篠ノ之箒は想い人の夢を見るか   作:飛彩星あっき

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戦いの日(前)

 一旦実家に帰った、その翌日。

 登校してすぐに、私たち三人の目に飛びこんできたのは電光掲示板に表示された組み合わせ表だった。

 

「もしかして、姉さんが何か仕込んだのか……?」

 

 思わず思考が口に出てしまう程度には、それは余りにも作為的に過ぎた。

 

 一日目の最終試合、その第一アリーナでの試合が私とセシリア。

 そして同時刻に行われる、隣の第二アリーナでの試合。それが鈴とラウラだったのだ。

 

 これなら鈴がラウラを倒せればそれでよし。もし出来なくとも組み合わせの都合上、私かセシリアのどちらかが二回戦であいつと戦える。

 時間の惜しい私たちにとって、願ったり叶ったりなシチュエーションだ。早くあいつとの試合が終われば終わるほど、仲間に引き入れてからの時間が増える。

 

「いくら何でも都合がよすぎるし、無いって言えないのが……ね」

「まぁ良いじゃありませんの。都合が悪いよりは」

「……ま、そうだよな」

 

 ふふっと軽く笑って、セシリアの言葉に返す。

 そうだ、今はあれこれ考えている時間など無い。よい結果だったなら笑って受け入れるべきだろう。

 

「さて、まだ時間はあるわけだが……どうする?」

「あたしはそうねぇ……。クラスのみんなの試合見てようかな。何か参考になるものもあるかもしれないし」

「わたくしも鈴さんとご一緒させていただきましょうか。箒さんはどうするおつもりで?」

「私は――」

 

 正直、試合を見に行かない理由も余り無かった。だが、何となくそんな気にはなれなかった。

 だから咄嗟に。

 

「機体の最終整備や、戦術の確認に時間を使いたいから一人にさせてくれ」

 

 こんな、どこかそっけない返しをしてしまう。

 

「まぁ確かに、試合寸前まで相手と一緒ってのはあれかもしれませんわね。では箒さん、これで失礼します」

 

 そう言ってからセシリアと鈴は私に背を向け、アリーナの観客席に伸びる通路へとゆっくりと歩を進めていった。

 二人の背中を見届けてから私も外へ出て、整備室のある校舎へと歩き出そうとしたのだが――。

 

「ラウラ……?」

 

 視界の端に映った銀髪の少女の姿に、思わず足を止めてしまう。

 彼女は人気の無い芝生の真ん中に突っ立っており、その右手には眼帯が握られている。

 そして、普段は隠されている側の瞳は――遠くからでも分かる程鮮明に、輝いていた。

 

 何なんだ、あれは一体……?

 

 ただ金色というだけではない。どこか怪しげな光を瞳そのものから放たれているのだ。

 代表候補生として色々な国の人間とも私は出会ってきたが、あんな瞳は今まで見たことはなかった。

 それに、普段あいつは隠しているのだ。絶対に普通ではないと断言できる――そして恐らく、それを見られたくないのだという事も。

 

「誰だ?」

 

 突っ立って、ぼけっと考えていたのが不味かった。

 ラウラは私の存在に気がつくと、そのまま早歩きで私の元へとやってきた。

 

「……見たのか」

「すまない。偶々目に入ってしまった」

 

 隠し通せるとも思っていなかったし、隠すほど卑怯にもなれなかったから、素直に頭を下げて謝罪する。

 

「こんなところで、外していた私にも責任はある。気にするな」

「……ところで、その眼はどうしたんだ? まさか奴らに何か……」

 

 しかしそうは言っても、やはり気にはなるものである。ついついそんな質問が口から、半ば無意識に飛んでしまった。

 すると、ラウラの表情はにわかに険しいものになり、さらに私に一歩詰め寄ると。

 

「訂正しろ! この瞳が……越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)が、あいつのような汚らわしい奴に関わっているなど、二度と言うな!」

「……申し訳ない。口が過ぎた」

 

 再び謝る。確かに少し――いや、かなり軽口が過ぎた。

 

「フン」

 

 荒い鼻息とともにラウラは背を向けると、私とは反対方向――つまり、アリーナの方向だ――へと早足で歩き去っていった。

 私はしばらく立ち尽くし、その姿を呆然と眺めているのだった……。

 

◆◆◆

 

 結局あの後も、ラウラのあの瞳――あいつがうっかりと口にしたところによると、越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)というらしい――の事が妙に引っかかっていた。

 

