ラウラの突然の呼びかけに私が反応したのは、少しの沈黙のあとだった。
「……何の用だ」
ラウラは私の言葉を聞くと、目つきをより一層真剣なものにしてから再び口を開く。
「お前達が関わってきた事件、それについての話を聞きたい」
「っ……!」
春休みの事件について問われると、思わず私は絶句してしまう。
全世界的にニュースで報じられた以上、その可能性については考えていなかったわけではなかった。
だが、まさかこんなに早く、しかも現在進行形で私の悩みの種になっている相手から尋ねられる。そんな可能性は考慮していなかった。
「……どうして、それを知りたいんだ?」
やはり沈黙の後、尋ね返す。
このラウラという女が、ゼフィルスのパイロットのように「あの男」の味方だとは考えにくい。
もしそうならば、とっくの昔に襲い掛かってきているはずだ。なにせ暗殺や奇襲のチャンスはきょう一日だけでもたっぷりあったのだから。
加えて言うならば、連中の仲間ならこんな回りくどい手を使う必要はない。
だが連中の仲間ではないからといって、むやみやたらに信用するわけにもいかないだろう。
ラウラはドイツの代表候補生。母国の命令で接触し、男性操縦者や無人機といった敵の超技術を探りに来た可能性だってあるのだから。
「あの男は私達、シュヴァルツェア・ハーゼの仇だッ!」
私とは正反対にラウラは即答する。
彼女の赤い右目には激しい憎悪と敵意が渦巻いており、視線だけで人を軽く射殺せそうですらあった。
「ねぇ箒、あたしはあいつが嘘をついているようには見えないわ」
「……ボーデヴィッヒ、話してもいいぞ。ただし、そっちの身に起こったことを話すというのならば、だが。どうだ?」
「それで構わない。それはそうと……こんなところで立ち話もなんだな、ついて来い」
私は鈴の感想に無言で頷き、そのままラウラに向き直って問いかける。こっちとしても一つでも多くの目撃情報を知っておきたいのだ。願ったり叶ったりというものである。
「うむ」
するとラウラはまたしても即答。そのまま私たちは言われるがままついていき、校舎を後にしたのだった……。
◆◆◆
IS学園のある人工島には様々な設備がある。雑貨店や映画館。果ては各種宗教の施設まで存在するのだ。さすがは世界的に学生を集めている教育機関といったところだ。
私たちが移動した先はその中の一つ、校舎から二十分ほど歩いた場所にあるカラオケボックスの個室だった。
あまりにも使い古された密会場所だったが、それゆえに隠れて話すにはもってこいの場所といえた。
「――というのが私と鈴、それにセシリアが経験した事件についてだ」
まずはこちらから話すことになったため、今しがた私が遭遇したあの男絡みの事件の全てをラウラに語ったところである。
「ふむ、やはり直接聞いて正解だったな。スタジアムに伏兵を忍ばせていたことや、工場で拾ったという書類、それにその甲龍とかいう専用機。それらについては初耳だ」
「……それで、何か分かりそうか」
「分からん……流石に意味不明の部分が多すぎる。だが、手札が増えたこと自体は喜ばしいといったところか」
期待交じりの声音でラウラに尋ねてみたものの、返事は芳しくないものであった。
だが意味不明なのには同意だし、それに私たちだって大した手がかりを持っているわけでもない。
恐らく奴らを追うものなら誰でも、ラウラみたいな反応を返すのが精一杯だろう。
「じゃあ、今度はあんたの番よ。何があったか話してちょうだい」
「その約束でしたしね。それに、こちらも手札を増やしたいのは同じですわ」
私とラウラの会話が途切れたタイミングを見計らい、それまで補足説明を担当していた鈴とセシリアが催促する。
ラウラは無言で頷き、それから再び口を開いた。
「去年の十二月。黒ウサギ隊の基地に、突如緊急警報が鳴った」
「IS特殊部隊の基地に警報ですか、穏やかではないですわね」
セシリアの言葉に、ラウラは短く「ああ」と言いながら頷く。
