篠ノ之箒は想い人の夢を見るか   作:飛彩星あっき

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お待たせしました、第三章開幕です。
ちなみに現在既存の部分を一部改稿中です。よろしければそちらもどうぞ。


第三章
新たなる始まり


 あの事件から、早くも二ヶ月が過ぎた。

 事件後すぐに学園の第二世代機(訓練機)のアップデートが施されたためVTの襲撃――もちろん直接的な襲撃もだが――もなく、私たちは無事IS学園での初めての夏を迎えることができた。

 

 ――の、だが。

 

「なぜ、ここに限って……、ゲフッ、風邪など……」

 

 期末試験を終えた私たちに待っていた一学期最大のメインイベント・臨海学校。その前日から私は体調を崩し、結果見事に欠席せざるを得なくなるという事態になってしまった。

 

「今回は、結構楽しみにしていたのになぁ……」

 

 本来、私はどちらかというと学校行事に胸躍らせるタイプではない。なのだが、今回は鈴と久しぶりに一緒に行けるという事で結構楽しみにしていたのだ。何せ中学時代は一度も――京都への修学旅行でさえも――あいつと一緒に楽しめたことはなかったのだから。

 それに今回は、鈴に加えてセシリアにラウラ、仲良くなった一組のみんなも一緒だったのだ。思った以上に堪えてしまっている。

 

「ハァ…………」

「おっ待たせーっ! どう、元気になった?」

 

 ため息をこぼしたその瞬間。部屋の扉が「ばぁぁぁん」というけたたましい音とともに思いっきり開かれ、人懐っこいツインテールが私のベッドまで駆け寄ってくる。

 

「おい鈴、静かに入れ! ドアが壊れたらどうするつもりだったんだ!」

「大丈夫だいじょーぶ、こん位でぶっ壊れるわけないって」

「まったく、気をつけろよな……」

 

 こいつのことだ。極端な話、そのうちエスカレートして扉をISで壊すまでやりかねん。

 そんな姿がありありと想像できるから……その、怖い。

 

「……で、話し戻すけどさ。体調良くなったの?」

「見ればわかるだろ。もう大体治った」

 

 親友に対し、微笑みながらそう言う。なんだかんだでこいつに心配されるというのはいいものだ。胸に熱いものがこみあげてくる。

 

「そ、良かった。ところでこれ」

 

 鈴は手にしたバッグからデジタルカメラ――私が鈴に、出発直前に貸し出したものだ――を取りだし、私に手渡してくる。

 

「頼まれてたとおり、かなりの枚数撮ってきてあげたから」

 

 鈴は説明を入れつつ、カメラを受け取った私の横へと移動して一緒に液晶を覗き込む。

 まず初めに映し出されたのは、セシリアに鈴、それにラウラの水着姿だった。

 

「ラウラってさ、いままで学校指定の水着しか持ってなくて、これが生まれて初めて自分で選んだやつだったんだって」

「生まれが生まれだしな……そういう経験はなかったのも無理はないよな……」

 

 画面の向こうの、つい二か月前に友情が芽生えた銀髪の少女。普段はどこかクールな彼女が赤面しているさまを見てると、ついつい頬が緩んでしまう。

 あぁ……こんな姿を見られたのならば多少無理してでも行くべきだった……ッ!

 

「随分残念がってるわね……顔に出てるわよ。気持ちはわかるけどね……あ、でも」

「でも、なんだ?」

 

 しゃべってる途中で何かを思いついた風の鈴は唐突に言葉を途切れさせると、悪戯っぽい笑みを顔に浮かび上がらせる。

 こういう時、こいつが決まって言いそうなことといえば……。

 

「もしあんたが行けたとしてもさ、一緒に泳げはしなかったんじゃない? そのスイカが収まるような水着なんて……あだっ!」

「やっぱりそれかっ!」

 

 人の胸をつん指で突きながらおちょくるバカの頭にチョップ。まったく、鈴は隙さえあればこっちの胸をイジってくる。まるで変態おやじのようだ。

 今はいないからいいものの、ここにもう一人の変態(姉さん)までいたら相乗効果でとんでもないことになる。何度被害にあった事か――っ!

