へと浮かんでいく。そこまで言うなら、この刀の錆にしてやろうではないか! 

 駆け上がることものの数十秒。こちらも敵と同じ高度に位置取り、互いに得物を相手に構えて硬直状態へと移行する。

 

「これでやっと、邪魔者なしでやれるわね」

「無人機は介入を避けるために放ったとでも?」

「そんな可愛げない呼びかたしないでよ、あの子たちには(エトワール)って立派な名前があるんだから」

 

 露骨なまでにあざとい態度で、こっちを見下しながらそんなことを口にする少女。

 そのまま彼女は手をひょいとこちらに向けると「プレゼントフォー・ユー、なんちゃって」などと抜かしながら、一通のデータを私の打鉄に送り込んでくる。

 罠かもしれないとは思ったものの、ここまで性能差があるのにそんな手を使ってくるとは到底思えない。震える手で「開封」ボタンをクリックしてみる。

 

 ホログラムのモニタにでかでかと映されたのは、彼女の駆る機体の写真。そしてそのすぐ横には「ジャンヌ・ダルク」と、丁寧に機体名まで添えられている。

 いくら何でも皮肉が過ぎる名前だとは思ったが、正直に言ってそんなことはどうでもよかった。

 

 私が真に注目した場所。

 それは機体名のすぐ前に書かれた、ある言葉だった。

 

「……なにが第四世代だ、ふざけるな!」

 

 第四世代型IS。

 確かに機体名と「デュノア社製」という言葉の間にサンドイッチされたそれは、私のいらだちを加速させるのには十分であった。

 現在世界中で開発され、ようやく試作段階にまで漕ぎ着けているのが第三世代。にもかかわらず、こいつらは第四世代、だと…………!? まるで世界中の努力を嘲笑うかのような所業が、個人的にはとても気に食わない。

 

「クッ、ククク……ハハハハハ! 第四世代がふざけている、ねぇ……。それをあなたが言うのかしら? 世界初の、第四世代ISの搭乗者様が!!」

 

 嘲りを続けたかと思えば意味の分からないことを言い、勝手に怒り出す。

 はっきり言って不気味そのもので、思わず顔を背ける――だが、なぜか彼女の放った言葉に惹き込まれてしまっている自分もいることに気づいてしまう。

 

 第四世代、それを私が…………しかも、世界で初めて搭乗した。

 世迷い事も甚だしいのに、どうしても否定することができない。まるで喉に何かがつっかえているみたいで気持ちが悪い。

 

「まぁ、いいわ。それより……殺し合いましょう!」

 

 少女はそう言うと、非固定部位のブロックを展開させてブースターに変形。そのまま瞬時加速を用いてこちらの懐まで全速力で突っ込んでくる。奴は接近中に旗を左手に持ち変え、右手で剣を抜く。こいつ、剣による斬り合い(こっちのフィールド)でのが望みか……ならば!

 

 そう思った矢先だった。

 少女は旗のビーム部分を消し、代わりに棒の先端から矢じりめいた形のビームを展開。投げ槍の要領でこっちに投擲してくる。戸惑っているうちに槍はほんの十数メートルを駆け抜けていき、左腕に直撃してしまう。

 鋭い痛みに顔を顰めるも、今は奴との剣戟に備えるべき。そう思って集中の糸を切らさずにいたのだが。

 

「アハハハ……♪ 狙い通り!」

「なっ!?」

 

 投げた旗が急速に粒子となって後方で消え、笑い声をあげる少女の手に再び呼び戻される。その姿を見た私は思わず絶句し、一瞬隙を晒す。

 本来ISの装備品を浮遊ないし展開、収納できるのはその機体の周囲に限定される。当然ながらもう十数メートルも離れてしまっている旗を回収などできるわけがない。

 なのに、なぜ……?