コアの数が限られていることと、基本的にISはその高い機動力から国土のほぼ全てをカバーできること。
それらの要因のためにIS特殊部隊は大抵の国の場合、たった一部隊しか存在しない「切り札」である。
つまりISを投入するとなると、よほどの事――自国以外のISが国内で展開、攻撃を開始したケース――でもない限りありえないのだ。
「襲撃されたのはドイツ北部にある、軍の研究機関だった」
「研究施設、か……奴らはそこを狙った可能性が高いな」
「ちょっと待って、箒」
私が感想を呟いていると、横から鈴に呼び止められてしまう。
狙いがその研究施設しか思い浮かばない以上、そこまでおかしな考察ではないとは思いたいが……。
「連中はとんでもない技術力を持っているのよ? あたしたちが原始人の石器を盗みに行くようなものだわ」
言われてみればそうだ。
連中は
そんな奴らがわざわざ攻め込んでまで手に入れたい――もしくは潰したい技術など、皆目検討がつかなかった。
「その研究施設は、私の生まれ故郷だった」
「それは、どういう意味だ?」
私がいぶかしんでいる間に、ラウラから放たれた一言。
それが意味するものには心当たりがなかったわけではない。
だが、本当だとはにわかには信じがたいものでもあった。
「言葉通りの意味だ。私は
「ねぇ、遺伝子強化素体って何?」
予想はしていたとはいえ、私とセシリアはその言葉に思わず絶句してしまう。
いっぽう話についていけていないのだろう、鈴が話しに割り込んでくるかたちで尋ねてきた。
「遺伝子強化素体……ほんの十年前まで、ヨーロッパの一部地域で盛んに研究されていた遺伝子操作で生まれた子供の総称ですわ」
「その頃、私たちはまだ子供だったからな……鈴が知らなくても無理はない」
セシリアの説明の後に、私がフォローを入れておく。
元々はデザインベビーの延長線上にあるその研究は、主に軍事目的で行われた。
最初に目をつけた国で、かつその分野でトップを独走していたのはラウラの生まれ故郷、ドイツ。
姉さんから聞いた話によると、
倫理に反した研究として常に批判の目に晒されてきたものの、ひたすらに続けられてきた遺伝子強化兵士の製造。それがぴたりと止んだのは、私の姉さんがISを開発したからである。
姉さんは「コアを遺伝子強化素体を生み出す非人道的な国には提供しない」とはっきり宣言したのだ。
もちろん、既に存在した素体たちがそのまま生きることは保障されていた。
しかしながら製造してきた兵士は基本的に身体能力は高いものの、当然IS操縦のために
つまり目の前のラウラは、実力でこの地位まで上り詰めたということになる。
「その施設では今はIS操縦のための有効な人体の研究を行っていたが、それは表向きの話でな」
「本当は今でも強化素体の研究は続けられていた。それもIS操縦者としての高い適性に特化したものを、か?」
私が割り込む形でおそるおそる口にすると、ラウラは「まぁ、後で分かったことなのだがな」と付け足してから頷いた。
その表情は険しく、彼女自身この研究を快く思っていないことが窺える。
「なるほど、狙う理由としては十分にありますわね」
「
「うっわ、千冬さんとおんなじ顔のパイロットがずらっと並んだ光景想像しちゃった……」
私とセシリアの反応に比べ、鈴の反応はかなりふざけていたのだが、確かにそれは怖い――というより、もはやギャグの領域な気もする。
しかし、千冬さんのクローンか……。
なぜか妙に、その言葉が引っかかる。
クローン人間は強化素体と違って数十年前から禁止された技術のはずなのに、どこかがもう既にやっている。そんな気がしてならなかったのだ。
――それも、ブリュンヒルデのクローニングを。
まぁ、今は関係ない話なのだが。
とにかく続きだ。ラウラの聞き終えない限りは何も始まらない。
「心情的にはどうあれ、わが国にISが侵入してきたというのは由々しき事態だ。私たちはすぐさまISを出撃させたが……手も足もでなかった。三機の第三世代型がたった一機の、男が乗っているISに」
