学園にある複数のIS競技用アリーナのうち、第二アリーナは放課後、試合形式の訓練専用に開放されている。
普段ならそれなり以上に申請があると学校案内には書いていたものの、流石に新学期の初日だからだろうか。誰の申請もなかったらしく、すぐに借りることができた。
「いくぞ……打鉄・正宗」
右手に握り締めた銀色の鈴へと静かに意識を集中させることで、専用機を展開する。
数秒の眩い光の後、打鉄・正宗は私の身体に滞りなく装着を完了させた。
「箒……勝てるよね?」
「ああ、きっと大丈夫だ」
カタパルトに脚を乗せた瞬間に聞こえてきた、少し不安げな表情の鈴の声。
それに私は振り返り、笑顔とともに明るい声で返す。
いくら一人で勝った訳ではないとはいえ、あれだけ命がけの死闘を短期間に連続してこなしたのだ。
国防部隊のそれと同等――もしくはそれ以上――に、戦闘経験も蓄積しているに違いない。そう確信している。
「それじゃあ箒さん、行ってらっしゃいませ」
「そうだな……では、篠ノ之箒――発進するっ!」
セシリアに返したその言葉を合図にカタパルトを起動。そのまま私の身体はアリーナ上空十数メートルへと、急速に運ばれていく。
規定のラインに到達し停止すると、すでにラウラは向かい側で腕を組み、待機していた。
私が来たことで試合開始が可能な状況が整ったので、空中投影式のディスプレイが中央にでかでかと表示され、カウントダウンが開始される。
さて、ラウラはどう出てくるのか……。
自分の武器である長刀・長船を
特に
こんなものを装備し、わざわざ量子格納もせずに見せつけているのだ。恐らく砲撃戦のISに違いない。
私の打鉄が近接型な以上、長期戦になればなるほど不利になる。そう私は確信した。
ならば試合開始と同時に、一気に接近する以外に道はない……!
ひとり胸中でそう決意すると同時にウィンドウの数字が「0」を表示する。そして、それと同時にブザーがけたたましく鳴り響く。いよいよ試合開始だ。
セオリーどおりというべきだろうか。ラウラはすぐにこっちを向いたまま急速に後退しつつ上昇する。しかも同時に非固定部位を細かく動かして狙いを定めてきたため、私の打鉄には「レールカノンにロックオンされている」という旨の警告文が赤いウィンドウとともに表示される。てっきり荷電粒子砲の類かと思ったていたら、レールガンだったようだ。
もっとも、直撃しなければどちらでも関係ない。数刻置いて発射されたそれを、私は右に僅かにずれる事で回避する。
「はぁぁぁぁっ!」
掛け声とともに気合を入れ、右腕に内蔵された固定武装のマシンガンを乱射しながら接近。
そのまま至近距離まで近づき、切り裂くっ!
その目論見はラウラのISから出現した、ワイヤーに繋がれた近接武器――レーザー手刀。そうウィンドウには表示されていた――に阻まれることになる。
なるほど遠距離戦闘に特化しているかと思いきや、その実全領域に対応しているという訳か……流石は第三世代というだけのことはある。
視界に映るレーザー手刀の数はなんと六本。その全てがPICを用いてか、蛇のようにうねうねと不規則な軌道を描いて私に襲い掛かってくる。
こんなのを全部回避するなど、今の私の技術では到底不可能だ。
だが、無理なのはあくまで
急いで私は左手にマシンガン「焔火」をコールしつつ、長船を右の片手持ちにする。
そして両手に装備した武器を駆使し、片っ端からレーザー手刀を切り払ったり撃ち落とす。
最後の襲撃から今までの十数日の間にこなしたセシリアとの訓練の成果から、私の射撃の腕は以前よりも多少だが向上している。
とはいえ相手は不規則な動きをする小さな物体なうえに、高速機動中の片手撃ち。一番動きの鈍い個体を狙うのがせいぜいだった。
剣で三本、ライフルで一本を撃ち落して近接に成功。残り二本は当たってしまったのでシールドエネルギーは微減している――とはいえ接近できたのだから、安い代償だともいえる。
もはや脅威は何一つない。すばやくマシンガンを量子格納して近接ブレードを両手で持ち直す。
あとは、近づいて切り伏せるだけ!