 

 無理やり頭を切り替え、目の前の少女との近接戦闘に全力で集中する。

 旗を戻したことから察しが付いていたとおり、彼女は私と剣で切り結ぶつもりは毛頭なかったようだ。剣をポイ捨てすると、両手で旗を握りしめて襲いかかってくる。

 一発の威力は刃物であるこっちのほうが勝っているものの、リーチや取り回しの面では圧倒的に刀のほうが不利だ。こっちが一撃与えようともがく間に、少女は何手もこちらに打ち込んでくる。剣を受け止め、柄で殴り飛ばし、バトンのように振り回し。変幻自在の戦術で全身をまんべんなく攻撃する。

 このままやっていても、分が悪いのは明らかだ。減っていくシールドゲージを視界に挟むと、思わず舌打ちが漏れる。

 

「ならばっ!」

 

 こんな状況になっても、わざわざ付き合ってやる義理はない。すぐさま刀を収納するとアサルトライフルを展開し左手に装備。右腕の内臓機銃とともに近距離で一斉射する。

 鸚鵡返し以外の何物でもなかったし、できればこんな戦法を使ってみたくもなかったが……状況が状況だ、手段など選んではいられまい。

 

「ハッ、猿真似かしら!?」

 

 向こうは旗部分を再度展開し、さながらビームの盾のように用いて銃弾を弾く。かなりの状況判断力と手際の良さだ。最初に命中した弾数から察するに、おそらくシールドエネルギーは三桁も減らせていないのではなかろうか。

 だが……そんなのは今どうでもいい!

 

「今だっ!」

 

 旗で守り、動きが止まったこの間にスラスターを展開し上昇、途中で右肩のシールドをパージするように指示を送って途中で切り離す。そして、それが足元まで落下した時点で私は――盾の中心部を全力で蹴り飛ばし、奴めがけて叩き落とした。

 質量をもった砲弾と化したそれはサイズ的に防ぐのは難しく、かつ想定外だったのか少女は躱すこともできずに思い切り頭上から直撃。ダメージはともかく、怯ませることには確実に成功する。

 

 心の中でガッツポーズをしつつ、素早く落下し斬り込もうとした途端――。

 

「クソがっ!」

 

 今まで以上に汚い言葉遣いになった少女がそう叫んだ刹那。私の頭上に黒い槍と剣が四本ずつ出現し、それらが一斉に降り注いでいく。

 

 なんだこれは……想定外に決まっている……!

 

 弾き落とすには手遅れと感じ、すぐさま防御態勢に移行。さっきシールドを捨てたのがここで響いてきたか……っ!

 思わず、数分前の自分に舌打ちしてしまう。ダメージが瞬く間に蓄積し、しかもあちこちに直撃するために身動きもロクにできない。

 こんな状況を、あいつが見逃すはずもなく――。

 

「食らえっ!」

 

 ちょうど降り終えたタイミングを見計らい、少女はビームフラッグを全力で振り下ろす。上から強烈な激痛が走るとともに、衝撃から高度はどんどん下がっていく。

 不味い、このままでは地面に激突する――!

 

「くっ!」

 

 地面スレスレの位置になってスラスターを巧みに操り、落下時の衝撃をできるだけ和らげる。転倒すれば一巻の終わりだ!

 結果、轟音を鳴り響かせながら地面を抉ったものの、立ったままの姿勢は保つことには成功。最悪の事態だけは何とか回避する。

 とはいえ、まだまだピンチなことには変わりない。速やかに体勢を整え、天高い位置に浮かぶ相手を見据える。位置取りは今や、向こうのほうが圧倒的に有利だ。

 どうするべきかと一瞬逡巡したが、答えなど決まっていた。とにかく近づかなければ話にならない。

 このままでは一方的にハチの巣にされるだけだ。

 

「やるしかないッ!」

「できるかしらねェ!」

 

 再び瞬時加速をして迫る私と、それを迎え撃つ敵。

 実のところ近づいたところで勝てる自信も、それどころかもう一度近づけるという保証すらない。だが、今は不安を覚えている暇はない!

 意識の奥底で鎌を向けてくる、恐怖という名の死神。その刃を振り払いつつ、敵が新たに展開したガルムの銃口を注視していた――その、時だった。

 

 突如新たなISの出現を告げるアラートが鳴り響き、直後向こうの握っていたガルムが右下からの銃撃を受けて爆散した。

 

「……どういう、ことよ!?」

 

 冷や汗を額から滴らせた少女は、ゆっくりと弾丸の飛んで来た方向へと顔を向ける。その表情から、こんな横やりは全くの想定外だった事が窺える。

 私も、同じくその方向へと視線を向ける。

 すると、そこにいたのは――オレンジ色に彩られたデュノア社の旧式機(ラファール・リヴァイブ)の改造機を身に纏った金髪の少女の姿があった。少女の顔は目の前のジャンヌ・ダルクを纏う少女と同じ――つまり、どちらかがイザベルなのか……?