「奴の技量には、ずば抜けたものがあるからな……」
ゴーレムを一刀両断する近接戦闘。接近する際に使用した瞬時加速。そして隙のない砲戦能力。
どれをとっても代表候補生以上で、国家代表に比肩するレベルの実力者といえた。
「その戦闘で隊員の多くは傷つき、研究所にいた人間も多くが死んだ。……もっとも軍上層部としては、研究データが露見や奪取されなかった方が幸いだったみたいだがな」
途中セシリアの合いの手をはさみ、ラウラの話は終わる。
それにしても、ドイツ政府の一部はそこまで腐っていたのか。ラウラには悪いが、これなら「あの男」にも正しいという側面はあるのかもしれない。
現に私を温泉街では助けてくれたし、多くの命を救っている。
だが、逆に多数の人間を殺しているという事実もあるし、私を襲ったこともある。
人間というものは善だ悪だと単純な分類のできない曖昧なものではあるとはいえ、ここまで両極端の事例を持っているとなると分からなくなってくる。
「それで……その後はどうなりましたの?」
「研究所についての情報が露見する訳にはいかないので、箝口令が敷かれることにはなった。それと同時に極秘裏に男性操縦者についても調べていたのだが……」
「何の成果も得られないまま、あたしたちが遭遇したあの事件が起こった、と」
鈴の続けた内容に、ラウラは静かにうなずく。
あの男やそのテクノロジーについて興味津々なのは、どこの国も同じなのだろう。
セシリアも私も、政府から少しでも情報を見つけ次第報告しろという命令を受けている。どこも躍起になっているのだ。
ましてドイツの場合、当時は男性操縦者について知っている唯一の国だった。黙って捜査するのは当然といえる。
「話は以上だ。本当は話してはいけない事柄も多数含まれていたのだが……まぁいいだろう。そっちだって、本当は言ってはいけない事も口にしたのだろう? お互い様だ」
「あたしの甲龍の事、とかね」
鈴とラウラ、互いに冗談めかしながら口にする。
これで話は終わりだろうがとりあえず、敵ではないはずだ――いや、味方になってくれるかもしれない。
意を決して、私が口を開こうとした刹那。
ラウラはこちらの思惑を先読みしたかのように、私の考えていた事と全く同じ内容を口にしだした。
「篠ノ之箒。私個人としても、貴様たちに手を貸す――いや、手を組むことはやぶさかではない」
「本当かっ!?」
願ってもみないことだ。
専用機持ち――鈴は素人同然とはいえ――が四人に増えるだけでも嬉しいのに、しかもそれがIS国防部隊の隊長なのだ。
あの男はともかく、他の刺客と戦う際に遅れをとる事はないはずだ。
「こちらとしても、味方が増えるのは心強いからな。あまり言いたくはないが、我が祖国には信用できない部分が多すぎる」
「確かにね。人体改造を今でもこっそりやってたみたいだしね、そりゃ信用できないわよ」
「だがな、私としても何も見ないで手を組むわけにはいかない」
鈴の軽口をスルーして、ラウラはそう続ける。
確かに私たちは、まだ実力を直接は見せていない。
それに、いままでの戦いの大半も実力で勝ったとは言い難い。
温泉街のゴーレムは、あの男に手伝ってもらった。
香港の窮奇は、鈴の口添えで勝てたようなものだ。
サイレント・ゼフィルスやあの男の戦いに至っては鈴の乱入や敵同士の仲間割れ、それに
自分の手で戦って勝ったのは、イギリスでのゴーレムとの戦いだけ――それだって、セシリアに手伝ってもらっている。
「……なら、どうする?」
「簡単な話だ、篠ノ之箒」
あえて分かりきっていることを尋ねると、ラウラはまっすぐに私の目を見てそう言うと、少しの間を空けてから続きを紡ぐ。
「今から一対一で、私と戦え」
今後についての簡単なお知らせですが、第二章からは基本的に2話1セットで投稿したいと思います。
今回のように一日2つか、もしくは二日に分けての連続投稿みたいな形になるかと。
では、また。