篠ノ之箒は想い人の夢を見るか   作:飛彩星あっき

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深まる謎

 激しくぶつかり合う金属音によって凰鈴音が起こされた時、隣で寝ていた篠ノ之箒の姿はなかった。

 

「箒、どこ……っ!」

 

 上半身だけを起こして辺りを見渡すと、窓の外の光景が鈴の視界に飛び込んでくる。

 全身装甲の奇怪なISを相手に、専用機を纏って戦う親友の姿。

 それを見た途端に鈴の意識は寝ぼけ半分から完全に覚醒し、すぐさま布団から勢いよく飛び出す。

 

「はやく逃げなきゃっ!」

 

 枕元に貴重品を置いておく癖が幸いして、鈴はすぐさま財布と携帯、それに箒から買って貰ったブレスレットだけを持って部屋を飛び出した――その刹那。

 ずがぁぁぁん、という凄まじい音が頭上から鳴り響いたのを鈴は耳にした。

 それから数十秒すると急に夜なのに明るくなり、多くの人の悲鳴まで聞こえてくるようになった。

 焦げ臭い匂いまで立ち込めている。どうやら火の手が上がったらしい。

 

「まずいわね……」

 

 それだけ口にすると、鈴は左手で口と鼻を覆いながら急いで移動を再開する。

 鈴の今いる場所は、幸いにもまだ火に襲われてはいなかったが、木造建築であるためすぐに燃え広がっていくだろう。事態は急を要するといえた。

 階段を降り、徐々に煙が立ち込めてくる廊下を急ぎつつも慎重に走りぬけ、あと少しで出口というところまで迫ったその時だった。

 

「嘘、でしょ……!?」

 

 目の前は既にかなりの勢いで吹き上がる炎に包まれており、とても通れる状態だとはいえなかった。

 そのうえ鈴が通ってすぐ、彼女のちょうど後ろのほうの天井が崩落して通行止めになってしまっている。 これでは、二階に戻って飛び降りることすらもはや叶わない。

 

「背に腹は変えられないわよね……。やっぱり」

 

 多少の火傷は覚悟の上、今は生きる方が大切だ。

 そう決めて、炎の海へと身を投げ出そうとした時。 背後から「何か」が落ちてくるような音が聞こえてきたので、鈴は足を止めて振り返る。

 そこには鈴や箒と同じ年齢くらいの、端整な顔つきの青年が立っていた。

 彼は真横に向き直ると、壁に向かって走り出す。それと同時に、その身体を眩い光が包み込んだ。

 光が晴れた途端、そこにあったのは「ISを纏った男性の姿(ありえない光景)」だった。

 

「きゃっ!」

 

 そのまま男は物凄いスピードで壁へと突撃。間近でそれを見ていた鈴は風圧から思わず悲鳴をあげ、尻餅をついてしまう。

 

「な、何だったのよ……今の」

 

 あまりにも突飛な光景――そもそも山奥の温泉旅館にISが襲撃する事自体が異常なのだが――を目にした鈴は、今の光景が幻覚ではないのかと疑った。

 だが現実には壁に大穴が開いており、外へと出られるようになっていた。

 

「よいしょっと……あっ!」

 

 床に打ち付けられて痛む身体を起こすと、すぐ傍の床にブレスレットが転がっているのに鈴は気付いた。拾う暇があるのならば、一刻も早く逃げるべきではある。

 だが鈴には、どうしてもそれができなかった。

 慌ててしゃがみこんで拾い上げ、それから外へと脱出する。

 その直後、炎はちょうど鈴のいた場所まで燃え広がっていった。間一髪といったところだろう。

 

「あっぶな……っ!」

 

 つい振り返って炎を目の当たりにした鈴だったが、すぐさま前方から聞こえてきた斬撃の音に再び視線を前に戻される。

 そこにはあの男が謎の機体を真っ二つにし、そのまま飛び去っていく光景があった……。

 

◆◆◆

 

 目を覚ましたとき、私の視界に飛び込んできたのは見覚えのある天井の木目だった。

 