 一体、あの瞳は何なのだろうか。

 あの怒りようから見て、あいつの言っていたとおりあの男には何のかかわりも無いんだろう。

 もしかすると、黒ウサギ隊(あいつの仲間)から手に入れたものという可能性もあるかもしれない。

 

 そして、それを何故隠すのか? まさか奇異の目で見られるのを嫌っただけではあるまい。

  

 そんな取り止めの無いことばかりが整備中にもちらついて作業は遅れに遅れてしまい、結果試合開始の三十分前にようやく終了する有様だった。

 

「さて……ここからは集中せねば、な」

 

 ピットにて、軽く頬をはたいてから万全の体制にしておいた打鉄を展開。そのままカタパルトに運ばれてアリーナの中へと移動していく。

 急加速していく中、反対側のピットからセシリアも同様に運ばれていくのが見える。

 その姿を見ると、否が応でも緊張感が高まっていった。

 そしてそれと同時に、あいつと試合が出来るという悦びもこみ上げてくる。

 

「わたくしとあなたの試合は、これで二度目ですわね」

「ああ、そうだな……。悪いが、また勝たせて貰おう」

 

 微笑を浮かべたセシリアから話しかけてきたため、私も不敵に微笑んで返す。

 そうだ、ここで負けるわけにはいかないのだ。あいつと戦って、勝つためには。

 もっとも、そう思っているのは向こうも同じだろうけれど。

 

 互いにその後は一言も発さず、数十秒の間をおいて試合開始の合図が聞こえる。

 さて、まずとるべき最善の行動は……!

 

「いくぞっ!」

 

 奴の苦手とする近接格闘戦に即座に、最速で持ち込む。それ以外にあるまい。

 

 そう判断した私は、即座に瞬時加速を発動。自分でも物凄いと感じるほどのスピードで懐に飛び込む。

 

「読みやすい手ですわね……まぁ、嫌いでは、ありませんがねっ!」

 

 当たり前のことだが、セシリアとてド素人というわけではない。

 すぐさまスターライトを構え、私に向けて数発叩き込むモーションへと移行する。

 当然、こっちも向こうがそう出るのは予想済み。だから今こそ、新たな技を披露する時!

 

「はぁぁっ!」

 

 掛け声と、成功する筈という確信を乗せて私が放ったのは、連装瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)

 短い間に連続して瞬時加速を細切れに行うそれによって、レーザーを何発も回避。目論見どおり――いや、それ以上だろう。なにせ一発も喰らわなかったのだから――にセシリアの懐に潜り込むことに成功する。

 

 この距離ならば、近接戦を得意としていないブルー・ティアーズに負ける道理はない!

 

 そう、思っていたのだが――。

 

「まだですわっ!」

 

 切り替え早く、スターライトを格納して近接用ナイフを取り出したセシリアは私の刃を手際よく防ぐ。

 それと同時に後方へとスラスターを噴射させつつ、置き土産と言わんばかりにビットを四基展開してくる。

 

「ビット……厄介な」

 

 舌打ちしつつ、四枚の板によって形成された包囲網を潜り抜けようとすばやく下降。

 そしてそれと同時にアサルトライフルを展開、ビットのひとつに狙いを定める。

 だが――。

 

「早いッ!?」

 

 そう、予想以上にセシリアのビットの挙動は素早く、中々狙いを定められないのだ。

 その動きは、春休みに戦ったサイレント・ゼフィルスのものすら凌駕しているように思えてならないほどだ。

 

「ちっ……」

 

 無意識のうちに、私の口から舌打ちの音が漏れ出る。

 ビットの面積はISの比ではないレベルで小さい。そのため、ただでさえ命中させるのは少々難儀する。

 そこに高速移動まで加わったら、もう厄介というレベルを遥かに超越しているといっても過言ではない。

 

 だがまぁ、やるしかない、か……!

 

「そこっ!」

 

 起動を予測し、弾丸をばら撒く。

 そして運良くそれらの数発が当たったのを確認すると、そのまま再び全力で飛翔。

 同時に、肩のシールドを後方にスライドさせて攻撃を防ぐのを忘れずに行っておく。全弾回避――それも背中を向けての状態で――など、到底不可能だ。

 ならば、少しでも本体への損害を減らすほか無い!

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 咆哮とともに空を駆け、一直線にセシリアへと再び向かう。案の定背後からレーザーが殺到するが、シールドのお陰でダメージは最小限に留まっている。

 問題なのは正面にいる本体だけだが、これがかなり厄介だ。

 さっき接近した時も思ったのだが、アーリィ先生の訓練の成果かやたらと精度が向上している。

 しかもこっちは、奥の手の連装瞬時加速を先出ししているのだ。今回はセシリアも、私がそれを使う可能性を考慮した撃ち方をしてきている。

 最早一発も食らわずに接近など、夢物語といって良いだろう。現に、もう三発近く被弾している。

 

 だが、たどり着くまでにシールドエネルギーが尽きなければいいだけの……事だっ!