 もっとも、こういう時鈴にどうやり返すのかも決まっているのだが。

 

「そういうお前も、わざわざまな板を隠す必要などなかっただろ? 海パンで泳いだ方がよかったんじゃないのか?」

「~~ッ! あんたはいっつもそうやって!」

「先にやったのはそっちだろうが!」

 

 「何ともまぁ進歩のないやり取りだ」と我ながら呆れつつの反論だったが。これはこれで日常が戻ってきた感覚がして嫌いじゃない。

 そんな風に考えてみると、自然に笑みがこぼれてくる。どうやら鈴も同じようで。私たちは同時に声をあげて笑い合った。

 

 ――あぁ、やっぱり私たちはこうでなくっちゃな……!

 

 ひとしきり笑い合った後、鈴と共に再び写真を捲っていく。

 スイカ割りやビーチバレー、かき氷を頬張る写真に、三人以外のクラスメイト達と一緒に写っているモノ。そしていくつかの風景の写真が容量いっぱいになるまで詰め込まれている。

 そんな中、私の目に留まったのは一枚の、夜の海岸の写真だった。

 

「あぁ、これ? 旅館抜け出して散歩してたら、なんか綺麗だったから撮ったのよ」

 

 鈴の言うとおり満月とそれを反射した海面、月明かりに照らされた岩場の写るそれは極めて幻想的で、名画に匹敵するほどだとさえいえた。思わず撮ってしまったというのも頷ける。

 

 だが、問題はそこではなかった。

 この風景を見ると、私の頭の片隅で何かが警告を発するのだ。とても大切な、それでいて忘れてしまった「何か」を思い出せ。そう訴えかけるかのように。

 そしてその感覚は、ここ四か月ほどの間に何度も経験していたことでもあった。連中の襲撃や、あの夢を思い出すときに決まって起こる既視感に酷似しているのだ。

 

 しかも、今回のそれは今までの中でもかなり強い部類に入る。

 ――こんなことになるならば、無理を通してでも行くべきだった……っ!

 

「ご、ごめん箒……やっぱまだ見せるべきじゃなかったわね……」

 

 つい一人で考えて、苦虫を噛み締めたような顔をしていたのが不味かった。鈴はバツの悪そうな顔をすると、私の手からデジタルカメラを取り上げようとする。

 

「あぁいや、違うんだ……。その……あの日、旅館で襲撃に遭った時のことを思い出してつい、な」

「そういや、あの日も満月だったわよね……」

 

 咄嗟に吐き出したでまかせが功を奏した。鈴は取り上げようとする手を止めると、それ以上は何もしてこなかった。

 嘘をついたのは若干心苦しかったが、残りの写真に何かしらのヒントが隠されている可能性は捨てきれない。心の中で鈴に謝ると、素早く一枚一枚確認していく。しかし、あの海岸のもの以外に「特別な写真」は存在しないようで、頭に警告が流れたのはあの一度きりだった。

 

「ありがとう、しかし……本当に行きたかったな」

 

 鈴にデジタルカメラを手渡した際、ついぽろりと本音を零してしまう。ただでさえ悔しかったというのに、そこに記憶や例の夢に関する事まで付加されてしまえば尚更だ。

 

「まぁそりゃね……そこでさ、箒。これ行ってみない?」

 

 急に笑顔を作ると鈴は、折りたたまれた一枚のプリントをポケットから取り出すと、私の目の前に広げて見せる。

 そこに書かれていたのはIS委員会主催のIS展、その学園ブースに出る代表生徒募集についてだった。

 開催地はフランスのオルレアン。

 募集人数は全五名で、一年生からの募集だそうだ。

 

「臨海学校の代わりってわけじゃないけどさ……これ、あたし達と一緒に行ってみない? ラウラもセシリアもあたしも、あんたが行くっていうなら付き合うって決めてるし……さ」

「フランス、か……デュノアのある所だな」

 

 デュノア社。

 ISメーカーとしては世界的に有名な老舗で、量産機シェア第三位の名機(ラファール・リヴァイヴ)の製造元としても知られている――尤も、第三世代機の製造に難航し、現在は経営危機に陥っているという噂もあるのだが。

 

「そのデュノアなんだけどさ……アーリィ先生から聞いたんだけど」

「何をだ?」

「新型。今回の展示会で発表するとかなんとかって噂があるんだって」

「――ッ!」

 

 アリエナイ。

 

 鈴の言葉を聞いてすぐ、そう口にしそうになったのを何とか堪える。だが、えもいわれぬような感覚は頭の中にこびりついたままだった。

 

 デュノアが、こんな時期に新型を出すなどあり得ない。

 

 どうしても、そう思えてならないのだ。そしてその感覚は、今まで――ついさっきも――味わったあの奇妙なものと酷似していると来ている。

 

 ――デュノアも、連中と何か関わっているのか?

