篠ノ之箒は想い人の夢を見るか   作:飛彩星あっき

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難産でした。特に最後の方が。


戦いの日(後)

「鈴ッ!」

 

 セシリアと別れてから数分後。ピットにたどり着いた私は、強引にアリーナのシールドを蹴破って中へと入る。するとすぐさま、黒いISを相手取っている鈴の姿が眼前に飛び込んできた。

 既に非固定部位の片側は大きく欠けており、双天牙月のうち一本は壁に突き刺さっている。

 そのことからも分かるとおり、鈴は相当苦戦しているようであった。

 

「箒……あんた、どうしてここに!?」

「そんな事はどうでもいい!」

 

 そう言いながら、黒いISに対してアサルトライフルをけん制がてらに撃ち込む。少しだけ敵がひるんでいる間に私は接近し、黒い奴へと向かう。

 それと入れ替わる形で、鈴は私のいる出入り口のところまで一目散に撤退していった。

 

「何があった……?」

 

 通信越しにとりあえず尋ねてみたものの、あらかた想像はついていた。

 目の前にいる黒い暮桜は、他とは一線を画すほどの異常な強さを秘めている。さっき鈴と戦っている姿を一目見ただけでも、その差は一目瞭然だ。

 そしてこの第二アリーナという場所を鑑みるに十中八九、あのISの中に乗っているのは――。

 

「ラウラとの試合が始まって、大体五分くらい経った頃かしら……急に空のシールドが破れて、そしたら一機のゴーレムが入ってきて……」

「ゴー、レム……そいつは今どこに!?」

 

 鈴の解説が始まると、いきなり予想に反した存在を私は耳にする羽目になる。

 すぐさま詳細を求めると、あいつは「アリーナの端の方」とだけ補足する。

 一瞬だけ視界を向けてみたが、そこには黒色の装甲片やチューブ、それに特徴的なデザインの頭部が転がっていた。

 

「急いでいたので気付かなかった……ッ!」

 

 鈴に返事していた丁度その時に、敵も接近してきて刀を振るう。私は急いで長船を打ち込み、つばぜり合いの状況に持っていく。

 

「それで、その後はどうなった……!?」

 

 じりじりと押し押されつつを繰り返しながら、隙を見て思い切り押し込む。それと同時に、鈴に通信を送って尋ねる。

 ラウラの乗る黒いISは、この異常なISのいわば「第一号機」に違いないのである。なにかしら他と違う点があっても不思議ではない。情報の収集は大事だ。

 

「あたし達が戸惑っていた間に、ゴーレムはラウラに何か細長いものを投げつけたの。それからすぐにあいつのISに電流が流れて……」

「今の形になった、のか!?」

 

 返答しながら距離をとり、そのまま再展開したアサルトライフルでけん制。

 

「うん。それでその後、ゴーレムは今のラウラに倒されたわ。で、その後はアンタが見た状態ってわけ」

「なるほど……なっ!」

 

 聞き終えた以上、もう間合いをとって時間稼ぎをする必要はない。その言葉とともに急速噴射して接近しようと試みる。

 連動したかのように、向こうも瞬時加速。瞬く間に二本の刀が交差し、火花を散らす。

 

「太刀が重い……ッ!」

 

 さっきぶつかって見た時も感じたことなのだが、こいつの太刀は途轍もなく力強い。一瞬でも力を入れ損ねれば、こっちが斬られてしまう。

 まるで本物の千冬さんを相手どっているかのようだった。

 

「だが、負けるわけには……ぐぅっ!?」

 

 だからと言って、鍔迫り合いばかり気を回しすぎたのは悪手だった。敵は素早く右足を上げると、私の腹目がけて鋭い勢いの蹴りを放つ。不意打ち気味に放たれたそれをかわす手段はなく、ノーガードで直撃してしまう。

 シールドエネルギーの減りこそ微量であるものの、体勢を一瞬でも崩されたというのはかなりの痛手だった。ただでさえ押され気味だったのが、完全に向こうに主導権を握られる形となる。

 

「ぐっ……!」

 

 このまま一方的に蹂躙されるのだろう、打鉄が消えるのも時間の問題だ。

 その後、どうなる?