ラウラの機体がいかに第三世代の重装甲型で、こっちが結局は第二世代の改造機といっても、近づいてしまえばこっちのもの。
篠ノ之流(わたし)の剣と打鉄・正宗(姉さんのIS)なら、やれる……!
十分に間合いをつめ、ブレードを頭上まで振り上げる。
そして、あとは振り下ろすだけという段階にまで入った時だった。
にわかにラウラの目が異様に鋭くなり、こちらを射殺さんとばかりに睨みつけてきた。
その眼力たるや凄まじく、奴の眼帯に覆われた左目からも感じられるほどだ。そのただならぬ威圧感に、思わず一瞬だが硬直してしまう。
何か、ある……!
私はその直感を信じ、スラスターを噴かせて一旦距離を置く。
近づかなければ勝てないのは百も承知だが、このままあそこにいると何か取り返しのつかないことになる。そんな気がしてならなかった。
「ほう……いい勘だ」
「春に色々経験したからな。勘もよくなっているんだろう」
マシンガンを再展開しつつ、ラウラの言葉に返答。
実際あれらの戦いがなければ、気付かずにそのまま試合終了だった可能性は高かったに違いない。
しかし、あの視線の正体は何だったのだろうか……。
ラウラの駆る「シュヴァルツェア・レーゲン」は第三世代型のISなので、真っ先に思い浮かぶのはイメージ・インターフェースだ。
さすがにそれがどんな効果を持ったものかまでは分からない。だが、接近するまでラウラは使う素振りすら見せなかった。
加えてあれだけの凝視から察するに、おそらくその効果が適応されるのは狭い範囲。
さらに言えば、かなりの集中力を要するものであるに違いない。それならきっと、奴の切り札を避けて攻撃する手段は何かあるはずだ。
何とかして
待て、視線……。そうかっ!
悩みながらひたすらレールカノンの砲弾に対して回避行動をとっていた私の中に、ある案が思い浮かぶ。
一か八か、やってみる価値はあるだろう。そう判断した私は、推進器を全力噴射して再びラウラへと接近するという選択肢をとる。
レールカノンを右へ左へと細かく動いてひたすら回避。どうしても避けられなかった最後の一発だけは右肩のシールドで防御。さすがの威力だ、一撃でシールドの三分の一が消し飛んでしまった。
レールカノンを避ければ、次はレーザー手刀の波状攻撃。
今回は……っ!
「ふんっ!」
左側から攻め込んできた三本に、右肩からパージした半壊の盾をパージして投げつける。
こうする事で半分は盾の残骸に突き刺さり、一時的にその動きを止める。
右側から迫ってくる残りの三本程度になら、十分に対処可能だ。しっかりと両手で構えた長船で払いのける。
これで、奴の手札は切り札を残して全ていなした。残りは……っ!
「うおおおおおっ!」
スラスターを上方に全器、思いっきり向けてラウラの頭上に位置取る。
そしてそのまますばやく前方に微量吹かし、絶妙な間合いを維持したまま背後に陣取る。
続けて頭のほうから、その場で一回転。眼前にラウラの背の見えるかたちとなる。
よし、ここまでは上手くいったっ……!