 

 もちろん、確証などあるわけではない。あるのはしょせん、直観だけだ。

 だが、私はその直感だけを信じてみたくなっていた。今までも直感に従っていれば何かしらの形で真相に近づけた気がするのだ、決して分の悪い賭けだとは思ってはない。

 なら、乗るしかないじゃないか!

 

「あぁ、いいぞ。行こう。私たちみんなでデュノアの新型を冷やかしにでも行こうじゃあないか!」

 

 笑顔で鈴にそう言うと、あいつも狂喜乱舞する。なんだかんだこいつも、私が欠席して一緒じゃなかったことが悔しかったらしい。

 そう思った途端、私の口元も思い切り緩み、気づけば二人して笑い合っていたのだった……。

 

 パリ郊外。

 世界のISシェア第三位を誇る大企業、デュノア社。

 その研究棟地下にある、格納庫にて。

 

「えぇ、ええ! 遂に完成しましたわ!」

 

 薄明りの中。

 中性的な美貌を狂気混じりの笑みで歪ませ、背後に鎮座する機体へと視線を向けながら。

 

 ひとりの少女が、芝居がかった声を響かせる。

 

「デュノア社の、あなたの、私の夢!」

 

 (おびただ)しい血によって、真紅のカーペットが敷かれたかのような床。

 その上を、少女は踊りながら言葉を紡いでいく。

 

「ええ、夢の結晶! ()()()()()()I()S()がここに完成致しましたとも!!」

 

 最奥に鎮座する、漆黒の鎧。

 それに背を向けながら、少女は高らかにそう言い放つ。

 

「や、約束が違……貴様ッ!」

「約束は果たしましたよ社長……いいえ、()()()

「……は?」

「デュノアの――いえ、()()()()()の夢だったじゃないですか」

 

 そんな饗宴を見ていた唯一の観客――デュノア社長は床に這いつくばり、呻くが。

 少女の理解不能な言葉に遮られていく。

 

「親子……まるで意味が分から――」

「アハッ、まさかお忘れになられたとでも?」

 

 言いつつ、少女は両脚をISの装甲へと通していく。

 

「データ欲しさに()()()()()()()IS学園に送り込んだこと」

 

 今度は両腕を武装しながら、少女は目を閉じ言葉を紡いでいく。

 

「何を……男装……!?」

 

 だが、その発言は男にとって、あまりにも支離滅裂にしか思えなかった。

 勿論事実ではないが――()()()()()()()()()()I()S()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ええ、その通りですよお父様」

 

 得物のビームフラッグ。

 その柄をハンガーラックから手に取ると、少女はゆっくりと鋼鉄の靴で床を踏み抜いていく。

 真新しい脚部装甲で鮮血を跳ね飛ばし、びちょりという嫌な音を響かせながら。

 

「実の娘を苦しませてまで、手に入れようとした次世代機」

 

 少女の言っている事の一割も、男には理解できなかった。

 

 確かにデュノアは第三世代の開発で後れを取っていた。

 事態の打開する術を喉から手が出るほどに欲しているのも事実である。

 

「それを今更――欲しくないと?」

 

 だからこそ。

 こんな得体のしれない女の持ってきた技術に食らいつき、提案に乗った。

 だが。

 

「そう貴方は仰るのですねぇっ! お父様ぁっ!」

 

 娘?

 男装?