 

 何度も私を殺そうとしてきた連中のことだ。とうてい見逃してくれるとは思えない。もうすぐ私の命も尽きてしまうのだろう。

 しかし、それを鈴が指を咥えて見ているだけだろうか? 否、あいつのことだから、満身創痍でも突っ込んでくるに違いない。となると、鈴だって殺されてしまう。

 その後やつは外に出てセシリアを、アーリィ先生を、クラスメイトたちを――学園のみんなを、きっと殺そうとする。

 

 嫌だ。そんなのは嫌だ!

 

 そう、思った瞬間。

 頭の中に今まで以上に鮮明な光景が浮かび上ったかと思えば、五感を不快な情報に支配される。

 

 見渡す限り、火の海と化したIS学園のある人工島。

 肌を刺激する、地獄を思わせる熱さ。

 鼓膜を破らんとする音量の悲鳴。

 肉の――脂の燃える異臭。

 煤臭い口内。

 

 体感時間で大体三十秒ほど、そんな地獄に落とされてから――私の中で何かが「目覚めた」。

 

「やれやれ、おまえはどこでもVTシステムに囚われるのか。心底呆れた奴だな」

 

 ひとりでに口が開いたかと思うと、そんな言葉を紡ぎ出す。

 そして同時に、自分の意思では指ひとつ動かせなくなってしまう――まるで誰かのラジコンにでも、成り下がったかのように。

 

「さて、やるか――!」

 

 高らかに私でない私――もうひとりの「私」はそう宣言すると、瞬時加速でラウラの攻撃を回避しつつ右後方へと移動。

 そして逃げた先にあった双天牙月を乱暴に引き抜くと、連結を解除。左手に握った片方だけを構え、もう片方を無造作に投げ捨てる。

 これで私は右の長船と左の双天牙月で、日本刀と青龍刀の変則二刀流とでもいうべき状態となった。 

 

「我ながら凄まじく不恰好だな……だがまぁ、一刀よりかはいくらかマシだ」

 

 クク、とあたかも悪役のように、もう一人の「私」は笑う。

 そして笑いながら、ぶんぶんと両の手の刀で目の前の空気を切り裂く。

 

 乗っ取られている状態とはいえ、身体の感覚は私にも問題なく伝わっている。

 そのため、私の使う形から外れた酷くアンバランスな振り心地にゾクリとする。

 

 だが同時に、確かに二刀流の方が馴染んでいる気がする自分もそこにいた――二刀流など、試してみた事すらないというのに。

 

「あいつのように零落白夜は使えんが……やれるだろう」

 

 にやりと口角を吊り上げながら言い、次の瞬間には非固定部位の大きな翼に搭載された鞘から二本の刀を抜き取る。

 次の瞬間には大出力を活かし、滑らかに地面スレスレを跳んで敵の懐に悠々と飛び込んでいた。

 口ぶりや迷いのない挙動から察するに、どうやらこっちの私のほうが度胸も勝負強さも所持しているらしい。

 

「てやぁぁぁぁっ!」

 

 私と瓜二つの掛け声を発しながら、もう一人「私」は両の手で剣を十字に振り下ろす。

 刹那、鈍い斬撃音と共にラウラの機体へと一気に重篤なダメージが叩き込まれる。

 そして間髪入れずにもう一度、再び縦からの斬撃。

 

 たった二撃のみの攻撃。

 それだけで、もう一人の「私」はあの黒いのを完全に機能停止へと追い込んでしまった。

 

「まぁ、これ以上ぶっ飛ばすのは勘弁しておいてやる……か」

 

 やはりどろり、と溶ける装甲から排出されたラウラを抱きかかえつつ、もう一人の私はいくつもの感情が入り混じった声を口から紡ぎ出す。

 それから彼女を地面に寝かせてから教員数人が駆け寄ってくるのを確認すると、もう一人の私は「後は任せた」と小さく呟く。

 直後に体の自由は戻ったが、同時に疲労感も襲い掛かってくる。

 

 全く、超常の存在ならば疲れも持って言ってくれてもいいのにな、もう一人の私よ。

 

 ついさっき存在を知ったばかりの「私」相手に苦笑しつつ、私は意識を手放していった…………。

 

◆◆◆

 

「またこのパターンか……」

 

 目が覚めたとき、私は夕日の差し込む保健室のベッドの上で横になっていた。

 だからだろう、そんな言葉がため息混じりに零れてしまう。

 それにしても……たった二ヶ月の間にこれで三回目、か。ちょっと多すぎやしないだろうか?