 

「くっ……しつこい!」

「ああ、しつこいさ! それにこれ以外に勝ち筋は無いのでな!」

 

 セシリアの漏らした呪詛に返答する形で、そう叫びながら尚も前進する。 

 そうだ、今はこれしか方法が無い。

 もしかしたら他の道があるのかもしれないが、そんなのを探す余裕もないし、そもそも私はそんなに器用な女ではない。

 

「てやぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 掛け声とともに近接用のブレードを展開して、それをそのまま振り上げる。

 セシリアもそれに応じて、インターセプターを展開して迎え撃たんとする――それを待っていた。

 

「はっ!」

 

 叫びながら右腕を刀から離し、内蔵式マシンガンの上に装着された小型シールドでナイフを受け止める――いや、当てにいく。

 これで問題なく、攻撃は通るはずだっ!

 

「まだですわっ!」

 

 苦渋に満ちた表情でセシリアは宣言すると、腰アーマーに搭載された実弾型のBTを私の目の前に展開し、そのまま発射してくる。

 避けることなど到底不可能であり、思い切り直撃を食らってのけぞってしまう。

 

「だが……」

 

 ほぼゼロ距離といってもいいほどの至近距離で放たれたグレネード弾だ。いくら何でもお互い無事では済むまい。

 そんな事を吐き出しながら、晴れていく前方を注視する。思った以上に距離をとられていなければいいのだが……。

 

「どこだ…………っ!?」

 

 しかし、目の前にはセシリアの姿はない。一体どこへ隠れたのか。

 そう思いつつ、別の方向に気を配ってみると――。

 

「下ですわっ!」

 

 そこにはビットをいつの間にか格納したセシリアが、スターライトを構えて私に向けている姿があった。やはりさっきの攻撃の反動は凄まじかったらしく、打鉄・正宗の各部には細かい傷がいくつも見受けられる。

 奴との距離はおおよそ十数メートル。素早く間合いを詰めようと思えばいけなくもない……はずだ!

 

「次で決着をつけるっっっ!」

 

 高らかに私はそう宣言すると、一気に姿勢を変更して急降下を開始する。

 その、直後――。

 

「隠しておきたかったですが、仕方ありませんわねっ……!」

 

 そんな言葉とともに、今までとは違う独特の威圧感をセシリアが発する。

 同時に、一旦充電の為に引っ込めようとしているビットを再展開。私を包囲するように飛ばしてくる。

 

 あいつも隠し球をもっていたのか。しかし、何か嫌な予感がする……!

 

 直感的にそう感じて剣を両手で構え直しつつ、獲物に群がる獣のように動くビットを注視していた。

 

 ちょうど、その時だった。

 ずがぁぁん! という、まるで建物が崩れ落ちるかのような轟音が、私の耳朶を打つ。

 

 

 慌てて打鉄・正宗の機能で音の発生源を確認してみると、それは隣の――とはいえ数キロはゆうに離れているのだが――第二アリーナから鳴り響いた音のようだった。

 

「ぐっ……!」

 

 間髪入れずに、さっきの音に近い――いや、全く同じ轟音が私たちの入るアリーナにも響き渡る。

 刹那、天井のシールドバリアーが破られ、一機の黒いISが侵入してくる。

 

「何だ……あいつは?」

 

 無意識に、そんな言葉を弱々しく紡ぐ。

 

 目の前にゆっくりと下降し、ある程度の位置で静止するIS。

 それは形状こそ日本製によく見られる、鎧武者を模したかのような装甲をしている。

 

 だが、普通なのはそこだけだった。

 

 装甲は黒のペンキを缶ごとぶちまけたかのように、ただひたすら黒い色をした全身装甲(フルスキン)

 

 さらに言えばセンサー類はおろか、装甲と装甲の継ぎ目すら存在しない。

 明らかに、常識の埒外にあるISだった。

 

「こんなことをできるのは、間違いないですわね」

 

 セシリアの問いかけに首肯すると、その続きを私があいつに代わって口にする。

 

「ああ……確実に、奴らだ」

 

 そう口にすると、私たちは己の握り締めていた武装を「黒いIS」に向けるのだった……。




あと3話で第2章は終わりにします、予定より1話少なくなりました。
次回は連続投稿です。どうかよろしくお願いします。

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