 

 しかも、そのISは私が向いたときには既に量子化を始めて半透明となっていた。

 戦闘中に解除するなど正気の沙汰ではないのに、なぜ……。

 

「……痛っ!」

 

 そんなことを悩む間もなく、私の頭の中に激痛が走る。

 この痛み、さっきイザベルを見たときに味わったのと同等か、それ以上に……!

 

 戦闘中という事もあって、強引に痛みを引きずりつつも再び意識を現実に引き戻す。敵も突然の事態に硬直していたのが不幸中の幸いとでもいうべきか……。

 そうして前を向き直したとき、眼前に会った光景は。

 

「嘘……あんた、まさか…………ぐぁぁっ!」

 

 私と同じく激痛に苦しむ、少女の姿があった。旗は手から落ちて地面に突き刺さり、両手は頭を抱えているために無防備。

 今ならば倒すことだってできるかもしれない。そう思って一気に接近し、剣を振るおうとした時だった。

 

「舐めるなっ!」

 

 少女の咆哮とともに、私の前に六本の黒槍が出現。それらがさっきと同じように降り注ぐ。

 こんなもの、相手にしている暇などないというのに!

 

「はっ!」

 

 脚を止めずに右手のマシンガンを展開。最小の弾数で、素早く、そして可能な限り撃ち落とす。多少のダメージは覚悟の上、この好機を逃してなるものか!

 全身のブースターというブースターに意識を集中し、出せる限りの推力を絞りだし全力疾走。何としても、何としても今のうちに――!

 

 そして。

 剣を振り上げ。

 敵の頭上に。

 振り下ろそうとした。

 瞬間。

 

 突如横から鋼鉄の細腕がカットインし、私の刀はそこに吸い込まれていった。

 何事かと左に視線を向けると、そこにいたのはさっき見た新型の無人機――エトワール。

 

「こいつ、いったいどこから……!?」

 

 呆然とした呟きは甲高い金属音にかき消され、直後エトワールの放った回し蹴りを受けて間合いが開く。

 その間にジャンヌ・ダルクを駆る少女は相変わらず頭を抱えつつも、非固定部位の装甲を全面展開。大型のスラスターを形成してそのまま後ろを向こうとする。

 

「ちっ、勝負は預けたわよ!」

「ま、待て!」

 

 少女はそう捨て台詞を吐くと、どこかへと全力で飛び去っていく。

 その背中を追う気力もない上に、目の前には残された一機のエトワール。さっきの一撃こそあったものの、ほとんど無傷。

 対して私は満身創痍。しかもラファールは理由こそわからないが戦闘中に量子格納している。再展開など望むべくもないだろう。

 つまりは、相手こそ違えど再び一対一。

 そう思い、刀を強く握りしめた刹那。

 

「よくやったのサね篠ノ之。あとは私に任せて、アンタはその子を連れて逃げるのサ」

 

 この場には似つかわしくない声が聞こえたと思ったら、片腕のない着物姿の女性――アーリィ先生がゆっくりとこの場へと向かってくるのが見えた。

 

「先生! 何を……!?」

 

 いくらかつて織斑千冬(世界最強)と張り合えた実力者といえど、大事故を経た今でも戦えるとは、とても。

 そう私が考えている瞬間にはもう、先生はISの展開を始めていた。伝説の機体が閃光とともにその姿を、再び顕現させていく。

 

「テン、ペスタ……」

 

 思わず、その機体の名を呟く。

 本で。テレビで。モンドグロッソの大会会場で。何度も何度も見た、イタリア製のIS。それが私の目の前に、いる。

 片腕がないことを考慮に入れても、凄まじいまでの威圧感がそこにはあった。

 

「さて、と……久しぶりの戦闘。歯ごたえぐらいはあって欲しいサね」

 

 まるで悪役のような声音でアーリィ先生はそう口にすると、非固定部位の四基のスラスターを展開。エトワールに向けて突撃していった。


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