「ここ、は……?」

 

 小さな声でそう口にしながら、首だけ動かして辺りを確認する。

 果たしてそこは、家の私の部屋だった。

 念押しといわんばかりに窓から外を眺めてみると、ちゃんと家屋の隣にある篠ノ之神社の本殿の姿も見えた。

 

 なぜ、いつの間に戻ってきたのだろうか? 確か私は、温泉宿に鈴と一緒に遊びに行っていたはずなのに……。

 

 そう疑問に思った瞬間、気を失う直前の記憶がフラッシュバックしていく。

 突如襲ってきた無人機。攻撃され、炎上する旅館。そして――私を助けてくれた、夢の中に出てくる少年と同じ顔をした男。

 

「いったい、あれは何だったのだろうか……」

 

 夢じゃないかと思い、慌てて枕元におかれていた鈴――打鉄を握り締めて念じ、展開しようとする。

 指輪は鈍い光を数秒の間放ったものの、その後は何の反応も示さない。それは損傷が激しいときに起こる、特有の現象であった。

 

 つまりあれは、現実。

 

 そう認識した途端、にわかに鈴の事が気になってくる。

 内向的な私とは反対の、やや強引な性格をした幼なじみ。

 人懐っこくて負けず嫌いで、誰に対しても世話焼きな私の親友。

 

「あいつは、無事なのか……?」

 

 いてもたってもいられなくなり、まだ疲労の残る身体に鞭打って立ち上がって部屋から出ようとした。そのときだった。

 部屋のふすまが開かれ、背の低いツインテールの少女と対面する形になってしまう。

 

「あ、箒。起きてたんだ」

「鈴……生きていた、のか……」

「なに、生きてちゃ悪いっての?」

 

 不満げな顔をした鈴が私のベッドに近づいてくる。その顔が近づくにつれ、私の視界は徐々におぼろげになっていく。

 

「いや、そんな訳ない、だろ……。よかった、本当に良かった……!」

 

 鈴が生きていた。

 

 それが分かった途端、私の目から涙が溢れては零れ落ちていく。そんな私を鈴は「仕方ないわね」と微笑みながら抱きしめ、そっと頭をなでてくれた。

 

「箒こそ、目を覚ましてくれて本当に良かった。あんたがここに運ばれてきて、もう丸一日過ぎてたんだもの。目を覚まさないんじゃないかって、心配だったんだからね」

 

 声は穏やかだったものの、鈴の手や身体は小刻みに震えていた。

 

 どうやら私も、こいつにかなりの心配をかけていたようだな。

 

 しばらく抱きしめあってから「無事でよかった」と二人で笑いあう。それからベッドの脇に置かれていた緑色のリボンを手にとり、長い黒髪をいつものようにポニーテールに纏める。

 そうしてから再び鈴のほうを向くと、彼女の右腕に包帯が巻かれているのに気がついた。

 

「鈴、どうしたんだその怪我は?」

「ん、ああこれ? 平気だって。ちょっとした擦り傷よ。痕も残んないみたいだし、大丈夫だって! でもね……」

 

 明るく振舞っていた鈴が、急に表情に陰を落とした。いったい何があったのだろうか? 疑問に思ったものの、その答えは鈴の視線を追うとすぐに分かった。

 ブレスレットに、少なからず血の痕がこびりついていたのだ。

 

「……昨日貰ったばっかりなのに。本当に、ゴメン!」

「いいんだ鈴。私はお前が無事ならばそれでいい」

「でも……」

「まったく、仕方のないヤツだ」

 

 優しく微笑み、今度は私が鈴の頭を撫でてやる。ふふ、これでおあいこだな。

 

「何がおあいこよ。まったく!」

 

 どうやら言葉に出ていたようで、鈴が口を尖らせて不満を言う。だが、その顔は満更でもなさそうだった。

 

「束さん待ってるから、呼んでくるね」

 

 私が撫で終えてすぐに、鈴ははっとした表情になる。私が起き上がった喜びにかき消され、今の今まで忘れていたようだった。

 