 

「何がまた、なんだ?」

「おぅあ!!?」

 

 突然隣からきょとんとした声が聞こえてきたので、素っ頓狂な叫び声をあげてしまう。

 慌てて声のしたほうへ振り向くと、そこには赤と金のオッドアイの銀髪少女――ラウラの姿があった。

 

「なんだ、ラウラか……って、いいのか?」

「ん、何がだ?」

 

 今度はラウラがきょとんとする番だった。首を軽く傾けると、すぐさま尋ね返す。

 彼女の幼さの残る外見のせいだろう。今の仕草だけを見て判断するなら、とてもドイツの軍人だとは思えない。

 

「いや、その目を隠さなくて。十分隠す時間はあっただろうに」

「ああ。もう良いんだ。なにせ……」

 

 言葉を一旦溜めると、ラウラは私に向けて手を差しだしてくる。

 

「お前は私の仲間だからな」

「仲間……」

「ああ、そうだ。あれに打ち勝ったお前は十分強い。それに……私を助けてくれた、だろ?」

 

 いささか唐突感はあったが、素直に仲間だと言ってくれたのは嬉しいものがある。

 差し出された手をを握り返しながら、そんなことを思った。

 それにしても、記憶を保持したままの状態で操られていたとは。連中め、なんと恐ろしいことを……。

 

 体感的には結構長く握ってからお互い手を放すと、ラウラはゆっくりと口を開く。

 

「この瞳――越界の瞳は、疑似ハイパーセンサーでな。あの研究所で表向き開発されていた技術だったんだ」

「しかしなぜ、それをお前が?」

「あの日、奴が去った後で瓦礫の中から見つけたディスク。そこに入っていた」

 

 まったく、運が良かったのか悪かったのかわからんな。そうラウラは自嘲気味に続けて締める。

 

「なるほど、入手した経路は分かった。しかしよく手術を受ける許可が出たな」

 

 いくら合法範囲だったとはいえ、極秘研究――しかも、おそらく試作段階――であることには変わりない。とてもIS特殊部隊の者があっさり施せる手術とはとても思えなかった。

 

「クラリッサ……私の副官をはじめ、多くの隊員たちが私の意を汲んで上層部に掛け合った結果だ……あいつらには、本当に感謝している」

「そうか……だからあの時、あんなに怒っていたのか」

 

 それだけ口にしてすぐに、頭を下げる。

 知らなかったとはいえ、慕ってくれている者を蔑ろにしてしまったのは本気で申し訳ない事をしてしまった。

 

「もう良いってことだ。今後は気を付けてくれ……。それより、今後のことだが」

「今後、か……。まさか連中が学園に、しかもこんなに早く襲い掛かってくるとはな」

 

 顎に手を当て、考える。

 学園にいればある程度は安全だとはいえ、正直いつかは攻めてくるに違いないとは思っていた。

 だが、ここまで早くに実行に移してくるとは思ってもみなかった。早くても一学期末あたりだろうと高を括っていた面は否めない。

 

「しかも、あの謎のテクノロジー……あれは一体なんだったんだ?」

「さぁ、私にも何が何だか分からんのだ」

 

 無意識に名前こそ「VTシステム」と口にしていたし、効果自体もある程度は察しがつく。しかしそれを差し引いても謎が多すぎる。

 

「特に訓練機にいつ仕込んだのか……そこが一番の謎だな」

 