背中にまで高速移動して回りこんだ理由。それはもちろんラウラに第三世代兵器を使わせないためである。
ハイパーセンサーによってISの操縦者は全周囲に視界を拡大しているが、普段見えていない範囲が見えるというのは中々慣れるものではない。
もちろんその「違和感」を減らすのも優秀な操縦者になるための必須条件である。
だが、完全に違和感を「なくす」のはたとえ国家代表であっても難しい。だからもしかすると、背後なら高い集中力を要する「切り札」の効果範囲外なのではないのか? そう考えたのだ。
「はぁっ!」
短い掛け声とともに、転地逆の姿勢のまま長船で一閃。思い切り背中に手痛いダメージを与える。
本当は非固定部位―ーそれもレールカノンと接続されている右のものを破壊したかったし、そこを狙ったつもりだった。
しかし、寸前で僅かに動かれてしまい狙いが逸れた――もっとも、それでも大ダメージを与えられたのだから儲け物というべきであろう。
「こいつ……まさかこっちの!?」
ラウラの呪詛を耳に入れつつ、剣を横薙ぎに振るう。
奴とてこのまま案山子のようにボケッと突っ立っているわけではない。今にも振り返って迎撃に移ろうとしているのだ。
そして、振り返ってしまえば「切り札」を使われる危険性もグンと跳ね上がる。
もはや、時間との戦いといってもよかった。
「まだ、だぁっ!」
袈裟斬り、横薙ぎ、真一文字に振り上げ……。
気合を入れるのも兼ねて再び叫び、がむしゃらに斬りまくる。そして完全にラウラが振り向くぎりぎりで急速離脱を行って距離をとる。
今回のように上手く行き過ぎることはもうないだろう。だがこれと同じ、もしくは別の手段で奴の視界から消えながら斬りつけるのを繰り返せば……勝てるっ!
そう、私は確信していた。
「貴様、その太刀筋は……一体?」
ラウラはさっきの場所から動かないまま両手で剣を構えている私を眺めると、にわかにそんな事を問いかけてきた。
その表情はどこか呆然とした感じであり、戦いの場に似つかわしくない印象さえ受けてしまう。
「私の剣――篠ノ之流剣術が、どうかしたのか?」
「篠ノ之流……だと?」
「ああ、私の実家で教えている剣術だ」
私の返答に、ラウラはその表情をさらに愕然としたものに変えていく。
一体、何がそんなに気になるのだろうか?
「そうか……篠ノ之流剣術……それが知れただけでも、十二分に来る価値はあった」
一人ぶつぶつと呟いたかと思うと急にそれを切り上げ、こっちを真剣な面持ちで見つめるラウラ。
「ならば……絶対に勝たなければならんな」
最後にそう呟いて締めた、次の瞬間。
奴も私同様、高等技能である「瞬時加速(イグニッション・ブースト)」を行う。
その鈍重な外見からは到底考えられないような瞬発力と、ラウラの無駄が一切ない立ち回りによって、私は一瞬にして間合いを詰められてしまった。
「しま……間に合わない!」
慌てて後方へと逃げようとするも、すでにラウラは目と鼻の先にいる。
ならばさっきのように飛び越えて、もう一度……ッ!
そう瞬時に判断し、全速力で駆け出そうとした。その刹那。
あの鋭い目つきとなったラウラが右手を掲げて「何か」を発動。そのまま私の身体はまるで石化したかのように指一本として動かなくなる。
まるで、あの夢の中の私自身のように。
「勝負あったな」
ラウラのその言葉の通り、あとはひどく一方的なものだった。
動けない的にレーザー手刀や至近距離からのレールカノンの砲弾をひたすら浴び、瞬く間にシールドエネルギーが0になってしまう。蹂躙といってもよかった。
実にあっけなく、そして味気のない。
そんな幕切れだった。
「くっ……」
地面に降り立ち、満身創痍の打鉄・正宗が強制解除された刹那。
ラウラはISを纏ったままゆっくりと私の目の前に降り立つと、衝撃的な言葉を口にした。
「あの男の使っていた剣捌き……それは間違いなくお前の剣――篠ノ之流剣術だった。もっとも、奴の方が何倍も強かったのだがな」
「な……に……?」
そのことは、私にとっては残酷な真実だった。
なぜなら、それはすなわち篠ノ之流剣術の長い伝統も、私の誇りも、奴によって汚されていたということなのだから。
「……奇策を使われ、背中を斬られたときは一瞬焦りはした。……が、結局これくらいの実力か。今のままでは私とともに戦うレベルではないな。すまないが、共闘の話はなかったことにさせてもらおう」
ラウラはそれだけ言うとすぐさま後ろを向き、自分のピットへと向かって飛び去っていく。
私はその後ろ姿が消えるまで呆然と眺め、それから声にならない叫びを上げたのだった……。