「姉さんが? いたのか」

「そりゃああんたの家なんだし、いるに決まってるでしょ」

 

 まだ頭が回っていないみたいだな……。

 

 姉さんはたまにIS学園や委員会のほうで作業をしたりあちこちの研究機関に招かれたりはするものの、基本的にはうちの土倉を改造したラボで作業をしている。いて当たり前なのだ。

 

「私が目覚ましがてら呼んでくる。鈴はここで待っててくれ」

「何言ってんのよあんた。病人はおとなしくしときなさい、ほら布団に戻った戻った!」

 

「そうか。なら頼む」

 

 鈴はこくりと頷いてから風のような早さで病室を出ると、代わりに静寂が訪れた。そんな空間に取り残された私の頭の中には、否応なくあの少年についての思考が張り巡らされていく。

 

「あれは一体、何だったのだろうか」

 

 確かにあれは男性操縦者だった。それは間違いない。

 一応似たような装甲を持ったパワードスーツにはEOSというものもあり、それは男性でも操縦できる。だがEOSではあの攻撃は防げないし、空を飛ぶことも叶わないだろう。

 

 纏っていたISにも謎が多い。

 やけに最初のIS・白騎士に形状が似ていたのだ。

 しかも手に握られていた光の剣は、日本代表だった私の知り合いである千冬さん――織斑千冬の駆るIS『暮桜』の武装『雪片』に酷似している。

 

「そういえば、あいつが私を斬った剣も雪片だった……!?」

 

 剣の事に意識を向けていたからだろうか。今まで考えたこともないほうへと思考は動いていく。

 

 夢の少年が握っていた剣。それは確かに雪片だった。だがそれは、ある矛盾を生じさせている。

 雪片が初めて使われたのは三年前のモンド・グロッソ。つまり私が夢を見始めてから世に出た代物なのだ。しかし私はそれを四年前には知っている。

 

「どういう、事なんだ?」

「なにがどういうことなのかな~、箒ちゃん」

 

 毎日のように聞いている、どこか愉快さを含んだ声がふすまごしに聞こえてくると、すぐに一人の女性が部屋に入ってきた。

 ひとり「不思議の国のアリス」とでも言わんばかりの奇抜なファッションに身を包み、頭の上でひょこひょことウサギの耳を模した機械を動かすその女性こそ、私の姉である篠ノ之束である。

 

「あ、いえ。その」

「大丈夫大丈夫! この束さんのお膝元の篠ノ之家で盗み聞きの心配はないって! それに……」

「それに?」

 

 急に言いよどんだ姉さんの様子がおかしかったので、思わず尋ねる。しかし姉さんの口からではなく、扉の外から答えは聞こえてきた。

 

「箒、今日の昼に出たニュースよ。読んでみて」

「鈴、これ……はっ!」

 

 鈴はスマホの画面を、私に見えるように突きつけてきた。そこに掲載されていた記事に衝撃を受けた私は、それを食い入るように見つめる。

 

 ――男性操縦者、温泉宿に出現か。

 

 見出しにはそんな文字が躍っており、そのすぐ近くにはあの男の写真が掲載されていた――もっとも手ブレやノイズがひどく、とても顔までは確認できないのだが。

 せいぜい体格で男だと分かる程度の解像度しかなかった。

 

「よく、こんな眉唾な話を載せる気になったものだな」

 

 逆に冷静になった私は、記事を読み終えるなり素直な感想を吐き出した。

 ここまで汚い画像ならばもう、オカルトだと信用されなくても仕方ないだろうに。

 

「目撃証言も多数あったからね~。それに、鈴ちゃんだって見てたみたいだし」

「鈴もあいつを見たのか?」

 

 あれだけ派手な騒ぎを起こしていれば、鈴だって目撃していてもおかしくはない。私の夢を知らない鈴には、あの光景はどう映ったのだろうか?