 ラウラがそう口にする。

 確かにそこである。

 戦闘中に仕込んだシュヴァルツェア・レーゲンと違い、訓練機は敵からの直接的な接触などないのだ。

 学園内のセキュリティは頑丈だし、不審者が侵入したとは考えづらい。いったいどうやって……。 

 

 

「訓練機に関しては、外部からのハッキングがあったのが確認されたのサ」

 

 にわかに声だけが聞こえてくると、戸棚の陰になっていた場所から私たちの担任――アーリィ先生が姿を現した。

 

「うええっ……! いつの間に!?」

「最初から、サね」

 

 素っ頓狂な声を上げながらも尋ねると、満面の笑みとともにそんな台詞を返される。

 という事は、さっきの全部聞かれて、いた…………?

 

 そう考えた瞬間にはもう、堪えきれずに赤面してしまう。枕に顔をうずめたい気分だ……!

 

「ま、私は千冬と違ってそういうのは嫌いじゃないサ。結構結構」

 

 「青臭いのも大変結構サね。青春ってヤツなのサ」と言って締めると、アーリィ先生は心底愉快そうにけらけら笑う。

 

「ハッキング……ですか?」

 

 私と違って気にしていない風のラウラは、アーリィ先生に問うた。

 

「ああ、そうサね。専用機――いや、第三世代とは違ってセキュリティの弱い訓練機が餌食になったって感じっぽいのサ」

「だから私のシュヴァルツェア・レーゲンには直接接触したのか……」

 

 ラウラが納得したかのように呟く、なるほど確かにそれならゴーレムを派遣した筋が通る。

 

「システムについてはお察しの通りサね。パイロットごと取り込み、織斑千冬のコピーにさせる能力。名前はヴァルキリー・トレース――VTシステムというらしいのサ」

「VT……システム」

 

 その名前は「もう一人の私」が口にしていたものと同じだったため、思わずその単語を反芻してしまう。

 偶然にしては出来すぎている気もしないでもないが、そのままといえばそのままな気もするが……。

 

「モンド・グロッソの優勝者一式のデータも入っていたサね。ま、今回は織斑千冬のデータ以外は使われなかったみたいだけどサ」

 

 アーリィ先生は軽く笑いながら「優勝しなくて良かったサね」と付け足したが、正直に言って反応には困る冗談だった。

 

「ま、そんなことはどうでもいいのサ……私としては、全員無事だった事の方が大事なのサね。よくやってくれたのサ」

 

 戸惑う私をよそに、アーリィ先生は左手で私たちの頭をなでると、そのまま出口の方へと歩を進める。

 

「あとはまぁ、生徒同士でってことでサ。それじゃあナ!」

 

 朗らかな声でそれだけ伝えて先生は出ていくと、入れ替わりで

 

「箒!」

「箒さん!」

 

 という大声と共に、鈴とセシリアが室内へと入ってくる。

 

「二人とも……まぁ、私は大丈夫だぞ。この通りぴんぴんしている」

 

 私は笑顔でそう言って、心配してくれていた二人を安心させようと試みる。

 

 あのシステムの出所は、もう一人の私の正体は。

 

 いくつか謎は残ったが、今だけは考えないようにしよう。

 かけがえのない友人たちと一緒に無事と勝利を喜びながら、夕焼けの差し込む保健室で私はそう思ったのだった

 

◆◆◆

 

「連中も、案外万能じゃないのサねぇ。システムひとつまともに作れないとはナ」

 

 夕焼け色に染まった廊下で一人、アーリィは携帯端末を眺めながら呟く。その画面にはイタリア語で「ドイツの違法研究所」とだけ記載されていた。

 

「まぁ、よく考えたらそりゃそうサね。しかし、伝えなくてよかったのかナ……」

 

 思い悩んだかのような表情で口にしてから、アーリィは今しがた出て行った部屋の方へと耳を澄ます。

 そこからは、少女たちの発する楽しそうな声が響き渡っていた。

 

「ま、空気は読んだ訳だし……いいってもんサね」

 

 最後にそう言って自分を納得させると、アーリィはその場を後にした。




これにて第2章終了。
次から話が本格的に動き出します。

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