 

 完成直後、研究者を皆殺しにした少女が、冷酷な笑みと共に発した言葉の数々。

 それらに疑問符を浮かべながら、男は自身が夢見た最強の兵器。

 自社製次世代機の武器に頭部を刺し貫かれて、その生涯へと幕を下ろしていった。

 

「……あはっ、想像以上。濡れてきちゃった♪」

 

 静寂が支配する中。

 先程とは打って変わって、ざっくばらんな口調で感想を漏らす女。

 その視線は、先程自分が手にかけた男へと向けられていた。

 

「ほんっと、馬鹿な男」

 

 まだ自分が自分である前の記憶を、少女は思い返していく。

 

 幸せが崩れた矢先、絶望へと叩き落された日のことを。

 次いで、すべてが崩れたあと。

 ()()()()()()()が、最期に「愛してる」等と宣って果てた時のことを。

 

「……本当に大切に思ってたなら、庇いなさいよ。抱き締めなさいよ」

 

 泥棒猫の娘と叩かれた記憶。

 頬を押さえながら、夜に一人泣いた記憶を次いで思い返してから。

 それと共に愚痴った――瞬間だった。

 

 少女の前に、同じ顔をした幻覚が現れたのは。

 

「何ですか? またそうやって、いつもいつも」

 

 じっと悲しそうな瞳で見てくる相手へと、少女は苛立ち混じりに吐き捨てる。

 だが、返ってくる言葉はなく。

 

「何よ……事実じゃない! 悲しかったんでしょ!? 辛かったんでしょ!?」

 

 ぎりっと音が出るまで歯を食いしばってから、怒りを露わに吐き捨てる。

 

「知ってるわよ、だって憶えているんだもの!」

 

 少女は幻覚の――前の自分の事は、誰よりも理解していた。

 なにせ、同じものを多々共有しているのだから。

 

 だが。

 

「なのに、他人のことばかり! どうしてあんたは!」

 

 思い返すのは、想い人へと別れを告げた日の事。

 

『君が生きていてくれれば、僕は死んでも構わない』

 

 あの船の、彼の部屋で。

 そう笑って告げた三日月の夜の事。

 

 今の自分には到底納得などできない言葉が頭の中に響いてきて。

 

「どうして、幸せになろうとしなかったのよ!!」

 

 激情に任せて、少女が吐き捨てた――その時だった。

 彼女の纏うISへと通信が入ったのは。

 

「……うざっ」

 

 小さく吐き捨ててから、通信を繋ぐ。

 主人もその眷属共も、少女にとって癇に障る対象に他ならなかった。

 誰も彼もが好きではないのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「無事こちらは終わったわよ。ええ、復讐完了。例の無人機のデータは数時間後にでもそちらに」

 

 とはいえ、仕事はきちんとこなすのが少女のやり方だった。

 こういう面だけは生前の身体の持ち主と変わらないため、苛立つ事もあるが――適当にこなす方が腹に据えかねる。

 

 難儀な性格と少女自身思うが、変えられそうにもないままであった。

 

「そんじゃ、次はオルレアンで……ええ、血祭りにあげてやるわよ」

 

 けたけたと笑いながら通信を切ると、少女はISを乱雑に脱いで飛び降りる。

 それから、ついさっきまで纏っていた鎧を愛おしそうに見つめていった。

 

「うふふ、第三どころか第四だなんてね……やればできるじゃないですか、お父様」

 

 せいぜいが現行の専用機と変わらない性能だろうと、製造中は考えていた。

 造らせてから殺し、嘲るのが目的。

 実用面で足りないスペックは、余りある自身の腕でカバーする。

 

 その筈だったが、出来上がったのはまさかの世代跳躍機。

 

 嬉しい誤算に、少女の口角が吊り上がっていく。

 

「さて、あとは……あっ」

 

 何かに気付いた少女は間抜けな声を上げると、微笑する。

 夢中になりすぎるあまり、新たなる愛機のネーミングを忘れていたのだから。

 我ながら抜けたところがある――等と少し思ってから、少女は思い返す。

 

「……そうね……救国の聖女(ジャンヌ・ダルク)ってとこかしら」

 

 炎と瓦礫だけが広がる、視界の中。

 磔刑に処され、焼かれた聖女のように。

 僅かに持っていた物さえも失った、あの屈辱の記憶を。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()永劫に忘れないように。

 少女は、機体の名を決めていった。

 

「ククッ、まぁ……妾の子が聖女ってのも、おかしな話ですけれど」

 

 そして少女は、狂ったように笑い始める。

 

 ――新たなる戦いの幕は、こうして人知れず切られたのであった……。

 




感想お待ちしております。
それではまた、どうぞよろしくお願いします。

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