 

「…………あの人に、助けられたの」

 

 だが、返ってきた答えはあの戦いについてではなかった。伏せ目がちに鈴は衝撃の真実を口にする。

 

「助けられたって、どういう……?」

「言葉通りの意味よ。大っきな音がして、慌てて逃げてたのよね。そしたら途中で転んじゃってさ。これがその時の傷よ」

 

 そう言いながらゆっくりと袖をめくり、また包帯が巻かれた腕を見せてくる。転んだときに出来た傷と言うことは、さっきの擦り傷というのは本当のようだ。

 鈴は弱みを隠してやせ我慢をするきらいがある。そのため心のどこかでは疑っていたのだ。

 

「そのときたまたま近くにいたあいつに、助けられた……それだけよ」

 

 本当はまだ何かありそうな気もしたが、それ以上追求するのは野暮だと感じたので黙っておく。

 それに、鈴が嘘をついているとは思えなかった。少なくとも助けられたのは事実なのだろう。

 

「それで、その後そいつがどこへ行ったのか分かるか?」

「そこまでは。あたしが外に出たときには、敵が真っ二つになって倒れたとこだったし」

「……分かった。ありがとう」

 

 これ以上は無理だったか。

 

 だが、思った以上に有力な情報を聞くことができた。

 あの男は旅館にいたのか。建物への攻撃は彼を狙っての事だった可能性もあるとみて間違いないだろう。

 さて、次は姉さんに話を聞こう。知りたいことが二つある。

 

「姉さん。男性操縦者って、どうやってISを動かしてるのかわかります?」

 

 一刻も早く知りたいほうから先に尋ねる。

 私の姉、篠ノ之束は稀代の天才であり、ISの開発者である。ひょっとしたら男性でも動かすことの出来る条件を知っているかもしれない。

 

「ごめんね箒ちゃん、束さんもどうして女性にしか動かせないのかはわからないんだ。まぁ、一人くらいイレギュラーがいても不思議じゃないとはいっつも思ってたことだけどね」

「そう、でしたか……。ところで、旅館を襲ったISについては、何か分かりましたか?」

 

 姉さんでも分からないものは仕方がないので、次の質問に移る。あのISはやはり、無人機だったのだろうか。

 

「箒ちゃんが眠っている間に、残骸の解析はしてみた。あの機体は一年前に束さんが造った試作無人機『プロトゴーレム』にそっくりだね。内部機器の配置なんかモロだよモロ。全く誰だい? 無断でパクったバカは」

 

 私の確信を、解析結果は裏付けたかたちになる。

 つまり襲撃者は、姉さんと同等の知識や技術を持っていることになる――いや、男性操縦者の存在を知っていた以上、姉さんすら凌ぐかもしれない。

 空恐ろしい想像に肝を冷やしていると、スマホを弄っていた鈴が急に険しい表情になってその画面を再び私たちに見せてくる。

 

「ねぇ、ちょっとこれって……」

 

 ――謎の男性操縦者、今度は英国に出現

 

 鈴のスマホの液晶に表示された画面には、そんな突飛な文章がつづられていた。

 想像を絶する文面に思わず声を上げそうになるも、必死にこらえる。とにかく、まずは記事を確認しなければ……。

 

 

 記事によると、イギリス北部にあるIS関連企業の工場に男性操縦者のISが襲撃したという。

 奴は建物を全焼させたため、死傷者も多数出ているらしい。監視カメラが無事だったため、ご丁寧に映像まで残っている。

 

「再生、するわね……」

 

 私と姉さんが読み終わったタイミングを見計らって、鈴が震える指で動画の再生ボタンを押す。

 ノイズ交じりの映像だったものの、確かにあの「白い翼を生やしたIS」が映っている。

 顔もはっきりと映っていた。男は悪どい笑みを浮かべ、次々と光の剣で攻撃を仕掛けていた。

 

「なんで、あの人が……」

 

 臨時ニュースが終わってしばらくして、最初に口を開いたのは鈴。そしてその言葉は、私の思いを代弁しているに等しかった。

 

 直後、姉さんのバッグから振動音が鳴り響く。どうやらメールのようだ。姉さんは携帯を取り出すと、しばらく液晶とにらめっこをしていた。

 

「ふんふん……IS委員会の要請があって束さん、イギリスに行かなきゃなんなくなった」

 

 メールの送り主はISに関する国際組織である「IS委員会」のようだ。確かに、この一連の異常事態を調査するにあたって、姉さんほど適した存在はいないだろう。

 

「ねえ束さん、あたしも連れて行って。箒も行くわよね」

「おい、鈴! 私はともかく、何でお前がついていく必要がある!?」

「うん、いいよ鈴ちゃん」

 

 鈴がついていきたい理由は分けるものの、実際に同行する必要はないと思っていた。

 だが、姉さんは二つ返事で了承する。一体何故だろうかと悩んでいると、姉さんが口を開く。

 

「だって鈴ちゃんは至近距離であの男を見ているんだし、何か分かるかもしれないじゃん。それにさ、折角の卒業旅行がぱぁになったんだし、代わりくらい用意させてあげたっていいじゃない」

「さっすが束さん、話が分かるわね! で、箒は付いていくの、行かないの? どっちにするかさっさと決めなさい」

 

 どうするのか、か……。

 

 思えば私は、あまり今まで自分の意思で決めたということがなかったように思う。

 代表候補生になったのも半分くらいは「姉さんがISの開発者だから」という面はあるし、剣道を始めたのだって実家が剣術の道場も開いていたからという理由によるものが大きかった。

 

 だから、これが初めて「完全に自分の意思」で決めることなのかも、しれないな……。

 

 意を決してから、私は口を開いた。

 

「もちろん、私もついていきます。奴が何者なのか一番知りたいのは、私ですし」

 

 偽らざる本音をぶつけると、姉さんと鈴は笑顔で頷いたのだった……。 

 

◆◆◆

 それから二日後の、午前11時50分。

 私たち三人はいったん、香港空港に降り立った。

 イギリスに最も早く到着できるルートを検討したところ、一旦ここで降りてロンドン行きの便に乗り換えるのがベストだったからなのだが……、

 

「え!? 運行休止、ちょっと待ってよ!」

 

 いったんロビーに着くと、黒山の人だかりができていてなにやら揉めているのに、私たちは気付いた。

 私と姉さんは何がなんだか分からなかったので、鈴にどうなっているか聞いてくるように頼もうとした。そんな時、あいつはこう叫んだのだ。

 鈴の視線の先には、赤い文字がでかでかと表示された電光掲示板がある。どうやらそこに書かれた文字が、トラブルの発端のようだった。

 

「どういう事だ、鈴」

「ルート上の天候悪化で今日のイギリス行きの便は休止なんだってさ。こんなことなら」

 

「どうする? 二人とも」

 

 ボストンバッグ片手に鈴が尋ねる。三時間もあれば、軽い市内観光くらいはできそうだが……。

 

「とりあえずお昼まだだし、街に出て何か食べようよ。束さんはお腹ペコペコだよ」

「じゃあ、そうしますか」

 

 そう返事をすると私は、出口の近くに立つカタログスタンドにあった市内観光用のパンフレットを一つ手に取り、外へと出て市街地行きのバスに乗る。

 バスは十分近くで市街地に着き、私たちは終点であるバスターミナルに降り立った。

 

「さて、どこにします……」

 

 姉さんに問いつつターミナルから出ようとした、丁度その時。

 

(――殺気!?)

 

 右斜め向かいのビルとビルの隙間から、あまりにも強烈な敵意が感じられた。なので、私はすぐさま懐の鈴――打鉄に意識を集中させる。

 だが、殺気はすぐさま霧散してしまった。

 

「一体、何だったのだ……?」

「何が?」

 

 思わずぼそりと呟いたそれを、鈴は聞いていたらしい。きょとんとした顔で聞いてきた。

 

「いや、なんでもない。それじゃあ行こうか」

 

 私は微笑を浮かべると、香港の繁華街に歩を進めていった。


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